#大人なんて信用できない!#セリカ・チェルクェッティ#9億6235万#逆だったかもしれねえ#理解できない他人を通じて、己の理解を得ることができる
「お帰りなさい皆さん!ヘルメット団の迎撃と言い、襲撃と言い、二度目の戦闘お疲れ様です!」
アヤネが満面な笑みで労ってくれるのを見て、ノエルは内心ホッとした。カタカタヘルメット団の件を承諾したとはいえ、30kmを往復もしたのだ。
シロコにとっては特に問題ない移動距離でも、ノエルからすれば半日以上も費やす長距離だ。
カロンも疲労こそ見せてはいないものの、それでも嘗て元いた世界では信じられない移動距離でもある。
「うへぇ、おじさんヘトヘトだよぉ〜……」
「だから私達と歳変わんないって!アヤネちゃんもオペレーターお疲れ」
「火急の事案が漸く片付きましたからね〜♪これで一息つけそうです⭐︎」
「ん、これで重要な問題に集中できる」
教室に戻ると、心の底から安心した吐息が漏れる。
連邦捜査部顧問『シャーレ』――先生という存在がなければ、今頃この子達はカタカタヘルメット団の悪質な兵糧攻めに耐え切れず、弾薬もなく抵抗も敵わず瓦解されていたと思うと、自分たちの存在のお陰で救われたことに、ノエルは内心嬉しく思った。
キヴォトスに訪れてから、数千もの事件が発生したと聞く。
他の自治区に比べ…いや、ゲヘナ学園と比べればまだまだ大きな問題が連続で起きてるわけではないが、だからこそこう言った連邦生徒会にも目をくれないアビドスはより危機的な状況下だったのだろう。
「アビドスの対策委員という項目の部活ですわよね。良かったですわ、貴女達生徒のお役に立てて!これで初めてのお仕事、達成ですわね!」
「ククク…最初に承る仕事の内容にしては地味ではあったが、それなりには楽しめたぞ。此方もそれなりの経験は得れたしな」
胸を撫で下ろしながら何事もなく生徒達の願いを叶えれたことにホッと一息吐くノエルに、指を顎に当てながら笑みを浮かべるカロンは五人を一瞥する。
シッテムの箱に備わっていた機能、生徒達一人一人のポテンシャルや能力。アビドス自治区――その神秘も小鳥遊ホシノという人物も、まだまだ追求こそしたかったが、これにてシャーレの依頼は達成した。
ならばこれ以上此処に留まるわけにも…。
「そうね!けど今は部活よりも優先しなきゃいけないのは借金の返済だし…カタカタヘルメット団の件、本当に感謝してるわ!有難う二人共、この恩は一生忘れないから!」
うん?
セリカの発言に、ノエルとカロンはピタッと静止する。
今、この猫娘はなんて言った??
