黄色のR35型GT-Rが俺と千束を轢き、身体が宙に浮く。
浮き上がってから地面に落下するまでスローモーションのようにゆっくりと時が進む。
空中で千束と視線が合う。
・・・。
千束が口パクで何か伝えてきている。
〝に〟
〝げ〟
〝て〟
逃げて?俺を逃がしてくれるのか?確かに今の俺は手負いの状態。そんな状態だと知っている千束は、一緒にいても足でまといだと思っているのか、それとも生き残って欲しいのか・・・。
どちらの答えでも、俺は残る選択をとる。これでもファーストの端くれ。ここで逃げるのはファーストの誇りに泥を塗ることになる。
そのまま、俺たちは床に叩きつけられる。だが、どちらも受身を取っており、予想以上の痛みや怪我はない。
ただ、床に叩きつけられても俺たち2人は動かない。いや、どちらかというと俺は動かないと言うよりも呻き声を上げて動きそうにないが動こうとする演技をする。
2人とも倒れ込んだことを確認したのか、GT-Rは数十メートル先で停車した。
それを合図として商用バンの日産NV200バネットバンが何台も千束と俺を囲む。
GT-Rからは真島が、バネットバンからは真島の手下達がワラワラと出てくる。
すぐに千束と俺の前に集まり、真島はうつ伏せになっている千束を足で仰向けに変え、数人の手下たちはまだ生きていることが確実な俺に銃を向ける。
真島が千束のフクロウの首飾りに興味を持っているようだ。その横では手下が俺を処分しようと引き金を引こうとしている。
真島がまじまじと千束を観察しようとした時、一瞬だが隙が生じた。
「おらあ!」
千束は着ていたポンチョを真島たちに投げつけた。一瞬で視界が失われた真島と千束担当の手下。俺担当の手下も突然のことに呆気にとられる。
「うわっ!」
「ギャッ!」
その一瞬の隙をついて千束は自身の拳銃で真島の手下を狙撃する。だが、撃たれても倒れるだけで血は出ない。それもそのはず。千束の弾は非殺傷弾であるゴム弾であり、当たっても死ぬことはほぼ無い。
・・・ただ、命中率は良くなく、通常弾ではほぼ狙ったところに当てられるたきなでさえこの弾では変な所に命中してしまう。だから千束は弾を避けつつ敵に近づいて攻撃するといった、普通の人が考えると狂ってると思うようなやり方で攻撃するのだ。
「逃がすかァ!追え追え!」
「あーちくしょう!ポンチョじゃ駄目だ!」
真島の合図で手下たちは一斉に千束を追い始める。傍目から見れば死んでいるような様子の俺の周りには数人の手下しかいない。舐められたものだ。しかし今動いたら蜂の巣にされかねないため、攻撃は我慢しよう。
真島は、攻撃を受けた手下たちが血を流していないことに気づいたのか、倒れている手下たちのうち1人の前にしゃがみこむと、弾の命中した箇所を見ていた。
「非殺傷弾・・・?おもしれぇ・・・」
千束の撃ち込んだ非殺傷のゴム弾を見た真島は、千束自体に興味を持っているように感じられた。その瞬間に俺への興味は薄れたのだろう。この場に息絶え絶えになっている俺と少しの手下を残して真島たちは徒歩と車に別れて千束を追い始める。
「真島さん!コイツは・・・」
「お前らが処分しとけ!」
残されたのは、気絶した10人程の手下と4人の手下だけだった。
4人の手下は困惑しながらも、処分しようと俺に銃を向けようとする。発砲されてたまるか。
「うわっ!」
俺はサマーパーカーを男たちに投げつける。4対1だが、隙ができた男たちに負けるわけにはいかない。
「いっ!?」
「あっ!?」
すぐに3発、男たちに撃ち込む。もちろん死ぬような急所ではなく、太ももや腕などを狙い、相手を無力化するだけだ。
「クソっ!演技だったか!?」
照準に入れてなかった手下が俺に発砲しようとするが、それよりも早く俺が発砲し、拳銃だけを吹き飛ばした。
男は拳銃のみしか武器を所持していなかったのか苦虫を噛み潰したような顔をしながら両手を上げて降参のポーズをとる。
