被虐と赤眼の教導者   作:トラソティス

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#コナン#バニタス#ユウカロン#ん、メインヒロイン#バロウズ#タイトル回収#タイトル詐欺


story6『この領収書は何ですか!?』

 

 

 

 

 

 

「ただいま戻ったぞ――」

 

 タイミングを見計らい、シャーレの部室へ戻ってきたカロンは、パンパンに詰まったビニール袋を適当に椅子の上に置きながら、ノエルとユウカに告げる。

 片手には領収書の紙切れを持っており、それをユウカに「ほれ」と軽く手渡す。

 

「頼まれた物を購入した。紅茶は色々あったが…取り敢えず紙パックで手軽に飲めるアップルティーにしたぞ、文句はないな?」

 

「あら…キヴォトスでは紅茶は紙パックとして販売されてるんですのね。てっきり茶葉を用意してから沸かしてと…準備に手間取るかと思ってましたが…」

 

 ノエルは知らない、ラプラスでも気軽に紙パックで紅茶を飲めることを。

 流石は上流階級のお嬢様――庶民の嗜みを全く知らない。

 牛乳やお茶を購入する1000mlの紙パック。ユウカはよく見慣れている商品だ。

 小さいパックとは違い、大きめのは何杯でも飲める。

 

「お帰りなさい先生、お疲れ様です」

 

「ユウカもご苦労な事だ。それに、先生が生徒に教えを乞う…という光景も、改めて見ると面白いことこの上ないな…ククク…――」

 

「カロン、貴方もPCや端末を良い加減覚えてくださいまし。知恵を授ける大悪魔なんてお笑い者ですわよ?大体私ばかり仕事を押し付けないでカロンも仕事をして下さいですわ!!」

 

「くッ……そう言われると何も反論できないのが癪だな…分かった分かった。書類の100枚や200枚、ザッと終わらせてやろうじゃないか……と、その前に仕事続きでお前らも疲れてるだろう?もう夕方だ…軽くティータイムと洒落込もうじゃないか」

 

 もう時刻は短針が六時にピッタリ止まっていた。時刻は午後6時15分…仕事と内容、基礎知識を習得するだけでもうこんな時間になっていたのか…。ピアノの練習に没頭して時間をすっかり忘れてしまってる時と同じ感覚だ。

 

「そう、ですね――キヴォトスにやってきた新人教師であるお二人方を祝うのも、カロン先生がご指名して下さったのもありますから。ご厚意――素直に承りますよ」

 

 どうやらユウカも満更でもないご様子だ。

 生徒がシャーレに訪問する当番の日は決まっているのだが、今日は特別枠と言うことで半日ではあるが、ユウカには付き添いでノエルと一緒に時間を過ごして貰った。

 実際に仕事もこなしてたし、二人で楽しく時間を過ごせたようだし、カロンとしては良しとしている。

 

「美味しそうなティラミスですわね……フォークとナイフは…あら?フォークだけなんですのね。それも金属製ではないプラスチック…」

 

「いやお前…缶詰生活で慣れてるだろう。何を今更プラスチック容器に意外そうな顔を晒してるんだ」

 

「いえ、それはそれなんですけれど…やはりこういう茶菓子を召し上がりになる時は…その…つい癖で……」

 

 このゆとりお嬢様が。

 だが今まで贅沢すらままならない過酷な環境を生き抜いたのだ…大目に見るとしよう。

 

「えーっと…ノートが250円、ボールペン(黒)が3本で300円…ティラミス三個で……――」

 

「…?ユウカ?」

 

「ん?…嗚呼、お気になさらず…領収書の確認ですよ。ほら、私セミナーの会計担当ですから…。其れにカロン先生が無駄遣いをせずに財政管理が出来てるかの確認も取れますし…」

 

「ふん…だったらその心配も杞憂に終わるだろう。この大悪魔カロン――知恵を象徴とする私に、そのような失態などあり得ないからな。詐欺対策、細かな数字の確認、私からしたら朝飯前よ」

 

