被虐と赤眼の教導者   作:トラソティス

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ずっと言いたかったことがあります。アヤネが喋るたびに何故かヒフミを思い浮かびます。
ヒフミという真の超人を。そしてアヤネの号泣が可愛い。

ふと思ったこと。
そいや被虐のノエル=復讐のメンバーが7人。
被虐と赤眼の教導者=アビドスのメンバーが7人。
7つの古則
凄くない?スリーセブンですよ。


#号泣アヤネ#胡蝶の夢#被虐のセリカ#セリカ・チェルクェッティ#ツンツンツンツンデレツンツンツンツン#王道ヒロイン#三日坊主#大天使カロン#シーザーの後輩




story6『黒見セリカ』

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜…やっと終わった。今日は大変な一日だったわ。とんだ厄日ね」

 

 柴関ラーメンのアルバイトを終え、外に出る。

 終業時間となり、店も閉店――各々の従業員達に挨拶を送った後、黒見セリカは真っ暗な夜空を見上げて溜息を溢す。

 既に時刻は夜中の10時を過ぎていた。

 今頃皆んなは部屋で休んでるか、ホシノ先輩に至ってはぐーすか寝てるのだろう。

 

「皆んなで来るなんて、騒がしいったらありゃしない…。ホシノ先輩が連れてきたって言ってたけど、原因としてはカロン先生に違いないわ。人が働いてるのに、先生先生って、チヤホヤされちゃって…バッカみたい――」

 

 ホントに迷惑。

 皆んなが何で心を開いてるのか、理解に悩み苦しむ。

 ノエル先生はバカで天然で、ノノミ先輩やシロコ先輩にちやほやされて…カロン先生に至ってはストーカー行為をする上に、人を取って食うような態度がムカつくし。

 

「ホシノ先輩も、きっと昨日のことがあったからわざと先生を連れてきたに違いな――」

 

『ノノミは真っ先にお前を探そうと動き出したぞ』

 

「うっ……」

 

 昨日のことを思い出すと、今日言われたカロン先生の言葉が脳裏に過ぎる。

 幾ら先生達とはいえ、部外者とは言えど…仲間達のことも考えずに見苦しい行動を取ってしまった。それだけで恥を掻くのに、ノノミ先輩に心配までさせてしまった。

 

「……そう言えば、ノノミ先輩に謝ってなかったな…」

 

 柴関ラーメンのアルバイト先で、先輩達と出逢ったことでパニックになったとは言え、流石に謝罪くらいは言っておくべきだったと思う。尤も、あの時の自分じゃとてもではないが、そんな考えさえ思いつかない程に余裕ではなかったのだけど。

 

「昨日といえば、ノエル先生だって……」

 

 見捨てられても可笑しくなかった。

 愛想を尽かされても、失礼だなと冷ややかな目で見られても、不思議じゃなかった。

 それでもあの人は、私のことを優先に考えて、私の気持ちが大事だって…。

 

「…騙されない、折れない……そう、思う度に…自然と分からなくなってきちゃう…何なんだろう、これ……」

 

 ノエル先生もカロン先生も認めない。

 そう思う度に、自然と否定的な気持ちが和らいでいく気がしてならない。

 

 根拠がないからかもしれない。

 支援物資について助けられたのは事実だ。

 今までの大人とは違うのではないか?

 

 段々とそう言った冷静な思考に導かれていく気がする。騙されない、認めたくない、折れない――所詮、それは自分の単なる感情論なのではないかと。

 

「でも、今更どの面下げれば良いのよ……」

 

 散々人に失礼な態度を取って、今更「御免なさい」なんて…それこそ、カロン先生の言う面子が保てないというやつだ。

 考える度に分からなくなってしまう。

 今までこんな経験したことがなかったのに…何でだろう?全部先生のせいだ――だとしたら、それは何で?部外者だから?誰も助けてくれなかったから?

 

「はぁ……疲れてるのかしら。取り敢えず今日は寝よッ…」

 

 カロン先生とノエル先生、ホシノ先輩達が帰った後もずっと忙しかったし…。いや、偶に暇になった時はあったけど…注文を取ったり、足を動かしたりで疲労が蓄積している。

 部屋に戻って、休んで…明日も学校に行かないと……

 

 

 

 

 

 

「居たッ……例の、アビドスの…」

「アジトが潰されて、棲家も無くなって痛手を喰らったんだ。先ずはアイツを人質にして…連中を釣るぞッ」

 

 カラオケビルから覗き込む、数名の人影が遠くでセリカの背中を睨んでる。

 アルバイトの帰り道、そしてそのルートを付け狙い、尾行する不審者達。

 

「良いか?次のブロックで捕獲するぞ?」

 

 赤いヘルメットを被ったリーダー格の言葉に、周りの仲間達は合図を打つ様に頷いた。

 

 

 

 

「そう言えば、此処も随分と人が減っちゃったなぁ、前まではこんなんじゃなかったのに……」

 

 ポツリと呟いた言葉は虚空と共に消える。

 柴関ラーメンの繁盛っぷりに、外の自治区から客が足を運んでくるのもあり、毎日のアルバイトの忙しさで忘れがちになるが、郊外エリアと言えど市民も少しずつ去っていってる。

 無理もない――砂嵐という自然災害の影響によって、段々と人が住みやすい生活区域としては不向きとなり、そして人手がなくなれば街の活気も失われていくものだ。

 そうして何もなくなった街に留まる必要がなくなれば、もう……。

 

「ううん!ダメ――私が、私たちが頑張らないと…ッ!バイトでお金を稼いで、学校を建て直さないと…。えっと、取り敢えずバイト代が入ったら、利息の返済に充てて……――」

 

「――黒見セリカだな?」

 

「!?」

 

 背後から声を投げられ、セリカは瞬時に振り向く。

 ボーっとしていたからか、疲労の所為か…人の気配に気が付かなかった。街灯の光が人影を照らしてるからか、良く見える。

 アレは確か…カタカタヘルメット団だ。

 

「アンタ達は…カタカタヘルメット団?!なんで、アジトは潰したのに…ッ?ヴァルキューレ警察に連行されていったんじゃないの?」

 

「嗚呼、矢張りお前達だったんだな。そうとしか言いようがない――」

 

 セリカの問いかけに、義憤に満ちながら応答した赤いヘルメットを被ったリーダー格。

 セリカは一瞬だけ動揺していた。

 確かカロン先生の指示の下、アジトは潰して万事解決だったはずだ。

 盗品、違法銃弾、ヘルメット団、それらをヴァルキューレ警察に引き渡したし、全員とも取り逃すことはなく攻め込めたはずだ。

 況してや脱走されたというニュースも連絡も入っていなかった。

 となれば、考えられる線とすれば……アジトは一つではなかったのだろうか?いや、アヤネちゃんのオペレーターによる情報力は伊達じゃない…こんなものではないはず。

 

「まあ、良いわ……丁度虫の居所が悪かったところなのよ。もう二度とアンタ達がこの辺りに足を踏み込めないように、徹底的に潰してやるわッ」

 

 邪悪なドス黒い怒りの表情を浮かばせるセリカは、銃の引き金を引こうと手を伸ばす。

 何やら赤いヘルメット団のリーダーらしき人物は怒ってるみたいだけど、非があるのは向こうな上に、逆恨みされる権利はない。

 怒りたいのはこっちだと言わんばかりに、セリカは標準を定めようとする刹那――何かがセリカを標的に飛来した。

 

 ドオオォォン!!

