被虐と赤眼の教導者   作:トラソティス

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滅茶苦茶間が空いてしまった…。漸く投稿できて嬉しいです。


#タイトル回収#17歳#絶対に許さんぞ#悪魔#青輝石#大人のカード#コーヒーは最強


story9『紫封筒』

 

 

 

 

 

 

 

 シャーレの帰路に就いた頃には、夜中の時刻はすっかり12時の針を過ぎていた。

 夜風を浴びながら、灯りの点いた部屋に足を踏み入れる。

 

「戻ったぞ……こんな夜中迄起きてるなんて珍しいな」

 

 シャーレのオフィスに戻れば、パソコンと睨めっこしながら事務処理を行うノエルの姿があった。自分で言うのも何だが年端もいかない彼女がピアノの練習と片手で復讐するだけで精一杯だったのに、こうしてキヴォトスの先生として仕事を処理しているのを見てみると、不思議に思ってしまう。

 

「あら、カロン……お疲れ様。ゲヘナの生徒と何してたんですの?」

 

「呼び出し人はチナツでな、ゲームセンターとやらで遊んでたのと仕事の手伝いをしてたぞ。丁度12時を過ぎた頃を見計らって、寝落ちしたチナツを丁寧にベッドに寝かしてやったさ」

 

「へぇ〜…そうなんで……は?」

 

 ビキリッ!と血管が浮かび上がる音が確かに聞こえた。

 カロンに向ける視線が段々と軽蔑を彩る瞳の色に変わっていく。そんな彼女の視線にカロンは冷や汗を垂らしながら抗議する。

 

「勘違いしてるかもしれんが…ゲームセンターで遊んでたのはチナツのご意向だぞ。私が機械に疎いのはお前も承知だとは思うが……」

 

「そ、そそそ…そう言う事では御座いませんわ!!貴方年端もいかない生徒になんて破廉恥な事を…!!ベッドということはひょっとして……〜〜〜ッッ!!破廉恥ですわ!先生失格ですわ!!変態!ロリコン!不純!すけべ!!」

 

「はぁ…?何を言って……アイツが自分の部屋で残りの仕事を終わらせたいと申し出たから一緒に片をつけただけだぞ。疲労と眠気に襲われたアイツをベッドに寝かしただけだ。それと私は人間のメスの身体には微塵たりとも、興味がないッ。寧ろ大悪魔である私達は性欲という感情を持ち合わせていない――お前と私との付き合いは長いんだ…今更そんなことで驚く事でもないだろう」

 

 それをチナツが聞いたら複雑な感情が湧き上がるだろうが、確かにカロンは一度たりとも生徒やノエルに対して不純な手出しをしたことなど一度もない。

 服を生で着替えさせられたことはあったし、当初は破廉恥な鳥頭だと蔑視していたのもあった。

 だがカロンがこう言った手のものに無関心だというのは確かにそうだ。

 

「クッ…だからと言って、今後ともそれを機に不純な行為はしないで下さいまし!貴方がその様な事をする方ではなくとも、自覚というものを持って、デリカシーのある大人として…」

 

「まるで人を性的犯罪者の様に言うがな、私がいつそんな事をした?存在し無い記憶でも植え付けられてるんじゃないか?」

 

「私の意識がない時、生着替えさせたのでしょう…?貴方に性欲がないことは分かってますの。けれど、今後とも生徒や市民に通じるかと言われたら100%無理ですわよ!絶対、誤解を招きますわ!ですので今後とも軽率な行動は控えて、デリカシーのある行動を取ってくださいまし!」

 

「意味が分からん……やれやれ、人間はなんて繊細で面倒なんだ。大悪魔である私にデリカシーを求めろというのは無理があるぞ。生憎、人間で言う羞恥心だの乙女心だのを持ち合わせていない」

 

 ノエルは危惧していた。

 シャーレの先生として働く以上、カロンは頭脳明晰ゆえに人間離れた体力と動体視力、悪魔の鎖という特殊能力を持っている彼は間違いなくキヴォトスでもそこそこ通じるだろう。況してやユウカのSNSで話題になる、なんて話が本当であれば、共有認識と信仰にも似た強い想いが私達を強くする。カロンも戦闘不向きから、戦闘向きとして通用していくだろう。

 然し、さりとて然し…だ。

 生徒達の殆どが女性である。

 男性生徒がいる訳でもないこの奇妙な学園…その大人である先生――カロンが何も感じ無い行動も、生徒からすればセクハラと捉えてしまったりする様な行動を取っていてもおかしくは無い。

 例えばシャワーを浴びてる生徒に遠慮なく風呂場に入ったり、生徒が着替えてるにも関わらず堂々と更衣室に出入りしてそうな感じが気がしなくもない。

 そしてそれをテクストとして準えると本当に破廉恥ドスケベ鳥頭になってしまうのだから笑えない。

 

「……頭の片隅程度には入れて置いてやるさ。それよりもお前はどうなんだ?トリニティのハスミに呼び出されたんだろう?何をしてたんだ?」

 

「仲良くティータイムしてましたわ。悩み事とか相談とか…色々と…」

 

「お前もお前で甘い時間を過ごしてるじゃ無いか……」

 

「結構美味しかったですわ!プリンや限定ティラミス、レモンティーも美味しかったですし…カロンに招待できなかったのが名残惜しいですわね〜…」

 

「ふん…ピアノが大好きなお前に太古の曲人をやらせれなかったのが残念だな。アレは結構ハマると楽しいぞ。大悪魔である私には音楽が優れてるかどうか、判断はでき無いが…爽快感というのがあって悪くはなかった」

 

「ゲームなんて全く無理そうなカロンがやれるだなんて…すっごい意外ですわね。それなら今度、エスコートして貰いますわ」

 

「フンッ、それなら偶にはお嬢様のお茶会に付き合うのも悪くは無いかもな」

 

 二人はクスッと笑いながら、生徒と過ごした一日を振り返り、駄弁る。

 生徒のプライベートもあるので、今回起きた生活を深く話し触れる訳では無いのだが、自分が体験しなかった経験を語りたくなるのは、大悪魔になっても仕方ないのかもしれ無い。

 

「……昨日は疲れ果ててしまって、寝落ちしてしまいましたけれど…こうしてカロンと一緒に二人っきりになると、不思議と落ち着きますわね…」

 

「誤った契約とその代償の為に付き添ってた頃が懐かしいな。あの頃から今までずっと一緒だったからな」

 

「ジリアンとシーザーに捕まったのを除けば…ですけれどもね。本当、あの頃が懐かしく思えてしまうほどに、此処での生活は結構刺激的で、常識の違いがあって……未だに信じられませんけれど…」

 

「ラプラスの…バロウズの復讐を終えた後…夕陽が沈む前に命を落とした我々が、こうして肉体と記憶を所持したまま新たな世界に転移されたんだ。直ぐに受け入れろという話は無理があるだろうな…」

 

「その点カロンは結構馴染めてる様にも思えますけれど…」

 

「大悪魔としての資格を失ったことで死に、こうして再び転生されてる現状驚いて無い訳では無いが……だが突然訳のわからない場所に飛ばされて、知らない人間と対面するのは慣れている」

 

 それはカロンがラッセル・バロウズの契約を結ぶ前から何度も契約者に召喚されてることを物語っている。

 いや、カロンも大悪魔だ……可笑しくないのだが、大悪魔という存在について深く考えたことがないノエルからすると、複雑な気持ちもあれば、こう言った転移物語は割と慣れているのだと実感することも出来た。

 今にして思えば廃ビルの屋上で呼び出されたカロンも、このキヴォトスに訪れた感覚と大差はないのだろう。

 

「そうだ、ノエル――お前と話しておきたいことがある…今後、先生としての方針を…」

 

「?」

 

 

 

 ─────────────────────────────

 

 

 

「成る程…概ね、理解しましたわ」

 

 カロンはノエルに先生としての方針を語った。

 ユウカに話した『超能力は一切授けない』『契約者が危険な代償を払わせない様に協力前提での行動』『無茶な願いは此方が判断し、叶えるか否かは此方が決める』――この三点はノエルとしても大いに賛成だ。

 

「ただ…無茶な願いとは…例えば?」

 

