この作品って割と回想描写が多めなので、もししつこいと思う場合があれば先に陳謝いたします。逆に無知識の方なら『こういう台詞もあったんだ』だったり、何事もなく読めたり知識を得たりするのかもしれません。思ったより結構共通点というか、意識させられること多いんですよね書いてると。
被虐のノエル自体も回想描写は割と有るので、その影響もあるかもしれません。
#爆弾魔#ワカモ#地下室#関数電卓#とある物#被虐のノエル#過去回想#脱走#テロリスト
不良生徒達を撃退、鎮圧に成功したカロン先生一行は、周囲に残党が居ないのを確認し、シャーレ部室へと足を運んでいる最中だった――
『先生、今この騒ぎを起こした生徒の正体が判明しました』
モモカとの通信と同じ様に、ホログラムが映し出される。どうやら室内でなくとも外出中でも作動可能らしい。最新鋭の技術に不慣れなノエルとカロンの心情を他所に、リンは切羽詰まった険しい表情で口を開く。
「とは言っても殆ど不良集団は私たちで制圧したわよ?」
「最後まで話を聞けユウカ――主犯格が居るんだろう?」
『はい、今回の騒動の原因……『百鬼夜行』所属の狐板ワカモ――百鬼夜行連合学院で停学になった後、矯正局を脱獄した生徒です』
狐板ワカモ――その名前に全員とも反応しない辺り、どうやら知らなさそうだ。学園が違うからだろう。
ゲヘナ、トリニティ、ミレニアム以外の新しい学園…百鬼夜行連合学院。キヴォトスには数千の学園があるとはいえ、一々こんなテロリストだの犯罪だのが日常的に起こっていては敵わない。
そういえば矯正局から脱走した生徒が居たという報告もあったじゃないか。
『今回の不良集団を率いた破壊活動、略奪、数多の前科が幾つもある危険人物です――もし遭遇した際には呉々もお気をつけて下さい先生…』
「不良達は殆ど制圧しましたし、其れに今はシャーレ部室前まで来ましたわ。それらしい生徒は遭遇しませんでしたわよ?」
「遭遇しなかった…と言うことは、不良達が捨て駒要因だった可能性も捨てきれん。建物内に既に侵入しているケースが有るのなら、非常に不味いが…」
『……私も、直ぐに其方へお伺い致します』
「おいちょっと待――」
ブツン!と通信ホログラムがシャットダウンした。
「チッ…!話は最後まで聞けと言うのに…」
「先生……私たちも同行します」
舌打ちをしながら悪態を吐くカロンに、ハスミとチナツが申し出る。どうやら此方の身を案じての提案らしい。先程の戦闘を見たにも関わらず、大悪魔である自分達を心配しているのか。
「…?まさか、私たちを心配しているのか?」
「はい…?それは勿論…何より、私たちの先生ですし…」
何を言ってるんだ、とチナツは眉を顰めながら小首を傾げる。心配をすることがそこまで異常なのか?と思う一方、カロンはチナツの言葉に過去の人物と重ねる。
『は?そりゃまあ…当たり前だろ?相棒に死なれちゃ困る…』
前髪を下ろしていた頃の若かりしラッセル・バロウズを――これまで血生臭い任務で手を汚してきたあの頃は、殺人に慣れてきたとはいえど、まだ絆は在った。
あの頃は言葉の意味が分からず、余計な心配はするなと言わんばかりだったが……
「……例え私であろうとも、心配はすると言うことか」
カロンは聞こえない程度の小声を漏らす。
やはり…あの頃は本当に悪魔として未熟だったのだと実感する。私たち悪魔と人間は、契約する以上は対等な立ち位置で在るべきで、それはきっとお互いを尊重するのに必要な情なのだと。
契約者を弄び、喰いものにし、不幸を肴に愉悦に浸ることが大悪魔ではないのだと、殊更意識させられる。
「フッ…それに此処はキヴォトス……私達の常識が通じない以上、下手な思い上がりは取り返しのつかないこととなる…か」
況してや相手は矯正局を脱走したと言っていた。矯正局の管理体制と警備、設備がどのような仕組みなのかは理解してない以上判断には困るが…それでも並の不良集団と比較すれば明らかに差があるのは自明の理。
「…心遣いは有り難く受け取っておこう。だが、今回地下ということもある。目的はあくまで『とある物』の確保――ならば、少人数の方が都合が良い」
「でも待って下さい!カロン先生は確かに強いですけど…でも、死なないわけではないですし!何よりせめて護衛一人だけでも…」
「待て、話は最後まで聞くべきだ…そう急かすなユウカ。お前と言いリンと言い……私にも考えがある」
早まるユウカをカロンは手で制する。
「確かに私は脱走した生徒、ワカモとやらが地下にいる可能性があるとは言った。だが所詮は可能性の話…そうでない場合もある」
