朝5時。動き出すのにはまだまだ早いが、俺はベッドから身体を起こす。
起床後すぐにベッドサイドチェストに寝る前に置いた体温計で体温を測る。
36.1℃。平熱だ。
体温の計測は愛知支部でのインフルパンデミックから俺に義務付けされた。もし37.5℃以上あるか体調に異変があったら即本部出禁だ。
・・・どんだけ俺を警戒してんだよ
義務付けされた当初は嫌々やっていたが、今ではすっかり習慣になっている。やっぱり人間慣れだね。
「おはよう・・・。結衣、早いね・・・」
俺が起きたのがわかったのか、みずほは横で身体を起こしながら目をこする。
「朝風呂しようと思ってね」
「・・・私も行くぅ」
寝ぼけ眼で髪がボサボサになっているみずほを見て少しクスッと笑ってしまう。
寝ている間にはだけている浴衣を着直して大浴場に行く準備を整える。
「みずほは準備できた?」
「ん・・・」
みずほの方を見ると、着替えの準備は終わっているが、寝ぼけているのか自身の浴衣が完全にはだけて下着が見えてしまっているのがわかっていない。
「おい、下着見えてるぞ」
「ん・・・?
んっ!?」
ボケっとしていた顔が一瞬で真っ赤に変わり、慌てたように浴衣を着直す。眠気も一瞬に吹き飛んだようだ。
さて、そんなみずほは置いといて一風呂浴びるとしますか。
同日午前10時、草津インターナショナルホテル貸し会議室。
室内では、機械を持ったリコリス達が天井、床、壁、椅子や机、そしてホワイトボードやペンに至ってまで探索するという、何やら入念に探し物をしている。
「こちら、探知無し」
「こちらも無いですね・・・」
「盗聴器、隠しカメラなどの類は無さそうだな・・・」
捜し物は作戦会議の情報が漏洩させような盗聴器や隠しカメラなどだった。そこから情報が漏洩し、今夜の作戦に支障が出ないようにするためだった。
・・・ここまでするなら群馬支部かリコリス輸送バスの方が安全なのでは?と思うのだが、群馬支部はここから遠く離れてある場所にあるらしく、バスもそこから持ってくる輸送コストもバカにならないから現地の会議室を貸し切って打ち合わせしろ、という投げやりなものだった。
「では、盗聴器の類も見つからなかったため、会議を開始します。お手もとの資料をご覧下さい───」
司会進行は志織だった。昨日のふわふわと
た雰囲気とは全く違い、ピリッとした中堅セカンドリコリスといった感じだ。
対して、みずほは・・・。
コンビニで買ってきたコーラグミを俺の横でむしゃむしゃと食べながら資料のページを捲っている。
同じセカンドでもこうも違うのか・・・。まあ、たきなも今の志織みたいな雰囲気だったみたいだし、人によって違うだろう。
「敵はこの草津インターナショナルホテルの最上階、10階を貸し切っています」
志織の言葉と共に1番前の折りたたみテーブルに載せられたプロジェクターからホテルのフロアマップが映し出される。
「敵の護衛は10人。全員が雇われています」
スライドが変わり、護衛の写真に切り替わる。
「マジかよ・・・、ほぼ全員サブマシンガン装備かよ・・・」
護衛の武器はサブマシンガンを両手に腰には拳銃。更には防弾チョッキまで着ており、護衛の力の入れようが写真越しでも手に取るようにわかる。
ただ、幸運なことにたきなが機銃掃射で武器商人を全滅させたことで俺たちの顔や服装、組織については相手にバレていない。
「階段及びエレベーターホール、両側の非常階段、廊下の計4カ所を2人ペアで守っています。ただ、対象の部屋のみ4人体制で守っています」
L字型のホテル内。両端にある非常階段と中央のエレベーターホールと階段。
侵入しやすそうな場所にペアで配置している。隙はほとんど無いように見えるのだが・・・
「ただ、階段及びエレベーターホール配置の2名のみ拳銃配備となっています」
そう。エレベーターホールは、間違えて登ってきてしまった民間人のためにわざと拳銃しか配備していなかった。日本という銃器類が世間一般に出回っていない国だからとられた配慮だった。
ただ、その配慮は我々に利用されてしまうのだが。ま、武器を密輸してる悪者だからね、仕方ないね。
「それでは、行動班を発表する。まず───」
最初に2名のリコリスがエレベーターでエレベーターホールに現れ、階段及びエレベーターホール要員がその2人との対応をしている時に後ろにある階段からサイレンサーを着けた拳銃で護衛2名をヘッドショット。
エレベーターで昇ってきた2人と階段で昇ってきた人員合流させ、エレベーターホールで廊下の護衛2名を倒す。おそらくここで他の護衛に襲撃だと気づかれるため、ここからサイレンサーは不要だ。
そして、エレベーターホールで何が起こったのか理解した護衛達はおそらく、護衛対象がいない方の非常階段を監視している護衛がエレベーターホールに移動するだろう。
その隙をついて後ろの非常階段から侵入して襲撃。そうすれば完全に後ろから狙えるだけでなく、護衛は残り6人。
廊下と非常階段から挟み撃ちにすれば倒せるだろう。ただ、全員防弾チョッキを着用、サブマシンガン装備のため弾は1発たりとも外せない。外したら蜂の巣確定♡
何この無理ゲー。
「すみませーん。私達の装備でボディーアーマーとかサブマシンガンとかは無いんですか?」
やはり同じことを考えていた人がいたのか、あるセカンドリコリスが志織に問いかけていた。
「そんなものは、無いっ!」
先程まで落ち着いた感じだった志織から急に昨日のようなテンションで断言した。
実質、死刑宣告のようなものだった。
でも、やるしかない。私達はリコリスなのだから───
明朝1時00分。
インターナショナルとか名乗っときながら中央だけ、しかも3+1機しかないエレベーターの1機で最上階へと向かっていた。
え?カードキーを認証させないと向かえないって?