「そうだな…嘗てお前がステラステージの社長の殺しを願った様に、生徒や市民の死は叶えん。そもそも、連邦生徒会長の契約に違反する可能性も高い。そして無茶な願いは同時に代償の大きさも比例される…他にも実績を残したいだとか、連邦生徒会長になりたいだのとかな」

 

 それを聞いてノエルは「ゔっ…」と低く声を唸らせる。それならあの時止めて欲しかったですわ…と突っ込みたくなったが、あの時は自分にも落ち度があったこと、シビラや市長に利用されていたこともあった為、言わなかった。

 

「特殊能力に関しては…?」

 

「フーゴは爆熱の代わりに代償として呼吸器官と視力を…オスカーは魔人や大悪魔を斬る度に自身にダメージを負う代償を…それは一歩間違えれば簡単に破滅を引き起こしてしまう原因にもなる。それどころか、キヴォトスの治安を悪化させ、この世界の常識を簡単に壊しかねない原因にもなり得る。私たちがその因子になっているのだが…そこは目を瞑ろう」

 

「治安……昨日もそうでしたけれど、生徒達が銃火器や兵器を用いて暴れてたのは本当にビックリしましたわ…。ニュースでは特に報道されてないけれど…」

 

「アレがこの世界での日常なのだろう…全く以ってして殺伐とした世界だ。だからこそ、奴等は平気で銃火器で人を撃ち、紛争、強盗、破壊活動を行えるのだろう。頑丈だからこそ、物騒な事件を安易に起こすことが可能だ。危険な行動を、危険とも思わず平気で犯罪を起こす者が後を絶たない。そんな奴らに特殊能力を授ければどうなる?間違いなく犠牲者が続出するし、何なら逆手に取られてしまいかねん」

 

 ただでさえカロンはノエルや元相棒に特殊能力を授けなかった。当然、反撃を喰らう危険性もあるだろうことを考慮していたのだろうが、問題はそこではない。

 身体が頑丈、物理的にも力の強いキヴォトスの人間に能力など授ければ、間違いなく混沌を招き入れてしまう。ゲヘナ学園が日常と感じる風貌ではない、本当の意味でだ。

 

「そう言えば前々から思ってたのですが…生徒会長と契約を交わしたと言ってますけれど…カロンはどう言う風に契約と解釈したんですの?契約なしの行動は、悪魔の条文によると『契約と代償の範疇を超えた行為』になりますのよね?」

 

「スピカの様な例外なケースも存在する為、一概的には言えんがな。奴の経緯を思い出せ――リベリオと繋がる前の…以前の契約者が死した後、奴は仲間達を薙ぎ倒し、人質に取った。普通、契約者が死した以上介入する必要はない。私もラッセルに召喚された後、クソ生意気なマフィア達を血の海に染め上げたのだからな」

 

「…?つまり、契約なしの行動は『契約と代償の範疇を超えた行為』には該当致しませんの?」

 

「範疇による範囲は…例えば世界をひっくり返すだとか、天変地異だとか、そう言うことを指すだろうが…私が生徒会長と交わした契約…それは『あなた達にしか出来ない選択の数々』…という抽象的な言葉だ。奴の言葉には続きがあった様にも見えるが……だがあの言葉と私達が先生として託されたその意味は……」

 

 連邦生徒会長は…破滅を知っている。

 それは、余りにも突拍子過ぎる言葉――荒唐無稽な答え。だからこそ私は知っている。ラッセル・バロウズの市長としての破滅…その復讐を遂げた今だからこそ分かる。

 ノエルと契約を交わし、シビラと衝突したあの夜――ノエルの手を汚すことを制止したのは私だ。だがラッセルと契約していた頃の私なら、ノエルが復讐の呪いに身を任せ、破滅へ向かうのを止めはしなかった。寧ろラッセルに散々殺しを教え、その手を血みどろに染め上げたのだから…ノエルを止めた所で今更、と言われるのは当然だろう。

 私も感情論に振り回されてしまう未熟だと言い訳をしていたが……ふと思う。もしあの時ノエルにシビラを殺させたら?

 第二のラッセルになってしまう危惧は、ユウカやチナツと話してて頭を過っていた。その先を考察すると…復讐は叶わず、道半ばで死ぬか、きっとノエルも私を裏切る可能性もあった。

 だからこそ、あの時感じた第六感とも呼ぶべき本能的な理解を得た私は、連邦生徒会長の言葉に違和感を覚えたのだ。

 

 連邦生徒会長よ…きっと、お前も……過ちを犯したのか?

 お前も…大事なものを失ってしまったのか?

 超人だからこそ、誰にも理解されなかったからこそ…お前の隣に寄り添う責任者が誰もいなかったのか?

 

 …だとしても、お前が私達を呼び出したのだ――お前一人にはさせやしないぞ。

 連邦生徒会長の名も、言葉の続きも…そして、お前と言う契約者を真に理解できていない。

 

「『私達の先生』を契約と為した」

 

「は?ど、どういうことですの?」

 

 幾ら何でも意味がわからない、とノエルは狼狽える。

 それは当然だ。私ももしノエルと同じ立場ならきっとその言葉が出るだろう。

 

「私達は未だに連邦生徒会長を知らない。行方不明なのもあれば、言葉の続きが見れなかったのもある……有無を言わされず先生などという役職を任された。流されたような気もするが…生徒会長のあの言葉には、沢山の意味が含まれてるのだと私は解釈した」

 

「…願いの捉え方は大悪魔が解釈してしまうもの、ですものね…」

 

「そうだ。次に連邦生徒会長の言葉と私達が先生になること…客観的に見れば何の繋がりにもならん。だからこそ『私達にしかできない選択の数々』とは、先生になることで『私達がするべき選択を取る』ことが契約だと判断した。

 そこから導かれる答え……それは生徒達の破滅を防ぎ、真の願いを叶えること。選択とは、失敗と成功に並ぶ。願いこそ選択肢を構成とする根源だ。失敗は破滅、成功は真の願い――『私達にしかできない選択の数々』こそ、慧眼の星海を渡り終えた私達に相応しい願いではないか?それに…連邦生徒会長のあの台詞には、何処となく破滅を知っていた様にも見えた。普通、失敗を体験しなければ私達に願いなんて言わないだろう」

 

「願いが叶うか破滅か…まるでマダムの運命が作用してるみたいな捉え方ですわね…」

 

 流石はコフィン・ネリスと生死を賭けたブラックジャックで一騎打ちしただけのことはある。発言の重みが違う。

 

「今は赤眼だが…リベリオとの闘いを経て、ノエルとの確固たる繋がりと、復讐に対する願いを得て理解した私は慧眼の大悪魔たる真の名を手に入れた。『慧眼』の名を冠するその意味は『契約者の真の願いを見抜くこと』……真の願いを見抜くことこそが、数々の選択から正しい願いを見抜き、その道を導くこと――契約者(生徒)を導く大悪魔(教導者)こそが我々に課せられた契約なのだ。それは先生だからこそ為せるのだ。だから『私達の先生』という項目で契約を結ばせて貰った」

 

「難しい話ですけれど…よ、要するに…先生になって生徒達の正しい願いを叶えてあげよう、生徒達が破滅に向かわない様にサポートしましょって訳ですわよね?」

 

「嗚呼、噛み砕んだ内容であればな。願いを叶えるのにもいろいろ選択肢がある。私たちが先生としての立場として活動する方針を照らし合わせればな。私達は同時に、生徒達の命運を背負ってることにもなる…」

 

「でも…誤まった選択肢で破滅だなんて…ちょっと大袈裟過ぎではありませんこと?そりゃあ、昔の貴方が誤まった結果、悪魔の心を持つバロウズ市長に変貌してしまったのは事実ですけれど…」

 

「ノエル――この世界は危険だ。銃を持ち、怪我を恐れず、人が死ぬ危険性への考慮がない。つまり、この世界の住人はそう易々と死ぬ危険性が少ないこともある。だからこそ奴等は破滅という危険性を全く感じず、生徒達が常に正しい選択肢を取れない…。知らないからこそ、破滅が刺さってしまう」

 

 スピカに指摘されたことがあった。

 ラッセル・バロウズを知らないからこそ、代償による破滅が刺さらないのだと。まさか今回この話で逆の言葉が出るなんて…皮肉めいたものを感じる。

 

「危険があれば考慮する。慎重になれば選択肢を見定め、何が正しいか、何がダメなのかを考える。やってることは私が慧眼となったあの頃から変わらんがな」

 