「…要するに、ワカモと名乗る方が外にいる可能性も捨てきれない…という訳ですわね、カロン?」
「そういう事だ――奴らが地下の『とある物』を破壊するにしろ、それが本当の目的かどうかも不明だ。不良達の素振りを見渡す限り、ワカモの命令で動いていた様には見えんからな…とはいえ所詮生徒は生徒、マフィアの様に死んでも壊せ、だなんて冷酷な真似はしないだろうが…」
情報不足なのは致し方ないにしろ、可能性の話に過ぎない。
だからリンには『外にいる可能性も捨てきれん。だから引き続きユウカ達と共に警戒体制を維持したまま地下の目的物の回収をしていく』と言いたかったのだが…言う前に切られてしまった。意外と彼女も感情的に動いてしまうのだな。
もし私達が回収した後、外部からの襲撃を想定すれば『とある物』を破壊される危険性も充分あるのだから。
「だからユウカ、ハスミ、スズミ、チナツは外の警備を頼む。流石に『とある物』を回収した後に、待ち伏せで略奪、或いは対象物を破壊されてしまっては、今までの苦労が水の泡だ……守備をお前達に任せても問題ないか?」
嗚呼、なんだ…と、ユウカ達はホッと胸を撫で下ろす。
生徒達を信頼するのが大人であり、先生であり、契約者を信じることも大悪魔としての務めだ。
この生徒達と正式に契約を交えた訳ではない…が、連邦生徒会長の頼みは、きっとこの生徒達の願いと想いを尊重することも含まれていると信じている。
例えそうでないにしろ…契約上のルールに翻弄されることなく、自分の意思で動くことも必要なのだと。
それが消えることだとしても…いや、今はこんな湿っぽい考えをするべきではないな。
「はい!任せて下さい!ですが、何かあれば直ぐに私たちに連絡してくださいね!」
「危険だと思ったら迷わず逃げてください。私たちが救援致します」
信頼されれば当然嬉しい。
先生の気持ちに、想いに応える生徒達――意外と先生という役職も悪くはない。たった1日、いや…この数時間、キヴォトスに訪れてから衝撃的なことが多く、未知なる遭遇もあったが、こうして此処まで信頼関係を築けるのは、大悪魔としては上出来だろう。
「ふん…随分と頼もしいじゃないか。では私からも…お前達の身に危険があれば私に知らせろ。大悪魔の誇りに賭けて助太刀するさ」
「私だってそれなりに活躍してみせますわ!」
まあ、もし地下でワカモと遭遇すれば、ノエルにはユウカ達に報告する足として動いてもらおう。
ノエルの戦闘能力が皆無な以上、雑用でもサポートでも何でもいい…自分にこなせることをやらせよう。
こうしてノエルとカロンは、シャーレ部室前の扉の前に立ち、リンから貰ったカードキーを通して(ノエルが開けた)、地下への階段を降りて行った。
「ねぇ、カロン…」
「……何だ?」
地下へと降りていく二人組。思ったよりも長い通路だ…地下に何故こんな『とある物』を保護しているかも分からないし、流れ的に聞けなかったが、対象物の名前さえ聞いてないので、どういう物なのか想像がつかない。
「ユウカ達に外の警備を任せたのは良いとして…ユウカの言う通り、せめて一人位は護衛をつけていても…チナツやスズミなら、サポートに回れますわよ?」
「私も最初はそう考えた…だが、地下の空間規模が小さければ逆に不利になるのは此方だ。其れにワカモという生徒が、『とある物』を理解しているのかも不明だしな。下手に他校の生徒を合わすのは却って刺激になると判断した」
「それは…確かにそうですけれど…けど、上手く行くのかしら?」
「フッ…『先生は戦えない』という常識を植え付けられた奴らだぞ?ワカモの視点からすれば私達は害のない連中とも読み取れる。交渉をするのに武器を持てば脅しとなる。平穏に解決するのなら、先ずは平等になるべきだ」
武器を取るのは利益を守るため。
その場にいなかったが、ルーチェ・マリーの言葉通り、生徒はあくまで保身。そしてその保身が存在してしまえば、遠回しに『敵対関係』と認識させられてしまう。
だから先ず最低基準としての条件は『生徒を連れていない』『武器を持っておらず、敵でないことを明確に示す』ことを証明するべきだ。
「それを見越した上で、ユウカ達を外に?」
「衝動的に向こうが銃で乱射されてしまえば困るのはこっちだ。それにしても…クックック――どうやら豚箱から逃げてきたのは家畜の豚ではなく化け狐と来たもんだ」
「…!カロン…!」
「ッ…?どうし…」
「地下から…物音と、声が聞こえますわ…!」
「!どうやら私の最初の読みは当たったようだな!」
更にはリンも此方へ駆けつけて来る…連邦矯正局に囚われたワカモに、連邦生徒会のリンが最悪此方へ到着してしまえば?鉢合わせてしまえば?