 

「――なぁッ!?」

 

 視界が揺らぎ、土煙と激しい痛みが全身を襲う。

 爆破による大火傷と、空気を支配するガス。意識を吹き飛ばす衝撃が加えられ、セリカは思わず地面に転がるように倒れ込んでしまう。

 

「がっ……な、に……これ…?」

「流石、ブラックマーケットで仕入れた武器だ!本当は学校を占領した後、着々と武器を集めるために買い出しに行ってたんだが…功を征したな!」

 

 M72LAWの投擲射撃。

 凄まじい爆発音と共に、建物が半壊する。

 朧気な意識と、凄まじい破壊力に、鼓膜が破れそうになる破壊音が包み込む。

 幾ら身体が頑丈なセリカでも、不意打ちとは言え受け身も取れず、況してや直撃したのだ――致命傷には至らずとも、これは不味い。

 

「おい、流石に死んでないよな?」

「バカ言うな。生捕りじゃないと意味がない――先ずはコイツをトラックに詰め込んで、無人の砂漠ブロックに突入したら…」

「ああ……」

 

 体に力が入らず、数人の人影が身体を拘束するように手を伸ばしてくる。

 嗚呼…なんで、こんなことに…。

 本当に厄日だ――まさか、こんなことになるなんて…。

 頭から血を流しながら、制服もボロボロに破け、土煙で汚れてしまう。大切に長年続けてきたバッグも今ので汚れや破傷を招いてしまった。

 ――私…まだ、学校の問題を…皆んなで、解決してないのに……。

 

 ヘルメット団に捕まったセリカは、()()()意識が途絶えた――

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

『カロン先生まだですかね〜?』

 

「ふふ、アロナ。もうちょッとお待ちなさいね?もう直ぐカロンが買ってきてくれますもの♪」

 

 電子キーボードのピアノに触れながら、ニコニコな笑顔を浮かべるアロナを、ノエルは頭を撫でながら一緒に遊んでいた。

 シッテムの箱――少しくらいならと、ノエルはアロナに時間が許す時は甘えたり、遊んであげたりしている。

 

『ノエル先生っ!この前の音楽、もう一度弾いてもらっても良いですか?!』

 

「良いですわよ?もう、何回聞いてても飽きないんですのね?」

 

『えへへッ♪ノエル先生の音楽は、聞いてるとすっごく心地が良いんです!それに、スーパーアロナちゃんですからね!ノエル先生の音楽を一番近くで観て、聞いて、いつかは弾いてみたいです!』

 

「あら!殊勝な心掛けですわね!ふふッ、ピアノを弾けるだけでも贅沢なのに、まさかそんな風に言ってくれるなんて…♪」

 

 ピアノの演奏を褒められるのが、こんなにも嬉しいんだなって、先生になって漸く気付くことができた。

 ユウカからは目を輝かせながら褒められ、ワカモからは抱きつかれ、チナツからは微笑みを浮かんで称賛を。ハスミからは『今度是非、トリニティでもツルギやマシロ、イチカにも聴かせてあげたいですね♪』と彼女の友人にまでこの音色を聞かせたいと言われ、ヒナは目を逸らしながら何処か顔を赤くしていた。

 ヒナは何故顔を赤くしていたんでしょうか…?

 

「ノエル先生ッ!!ノエル先生ッ!?居ますでしょうか?!」

 

 優しく蕩けるような雰囲気に包まれたシッテムの箱から、鬼気迫る声色が届いた。

 奥空アヤネ――彼女の焦りと、涙が混じったような迫真の言葉に、ただ事ではないと反射的に理解した。

 アロナも目の色を変え、ノエルは「また後で、良い子で待っててね?」と目線を送り、シッテムの箱から脱する。

 どうやらこの機能、慧眼や時の狭間とは違って自然と出入りが可能であり、先生の意思によってそれが可能とのこと。

 シッテムの外に戻れば、アヤネが空いた教室部屋に入り込み、焦りと涙を浮かべながら、ノエルの身体にしがみつくように、緊迫としていた。

 

「ど、どどどうしましたのアヤネ!?」

 

「セリカちゃんが!セリカちゃんが…!!」

 

 セリカ?彼女が一体どうしたのか?そうノエルが疑問を問う前に、アヤネの口から衝撃な内容を告知される。

 

 

「セリカちゃんが、行方不明になッたんです…!!バイトの時間はもう過ぎてるのに…この時間になってもまだ帰ってきてなくて…!」

 

 

 アヤネの異常な焦りと、困惑、涙、緊急性に、ノエルはぶわりと嫌な汗が浮かび上がる。

 セリカが言うにはアルバイト先である柴関ラーメンの営業時間は終了しているのに、寮にな居なかったとのこと。

 部屋の電気もなく、況してや返事もなかったことに不審に思ったアヤネがスペアキーで入室したところ、帰ってきてなかったそうだ。

 念の為に柴関ラーメンの大将に聞いたところ『営業時間を終えてからは会ってない』と言われた。

 そこからノノミやシロコ、ホシノに連絡で聞いても知らないとの一件。つまりバイトを終えてから何かがあったことを物語っていた。

 

「そんな…ッ!?連絡は、つきませんの?」

「はい…それが、何度も電話もしたりモモトークでも送ってるのですが……電源が入ってないみたいで…うぅッ!セリカちゃん……」

 

 大粒の涙がポロポロと流れ落ちるアヤネに、ノエルは嫌な汗を垂らしながら現状を整理する。

 アヤネの話によると終了時間は10時頃…そこから寮までは20分――店長は帰ったことしか知らないとなると、帰宅中に何かしらの事件に巻き込まれたと言うことになる。

 

「今まで、こんなの…一度もなかったのに……!!」

 

 泣き崩れるように、しゃがみ両手で顔を覆うアヤネに、ノエルは脳裏にあることが過ぎる。

 

 

『お友達の命が惜しければ、24時間以内にスラム郊外の廃製鉄所まで来い――Mr.ボマー』

 

『さあノエルゥ…!お友達を返して欲しければ俺と戦え…!お前が出来ないならその悪魔をけしかけて、俺を倒してみろ!!それすらできないなら、お前も人質もここで消し炭になるだけだ!』

 

『無関係じゃねえだろコイツは――お前を釣り上げる為の立派なエサだ』

 

 嘗てジリアンの家を爆破し、市長が私を殺す為に爆弾魔(ボマー)をけしかけた時が、今と重なる。

 自分の所為で親友のジリアンを誘拐され、剰え家まで爆破され、酷い怪我を負わせてしまった――まだセリカがそうと断定してるわけではないのに、何故か過去の記憶が今として甦る。

 

「ひょっとして……人質として、拉致された??」

 

 ノエルのポツリと呟いた言葉に、アヤネは目を丸くする。

 ノエルの言葉は、信憑性も証拠らしいこともないのに…現状のあり得ない事件性がそれを物語っている。

 そもそもあの黒見セリカがこんな夜中で帰らなかったことさえ一度もなく、況してやアビドス自治区では市民こそいるけども活気的な雰囲気もない。

 特徴もなければ段々と足を離れ、土地は少しずつ減少している。

 そんななか、セリカが事件に巻き込まれるというのは、それしか考えられなかった。

 

「だとすると、一体誰が…?!」

「ノエル先生いる…?って、アヤネちゃんも一緒か、丁度良かった」

 

 後ろから声が聞こえ振り向くと、声の主はホシノだった。

 のほほんとしていた彼女とは雰囲気は変わっており、鷹の目みたく鋭く、真面目だった。

 後ろからは心配そうな顔で息を切らすノノミに、シロコは顰めっ面を立てながら顔には汗が浮かんでいた。

 

「ホシノ!ノノミにシロコ!どうでしたの?」

 

「ダメ、全然見つからない…ただ、セリカの帰宅ルートを探してみた結果、爆発した痕があった。恐らく…」

 

「じゃあ本当にッ?!」

 

 ノエルの推理は正しかった。

 セリカの帰宅ルート――建物の破損や硝煙の香りに、焼き焦げた痕…間違いなく大きな戦闘があったことが見受けられる。

 

「まだ時間はそこまで経ってないですし、ひょっとしたら近くに…」

 

「ううん、その可能性は極めて低いよノエル先生」

 

 ホシノは真剣な眼差しで、机の上に乱雑に広げられていた地図に指をさす。

 

「セリカちゃんの帰宅ルートを狙われたってこと…それはつまり待ち伏せされていた可能性がある。セリカちゃんがどうして付け狙われていたのかは不明だけど…でも、音沙汰も証拠となるものも無いってことは、拉致された可能性が高い。時間が経ってようがなかろうが、人質として何処かへ連れ去っていくのなら、限りなく敵は大掛かりな移動手段を用いてるはず。つまり私達の足で周囲を探したところで…って感じで、期待は薄いね」

 

「そんな…ッ!じゃあどうしたら…!!そうだ――カロ…」

 

 ふと此処で、カロンと呼ぼうとした刹那――彼がいないことに気が付いた。

 セリカに続き、カロンは確か買い出しに行っていたんだった。

 今まで隣にいた相棒が居てくれたお陰で、難なくスムーズに進めたのに…今、セリカがいなくて大ピンチだと言うのに、肝心のカロンが側に居ない。

 

「カロン……」

 

 そうだ――もしこんな時、カロンだったらどうする?