「ん?でも待って…キヴォトスに住まう人間は身体が頑丈ですわよね?貴方がさっき言ったではないですの…死ぬ危険性が少ないとも言えるって…だとしたら…」

 

「だからこそだよ。市長の破滅は、死ぬことが全てだったか?違う――取り返しのつかないことが破滅を意味する大きな象徴的原理だ。もし、チナツが一人で抱え込み過ぎた結果、誰かに頼ることを知らずに過労と共に倒れてしまえば?その結果他の風紀委員達は責任を負えるのか?ユウカにだって何かしら取り返しのつかないことをしてしまい、破滅を踏んでしまう可能性だってある。私たちはその可能性を…星空に浮かぶ数ある選択肢から、正しい願いを叶えなければならないのだ」

 

 その言葉にふとハスミの言葉を思い浮かべる。

 彼女のゲヘナに対する憎しみ…会話だけで垣間見えたあの憎しみの色は、ジリアンがカロンに向けたドス黒い何かを沸騰とさせた。

 私はハスミにあの時言葉を添えたから、大丈夫だと信じたいけれど…もし、ハスミがゲヘナ学園と衝突した結果、生徒を殺してしまえば?キヴォトスに住まう人間は、身体が頑丈だからきっとあり得ないとは思うけれど…憎悪に身を委ねた力とは悍ましいものだ。

 出来ないことも平然と出来てしまう――私がそうであったように、憎悪に塗られた者の力は底知れない。

 それだけではない。

 他にも自分の想像や予想の範疇を超える様な、悲惨な末路と後悔してしまう選択肢を取ってしまう可能性だってあるのだ。

 そう考えると、カロンの言ってることは分からなくもない。

 

「…なんだか、分かってきましたわ。この世界が危険なのは、子供達が危険な行動をしてるにも関わらず、それが日常となっている。キヴォトスの体は頑丈だから、死ぬことは少ない…それが危険性の考慮を欠かせてるのだとしたら……取り返しのつかない、後悔してしまう選択肢を…取ってしまう可能性があるってことかしら…。じゃあ、生徒達が破滅に向かうって言うのは…本当に有り得なくもない、ですわね…」

 

「私達の言う…『先生』という立場は重い。私達だけが呼ばれるこの先生という特別な意味は、各学園に所属する教員とは違う存在なのだろう。そもそも、突然この世界に訪れた私達に先生をしろだなんて、可笑しいだろう?私達は特別だからこそ普通では取れない選択を、私達にしかできない…大悪魔の奇跡ってやつを、悩み困ってる生徒達に見せつけようじゃないか」

 

 ククク、と笑うカロンはノエルの額に小突いてやる。

 大悪魔との契約は、契約者が在ってこそ鎖が繋がれる。

 私達は数々の奇跡を起こしてきた。

 

「新たな命を以て、使命を全うする。生徒達と私達の…契約という鎖で紡がれる奇跡を起こそうじゃないか。ノエルと私…そう、名付けるとしたら、キヴォトスから生まれた始まりの大悪魔――遍く奇跡の始発点と名付けよう」

 

 学園都市により誕生した大悪魔――唯一無二の存在は、先生と呼ばれる大悪魔の始まりを意味する。

 こうして生徒達との契約を重んじた、度重なる奇跡の始発。

 生徒達の叶えられない悩みと願い?

 大悪魔を前に、不可能など存在しない――契約者が決死の覚悟を以て、大悪魔に願うのであれば、それは成す。

 いや…生徒の悩みは奇跡を起こしてでも叶えなければならない。

 それが先生としての矜持で有り、大悪魔の誇りと同等な価値だと解釈している。

 

「良いですわねそれ…ちょっと、気に入りましたわ」

 

「フッ…それが我々の、大悪魔としての始まりだからな」

 

「嗚呼…それならもう一つ、私も言わなければならないことが御座いますの――」

 

「なんだ?」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 ─────────────────────────────

 

 

 

「現場は…此処ね」

 

 とあるゲヘナ自治区の市街地。

 カタカタヘルメット団が市街地の飲食店で騒動を起こしていたとの報告が上がった。

 巡回パトロールの最中だったのと、目的地のポイントが近かったのもあった為、同じ風紀委員のイオリには美食研究会の問題解決へ向かわせた。

 

「はぁ……どうしてこう、次から次へと問題を起こすのかしら……」

 

 自由と混沌が売りのゲヘナ自治区に、まともな生徒なんて数少ない。

 万魔殿から意味不明な依頼を投げられてはアコが額に血管を浮かばせてはいるし(この場合は仕方ないと思っている)、美食研究会に続いて便利屋と名乗る脱走生の行方…オマケにどうでも良い問題まで…。

 終わりのない課題と山積みになっていく風紀の問題――面倒な仕事ばかり押し付けられて、此処のところマトモな睡眠なんて取れてはいない。

 

 今回のターゲットはスパゲッティ屋にカタカタヘルメット団が強盗と脅迫、テロ行為を働いたと聞いている。

 溜息を吐きながら、続出するトラブル問題を永遠に解決していくというのは、本当に気苦労が絶え間ない。

 蓄積された疲労で倒れてしまうのではないかとさえ錯覚してしまう。

 

「さっさと仕事を終わらそう……」

 

 店内が騒がしい。

 指定されたポイント指点を一瞥する。

『℃怒壱・スパグェッティ』という看板と、提示された情報を照らし合わせて、間違いではないことを確認する。

 正直、抵抗するというのなら店ごと破損しかねない状況なのだが…此処は致し方ない。

 愛用の終幕・デストロイヤーに弾薬を入れてリロードをする。

 無法者にはそれなりの報いを受けなければ…

 

 ドオォォン!!

 

「ッ…?!」

 

 だが引き金を引くことはなかった。

 彼女が突入する前に店のドアが開いたのだ。ドアから突如吹き飛ばされたのは、カタカタヘルメット団と思わしき人物。既にヘルメットはヒビが入っており、サングラスにはヒビが、服はボロボロで鎖が巻かれた状態で仰向けに倒れていた。

 

「鎖…?」

 

 だが吹き飛ばされたのは一人だけではなかった。

 二人、三人と…まるで袋に詰めたゴミを投げ飛ばすかのように、乱雑に無法者達がボロボロになりながら、鎖に巻かれて壁に衝突する。

 突入するも唖然とする彼女…一体誰が?と思考が芽生えた刹那、ゆっくりと足音を立てながら店内から出てくるのは、胸倉を掴まれながら満身創痍で意識を失ったヘルメット団のリーダーらしき人物と、自分よりも遥かに背丈の高い漆黒を連想させた大男が現れた。

 

「愉快に飯を食ってる最中にテロ行為?巫山戯るのも大概にしろよ?大悪魔を前にバカみたいな行動で下手に時間を潰すな……もう私たちを撃ち殺そう…なんて真似をする輩はいないようだな??あ゙?」

 

 圧倒的な威圧感。

 絶対的なる強者と、傲慢で…無法者を赦さんとする血の通わない悪魔の言葉。

 キヴォトス内部で、見たことのない大人が…怒りの声を孕ませながら額に血管を浮かばせていた。

 私は未知の遭遇に、目を丸くして硬直してしまっている…。

 

「お前らの迷惑な行動のせいで、どれだけの人間が悩んでると思う?お前らに必要なのは金じゃなくて常識的な思考と倫理観だろう、馬鹿どもが――」

 

 言葉を吐き捨てながら、憐れみな瞳を飛ばす黒装束の鴉頭の大人は、ヘルメット団のリーダーを放り投げる。

 ふげッ!?と蛙が鳴くような無様な声で鳴きながら、当の本人はパンパンと手を払う。

 

「も、もう終わりましたの…カロン?」

 

「大丈夫だ、もう終わったぞ。全く…ノエルのお誘いに乗った結果、店で強盗のパターンに遭うなんて生まれて初めてだぞ」

 

「わ、私だって始めてですわよ!!不良生徒達の暴走といい、店での強盗とテロだなんて…生徒達がこんな犯罪に手を染めるなんて…」

 

 店内から現れたのは、自分達と変わらない小柄な女性だった。

 私の身長と比較すれば、彼女の方が上だけれど…黒のドレスコートに、眼帯…金髪の女性にはヘイローが存在しなかった。

 それは同時に漆黒を象徴とさせた鴉を連想させる大人もそうだ。

 となると…この二人はひょっとして…。

 