だからリンには待って欲しかったのだが……いや、リンも『カロンとノエルは戦えない大人の先生』という認識から考察して、危険と感じて此方へ駆けつけたのか。
「けどカードキーでなければ開けることは出来なかったはず…どうやって?」
「まさか…正面から別の侵入経路を通じて地下へ?いや、今は取り敢えず…急ぐぞ!」
問題はどうやってワカモを懐柔するか、とある物を破壊されず状況を打破するか…が鍵となる。
戦闘はあくまで最悪の事態…なるべく避けたい。
斯くいう向こうは『破壊と略奪』を象徴とした災厄の狐――百鬼夜行の問題児。ワカモとしては『とある物を破壊』を目論んでると仮定して、先生達を前にしても壊さないという保証はない。
寧ろ先生の話を聞く義務も、言うことを聞く必要性もないのだから。
ブルーハワイ色に照らされた室内ライトと、誰も使われてない『とある物』の保管場所―――シャーレの地下には本棚や安易な観葉植物、PCやモニターなどが置かれてあるが、使われた痕跡はない。
埃は被っておらず、足を踏み入れた形跡は無いため、本当に生徒会長は二週間不在だったのは確かだった様子だ。
百鬼夜行連合学院───狐板ワカモ(18)
「此処が…シャーレの地下。うーーん…連邦生徒会長が大事そうにしている『とある物』が分からない以上、これでは壊そうにも…」
壊せない。
現状、ワカモは頭を悩ませていた。
狐のお面を被り、花柄模様の美しい黒い浴衣に身を包ませる彼女。狐耳をぴょこぴょこ動かしながら周囲を見渡す。
てっきり目立つように提示されてるのかと思っていたのだが……衝動的に動いてしまったとはいえ、矯正局を抜け出したにせよ、目的の物が見当たらない以上、下手に破壊をしてしまえば地下が崩れ兼ねない。
此処へ訪れたのも、建物の別の経路から侵入した迄――騒動が起きてる中、建物の侵入方法など適当に窓ガラスを壊すなり、裏口から壁や扉を破壊するなりすれば造作もない。
混乱に乗じた侵入ほど、勘付かれるのは遅いのだ。
「嗚呼、困りましたねェ……折角、あの連邦生徒会の連中に泡を吹かすチャンスがあると思って来てみたものの……」
寧ろ何もないまである。
タブレット、石板、本棚、PC…せめて何か一つや二つくらい壊しておこうかと、頭を悩ませていた時だ。
「女狐が――不法侵入という言葉を知っているか?」
鋭い声が耳を打つ。
正面玄関の方から地下へ降りてきたのだろう――踵を返し張り向けば、階段を降りてきた二人組に目が入る。
一人は黒いタクシード装束と、鴉の化身ともいうべき特徴的な容姿、翼は存在しない。真っ赤な瞳が此方に向かれている。
もう一人は…此方と大して変わらなさそうな見た目をした少女。黒い眼帯にドレスを見に纏わせた金髪の女性…
「あらあら、これはこれは…先程まで生徒達と共に猛威を振るわれていたお方達ではありませんか…」
「早速バレてますわよ!?ということはあの闘いを見ていたと言うことですわね……」
「益々主犯格らしいじゃないか…部下共に闘いを任せて自分は高みの見物か?」
「偶々目的の利害が一致しただけのこと……指示も何も、心外ですわね」
大悪魔二人を前に余裕と落ち着きのある彼女…何処となく、市長官邸を侵入した時を思い出す。
其れにこのワカモという女…戦闘能力は未知数だ。
「貴方達の目的は大まか…矯正局を脱走した私を捕えろ、という所でしょうか…。ふむ、折角『とある物』を破壊するためにやってきたのに…面白味がありませんわ。貴方達を此処で始末してしまえば、少しは連邦生徒会の顔に泥でも塗れるかしら?私の気持ちが少しでも晴れれば幸いなのですけれど…」
「かなり頭のイカれた発想だな――大悪魔との契約なしにこのぶっ飛びよう…頭のネジが外れているようだ」
嘗てラッセル・バロウズに金で雇われていた爆弾魔を思い出す。
爆熱の魔人――ボマー・フーゴは、悪魔との契約により絶対的なる爆熱の力を手に入れた。その力であらゆるモノを、市街地を、気に入らない奴らを、爆破させ、破壊し、燃やしていった。
