#ぶっ殺しますわよ!#メンタルカロン#ワカモ#いちごミルク#シャーレ#シッテムの箱#指きりげんまん#女の敵
【… Connecting to the Crate of Shittim…】
シッテムの箱接続中…
【システム接続パスワードをご入力ください】
タブレット端末式の正体不明のオーパーツ起動――液晶画面から透き通る様に浮かび上がる文字列。
「やっぱりパスワード式じゃありませんの……初期化設定にはされてないみたいですわね……いえ、連邦生徒会長が所持していたものですし、当たり前ですけれど…それでもせめてパスワードのメモくらいはないんですの??」
そんなの本当に分かるはずがない。
仮に理解していたとすれば、それはもう立派なハッカーだ。何よりキヴォトスに訪れてから携帯式端末に触れる機会などほぼ皆無……パスワードを把握している術など無いのだ。
「…矢張り、我々には扱えなかった様だな……まあ、作動認証が問題ないだけでも充分に…」
端末画面を珍しそうに覗くカロンは隣で諦念に近い言葉を漏らしながら、肩を透かす。
だが、その時二人の脳内に文章が流れ込む───
『我々は望む、七つの嘆きを――我々は覚えている、ジェリコの古則を――』
「…何ッ?」
突然記憶が蘇ったかのように、頭の中から鮮明に浮かび上がった電子音の文章――カロンの反応とは他所にノエルは液晶画面に表示されたキーボードを入力していく。
【……接続パスワード承認。現在の接続情報はノエル、確認できました】
【シッテムの箱へようこそ、ノエル先生――生体認証及び認証書生成の為、メインオペレートシステム『A.R.O.N.A』に変換します。】
「!!?」
ノエルの表情は変わらず、さも当然の様な無表情とは他所に、カロンの瞳孔が大きく見開き、驚嘆の色を露わにする。
「何だ今の現象は…?まるで慧眼の星海を起こす時に近い既視感…ッ。これは一体?ノエル…!どうやってパスワードを…?!さっきまで分からないと嘆いてたお前が突然…ッ。まさかお前も…?」
「いえ、正直私も驚いてますわ…ッ。その…実感が今でも湧かなくて、それが不思議な位……何故か頭の中で突然、パスワードの文章が浮かんだんですもの……それにカロンの様子から見て、貴方にもパスワードの文章が浮かび上がった、というコトに驚いてますわッ…」
「そんな事があり得るのか…?悪魔の能力なのか、その正体不明のオーパーツに触れた事による脳内伝達か……悉く我々の常識を打ち破っていくものだな、このキヴォトスとやらは…ッ」
正に悪魔の奇跡。
カロンからすれば、電子機器や最新技術も解釈次第では魔法にも見えなくもない…当然、ノエルもこんな現象は初めてなのだから。
いや、恐らくキヴォトス中の住民もこんな体験をしたことはないだろう。
だからこそ、後者としての例が正解に近いだろう。
更にそれが二人一組の大悪魔による意識の共有が働いてるということも。
カロンも興味深そうにでノエルのタブレットに触れ、液晶画面を凝視する。
そして次の瞬間――認証を終え、接続が完了。
QED──証明完了。
電子音が静かに鳴り響けば、景色は一変した。
「………へ?」
「なッ――」
眩い光が収束すると、目の前に映し出されたのは大変奇妙な光景だった。
青を象徴とする色が支配している景色、それは海を連想させる程に美しく、正に異次元とも呼べるだろう空間――
シッテムの箱――其れがどの様な意味で付けられた名称かは不明。箱と言われれば四角形を連想とするだろう。
然しそうではなかった…箱とは隠喩に過ぎず――正確には別空間を生み出す象徴にして、隔離された世界を名指すもの。
キヴォトスという世界の中に、隔離された別の空間が存在する事で、それはシッテムの箱と名付けられた。
「こ、これって!?え!?私達先程までシャーレの地下室にいたような…」
「これ、は…ッ!慧眼の星海や、時の狭間と同じ別の世界空間!?!」
つまり、自分達は使用したシッテムの箱――シーザーの『時の狭間』や、カロンが真実を追い求めるために無意識に生み出した『慧眼の星海』、それらと同類と呼ぶに等しい別の空間に入ったわけだ。
シッテムの箱とはつまり、別の空間経路へのオーパーツという訳だったのだ。
「もう訳がわかりませんわァ!唯のタブレットかと思ったら、シーザーやカロンみたいな別の世界に入るだなんて…!!」
「……隔離された空間は、違う別世界とも読み取れる…。では、脱出方法は?我々の肉体はこの箱という別の空間に飛ばされた……?だとするなら、何故?」
仮に、だ。
ノエルがシッテムの箱…その別空間へ収束されるのは理解できる。然しカロンまで認証もされていないにも関わらず飛ばされた…というのは、理解が難しい。
(……それとも、これもまた二人一組の大悪魔だからこそ為せる技なのか?いや待てよ…?あの時、シッテムの箱に私も触ったからか?言うなれば巻き込んでしまったと…?)
シーザーの生み出した空間はバロウズを取り除き、ノエルとカロンのみ呼び出され。
カロンの生み出した別の空間は、対象の有無関係なく仲間達を巻き込む様に慧眼の星海へと引き摺り込んだ。
シッテムの箱とは、無差別に巻き込むのか…或いは対象人物を特定する二択なのか?
ラッセル・バロウズが生み出した都合の良い別空間?
或いは第四とも呼べる特殊な条件下による空間移動?