「もう!こんな事をするだなんて…楽してお金を稼ごうだなんて悪魔の所業ですわ!あっ、ゲヘナ自治区は悪魔の種族が多いんでしたっけ…いえ、そんなの関係ないですわね。貴女達!もう二度とこんなみっともない行動、してはダメですわよ!!」

 

「気絶してるから聞こえないだろう。仮に意識があったとしても素直に聞く連中とも思えんがな…馬の耳に念仏とは良い諺だな、ククク……ッ」

 

「あ、じゃあこの子達どうしますの……今までは連邦生徒会長代行のリンが通報してくれましたので、なんとか取り押さえてくれましたけれど……」

 

「待って――」

 

 むむむ…と悩ませながら顔を顰めるノエルに、少女の聞き慣れない言葉が耳を打つ。

 カロンは咄嗟に、反射的に警戒体制を取る。先程カタカタヘルメット団と戦闘が入ってたのだから、ピリピリした痺れる空気に敏感なのは仕方ないし、寧ろそう言う反応を取られても仕方ないだろう。

 

「あ、貴女は…?!」

 

「初めまして…チナツから噂は予々聞いてるわ、シャーレの先生方。先ずはゲヘナ風紀委員の委員長として謝罪を――御免なさい。私達の仕事だというのに、偶然とはいえ貴女達に手を煩わせてしまって……私は空崎ヒナ。そして問題騒動による事件の解決、感謝するわ」

 

 

 ゲヘナ学園───空崎ヒナ(17)

 

 

 チナツから噂は聞いていた。あの日、連邦生徒会長の不在及び連邦生徒会に対する混沌と騒動への問題申請――戻ってきたチナツからは、連邦生徒会長が行方不明だったこと、そしてシャーレに訪れた二人一組という奇妙な先生。

 当初は度重なる過労な仕事量で先生どころではなかったのだが…改めてご対面すると、今までにない大人の風格を感じる。

 ノエル先生はまだ馴染み易い……同じ女性という意味合いも含まれているが、物腰が柔らかく、常識人なのもある。

 矢張りもう一人はこの烏の化身とも思わしき赤眼の黒装束…カロン先生。得体が知れず、更には武器も無しに肉弾戦と武術で片付けるその武力――外部の大人にしては、強い部類だろう。

 頭を軽く下げ、謝罪と感謝を述べるヒナは、ゲヘナ学園に所属する中でも数少ない常識人だ。

 

「お前があの風紀委員の…。成る程……此処はゲヘナ学園自治区、問題騒動への報連相が良くなっているようだ。そしてお前がゲヘナ学園の風紀委員長…ふむ、この馬鹿どもの制圧に駆けつけてくれた、と言うわけか。なるほど成る程…ククク、チナツのボスは相当信頼を寄せるに値する生徒という訳だな。いやはや関心関心」

 

「ホウレンソウ?何言ってるんですのカロン?」

 

「この箱入りお嬢様が…今お前の頭の中身は野菜になってるだろ。文字通りにホウレンソウでも生やしてるのか」

 

 社会経験もクソもない箱入り娘だ。

 カロンは目付きを低くしながら頭の中身を見据える。ユウカにポンコツと言われても可笑しくない訳だ。

 

「このヘルメット団達は私達が回収するわ。残りの風紀委員の生徒達にも連絡はしておいたから……これで大丈夫よ」

 

「感謝する――私もチナツから軽い噂程度でしか聞いたことはないが……一眼見れば解る。お前、相当凄いな…」

 

 え?と、ヒナは思わず動揺してしまう。

 空崎ヒナはゲヘナ学園風紀委員長にして、とある生徒の話ではゲヘナ学園の風紀委員の戦力の大半はヒナ委員長だという。

 だがカロンは今日こうして邂逅するまで、空崎ヒナという人物を全く知らなかったのだ。にも関わらず、彼女を一眼見ただけで、実力を見抜いた。

 

「鬼畜とも呼べる大量の書類仕事、自治区の治安活動、他にも解決するべき問題……それをほぼ自分で解決させながら、衰えることのない武器の手筈と準備態勢…機関銃を見た限り手入れされているな。大悪魔の眼は誤魔化せんぞ…?気配だけで察せる…大悪魔である私は人様の観察と見抜きは得意だからな」

 

 チナツの発言が確かなら、コイツはとっくにぶっ倒れてもおかしく無い程の過重労働の負担を背負っているはずだ。

 あの何年分とも思わしき書類の山を決済処理したのだ。仕事もアレだけではないだろう。私やチナツが知らないだけで、全体的に考えるとコイツの仕事量は人間の何十、何百人分の労働を背負っている。一騎当千という言葉は彼女の為にあるのだろう。

 そして彼女から放たれる圧倒的強者を沸騰とさせるオーラを纏っている。無意識に放っているのか、自然と身に付いた長年の積もった経験たる所以か……カロンも数々の強者と対峙してきたからこそ、察することができたのだ。

 

「それは……私が風紀委員長だから…それに私にしか出来ない仕事もあるし……問題起こす子達ばかりだから…私達も目の前の仕事にいっぱいだし…当たり前のことをやって…」

 

「風紀委員長だろうと、立場や役職なんて関係ない。その当たり前のことを継続しているというのは、充分立派に凄いことじゃないか?当の本人にとっては日常的なことでも、周りから見れば偉業だと思えるのは、評価されてる証だ。風紀委員長だから当たり前じゃない――お前が凄いから、今がある。チナツも風紀委員の仕事に誇りを持てるんだと思うぞ」

 

「ッ――!?」

 

 まさか此処に来てサラッと褒められるとは思ってもおらず、気が動揺としてしまう。

 カロン先生――底知れない人物故に、チナツの報告からアコが危険人物とマークしていた印象ばかりだったが…。

 カロンは諭すようにヒナに近づき、肩に手を添える。

 

「だから、お前の為に頑張ってくれてるチナツを、もう少し見てあげてくれ。大変なのもわかる…だが、アイツも陰ながらお前達の見えないところで、背負わなくても良い仕事を背負ったり、仕事を全うしてくれてる。そういう時こそ、たった一言の感謝の言葉だけでも、心っていうものは救われるんだ――だから困った時、お前も誰かに手を差し伸べてやれ。私に言われずとも、褒めていたとしてもだがな」

 

 ククク…と、真っ赤な瞳を三日月に歪ませるカロン先生は、悪魔のような笑い方をする。

 それが決して悪意でないことを理解するのに時間は費やさなかった。

 ヒナは知っている――今日の朝、チナツに何かしらの変化があったことを。

 

 

 

『ヒナ委員長、此方の決裁処理を終えた書類仕事の分別、終わりました』

 

『ご苦労様…有難う』

 

 早朝――風紀委員の活動に於いて、何気ない日常。風紀委員の朝は早く、軽い挨拶を終えてからは業務と書類仕事から始まる。風紀委員というより立派な社会人とも呼べるこの多忙な毎日。そんな変わらない日常にて、昨夜終わらせた書類決済業務の報告をヒナに告げるのはチナツだった。本来だったら12時を軽く超えるであろう何年分とも呼ぶべき溜め込んだ資料(正確には一週間分)をドッシリ!机の上に置く。ヒナは相変わらず眉一つ表情を変えず、淡々と書類仕事を終わらせていく。

 

『それとヒナ委員長、以前溜まっていた此方の書類仕事についてなのですが…書類の整理と後片付けに関しては、他の風紀委員の方に仕事としての活動部類に入れた方が良いかもしれません。積もった結果、

 

『それは…』

 

『後、ゲヘナで問題騒動を起こした生徒達に対しての反省文についてなのですが…此方は…』

 

 驚いた。

 いつもアコや私の陰としてサポートする彼女が、他の生徒達の怪我の治療や後方指揮での通信と支援を重視していた彼女が、風紀委員長自ら抗議しているのだ。

 アコなら兎も角、イオリなどは全く口出ししないというのに。

 

『次に…』

 

『チナツ…』

 

『あ、はい…?どうかなされましたか?』

 

『何かあったの?チナツ…昨日までとは全く、雰囲気が違うように見えるけど…』

 

