一年の頃は同級生だったヒナとアコが、卒業の近づいてきた時期に「友達」になる話です。

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委員長って呼ばないで

 いつものように、朝6時起きの重たい目蓋を、意思の力で持ち上げて、体が勝手に覚えた道を歩く。

 

 昨日の私に託された仕事は何だったっけ。今日は風紀委員の誰かが当番でシャーレへ行くはずだけど、誰だったっけ。そんなことを考えながら風紀委員会本部に向けて歩いていると、歩道の向かいで二人の女の子が話しているのに気づいた。ジャージのラインの色からするに、一年生だ。

 

「アッコさぁ、何回寝坊すんのよ! いい加減一人で起きられるようになりなって」

「えへへ……なんだかんだで、ヒナミが起こしにきてくれるから……」

「もう高校生なんだから甘えないでってば――あっ」

 

 金髪の女の子が、私に気づいた。

 

「歩道を塞がないようにね」

「あぁっ、風紀委員長! すみません、ごめんなさいっ」

 

 私の姿を見るなり、二人は一目散にその場を離れていった。「朝の眠さは大変よね」って一声かけてあげようと思ったのに。フレッシュな一年生は、怯えた目をしていた。

 

 何だか胸がチクチクした。

 

 ゲヘナの魔王とか、悪鬼羅刹も泣く風紀委員長とか、そういう二つ名が広まって恐れられるのにはもうすっかり慣れているつもりだったのに。今の二人の名前の響きが、似ていたからかもしれない。

 

 私と、あの子に。

 

 風紀委員長になってからは多忙な生活の中で飛ぶように時間が過ぎ、気が付けば、あと数か月でゲヘナ学園を卒業してしまう。私の毎日といえば、授業が終われば、仕事と、治安維持と、仕事と、治安維持と、たまにシャーレの当番と、もっとたまに、他の学園の子と小隊を組んでの任務。たまに休日があっても、無為に時間を浪費してしまうのが嫌で、制服に袖を通して仕事をしに行ったり……。

 

 私が一年生の頃は何をしていたっけ。

 教科書に載っていた歴史のように思えた。

 

「……これでよかったのかしら」

 

 自販機脇のゴミ箱から、空き缶が溢れていた。

 

 

 * * * * *

 

 

「ヒナ委員長、少し休憩を挟んではいかがですか?」

「……ありがとう。そうするわ」

 

 机に積まれた書類がひと段落した頃、アコがコーヒーを持ってきてくれた。ミルクが入ったまろやかな茶色が、湯気をふわっと浮かべている。今日は少しばかり口当たりがマイルドなのを欲しい所だった。きっとアコはそれをどこかで分かっていたのだろう。

 

「ねぇ、アコ」

 

 執務机の隣に椅子を持ってきて、彼女に勧めた。遠慮がちに腰を下ろすと、青空を映す湖みたいな瞳が私を見つめる。

 

「卒業後のことって、もう決めてる?」

「卒業後、ですか……」

 

 ぽつりと出てきたオウム返し。まるで、私がそんなことを口にするなんて夢にも思っていなかったみたいだった。

 

「あまり詳しくは決めてないのだけど、ゲヘナの外に出て、起業しようかと思っているの。一応、シャーレの先生にもそのことは相談してる。ここにいると、いつまでも風紀委員のままになってしまいそうで。あなたはどうなの?」

「わ……私は、どこまでも委員長にお供します!」

「……その時、私はもう委員長じゃないけど」

 

 当たり前のものとして気にすることもなかった役職名に、今まで感じたことのない不快を覚えて、舌の根元が苦くなった。

 

「委員長って呼ぶのは、そろそろやめてほしい」

「えっ……?」

 

 咄嗟に出た一言は、自分でも分かるぐらい冷えていた。咳払いをして取り繕うぐらいに。

 アコは当惑していた。それもそうだろう。今まで私がそんなことを口にしたことなんてなかったのだから。唐突に私が機嫌を損ねたと思っているかもしれない。

 

「……ごめん、説明不足ね。アコを責めようと思ってるわけじゃないの。組織の中での上下関係はあるし、後輩にも見られている手前、引き締めの意識も必要だと思う。でも……」

「…………」

「そんなに下から見上げられてばかりいると――」

 

