軽くカーネーションやります。
つまり、セカイにも人が増えるというわけです。
「じゃあね、まふゆ! 東雲さん! また明日!」
「うん、また学校で」
「また明日ね、気を付けて帰りなよー」
まふゆの友達付き合いに何故か私まで紛れ込んでる帰り道。
どうしてこうなったのかと思いつつも、クラスメイトに手を振るまふゆに倣って私も手を振った。
まふゆは友達だという子を見送ってから、優等生モードからいつものモードに切り替わる。
その切り替えの早さは私も見習いたいところだが……どうやら、無表情で隠しているつもりであろう気持ちの面では、私とそこまで変わらないらしい。
「まふゆ」
「何」
「奏の曲のこと、考えてたでしょ」
ピッと指を立ててから笑みを浮かべる私に対して、まふゆは僅か眉を動かす。
「どうしてわかったの?」
「最近のまふゆ、奏の曲を聴いてもよくわからないって言ってばかりだったからね」
昨日で奏の曲も4曲目だったのだが、そのどれも良い曲で会ったのにも拘らず、まふゆの答えは全て『よくわからない』だった。
奏はまた作ろうとしているものの、最近は更に無理をしている様子。
そのことをまふゆ自身も言葉にしていないながらもわかっているだけに、こうやって帰り道でも考えてしまっているようだ。
「奏、明日の夜にはまたデモを出してくれるってさ。それで、具体的に何が~とか、言えそう?」
「……わからない」
「そっか」
ここで努力しろとか言うのは簡単だけど、私はまふゆじゃないのだ。頑張れと言うのは奏どころかまふゆも苦しめるだけだろう。
とはいえ、今のままだと奏が無理をするのは目に見えているし、瑞希は静観の姿勢だしと、どうしたものか。
いや、どうしたも何も、私ができることをできる限り手を尽くすしかない。
「今回は『よくわからない』が感想だったとして。今までの曲はどうだったの?」
「今までは、奏の曲を聴いていると胸が痛くなったり、少し気持ちが楽になったりした」
「でも、今は何も感じないの?」
「どうだろう。何かを感じる……のかもしれない。胸の奥がモヤモヤするような気がするから」
まふゆは胸を抑えて、考え込むように目を伏せる。
(モヤモヤしてる、か。それはまた難しい表現ね)
ストレスとかで疲れていてモヤモヤしたり、今みたいに言語化できない気持ちにモヤモヤしたり。
自分がダメだーって思った時や、他人の評価を気にしている時。
後は単純につまらない時など、『モヤモヤしてる』という表現は色々な要因で出てくるものだと私は思っている。
はたして、まふゆはどうして奏の曲を聴いてモヤモヤしているのか。
まふゆ自身も、自分なりに言葉にしようとしていることも知った。
奏だって、まふゆが何か感じられるように毎日無理して曲を作っている。
「……何かを感じられるように?」
引っかかった言葉を呟くと、隣で並んで歩いていたまふゆが首を傾げる。
「急に何?」
「いや、もしかしたらまふゆも次のステップに行く時が来たのかもしれないなって」
「次のステップって?」
「んー。わかりやすく言うなら……教材の買い替え時みたいな?」
「よく、わからないね」
「それは……うん、ごめん」
今までのまふゆが初心者用の教材で『この曲から何を感じられるのかな~?』と手探りで探っているのだとしたら。
今のまふゆはそれでは物足りなくなって、今までのような曲ではモヤモヤしている。そういうことではないか?
私の予想が正しければ、今のまふゆに必要なのはそのモヤモヤを解消できるような……どこかに辿り着けるような、1つステップアップさせた曲だ。
……問題は、どうやってステップアップさせるのかって話なのだけど。
「こればかりは頑張ってもらうしかないのかもね」
「何を?」
「色々と頑張ろうねって話」
「……それじゃあ、わからないんだけど」
ムッとしているまふゆの整った顔を押しのけて、私は顎に指を当てる。
(奏の何かを感じられるようにっていう気持ちが強すぎて、奏自身もまふゆに感じて欲しい何かっていうのがわかっていないのだとしたら。それをどう伝えれば、奏やまふゆの力になれるのかな)
その考えの答えは、数日程度では出そうになかった。
……………………
奏がデモを作ったので、折角だからとセカイで曲を聴くことになった。
今回は皆の反応を直接見たいと言っていたが、十中八九、まふゆの反応を見たいのだろう。
まふゆは何かを感じていたら反応しているし、そのヒントをナイトコードのせいで見逃してしまうのが惜しくなったのかもしれない。
「それじゃあ、早速、曲を再生するよ」
皆をセカイに集めた奏が曲を再生しようとした瞬間、聞き覚えのない声が乱入してきた。
「──あら、いらっしゃい」
姿を現したのは瑞希とも愛莉ともえむちゃんともまた系統が違う、ピンク色の長い髪が特徴的な女性だった。
つい最近体験したことのあるシチュエーションに、服装は違っていても、見覚えのある容姿から、相手の名前は大体想像できる。
「もしかしてあなた、巡音ルカなの?」
「ふふ、正解よ。つい最近、このセカイに来たんだけど……ミク達からあなた達のことは聞いているわ。よろしくね」
メイコとは違うスタンスなのか、ルカは飄々とした態度でこちらを見ている。
ミクにリン、メイコの次はルカが来るなんて、いよいよ『誰もいないセカイ』という名称が詐称になりそうな賑やかさだ。