「「借金返済?」」
そしてノエルとカロン――二人で一人の大悪魔は同時に声を重ねる。
聞き間違いでなければ、セリカから借金返済という言葉だった。
彼女の口から漏れた言葉に、当の本人は勿論のこと、他の四人の雰囲気も気不味そうに変わる。
「あっ…!わわっ…!えっと、それは……」
「ん…あのね、ノエル先生にカロン先生。実は…」
「ま、待ってシロコ先輩!!これ以上は…!」
つい口を滑らせたセリカは、必死に言い訳を並べようと動揺する。
そんなセリカを他所に、シロコは二人に話そうとするも、それを彼女が必死に止めようとする。
借金返済――それはシャーレによる依頼、つまり送られた手紙の内容には含まれてないものだった。
「良いんじゃないセリカちゃん。別に隠すようなことじゃないしさ。それにノエル先生とカロン先生は、私達のお願いも聞いてくれたんだしさ?」
「で、でも…かと言ってわざわざ話すようなことじゃないでしょ!?」
「だったら逆に、話す内容じゃなければどうしてそこまで隠そうとする?お前は何を焦って私達に借金返済とやらを隠そうとする?隠す…ということは、つまり何か裏が…」
「カロン先生は黙ってよ!!!」
セリカはカロンに厳しい声を浴びせる。
ついカッとなってしまったとはいえ、感情的に言い放ってしまった発言に、セリカは「あっ…」と一瞬我に返り、冷静になる。
当然物凄い怒鳴り声で吠えられたカロンも目を丸くしたまま、固まるように黙ってしまった。
「セリカちゃんダメだよ〜?そんな風に言っちゃ…。そんなに否定的に言っちゃうと罪を犯したとか誤解を招いちゃうよ〜?」
「そうだよセリカ。今までの大人達なら兎も角、ノエル先生にカロン先生は信頼しても良いと思う」
宥めるホシノに続いてシロコも口を出す様に言葉を足す。
砂狼シロコは信頼できる人間には心を開き、距離を寄せる。
出逢ってばかりとはいえどノエルとカロンという二人の先生に距離を寄せたのは、なにもシャーレの顧問という肩書きだけではないのだから。
だからこそシロコは包み隠そうとせず、二人に借金を抱えた問題を話そうとした。
「そうかもしれないけど…!でも、でも…!先生達だって部外者じゃない!!」
(コイツ…借金返済の話になった途端、ヤケに感情的になるな?セリカ――何がお前をそこまで否定的にさせるのだ…?)
何故そこまでして借金返済という事実を隠そうとする?
何故シャーレの顧問である先生を部外者とまで断言し、頑なにに拒否をする?
何故如何にして此処まで感情的になる?
黒見セリカ――彼女は感情の起伏が大きく、怒り荒ぶる一面を主張させてしまうが、内心は先程言ったように恩義を重んじたり、カタカタヘルメット団のような理不尽かつ曲がったやり方を許さない人間だ。
「だったらその部外――「カロン」ッ!…ノエル?」
その部外者に支援物資を依頼したのは何故?
そうカロンが問おうとした時、静止したのは尤も他でもない。今まで傍観していたノエルだった。
カロンの袖を掴み、言い放とうとした言葉を閉じさせるように、彼女はゆっくりと首を横に振る。
どうやらノエルからは、セリカの何かを察したようだ。
カロンの言葉が火に油を注ぐ結果になるからか、それともノエル自身が言葉だけでは通じないと悟ったのか…カロンは言いたげな顔を堪えつつ、渋々口を閉じることにした。
「借金返済についてはさ、カロン先生もノエル先生も解決は難しいかもしれないし、信用ができないって点も分からなくはないけどさ〜…でも、この問題に耳を傾けるのは先生くらいだと思うよ?悩みを打ち明けてみたら案外解決策が見つかるかもよ〜?それとも何か他に方法でもあるのかなセリカちゃ〜ん?」
ホシノの言い分は尤もだ。
支援物資の依頼を引き受けただけでなく、サービスとしてカタカタヘルメット団の襲撃さえも手助けしてくれたのだ。