 喉から出そうになっていた言葉に気づき、慌てて飲み込んだ。それを口にするのは自分の心の柔らかい部分を晒してしまうようで抵抗があったけれど、今を逃したら永遠に機会が失われてしまうような気がした。都合よく、風紀委員の執務室には、私とアコの二人しかいないのだから。

 

「……寂しくなる……」

「さっ、寂しい!? 委員長が……?」

 

 アコが、大事件の現場でも目撃したかのように、大きな目をさらに大きく見開いている。ハラスメントになりそうだから、私を委員長と呼ぶアコを咎めるのはやめた。習慣にしてきたことなんてすぐには変えられない。

 

「おかしい?」

「い、いえっ! おかしくはありません! ただ、そういうことをおっしゃるのを初めて耳にしたので、びっくりしてしまって」

「そうね。今言うのが初めてだから」

 

 自分の思いを素直な言葉で伝える大切さ。シャーレの先生から学んだ教えの一つだった。

 

「その……どうしてなのか、お伺いしても? 私の接し方に問題がありましたでしょうか?」

「アコが私にいつも尽くしてくれるのは分かってる。敬意を抱かれているのも知ってるし、忠誠心も疑ってない。けど……」

「…………」

 

 アコが私の言葉を待っている。

 

 どう伝えればいいんだろう。そもそも私の抱いている気持ちは一体何なのか、自分でも正確に分かっていない。面倒臭がりな私は、仕事にかまける内に、当たり前の人付き合いもいつの間にか面倒くさがって、心の中身を翻訳するのが上達しなかったのだと実感させられる。先生の前以外では、思ったことを口にするのがこんなに難しいなんて。

 

「風紀委員に所属するようになって、私が委員長になったら、いつの間にか今みたいになって、卒業して一緒に働くようになっても、それがずっと続くのかって思うと、私は……」

「私はヒナ委員長に従います。お望みとあらば――」

「そういうことじゃないのよ」

 

 自分でも分かるぐらい、言葉に険があった。椅子に座ったアコが、ビシッと背筋を伸ばして固まってしまう。私が彼女へどういう接し方をして、どういう態度を取らせてきたのか――それを突き付けられて、目を背けたくなった。

 

「指示すればやってくれるとか、そういうことじゃないの」

「も、申し訳ありません……」

「……ごめん。叱責してるみたいで……」

 

 頭の中で言葉が詰まる。普段使わない思考回路を稼働したら、そこは錆だらけで、私は頭を振って、錆を剥がそうと足掻いた。気まずい沈黙を誤魔化そうとして口に含んだコーヒーは、毒を盛られたかのように苦い。アコが気を遣って、ミルクを入れてくれたのに。

 

「アコは、一年生の頃のことって、覚えてるかしら」

「一年……何だか、遠い昔のことのようですね」

「右隅の最前列に座ってた」

「ええ、出席番号一番でしたから」

 

 アコが、懐かしそうに目を細めた。

 

「朝、ここに来る途中、一年生の二人組がいたの。お互いを呼び合う名前が、私とアコにそっくりで。それで、入学したばかりの頃のことを、少し思い出してた。でも、思い出せないことも多くて」

「……たとえば?」

「私はその頃、あなたから何と呼ばれていたかな、って。呼び捨てだったか、さん付けだったか」

「他のクラスメイトと同じように、さん付けで呼んでいましたよ。今思えば、距離感が近過ぎたというか、畏れ多いというか……」

「畏れ多い、なんて言わないで」

 

 ――ああ、そういうことか……。

 

 私は、あの頃の距離感が恋しくなっていたんだ。連絡事項の確認とか、外の天気とか、ちょっとしたことで特に必要性も無いことを話したりとか。

 

 私は今みたいに面倒くさがりの不愛想だった。でもアコは社交的で、物腰も柔らかくて、大人っぽく見えていた。思い込みが激しくて行き過ぎた判断もしてしまう危なっかしい子だということも、後から分かったけれど。

 

「卒業して、もしアコが私についてきてくれるとして――その時はもう、ある意味同じ立場になるわけよね。一年の頃の距離感を取り戻すことは、やっぱり難しい? その、主従の関係ではなくて、もっと横並びの……」

「お友達のような、ということですか?」

「友達……そうね。私、友達は少ないから」

 

 お互いを友人と言い切れるのは、氷室セナぐらいかもしれない。最近は、天童アリスともよくモモトークで話すけど、話を切り出すのはいつもあっちだし……。

 