 今までこう言った作戦は、大抵カロンがどうにか現状打破してきたのだ。アビドスの学校占領を狙っていたヘルメット団の時も、アジト襲撃も、カロンの戦闘指揮によって難なく乗り越えた。

 それだけじゃない。ラプラスの時だってそうだ――アクエリアス社、国会議事堂での悪魔痕跡、カジノ・ミスティ、記念式典ピアノコンクール襲撃、深淵を賭けたデスゲーム、サンタンジェロ公立大学、慧眼の星海。仲間達の力もあったが、主力としてはカロンの功績が響いてる。相棒が知恵を授け、その道を照らしてくれたから。

 だが頼りの相棒が肝心な時にいないほど、冷静さを欠けてしまうことはない。

 

「わ、私達で…なんとか、しないと…!!でも、どうすれば!?」

 

『の、ノエル先生ぇ…』

 

 切羽詰まったノエルの叫びに、アヤネは益々不安の色が滲み出る。

 ノノミもこればかりは声は掛けづらく、シロコも自分が探し出すことが出来ずに悔しそうに、ホシノは無言でノエルを見つめる。

 そんな焦燥な色で慌てるノエルに、シッテムの箱から弱々しくも涙を溜めた顔でアロナは声を掛ける。

 

『そ、その…連邦生徒会が持つ、セントラルネットワークを使えば…!』

 

(ッ!それは、つまり…今からでも間に合うってことかしら…)

 

 アロナの提案に、ノエルは小さな希望が芽生える。

 然し、それは果たして今からシャーレに戻って間に合うのだろうか?

 そもそも使い方は?そこは七神リンやアユムに話せば聞いてもらえるかもしれないが…いや、だとしても間に合うか?そもそも彼女たちも今この時間にいるのだろうか?

 …もう良い――こうなったら行くしか無……

 

 ガチャリ――

 

 すると教室の扉が開く音が、静寂な夜を木霊する。

 扉の開く音にカロンが帰ってきたのだと、皆んなが振り向けば――

 

 

「はぁ……はぁ…アヤネは、いるか?」

 

 

 全身ボロボロになったカロンが息を切らしながら、気絶しているセリカを背負っていた。

 

「カロン!!?」

「カロン先生に…セリカちゃん!?!!」

 

 真夜中の薄暗さと共に深刻な空気と化していた教室を打ち破るように、ノエルとアヤネは声を揃えて名前を呼ぶ。

 カロンは痛々しそうに目を細め、肩で息をしながら、弱々しく言葉を続ける。

 

「カロン先生…!背負ってるそれ、セリカ…?」

 

「コイツに後々と文句を言ってやりたいが……まぁ、目を瞑ろう。それより、傷が残ってる。アヤネ、救護を頼む…。お前の応急処置で、セリカを助けてやってくれ……」

 

「ッ!は、はい!!そ、それなら…ここから階段を降りて…うっ!くっ…!保健室へ…お願いしますッ!」

 

 涙が止まらず、ボロボロと大量の涙を流しながら、溢れ出る感情と共に言葉を漏らす。

 先ずは気を失ってるセリカの安否――そして痛々しい身体を安静にするべく、横にしなければならない。

 

「カロン先生…その怪我は…!?」

「…誰に、やられたの?大方、予想は付くけど」

 

 ノノミは血相を変えた顔色で、ホシノは何とか怒りを抑えた声で、カロンに質問する。

 血が黒いシャツに滲み、複数被弾した箇所が有り、更には爆破やら煙の痕が付いてボロボロだ。

 

「カタカタヘルメット団――残党…私達がアジト襲撃の、入れ違いで……」

 

 不覚だった――人数までは把握できてなかった。ヘルメット団と称する集団も複数いたと言うのは予想外だった。

 なんであんなダサい名称の団体名が複数存在するのかと質問してやりたいくらいだろう。

 

「カロン…!!貴方、酷い怪我を……」

 

「ラプラスの時だって、何度もこう言った経験してるんだ…今に限った話じゃ、ないさ……」

 

 ノエルも焦燥と混乱に、声を荒げながらカロンに寄り詰める。

 ――そうだ…カロンはこれまで、私を守る為にずっと…その身体を、無茶を通してまで……。

 

「お前たちも、話したいことはあるだろうが……まずは、休ませて欲しい…話はその、後だ……」

 

 ボタボタと、血の雫を床に垂らしながら、精一杯の声を振り絞るカロンに、一同は支えながら保健室へと向かって行った。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――

 

 

「これで、暫くは大丈夫そうですッ」

 

 保健室のベッドで横になりながら、寝息を立てるセリカに、アヤネは彼女の頭を優しく撫でる。

 湿布や絆創膏を貼り、消毒液の独特とした匂いが教室に漂う。

 ホッと胸を撫で下ろすアヤネに、一同はホッとした。

 

「本当に……本当にッ、なんて感謝すれば良いか…カロン先生…っ。もし、セリカちゃんの身に何かあったらと思うと…ッ」

 

「……ふん、セリカも恵まれてるな。こんなにも友人の為に涙を流し、自分のように心配する友が近くにいるのだから。礼には及ばん……それに、セリカが無事で良かったものだ。それだけでも今は充分だ…」

 

 カロンもアヤネに絆創膏やら湿布を貼られていた。

 大悪魔にとって余り必要のないことだと言いたいが、そのまま無理をしてしまえば何が起きるか分からないし、何よりアヤネが意地でも応急処置を施すだろう。

 それに、チナツからも色々と言われた事もあるからだ。

 

「はぁ……けど、本当に良かったですわ。一時はどうなるかと思いましたけれども…」

 

「アロナに食わすようのラーメンを買いに行ったことが、功を征したか…いやはや、全くもって偶然なことか…ッ」

 

「ん、カロン先生…セリカに一体何があったの…?」

 

 優しくカロンの身体に触れ、撫でるノエルはカロンは自虐地味た作り笑いを浮かべながら、皆に心配掛けまいと振る舞っている。

 けどそんな演技はシロコにはお見通しで、鋭く真剣な眼差しで問いかける。

 

「……私も、直接現場に居た訳ではなかったが……帰り道、爆発音が鳴り響いた…。恐らく重火器による投擲での破壊活動によるものだったのだろう。現場に駆け付けた際には…ボロボロのセリカがトラックに担がれそうになっていた……」

 

 カロンは事の顛末を話す。

 ノエルに頼まれた物資や食料の買い出しの帰り道、巨大な爆発音と地響きが起こる破壊があったこと。

 武装したヘルメット団が数人、セリカを担ぎトラックへと運ばれていくのを目撃したカロンは、セリカが拉致される前に強行手段でセリカ奪還の為に、生徒もシッテムの箱も無しに武力行使をした。

