ラモーヌさんとアルダンさんの姉妹の間に挟まれたメジロに転生してしまったお話 作:雅媛
「マーリンちゃんって、あまりレースで走るのが好きじゃないですよね」
「そうですねぇ」
理子ちゃんから確認されて答えます。
レースを走らせるのがトレーナーの本分と考えれば、理子ちゃんとしても嫌かなぁと思いましたが、特に拒否感もなく話が続きます。
「でも、走るのは好きですよね」
「そうですね」
走る、ということだけ取り出せば好きだと思います。
じゃないと姉さまの併走とか付き合えないですし、自主練とかも続けられなかったでしょう。走ること自体は本質的に好きです。
「好き嫌いに理由を聞いても仕方ないかもしれませんが、走るのが好きなのにどうしてレースは嫌いなんでしょう?」
「……なんででしょう?」
よく考えたら理由を考えたことがありませんでした。
「ということで主治医さん、なんでなんでしょうね?」
「なんで私に聞くんですかね?」
困ったら主治医に聞く、ということで定期診断のついでに主治医さんに聞いてみました。
「カウンセリングみたいなものをしてみますか」
「わーい」
カウンセリングというかお話合いというか、ということをすることになりました。
姉さまに聞いてもポエミィな回答しか返ってきませんし、アルダンに相談にもちょっと重いです。
幼馴染だとルドルフもポエミィな回答してきそうですし、シリウスさんは今忙しそうですから難しい気がします。
そうすると主治医が一番適当かなと思いました。
「マーリンお嬢様がレースが嫌いだったのはいつからですか?」
「いつから、かぁ…… 意識したことないなぁ」
結構昔からだった気がします。
「トレーナーになった頃はどうですか?」
「あのころから自分がレースするのは嫌いだったよ。好きだったら走りまくってて多分トレーナー試験受けてなかったと思う」
「とするとかなり前ですね」
トレーナーになった時はすでにレースは姉さまが走るものだと思っていた気がします。まだ小学校の頃ですね。
「でもあのころはちびっ子レースも出てましたよね」
カルテを確認しながら主治医さんが確認します。
「あれは引率みたいなものですよ。全体で見れば毎週のようにだれかがレースに出ていましたから、引率のトレーナーさんの負担を減らすために代わりに行っていました」
そのためにかなりの頻度でレースに出ていた気がします。すごいときは3週連続とかありましたね。
「出すぎて飽きたとかありませんか?」
「若干あるかもですが、それ以前からレースはあまり好きではなかったですね」
ボクが出過ぎたせいで主治医が怒ってそれを受けてメジロのトレーナーが増えましたし、あまり大きな理由ではない気がします。
「そうするともっと前、ラモーヌお嬢様やアルダンお嬢様、あとはルドルフさんやシリウスさんと走っていた頃ですかね」
「うーん、そのころからあまり好きじゃなかった気がします」
「もしかして、ルドルフさんやラモーヌお嬢様に負けすぎたせいとか?」
「……あー」
あるかもしれません。二人ともべらぼうに強かったですし。
全然勝てる気がしなかったんですよねぇ。それなら自分が勝てる土俵へ、というのはある気がします。
「マーリンお嬢様もかなり負けず嫌いですからねぇ」
「そうですか」
「そうですよ」
幼少期から見ている主治医にそう言われると反論できないです。というかこの人いったい何歳なんでしょう。昔から老けた気が全くしないんですが10年以上経過してますよね。
「お嬢様の主治医ですから、年を取らないんです」
「心を読まないでください」
「それで、マーリンお嬢様は負け続けた記憶のせいであまりレースが好きじゃないと」
「頑張ってもしょうがない、という印象がついてしまっているんだと思います」
二人がべらぼうに強かったですからね。
今でも勝てる気がしませんが、あの頃の方が年齢による差も大きくて絶望的だったと思います。
「マーリンお嬢様は多才ですから、他で頑張って実績も出せますし、そのせいで勝てないレース以外を重視したのもあるでしょうね」
「あー、昔おばあさまに、好奇心を抑えなさいって言われましたね」
「あの方も、言葉は足りませんが人を見る目は確かですからね」
そう考えるとおばあさまに相談するべきだったか。いや、おばあ様もラモーヌ姉さまやルドルフと同じポエミィ族なので、あまりよくないかもしれませんが。
「で、どうすればいいでしょうか」
「トレーナーさんと相談してください。病気でもないですから私ができるのはここまでです」
「しょぼーん」