大人の指示ではあったものの、自分が企てていた計画を、ものの数分で思いつくカロン先生の実力は本物だと小鳥遊ホシノは既に認めていた。
仮に思いついたとしても、今までの大人達の思考であれば実践には移さない。
「で、でも…さっき来たばかりの大人でしょ!?今まで大人達が、この学校をどうなるかなんて気に留めたことなんてあった!?私達の問題は今までどうにかしてきたじゃん!!なのに今更大人が首を突っ込んでくるなんて……――私は絶対に認めない!!!」
だかそれ以上に、認めたくないセリカは大声で叫び、教室を飛び出すように退室する。
今まで、誰も手を差し伸べなかった癖に。
部外者が偉そうに自分達の問題に首を突っ込んでほしくない。
認めない――ただシャーレの先生だからって、立場は凄くても、信頼するかどうかは話は別だ。
「ちょっ…セリカちゃん!私、セリカちゃんを探してきます!」
いつもふんわり柔らかな表情を浮かべるノノミも、いつになく真剣な顔付きで追いかけようとした途端――
「ノノミも待って」
カロンと同じように、静止を掛けたのはノエルだった。
これにはカロンは勿論のこと、ノノミやアヤネ、シロコ、ホシノでさえも表情が固まった。
「ノエル先生…?」
「ノエル?お前、一体なにを…?」
先程から沈黙ばかりで傍観していたノエルが、ノノミとカロンを止めたのだ。
普通――お人好しのノエルなら、セリカに対して反論さえする余地もあっただろう。
珍しく黙り込んでいた挙句、物申そうとしたカロンに続き、追いかけようとしたノノミまで止めたのだ。
ノエルの様子に違和感を覚えたのは、シロコだけではなくこの場の全員が感じ取ったものだろう。
「今は…そっとしておきましょう。セリカはきっと、私達のことをまだ信用できずに、焦って、悩んで、受け入れることができないだけなんですわ…――それなのに、私達が無理に言ってしまった所であの子の心には響かない。だから、今はあの子に必要なのは向き合う時間だと思うんですの」
それはノエルだからこそ言えた言葉である。
セリカの否定的な言葉も、自分達を部外者だと断定する気持ちも、彼女が自分達を信じられないのも、彼女だからこそ理解できる。
セリカの苦悩を、ノエルは被虐を通して痛みを知っているから。
「覚えてますかしらカロン――嘗て、式典奏者になるという契約を交えた結果、取り返しのつかないことをした私が疑心暗鬼になっていた頃を」
ノエルの言葉にふと懐かしい記憶が蘇る。
ステラステージ社長の死を願った後、両手足を失った少女はシビラやラッセルの私益の為に使い捨てられた。
利用し、騙され、使い捨てられた少女は大悪魔に願い乞うた結果として、奇跡的にも生還した。
その頃の自分は盲目で、大悪魔カロンが嘘をついており、自分を騙した市長が正しいと信じて疑わなかった。
結局――市長が悪者で、大悪魔は真実を話していたと聞いた時、鈍器で頭を殴られた衝撃を受けた気さえした。
その頃から自分は、何を信じて何を疑えば良いか分からなかった。
セリカが一体どんな人生を歩み、大人にどんな嫌悪を抱いてるか、詳しくは理解できてない。
でも…あの子は…黒見セリカは――嘗ての私なのだ。
「それに、大事なのはまずあの子がどんな風に思ってるのか…何を思い、どう考えているのか。私達のことを信用できるかできないか――それが分かっただけでも大収穫ですわ!だからカロン。まずは頭ごなしに反論するのではなく、生徒の意見を聞き入れましょう?あの子が何をどう思ってるのか、その心が大事なんだと思いますわ」
「お前……」
「私だって成長してるんですのよ!それに…疑心暗鬼の頃だけじゃなく、今のセリカの立場は…リベリオと対峙していた頃の私にも似てますの……」
記憶はあの頃とは移り変わり、季節が冬になり、肌寒くなったあの頃の記憶。
市から離れた田舎の雪山で、誰も使っていなかった古びた木の小屋で、カロンとノエル、リベリオとスピカで話し合っていた光景が目の裏に浮かび上がる。