 ホシノやユウカと言ったタンク役のキヴォトスの生徒一人でもいれば、あの連中は大したことはないのだろうが…

 多対一を強いられた挙句、セリカを担ぎ守りながらでの闘いは、傷に残ってしまったらしい。

 況してや幾つか手榴弾を投げられ、爆破の余熱が此方にまで届いたのだから、火傷後や服のボロボロ具合もそれが起因であるだろう。

 

「何とか一人残らず、黙らせることはできたが…全力で武装していた…。恐らく、限りなくアビドス生徒を仕留める勢いだった…その点、コイツを拉致しようとした理由も、大まかアビドス学校に関わってると見た…。最後まで口を割らなかったが…だが、奴らの眼を見た限りだと、復讐による私怨と見た…」

 

「でも、ヘルメット団は壊滅して……」

 

「確かにアジトは潰した――だがヘルメット団のメンバーはあれで全員ではなかったということ。そして…武器の調達をしていた少数人が闇市場で大量の武器を購入していたのだろう…。対峙した時、アジトで押収した武器とは違って、目の新しい武器を武装していたからな……そこは、私が気付けなかった落ち度がある…すまない…ッ」

 

「ううん、カロン先生には寧ろ感謝しても仕切れない。悪いのは全部ヘルメット団……それに、カロン先生が無事で本当に良かった…」

 

 眼を瞑り、自らの爪の甘さに過信していたカロンは、罪悪感を抱きながら謝罪の意を込める。

 そんなカロンに、シロコはううんと首を横に振りながら答えた。

 

「カロン先生も、本当に凄い。キヴォトスの人間でもないのに、ヘルメット団の武装を相手にセリカを担ぎながら戻ってきてくれたんだもん。当てもなかったし…本当に助かった」

 

「私からも!有難う御座います…!セリカちゃんが連れ去られたらどうなってたか…」

 

「連邦生徒会のセントラルネットワークを使える事も出来るとは思うけど、シャーレとの距離も遠いし、もし万が一その間に何かあったら、冗談どころの騒ぎじゃなかったからね。私からも、ありがとうね先生」

 

「カロン先生に、ノエル先生がいてくれただけで…どれだけ救われたことか…ッ」

 

 シロコに続いてノノミ、ホシノ、アヤネが言葉を紡ぐ。

 シロコは逆にカロンの頭を撫でれば、ノノミは心底胸を撫で下ろし、ホシノからは紛れもない本心とも呼べる言葉を聞し、アヤネは未だに泣き止まずだ。

 シロコに撫でられてるカロンは「ふんッ…」と頬を赤ながら、照れくさそうに視線を逸らす。

 生徒たちも「意外とカロン先生も可愛いところがあるんだ」と気絶してるセリカを除き全員解釈一致である。

 

「私からも…カロン。本当にありがとうですわ!それに比べて…私は全然、役に立てなくて…」

 

「……ふん、何を言ってる。お前が戦えないことくらい、此処でも何度も言っとるだろう。それに、お前なら充分に役立ってくれてる」

 

「へ?私何かしましたっけ?」

 

 罰の悪そうに、顔を下に俯くノエル 。

 カロンが居なければ、先程のように取り乱すことしか出来ず、まともな指揮系統もできなかったのに…。

 そんなノエルの頭を、カロンは優しく撫でる。

 

「お前は誰よりも生徒に寄り添える。同じ子供としての目線に立てるから、という意図もそうだが……お前の優しさは、被虐を背負うお前は、私にはできないことをやり遂げる。何より、お前が買い出しを頼まなければ、今頃セリカは行方不明になっていたのだろうしな」

 

 足すらなかったお前の無鉄砲さが、逃げることしかできなかった私を変えたように。

 偏執の魔女として、親友とぶつかり合えたように。

 嘗て復讐を志した者たちが、お前の生き様に変えられたように…。

 

 お前なら、お前だからこそ――アビドスの生徒たちも救えるのだと。

 黒見セリカもまた、変えられるのではないかと。

 

 見てみろ――砂狼シロコだって、出逢って間もないお前をここまで信頼し、お前を慕ってくれている。

 狐板ワカモだって、お前の真剣な眼差しと向き合い、破壊衝動を繰り返していたがお前が変えた。

 ユウカもお前のことを尊敬し、電子キーボードとはいえピアノをプレゼントするほどだ。

 

 それに……

 

『それに、大事なのはまずあの子がどんな風に思ってるのか…何を思い、どう考えているのか。私達のことを信用できるかできないか――それが分かっただけでも大収穫ですわ!だからカロン。まずは頭ごなしに反論するのではなく、生徒の意見を聞き入れましょう?あの子が何をどう思ってるのか、その心が大事なんだと思いますわ』

 

 もし、お前がいなければ――私はセリカに対して…皮肉ながらもリベリオと同じ選択肢を取って居ただろう。

 同じ過ち、同じ選択肢、同じ末路…私だけだったら、ノエルが居なかったら、此処まで生徒達との信頼関係も築けなかっただろう。

 

「ん、確かに。ノエル先生ナイスパシリ」

「ぱ、ぱしり?」

「うへぇ、ノエル先生とカロン先生は熱々だねぇ〜!!いけないっ、お母さんは娘と一緒に寝るわ…お熱い夜はゆっくりね?」

「ぶっ!!?」

「ちょ、ちょっとホシノ先輩!揶揄わないで下さい!」

「な、ななな何言ってますのホシノ!?巫山戯たことを言わないで下さいましッ!!?」

「熱い夜?お前ら何の話をしてるんだ?」

「うへ〜…アヤネちゃんにまで突っ込まれちゃったぁ…」

 

 アヤネとノエルは赤面しながら否定的に抗議し、斯くいうカロンはそう言った知識の欠片や感情さえ疎いのか、頭の上にクエスチョンマークを浮かばせていた。

 

「ふふ…けど、有難うカロン!それに、私には私の…貴方には貴方のやるべきことを…でしたものね」

 

「そうだ。それが私とノエルの…二人一組の大悪魔だ。一人でやれない事を…無茶をしてでもする必要はない。それに今日はもう夜遅い――私は見張りでセリカの容態を観察して診ておく。まあ…この調子だとバイトの疲労も兼ねて明日の朝まで起きずに寝てるだろうがな」

 

「そんな…良いんですか?そこまでして貰って?」

 

「案ずるな、大悪魔の身体はお前達と違って回復も早いからな。…いや、身体が頑丈なお前達なんだ…ひょっとしたら自然治癒も早い可能性があるか…いや、どちらにせよ今日はもう帰って身体を休ませろ。流石にこんな夜遅くに、況してや追っ手も居なかったんだ。暫くは大丈夫な筈だろう…」

 

 まあ、万が一…攻めに来る事があればそれこそ一貫の終わりである。

 然し生徒達の安否と共に、今は休ませるのが大切だ。基本的に日中の時間帯で襲撃を喰らう可能性が高い以上、万全な状態でなければ本領を発揮する事ができない。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「ん?あれ…此処は?」

 

 黒見セリカは、夢を醒ます。

 其処は真っ黒で澱んだ…光のない世界。

 

「ここは…どこ?いっつつ…確か、私…」

 

 身体が悲鳴を上げる。

 アレだけの火力武器を直撃で被弾したのだから、痛みの訴えがあるのは当然にしろ、その後の記憶がない。

 

「そいや私、カタカタヘルメット団の残党に…襲撃されて…ッて、それより此処どこよ!?」

 

 そうだ――確か自分はアルバイトの帰り道、ヘルメット団に襲われて…。その後、私は倒れたと思うんだけど……どうなったの?

 此処はどこ?なんで、何もないの?