そら、制御室を乗っ取って無理矢理階を最上階に設定している。もちろん、警備室の全員はDAのエージェントになっている。抜かりは無い。
エレベーターはゆっくりと昇っていき、現在の階を表示する液晶ディスプレイには6、7・・・と数字が大きくなっていく。
8───
もう少し。一緒にサッチェルバッグを背負って、鉄製のアイスボックスを持っている志織とこくりと頷く。
「そういやさ、化学の
「あ、わかるー。授業中いつもいつも生徒の文句ばかり。何様なんだーって感じ」
急に始まった学生にありがちなガールズトーク。一般人に擬態するためのカモフラージュなのだが、そもそもこんな深夜1時に制服姿の女子学生がホテルのエレベーターに乗っていること自体おかしいと思うのが普通なのだろうか・・・?
「この前なんかさー、C組の菜々の文句を言い出したんだよ?私達A組で関係ないのにー」
「え?酷くない?」
駄弁る時の名前も適当に、ポニテの名前を出しといた。ポニテ、すまん。
そんなこんなでエレベーターがチン、とベルを鳴らして扉を開ける。
「本当、菜々かわいそ「おい嬢ちゃん達。どこへ行く気だ?」はい?」
話しながらエレベーターから降り立つと、すぐにエレベーターホールに立つ2人の強面のおっさん2人に止められた。
「許可のない者を通すわけに行かない」
「キョwカwノwナwイwモwノwヲwトwオwスワwケwニwハw
おいおい、怒ることは無いだろ〜?」
志織がめちゃくちゃ煽り倒し、相手はムッとした表情になり、俺はドン引きした。
「ココは特別警戒中だ」
「おっと!?わかっていないのはそっちじゃないのか!?今下の階の製氷機は故障していてこの階のを使うしかないんだ!」
騒ぎ立てる志織の声を聞いて廊下の護衛がエレベーターホールに向かって動き出したと、無線が入る。よし、時間短縮ができる。
護衛の大男たちは一向に騒ぎ立てるのをやめない志織に手をかけようとした。
「おい────」
パシュッ、パシュッ
サイレンサー越しの銃声と共に男たちは手を伸ばした格好のまま静止し、そのまま前のめりで倒れ始めた。
「おっと・・・」
俺と志織は男たちを支え、ゆっくりと音を立てずに床におろす。
男たちの後ろにあった階段室のドアが少しだけ隙間が空いている。その隙間は少しずつ広がり、そこからみずほと群馬支部のセカンドリコリス1人とサードリコリス2人が出てくる。
階段室の扉をゆっくりと閉め、4人と合流した。
「エレベーターホールで何か揉めてるぞ!」
廊下配備のの護衛が隠す気も無いのかドカドカ足音を鳴らせながらエレベーターホールに走ってくる。
俺と志織はサッチェルバッグからサイレンサー着きの銃を取り出し、みずほ達も手に持っている銃を持ち直す。照準はもちろん護衛達が走ってくる廊下だ。
グリップを握りながら何回か深呼吸。
「おい!どうした!」
廊下の護衛達がエレベーターホールに顔を出した。
狙撃。
静止し、倒れる。
無線で護衛対象が居ない方の非常階段を守っている2人が動き出した。といった連絡が届く。
戦いの始まりだ────
同刻、東京都世田谷区二子玉川───
あるサードリコリスは、旧電波塔のある墨田区から前を歩く男を尾行していた。
どんな悪事をしたか分からないが、司令部からの指令ならただただ人目のつかないところで殺すだけ。
人を殺すのには迷いも躊躇いもなかった。
ただ、男が歩いてきた場所は人目の多い場所ばかり。暗殺するのにはリスクが多い場所だった。
東京都と神奈川県の境目が近づき、ようやく人気が無くなった。
男が赤信号で立ち止まり、少女もそれに続く。
青に変わり、男が歩き出す。
少女は、自身のサッチェルバッグが拳銃を出し、男に照準を向けて引き金を────
引けなかった。
少女は猛スピードで信号無視してきた国産スポーツカーに轢かれたのだ。
ボディーにはね飛ばされ、硬いアスファルトに叩きつけられた。
少女は激痛に耐えかねて呻き声をあげる。朦朧とする意識の中で、どうにか身体を動かそうとするが、なかなか動かない。
そんな少女の周りにはさっきまで尾行していた男と同じ服装の男たちが銃を持って集まっていた。
もちろん、照準は少女だ。
この絶望的な状態に気づいた少女はもはやこれまでか、と諦念を持ち、目を閉じた。
数秒後、二子玉川の閑静な住宅街に銃声が木霊した。