あの頃のフーゴは戦闘狂でありながら、ワカモと同じ『気に入らないモノを破壊する』イカれた犯罪者だった。
当然ノエルも無関係な話でもなく、親友のジリアンの家を爆破され、人質にされてしまったのだから。
そもそも市街地で騒ぎを起こしてた不良生徒達も大概だが、狐板ワカモは別格だ。
銃も改造したナニカ、真紅の災厄は今もカロンの眉間を狙っている。
「…しょうがない。穏便にコトを済ませたかったが…コイツの性格上、話で通じる所ではない。生徒とは言えど、少々痛い目に…」
「待って下さいまし――」
カロンは悪魔の鎖を召喚させようとした瞬間、ノエルが制止の声を上げる。
少女はカロンを制したまま、大悪魔の前に憚るように、ワカモに向かって歩み出す。
「ノエル――!!ソイツは危険だ、お前でどうにか出来る相手では…!」
「戦う必要は有りませんわ――カロンも言ったじゃない、武器を取れば脅しになるって」
それはまるで、ワカモに対して未だに脅しを取るべきではないと言わんばかりの口振り。
カロンは瞳を歪に形を変えながら、冷や汗を垂らす。
まさか…ワカモと交渉をすると言うのか?
こんな、嘗ての爆弾魔の様な危険な奴を?
無茶だ、無理だ、無謀過ぎる。
だが、そんなノエルは、臆するコトなくワカモに立ち寄る。
「初めましてワカモ――私はノエル・チェルクェッティ。隣の彼は大悪魔カロン…私も同じ大悪魔ですけれど、シャーレの先生という立場にありますわ」
「……私が連邦矯正局の脱走者だと知って尚、話し合いを?」
だとしたら、随分と間抜けな方ですこと。
お人好し…いや、甘ったるい。甘ちゃんとは正にこのこと…。流石にキヴォトス外部からやってきた先生、というのは初耳ではありましたが…。
ただ、それだけだ。
「ええ、そうですわ」
「それはそれは…一体何の魂胆があって?私が大人しく話し合いに準ずるとでも?」
会話の必要性など感じない。
相手が先生だろうと、そんなの知ったことではないのだから――そんなワカモの、心の中で嘲り笑う彼女とは対照に、ノエルの表情は変わらない。
「魂胆も何も…私が先生だから、一人の生徒である貴女と真っ直ぐ向き合うだけ。其処に魂胆も何もありませんわ」
ノエルの真剣な言葉は、先程のユウカに語りかけた彼女を彷彿とさせる。
ノエルの言葉に嘘はこもってない…敵意もない、悪意も…殺意すらない…そう言えば、この先生だけはあの騒動の中…闘いらしい素振りは見せていなかった。
「だとしても…私に聞く義務も答える義務も御座いません…。現にこうして貴女を撃ち抜くことも容易いという現状を理解しておられます?」
ワカモは未だに銃を下ろさず、ノエルの眉間を狙っている。銃口を、直ぐにでも引き金を引ける様に…
――ふふっ。キヴォトス外部の人間である以上、私たちと身体の作りが違うのもこっちは把握している。先生だって、死ぬのは怖いでしょう?
これを機に上手く逃げられるのなら好都合…。
「だからなに?撃ちたければ撃てば良いではありませんか――貴女の武器は、脅し道具の飾りではないのでしょう?」
は?
ワカモは絶句した。
何を言っている…?というか、今何と言った?
この女は、自分の言ってることを理解しているのか?
一瞬、ワカモはチラリと横目でカロンに視線を移す。
カロンもかなり冷や汗を垂れ流しており、今直ぐにでも此方を止めようと、ノエルを引き剥がさんばかりに、身体に落ち着きがない…。
罠ではない――何の根拠もなしに、本当にノエルは何の策もなく、ワカモと向き合っている。
このカロンの焦り様…間違いなく、ノエルにとっては危険な行動だと理解した。
「撃った所でもし何かの誤動作で、地下が爆発さえしてしまえば…困るのは貴女だって同じ――生き埋めになるのもごめん。だから貴女は私達より先に此処へ来ても何もしなかった…違うかしら?」
見透かされていた?
いや…明確なる推理なのか?