 どんよりとした闇の中を歩いていく。人の気配もなく、誰もいない――アビドスとして慣れた土地もなければ、建物も見当たらない。

 此処が何処なのか…いや、そもそも此処は現実なのかも。

 

「誰か…誰か居たら返事して!!アヤネちゃん!シロコ先輩!ホシノ先輩にノノミ先輩もっ!」

 

 だが、彼女の声は闇の中に吸い込まれて消えてゆく。

 何の返事も返ってこなければ、それは虚空へと消えていった。

 

「みんな…何処に、行ったのよ…ううん、違う…ここは、現実なの?これは夢…?夢だったら、さっさと醒めてよ…」

 

 得体の知れない未知なる恐怖。

 夢が現実かも不明な境界線。

 一人ぼっちの孤独な闇。

 

 ひょっとしたら実はあの黄泉の国だったりとか、冥界に堕ちたとか、あの世に逝ってしまったのではないか?

 そんな荒唐無稽な、非現実的な思考さえ考え込んでしまう。

 人はネガティブに偏ると、悪い方向へ考えが働いてしまう。

 

「………ノエル先生っ、カロン先生…」

 

 認めない。

 折れない。

 信じない。

 

 そんな風に口では言いつつ、心の中でも認めないと意地を張っていても、不意に二人の名前を口から溢していた。

 それは無意識から来る精神的な諦めなのか、それとも心の底から願う救いを求める言葉なのか…。

 膝を曲げ、光のない闇の世界でただ一人、ぽつんと座り込む。

 

 ――夢なら醒めてよ…。

 

 思わず、涙が込み上げてきてしまう…すると、ごぽごぽ…と水の音が上から聞こえてきた。

 音のする方角へ振り向くと、そこには…

 

『ノエル…!死ぬな!生きろッ…!』

 

「へ?あれは…カロン先生ッ?」

 

 傷だらけで、ノエル先生を抱きしめながら逆さまになって落ちてくるカロン先生。それはまるで水中で沈んでいくような…海に落とされてしまった様な…。

 それにノエル先生は何処かしら、片腕がない様にも見えた。意識を失ってるからか、閉じた瞼は開かず、苦しそうにカロン先生にしがみついてる。

 よく見れば服装も今とは違っていた。

 更に言えば、ボロボロな身体からは血が流れている。

 

「一体何が…」

 

『殺してみろよ――相棒』

 

「えっ……?」

 

 聞いたことのない声主に、セリカは反射的に振り向いた。当然、カロンもその人影に視線を送る。

 グレーのビジネススーツに身を包み、紫色のシャツ。銀色の髪をオールバックに整え、鷹の目をした月の瞳が、憎悪を燃やしてカロンに言葉を吐き捨てる。

 

『どうせできやしない。お前はそうやって、いつもオレから逃げてきたんだ――だってそうだろ?オレを育てたのは尤も他でもない…お前なんだからさ』

 

 上から覗き込む様に、唾でも吐き捨てるかのような…邪悪な瞳を歪ませて、ケラケラ笑う男が、カロンを見下ろしていた。

 得体の知れない人物は、此方の存在に気付いてない。

 何か言おうと、言葉を出そうと声を振り絞ろうとするも、喉に何かが詰まったように声が出ない。

 

『お前はそうやって契約にしがみついていれば良い。お前との契約なんて知ったことか――オレはな、カロン。お前の契約による代償を踏み倒して、お前という鎖を断ち切ってるのさ』

 

『ラッセル…なにが、お前をそうさせた?どうしてお前は…』

 

 ラッセルと言うのか、あの人物は。

 彼は酷く醜い破顔で、邪悪な瞳を三日月に歪ませながら、カロン先生の錆びれた鎖を、潰すかのように握りしめていた。

 

『昔と比べてつまらねぇ奴になったなぁ?昔のお前なら、ノエルを…契約者を弄んで、騙して、利用して、最後に絶望を与える。そういう奴だったんだろうが?それなのに今回の契約者には随分と甘いんだな?契約に対するつまらないプライドで、そのまま溺れて死ねば良い』

 

『私が…お前を、そう…させてしまったのか?』

 

 初めて見た。

 カロン先生が、あんなにも悲しくて、辛そうで、悲痛に苛まれてるような、衝撃を受けた顔を。

 私は知っている――人が裏切られた時の顔を。

 この世界では、大人が子供を騙し、利用し、支配するのが当たり前で、自分の利益の為に平気で嘘を吐くのが当然だから。

 セリカは、何も言えずにジッと黙ったまま見守る様に…いや、見入られるように釘付けになってしまう。

 

『お前がノエルを…あんな小娘の願いなんて聞き届かなければ、悪魔の契約なんて下らないプライドの為に、死ぬことだってなかったのに。本当に、愚かだなカロン――知らないようだから教えてやるよ。

 

 オマエも、シビラも、ノエルも、ボマーも、オレに利用される舞台装置(マグカフィン)なんだよ』

 

『ラッセル……私と言う存在が、お前の…内に秘めた狂気を…育てたと言うのか…その結果、オマエはどこまでも……』

 

 嗚呼…理解した。

 これはカロン先生の記憶なのか――と。

 溺れゆき、消えてしまいそうな二人に、どんどん距離が開き高笑いする邪悪な大人。

 

 カロン先生とノエル先生の身に何が起きてたのかは理解できないけど……どうして、この夢を観ているのだろう。

 その場にいなかった、当事者ですらない自分は何故外の世界の景色を、夢として傍観することが出来るのだろう。

 

『わ、たしは……まだ…きえたく、な…い…』

 

 すると苦しみもがくノエル先生が、悶えながらカロン先生の腕の中で、糸が切れそうな程に弱い声で鳴いていた。

 片腕を必死に伸ばすノエル先生に、私は反射的に手を伸ばしていた。

 弱々しくて、触れれば簡単に握れそうな柔らかい手を触れた瞬間――

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「へッ?」

 

 目を覚ます。広がった視界には、アビドス教室の天井が覆っていた。

 独特な薬品や消毒液と言った匂いが鼻腔をつんざき、カーテンから差し込まれた日差しが、顔を照らす。

 

「わた、し……」

 

 今度こそ現実だった。

 此処はアビドス別館――保健室。カタカタヘルメット団やチンピラ程度の集団が攻めに来た輩達と対峙した際に、怪我を負った時などよく利用していた。

 身体の節々が痛く、触れてみると痛みが働く。だがこの感じ…湿布や絆創膏、ガーゼが張られており、治療を受けた後があった。

 

「おっ、目が覚めたか?」

 

 すると、保健室の椅子に座りながら、アビドス教材の古い文科書を読んでいたカロン先生が、此方が目を覚ましたことに気付いた様だ。

 

「あっ、カロン先生…?私…」

 

「まあ、目を覚ましたら何が何やらと言ったところだろうな……一応、誤解のない様に先に言っておくと、今回は尾行した訳ではないからな」

 

「なッ!?はあァ?!!あ、あったり前でしょバカ!本当に尾行してたら一発位ブン殴ってたところよ!」

 

「殺しはしないんだな?ククク…」

 

 何を言ってるんだこの鴉は。

 然も今回は――とか言い出して…。人が困惑しているのを知らずに、カロン先生は相変わらず惚けたような、揶揄ってるのか掴めない口振りだ。

 確かに尾行したら殺すとは言ったけども…。

 

「……私、確かカタカタヘルメット団の奴らに奇襲を食らって…」

 

「嗚呼、そこまでは覚えていたのか。なら話は早い――単刀直入に言えば一人になったオマエを…帰宅のルートを踏み込んで襲ったのだろう。用意周到な算段に、アジトにはなかった武器も武装していた。恐らく我々と食い違いで、入れ違った残党だろう。やれやれ、治安が悪いのは相変わらずだな…」

 

「そっか…あれ?でもそれなら何で此処に…?」

 

「お前がヘルメット団にトラックで拉致されそうな所を、騒動に駆け付けた私が何とか食い止めた。ロケットランチャーの爆発など、流石に外出中、余程遠くない限り気付かないことはない」

 

 記憶と共に意識が途切れた後に起きた真実を、淡々と告げるカロンにセリカは目を丸くして二度見する。

 よく見れば、服はボロボロで焦げた後も目立っている。傷口がないのは謎だが…まさかもう完治したのか?