まあお医者さんの仕事ではないですね。後はトレーナーさんと話すことにします。
この原因について、ボクはラモーヌ姉さまやルドルフに言うつもりはありませんでした。ルドルフはどうでもいいですがラモーヌ姉さまはたぶん結構気にするでしょうから。
なので理子ちゃんにだけカウンセリングのことを話して、ゆっくり今後を相談しようと思っていたのですが……
「で、マーリン」
「なんで姉さまにばれてるんですかねぇ、理子ちゃん」
「むにょにょにょにょ」
話した翌日、速攻姉さまにばれてました。
このポンコツ理子ちゃんが!! お仕置きにほっぺをこねくり回すと、ほっぺまでふわふわでした。ふわふわポンコツ族かよ。
トレーナー室にはルドルフとシリウスさんまで集合しています。
「だって、昨日から挙動不審だったもの、樫本トレーナー。何か隠してるってわかりやす過ぎよ」
「りーこーちゃーん?」
「むにょー!!!」
このふわふわポンコツ族、トレーナーの腕は数多くのトレーナーを見てきたボクから見ても素晴らしいのに、なんでそれ以外はダメダメなんでしょうか。トレーナースキルに全振にもほどがあるでしょう。
「まあ、なんというかマーリン、がんばれ」
「こっちはこっちで激励へたくそすぎるでしょ!?」
ルドルフも一応気にはしてるみたいですが、激励がへたくそすぎて何も心に響きません。まあ、ルドルフにはボクの繊細な気持ちなどわからないでしょうけど。
「いやまあ確かにわからないところはあるが、マーリンの心が繊細とかありえないだろう?」
「ボクのガラスハートに何と言うことを」
「そのハート、防弾ガラス以上に丈夫な特殊ガラスでしょ」
「むにょー!!」
「がるるるる!」
「喧嘩するなよ」
とびかかろうとしたボクをシリウスさんが抱きしめて止めます。
目と目が至近距離で合います。やはり顔がいい。ヤバい。
「いい方法がある。ラモーヌとルドルフに全力で走ってもらって、それにマーリンが勝てば自信も取り戻すだろ」
「えー、無理ですよ」
シリウスさんが提案した方法は良さそうな方法です。不可能だという点に目をつぶればよぉ…… 二人ともピークが過ぎ、トゥインクルシリーズを引退してドリームトロフィーリーグに移ったとはいえ、日本トップクラスですよ。
「いや、勝てる。私のために勝ってくれ」
「み、耳元でささやかないでください!!」
急に始まるシリウスシンボリ生声ASMRです。ボク含めた全シリウスシンボリファンにとってご褒美以外の何物でもないこれを独占して受けてボクはヘロヘロになります。
「あの時、お前が私を信じてくれたから私はルドルフに勝てた。今度は私がお前を信じる。だから勝ってくれ」
「あう、あう、あう……」
頬に追撃のキスをされて顔が真っ赤になります。逃げたいですが抱きしめられているので逃げることもできません。腰砕けになってしまい、シリウスさんに寄り掛かるしかできません。
「わ、わかりました、一生懸命頑張りますからもう許してぇ」
「よし、樫本トレーナー。やるぞ」
「わかりました」
「え? な、なにを?」
「そりゃ特別トレーニングだよ」
そうして理子ちゃんから見せられたのは、昔シリウスさんにやった特訓を今のレベルにブラッシュアップした奴でした。1日48時間の矛盾したトレーニングみたいな奴です。
「あの、理子ちゃん、シリウスさん、ボク、1月後にメイクデビュー予定なんですけど」
「ちょうどいいな。二人に勝った後にメイクデビューも勝てば問題ない」
「問題しかないですよ!?」
「私の計算でも大丈夫です」
「こんな時だけ有能を発揮しないでよ理子ちゃん!?」
まあ理子ちゃんにはボクの資料全部渡していますから、その中にあっただろう改造計画の特訓を今なりにブラッシュアップという名のより厳しく地獄を見せるようにするのは、理子ちゃんにとっては難しくないでしょう。
「それが嫌ならずっと私がマーリンの耳元で励まし続けてもいいが?」
「……特訓します」
シリウスさんASMRは魅力的ですが、多分ボクの心と心臓が別の意味で持ちません。そんな天国直行便よりは特訓の方がマシに思えました。
「ラモーヌとルドルフも仕上げて来いよ。1月後、トレセン学園のコース2000mだ」
「わかったわ」
「ああ、楽しみにしてる」
二人とも楽しそうに帰っていきます。本気のレースですから、本当に二人とも楽しみにしているのでしょう。
ボクは景気づけにひとまずロイヤルビタージュースを飲み干すのでした。
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