 流石はセミナー会計――今も電卓とボールペン両手で駆使しながら目で領収書の数字を追っている。

 そしてカロンも目を瞑りながら腕を組み自慢気に語る。

 何故こんなにも頭の回転も演算処理も安易に行えるのに、PCや機械の扱いには疎いのだろう。

 カロンの様な大悪魔が人間の文化に触れることが疎い存在であったとしても、知恵が働くのなら少し触っただけで簡単に物事が進む気がするのだが…。

 

「中の様子はどうでしたの?」

 

「凄かったぞ、此処の設備…正直快適すぎると言っても過言ではない。居住区やトレーニングルーム、射撃訓練場に休憩室、格納庫…数えたらキリがないが…私やノエルだけではなく他の生徒も過ごせる空間になっていたぞ。購買店も一階にあった。今はまだ機能してないようだが…まあなに、隠れ家生活に比べれば贅沢すぎるだろう。お嬢様の住んでた家がどんな豪邸だったかは知らんがな」

 

 他にもゲームセンターや図書館、聴覚室に教室、テニスコートやシャワールーム、キッチン付きの食堂、実験室……先生の活動拠点にしては些か無駄な機能と設備が整ってる気がするが…。

 エンジェル24売店が機能していなかったのは、それまでシャーレが機能していなかったからだそうで、直ぐに売店が利用できるようになるらしい。仕事が早い、とは正にこのことだ。

 

「それに…変装なしに外で堂々と歩ける日が来るとは…こればかりは嬉しい誤算だ。人の目線に気をつける必要も、コソコソ隠れながら回りくどいことをせずに済むのは有り難い」

 

「そう言えば…そう、ですわよね。キヴォトスでは大悪魔は外部からの存在っていう認識で片付けられてますし……私でしたら充分脅威だと感じてしまいますが…」

 

「いや、我々の認識と解釈による違いが生まれてるものだと考えてる。街中を悠々と歩きながら外の情報を得ていたが…犬や猫の顔をした二足歩行で歩く小悪魔の様な市民もいれば、人型ロボットが談笑してると言った奇妙な光景もあった……そう考えると、私やノエルの存在は本当に我々で言う人間と大差のない考えだと思ってはいるが…」

 

 此処まで非現実的な世界観なのだと改めて実感させられた。

 大人の女性やユウカと同じ年頃の男性学生が居ないのも理解不能だし、然も市民にはヘイローが存在しなかった。実はあの市民達こそ小悪魔なのではないか?と考えてもみたが、どうも気配や匂いからは自分や小悪魔から放たれる悪魔の感覚はなかった。

 完全にキヴォトスという領域は自分達の常識を悉く覆し、未知なる部分も数多く、そして大悪魔に引けを取らない肉体を持つ生徒達…。

 だからこそ、知らなければならないのかもしれない――この神秘に溢れたキヴォトスという領域を。

 大悪魔として隠すことなく堂々と街を歩けることに安心して喜ぶべきなのか、大悪魔と言う特別な存在感が薄れてることに嘆くべきか…。

 

 

「ちょっ――先生!?この領収書は何ですか!?」

 

 

 彼女の激昂にも似た怒号がシャーレのオフィスに轟く。

 ビクッ!と二人が身体を震わせ、彼女の方へ意識を向けると、顔を赤く染め上げながらぷるぷる震えていた。

 

「ど、どうしたんですのユウカ?」

 

「何か異常でもあったか?」

 

「大有りだから怒ってるんですよカロン先生!!これ!」

 

 精算していた領収書を此方へ見せつける様に掲げる。まるで公開処刑だと言わんばかりに。惚けるな、と言わんばかりの強い口調。

 

「何ですかこれ!!大人である先生が初日から散財なんかして…!!お小遣いを貰った子供ではあるまいし…ッて問題じゃないですけど!!」

 

 ノエルは領収書に記されていた文字を読む。

 

 ウォッカ、ジン、ワイン、ウィスキー、カクテル、シャンパン、ブランデー、日本酒、ストロング缶――これがざっと何十本も並べられており、金額は合計6万8700円。

 ビニール袋がヤケに膨らんでいたのはカロンが酒を大人買いをしたからだ。

 どれもアルコール度数も高く、更には高級品も購入されてる。

 酒、酒、酒。

 