 

「嘘……」

 

「逆に聞くが、嘘と言える証拠を提示しろと言われてお前は直ぐに出せるか?」

 

「アイツら、数も多くなかったとは言え…武装してたんでしょ?」

 

「何ならお前を守りながらな。それにお前らキヴォトスに住まう人間は身体が頑丈だからな――ちょっとやそっとでは到底退いてくれなかったぞ」

 

「……どう、して…」

 

 ――ん?とカロンはセリカの弱々しい声に小首を傾げる。

 俯きながら、力のない小さく途切れそうなか弱い声を、喉から振り絞る。

 

「どうして、私を…助けてくれたの?」

 

「なんだ急に…そんな当たり前なことを聞いてどうする?」

 

「私、アンタやノエル先生のことを認めないって言ったのに…どうしてそこまで、私達のことを助けようとしてくれるの…?それに、私…先生に対して失礼な態度を取ったり、何なら嫌われて、愛想を尽かれても可笑しくなかったのに…。死んでたかもしれないのよ…?」

 

 沢山罵声を浴びせた。

 認めないと、先生の手を振り払った。

 嫌われても可笑しくないって意気込みで、否定した。

 

 それなのに…命を落としてもおかしく無かったのに…。

 下手すればカロン先生は、私のせいで死んでいたかもしれないのに…

 

「…お前はガキだからな、大人の生き方や責任だとか…それを話しても難しいだろうが…」

 

「はぁ?!何よ…人が心配して…――」

 

 

「契約――だからだ」

 

 

「けいやく…?」

 

 その言葉に、眉を顰める。

 此処に訪れてから、カロン先生はヤケに契約という言葉に対して拘りを持ってるように見える。アヤネちゃんの時といい、借金問題や支援物資と言い…契約という言葉に対して、カロン先生はそれをよく強調する。

 

「いや、まあ…正確にはまだ契約という段階ではないがな。お前の同意を、此方はまだ聞いてないからな。だからまだ借金返済に対する全面的な協力と解決する為の計画も、まだ何も始まっちゃいない…が、私は連邦捜査部シャーレの顧問であり、同時にアビドス対策委員会の顧問でもある。何度も言うようで、聞き飽きたかもしれんが……私は、契約のために、お前達のことを知る必要があれば、死なれて困るというのが最低基準のラインだな」

 

「なに?結局は自分の利益の為ってこと?」

 

 冷たい目線を送りながら、セリカは溜息と共に肩を透かす。

 なんだ…結局は、自分の利益のために動く、周りの大人とは大差がな――

 

「違う。私やノエル…自分自身の、存在の為。そして、お前達自身の願いの為でもある――契約とは、先生と生徒が紡ぐ為の鎖に過ぎない。それは…お前達の、心の底から願う夢を叶える為だ」

 

 いと、心の中で決定付けるセリカの決定的な判子を止める。

 セリカは反射的に、まっすぐな瞳をカロンに向けた。彼はアビドスに記載された古い教材に栞を挟んで閉じると、契約者に向けて真っ直ぐと、瞳を向ける。

 

「自分の利益など、そんな話は要らん。お前は勘違いしてるから教えてやるが…私やノエルという大悪魔が、先生としているのは…お前達生徒がいるからこそなんだぞ」

 

 契約とは、大悪魔と契約者がいて初めて為せる神秘と恐怖の儀式でもある。

 契約者がいなければ大悪魔は存在できないし、また契約者は大悪魔なしでは願いを叶えられない。

 だからこそ大抵悪魔と契約する多くの輩は、願いと引き換えに代償を与える。故に危険であり、願いを叶えようとする内容は、大体自分の利益を優先する愚かな者達ばかりだ。

 

 だが――ある契約者は、大悪魔の力を借りずに、自らの努力で願いを叶えようとする無骨な輩もいれば。

 またある契約者は、手も足もなくがむしゃらに、必死になってでも目標地点へ走り続けて行った輩もいた。

 

 そうして、新しい夢を叶えた契約者が…相棒が、隣にいる。

 

 然し此処は神秘が溢れたキヴォトスという未知数ばかりが存在する学園都市で、大悪魔なんてものさえ知らない者達――契約が何なのかさえ分からないのが当たり前だと言わんばかり。

 

 そんな世界に連れてきた連邦生徒会長が、私達に願ったのだ。

『私達にしかできない選択の数々』――生徒達の、最善たる選択肢。その契りを交わし、この世界に訪れたのだから。

 だったら相手が生徒であるのなら誰であろうと傲慢になってでも歩み寄るのが私たちという存在だ。

 

 それに…先生と言う立場になってから、契約者にはノエルやバロウズほど大きな負担になり得る代償を支払わせることが少なくなってきた。

 過去の訂正――昔の狡猾な私を打ち砕き、覚醒を以ってして新たに自分という大悪魔の意味を知ってから、破滅へ導くのではく、正解へと導く大悪魔となったのだ。

 心なしか、何となくだが…この世界でなら、昔居た世界よりも悲劇を起こすことなく、契約者の夢を叶えれる気がしなくもない。

 

「生徒がいなければ、先生という存在は成り立たんし、契約者がいなければ大悪魔は存在できない。お前達が困っている時、先生は生徒に手を差し伸ばすものだ。お前達がいるから、私達は契約に則ってお前達を助けることが出来るんだ」

 

 だからこそ、契約というのは生徒と先生の繋がりの意思証明として――そして契約者と大悪魔が奇跡を以ってして夢を叶える為の奇跡の原点にもなり得るのだから。

 

「……私は…」

 

「済まない――」

 

「え?」

 

 するとカロン先生は、何か口から言葉を出そうとするセリカを遮るように、謝罪の弁を出す先生は、頭を下げる。

 

「お前が昨日言ってただろう。"何でもっと早く来なかったのか"――アビドス自治区で遭難した体とはいえ…況してや私達という存在が、この世界に訪れなかったのも…私の、不甲斐なさが起因だろう」

 

 セリカが放った、理不尽とも呼べる言葉。

 感情的になって言い過ぎてしまった台詞を、カロンは咀嚼するように、苦虫を噛み潰した苦痛と、責任を背負う表情を浮かばせていた。

 

「だが…これだけは言わせてくれ。私達が此処に…アビドス自治区に、お前達に会えたのも、砂狼シロコという生徒がいたから。そしてこの世界に訪れることが出来たのも…ノエルと私が、夢を叶えることが出来たから――」

 

 謝る必要なんてないのに。

 セリカが放った苦し紛れの言葉を受け入れて。

 況してや背負う必要のない責任を、否定することなく肯定する。

 今のセリカの表情は、誰にも見せたことない顔を…呆然としていた。違う、そんなつもりで言ったわけじゃないのに――それでも言葉が出なかったのは、カロン先生の言葉には続きがあったからだ。

 

「嘗ての契約者には…契約による代償を手玉に取られ、たった一人の契約者の、真なる心のうちを理解できず。況してやある契約者には夢の道一つも示すことができず。大悪魔と名ばかりの、愚かで未熟な私のままでは、お前達に顔を合わせることなど出来なかった……私達が今こうして先生と名乗れるのは、過去の契約のため…そして、私自身が初めて抱いた夢のために、闘っていた――だから、お前達に会えずに済まなかった……」

 

 過去の訂正、ノエルとラッセルの契約の満了。

 破滅を覚悟してでも、夢を叶えたその結果――偶然にも、奇跡とも述べるに相応しい…私達は新たな大悪魔となって、況してや先生という存在になり、この世界に新たな第二の人生を歩むことになった。

 本当だったら、消滅したままで可笑しくなかった。

 契約のルールなどに翻弄されず、夢の為に闘った自分たちがこうして呼び出されたのだって…少なからず、過去にある。

 