『何も知らない人が、好き勝手言わないで下さいまし!!』
『何も知らねえだと!?意思なんて言葉には何も詰まってねェよ!好き勝手ほざいてんのはテメェの方だろうが!!』
『なっ、何ですって…!?』
部外者が偉そうに。
自分の立場も何も分からない癖に。
自分がどんな苦悩を通じたかも理解してない癖に。
そんな風に思っていても、実はリベリオの過去も私だって知らない痛みを持っていて、それでいて仲間のために自分の意思を捨てたのだ。
「カロン。貴方は賢くて、いつも私たちを導いてくれて、それで最適なプランを企ててくれるのは嬉しいですわ。でも、今あの子の気持ちを受け入れずに、私たちが受け入れろと言ったところで、やってることはあの頃のリベリオと同じですわ。私も、セリカももしそんな状況なら、首を縦に頷けませんわよ」
「………ふん。確かにな…まさか、隠れ家の時と言い…お前にそう言われるとはな。今回もどうやらお前が正しいようだ」
嗚呼――そうか。
お前は嘗てラッセル・バロウズに利用され、騙され、搾取された子供だった。
そんなお前は人間をやめて、破滅を覚悟して復讐者になった。
だからこそ痛みを通じて、セリカの気持ちに同情を向け、同時に嘗ての自分を重ねてしまうのだろう。
『…ちょっと、外の空気を吸ってきますわ……』
萎れた花のように、触れれば脆く崩れ落ちそうな程に弱り切っていた彼女が、夢を叶えて、シャーレの先生として一層逞しく成長した気がするのは、気のせいではないだろう。
「それに、大丈夫ですわよノノミ。セリカがああ言うってことは、それくらい皆んなのことが大好きで、大切に思って、誰よりも貴女達のことを大事に思ってるんですもの。そんなあの子が衝動的に飛び出してしまったとは言え、皆んなの前から消えたりしませんわよっ」
「ノエル先生…それは、そうなのですが……」
ノノミだけではない。
アヤネもシロコも、ホシノでさえもノエルの真剣な眼差しと心に、困惑していた。
だって――今までこんなにも自分達のことを想って、自分達のことを理解してくれようとする人は、誰もいなかった。
ノエル先生のような人間を、ホシノ以外は今まで誰も見たことがなかったから。
「ノエル先生……そ、その!セリカちゃんが失礼なこと言ってごめんなさい!改めて私から頭を下げて…」
「へ?いやいや!良いですわよ!別にセリカが言ってることは何も間違いじゃないですし、あの子の気持ちから考えて、そう言葉が出るのは当然と言うか…疑いをするのも仕方ないと言うか、寧ろ言葉を聞いてくれない経験なんて幾らでもありますし……」
ノエルの良心に、連帯的な罪悪感が湧いたアヤネは頭を下げようとするも、ノエルは「どうどう…」と必死に頭を上げさせようと抵抗する。
「それにね、自分の問題を解決したいって気持ちも…分からなくもないから。私が先生なる前に、ラプラスで夢を叶えようとしたあの時の私は、形や経緯、心情は違えど、セリカと同じだったから」
『この復讐は…――この戦いは、私の新しい夢そのものだから!』
自分の一手は自分にしか決められない。
セリカも今はその気持ちでいっぱいなのだろう。
だが自分達は今、大悪魔としての立場にある。
カロンも言っていたではないか――契約者の代わりに選ぶものではない。
契約者に知恵を授け、その道を広げる悪魔なのだと。
ならば自分達のやるべきことは、セリカの気持ちを受け止めて、そこから全員の気持ちが一致して初めて、どうするべきか選択肢を広げる。
連邦生徒会長が言っていた正しい選択の数々を見抜くこと――その為には生徒の気持ちを一丸とする必要がある。
自分の気持ちに整理を付けれるのは、自分にしかできない。それは嘗て、コフィン・ネリスが最後に言った『自分の一手は自分にしか打てない』ということ。
