ラモーヌさんとアルダンさんの姉妹の間に挟まれたメジロに転生してしまったお話 作:雅媛
あまりにしょげていたボクに、ラモーヌ姉さまは悪いと思ったのか、ポンポンと自分のクッションをたたきました。
一緒に寝ようという合図です。ボクは喜んでそこに飛び込みましたが……
「うっ……」
「あっ……」
ボクが隣に寝転んで顔を上げた瞬間、ラモーヌ姉さまの微笑がフレーメン反応ですごい表情になったのを見てしまい、ボクはすごすごとクッションから立ち去ります。気持ちは理性で制御できますが、生理反応は理性ではどうすることもできません。あと、ラモーヌ姉さまのフレーメン反応の表情が結構すごかったのもあります。
何も見なかったと自分に言い聞かせながら、ボクは部屋の反対側まで自分のクッションを引きずり、そこで寝転がりました。
アルダンはそんなボクやラモーヌ姉さまの反応を見て、ケラケラと笑っています。まだ3歳ですしね。かわいいですがちょっと腹が立ちます。
やる気を絶不調まで下げたボクは、部屋の隅でジメジメしながらウマ娘をダメにするクッションに寝転がり、そのままふて寝を始めました。
ベッドから起きてきたとはいえ、二人とも体調が悪いわけですから、あまりお話などして負担をかけるべきではないでしょう。心の中でそんな言い訳をしながら、ボクは部屋の隅でダメになっていました。
ラモーヌ姉さまもアルダンもすぐに静かになります。二人とも寝ているのかもしれません。特に何をするわけでもない時間がしばらく流れます。普段通りの静寂に身を任せてしばらくたった時、アルダンが
「何か来ます」
とニュータイプのようなことを言って起き上がりました。何か変なものに目覚めてしまったか、と一瞬心配がよぎりましたが、すぐにアルダンが何を言っているのか、私も理解しました。
「マーリンお嬢様、できましたよ」
メイドさんが、完成した漢方薬を持ってきたのです。その臭いはすさまじく、談話室の扉が開く前から鼻を衝いていました。一番この臭いに影響を受けていなかったアルダンが最初に気づいたのでしょう。
得体の知れないものに恐れ慄くボクたちのことなどマルッと無視して、メイドさんは談話室の机の上にコップを三つ置きました。ラモーヌお姉さまの好きなベジキャロリンのキャラクターが描かれたプラスチック製のコップです。
外見はいつものものなのに、まがまがしいオーラを放っています。厳密にはコップの中身からそのオーラは放たれているのでしょう。
不安そうにラモーヌ姉さまとアルダンが見守る中、ボクはコップの前へと移動しました。一歩近づくごとに、臭いが強くなります。メイドさんはにこにこしながらこちらを見ていますが、鼻が完璧にやられてしまったのでしょう。この臭いの震源地の横に立っていて無事なのは常人の業ではありません。メイドさんの嗅覚に黙祷をささげながら、ボクは出来上がった漢方薬を見ました。
茶色い液体です。紅茶ほど色は濃くなく、どちらかといえば黄色みが強い茶色です。土の色、といってもいいかもしれません。見た目はそれほどおいしそうではありません。一方で臭いは強烈です。排せつ物などの悪臭とは違いますが、スパイスの香りをとことん強めたものに、ハーブ系の香りを濃縮したような感じです。この100倍薄ければいい香り、といえるかもしれないような感じですが、濃すぎる臭いは悪臭になるのでしょう。
さて、現実逃避はこのくらいにしておきましょう。ボクのために作られたものですから、最低でもボクには飲み干す義務があります。
「ありがとう、安心沢さん」
メイドさんにお礼を言います。この液体のオーラに完全に飲まれていますが敵前逃亡は許されません。
「せっかくだからボクはこの赤いコップを選ぶぜ!」
「お姉さま、それ、黄色のコップです」
謎の掛け声とともにコップの一つを手に取り、アルダンのツッコミをスルーしつつ一気に飲み干しました。
味は…… 不味いです。とても、不味いです。
基本の味は苦み、そして様々な種類の辛味です。それが口の中を蹂躙し、さらに強い刺激臭が鼻を襲います。そのあとに来る仄かな甘みがまた不協和音を生じさせるという隙のない二段構えの不味さです。
幸い100cc程度、コップ一杯にも満たない量だったので、一気に飲み干すことでどうにかしましたが…… これから毎日三食食前に飲むのはいやー、きついっすわ。
主治医さんが難色を示すのがよくわかる味でした。子供が一日三回飲める味ではないです。
メイドさんから受け取った口直しのはちみードリンクをちびちび舐めていると、アルダンが心配そうな顔をして寄ってきました。
「マーリン姉さま、そんなおぞましいものを飲んで大丈夫なのですか?」
「これ、お薬だから大丈夫だよ」
アルダンにおぞましいもの呼ばわりされてしまう漢方でした。
いぶかしげにアルダンは液体の入ったコップを見ています。
「本当ですか? だまされていませんか?」
「主治医さんが出してくれたお薬だから大丈夫だって」
「主治医様がおっしゃるなら大丈夫ですね」
ジジコンの気があるアルダンは年上の男性の言うことは結構素直に信じてしまうところがあります。ちょっと将来が心配です。
ボクの説明に納得したらしいアルダンに代わって質問をしてきたのはラモーヌ姉さまでした。
「薬ってマーリン、どこが悪いの?」
「どこが悪い、ということはないですよ。姉さまやアルダンと同じく、私も虚弱体質なので、それを治す方法がないかと主治医さんに聞いたところ、これをくれたんです」
「……そう」
険しい顔をしていたラモーヌ姉さまがより険しい顔になります。
ラモーヌ姉さまの表情は他人にはわかりにくく、人によっては怒ってると取られかねない表情ですが、ラモーヌ姉さまの妹歴4年の私にはその意味がよくわかります。
最初は、くちゃい!! という感情だけでしたが、ボクの話を聞いた今は、くちゃい!! けど飲まなきゃ!! という感情が表情に現れているだけです。そうですよね。虚弱体質が治れば、好きなだけ走れますからね。まだ小さいアルダンは不思議そうにしていますが、ラモーヌ姉さまはその意味を明確に察していました。
ラモーヌ姉さまがおもむろにコップを手に取ります。姉二人が飲む態度を示したことで、アルダンもその場の勢いでコップに手を取ります。
そして、二人も飲み干しました。
一瞬の静寂のあと、ラモーヌ姉さまがすごい表情になってます。不味いと一目でわかる表情です。アルダンもすごい表情になっています。よそには見せられない表情です。
きっとボクもすごい表情になっています。
こうなるとわかってコップ三つ持ってきたメイドさんは、恍惚の笑みを浮かべていたのが印象的でした。