Almost broken―――壊れかけ―――   作:全智一皆

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序章「神刀・天地曇」

■  ■

 物とは、使われるからこそ意味がある。

 物とは、守られるからこそ価値がある。

 物とは、見られるからこそ在る。

 誰かに使われるからこそ、物は意味を持って重宝される。

 誰かに大事にされるからこそ、物は価値を持って重宝される。

 誰かに見られるからこそ、物は其処に在ると認識されて存在する。

 なら、使われない物とは何だ?

 大事にされない物とは何だ?

 見世物にすらならない物とは何だ?

 それに、意味はあるのか?

 そこに、価値はあるのか?

 否。断じて否だ。もはやそれには、意味や価値など存在しない。

 使用される物など物に非ず。

 大事されぬ物など物に非ず。

 何人にも見捨てられたそれには、もはや存在する理由など無いも同然だ。

 どれだけ大切にされていたとしても。

 過去それに、どれだけ愛情を込めていたとしても。

 使われないのなら、大事にされないのなら、見られないのなら、何ら残し続ける理由など有る訳がない。

 そう思った。そう断言した。

 なのに…それなのに。

 

「俺は未だに、“コレ”を振るっている」

 

 騒めく様な風が吹く森林の中で、その男はうんざりとした様に呟いた。

 その手に持つ、妖しくも神々しい光を放つ一振りの太刀を睨みながら。

 

 此処は《スレイン法国》。六百年前に現れた強大な力を持つ六名の《プレイヤー》によって救われた人間の国家。

 男が居るのは、そのスレイン法国の法都から遠く離れた山の中である。

 男は深い溜め息と共に、その太刀を天へと翳した。

 

「…自棄になってる筈なんだけどなぁ。それでもまだコイツを扱ってるとなると、昔の俺は随分とコイツを大事にしてたんだなと嫌でも実感するな」

 

 この男もまた、その《プレイヤー》と呼ばれる存在の一人でもあった。

 要するに、この世界においてはもはや神も同然の力を持った存在である。

 《YGGDRASIL》―――そう呼ばれるゲームが、かつて存在した。

 男はそのゲームを、仲間と共にとことんやり込んでいた。何度も課金をする程に、何度も大会に参戦する程に、楽しんでいた。

 《ギルド》と呼ばれるシステムに基づき、男は仲間と共に城を築き上げた。

 その《ギルド》を、男と仲間は何よりも大事にした。自分達が積み上げてきた証を、護り続けていた。

 男が持つその太刀は、《ギルド》を象徴する武器―――《ギルド武器》と呼ばれる代物だ。

 比類なき武器としての性能を発揮せず、最も安全な場所に保管され続けていた、まさしく宝物の如き物だった。

 そう―――『だった』。

 気が付けば、仲間は居なくなっていた。

 気が付けば、自分は独りになっていた。

 気が付けば、ゲームは終わりに近付いていた。

 やり込む気力は、その時から既に男から消え失せていた。仲間の居ない孤独と悲しみが、ただ男の心にあった。

 故に。男は、その武器を手に取り、駆け出した。

 どうせ終わるのなら。もう誰も帰ってこないのなら。

 せめて、この武器を―――この《ギルド》が確かに存在していたんだという証を、残したかった。

 その武器が壊されれば、ギルドは崩壊するも同然となり、敗者の烙印を押される事となる。

 だが、そんな事は男にしてみれば知った事ではなかった。その時の男からすれば、それは些事でしかなかったのだ。

 結果として―――男は、《異世界》という世界に飛ばされた。それも、この世界における《主役》が訪れるよりも、かなり前の時代に。

 男は、再び溜め息を吐いた。

 

「はぁ…此処に来てから、数えるのを止めるくらいの月日が経った。けれど、未だにコレを壊せる者は居ないまま」

 

 男が想像するよりも、この世界の存在は弱かった。

 脆弱にして惰弱。惰弱にして怯弱。全員が全員、あまりにも弱過ぎた。

 だが、それは仕方ない事だと断言する他ない。

 何故ならば、この男は、というよりは男と仲間達は、《ユグドラシル》というゲームが始まってから間もない時よりやり込んでいた古参なのだから。

 《人間》として、男はその世界を生き続けたのだ。仲間達と共に、人間のままに。

 そんな男を倒す事が出来る存在など、それこそ男と同じ《プレイヤー》くらいのものであった。

 

「だからさ…いい加減、俺よりも強くなってくれないか?」

 

 腰を降ろし、男はやる気のないように願う。

 まるで犬の様に、はぁはぁと荒く喘いだまま地に伏せる自分の教え子に。

 

「それがっ、出来たならっ…くろう、しへないっ…!」

「呂律も碌に回ってねぇじゃん……そんなに厳しくしてない筈なんだが」

 

 抗議する様に、小さく弱々しい声を出来る限り荒げる、十代半ばに見える容姿の少女こそ、アンティリーネ・ヘラン・フーシェ。

 スレイン法国における最強の特殊部隊『漆黒聖典』のメンバーにして『番外席次』。

 法国における最強最後の切り札。人外の領域すらも超越した、六大神の血を引くとされる先祖返り。

 そんな彼女が―――汗をだらだらと垂らしながら、地面に倒れていた。

 簡単に、倒されていた。たった一人の男によって。

 

「こんなのっ…はぁ、はぁ、ただの…じゅうりん…はぁ、はぁ、じゃないっ…!」

「そりゃ、単にお前が弱いからだろ。このままじゃ俺には勝てないし、コレも壊せないぞ」

「はぁ…っ、ふぅ…ふぅ……壊さないわよ。貰うつもり」

「またそれか…俺としては壊してほしいんだが」

「嫌。憧れの人が使った武器なのよ? 大事にしたいじゃない」

「……お前に憧憬される様な事をした覚えはないがね」

 

 男は嗤う。自虐的に、滑稽そうに。

 憧れる様な人物ではない。憧憬を抱く様な立派な人ではない。

 ただ、自棄になっただけだ。ただ、死に急いでいるというだけだ。

 男は、剣を構えた。

 

「立ち上がれ。もう一度だ」

「まだやるのっ!? いつもより多くない!?」

「憧れの人に指導してもらえるんだから、別に良いだろ?」

「加減一つ間違えれば首が飛ぶ武器での指導は可怪しいわ!」

「壊してほしいんでな。ほら、さっさと構えろ。本当に首が飛ぶぞ?」

 

 かつてのユグドラシルにおいて、その名を轟かせたギルドがあった。

 全員が人間。後衛云々など無関係に、メンバー全員が必ず近接武器を装備していた脳筋ギルド。

 そのギルドにおいて、他のギルドと同じく重宝されていたギルド武器―――《神刀(しんとう)天地曇(あめのちくもり)》。

 この武器を壊せる者は―――まだ現れていない。




《神刀・天地曇》
かつてのユグドラシルにおいて、その名を轟かせていたギルドを象徴する刀の形をした武器。
妖しい光と神々しい光の両方を放つその太刀は、ただ振るうだけで天地を裂いて世界を曇らせるとされたが、一度足りとも使われる事はなかった。

天が割かれ、地が崩れた。世界の顔に、曇りが架かった。
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