ノエルの言葉にワカモは図星を突かれたらしく、反論しない。『とある物』が何かは不明だった以上、何を壊せば良いか悩みもした。
ならこの地下そのものを爆破させればそれだけで済む。迷う必要もない――だからこそ、生き埋めになる危険性があった為、ワカモはその選択肢を取らなかった。
「貴女に一体何の目論見があって、矯正局に居た間どんな風に過ごしていたかは存じません。貴女がどのような経緯でこうなったかも…私はそれを否定しなければ、変えろとも言いません。私の仲間にも、貴女の様な野蛮な方が居ましたから」
『俺はな、飢えてるんだよ。もはやモノは焼き飽きたし、すぐ死ぬ人間なんかじゃ満たされねェ』
『悪魔と契約した者など、その時点でイカれてる!!ヒトの社会、ヒトのルールに適応できねえ化け物だ!』
その男は、最初は敵として衝突した。
闘ったのは実質カロンだったが、最後にトドメを刺したのはノエルだった。寂れた鉄骨に義足の蹴りを喰らわして、カロンばかりに気を取られてた爆弾魔は、背後を取られて鉄骨の下敷きになったことを今でも鮮明に覚えている。
「けれど…自分の行動をちゃんとよく考えて。貴女に足りないのは、貴女がするべきことは――自分の行動に誇りを持てるかどうか。そして今貴女が私を殺せば……
その言霊に、ワカモの心が何故か銃弾で抉られた気がした。
まるで、言葉の弾丸に射抜かれたような、何故か衝撃が走った。
それくらいに、言葉が重かった。
『私が殺らなきゃ復讐になりませんもの――』
ノエルは知っている。
人を殺すことが、どれだけ取り返しの付かないことなのか。
人を殺すことが、どれだけ自分を変えてしまうのか。
人を殺すことが、どれだけ恐ろしいことか。
カロンに教えて貰った、復讐の在り方を――一歩間違えれば自分は、取り返しのつかない事態に陥っていたことも。
後悔しても仕切れないことに、なってしまうことも。
もう間違えたくない――だから、先生である私は、この子にもちゃんと教えなくてはならない。
この子にも、嘗ての私を重ねてほしくない――取り返しのつかない生徒になってほしくない。
今なら理解できる、カロンがあの時私を止めた気持ちを。
だから、今その武器を握ってることが、どんな意味を表すのか。
その引き金を引くことが、どれだけ恐ろしい事になるのか。
ワカモという人間が、化け物へと変えてしまうのか。
「…怖く、ないのですか?それとも貴女もその男と同じ様に、そう簡単に死なないから?」
「怖いに決まってますわよ――今までにどれだけ私が銃を向けられたか、寧ろ教えてやりたい位ですわ。私だって一発弾を喰らえば、死んでしまうかもしれませんわね…けど、此処で貴女と向き合わずに逃げる方が、よっぽど怖いですわ」
『俺が恐れてる?違うだろ――!!お前が今!俺を恐れているだけだろうが!!』
国会議事堂の中央部屋――大悪魔召喚方法による痕跡集め。バロウズ市長に追われて銃口を向けられても、ノエルは逃げるコトをしなかった。
「私は先生である以上、例え相手が問題児だろうと――生徒を前に逃げる先生なんて何処にも居ない。私は、胸を張って貴女と向き合いますわ。覚えておきなさい、大悪魔って傲慢なのですよ。私にとっても、カロンにとっても…尤も恐れるのは死ではない――誇りを失うことですから」
私も、大悪魔なら――彼の誇り高き大悪魔の意思を、想いを継ぐべきですわね。
ジリアンが悠久を継ぐように、大悪魔である私も、カロンと一蓮托生をする以上、想いを引き継ぐべきなのだから。
「………」
何だ。
何なんだ。
この先生は、この人は…何者なんだ。
ワカモは初めて、恐怖に近い何かと、熱い衝動が込み上げてくる。
ワカモの知らない初めてのナニカ、それを言葉に出来なかった。
「武器を下ろしなさい――貴女が前科を重ねてるからと言って、矯正局を脱走してるからと言って、罪を重ねる理由にはなりませんもの。私達の目的はあくまで『とある物』の確保。なにも貴女を捕える、だなんて一言も言ってませんわ」
「へ?」
こればかりはワカモの早とちりである。
ノエルとカロンの目的はあくまで『とある物』の確保であり、ワカモを捕まえろと言われた覚えはない。
リンの連絡からもワカモの名前が挙がってはいたが、決して捕獲しろとは言ってない。
なので、嘘は言っていない。
「あら、分かりませんの?今なら『見逃す』と言っているのですわ――私だって先生である以上、貴女を傷つけたくはありませんもの」
「……私のコトを知って尚…どうしてその様な選択肢をなさるのですか?貴女に銃を突きつけたのに…?」
ワカモは力なく、脱力感を覚えながら腕を下ろし、武器を下ろす。
知りたい――この、ノエルと呼ばれる先生が、どうしてこんな凶悪な、災厄の狐に寄り添うのか。
連邦生徒会からも忌み嫌われ、FOX小隊とも渡り合い、矯正局を脱走し貴女に銃を突きつけたにも関わらず…何故、この先生はこうまで真っ直ぐ向き合うのか。
悪魔としての傲慢さ?