嗚呼…本当に、悪魔の奇跡だろうこれは。
これを呼ばずして何て呼べば良いのやら…大悪魔でさえ困惑としてしまう状況に、もはや笑いが込み上げてしまう。
ふと気がつくと、自分達と同じ空間にポツリと一人の幼女が椅子に座りながらうつ伏せで机に寝そべっていた。
何処か懐かしく思うのは、その空間は小学校の頃に通っていた教室の風景とよく似ていたからだ。
ロッカー、黒板、木製の勉強机と椅子が並べられていて、本当に小学校の教室を思い出す。
壁は破壊された痕跡が残っていた。崩れた教室の壁から覗き込まれる景色は、どこまでも蒼い空が透き通っており、雲一つない。何故壁がぽっかり壊れてるんだろう?という疑問を答えてくれる回答者は連邦生徒会長でも知らなさそうだが…。次に印象的なのは、山の様に無数に積み上げられた机と椅子の跡……教室は浸水しており、それは決して深くはない。
水辺に触れる気持ちよさは心地よい。
「くうぅぅぅ……くうぅぅう……うぇっへへぇ…むにゃ…」
少女は此方の騒ぎに気付かず、居眠りをかいている。
熟睡とは正にこのこと――幼女の容姿的に年齢は小学校低学年、最悪幼稚園児位だと推測する。
「オイ、子供がいるぞ?」
「ひょっとしてこの子が、シッテムの箱の…えっと、主…AIを司る中枢なのかしら?バーチャル的な何かかしら…?」
「?え、あー…?」
文字にすると本当にバカ加減が見えるカロン。最早AIという言葉さえ復唱してるのか判断できないほどの発言。ノエルはそんな隣の阿保な相棒を遠回しに、目の前の幼女に近づく。
「えっへへぇ……カステラには、いちごミルクより…バナナミルクの方がぁ……」
スリープモードのバーチャルAIかと勝手に考えていたが、このAIにしては余りにも人間的過ぎる発語に、否定的な思想が流れてくる。
となれば、この子がシッテムの箱と呼ばれるシステム管理者に違いないだろう。
更にヘイローも浮かんでいることに気が付いた。リンやユウカと同じ様に、この子も生徒?だとするならキヴォトスとは一体…。
「まだまだ、たくさんありますよォ……」
「かっ…可愛い……この子、可愛いですわ…ッ」
幼女の顔を覗き込むと、すやすやと心地良さそうに眠っているアロナが、幸せそうな笑顔を浮かべて眠っていた。
「?小さな女子供じゃないか。丁度良い、こいつを叩き起こして…」
「なにそんな物騒なコトをこの子にしようとするんですの!!?ぶっっ殺しますわよ!!?!」
「いや、本当に物理的にという意味じゃなく……というかお前が一番物騒だぞ……」
(………猫と言いこの女子供と言い……こういうのにはとことん甘いやつだな…それに地雷を踏んだからか、かつてない程言葉が汚かったぞ……)
泣く子も黙る大悪魔カロンが完全にノエルの気迫と怒号に冷や汗をダラダラ流しながらドン引くように気圧される。
こればかりは本気ではなくとも言葉のチョイスが悪い。猛省しなくてはならない。
だがカロンには可愛いという感情が湧かない、知らないのだから無理もない。大悪魔とは意外にも感情に疎い生き物なのだ。
加えてラッセルと手を組んでいたあの残虐極めていたカロンは、邪魔な女子供も殺せと言わんばかりだったのだ。
更にそれをノエルの前で発言してしまえば当分口も聞いてもらえないだろう。
シャーレ赴任の新人先生、早くもコンビ解散だなんて漫才な展開はゴメンだ。
「ほぉ〜ら、起きて下さいまし。朝ですわよ〜?」
――コイツ、女子供の前だとこんな接し方なのか?
そう言えばスラム街でノエルに一週間の休暇を取らせた際に、猫カフェで猫と戯れてた際も、この女子供に似た感じで接していたなと思い出す。
やれ猫ちゃんだの、猫じゃらしで遊んでのほほんと、更にはおやつを食べさせる時も母性的で…その時カロンは猫に噛みつかれたり、引っ掻き回されたりと、地獄の忍耐時間を一時間近く過ごしていたが。
現にノエルは子どもの頬を突いてる。
「むにゃ、んんぅ……うひっ!?」
ノエルの怒気を孕んだ大声にさえ気が付かなかった幼女が、素っ頓狂な声を上げて漸く――目を覚ました。
「んぁ、もぅ……って、あれ?あれれ?」
「おはよう御座います、寝坊助さん。やっと起きられましたわね」
微笑を浮かべるノエルに、違和感と別の生き物を見てるかの様に横目で見遣るカロン。恐らく下手な発言をすればキックが飛んでくる。堕天やモータルランカーが無いことに胸を撫で下ろさなければならない。
「この空間に入ってきたということは…!ま、まま、まさか…ノエル先生とカロン先生!?」
あたふたと慌てふためく幼女は、自分が先生二人の前で居眠りをこいていた羞恥を晒したことで頬を真っ赤に染め上げている。
「…ふむ?私の存在も認証してるということは、それも当然だった…ということか?」
だが刺激的な言葉さえ選ばなければ、難なく話は進められるだろう。……多分。
てっきり肉体を通じた生体認証を取得したのがノエルなのだから、ノエルだけしか…と思っていたのだが、この発言からするとカロンがシッテムの箱を触っても認証可能だったという事が裏付けていた。
「わ、わわわ!!もうこんな時間…!!えっと…えっと!あの…!えっとですね!取り敢えず落ち着いて、落ち着いて…!!」
お前が一番落ち着け――と心の中で吐露するカロン。ノエルは満更でもなさそうに幼女を見守っている。
「そうだ!まずは自己紹介からッ――私はアロナ!このシッテムの箱に常駐しているシステム管理者であり、メインOS、そしてこれから先生をアシスタントする秘書です!」
この子が秘書?