「ノエル先生……強いね。凄く、つよい…」
ボソッと小さな声で呟いたシロコは、ノエルの価値観を改めて知った。
この人はひょっとしたら…自分達と同じ立場の人間だったのではないかと。
此処まで自分達のことを真剣に思う人は、大人も生徒もそうはいない。
それどころか、懐かしささえ感じる。
これは……嗚呼、そっか――初めてホシノ先輩と出逢って、マフラーを貰った時と似たような、暖かい感情だ。
シロコはノエルとカロンは信頼できる人だと上述したが、それは想像以上だった。
「………」
ホシノは無言でノエルを見つめる。
今までどんな大人も誰も手を差し伸べなかった。
それは当たり前だと思っていたし、セリカの反論も大きかれ小さかれ、こうして反発的な態度を取ってしまう危惧も想像できた。
だからこそ、そうなってしまえば本当に借金返済に対する打開策も掴めないのだと――そんな心配は杞憂に終わったどころか、この人が放った言葉に小鳥遊ホシノは実感した。
――そっか、ノエル先生。それが言えるってことは、セリカちゃんや私たちと同じ経験をしたんだね。ひょっとしたら……
『奇跡なんて起きっこないですよ――』
…いや、まだ早いかな。
でも…まさかカロン先生どころか、ノエル先生にまで…おじさんじゃない私になっちゃうなんて…本当に、警戒ができない人だなぁ。
ついつい、希望を信じたくなってしまう。
本当に、奇跡という存在に手を伸ばしたくなってしまう。
それは嘗て自分が否定した、夢物語とも空想とも妄想とも呼べる、ありもしない希望を。
だってそれくらい、ノエル先生を信用してしまうから。
「だから、その…私も、セリカやシロコにホシノ、アヤネにノノミ…貴女達の夢も、願いも、借金返済についても…その、よっ…良ければ聞いても宜しいかしら…?私もなんだか、その…貴女達の先生でもありますし?やっぱり放っておけないというか…先生の立場上としても、子供達が借金を抱え込むなんて、無視できませんし…」
照れ臭いからか、ノエルは頬を赤らめながら、目を泳がせて言葉を紡ぐ。
アレだけ良いことを言ったのに、羞恥心が急に湧いてきたからか、本題を聞きたくて上手い具合に自分の立場を鑑みて聞いてるのか…どちらにせよ 、ノエルからしては生徒の悩みを聞きたいという本音は事実だろう。
「そうだな――ホシノの言葉通りなら、犯罪に手を染めて借金を抱え込んだ訳ではない以上、新たな願いとその契約と判断した上で協力してやらんでもない。況してや生徒…況してや子供。お前達の望みを聞いてやろう」
カロンも上から目線ではあるが、それはセリカに似た…俗にいうツンデレというものに似てる気がする。
因みに以前にもノエルからは「ツンデレって言うんですのよ!」と指摘を受けて濁していたことがある。
「うん。けど本当に良いの?ノエル先生にカロン先生は、私達の問題を…支援物資の依頼は済んだし…借金返済まで付き合わせるのは…信用という訳じゃなくて、申し訳ないというか…」
「何を今更…私達は
シロコの言い分も分かる。
借金返済の話をするのは良い――然しその問題に付き合おうとする二人に、シロコ達は迷惑を被ってしまうのではないかと考えた。
「ただし叶える条件としては、お前達の内容次第だ――直ぐに解決できる訳ではないから変な期待はするなよ」
その気になれば本当に借金返済を直ぐに叶えるのは可能だ。
ただしそれは、死を願いたくなるような――死んでも死にきれない代償を背負わせる。
それはノエルにとっても、連邦生徒会長と交えた契約に則っても、それをする気は殊更ない。
「じゃあおじさんから話すね〜」
いつもおどけて面倒くさがりなホシノが、ゆったりした声色を変えずに語り出した。
――――――――――――――――――――――――――――――
「まずこの学校には借金があるんだよね。まあよくある話だよ」
――よくある話なんですの?