先生としての矜持?
「それは――私が嘗て『被虐の魔女』と呼ばれていたから。あの日から私は決めてますの…全てに向き合うと。それに、私こう見えても貴女と同じ外では指名手配のテロリストだったんですのよ?何なら貴女に似た野蛮な爆弾魔を脱獄させた位ですし」
自慢ではないけれど、ラプラス警察の特別独房にて親友の家を爆破させた爆弾魔をも懐柔し、仲間に引き入れたのだ。
勿論、ジリアンの家を爆破させたことや人質に取ったことは、仲間になっても許さなかった。
「だから…貴女だってきっと変われますわ。嘗て市街地を爆破していた爆弾魔が、私と共に戦い、大切な仲間を守れたんですもの。ワカモにも、きっと貴女を必要としてくれる方がいる様に…できれば、なるべく破壊や略奪はしないで欲しいですけれど」
「………」
彼女の想いに、心が揺さぶられたのだろうか、もう戦意も敵意も感じない。
カロンは先程の焦りから少しずつ、見守る形で心を落ち着かせていた。
……嗚呼、私が大石牢で捕まっていた中…フーゴを説得させた彼女に納得した。
そうだ…相手がワカモの様な狂人だろうと、ノエルのやることは変わらないじゃないか。
「それに!人と話すときはせめてお面くらい外しなさいな!先生として、貴女も生徒であるのなら顔くらいは…」
完全に落ち着いたワカモの不意を突くように、ノエルは彼女のお面に手を添えて外す。
咄嗟のことで彼女は反応を遅れてしまう。
「あっ…」
彼女の言葉に見惚れてたのか、咄嗟のことで反応が遅れてしまったからか、ワカモは抵抗する素振りもなく素顔を晒してしまう。
それは…災厄の狐とは程遠く、とても凶悪な犯罪者とは思えない位――余りにも綺麗で美しく、可憐な美少女だった。
「わっ…綺麗…可愛いですわねッ。親友のジリアンや仲間達にも自慢してあげたいくらいですわッ」
ノエルがニコッと笑顔を返す。
先程の、刃のような鋭い表情とは違い、素敵な柔らかい笑顔を返すノエル。その彼女の眩しくとも、真っ直ぐな彼女の笑顔に、心の奥底から熱い感情が炎のように滾り揺らぐ。
「わっ、あ…あの…あの!し、しし、し……っ!!」
完全に彼女のペースに呑まれたワカモは、頬を真紅色に染め上げ、瞳を震わせ、あたふたと慌てながら、言葉を発せれない程に喉に詰まってしまう。
「失礼しましたあぁぁぁーーーーーッッッッ!!!」
ワカモは半ば強引にノエルの手から狐のお面を取り返すと、別の扉から脱走していった。
彼女の花よりも美しく、見惚れてしまう素顔に印象が強く頭の中に残り続けながら、ノエルも思わずワカモの行動力に茫然としてしまう。
「全く……無茶しすぎだ!今回は話が通じたから良いものの…下手すれば簡単にお陀仏だったぞ……」
「けど、無茶をしたから何とかやれましたわ。それに…カロンも生徒と話す時はもっとこう、刺激しないようにして下さいまし」
「…フン。あんな女狐、状況によっては縛り倒すこと位造作もない……それより、よく説得できたな。ノエル――お前の先生として、大悪魔としての誇りある言葉…見事だったぞ」
ノエルの頭を優しく撫でる。
ユウカ達だけでなく、あの災厄の狐でさえノエルに影響を受けたのだから。本当に大したものだ。
「……それにしても、ワカモ…幾らなんでも流石にお面を外すのは不味かったかしら?」
「……いや、多分大丈夫だと思うぞ」
お面を取ってしまった事で、逃げてしまったのだと思い込んでるノエルは、嫌われていないかどうか心配してる様子だ。