システム管理者であることはノエルとして安易に想像はついたが、こんな小学生の様な幼女が『秘書』だなんて。
カロンからすれば秘書という役割に何とも受け入れ難い話だが、ノエルからすれば『秘書』という言葉に何処か心が痛くなる。
『それではご機嫌様、ノエル様――』
シビラ・ベッカー
バロウズ市長と共に利益の為に自分を、式典奏者を餌として悪魔召喚方法をチラつかせ、未来を…ピアノを、四肢を奪った冷酷な魔女。
彼女も所詮バロウズの手駒に過ぎなかったとはいえ、とても良い思い出では無い。
そんな小さくて純粋無垢な女の子が、自分達の秘書になるのだから、この子が間違った未来へ――あの秘書とは同じ末路を辿らない為にも…自分達はより確りしなければならないのだと、殊更意識させられる。
「やっと会う事ができました!私は此処でずっと、ずうぅ〜〜〜ッッと!先生達を待ってました!」
「その割には熟睡だったようにも見えるぞ?なんだ――待ちくたびれて居眠りでもこいてしまったか?」
「あ、いえそれは…!えっと、えとえっっと……もちろん、偶に居眠りしたりすることもありますけれど……ッ!」
図星だな。
図星ですわね。
心の中で二人の言葉がシンクロした――カロンも段々と和らいだ言葉と冗談を言う様になってきた。
顔を真っ赤にしながら慌てふためく姿は、何処となく二人の心を癒してくれる。
「私達はキヴォトス外部からやって参りました――秘書であるアロナがいるのは大変心強いですけれど…私やカロンも分からないことがいっぱいありますわ。アロナが知りうる限りのことでも良い、宜しくお願いしますわね」
「この大悪魔カロン――今までの契約者は数々見てきたが…これほど若い娘と対等関係になるというのは初めてだ。このキヴォトスという常識にはまだ不慣れでな…宜しく、してやっても構わない」
小さな子ども相手にまで傲慢さを貫くカロンに素直に言えば良いのに…とノエルは苦笑する。
「はい!宜しくお願いしますね!アロナも、ノエル先生とカロン先生といっぱい!お話がしたいです!!…とは言ったものの、まだ身体のバージョンが低い状態でして、特に声帯周りの調整が必要なのですが…これから先、頑張って色々な面で先生のサポートをしていきますね!」
こんな健気な女の子を身近で、それも生徒と来た。
案外この先生という役職は悪く無いのかもしれない…。尤も、人に勉強を教えれる程の立場でも、頭の良さは備わってはいないが…。とノエルは自虐的に思う。
「あ、そうだ!ではまず…形式的にではありますが、生体認証を行います!」
「先程あの端末のパスワード認証で終わりではなかったのか?」
「それとこれとは別、という事ですわね。分かりましたわ――それで、私達はどうすれば良いんですの?」
「ちょっとお恥ずかしいのですが…此方へ来てください!」
恥ずかしい?
生体認証を行うのに一体何をやらされるのだろうか自分達は。
「全体的な肉体部分を細かくキャッチするための情報収集か?自分の身体のサイズの測定とか…」
「いえいえ全然違います!ほら、この指をタッチして下さい!!ていうか身体のサイズって…!先生のえっちです!!」
度が過ぎたカロンの推測に、アロナは頬を真っ赤にしながら首をブンブン横に振りながら、ぽかぽか身体を叩いてくる。
――何故今のでコイツは恥ずかしがってるんだ…服のサイズ調達とかによく身体的検査とかするだろう…。
「ふふっ、どうやら指紋認証みたいですわね――それにしても…人差し指だなんて、まるで指切りげんまん、みたいですわね」
そうでしょう!とアロナ自信満々に反応する。えへんぷいッ!
「フン…女子供同士で華があるじゃないか」
「カロン先生もやるんですよ?」
「……何?」
「そりゃあ、そうでしょう。じゃないと貴方、此処に来た意味ないじゃないですの…。指紋認証くらい簡単ですわよ、下手な機械を触る訳でもないんですし。ほら、私はもうアロナの指紋認証終わりましたから。簡単ですわよ?」
ノエルとアロナの人差し指同士が触れ合い終わると、続いてカロンにと催促する。
「うむ……」
正直――小っ恥ずかしい。
大悪魔と呼ばれていた自分が今までこんな子どもみたいなこと、した事ないのだから。
「カロン先生!指切りげんまんです!」
「……まあ、そこまでやれというのならやってやろう」
アロナの柔らかい子どもの、汚れのない純粋無垢な小さな指と、カロンの悪魔の鉤爪を連想させる漆黒の指が触れ合う。
指切りげんまん…子供の伝承として聞いたことがある。約束ごと…というやつだったか。
約束……言いつけは守ります様に、そう言う小さな願いと想いが込められていると、聞いたことがある。
(約束か……)
悪魔にとっての約束とは、重大な意味を担う。
大悪魔である以上、アロナが私とノエルの生徒でもある以上は……
「はい!認証完了です!お疲れ様でした先生!」
にぱっ!と笑うアロナ。
これでどうやら手続きは完了らしい――一息吐くアロナに、カロンは少女に問うた。
「アロナ――一仕事終えた後早々で悪いが、お前に訊ねたいことがある」
「成る程、先生方の事情は分かりました」
カロンはアロナに幾つかの話を訊ねた。
連邦生徒会長は何処にいるのか、又はその痕跡や情報等の類、生徒会長はキヴォトス外部からやってきた自分達をどの様な手段で此処へ呼び寄せたのか。
そして自分達は大悪魔として生まれ変わったこと、契約と代償によりお互いが死へと征く末路を進んで行ったことも含めて説明した。
「私はキヴォトスの情報の多くを保有していますが……連邦生徒会長については殆ど情報がありません、彼女が何者なのか、どうしていなくなったのかも……それと同時に、キヴォトス外部の情報も全く記録にありません。カロン先生とノエル先生の言う大悪魔、という存在の認識も、結局はキヴォトス外部の存在として片付けられてしまうのではないかなと…」
「ふむ……大悪魔の存在をこの様に片付けられるのは癪だが……」
「そしてカロン先生やノエル先生の様な大悪魔と呼ばれる存在は、今のところこのキヴォトス内には存在しない様ですね!」