まず各地の学校でありふれた話さえ知らなかったノエルは、内心ホシノに突っ込みを入れるも、口には出さなかった。
「でも問題なのはその金額でね〜…ざっと9億円このアビドス学校は借金を背負ってるんだ〜」
「9億!?!!」
ノエルの驚声が教室に響き、アヤネは耳を塞いでしまうほどの大音声だった。
そんな取り乱した彼女は罰が悪そうに「す、すみませんでしたわ…ッ」と両手を合わせて謝罪の意を唱える。
「せ、正確には9億6235万円です……その、私達アビドス対策委員会が返済しなくてはならない金額です――これが返済できないと、この学校は銀行の手に渡り、廃校手続きを取らざるを得なくなります…」
「9億6235万……とてもじゃないがお前達5人で完済など無理だろう。人間一人、人生を費やして稼げるのが2億前後だとしても、利息も含めればとてもじゃないが…」
「はい…限りなく0%に近く、殆どの生徒は諦めてこの学校を捨て、去ってしまいました…」
それは以前シロコが言っていた事だろう。『街を出て行った、転校した』――これらはてっきり砂嵐による自然災害の影響かと考えていたのだが…確かに借金返済の為に態々学校に残る理由などなければ、手放すのが安全策とも言えるだろう。
「9億……私の家を売るか…それともチェルクェッティ家の全財産を……此方に換算すれば…」
「無理だろう…というかお嬢様の家は流石だな。9億なんて払えない、という言葉が出ない辺り裕福さが伝わってくるぞ」
「う゛っ……」
「廃校の危機に追いやられたのも、生徒がいなくなったのも…街がゴーストタウン化してしまったのも……全てはこの借金が原因なんです!」
数十年前――この学校の郊外にある砂漠で、砂嵐が発生した。
アビドス自治区、その地区による砂嵐は頻繁に起きていた為、珍しいものでもないのだが…問題なのはその自然災害による砂嵐が及ぼした規模だった。
学区の至る所が砂で埋もれてしまい、溜まり続けた結果として段々と人が住む街から市民は離れてしまい、生徒も人も消えていった。
問題なのは砂嵐による被害――自然災害の克服による多額の資金投入。然しこんなアビドス自治区による学校に融資する銀行は中々見つからず、その結果として悪徳金融会社に頼る他なかった。
「………そんな、ことが…」
「はい、最初のうちは直ぐに返済できる算段だったと思います」
「…然し、そうはならなかった。悪徳金融会社に続き自然災害による頻繁に起こりうる砂嵐――成る程、だからこそ悪徳金融会社はこの学校に目をつけたというわけか…いやはや全くもって、ラッセルのような巧妙で汚いやり手だ…」
「ど、どういうこと、ですの?」
ノエルにとってはやれ金融会社だの、銀行だの全くの無知だろう。
何せ名門家の箱入り娘お嬢様――借金も何もかもが無縁な世界である。
「毎年のように災害を被る学校に投資する。端から見れば荒唐無稽…そんな災害まみれの学校を一度復興させても、また災害に巻き込まれるのであれば再び投資したい物好きなどいるはずがないだろう?
そんな学校に何度投資しても根元的な改善にはならん。そもそも自然災害など銀行だろうとアビドスでも解決できんからな。
悪徳金融会社は、借金が膨らむのも返済できないのも理解した上でアビドス学校を狙ったと考えれば、分かりやすいだろう?そうすれば確実に自分達が得をするからだ」
人が人を騙すのは自分が得をするから。
人が人を殺すのは自分が得をするから。
悪徳金融会社が災害の土地に敢えて融資するのは、借金を作ることで自分達に得をするから。
「返せないと見込んだ上で、借金をどんどん膨れ上がらせ、軈て取り返しのつかない金額にまで到達する…お前達の努力も虚しく…まず普通の借金で9億6235万などあり得ない。幾ら何でも高すぎる――」
そうして子供を食い物にする。
勿論それはこのキヴォトスに限った話ではなく、外の世界ではありふれた話で、更に言えばラプラス――バロウズもよくこの手法で人を喰いものにし、徹底的に追い込ませた後は肉体的にも精神的にも多くの人間を殺してきたのだから。