 ヒナの指摘に、一瞬身体が固まった。

 暫し考え込んだ後、頬を赤らめ自分の行動を鑑みているようだ。チナツは思ったのだろう――自分は、図々しくヒナ委員長になんて物申しをしていたのだろうと。

 いつもは陰で口出しなど一切せず、黙々と自分の業務をこなしたり、裏方支援と皆んなのサポートに努めていた自分が…こんなこと。

 

『す、すみません…!出過ぎた真似を…』

 

『いえ、大丈夫…。だけど、凄く意外だわ。いつもは業務や問題報告しか告げない貴女が…一体何かあったのかと…』

 

 それもそうだ。

 何事のない日常を過ごして、過激な書類仕事と業務、風紀の活動で一日が終わる現状、昨日までチナツは何事もなく至って普通だった。

 最後に交わした言葉も「お疲れ様でした皆様」程度。そんな彼女が突然、やる気に満ちてアレやこれやと報告しに来るとなれば誰もが驚く。

 

『そう、ですね…昨日は、カロン先生にお仕事を手伝って貰いまして…』

 

『カロン先生…?嗚呼、貴女が話してたシャーレ奪還を解決させた例の…遭ったの?』

 

『はい、その…えへへ。カロン先生が、私にこう言ってくれたんです――私が胸を張れる生徒であるのなら、自分も胸を張って傲慢になれるって…こんな私でも、風紀委員でも大して役立たないと思ってた私を、尤も重要で頼りになる生徒だって、教えてくれましたから…』

 

 ヒナは決して風紀委員の皆を低評価として看做してない。

 勿論、彼女の感情論だった言葉だ。彼女が大したことない、なんて思いながら風紀委員の活動をしていたことにちょっとだけ残念な気持ちにもなったが…それ以上に、彼女が風紀委員以外にも初めて、誰かに信頼を寄せて、此処まで変われたというのに驚いた。

 そしてそのカロン先生という人物に興味が湧いた――チナツを此処まで評価してくれるとは夢にも思っていなかったからだ。

 そして一人で抱え込みガチなチナツが、遭ったばかりの先生に、頼ることを知ったのだ。

 普通の大人が相手なら、絶対に有り得ない光景だ。

 

『それなら良かったわ。まさか、あのチナツがここまで前向きになれるなんてね』

 

『も、もし迷惑でしたら申し訳ございません…!けど…そう、ですね。私自身も、改めて思い返すと……自分の変化に今、驚いてます…』

 

 ――此処までチナツを前向きに変えたカロン先生は、一体何者なのかしら…?

 なんて疑問がヒナの脳内に芽生える。憤ってる訳でも、余計なお節介だとも思っていない。

 凡ゆる学園の自治区に介入可能な先生だからこそ、生徒の願いにも駆けつけてくれるのだろう。そしてコミュニケーションもシャーレに呼び出して仕事や業務を行う事だって可能だ。

 だが大人というのは、殆どが子供や市民を喰い物にする。

 カイザーコーポレーションや、ブラックマーケット絡みの大企業、不正利用や犯罪の温床にもなっている悪い大人。

 権利があれば濫用するのは簡単だ――だからチナツも下手すれば大人の食い物にされる危険性も危惧していた。それはイオリもアコも視野を広めて可能性を危惧していた。

 

 だからこそ先生という存在が悪い大人でなかったことに安堵の息を吐く。それと同時に彼女が明るく前向きに、風紀委員の看板を背負っていることを、業務や仕事を全うしようと働いてくれる彼女が輝いてるようにも見えた。

 

『そう…良い先生に出逢えたのね。貴女が自信を持って業務に当たっているのを見ると、なんだか安心するわ』

 

 チナツの視点から、あのヒナ委員長が初めて柔らかな表情を見せた。

 普段は威圧と黒いオーラを浮かばせ、時には瞳を光らせながら怒りの前触ればかり見せていた彼女が、こんな物腰が柔らかい微笑を浮かべれるなんて…。

 

『あ、有難う御座います!』

 

 何気ない早朝だったけど、チナツの意外な一面を見れた気がして悪くなかった。

 退屈な日々を送る中でも、偶にはこういう異色のある変わった日があるのも、悪くはないのだと。

 

 

「ええ…そうね。それじゃあ改めて…チナツのことを見てくれて有難う。あの子は少々引込み事案の所があるから助かったわ。カロン先生があの子のことを大切に想ってくれて、私も嬉しい」

 

「フン…評価のある人間は素直に評価するまでだ。お前も例外じゃないがな……それと、お前相当疲れが溜まってるみたいだな。仕事は何処まで終わるんだ?」

 

「え?何でそれを……」

 

「先ほども口述した様に人を観察するのに長けてるんだ。お前の目の下、クマができてるぞ。充分な休息が取れてないんじゃないか?」

 

「え?嗚呼……3時間しか寝れなかったから…。その、2徹して漸く落ち着いてる感じだし…」

 

「……は?」

 

 よく見れば目の下はクマが薄らと観察すれば眼に見え、髪も少々ボサボサで、目の色に生気が宿ってないようにさえ見えた。

 過労とストレスが蓄積されてるからこそだろう。

 チナツと同じ様に一人で抱え込んでるのではないか?と質問した結果、二徹して漸く3時間の睡眠を取れたと聞いたのだから、ブラックジョークが得意な大悪魔も目を丸くする。

 

「カロン、ニテツってなんですの?」

 

「……二日間一睡もしずに起きてることを指す。お前には無縁な話だろうがな…」

 

「へぇ……それは…え゙ぇ゙ッ!?二日間睡眠取らず!?!幾ら仕事だからって無茶し過ぎですわよ?!!」

 

 人間は二日、三日以上危険な断眠を継続していると精神的な実感を抱えてしまう。体調不良、生活習慣による悪化、更には症状を引き起こし、免疫力を低下させてしまう。

 キヴォトスの人間に外部の症状は該当するのかも不明だが、チナツのような医療担当の生徒がいるのだから、カロンやノエルの目線からすればヒナの現状は充分危険と言える。寧ろ徹夜しながら治安活動を進めるなど鬼畜の所業でしかない。

 

「お、落ち着いて二人共…本当に3時間は睡眠が取れたし…いつもの事だから騒ぐ様なことでは……」

 

「大騒ぎですわよ!倒れたりしたらどうするんですの!?他の皆様方も心配しますわ!というか、一睡もせず一日を過ごすだなんて…私、一回もしたことありませんわ…」

 

 それを『いつものこと』で済ますのだから、本当にこの世界はどうかしてる。ゲヘナ学園が異常なのか、それともこのキヴォトス全域が可笑しいのか…神秘というより恐怖に彩られてるではないかと感じてしまう。

 

「だとしても流石に働きすぎだ。それじゃあ効率も悪いだろう…お前が風紀委員長としての立場を重んじて、立ち振る舞う勇姿は素晴らしいが…無茶を通してノエルの言ってる通り倒れたりしたらどうなるんだ。他の奴らにカバーさせれば…」

 

「私にしかできない仕事が大半を占めてるから…他の子達も自分の仕事で手一杯。先生達が心配してくれるのは凄く嬉しいけれど…大丈夫、だから…」

 

 調子が狂ってしまうな…と複雑な気分になる。

 隣でいつもサポートに徹してくれてるアコもこんな気持ちなのだろうか…。彼女は思い込みが激しかったり、特定の生徒に厳しくしたり、少々ズレてる部分があるけれど…あの子もカロン先生やノエル先生の様に休んで欲しい気持ちでいっぱいなのかもしれない。

 初対面なのもあるけれど、奇妙な二人組の先生が此方の身を案じて自分がどの様に心配してくれてるのは、何だかこそばゆい気持ちだ。

 

「うぅ〜む…いや、そうか。だからこそ……なのか…」

 

 カロンは顎に手を当てながら、目を細めて困った様に表情を曇らせる。何やら考え悩んでるそうだ。

 

「えっと…取り敢えず、そろそろゲヘナの風紀委員の子達が問題児達を連れて行くから……取り敢えず、協力有難う。先生達とはまた、ゆっくり話すことができたら…」

 

 これ以上話してはいられない。

 先生達の気持ちは嬉しいけれど…今はそれよりやるべきことが…

 

「いや――こういう時だからこそ少しは休んでいけ」

 

 グイッと、ヒナの袖を掴み制したのはカロン先生だった。ヒナは立ち止まってしまう。

 