寧ろカロンとしては相当な羞恥心だったと把握している。普段お面を付けているのだから、てっきり顔に傷痕があって見せたくないものかと思い込んでいたが…
するとタン、タン、タン…――と階段を駆け降りて来る足音が響く。またワカモが降りてきたか?とカロンは考え込むも、直ぐにその予想は打ち破られることになる。
「先生…!ご無事でしたか!?」
息を荒げ、髪を少し乱れさせながら此方二人の安否の確認を取るリン。此方が戦えないと思い込んでるのか、ワカモという生徒の危険性に居ても立っても居られなかったのか、それとも『とある物』が余りにも重要すぎる保護対象だったからか…理由はどうであれ、心配して駆けつけに来たのは間違い無いだろう。
「え、ええ…」
「話の途中で通信を切るとは…余程余裕が無さそうに見えるな?お前にしては珍しく感情的に動いたのだな」
「もし先生方と『シッテムの箱』に何かあればと思い込んでしまえば、どうしても……そういえば、ワカモは?」
シャーレの地下室は荒らされた形跡はなし。
壊された痕跡もなく、二人は無傷…いや、カロンは少々服がボロけていた。恐らく不良集団との騒動戦闘によって負ったものだろう。七囚人の一人を相手に、幾らノエル先生とカロン先生が相手をしても、傷を負うかシャーレの地下室は無事では済まない。
遭遇しなかったのが幸いだったか…と考えるも束の間。
「へ?ワカモならさっき上へ逃げていきましたわよ?」
……うん?
だがノエルの発言はリンにとっては大変、非常に良くない爆弾発言だった。
「おいノエル…!ワカモは連邦矯正局に捕まった指名手配犯…」
「あ!そうでしたわ!」
完全に逃したことへの重大さにノエルはハッ!と我に帰る。
ワカモを逃したことへの失態感より、リンに対して逃げた、という発言。然しノエルの発言に青筋を浮かべたわけではなく、リンは直ぐに黒い感情を掻き消す。
「……何も、されなかったのですか?」
「え、ええっと…取り敢えず、失礼しましたって階段を上って行きましたが……」
嘘は言ってない。
怪我がなかったこと、室内が荒れてなかったことに安堵の吐息を漏らすリン。何がともあれ何事も無かったのなら幸いだ。
とても連邦矯正局を脱走した、凶悪な災厄の狐が何事もしなかった事に違和感しかないが…。いや、これ以上何かを探るのは止そうと決断する。
「何事もなければ良いのです…それより、今は『シッテムの箱』を…」
シッテムの箱?
先程の発言から考えるに『とある物』を指し示すのは間違いなくその箱で間違いないだろう。
然しそれらしい物体の形状は見つからなかったが?とカロンは周囲を見渡す。
観葉植物、本棚、PC、モニター、浮かぶ石板…箱ではないにしろ、せめてアレ位だろう。
だがカロンの予想は打ち砕かれるように、リンはPCの置かれたディスクの棚に鍵穴を嵌め込み、ガチャリ!と施錠を開ける。
引き出しから、今回保護すべき『とある物』を確認すると、「良かった…傷一つなく無事な様ですね…」と顔色良く変え、安堵する。
「先生、此方が『シッテムの箱』と呼ばれる端末となります」
リンは一切の汚れも傷跡のない、新品とも呼べるタブレット端末を差し出す。カロンは眉間に皺を寄せ、それを見つめながら顎に手を遣る。
(これ、箱じゃないだろ…)
端末も最新技術も兎に角、機械音痴のカロンからすれば、薄っぺらい板に過ぎない。
然しそれは何処となく先程ユウカが手にしてた板と似ていた。確かアレは板ではなく、関数電卓と呼ばれていた。つまりシッテムの箱であるコレは、関数電卓!
