Almost broken―――壊れかけ――― 作:全智一皆
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物とは、使われるからこそ意味がある。
物とは、守られるからこそ価値がある。
物とは、見られるからこそ在る。
誰かに使われるからこそ、物は意味を持って重宝される。
誰かに大事にされるからこそ、物は価値を持って重宝される。
誰かに見られるからこそ、物は其処に在ると認識されて存在する。
なら、使われない物とは何だ?
大事にされない物とは何だ?
見世物にすらならない物とは何だ?
それに、意味はあるのか?
そこに、価値はあるのか?
否。断じて否だ。もはやそれには、意味や価値など存在しない。
使用される物など物に非ず。
大事されぬ物など物に非ず。
何人にも見捨てられたそれには、もはや存在する理由など無いも同然だ。
どれだけ大切にされていたとしても。
過去それに、どれだけ愛情を込めていたとしても。
使われないのなら、大事にされないのなら、見られないのなら、何ら残し続ける理由など有る訳がない。
そう思った。そう断言した。
なのに…それなのに。
「俺は未だに、“コレ”を振るっている」
騒めく様な風が吹く森林の中で、その男はうんざりとした様に呟いた。
その手に持つ、妖しくも神々しい光を放つ一振りの太刀を睨みながら。
此処は《スレイン法国》。六百年前に現れた強大な力を持つ六名の《プレイヤー》によって救われた人間の国家。
男が居るのは、そのスレイン法国の法都から遠く離れた山の中である。
男は深い溜め息と共に、その太刀を天へと翳した。
「…自棄になってる筈なんだけどなぁ。それでもまだコイツを扱ってるとなると、昔の俺は随分とコイツを大事にしてたんだなと嫌でも実感するな」
この男もまた、その《プレイヤー》と呼ばれる存在の一人でもあった。
要するに、この世界においてはもはや神も同然の力を持った存在である。
《YGGDRASIL》―――そう呼ばれるゲームが、かつて存在した。
男はそのゲームを、仲間と共にとことんやり込んでいた。何度も課金をする程に、何度も大会に参戦する程に、楽しんでいた。
《ギルド》と呼ばれるシステムに基づき、男は仲間と共に城を築き上げた。
その《ギルド》を、男と仲間は何よりも大事にした。自分達が積み上げてきた証を、護り続けていた。
男が持つその太刀は、《ギルド》を象徴する武器―――《ギルド武器》と呼ばれる代物だ。
比類なき武器としての性能を発揮せず、最も安全な場所に保管され続けていた、まさしく宝物の如き物だった。
そう―――『だった』。
気が付けば、仲間は居なくなっていた。
気が付けば、自分は独りになっていた。
気が付けば、ゲームは終わりに近付いていた。
やり込む気力は、その時から既に男から消え失せていた。仲間の居ない孤独と悲しみが、ただ男の心にあった。
故に。男は、その武器を手に取り、駆け出した。
どうせ終わるのなら。もう誰も帰ってこないのなら。
せめて、この武器を―――この《ギルド》が確かに存在していたんだという証を、残したかった。
その武器が壊されれば、ギルドは崩壊するも同然となり、敗者の烙印を押される事となる。
だが、そんな事は男にしてみれば知った事ではなかった。その時の男からすれば、それは些事でしかなかったのだ。
結果として―――男は、《異世界》という世界に飛ばされた。それも、この世界における《主役》が訪れるよりも、かなり前の時代に。
男は、再び溜め息を吐いた。
「はぁ…此処に来てから、数えるのを止めるくらいの月日が経った。けれど、未だにコレを壊せる者は居ないまま」
男が想像するよりも、この世界の存在は弱かった。
脆弱にして惰弱。惰弱にして怯弱。全員が全員、あまりにも弱過ぎた。
だが、それは仕方ない事だと断言する他ない。
何故ならば、この男は、というよりは男と仲間達は、《ユグドラシル》というゲームが始まってから間もない時よりやり込んでいた古参なのだから。
《人間》として、男はその世界を生き続けたのだ。仲間達と共に、人間のままに。
そんな男を倒す事が出来る存在など、それこそ男と同じ《プレイヤー》くらいのものであった。
「だからさ…いい加減、俺よりも強くなってくれないか?」
腰を降ろし、男はやる気のないように願う。
まるで犬の様に、はぁはぁと荒く喘いだまま地に伏せる自分の教え子に。
「それがっ、出来たならっ…くろう、しへないっ…!」
「呂律も碌に回ってねぇじゃん……そんなに厳しくしてない筈なんだが」
抗議する様に、小さく弱々しい声を出来る限り荒げる、十代半ばに見える容姿の少女こそ、アンティリーネ・ヘラン・フーシェ。
スレイン法国における最強の特殊部隊『漆黒聖典』のメンバーにして『番外席次』。
法国における最強最後の切り札。人外の領域すらも超越した、六大神の血を引くとされる先祖返り。
そんな彼女が―――汗をだらだらと垂らしながら、地面に倒れていた。
簡単に、倒されていた。たった一人の男によって。
「こんなのっ…はぁ、はぁ、ただの…じゅうりん…はぁ、はぁ、じゃないっ…!」
「そりゃ、単にお前が弱いからだろ。このままじゃ俺には勝てないし、コレも壊せないぞ」
「はぁ…っ、ふぅ…ふぅ……壊さないわよ。貰うつもり」
「またそれか…俺としては壊してほしいんだが」
「嫌。憧れの人が使った武器なのよ? 大事にしたいじゃない」
「……お前に憧憬される様な事をした覚えはないがね」
男は嗤う。自虐的に、滑稽そうに。
憧れる様な人物ではない。憧憬を抱く様な立派な人ではない。
ただ、自棄になっただけだ。ただ、死に急いでいるというだけだ。
男は、剣を構えた。
「立ち上がれ。もう一度だ」
「まだやるのっ!? いつもより多くない!?」
「憧れの人に指導してもらえるんだから、別に良いだろ?」
「加減一つ間違えれば首が飛ぶ武器での指導は可怪しいわ!」
「壊してほしいんでな。ほら、さっさと構えろ。本当に首が飛ぶぞ?」
かつてのユグドラシルにおいて、その名を轟かせたギルドがあった。
全員が人間。後衛云々など無関係に、メンバー全員が必ず近接武器を装備していた脳筋ギルド。
そのギルドにおいて、他のギルドと同じく重宝されていたギルド武器―――《
この武器を壊せる者は―――まだ現れていない。
《神刀・天地曇》
かつてのユグドラシルにおいて、その名を轟かせていたギルドを象徴する刀の形をした武器。
妖しい光と神々しい光の両方を放つその太刀は、ただ振るうだけで天地を裂いて世界を曇らせるとされたが、一度足りとも使われる事はなかった。
天が割かれ、地が崩れた。世界の顔に、曇りが架かった。