「お前にしか出来ない仕事なのなら尚更だ。過労と張り詰めた業務は悪影響を与える。人に言えない機密事項の業務を、一人でしか解決できない仕事をこなすのは構わん……然し、お前が一人で突っ走り、お前だけが苦しむのはシャーレを代表とする先生の立場としてそれを見過ごす訳にはいかん。強引にでもお前を止めてやるぞ?」

 

「えっ!?けどそれは…あの、カロン先生やノエル先生は知らないかもしれないけど…私、ゲヘナ学園では結構有名人で…此処にいるだけでも割と目立つというか……」

 

「ならばお前の火の粉は私が振り払ってやろう。どうにもチナツと言いお前と言い、誰かに頼るという言葉を知らん様だ。ククク……言っておくが無視はさせん。大悪魔という生き物は傲慢なものでな――私にはお前の様な謙虚さというものを知らんのだ」

 

「私達が仕事を手伝うっていうことも出来ますし、そんなに遠慮しなくて良いんですのよ。ちょっとくらい、自分のご褒美として素直に受け取っても誰も責めやしませんわ!」

 

「お前ができることなど書類整理とPCを弄る位だろう。戦闘では何のクソの役にも立たんことは……」

 

「うっっさいですわね!!一々一言多いんですのよ!!」

 

 なんだろう、この人達は…どうして私のことを此処まで気にかけてくれるのだろう。

 アコも偶に息抜きにショッピングに連れて行こうとしたり、風紀委員全員の休日が重なった時に、グループになって遊びに行こうと誘ってくれたことはあった。

 其れは労いの意を込めた、彼女なりの気遣いなのは知っている。

 カロン先生もノエル先生も、私がどんな人物なのか知らないからこそ、歩み寄ってるのだろうけど……それにしては…。

 

「でも…風紀委員である私がそんなこと……」

 

「頭の難い娘だな…。言っておくが風紀委員の立場だろうとヒナが風紀のトップだろうと、私とノエルがお前達と対等な関係であることは変わらん。それに、困った時くらい先生に頼る、なんてことは不自然でもないだろうに……緊急会議だの、重要な仕事じゃないのなら、尚更無理に仕事ばかりしなくてもいいだろう。今のお前に必要なのは、一息吐くということだ」

 

「そうですわ!私、ヒナのこともっと詳しく知りたいですもの。御話くらい、何も悪いことではありませんわよ?」

 

 その言葉に、流石のヒナも言葉が喉に詰まってしまう。

 どれだけ断っても、どれだけ心配かけまいと振り払おうと…悪魔が取り憑いて来たかのように、私に歩もうとしてくる。

 ゲヘナ学園の最強を担う、一騎当千の猛者だろうと、カロンもノエルも譲らない。

 それは…二人が唯の先生ではないから、なのかもしれない。

 流石に断り続けるのも申し訳ない…。

 

「まあ…その…30分位なら……」

 

 二人の根気強い押しに、渋々頷くヒナが根負けした。

 先生達の言ってることはご尤もだ。三日間徹夜しても倒れることはない。だからと言って身体が万全ではないことも否定できない。

 それに…あのカロン先生とノエル先生――シャーレを代表とする、連邦生徒会長が呼び出した二人の先生…遅かれ早かれ知っておいて損はない。

 それに思い返してみれば今日一日休息の時間を一度も取っていない。

 先生達と過ごす…という思いがけない事態にはなったが、軽い休憩がてら時間を費やすのも、悪くはない。

 

「先生って悪魔みたいね…人が勤勉に働いてるのに…怠惰させようなんて…何処ぞの万魔殿にいた生徒みたい…」

 

「大悪魔だからな、私もノエルも」

 

「私に至ってはほぼ人間と大差ないですけれども…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自販機が置かれてるスポットとしか取り柄がない、寂れた薄暗い裏路地。建物の間に挟まれたスペースは決して狭くはなく、人気を避けるのには丁度良い場所である。

 こういう所には不良生徒達の溜まり場として影に息を潜めたりする輩がいるのだが、どうやら幸先よく誰も居ないようだ。

 もし休憩中に問題児達と出会したら幸先もクソもないのだが。

 

「本当にこんな場所で寛いでも良かったのか…?」

 

「シャーレの先生に、ゲヘナ風紀委員長が揃っていると色々と面倒が起きるから…。カロン先生が火の粉を振り払ってくれる気持ちは嬉しいけど、物事はそう単純でもないもの…」

 

 自販機で購入した無糖コーヒーの缶を開封し、一口。

 眠気を吹き飛ばし、睡魔に襲われそうな時はいつものコレに限る。カフェインの摂取量が限界値を超えるのではないかと思ってしまう感覚は何度もあるが、やはり過労な仕事ばかり重なってる身としてはこれがなければ始まらない。

 

「…ふむ、まあ…なるほど。一理あるな……」

 

 壁にもたれながら、顎に手をやるカロンは小難しそうな顔を立てながらも、納得はしたようだ。

 空崎ヒナはゲヘナ学園でも相当に名が知れた有名人。知らない生徒などゲヘナに留まらず、キヴォトス全体で割と知られているのだ。知らない方が可笑しいと言うべきか…。

 そんな彼女と外部からやって来たカロンとノエルというシャーレを代表とする先生がヒナと一緒にいたら?

 況してやヒナは良くも悪くも有名人――怨みを買う者、恐れる者、またはゲヘナや風紀委員の立場が邪魔だと思う人間は少なからず存在する。先生を出汁に弱みを握ろうとする者も少なくはない。まあカロン先生なら大抵の有象無象は問題なく蹴散らしてくれるのだろうけれど…問題はそこではない。

 トリニティのように陰湿で悪質な情報が流されたり、ゲヘナ学園にはシャーレが味方として一方的に権利を掌握している、なんて知れ渡ったりしたら?

 エデン条約も控えているのに、軽率な判断や行動は危険を招いてしまう種にもなる。

 カロンからしてはそこまで深く考慮はしていなかったが、何かしらメディアや情報で変に拡散されてしまうと言うのは良い気がしないので、素直にヒナの言葉通り言うことを聞いた。

 

「つまりヒナはこう言ったジメジメとした場所が好ましいとか…そういう訳ではないんですのね?」

 

「ノエル先生は私の事何だと思ってたの?」

 

「大きな羽も生えてますし、てっきり蝙蝠みたいに陽の光には弱いのかと思ってましたわ。触っても宜しくて…?」

 

「ッてダメ!ノエル先生、触らないで!!その……先生は知らないかもだけど…トリニティもゲヘナとしても…羽は割とデリケートだから…」

 

 仏頂面のヒナが珍しく赤面しながら慌てふためく。

 ノエル先生は人畜無害かと思っていたけれど、変に気を緩めてしまうと弱点を突かれてしまう気がすると、今ハッキリ理解した。

 

「あら、ごめんなさい。けれど小さそうに見えて大きな羽なんですのね…どんな感触だったのかしら?」

 

「これ以上は辞めておけ。猫は好奇心で死ぬという諺があってだな、下手に銃口を向けられて眉間を狙い撃たれる、なんて嫌だろう」

 

「………」

 

 そんな痴漢したら過剰防衛で銃殺してしまった…なんてノリで言われても。とノエルは黙りこくってしまう。

 

「流石にそんなことはしないけれど…しつこくされたら怒るわよ…?」

 

「ふふ、こんなに小さくて可愛い貴女が怒る姿は、ひょっとしたらキュートなのかもしれないですわね」

 

「……勘違いのないように言っておくけど、私これでも17歳だから。決して幼稚体型って訳じゃないから。当然、そんな失礼な事を言ってるつもりではないことを願ってるけど…」

 

 ヒナの眼光が鋭く光り、目の下まで影に染まった気がした。

 そんな彼女の冷徹な瞳と、高圧的な態度を垣間見て理解した――この子、怒らすと滅茶苦茶怖いと。

 一瞬だが、ラプラスで経験した絶対的な強者の面影達を沸騰させてしまった。それはヒナの内に秘めたる強さに本能が危険信号を送ったからだろう。

 

「その……凄く、失礼な言動を取ってしまい申し訳、ありませんわ……」

 

 冷や汗を滝のように流しながら、購入したカフェオレを現実逃避するよう飲むのに専念する。

 そんな二人のやり取りを見てカロンはククク…と低い声で悪魔的な笑みを浮かべているのが窺える。

 