「つまり同類も存在しないか……」
多くの情報なので、ひょっとしたら取り逃してるのかもしれない。
大悪魔の創造を知ってしまえば、キヴォトスにも大悪魔カロン、シーザー、スピカのような人ならざる者がいても可笑しくはないと思っていた。
外部からの干渉ではなく、架空の存在が偶然にもこの世界に誕生する、という…。
然しそういう目撃情報がない…だから大悪魔カロンが生徒達の前に現れていたとしても、全く動じないし、何ならカロンと接するリンやユウカ達は、それこそ普通の人間と会話をするような感覚にも近かった。
「ですが、サンクトゥムタワーの問題については私が解決できそうです!」
「リンが言っていたからな、シッテムの箱を起動すれば回復すると。アロナがどう言った手段で回復させるのかは存じないが…」
「では…お言葉に甘えて、お願いしますわね――アロナ」
はい!任せて下さい!と元気よく応えるアロナ。
彼女は『サンクトゥムタワーのアクセス権を修復します』と宣言する。するとアロナは目を瞑る。
……今、これは修復しているのだろうか?と疑問に思う束の間…
「サンクトゥムタワーのadmin権限を取得完了しました!」
「えぇ!?もう?!何もしてませんでしたわよ?!」
「……信じ難いが…正に、悪魔の契約そのものだな…」
ステラステージ社長を殺してと願えば契約に則り、経緯を飛ばして結果のみが出るように。
アロナは簡単にサンクトゥムタワーの権限を回復させたのだ…その時間、約1秒。
「サンクトゥムタワーの制御権を無事に回収できました!現時点でサンクトゥムタワーはこの私、アロナの統制下にあります!今このキヴォトスは、先生の支配下にあるも同然です!」
「サンクトゥムタワー…連邦生徒会の本部にしてキヴォトスの全てを担う…っていう話だったな。成る程、権利を回復すれば自動的に生徒会に送られる訳ではなく、我々の手の元に…ね」
「けどとんでもないですわね…代償なしにキヴォトスの支配下って…この現状、バロウズ市長よりずっと凄いのではなくて?」
「もしこれが悪魔の契約ならば器が違い過ぎて限りなく命を貰う程度じゃ足りない程に馬鹿でかいスケールだ。それにキヴォトスがどれ程の大規模な範囲かも詳細不明だしな…市街地でも国でもない、学園都市が世界そのものと考えると……」
正に今自分達はキヴォトスを、生徒達を、全てを支配してるのだ。先生という名の大悪魔が――それが一体どんな意味を表すのか…考えただけでノエルとしては恐ろしく感じるだろう。
「勿論、先生が承認さえすれば…サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管することも可能です!」
権利の移譲は可能だと知ると、ノエルとカロンはお互い顔を見合わせる。
数秒、目を見つめ合えば、意思疎通したのかコクリと頷く。それは、移譲しても構わない…という意思表示だとアロナは見解した。
「分かりました…!……けど、大丈夫でしょうか?連邦生徒会に渡しても…」
こてん、と首を傾げるアロナ。
いけない訳でも危険でもない…だがこの絶対的なる権限があれば、物事は遥かに、効率的に物事が進む。
それこそ、あのラッセル・バロウズが生涯を以てしても手に入れたかった絶対的なる権利――従われることのない圧倒的なる権力と地位。
それを駆使して破滅を免れ、自由を手にしたかったのだから。
それを手放す行為に、意味を感じられないと目を丸くするアロナ。
「ええ、私達には必要ありませんわ……」
「同感だ――大悪魔とは、契約者を支配することが全てではないからな。
努力をして、汗水垂らして、やっと願いを叶えられた喜びを。
当然、二人にはとうてい扱えきれないという意味合いもある…だが、生徒を絶対的なる権利を駆使して自由に言うことを聞かせる行為には何の意味もない。
それは生徒達の為にはならない…。対等な立ち位置ですらない。
カロンとノエルの、大悪魔としての主義に大いに反対する。
「そんなものがなくたって、自分達の問題は自分達で解決いたしますし……何より、もう一度…努力で願いを叶えれる機会があるんですもの。今はそれだけでも、充分ですわ――」
「私は知恵を司り、それを授ける大悪魔――生徒達の行く道を広げる悪魔であり、生徒の代わりに私が願いを選ぶ権利はない」
自分達の復讐を、誰かに譲らなかった様に。
マダムが死ぬ前に、自分達の願いは自分達で向き合えと言っていた様に。
絶対的なる権利で誰かを言いくるめるのは、都合よく世界を回すのは…あの憎きバロウズと同じ末路を辿ってしまう。
生徒達の反感を買うかもしれない。
絶対的なる権利に立つ者は、常に命を狙われる危険性も高い。
何より…そんなもので生徒達を縛りつけたくない。
「分かりました!これより、サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管します!」
アロナの意気込みある言葉と共に、景色は突然一変した。
唐突すぎる――と言わんばかりに、まるでシッテムの箱がシャットダウンしたかのように、いつの間にか二人は元の世界とも呼べるシッテムの箱の外…つまり、元いたシャーレの地下室に戻ってきた。
「あら……元に戻りましたわね?」
「この感覚…嗚呼、慧眼の星海や時の狭間と同じだな。原理は異なるが……こう言った体験をするのはこれで三度目か…」
最初こそは驚いたが、元に戻る時もこういう仕組みだと理解していれば驚くことはない。いや、慣れてしまったのだ。
だからカロンやノエルも一々元の世界に戻ってきたこと自体、大して騒ぐ様な真似はしない。
流石にシッテムの箱というものが、隔離された空間へ飛ばされる工芸品というものに狼狽えてはいたが…。
「先生――無事にサンクトゥムタワーの制御権の確保が確認できました。お陰でこれからは連邦生徒会長がいた頃と同じ様に、行政管理を進められそうです」
いつの間にか、シャーレの地下室に戻っていたリンは、優しい笑みを浮かべて此方に礼を言う。