「何が目的だ・・・」
銃を向けるだけでなかなか撃ってこない俺に痺れを切らしたのか、男はそう言った。
「仲間を連れて逃げろ」
「・・・は?」
男の頭に一瞬疑問符が浮かんだように見えた。普通だったら、もうこの時点でリコリスに殺されていてもおかしい。だけど俺は引き金を引かずに〝逃げろ〟と促している。男の動きも止まるわけだ。
「撃たないから安心しろ」
「あ、ああ・・・」
男は困惑しながらも負傷した手下たちを回収して車に乗せはじめる。もちろん俺は監視役で一切手伝わない。手伝ったら殺されるかもしれないからな。千束だったら治療とかしそうだが、俺にはそんな度胸はない。
ようやく全員乗せ終わり、男は千束のポンチョとスマホを回収して立ち去ろうとした。
「あ、待て。ポンチョとスマホは置いてけ」
「チッ・・・。わかったよ・・・」
男はポンチョとスマホを投げ捨て、車に乗ってこの場を去って行った。
・・・これでいい。
この場には、俺を除けば千束のポンチョとスマホだけ。
「さて、千束を追うか・・・」
「あのっ!ここら辺で白髪のファーストリコリスみませんでしたか!?」
拳銃をサッチェルバッグに仕舞い、千束を追おうとした時、たきなに声をかけられた。
・・・俺が手下たちを殺さなかったのは、1人でも殺してしまうとこの場に死体が残る。それをたきなが千束に報告された時、千束はこの時のことを快く思わないだろうし、俺にも良くない感情を抱くだろう。
だが、この場にいるリコリスは俺だけ。殺してなければなんとでも言える。千束だって、この場からすぐ囮になって逃げ出したから俺の状態はわからない。殺さないことはとても好都合なのだ。
テロリストとはいえ、決して軽くない人の生死をその時の気分で左右させてしまう俺自身を殺したくなった───
千束が襲われた時、ちょうど組事務所へコーヒー豆の配達を行っていた時であったため、千束の行動範囲の目星はだいたいついていた。
周囲を探していると、少しくせっ毛黒髪のファーストリコリスが黄色で布状のモノを所持していた。
「あのっ!ここら辺で白髪のファーストリコリスみませんでしたか!?」
「たきなか・・・」
まさかと思い、話しかけてみると彼女は手に持っていたその布状のモノとスマホを差し出した。
間違いない。千束のポンチョとスマホだ。
「なぜそれを・・・!」
「千束が轢かれた時に投げ捨てたんだ」
彼女はそう言いながら苦虫を噛み潰したような顔をした。ファーストでも対処できなかった敵だ。心しておかなければ。
「動けなかった私に変わり、千束が囮になった」
そう言う彼女の顔はとても悔しそうだった。私だって同じ立場だったら同じことを思うだろう。
「協力する」
こういった時の協力はありがたい。1人でも味方は欲しいところだ。ただ、彼女とどこかで会ったことのあるようが気がするし、声も少し聞いたことのあるような声だった。
私の気のせいだろうか?
「リコリコのコンピューター担当がドローンで千束を探しています」
「ありがとう」
私がクルミとの電話が繋がっているインカムを渡す。クルミはDA本部から手配されているが、名を明かさなければ大丈夫だろう。
「あー、あー。感度良好か、どうぞ」
『ああ、大丈夫だ。聞こえてる』
彼女は左耳にインカムを装着し、クルミと感度を確かめ合う。相手が追われてるファーストリコリスであってもクルミは緊張していない。流石だ。
「よし。とりあえず見つかるまで近辺を探そう!」
「はい!」
即興ではあるが、黒髪コンビを結成することになった。
そういえば、まだ彼女の名前を聞いていなかった。彼女は私の名前を知っていたし、一応聞き出さなくては・・・。
「そういえば、名前は・・・?」
「今はファーストでお願い・・・」
私に教えたくなかったのか、彼女はそう答えた。今この場にファーストリコリスは彼女しかいないため、別に良いかと思ったのだった。