「はぁ……それにしても、奇妙な先生ね。ノエル先生は私達と年端は変わらないし…カロン先生は私達とは違う存在だし…いえ、キヴォトスの外部から来た存在だから、間違いではないんだけど…」

 

「何度も言うがノエルも私と同じ大悪魔だぞ。私だけが、ノエルだけが生存可能と言う独り歩きをすることはできない。そういうものだと思って理解してくれ。私達がこの世界の常識が通じないように、お前達もまた同じなのだ。一種の超常現象とさえ認識してくれて構わん」

 

「それをさも当たり前のように言われても…一応、キヴォトスにも謎は多いといえばそうだけど……」

 

 それをすんなり受け入れろ、なんて言われても困惑してしまうだろうが、ノエルもカロンも何千もの学園が存在する生徒一人一人に「自分達は生まれ変わりました」なんて言うのも面倒だ。

 これを知ってるのはリンと、自分達を呼び出した連邦生徒会長だけである。

 

「……謎、と言えば…ねぇ、先生」

 

「なんだ?」

 

「どうして先生は、出逢ってばかりの私にそこまで気遣ってくれるの?」

 

 改めて、ふと思う。

 カロン先生と言いノエル先生といい…出逢ってばかりで、全く見ず知らずの生徒に対して優しすぎると思った。

 お人好しとも呼べる類の其れは、決して不愉快ではない。

 生徒を想ってのことだ――それは理解できる。だがどうしても腑に落ちないのだ。

 チナツはまだ分かる。

 彼女はシャーレ奪還作戦に於いてカロン先生と協力態勢に当たって行動していたのだ。決してコミュニケーションが全くない人物でもなければ、然程面識もない事はないだろう。

 チナツの噂がどの程度かは存じないが、初対面の生徒にしてはヤケに距離を取っている気がするような気がする。

 

「ん〜…何でって言われても…そりゃあ私達先生っていう役目を負ってますし…私達が先生で、貴女が先生である以上、そこに繋がりの経験とか、初対面がどうとか…問題ではないと思いますわよ?」

 

「コイツに至っては頭が良い悪いの関係なく無茶苦茶でぶっ飛んだ回答を持ってくることがあるからな。深い考えなどそんなに必要ないと思うぞ」

 

「むっ…棘のある言い方ですわね…」

 

 カロンの揶揄う言葉に、ムッ…と顰めっ面を立ててしまう。知恵を司るカロンでさえも、ノエルの行動には理解に及ばないことが度々ある。そう言った意味では、彼女は超人の類いとも呼べるだろう。

 

「大悪魔である私も…最初は契約者の事など興味のかけらも無かったさ。そんなこと、する必要もなければ余計な詮索、必要以上の肩入れなどする必要がなかったからな……だが、その結果――私は取り返しのつかない、とんでもない過ちを犯した」

 

「……御免なさい、私こそデリカシーに欠けた発言をしてしまったわね」

 

 ヒナは申し訳なさそうに言葉を控える。

 カロンの言葉には大きな意味が含まれていたことを、彼女は知っている。何となくだが、カロン先生の今の発言は…大切な先輩を失ったあの生徒のことをふと頭によぎったからだ。

 カロンは知っている。

 契約者を知らないことは、真の願いを叶えれないことを。

 その結果、嘗ての契約者に出し抜かれ、代償が刺さらず自分を敵に回したのだから。

 此方の意図を悟った彼女の察しの良さに、カロンは口を閉ざし…暫し沈黙の後に別の話に切り替えた。

 

「ヒナよ……お前の隣には誰がいる?」

 

「えっ?」

 

 それは、カロン先生じゃない?と、路地裏で壁にもたれながら束の間の休息を取るヒナは小首を傾げた。

 そんな彼女の単純的な思考回路を読み取ったカロンは軽いため息を吐きながら、腕を組む。

 

「お前…さっきの強盗共の鎮圧と言い、問題児達の騒動を治める治安活動に於いて、偶々一人だったのか?それともいつもは誰か別の生徒が付き添いで、共闘でもしているのか?」

 

「基本一人が多いわね…勿論、イオリが苦戦してる時はアコから救難信号を送られる時はあるから、加戦することはあっても、活動する時はメインは私だけね」

 

 イオリ、アコ…知らぬ名の生徒だ、念のため覚えておこう。どうせいつかは対面する時もあるのだから、損はないだろう。

 単騎にして主力……ふむ、そうか…。

 

「今のお前はきっと、私が理解に及ばないだけで相当な偉人なのだろう。風紀委員長として、仕事の腕前だけでなく…治安の改善、底知れない強さ……それは、大悪魔の理解をも越えるほどに」

 

 多くの大悪魔はスピカや昔のカロンとシーザーなど、高位な立ち位置から人間を見下ろす生き物である。

 

 或る大悪魔は人間を破滅へと導き。

 或る大悪魔は契約者を人形と定め。

 或る大悪魔は人間を玩具と見做し。

 

 自分以外の存在など大して刺されば痒い程度の存在だと…然して、人間の意思には大悪魔の理解を超える強味がある。

 

 両手足を失ったノエルの折れぬ心。

 ジリアンの悠久を継ぐ絶対的なる強い意志。

 リベリオのような不屈の心。

 

 空崎ヒナのような単純な強さと、常識と人間離れした圧倒的なポテンシャルは勿論のこと。

 少なくとも此処数日、キヴォトスを過ごして理解したのが、生徒と呼ばれる子ども達はそれぞれ個性的でありながらも、各々の強さを持っている。

 

「だからこそ理解したのだ……空崎ヒナよ。お前は一度でも、自分と対等な関係を築けた人間はいたか?」

 

「それは…ッ!私は、アコやイオリ、チナツを大切にしてる!確かにもうちょっと頑張って欲しい…って思うこともあるけれど、それでも私はあの子達を贔屓したことだって…!」

 

 まさか自分が風紀委員の仲間を、他のメンバーを本当に仲間だと見做してないのかと思ったヒナは、批難の抗議を挙げる。

 自分にも他人にも厳しい彼女だが、同じ風紀委員の子達に対して疑心を抱かれるのは、心地いいものではない。

 だが、そんなものはカロンとしては百も承知なのだ。

 

「確かに風紀委員の立場として、仲間を大切にできるお前は充分信頼しているのだろう。その信頼に置いてお前は、差別せず対等に風紀委員の仲間達と接しているのかもしれない。

 然しそれは上辺と形だけ…私は()()()()()()を何度も見てきた。当然だ、同じ風紀の活動をする者達、コミュニケーションも連携も取れずして対等ではないなど、大問題だからな。

 そう、問題なのは風紀委員長ではなく…空崎ヒナ――お前という個を指しているのだ。

 お前と対等な関係でいる人間は、誰一人としていなかったのではないかと。強すぎるが故にお前の強さに甘えてしまっている者達がいるのも、否定できないのではないか?」

 

 カロンの的確な言葉に、ヒナはハッと目を丸くする。

 風紀委員の立場として信頼関係を築いているのは確かだ。それはカロンも否定はしなければ、ヒナの言葉通り裏表なく仲間達のことは信用しているのだろう。

 だがカロンの言っている対等な関係というのは…風紀の立場だけではない。

 

「ならばお前は肩を並べて仕事をこなせる人間の名前を挙げることはできるか?その者は…いつもお前の隣にいたか?