カロンやノエル先生の力添えもあって、被害者も続出せず、キヴォトスの混乱を退け、その命運を握る仕事を成し遂げたのだから。
「ふん…ならば、キヴォトスの初めての仕事は、全うした訳か」
「はい…シッテムの箱を渡したので一つ目の役目は終わりました」
一つ目?という疑問の目を向ける二人を察した上で、リンは口を開き、言葉を繋げる。
「付いて来て下さい――連邦捜査部『シャーレ』をご紹介致します」
ノエルとカロンは言われるがまま、リンの後ろを付いていく。
こんなデカい建物、リンの案内がなければ完全に道に迷うであろう構造。清潔感と埃一つも被らず手入れされてる室内は、流石だなと思う。
そして連邦捜査部『シャーレ』に辿り着くまでの時間は、そう掛からなかった。
「此処がシャーレのメインロビー…先生方が主に活動する部屋となります」
『空室、近々作業予定』と手書きのペンで記された貼り紙。
窓越しから見える部屋のオフィス――つまり此処が新しい自分の拠点になるのかと、ノエルとしては妙に心の中がソワソワしている。
「こ、此処が…!?凄い……清潔感もありますし、勿体無いくらいですわ!こんな贅沢が許されるなんて…」
「ぜ、贅沢?」
ただのオフィス…シャーレの部室に過ぎないと言うのにこの騒ぎよう…。子供らしさはあるのだけど、それとはまた違った感じだ。
「ほぉ、この建物内一つ一つ清潔に手入れされてるのは勘付いてはいたが、空室にも関わらず汚れ一つない…この日の為に清掃でもしてたか?」
「ええ…こうなる日を見越し、いつでも先生方を出迎えれるように、準備はしておりましたから」
代理として仕事も山積みで大変だろうに…リンがやっていたと考えたら、彼女は仕事だけでなく周りの気配りや融通が利ける女だ。とても生徒とは思えない。
「ノエル先生、はしゃいでる所申し訳ありませんが…此処ではノエル先生とカロン先生が仕事をする場所で御座います。当然、寝泊まりも可能ですので、好きに使って貰っても大丈夫です」
「だとしても、ですわ!今まで拠点にしてたのが、スラム街の空いたお部屋を拝借したり、廃製鉄所やクズ鉄通りの不法投棄場、最悪な日は野宿したこともありましたもの…なにより追っ手がいない辺り、安心して過ごせる日が来ることが夢見たいですわ…!!」→ 「だとしても、ですわ!今まで拠点にしてたのが、スラム街の空いたお部屋を拝借したり、廃製鉄所やクズ鉄通りの不法投棄場、最悪な日は野宿したこともありましたもの…なにより追っ手がいない辺り、安心して過ごせる日が来ることが夢みたいですわ…!!」
「…………あの、カロン先生。彼女の話、どこまで本気なのでしょうか?」
「残念ながら全て真実だリン――余りに非現実的に聞こえるだろうが、現実は小説より奇なり、とは正にその通りだろう」
リンとしては想像もつかない彼女の過酷さに、同情さえ誘われてしまう。
『先生』と呼ばれてるとはいえ、年齢も考えて自分よりも年下…更に言えば子供と何ら変わらない大悪魔――そんな彼女が日々警察やOCTに追われ、まともな環境で過ごさなかったのだ。寧ろスラム街のキャロルが使っていた部屋と、2ヶ月間行方を眩ます為に使っていたラプラス外雪山奥の民家の方が快適だったりする。
「私達は一度死んでしまった身…復讐を貫いてゴール、かと思いきや…こうして違う世界へ召喚されて……被虐の魔女から大悪魔に生まれ変わって……見知らぬ人たちとの出会い…本当、今でも夢なのかと錯覚してしまいますわ……」
「……その、先生方は、本当に……死んでしまった、のですか?」
余り人のプライベートや私語を話すつもりのないリンも、現実味のない二人に興味をそそられる。
これが普通の人間であれば、大して問題もないだろう……だが、この二人と自分達とでは生きてる次元が余りにも違いすぎる。
カロン先生は電子機器には疎すぎるし、ノエル先生に至っては生徒とほぼ違いのない子供なのに、先生という存在として召喚されている…挙句に大悪魔と来た。
今までは事が重大過ぎたので、その場を流れるようにこなしていたが…。
「本当ですわよ…リンや他の方々も信じて貰えないかもしれませんが…私もカロンも……今こうして生きてるのが奇跡な程ですから…。だから、ユウカ達に偉そうに『みんなで願いを叶えよう』なんて宣言したのも、自分で努力をして、願いを叶えるのが楽しいって、知れたから……だから、あの子達にもそれを知ってほしい…どうか、嘗ての自分みたいに重ねて欲しくないって、思ってしまったのかもしれませんわね…」
「大悪魔という存在を知らないリンからすれば尚のこと非現実的過ぎる話なのだろうな。別に話しても良いが、時間がかかり過ぎる。一日でも足りるかどうか…だな。大悪魔との契約――それはキヴォトスからしてみても危険なモノなのだよ。ノエルは幾重もの魂を支払う代償に、私は悪魔の条例を無視して、消滅した……現状生まれ変わり、と考えて問題ないが…私達は本来、死んでて当然の存在なのさ」
嘘を吐いてるようには見えない。
俄かに信じ難いが、本当に一度死んでしまってる身らしい。
彼女達と自分達の住んでる世界は違うという認識はあったが、此処まで差があったのには少々驚いている。
「キヴォトス外では大悪魔の存在、そしてその契約をした者も重罪とされている。死刑にされても文句は言えない…そんな過酷な状況で、私たちは復讐を貫いた。私たちが生まれ変わった経緯は概ね此方としては理解している。偶然が重なったのか、必然的だったのか…連邦生徒会長サマとやらがこのキヴォトスという世界に召喚させたのは予想外過ぎるがな」
それでも、自分達を畏れずに接してくれるというのは、大悪魔の生まれ変わりと同様に、復讐を最後まで貫きお互い代償と契約上による死を潔く迎えたサプライズプレゼント――と解釈すれば、悪くはない。
追われることも、命を狙われる危機的な状況がなく、日の下でまともに生活できるのは、ノエルにとってもカロンにとっても、それだけでも結構救われてる方だ。
「……本当に、大変…だったのでしょうね。いえ、それだけの言葉では到底済まないのでしょう……」