「フン、何かと思えば電卓か」
「カロン先生……電卓ではありません……」
またもや外れたらしい。
カロンの機械音痴っぷりと、アホを晒した醜態にノエルは「ぷっ…!」と笑いを堪えるのに必死だった。
これでは知恵を授ける(笑)になってしまう程、弱すぎる。
「もぉ、幾ら何でも機械に関して弱過ぎますわよ。ほら、貸して。これは…OS端末、iPadですわ。これが『シッテムの箱』?変わった名称ですわね」
ノエルの住んでたラプラス市街地は、時代が進んで無かったわけではない。通信機器も何から何までキヴォトスと比較すればそこまで発達してはいなかったものの、SNSやネットなどが普及している時代なので、カロンと比べればまだ知恵はある方だ。
「はい、これが連邦生徒会長が先生に残した『シッテムの箱』と呼ばれるオーパーツで御座います。一見タブレット端末に見えますが、正体不明の物です。製造会社、OS、システム構造、仕組みも全て不明――」
その正体不明な物質を此方へ授けようとするシチュエーションも中々にない。外見は明らかにiPad…端末、通信機器のタブレットに見えるのだが…見かけによらず、とはこの事か。
「連邦生徒会長はこの『シッテムの箱』は先生の物で、先生はこれでタワーの制御権を回復させられるはずだと言っておりました」
「えぇ、私達の所有物では御座いませんわよ…?」
「………私達が此処へ訪れるのが予定されていたかのような言葉だな。生徒会長が呼び出したのだから当然ではあるにしろ、用意周到過ぎる――まるで私達の為に予め準備していたかのような……こうなることを見越していたような」
生徒会長が私たちをこの世界に呼んだ――外部からの干渉は滅多にない、にも関わらず…それが当然だったと言わんばかりの生徒会長の未来を見据えた判断だとするなら何者だ?
然もキヴォトスという最新技術が進歩してる世界であるにも関わらず、代行のリンでさえも正体不明のタブレット端末と来た。
余りにも超常的過ぎる――正に、悪魔が起こす奇跡に等しいもの。
そもそも、キヴォトス外部から呼び出した生徒会長は…逆に私達の世界に干渉したとすれば…生徒会長はラプラスや、私達の事も知っていたのか?
謎は一向に深まるばかりだ。
「連邦生徒会長はこの『シッテムの箱』を先生が使う事で、サンクトゥムタワーの制御権を回復させられると言っておりました」
サンクトゥムタワー――連邦生徒会本部、キヴォトスを管理する中枢機関。生徒会長が忽然と姿を消したことにより、この二週間キヴォトスが混乱に陥っていたのは確かだ。
「私達でさえ機能しなかった代物…私達ではなく、生徒会長が託した先生方なら、或いは……」
「これ、端末の様に普通に起動させれば良いのですよね?」
「はい、ですので…私は此処で下がっております」
失礼します…と、扉を閉める。
カロンは怪訝そうに首を傾げる。何故、態々この端末を起動するのに下がる必要があるのだろうか?
どうせなら作用するか否か、この場で確認しても良いではないか。
「下がる必要性が分からんな…」
「ほら、こういう端末って結構プライベートな個人情報が入ってたりしてますし…私達の所有物になる以上、それを見るのはデリカシーに欠けるというか……リンも其処を配慮してらっしゃるのだと思いますわよ?」
「捨てられたシビラの端末日記を熱心に読んでたお前がよく言えたものだな」
「あ、あれはホラ…!念の為に持っていたものですし…!それに!過去は過去!今は今ですわ!それじゃあ、起動しますわよ!……何ならカロン、物は試しにやってみます?」
「いい、お前がやれ――起動したところで私には理解し難い代物だ」
頑なにに機械に関して触れようとしないカロン――折角、端末に触れて楽しさを知る良い機会だったのに、勿体ないですわ…とノエルは心の中で吐き捨てる。
だがもしノエルでさえ作動しなければ、やるのはカロンだ。そこは無理矢理にでもやらせるべきだ。
ノエルはやれやれ、と言いながら親指でボタンを押す。
……復讐者になってから、端末に触れるのは久しぶりですわね、と思い耽る。
ピアノ教室に通ってた頃は、家族との連絡用としてスマホを持たされた事があった。娯楽よりもピアノを熱心に頑張りたくて、親に買い与えられたPCや小説、漫画、端末機器よりも、ピアノだけが私の取り柄だった。
連絡先はお父様とお母様、そして親友のジリアンのみで、両手足を失ってから、あの日廃ビルの屋上でシビラに海へ落とされてから、懐にしまっていた端末も故障して、碌に触れてはいなかったけど…こうして端末に触れる機会が再び来るとは、これも私達が生まれ変わったから、なのだろう。
ノエルはボタンを押す。
すると、代行のリンを始めた連邦生徒会でさえ作動しなかったシッテムの箱の液晶画面がブワァッ――と光る。
誰も扱えなかった、反応さえなかったシッテムの箱が起動した───
前々から言い忘れておりましたが、此方も投稿後は読み直してから誤字などの修正を行っております。
ボマーとワカモって最初の犯罪者的な立ち位置、マスクとお面という共通点、破壊的な衝動も似てるんだなと書いてて気付きました。
イラストを見た感じ、FOX小隊を相手に一人?(不良生徒達も居た可能性あり)で立ち向かってるワカモって序盤じゃ倒せない位強いんだなって認識を植え付けられております。
評価、感想、お待ちしております!