「そして、こうも思う――過去の私達が夢を叶えることが出来たからこそ、私もノエルも…お前達の隣に寄り添うことが出来るのだと。自分と、契約者の夢一つも叶えれない大悪魔など、先生と名乗るには少々やわ過ぎる。そんな情けない大悪魔が先生など語れやしない。そんな私が、お前達が背負う借金返済の願いを叶えるなど、夢のまた夢の話なのだから」

 

 国を敵に回してでも、復讐を貫くか――その口論になっていたノエルとオスカーは、精神的にも体力的にも弱っていたからか、意思は弱く脆くなっていた。

 その根本的な部分は、今まで自分が未熟だったからに過ぎない。

 戦闘向きの大悪魔でないにせよ、知恵を司るのであれば、ノエルにその道を示さなければ、大悪魔としての存在意義などないにも等しいのだから。

 

「……その夢を叶えるのに、随分と時間がかかったのね…?」

 

「嗚呼…過去の清算も兼ねて八年も掛かったな」

 

「長過ぎよ……本当に…」

 

 いつしか、私はカロン先生の隣の椅子に座っていた。

 不思議なものだ――あれだけ嫌悪して…昨日は絶対に認めない!って断言して息巻いてたのに…今はそんな気持ちなんてなくて、嘘みたいに気持ちが軽い。

 

「でも、借金返済なんて…そんな無茶なこと、聞いても良いの?アンタ達にとって、迷惑な話じゃない…」

 

「シロコにも言われたな。お前達は変な所で遠慮してしまう…癖なのか、そう言う性格なのか…――少なくとも、お前達個人の借金ではなく、学校が抱える借金なのだろう?其処が重要なんだ」

 

「…どういうこと?」

 

「何故、お前達は学校の借金を返済している?個人で抱える負債ではない学校の負債を――簡単だ。それはこの学校が払うべき責任者が居ないからだ。アビドスが巻き起こす自然災害。砂嵐が多発したことにより、市民も生徒も、他の自治区へ消えていく中、何故お前達は残った?」

 

 カロンの視点として例えるなら、どうして契約に含まれてない負債を此方が肩代わりとして背負わされなければならないのか。

 何故、代償を背負うべき対象より関係者である第三者に支払わせるのか。

 

「個人として借金返済しなくても良い学校の問題を、お前達は解決してるのだろう。契約にすら含まれてない、お前達を苦しめるそれを…全力で解決しようとしてる。だったら…生徒が抱える責任でもなければ、代償でもない。そんなお前達は、悪魔の契約もなしに…精々堂々と、血と汗を滲ませる努力をしてまで解決しようとしたのだろう。そんなお前達を前に、大悪魔が " 関係ない " などと、情けないことを言うわけにはいかんからな。私達もまた、背負う必要のない責任を…いや、違うな。生徒と一緒に問題を解決するんだ」

 

 悪魔の契約によって借金が発生した。

 悪魔の契約により代償を背負わされた。

 そう言った自業自得とも呼べるような、或いは因果応報――そう呼べる罪や自己負担を解決しようものなら兎も角、自分達が背負う必要のない問題を、解決しようとしてるのだ。

 こればかりはラプラスの世界の何処にも存在しなかった。

 いや…強いて言うなら、リベリオがその一人とも言えるだろうが…。

 悪魔との契約ですらない、それによって発生した代償ですらもない…ただただ生徒達が、借金という砂嵐のように発生した問題を、馬鹿正直に解決しようとしている。

 

 特に黒見セリカは、その身一つでアルバイトを掛け持ちしながら、貯めた資金を返済の利息に充ててるのだ。

 この年端なら、ノエルやジリアンのように…アイスの買い食いや、どうでも良い雑談に花を咲かし、時には子供同士で喧嘩もすれば、お互いの趣味や好きなことで盛り上がる――そんな青春な物語があるのだ。

 それでもこの娘といい、アビドスの対策委員会は先生の力すら借りずに、今まで頑張って借金を返済しようとした。

 

 セリカだってお洒落をしたり、美味しいものだって食べたいだろう。

 シロコはもっとスポーツを楽しんだり、ライディングで汗を流したいだろう。

 ノノミだって友達と楽しいショッピングを満喫したりしたいだろう。

 

 それなのに、この者達は大人すら手を差し伸べなかった借金を頑張って返済しようとしてる。

 

 悪魔の美学として、カロンの視点として――この者達ばかりが不公平な物語を歩むことなど、断じてあってはならないのだ。

 

「私は、お前達の問題に仕方なく付き合わされてるつもりなんて一切ない。これは、私達にとっても先生としての始まりであり…新たな第一歩なのだ――」

 

『この復讐は…――この戦いは、私の新しい夢そのものだから!』

 

『――結構楽しんですのよ、願いを叶える為に汗をかくのって…!!』

 

 私も気付いたのだ。

 願いを、夢を以って叶えることの喜びを。

 契約者の隣に寄り添い、共に願いを叶えるその瞬間――それがどれだけ尊く、計り知れない僥倖なのかと。

 先生として夢を叶える為に、生徒達と共に一歩道を進む。

 ならばこれを…アビドス借金返済を、私たちの新たな夢としよう。

 

 ――生徒と寄り添い、一緒に願いを叶えよう。

 

 嘗て消滅と死を決定づけられた私たちは、もう二度と生を謳歌することも…夢を叶えることも、自由を手にすることも出来ないのだと悟った。

 そんな自分達が、このキヴォトスの先生として地に足を踏み、自由きままに夢を叶うことも、努力することもできるのだ。

 それを…何もしないままでは、余りにも勿体なさ過ぎる。

 

「私とノエルは…お前達と対等な関係なのだ。だからこそ、部外者だろうと何を言われようと、傲慢にでも歩み寄ってやるさ。少なくとも…これはもう、顧問になった時点で私達にとっての夢になったのだ。お前だって夢を邪魔されるのは嫌だろう?それに…これくらい傲慢じゃなきゃ、お前は寄り添ってくれんだろう」

 

 嗚呼、そっか。

 この人達は…どれだけ払いのけても、絶対に手放さないんだ。私たちの借金問題なんて…面倒で、解決できるはずもないからって、諦める人達とは違って、寧ろこれを夢とさえ言ってくれる人達なんだ。

 

 それに…何となくだけど、あの変な夢を観た理由がわかった気がした。

 契約というのは、生徒と先生の…言葉では言い表せない絆があって、そこから問題の解決から、夢や願いを叶える為にお互いが対等になれるのだ。

 カロン先生を見下ろしていたあの男が何なのか、その正体も関係性も知らないけど…騙されて来た私だから言える。

 

 カロン先生にとって、契約をなかったことにされることは…況してやその鎖を断ち切らされるというのは…その繋がりも、縁も、関係も、全てを否定されるということ。

 大人が子供を裏切る世界があっても、子供が大人を裏切ることを知らないセリカにとっては、より痛感されることだろう。

 ――それなのに…私、カロン先生のことを…我が身可愛さと意地を張って、先生のことを沢山否定してしまった…。

 況してやあの男は相棒と呼び、あのカロン先生が生徒には見せたことのない悲痛な顔を歪ませていたのだ。

 そんな大切な人から裏切られるというのは…相当、受ける衝撃も大きかったのだろう。

 

 ひょっとしたら生徒が裏切るかもしれないのに…そんなことさえ、恐れずにカロン先生も、ノエル先生も傲慢に歩み寄ってくるなんて…。

 

「今まで、こんな大人の人……いなかった…」

 

「今までの大人達がお前達の問題に見向きもしなかった――だからこそ、私達がやって来たのだ」

 

「ずっと…貴方達のような大人に…会いたかった……」

 

「嗚呼、だが…――やっと逢えたな。お前達が諦めなかったから、奇跡が起きたんだ」

 

 優しく、優しく丁寧に、セリカの心を宥めるように、暖かい言葉を投げる。

 俯きながら、必死に涙を堪えて、少しずつ本音を溢していく。

 

「…私、ちょっと焦り過ぎてたのかな」

 

「嗚呼…そうだと思うぞ」

 