きっと、二人が話してないだけで自分とは想像を絶する過去があったのだろう。
リンは知らない――目の前にいた少女は嘗て、両手足のない存在だったということ。
ノエルに向けられた数々の強敵達は、常に自分に死が向けられていたことを。
「……ほんっとう、ですわよ……それに、大悪魔である私達は、リンやユウカ達と同じ時を歩むことは出来ませんけれど…それでも、今を寄り添うことは出来ますわッ。私はカロンと一緒に、先生という立場を持って一からやり直しますわ……」
「そう、ですか……ノエル先生は、お強いのですね」
「嗚呼、コイツは確かに実力は底辺で、当初に至っては頭を悩ますほどの脳内ゆとり畑お嬢様だったが…コイツの無鉄砲さと度胸、そして真っ直ぐ進む前のめりさは、周りに影響を与えるノエルの強さは本物だ」
「褒めてるのか馬鹿にしてるのかどっちなんですの!?」
「全て事実だ」
喧嘩するほど仲が良い二人。
何となくだが、二人一組の大悪魔…と呼ばれてる理由が、何となく分かる気がする。
「ならば先生…その熱い意志を尊重して、今日から先生はこの部屋で仕事をして貰うとして…」
「このオフィスは私とノエルのみしか出入りは許されてないのか?流石に人員二人は……」
「ええ、ですが先生方はキヴォトスのどんな学園自治区にも自由に出入りでき、所属に関係なく先生が希望する生徒達を部員として加入させることも可能です――つまり…」
「困ったことや、手助けが必要な場合は要請可能…という事か?これはまた大きな権限だな」
契約者に召喚される側が、自らが契約者を召喚してるような気がして、何とも言えない感覚に陥るカロン。だがキヴォトスという未知なる学園都市に加えてこちらの常識が通じない…そして生徒達と触れ合うにも丁度いい機会かもしれない。
「あのワカモという生徒も呼ぶことも可能なのですか?」
「………ノエル先生は、大変危険な思考をなされるのですね…」
あの凶暴な女狐を普通にシャーレの部室に呼ぼうとするノエルの荒唐無稽、無謀すぎる考えにリンは思わず黒笑と共に皮肉めいた言葉を告げる。
「い、良いじゃありませんの!!あの子だってちゃんと向き合えばわかって貰えますわ!リンは知らないかも知れませんけれど、結構可愛いんですのよ!」
それを当の本人が聞いていたら即倒するだろう。
眉間に銃口を向けられたにも関わらず庇おうとまでする彼女の心境はある種、キヴォトス民と変わらないのかもしれない。
「暴走してシャーレの部室を壊されたらたまったものではない…少なくとも呼ぶことは的確ではないな……ぱそこん、とやらの事務作業は私には無理だぞ」
「あ、私も…PCは親に買い与えられたことはありましたが、ピアノでそれどころではありませんでしたし……不慣れというか…タイピングは中学校の実習でやらされた程度、ですわね」
普通に詰みでは?という疑問が頭に過ぎる二人。
事務処理、書類の仕事はカロンにとっては造作もない。然しこの機械的なPCに至っては殆ど壊滅的だ。
「ノエル先生とカロン先生のいた世界と、此処の世界が異なっておるのは重々承知しております。当然、先生と呼ばれる前の大人も、事務的作業やPCが苦手だという考慮も踏まえてマニュアルも用意しております。他の生徒達の手助けをしながら仕事に勤しむのも良しです…――シャーレは権限だけはありますが、目標のない組織なので、特に何かやらなきゃいけない…という強制力は御座いません」
捜査部という名ばかりに、先生が思うことなら何をやっても良いというわけだ。連邦生徒会長とその点には触れていなかった。
「先生って、此処では私たちの住む世界とは異なるのですね…」
「リン…お前がノエルの教育…は、無理か。生徒会長の代理を担ってる以上、現状の仕事で手一杯と言った様子なのだろう?」
「誠に申し訳ありません……それに連邦生徒会は、失踪した生徒会長を捜すのにそれどころではなく…」
その上、各学園の問題解決ときた――リンの気苦労はノエルの復讐に勝るとも劣らないモノだ。
そのリンよりも全ての問題を解決し、凡ゆる未来を見据えた連邦生徒会長は、もう超人というより一種の神に近い何かだとさえ錯覚する。崇高、というのは彼女のコトを指すのだろうとさえ考えてしまう。
支援物資の要請、環境改善、落第生への特別授業、部の支援要請――他にも数えたら山の数…。考えただけでも気が遠くなるようだ。
「なので先生、もし気が向いたら…其方の書類、是非目を通すように――お願いいたしますね?」
目を遣ると、そこには書類の山が出来上がっていた。
え?これ全部二人でやらないといけないんですの?というポカンとした、呆然とした顔で立ち尽くしていた。
「いやこれ…ラッセルが居た頃と比べ物にならない書類の山だぞ…私ならまだ兎も角、ノエル…お前パソコンのマニュアルに目を通せ。折角両手が戻って来たんだ。活躍できるぞ」
「そんな直ぐに覚えられるわけありませんわ!それに、キヴォトスでの事務作業だなんて普通に無理ですわよ!?大体先生になったのはさておき、私精神年齢15歳なんですのよ!永遠の15歳!!」
「威張らなくても良いだろう……」
「こほん…先生の言葉が真実なのであれば…皆んなで願いを叶えるのは楽しいこと、なのでしょう?ユウカ達だけでなく、シャーレに訪問する生徒達と一緒に、目の前の問題を解決するのも、楽しいのかも知れませんね?」
「り、リンが…カロンと同じ悪魔に見えますわ!」
腹黒さが滲み出ている気がする。
これでもリンはかなり優しい方だ。本来ならノエルに対して「先生の仕事は先生ですので…」と切っていただろう。
短い出会いとは言え、リンはノエルとカロンを非常に買っている。
カロン先生は賢く計算高い…なら、後は機械や知識さえ知っていけば簡単だろう。
ノエル先生も経験がないだけで、やろうと思えばきっと…
「では先生、私はこれで…また何かあれば連絡致します」
「今直ぐに私たちに問題有りですわ!せめて、こう…研修とか…」
そんなものはない、とニッコリ無言で笑顔で返しながらリンは部室を後にした。