カロンはそれを、よく知っている。
「はい…カロン先生のおっしゃる通りです…そうして、毎月利息を返済するのに精一杯で……弾薬も補給品も、底をついてしまいました…」
「嗚呼、だから……私達にメールを…」
「ん、セリカがあそこまで神経質になってるのも…誰もこの問題を解決しようと、まともに向き合ってもくれなかったから。話を聞いてくれただけでも救われるのに…ノエル先生はセリカのこともちゃんと向き合おうとして、気持ちを受け止めてくれてる。そう言った意味でも、あなた達が初めて」
「えへへ、そんな…♪」
「だからね、ノエル先生やカロン先生がカタカタヘルメット団の事件を解決してくれたお陰で、借金返済に全力投球できるってわけ〜。でもこの委員会の顧問になったからといって、借金のことは気にしなくていいよ〜?それに先生達だって他の学校から生徒のお願いとかもありそうだしさ?」
9億6235万円という大規模な借金。
悪徳金融会社による負債、そしてその毎月の利息による返済。
カロン先生もノエル先生も、協力してくれるのは嬉しい――けど、現実的に考えても9億返済などは流石に無理がある。
こんな借金を背負おうとするなんて、いくら先生達でも流石に…
「…確かに、お前達の言う通り――借金返済に務むのなら、私達の力が必要ではないのなら…これで私達の契約は満了となる」
そう、それで良い。
それが本来普通であるべきであって――…
「…などと、大悪魔がそんな情けないことを言ってはいられんのだ」
だが、カロン先生はニヤリと瞳を三日月に歪ませ、不敵な笑みを小鳥遊ホシノに向ける。
「ッ…!?」
一瞬、心の内を見透かされた錯覚に陥ったホシノは、包み隠された本心を赤眼で見られた気さえした。
カロンはノエルに目を遣ると、ノエルも同じ気持ちなのか、同じく不敵な笑みで返す。
「ええ、私達は貴女達の先生であって、私たちにとっての生徒なんですもの。大悪魔としての立場だけでなく、シャーレの先生として、契約者(生徒)を見捨てるなんて選択肢はありませんわ!」
本来だったらカロンの言葉通り、契約満了の意味を表す。
いや――本来ならそうなっても可笑しくはないし、何ならこのままシャーレに戻った所で責められやしない。
だが、そんなものは誰でもできる。
先生という立場であり、大悪魔である以上――
それに仮にカロンがそう言ったところで、ノエルは反対するだろう。
リベリオの一件と言い、キャロルの件といい、お人好しな彼女がこのまま黙って見過ごせるわけがないのだから。
「…大悪魔って、改めて思ったんですけれども…その、漫画とか小説でのイメージなら、悪い方向でしか考えられないのですが…」
「ククク、そうだろうなノノミ。だが…そんな私はもう既に打ち砕いた――嘗ての私だったら、そうだったのだろう。然し大悪魔とは、願いを叶えるためのもの。それに考えてみろ、このアビドスの…学校の借金なのだろう?
お前達が罪を犯した訳でも、況してや生徒が背負う借金でもないそれを、どうしてお前達が背負う?まずそこから疑問を向けるべきなのだ――」
確かにホシノ、シロコ、セリカ、ノノミ、アヤネ――アビドスに住まう生徒達が、自分達の学校を守る為に借金返済に慎むのは理解できる。
然し問題はそこではない――何故、生徒達が借金を負わなければいけないのだ。
それは当事者なのか?
ホシノ達が居た頃から既にそうなっていたのなら、当事者である誰かが、責任あるものが返済するべきなのだ。
学校が背負うのであって、生徒が背負う必要でないのなら…生徒達もまた手放せば良いだけの話だ。
それでもこの生徒達は借金を前に逃げなかった――逃げ出したいだろう。放り投げたいだろう。
どうしてこの五人だけが、苦しみながら完済不可の借金を、当事者でもない受け継がれただけのこの者達が受けなければならない?