「アコとは、そんな風にはなれないかしら」

「そっ、そ、そんなことは! でも、私が委員長とお友達に、なんて……いえっ、正直に申し上げますと、そうなれたらいいな、とは思っていますが! でも、私なんかが、そんな……」

 

 一瞬アコはぱあっと顔を輝かせたけれど、すぐに恐縮してしまった。嬉しさを、遠慮で覆い隠そうとしている。アコにこんな態度を取らせてしまう、フレンドリーになれない自分を、今すぐ罰したくなるぐらいだった。

 

「……よろしいのでしょうか?」

「いいも何も、望んでるのは私の方」

「で、でしたら……是非……あっ、少々お待ちください!」

 

 ガタッと席を立ち、アコがロッカーで小走りで向かっていった。戻ってきたその手には、何かのクーポンかチケットのようなものが握られている。

 

「一緒に行きませんか? その……お友達同士、ということで……」

 

 一日限定の、飲食店のフリーパスが二枚。晄輪大祭の実行委員を共に務めたトリニティ生から、アコの自宅へ送られてきたのだとか。嫌がらせや罠の類ではないことを説明する手書きの手紙と共に入っており、トリニティのスイーツめぐりもお気に召すまま、ということらしい。ゲヘナ生の例にもれずアコもトリニティを嫌っているけれど、捨てずに持っていたのを見ると、思う所があったのだろう。

 

「ゲヘナ生がトリニティへ行くのは色々と問題があるかもしれませんが……い、いかがでしょうか?」

「……休みの日を作らなきゃいけないわね。仕事に穴を空けちゃうことになるけれど……」

 

 ――でも……。

 

 私達が卒業したら、風紀委員会は後輩たちが仕切っていく。いずれは委員長の業務だって任せることになるのだから、と考えると、不安はあれど、不思議と抵抗は無かった。

 

「い、委員長が、オフの日を作って、私とお出かけしてくださるなんて……!」

 

 今にも泣きだしそうなぐらいに、アコは顔をくしゃくしゃにして喜んでいた。晄輪大祭の後夜祭でフォークダンスを見に行こうと誘った時みたいに、ドギマギして、ソワソワして、頬を何度もつねっている。

 

 いざ予定を立てようとしたけれど、キヴォトスで最も風紀の乱れたゲヘナ学園は、警察組織も大忙し。私もアコも仕事を抱え込むタイプだったから、業務の割振りやらを考える時間は、まるで作戦会議だった。だけど、「友達と遊びに行く」なんていう、学生だったら誰でもするようなことを能動的に考えるのなんて初めてで、胸を躍らせている自分に、自分で驚いていた。

 

 お互いのスケジュールを調整して、業務の割振りを風紀委員のメンバーに任せて――出かけるのは、次の週末になった。

 

 

 * * * * *

 

 

 私が袖を通すのは、制服とパジャマと部屋着のローテーションばかりだった。ゲヘナ学園を象徴する制服姿でトリニティ自治区を歩き回るわけにもいかず、クローゼットを開けて、選択肢の少なさに頭を抱えそうになりながら――ベージュのニットと、インディゴブルーのデニムパンツを選んだ。肌寒さに備えて、ラベンダーのストールも羽織った。

 

 待ち合わせ場所に着いたのは約束の時間の少し前だったけれど、思った通り、アコは先に到着していた。私に気づくと、スマートフォンをすぐにしまって、小走りで駆け寄ってくる。

 

「おはよう、アコ」

「おはようございます!」

 

 彼女の私服を見るのは初めてだった。同じ学校に通って、同じクラスだったこともあって、同じ風紀委員会に所属しているのに。薄水色のデニムジャケットの下は花柄の黄色いワンピース。その華やかな印象を、足元の黒いミュールが引き締めている。あまり意識したことがなかったけれど、アコは周りの女子と比べて背が高くて、とてもスタイルがよくて、今日はいっそう大人っぽく見えた。

 

 ――同い年なのにこんな違うんだ。

 

 背が低くて子ども体型の私には、アコがきらきら眩しかった。

 

「オシャレなのね、アコは」

「ありがとうございます! ヒナ委員長も、カッコよさと可愛らしさが同居してて――」

「……委員長って呼ばないで」

「はっ、はい、すみません! その――ヒナさん――」

「呼び捨てでもいいのよ。同い年なんだから」

「いえっ、それは……!」

 