「借金を返済していく中で、楽しんじゃいけないのかなって…働いてて思う時もあった…」

 

「そんなことはない。これはお前達のたった一度っきりの人生であり、お前達の物語なんだ。個人で背負う借金でもないお前達が、幸せを拒む必要なんかない。それにな…」

 

 ポンッ――セリカの頭に漆黒の、優しい悪魔の手が乗っかる。

 何処か暖かくて、ふと心地よくなる感覚で…烏の羽毛に包まれている感覚だ。

 

 

「ガキがそこまで背負う必要なんてないんだよ――お前は、シロコにホシノ、ノノミに親友のアヤネと一緒に、明るい未来の希望でも見ていろ」

 

 

 嘗て殺意と破滅に身を任せ、シビラを殺そうとしたノエルをカロンが止めた時のセリフだ。

 手足もなく、片目もなくし、殺意の衝動に駆られたノエルが、片手で握ったマガジンでシビラを射殺しようとした。

 それを止めたカロンに憤ったノエルを宥め、破滅から身を挺して正しい選択へと導いたカロンなりの、励まし。

 カロンの、優しくて透き通る言葉に、自然と目から涙が浮かび上がる。

 

「カロン先生……御免なさいッ。いっぱい、ひどいこと言って……私、ちょっと、意地になり過ぎてた…」

 

「…だったら、アヤネにも謝ってこい。アイツはお前が連絡を取れないと聞いてからずっと泣いてたんだ。これから一緒に、借金返済の為に頑張っていけば良い。だって、その方が絶対良いに決まってるのだから――」

 

 この時のカロン先生は、凄く優しかった。

 セリカの頬を優しく撫でて、暖かくて、烏の羽毛に包まれるような心地良さに、気を許してしまう。

 アレだけ、自分が意地になっていたのがバカらしく思えてきてしまうではないか。

 

「素直になれなくて…そのせいで、いっぱい……否定して…教室飛び出しちゃって……どんな大人を信用して良いか、わかんなくなってた…」

 

「先生は生徒の味方なんだ――信用できるように私達が頑張るしかない。そうして信頼を得て、疑いを通り越して、初めて黒見セリカと私達は、互いを通じ合える対等な関係になれるんだ。疑うことは悪いことじゃない。疑うことのない100%の信じてる、なんてのは…信じてないのと一緒なんだ。だからこそ人は悩んだり、迷ったり、時に自分のことが分からなくなってしまう。お前だけじゃない、皆んなそうなんだ。だからそんな生徒に、大人である先生は寄り添うのさ」

 

 アレだけ憎まれ口を叩き合った仲なのに、カロン先生に飛びついて甘えたい。

 抱きしめて、泣き噦りたい。

 この人の優しさに、涙が零れ落ちそうになる。

 生まれて一度も、そんなにも優しい言葉を掛けてもらった事がないのだから。

 

「それに、自分の気持ちに素直になれない人間なんて山ほどいる。大事なのは、意地を通して自分で責任を背負うことじゃない――自分の問題に気付いて、自分と向き合って、そして目の前の問題を皆んなで一緒に取り組んでいく。それが一番大切なことなんだよ」

 

 私も、ノエルも、フーゴやオスカーも、ジリアンも…皆んな、最初は間違いだらけだった。

 ある大悪魔は嘗ての契約者を知らず、代償を手玉に取られ。

 ある魔女は、親友のピアノを褒めてやれず、誤った契約で血に染めてしまい。

 ある爆熱の魔人は、空っぽな犯罪者だったゆえに、街の支配者に利用され。

 ある弟想いの魔人は、小さな世界に閉じこもり、真の闇を…倒すべき敵を見定められず、家族の仇(ジーノとラッセル)に利用され。

 また、ある魔女は…過去の憧れた理想に囚われ、何も感じれず、何も見えず、暴力だけで全てを捩じ伏せようとした。

 

 

 始めから正解していて、常に正しい人間なんて存在しない。自分だって己の問題にも気持ちにも気付けず、迷って、逃げて、醜態を晒し、散々に失敗を重ねたのだから。

 

 それをちゃんと、自分で素直になれて、謝ることが出来て、一歩前に足を踏み出せたお前は――それだけで立派な成長とも言えるのだから。

 

 生徒の成長を見守り、その過程を、意思を、尊重してこそ先生なのだから。

 

 

「大丈夫、お前の努力は、お前の気持ちは…私の誇りに賭けて無駄にはしない。約束しよう――シロコ、セリカ、アヤネ、ノノミ、ホシノ。アビドス対策委員会のお前達には、最高の景色を見せてやる」

 

 

 真正面に向かって、セリカの手を取り、優しく重ねる。

 蒼く透き通る世界線――記憶として刻まれる青春(ブルーアーカイブ)の景色を……アビドス学校に残っても良かったと、生きてて幸せだと思えるような、お前達生徒に、契約者に、最高の景色を。

 それは、どれだけ高額な金額を積み込まれようと、親やサンタクロースに、並大抵の大悪魔でも、絶対に成し遂げられないだろう。

 

「本当、バカなんだからッ」

 

 小恥ずかしそうに、ニカッと笑顔を浮かべるセリカは、コツンと拳を突き出して、カロンの胸に当てる。

 もうなんだか、昨日まで不貞腐れてたり、素直になれてない自分がバカバカしく思えて来た。

 

 一筋の涙を溢しながら、セリカは腕で涙を拭い、立ち上がる。

 

「お前、もう怪我は大丈夫なのか?」

 

「うん。これ、アヤネちゃんが治療してくれたのよね?それに…結構寝たから、睡眠時間もたっぷり取れたし…皆んなが集まったら、謝らないと」

 

 セリカの顔色は、昨日と比べて嘘のように晴れている。これが、彼女の本心なのだと、カロンは支援物資の問題を解決した時から既に見極めていた。

 カタカタヘルメット団事件を解決した時の笑顔は本心で、今までの彼女が殻に閉じこもって素直になれなかっただけなのだ。

 大人の頼り方が分からなくて、誰を信用して良いのか分からなくて、借金返済のことで頭が一杯で、日頃の疲れと共に楽しさを忘れるようになって……充分過ぎるほど、頑張っている。

 

「あっ、それと言い忘れてた…」

 

 セリカは思い出したようにカロンに向き直る。クエスチョンマークを浮かべるカロンに、セリカは顔を赤く染めながら、視線を合わせようとせずもじもじしながら…

 

 

「た、助けてくれて…有難うッ…」

 

 

 羞恥心が込み上げてくる想いを、堪えながら気持ちを言葉に、精一杯振り絞ってセリカは感謝の言葉を述べた。

 そんなカロンは数秒ポカンとした後、掌を胸に当てて

 

「嗚呼、お前の気持ち――この大悪魔カロンはしかと受け取ったぞ」

 

 生徒の気持ちを肯定した。

 私は生まれ変わった身で、まだまだ未熟ではあるが…それは昔の未熟さとは違う。

 こうして初めて、今日を以って契約を開始とする。

 同時にそれはアビドス対策委員会と顧問の気持ちが一丸となった瞬間でもあるのだから。

 

 

 







アニメ版セリカ楽しみすぎる。

リベリオ「借金返済なんて諦めて、学校手放せ。そうすれば楽になるし、少なくとも仲間達が背負うべき苦しむも味わう必要だってねえだろ」
セリカ「ふざけないで!!私達の問題は私達で解決するわ!学校は私達のもの。手放すわけないでしょ!?」
リベリオ「自分を騙すのはやめろって。そう言う意思っていうのはな、自分を欺く麻薬みてぇなもんだよ。意思なんて言葉には、何の意味もねぇんだ」
セリカ「アンタ次それ以上言ったら本気で……」

ぜったい、混ぜるな、危険。
言ってることがカイザー理事より酷いのが酷い。

次回、皆んなのアイドル肩幅おじさん台パン不可避!!ちくしょう!


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