「結衣・・・
温泉に・・・、行きたいです・・・」
8月初め。夏真っ只中にふと、みずほがこんなことを言い出した。お前はどこのバスケ漫画のキャラか。
「は?」
「温泉に行きたい」
真っ直ぐとした目で俺を見てくる。いや、そういう問題じゃなくて何で温泉?
「高尾山でよくね?」
事実、高尾山口駅には温泉が併設されているし、その近辺の八王子にもいくつか温泉施設がある。近場で行くならそこしか無い。
「いーやーだー!都外がいい!箱根とか!鬼怒川とか!伊香保とか!」
俺の意見を聞いたみずほはソファーの上で駄々をこねる子どものようにパタパタと手足をばたつかせる。いや、何で県外がいいんだよ・・・
「県外は許可がいるぞ」
リコリスは県ごとの支部に所属している。一般人との接触があまり推奨されていない俺たちリコリスは任務外では司令の許可無しでは県外に出ること以前に支部外にも出ることすらできない。
なぜ俺とみずほは外出できるのかって?特殊なケースだからだ。
そんなことを知って知らずか、みずほはこんなことを言い出した。
「じゃあ貰ってきて」
コレだよ・・・。許可貰えるか不明なのに完全に俺に投げやりだ。
「わかったよ・・・。だけど、司令の前には一緒に来いよ」
俺は渋々了承した。みずほの自由行動の許可証を提出するのはファーストでもありペア長でもある俺の仕事でもある。だが、これは完全にみずほの私用。みずほも提出に着いていかないとまず通らないだろう。
「・・・はーい」
みずほもまた、それをわかっていたのか渋々了承した。
「で、言いたいことはそれだけか」
場所は変わってDA関東本部東京支部司令室。赤いキノコみたいな髪型をした楠木司令が冷ややかな目をしている。気持ちはわからんでもない。
「はい!」
みずほが元気そうに答えると、楠木司令ははぁ、とため息をついた。
「お前たちがどれほど特別扱いされているのかわかっているのか?特にみずほ。お前だ」
楠木司令は、変わらない表情ではあるが、苛立ちを感じさせながらみずほの目を見る。
そもそも俺が本部を離れて生活しているのは俺が風邪をひきやすい体質あるのと、1回愛知支部でインフルエンザの大流行の引き金を引き、一時的に活動不能状態に陥れた張本人であり、そんな俺を隔離するためだ。
みずほは、愛知支部時代での同室であっただけでなく、俺がインフルエンザや風邪を支部内に大流行させた時でも風邪をひいたことがないことから俺とペアというか看病するための人にされたのだ。
通常、DA外での行動は制服着用でも所属する支部司令の許可が必要なのだが、俺とみずほは支部外で生活するため、セーフハウスから半径1キロ圏内は私服のみで、東京都内に限っては制服を所持すれば私服で自由に行動しても良いという特別扱いとなったのだ。
「今回はただ単に〝温泉に行きたい〟というくだらない理由だ」
楠木司令は〝嘘でもいいからもっとマシな理由を書け〟と言い、ため息をついた。
「もちろん───「却下だ」ッスよねー」
間髪入れずに答えてきた。そらそうだわな。
「楠木さんきらーい。なんでリコリコは良いのに私たちはダメなんですかー?」
みずほは司令の机をバンバンして抗議するが、司令は表情を変えない。尊敬するわ。
「別支部だからだ。
お前もリコリコ配属にするか?」
「嫌どす」
いわゆるよそはよそうちはうちというやつだ。司令にしては珍しくみずほに利がある提案だったが、みずほは即答で拒否した。やっぱり本部勤めが良いのと、たきなのように変な噂がたつのが嫌のだろう。
・・・俺は本部所属だけどありもしない噂大量だけどな!
「じゃあ我慢しろ」
司令がそう言い放つと、みずほは机の上に提出された私服外出認可の書類をひったくると直ぐにボールペンで理由のところを書き直して提出しなおした。
「これでどうですか!?」
「書き換えても駄目だ」
みずほの提案に司令は無慈悲な決断を下した。
仕方ない。理由欄にもともと書かれていた文書を斜線で消して下に新しく書き直しただけ。しかも司令の目の前で。これなら新しい紙に書いた方がまだマシ。
「どどどど─すんの?ど───すんの?」
「────知らん。言いたいことはそれだけか?」
きゅるん☆といった表情でウインクしながら司令を見るが、司令は態度を変えない。いや、むしろ苛立っている・・・?
これはまずいことをしたな・・・?と思いながら司令に目線を向けると、司令はため息をついた。
「結衣を除いて退室しろ」
司令の言葉にみずほはブーブー言いながら退室した。
何?この後俺にみずほの処分でも言われるの?
そう思いながらビクビクしていたが、司令は机の引き出しから書類を1つ出した。
やっぱり処分なのでは?(早合点)
「何かありましたか?」
俺が司令に問いかけると、司令は椅子に深く腰かけ、横を向いた。
「4月に井ノ上たきなの機銃掃射の件があったな?」
「はい」
「それの件なんだが─────」
「くーさつ草津草津だ草津〜」
「旅行じゃないからな、任務だからな」
ノリノリで横の席ではしゃぐみずほを横に、俺はため息をつく。草津温泉に行くとはいえ、これは温泉旅行ではなく、任務なのだ。
「わかってるよー。いやぁー、でも楠木司令も良い任務渡してくれたねぇー!楠木司令好きー!」
手のひらドリルかよ。
今、俺たちは上野駅から草津の入口に向かう特急電車に揺られている。東京支部と群馬支部の合同任務に参加することになったのだ。
ただ、任務のこと以上に温泉に行くことが出来てウキウキなみずほの姿を見て俺は不安でいっぱいになったのだった。