嗚呼!置いてかないで下さいまし――!!と手を差し伸べたノエルを、崖の上から子供を落とす獅子のように、リンは踵を返すことも、反応することもなく…。
「うぅ、あんまりですわ…」
「期日はないようだな……ノエル、取り敢えず外に出るぞ」
「ええ、そうですわね。リンを追いかけて…」
「それは諦めろ…恐らくだがリンは本気だ――それに…私たちは先生として決定され、同時に先生であるからこそ生徒達と寄り添えている…。私たちが大それた事を宣告しながら、不都合な立場になれば嘆くのは見苦しい…。私達は大悪魔――このキヴォトスに訪れて、元の世界に帰る方法もなく、挙句に私たちがこの部室で働く以上、拒否をしたところで打開策が見つからない」
何処かカロンは先生という役職に、妙に受け入れてる気がする。此処へ来て直ぐには何とも受け入れ難い考えをしていたのに…いや、カロンも何か思うことがあるのかも知れない。
「そ、それは確かに…」
「それにだ。先生という考え方と価値観をもう少し柔軟にしたほうが良いのかもしれん。先生という役職なら、私たちだけでなく他の従業員が居てもおかしくない…リンも『不慣れな方も考えて』と言っていた。つまり…他の先生にはできない、私達にしかできない仕事なのかもしれん。それを生徒達の手助けも可能と来た――悲観的になることも、ネガティブになる必要もない。私達はあのラッセル・バロウズの復讐を果たし、数々の脅威を退けて来たんだぞ?なに、キヴォトスに起こる事務処理や数々の問題の一つや二つ、解決しようじゃないか――」
そう言われると、何だか妙にやる気が湧いて来たというか…不安が取り除かれるというか。
未だに二人の大悪魔は知らない――とある廃校の借金問題、とある部の廃退危機、欺瞞と憎悪に彩られた学園同士の対立と、落第生への救済、OCTと似たSRT特殊部隊の御話。
だが、二人の大悪魔は今までの脅威を、確かに退けたのだから――
ボマー、シビラ、オスカー、ジーノ、コフィン、シーザー、リベリオ、ドラットン、スピカ、バロウズ――数々の強敵と、宿敵…凡ゆる苦悩など、死ぬほど体感して来たのだから。
「そう、ですわね!今悩んで嘆くくらいなら、当たってくだけろ、玉砕覚悟ですわ!」
「そうだ――ノエルはこうでなくてはな。では、我々も外に出て奴らに労いの言葉を掛けよう……丁度、今のノエルに適任した奴もいたことだ…」
最後は何を言ってたのかノエルには聞こえなかったが、悪い話でもなさそうだ。
「先生!お疲れ様です!サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会が取り戻したことを確認したわ!」
外に出てみると、此方の存在に早くも勘付いたユウカが先頭になって颯爽と話しかけて来た。
どうやら情報はもう広まっていたらしい。
「ええ、此方こそお疲れ様ですわ。やり遂げましたわね!」
「フン…お前達も護衛、ご苦労様だな――お前達の手腕、行動、戦闘、文句なしの評価だ」
現段階では問題なかったにせよ、更に伸び代のある生徒達…やれやれ、キヴォトスに住む人間達は得体が知れない。
だからこそ、そんな生徒達が自分たちを先生と慕い、殺す側ではなく共に隣で歩む、ということに…生徒達に信頼と安心を覚える。
「ワカモは自治区に逃げてしまったのですけれど…直ぐに捕まるでしょう」
「捕まったとしてもまた脱走するだろうなアイツは…」
「ですが先生の活躍はキヴォトス全域に広がるでしょう。SNSで話題になってしまうかもしれませんね?」
「…?えす、えぬ、えす…か」
「ほら、私たちがラプラスでバロウズ市長に復讐と破滅を叩き込んだでしょう?その際にマスコミの方々もいましたし…情報の伝達としてはテレビのマスメディアよりも結構融通が効きますわ」
もう誰もカロンの機械音痴とデジタル文化の音痴には突っ込まず、ノエルが代弁してくれる。
「嗚呼、テレビの情報伝達みたいなものか…二人の大悪魔がキヴォトスでの活躍により存在の認知と共有、活躍という名ばかりの伝承…キヴォトスという土台を使ってか……これではまるで、始まりの悪魔や大悪魔誕生の儀式みたいだな」
「あっ!言われてみれば確かに…スピカもこうやって生まれたんですものね」
バロウズがラプラス市長という名を使った共有認識、市民の願いを叶えてくれるという実績を伝承に、外の世界を閉鎖したラプラスを土台にして使い、市長選挙で始まりの大悪魔を誕生させたように…キヴォトスというこの世界で、自分たちの存在はどのように影響を与えるのか…。
「これでお別れですが…もし時間が宜しければ是非、トリニティ学園へいらっしゃって下さい――」
「了解ですわ、ハスミともゆっくりお話ししたいですし…その、相談とかも受け付けますわ!」
主にどう言う生活を送ればこんな大人の魅力的なボディになれたのか…決して羨まし…くはないのだが、純粋な疑問である。
それ以外にも一人一人の生徒達のことを知りたいと言う、曇りなき純粋な気持ちがあるのも事実で。
「そうだ、先生…宜しければ私達と連絡先を交換しませんか?情報伝達…も、そうですけれど…」
「宜しいのですか?それならハスミも交換しましょう!ほら、カロンも…さっき地下室を出る前に渡されたでしょう?」
「シッテムの箱はお前が今使ってるだろう?」
「いえ、地下室に出る前に…その、カロンにもってシャーレ事務所用として渡したではありませんの…あれはカロンが使うべきですわ。私にはこれがありますし…」
「何故私がそんな電子板を使わなければならない……?私が機械に疎いのは既に誰もが周知の上で…」
「あ〜〜私一人だけなのは対等ではありませんわ〜…二人一組なのに私だけ連絡先を交換するのは、生徒達の思いも踏み躙ってる気がして、ノエル・チェルクェッティとしては悲しいですわ〜〜…」
「このガキ……」
額に青筋が浮かび上がるカロン…。シッテムの箱を扱えるのはノエルとカロン両方だ。