まふゆの心に影響されているらしいセカイにルカという変化が現れたのだから、私の予想も強ち間違いではないのかもしれない。
予想したところで、依然として次のステップというのがどうすればいいのかなんて、私が提示できる答えは持ち合わせていないのだけど。
私が考えている間に自己紹介を終えたのか、ルカが改めて問いかけてくる。
「それで、今日は皆揃ってどうしたの?」
「新しいデモ曲ができたから、皆で一緒に聴こうと思って。ルカも良ければ聴いてほしいな」
「ええ、ぜひ聴いてみたいわ」
「ありがとう。それじゃあ、再生するね」
ルカとのやり取りを終えた奏は、スマホをタップして音楽を再生する。
今回のデモはオシャレなイントロから始まり、私個人的には好みの音だった。
「うん。音がもうオシャレだし、個人的には好きかな」
「そうだねぇ、最初からバッチリ雰囲気があっていいね」
瑞希も今回の曲は良いと思ったらしく、うんうんと首を動かしている。
私も良いと思ったので、ピクシェアにいいねを送るような気持ちで奏に親指を立ててみた。
しかし、肝心のまふゆの反応が薄いせいで、奏の表情は優れない。
ミクが「綺麗な曲だった」と言っても、ルカの含みのある「……そうね、素敵な曲だわ」という言葉も、奏にとっては慰めにもならないらしく、静かに首を横に振った。
「皆、聴いてくれてありがとう。全然だと思うから……このデモはもう少し直すよ」
「……その。奏、今回の曲も良い曲だからね」
「ありがとう、絵名。でも、もうちょっと調整したいんだ」
そう言う奏はじっとスマホを見ていて、何かを考え込んでいるように見える。
声をかけた方がいいのはわかっているのに、なんと言えばいいのか。
人形展の時の様に奏任せになってしまいそうな言葉選びしか浮かんでこなくて口を噤んでいると、ルカが見計らったように口を開いた。
「じゃあ、また作ったらぜひ聴かせてほしいわ」
「……わかった。作ったらまた聴いてほしいな」
結局、考え込んでいる奏に声をかける前に部屋に戻られてしまい、瑞希もまふゆも作業に戻るためにセカイから出ていく。
(やっぱり、言った方が良かったのかな)
あくまで私の予想は奏の曲を聞いた感想ではなくて、奏やまふゆの様子から予想しただけの話でしかない。
今日の曲を聴いても、私には良い曲だということは感じても、予想していたようなことは思わなかった。
それなのに、さも曲を聴いて思ったかのように予想を言うのも違う気がする。
「──思ってることは、素直に言った方がいいんじゃないかしら?」
「ルカ」
「奏のことで悩んでいるのでしょう?」
私が考え事に没頭している間に、ルカが隣に立っていた。
まるでこちらのことなんてお見通しだと言わんばかりの笑みを浮かべて断言してくるルカ。
──私の予想が本当に正しいのかどうか、先ほど一緒に曲を聴いたルカならば答えてくれるかもしれない。
ふと、そんな予感がして、私は意を決して悩んでいたことを打ち明けた。
「ねぇ、さっきルカは素敵な曲だって言ってたけど、本当に思ってることはそれだけ?」
「まぁ、それ
「私は──曲を聴いた感想はさっき言った通りだよ。私にはさっきの曲を聴いても、まふゆのモヤモヤはわからなかったから」
「そうなのね。でも、その言い方だと……曲じゃないところならば、わかってることがあるって聞こえるけど?」
薄々感じていたが、このセカイのルカは結構愉快な性格をしているらしい。
こちらを楽しそうに観察している相手に打ち解けてもいいのかと、ほんの少し不安になるけれど。
恐らく、ルカが今の状況を1番変える可能性がある存在だ。打ち解ける方がいい気がする。
「奏はまふゆに『何かを感じて欲しい』って気持ちが強くて、その何かが曲にはない。だから、何かを感じようとするまふゆも『何もない』からモヤモヤしてるんじゃないかって」
「……そう、ずっと2人を見てきたからわかることってところかしら。とても面白い解釈ね」
ルカは目を細め、口元に手を当てる。
どうやら私の回答はルカのお眼鏡に適ったらしく、楽しそうに答えてくれた。
「私も似たようなものを感じたわ。だから、絵名の予想も間違いとは言えないわね」
「そうなんだ」
私よりも音楽に対してセンスが高そうなルカがそう言っているのであれば、予想は強ち間違いではないのだろう。
奏には休んでもらいたいし、タイミングは明日の方がいいだろう。
今のうちにどう奏に伝えるか決めなくては。
「ありがとう、ルカ」
「いいのよ。私はやりたいようにしてるだけだもの」
ルカのおかげで話に自信を持った私はセカイを後にする。
だが、この時の晴れやかな気持ちだった私は知らなかった。
──次の日の朝、セカイに行ったらルカが現れて。
「いらっしゃい、絵名。実はあなたに謝らなきゃいけないことがあるの」
「え、急に何よ?」
「早朝に奏が曲を聴かせてくれたから……私、我慢できなくて全部言っちゃったわ」
「えぇー……」
まさか、ルカが奏に対して、爆弾のような破壊力の言葉をぶん投げてるなんて、誰が予想できるのだろうか。
ニーゴルカ「てへぺろ」
たぶんルカさんなら……壊したーいって言っちゃうニーゴのルカさんなら、えななんのことを考えた上で「こっちの方が面白そう」って、奏さんに先んじて言っちゃう気がしました。