そこに納得のいく究極の解が提示できないのなら…生徒達が借金を背負っても良い理由が提示できないのなら――自分達もまた、この者達の願いを可能な限り全力で解決しようじゃないか。
そう、自分達もまた受けなくて良い問題なのだ。
でもこの子達は受けなくても良い借金を、頑張って返済しようとしている。
大悪魔を前に、自分の願いのために必死に努力するその姿勢は…嘗ての相棒と、今の相棒――そして、お前達だ。
そんな生徒達を前に、背を向けるなど出来やしない。それは、大悪魔の誇りを捨てるような愚行と一緒だ。
それこそ大悪魔のプライドに泥を塗るなど…永遠とも呼べる命を手放した白き者に顔向けできやしない。
『大悪魔が尤も恐るべきは死ではない――誇りを失うことだ』
「私は生徒の真の願いを見抜き、それを叶える。お前達の願いは正しくを言えば『支援物資の救援』ではなく『借金返済』と見込んだ――無視はさせんぞ?大悪魔とは傲慢なものでな、契約の内容も、それを受けるかどうかも私たちが一方に決める」
「ふふ、カロン…貴方らしいですわね!」
生徒達が苦しむ世界など先生という立場はそれを許すだろうか?
契約者の真の願い――それを叶えてこそ、大悪魔なのだ。
「うへぇ、本当に二人共変わってるね……」
「ん、でも凄く希望が持てた。本当に有難うノエル先生にカロン先生。カロン先生となら三日で9億は…ううん、その三倍は…」
「もお、シロコ先輩犯罪はダメですよ!」
「お前は何を企んでたんだ…」
27億も稼げるかも、なんてシロコの思考回路にカロンはドン引きする。
拉致、死体、犯罪、それらのワードに縁のあるシロコはひょっとすると危険な存在なのだろうか?
「本当に…ただでさえ救援にも感謝してるのに…こんな、大きな問題まで……ありがとう…ございますっ!!」
「ノエルちゃん先生にカロン先生…っ!有難う御座います!!」
「ただし――条件が二つある」
涙目になりながら、感謝の気持ちで溢れかえるアヤネに、ノノミは満面な笑みを浮かべていた。
そんな四人に、カロンは二本の指を立ててある条件を提示した――
――――――――――――――――――――――――――
「………」
扉越しで、沈黙しながら聞いていたセリカは、キュッ…と胸を押さえる。
「何よ……それ……なんで……どうして…」
なんで、どうして。
その小さな言葉しか、口に出ない。
涙さえ浮かび上がりそうな程に、こんな感じたこともない感情…。
自分はノエル先生とカロン先生を信用できず、剰え部外者扱いもした。
失礼な態度だったと改めて思う――けど誰もこの学校に真剣に取り組んでくれなかった。
だから例え愛想を尽かれても仕方ないと思ったし、先生達が助けなくても自分達で何とかするつもりだった。
カロン先生は指揮としての系統は上手かった…そこは認めるし、実力も頭脳明晰な部分も認める。ただそれが信用になるか話は別だった。
ノエル先生も全然頼りにならなさそうだし、何なら人柄が良い程度に思えた…でも、あの人は……信用しない自分を、嫌われても良いようなことさえ言い放ったのに、ノエル先生は寧ろ全て受け入れようとする。
「騙されない…騙されな……」
本当にそうだろうか?
と、もう一人の自分が囁いてる気がした。
本当に騙すような人が、心の底から悲しい声で語る人がいるだろうか?
ノエル先生のあの真剣な言葉を、騙すの言葉で片付けて良いのだろうか?
何だかそれはまるで、先生の全てを否定してしまうような気がして、それは言ってはいけないような気が、第六感とも呼べる本能がそう告げていた。
「〜〜っ!!ああっ、もう!何なのよ!!私は兎に角認めない!それに……もし、そうだったとしたら……もっと早く逢いたかった…」
貴方達のような先生に、早く逢いたかった。
そうすれば、どれだけ苦しまずに済んだのだろう。
二人の先生と出会っていたら、どれだけ良かったか……。
そして、こんな我儘な自分が…子供みたいでもっと惨めだな、と嫌気が刺す自分に、何処か被虐地味た思考になってしまう。
ほぉれ、セリカちゃんパートじゃよ。
セリカちゃん主体で話が回ってたじゃろ?ん?
クッッソ長くなったのと切りが良かったのでここら辺で。
次回「大将!辛いの一番上からでお願いしますわ!」