ノエルはシッテムの箱を連絡先として、カロンはシャーレに置いてあった未使用の端末。もしカロン先生にも万が一のことがあれば…と保険で拝借した端末機器。カロンはてっきりノエルに『シッテムの箱が何か支障が来たした時、不都合で使えなくなった時』を想定していたのだが…。
「分かった分かった、それに個人情報を見るのはプライバシーに反するのだろう?この非力な貧弱娘に解決できなくて、私にしか解決のできない生徒達の願いもあるのかもしれんしな?此処はお前達のご好意を受けておくか…」
「はぁーーーっっ!?ムっっカつきますわね!!端末の文字を送る時に変な誤字してユウカ達に笑われるのがお似合いですわ!」
「むぉっほん!!此処に来る前まで両手足なく最後にぴぃぴぃ泣いてた脳内お花畑娘がよく私の前で大それた事を言えるな!??」
「幾ら自分が機械に疎いからって人様の恥ずかしい事を公然で語るなんてサイっっっテェーーーーー!!!!女の敵ですわ!!」
ギャーギャー騒がしく喧嘩する姿は、憎しみでも歪み合う訳でもなく、本当に仲の良さそうに口喧嘩をしている二人。
そんな二人を微笑ましく思える四人の頬は、いつの間にか緩まっていた。
「私達も…ゲヘナ学園とこう言った仲になれていたのであれば、変わっていたのかもしれませんね…。それに、チナツさんもゲヘナ学園とはいえど、少々誤解しておりました…」
「いえ、その…私は何と言うかですね……ゲヘナ学園でも結構例外というか…それに、カロン先生がいたから…というのもあると思います」
私達は対等である――その言葉は、きっと先生と生徒という主従関係など何の意味もない…という言葉だけでなく、きっと各学園の隔たりや、対立関係のことも指してるんだと思う。
僅かながらの時間でも、カロン先生はいい意味で傲慢な先生だ――生徒のことをちゃんと一人一人、真剣に向き合おうとしている。
そんなこんなで連絡先を交換し終えた後、チナツ、ハスミ、スズミは学園へと戻っていく。ユウカも特に今回の騒動…問題も解決したことだしと、背を伸ばしながら、帰路へ就こうとする。
「おい、ユウカ――ちょっと待て」
「へ?カロン先生?」
呼び止められたユウカは、踵を返してカロンに向き合う。
「お前…この後暇か?」
「え?あぁ、えっと…今日は問題を解決できましたし…予定は特にございませんけど…」
「コイツは重畳……好都合だ。ユウカ――今日は一日、ノエルの相手をしろ」
その頃――目立つことのない自治区、その交差点の歩道橋で、一人の少女は空を見上げながら、呆然と立ち尽くしていた。
「………」
『魂胆も何も…私が先生だから、一人の生徒である貴女と真っ直ぐ向き合うだけ。其処に魂胆も何もありませんわ』
あれが、先生…。
『自分の行動をちゃんとよく考えて。貴女に足りないのは、貴女がするべきことは――自分の行動に誇りを持てるかどうか』
『此処で貴女と向き合わずに逃げる方が、よっぽど怖いですわ』
今まで、私と対峙した者達は皆…恐れるか傷つくだけ…衝動的な発作と好きなことだけで生きて来たこの私と、真っ直ぐ向き合うあの方の、熱意に満ちた眼差しと……向き合うその姿…。
『私は先生である以上、例え相手が問題児だろうと――生徒を前に逃げる先生なんて何処にも居ない。私は、胸を張って貴女と向き合いますわ』
嗚呼…なんという傲慢さと、華麗で美しい御方なのでしょう…あの人を思い出すだけで、胸の内側が…熱く滾る真紅の炎が…揺らいでしまう。それは自らも焼けていくかのような、感覚…。
嗚呼…貴女様……――
『それは――私が嘗て『被虐の魔女』と呼ばれていたから。あの日から私は決めてますの…全てに向き合うと』
『だから…貴女だってきっと変われますわ。嘗て市街地を爆破していた爆弾魔が、私と共に戦い、大切な仲間を守れたんですもの。ワカモにも、きっと貴女を必要としてくれる方がいる様に…』
ノエル先生…ノエル様…ッ!!
「嗚呼…ノエル様……何とも美しいお名前…そして、なんとも逞しくて…傲慢な……御方なのでしょう…ッ。この滾る熱意とこの気持ちを言葉に表すとしたら……」
嗚呼…どうか、先程の無礼を許してくださるのなら。
もし、隣で歩むことができるのなら…私はノエル様と……。
「ウフ、ウフフふふふ……♡」
爆弾魔とも等しい災厄の狐は、恋焦がれる真紅の狐に皮被りしたようだ。
本来ならアロナちゃんは持ち主にしか見えない聞こえない入れない、のはずですが…カロンがシッテムの箱に入れたのは二人一組の大悪魔だからですね。
パスワードは指紋認証による脳内伝達。
最初はノエルのみパスワードが浮かび上がって、後にアロナちゃんがカロンにも見える、聞こえるって感じだったのですが、それだと『パスワードも聞こえてないと可笑しくない?』となってしまうと思い、こうなりました。
初めての堕天、大石牢のコンビネーション、第二の契約、二人一組での行動が多いことから、意識共有はノエルとカロンの新しい悪魔の特徴として生まれた事になっております。
『どちらかが気絶してももう片方は気絶しない』『五感による完全な共有は不可』日常的に困るわけではないみたいですね。でもこれだと都合が良すぎない?ってなりますよね。はい、これ都合が良い能力なんです。それこそ『ラッセル・バロウズが始まりの悪魔になった時に生み出した、特殊な空間』と似た都合のいい現象と一緒ですね。バロウズだけでなく、ノエルとカロンも都合の良い能力を手にしたみたいです。
オリジナル要素ではありますが、そもそも最終回後ですからね、ノエルとカロンが復活してこうしてストーリーで活躍するのは。
因みにシッテムの箱に対してノエルとカロンは何方かが入れて、両方とも入れて、という事が可能なので、ノエルが入ったら遠くにいたカロンも強制的に、ではないみたいです。
つまりノエルがシッテムの箱に入りながらカロンが移動したり、ノエルの代わりにカロンがお話し相手をしたりと、割と融通効きます。そして連邦生徒会長が先生にシッテムの箱を残したと言いました。つまり、ノエルとカロン両方とも適応できるようになった原作とはちょっとした上位互換のシッテムの箱です。