 固まって顔を赤らめてしまうアコ。呼びかけ方をほんの少し変えただけでこんなに照れ臭そうにしているのが何だか可愛くて、思わず私も口元が緩んだ。

 

 トリニティ自治区に立ち入ったことはあっても、地理にはそれほど詳しくない。ましてや、スイーツの美味しいお店なんて、調べてみたけれど、面倒になって途中でよく分からなくなってしまったから、アコに任せっきりだ。今日の行先を説明されていると、黒髪の二人組が私達に気づいた。

 

「……ヒナ委員長と、アコ行政官?」

「…………」

 

 私の知る限りトリニティで最も背の高い生徒と、私の知る限りトリニティで最も凶暴な生徒。正義実現委員会の副委員長・羽川ハスミと、委員長・剣崎ツルギが、クリームのたっぷり盛られたクレープを揃って手に持っていた。

 

「ゲヘナ風紀委員会の重役が、トリニティに何のご用ですか?」

「開口一番にその言い方、相変わらずの慇懃無礼ですね、ハスミ副委員長」

「ハスミ、落ち着け」

「アコも、いきなり噴き上がらないで」

 

 ゲヘナとトリニティの仲を表すようなやり取りに、私とツルギ委員長がそれぞれ止めに入る。さっきまで大人っぽく見えたアコが、急に幼く思えた。熱くなるとすぐ話を聞かなくなるから、気を付けないと。

 

「今日は、ただの学生として、トリニティに遊びに来ただけ。その……友達と一緒に」

「プライベートでも仲がいいのですね」

「あらハスミさん、私とは随分態度が違いますね?」

「アコ」

「す、すみません……」

 

 突っかかろうとするアコを制した。脇腹を軽く抓ってもよかったかもしれない。

 

「このチケットをアコが貰ったの。彼女がトリニティに招待されたものと解釈しているのだけど」

「……ええ。確かに、私の名前で送りました。てっきり破り捨てられているものと思っていましたが、まさか本当にお持ちになっているとは」

「使わせてもらってもいいのよね? エデン条約も締結された所で、いい機会かもしれないと思って、アコの誘いにも乗ったの。政治的意図は無いわ」

「承知しました。アコ行政官と違って、ヒナ委員長はやはり冷静な方ですね」

「こ……この……っ!」

 

 クレープを齧っていたツルギ委員長が、ハァと溜息をついた。正実も正実で、優秀ながら頭に血の昇りやすい同僚には苦労しているようだ。戦いの場では狂戦士のようなツルギ委員長の方が、むしろ落ち着いている。内心で私は彼女を労った。

 

「ヒナ委員長の実力はトリニティにも広く知れ渡っています。攻撃を仕掛ける愚か者はいないと思いますが、もし何かありましたら、ご自分で対処される前に、正義実現委員会へご通報下さい」

「そうね。そうする」

「では……私達は仕事に戻りますので、この辺りで失礼します。トリニティのスイーツはキヴォトス随一(・・・・・・・)と自信を持ってお勧めします。是非ご堪能下さい」

 

 ごきげんよう、と言いながら、二人が横断歩道の向こう側へ立ち去って行った。ツルギ委員長はまだ半分ほど残っていたのに、ハスミ副委員長は上品な言葉の合間に、1リットルのペットボトル並の全高を誇ったクレープを、すっかり平らげていた。

 

 二人の背中が見えなくなった所で、私はアコに何回か深呼吸させた。

 

「……アコ、落ち着いた?」

「ええ……お見苦しい所をお見せしてすみません」

「気を取り直して、行こう。あなたのことだから、どういう所を見て回るか、もう考えているのよね?」

「はい、お任せ下さい! 本日のプランは完璧に練ってあります! 一緒に甘い物を食べて、観光もして、コーディネートもさせてもらって、夜まで……うふふ……♡」

「その、落ち着いて……別の意味で……」

 

 不機嫌が直ったと思ったら途端にハッスルしだして、今日のアコのテンションは乱高下はなはだしい。ただ、その姿も、いつものアコを見ているようで、私は不思議な安心感を覚えていた。普段だったら、ここで若干引いている所だったけど――

 

「まぁ……エスコートよろしくね、アコ」

「~~~っ! はっ、はいっ! よろしくお願いしますっ、ヒナ委員長!」

「……委員長って呼ばないで、ってば」

 

 友達なら、こういうのも受け入れてみよう。

 

 そう思って、私はアコと腕を組んだ。

 

 

 

 終わり




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