 どんな戦場でも、お前の側に離れずに背中を任せれる…相棒とも呼べる存在がいるか?確かにお前の仲間達は優秀で、支えてくれてるのは紛れもない本当の事実だろう。じゃあなぜお前は、一人で何もかも抱え込む?お前が常に駆け出した戦場に、誰か一人でもお前を助けてくれたか?違うな…助けれる状況があったか?」

 

 否定ができなかった。

 ヘルメット団や戦車を用いた武装集団と兵器の鎮圧と破壊…危険な仕事は全部、自分一人で解決して来た。

 イオリが便利屋68と苦戦している時だって、ヒナが助けた時はあっても、ヒナが危険な時や絶え間ない戦いでも、彼女の隣に並ぶ人は誰も居なかった。

 たった出逢っただけで、まるで全てを見抜いてるかのようなカロン先生の言葉には、彼の凄まじい洞察力と思考能力には、息を呑む凄みがある。

 カロンの『だからそうなのか…』という先程口述して溢れた言葉も、ヒナが強すぎてしまっているが為に、こう言った現状を引き起こしてるのではないかと考察していたのだ。

 独り歩きしてしまった為に、前に進むが故に、後ろの者達はヒナの道を追うのに精一杯で、気が付けば彼女の隣は誰もいない。

 空崎ヒナの強さに並ぶ生徒はキヴォトス全域で調べれば少なからず存在する。

 

 トリニティ総合学園正義実現委員会のツルギ。

 ミレニアムサイエンスクール、C&Cにいる最強のメイド。

 噂が事実であればティーパーティーの聖園ミカ。

 

 そして…情報部に居た頃、一年生の間で恐れられていた…あの生徒も…。

 だがキヴォトス全域で見たところで、所詮は他の自治区だ。共闘なんて、それこそキヴォトスが終焉を迎えるなんてシナリオでもない限り訪れないだろう。

 

「ヒナ…お前に足りないのは、隣に寄り添う対等な関係を築ける人間じゃないか?現に私が止めてなかったら、お前は休息も取れずに無茶を抱えて一人歩きしていただろう?お前は強い、特別的な私観を持たれてしまうのも、周りから恐れられてるのも…強さあっての証なのだろう。だがその強さは時に、人を遠ざけてしまうことだってある。

 武力を掲げた者は見せ様として披露すれば、治安維持による信頼と同時に、恐怖政治だって行える。

 全員がヒナになる必要もなければ、お前が強すぎるが故に付いてこれない者達も居るのは事実…それを責やしない。お前が尤も気をつけるべき点は、危惧するのは…己の強さを過信するな」

 

「じゃあ…こう言う時は、どうすれば良いの…?困ってる私達に手を差し伸べてくれるのは嬉しいけれど、それでも助けてもらうばかりじゃ…先生にも悪いし……何より、私が居ないと風紀委員の皆んなだって……」

 

「大丈夫だ――その為に先生という私やノエルが居るんだ。私やノエルの間に風紀委員の立場や上下関係などそんなの要らん。私は誰かを贔屓したり、特別扱いをしたりなど…大悪魔の名と誇りに賭けてそんなくだらないことをするつもりなど毛頭ない。だからお前も…もうちょっと肩の力を抜いて、息抜きくらいしてみろ。お前の立場上、それが難しいなら私が作ってやる。それでこそ、背中を任せられる存在なのだ。だからお前が困った時は迷わず私に「手伝って」と言えば良いのだ」

 

 風紀委員である自分達は、治安維持と問題児や武装集団による破壊テロの鎮圧を解決しなくてはならない。

 況してやゲヘナ学園の自治区は問題児だらけだ――トリニティのような物静かな穏便さなど、何ヶ月に一回程度。

 万魔殿に至ってはあのタヌキだってエデン条約で何をしでやらかすか分かったものではない…。

 つまり風紀委員の立場は…自由と混沌による問題を解決するマトモな集団に見えて、実は他援が殆ど許せない状況下なのだ。

 だが此処で…シャーレを代表とする先生なら?生徒ではなく風紀委員だのゲヘナ学園だの立場を無視した傲慢な生徒が傲慢にでも手を差し伸べて来たら?

 単純なる生徒の悩みを解決する大人の先生なら、不自然ではない。アコならきっと「それも私達の地位と名誉に関わります」なんて言い兼ねなさそうだが。

 

「助けて貰ってばかりでは名が廃る。なんてのは分からない訳でもない…風紀委員の誇りもある、面子もある…ならば、私達が困った時は遠慮なくお前達に助力を願おうじゃないか。これは大悪魔(先生)契約者(生徒)取引(助け合い)さ――キヴォトスとて珍しいことでもないだろう」

 

 貸しと借りの関係――これも立派な願いと代償としての解釈が可能だ。

 風紀委員がシャーレ代表の先生の悩みを助けた、なんていうのも充分立派な功績にもなる。

 後々の話になるが、このカロンとヒナの会話が、二人の誇り高き者達の邂逅が、とある生徒を救うキッカケになるということをまだ知らない。

 

「……まさか、大人にこんな事を言ってもらえるなんてね。流石は連邦生徒会長が呼び出したシャーレの先生――普通の先生とは違うのね」

 

「普通の先生に出来ないことを、我々が成すのだ――それが、連邦生徒会長に課せられた使命として受け取っている」

 

「そんな大層なことを堂々と言えるなんてね…。カロン先生ってキヴォトス外部では結構偉かったの?」

 

「大悪魔だから実際偉い」

 

「私も風紀委員長だから実際偉いのよ」

 

 二人のはにかむ笑顔に、ノエルはかつて廃製鉄所の遣り取りを思い出す。確かこんなこともあったな…なんて。此処と外の世界は全然違うのに、なんだか自分達がいた世界と何処か似ているというのも、中々に興味深いものだ。

 

「……有難う、先生。ちょっとだけ、風紀委員としての立場や、私自身見つめ直す良い機会になったかも……シャーレの先生、噂以上の先生ね」

 

「もう30分か……他愛無い会話をしていれば、あっという間に時間は過ぎ去ってしまうのだな」

 

「その…結局会話だけの時間になってしまいましたけれども…身体とかは大丈夫ですの?」

 

「ええ、本当だったらこのまま仕事を続けてた訳だし…立ち話してるだけでも割と肩の力は抜かれたから大丈夫よ。寧ろ、私の為に先生の時間を取っちゃった御免なさい。それと、コーヒー…奢ってくれて有難う…」

 

「缶で飲むコーヒーも中々乙だろう?淹れたての方が香ばしさもあるが、手軽に飲めるというのも自販機ならではだな」

 

「良いんですのよ、寧ろこっちが無理してでもお願いしたんですもの、謝るんじゃなくて、こういう時は有難うで良いですわよ」

 

 ノエル先生は気軽に話せて、カロン先生は頼もしさもあって…外見は似てないのに二人一組と名乗ったり、根拠はないけど頼もしさもあったり…話してるだけでも心が何処となく落ち着いたり…シャーレの先生って、不思議ね。

 

 ヒナは背にもたれてた壁から離れ、悪魔の翼を大きく広げる。

 休息は終わり、仕事に入るスイッチに切り替える。

 

「余り、無茶はするなよ。お前の羽は大きくとも、その翼は決して折れない訳ではないのだからな」

 

「わかってるわ。自分の体調管理くらい、ちゃんとやるもの。今日の仕事が終わったら久々に休めるから…心配してくれて有難う」

 

「それは重畳――なら、引き続き仕事、頑張れよ」

「私も応援してますわよ!もし何かあったら私達に言って下さいまし!」

 

 

 こうして、偶然の邂逅は終わりを告げた。

 そして同時に、この邂逅もまた…最悪なる破滅を退ける奇跡の始発点になってることなど、誰も知る由もない。

 因みに騒動を起こしたカタカタヘルメット団は!鎖で巻かれたまま、ゲヘナの風紀委員達に連行されたのであった。

 

 

 







今回空崎ヒナを入れた理由はですね、タイトル回収である紫封筒です。自分がブルアカをやり始めたのが今年の2月上旬から始めまして、初めての紫封筒星3が空崎ヒナでした。
空崎ヒナはキヴォトスとしても様々な先生からも人気を集め、ASMRでも大好評を頂いた生徒です。ストーリーでも大きく関わるし…あれ?めっちゃ良いじゃんってなりました。
もし此処でアコやイオリがいたら文字数が今2万4千なのに、10万近くにされかねないです。


それとちょっとした雑談を…↓
ヒナのEXスキルにはイシュ・ボシェテがあり、ボシェテとは「誇り」「強さ」を意味表します。
被虐のノエルプレイ済みの方ならお分かりですが、大悪魔にとっては誇りは絶対です。そして空崎ヒナはゲヘナ学園最強の生徒であり、悪魔の種族でもあります。
ひょっとしたらこの被虐のノエルとブルアカのクロス作品は、カロンとヒナはかなり相性が良いというか、ノエルと同じ立場に並ぶ相棒になれるのかもしれませんね。同時にヒナの場合はシーザーとも相性が良いでしょう。
今のカロンを構成させたのは、ノエルだけでなくシーザーの生き様に心動かされたのもありますからね。
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