「ちょっ!?何なんですのカロンこれ?!全部お酒ではないですの!?!」

 

「?それがどうした?」

 

「どうした?じゃありませんわよ!!貴方、ユウカに自慢げに知恵を象徴する大悪魔だとか、心配無用だとか言ってたのに…!」

 

「祝賀会に酒は必要不可欠だろう――ノエルとユウカはティラミス、私は酒。お前が好みを買ってこいと言った様に、私も私で復讐を果たした盃として酒を嗜むために購入した…それの何処が問題なんだ?あ?」

 

 ダメだこの酔いどれ悪魔。

 そうだ、ぬかった…カロンは大の酒好き。あのラッセル・バロウズが冷や汗を流すほどの酒豪であり、隠れ家生活をしていた際におこぼれで貰った安い酒を美味しそうに飲んでいたじゃないか。

 そしてその祝賀会を提案したのは誰だ?尤も他でもない――カロンだ。

 

「おっと、違う欲しいものがあったとか今更言うなよ?特に希望の品はないと言ったのもノエルだ。なら私が好きな物を買って何が悪い?それにやっとありつけた貴重な命の源水が、店に入れば当たり前のように並んでいる…これを我慢する理由を提示して欲しい位だ」

 

 カロンもラッセルとの共同生活である程度酒を楽しめたとはいえ、あくまで相棒が持ってきてくれたからに他ならない。ノエルといた頃はまともに酒にありつけなかった。

 両手足のないノエルを死守したり、敵情視察やら何やらで忙しかった。それでもパイソンから酒を貰って飲んだことはあるが、それも長くは続かなかった。

 自分のご褒美だと思えば悪くない。

 

「だとしても買い過ぎです!!というか…カロン先生は飲み食いには困らないんじゃなかったんですか!?」

 

「確かに必要はないが、飲み食いできないとも言ってない。私が大悪魔と名乗る頃から酒は大好物の品物…古の時代では酒は貴重な資源として扱われ重宝されてきた。特に物事を考える時にはもってこいだ。喉を焼く感覚が、思考を働かせるスパイスとして刺激が効く――ククク…お前らガキどもには一生理解できん大人の味と嗜みだ」

 

 悪魔の笑みを浮かべながら、高らかにそう告げる。

 キヴォトスと元いた世界で法律は違うだろうが、恐らく未成年への飲酒は絶対に禁止されているだろう。そしてカロンが幾ら大悪魔とは言えど、ノエルには決して飲酒を促さなかった。

 因みにカロンは酒の中でも強めの洋酒、特に蒸留酒が好みである。日本酒やストロング缶はラプラスや他の国では飲んだことがないからだろう、興味本位で買ってきたそうだ。

 

「キヴォトス初の酒、飲まずにはいられまい!!そうだな…今日は何から封を開けようか?ここは思い切ってブランデーか?いや、日本酒というアジア特有のも捨てがたい……缶に入ったアルコールも飲んだことがないしな…いや、ここは敢えてジンとウォッカの2本とも豪快に行くか?」

 

 そしてこんなにも目を輝かせて凡ゆる酒を品定めでもするかのように、大事そうに眺めるカロンはある種子供の様にはしゃいでいる。嗜好品にして貴重品…そんな酒がずらりと並べられていては、幾らカロンでも我慢は出来なかったらしい。

 

「ノエル先生…カロン先生っていつもああなんですか?」

 

「いえ…お酒は全然飲んだ姿は見たことなくて…一度や二度はありますけれど……いつもはああではなくて…あと、お酒を飲むと結構気が上昇するので注意が必要、とだけ…」

 

 酔いどれ悪魔は酒を飲ますとかなり饒舌になり、悪魔らしい口の悪さを見せつける。

 いつもは紳士を装い、ノエルには敢えて見せない隠し事も、いざ酒を飲むと分かりやすく披露する。

 スラム街の休暇でも食糧調達について問いても一向に教えなかったのに、酒をあげればころっと教えてくれた。それが店の食糧を奪っていたと知ったのはかなりショックが大きかったが、カロンから「じゃあお前は悪魔に頼らず食糧調達できるのか?」と言われぐぅの音も出なかった。

 

「ノエルは大悪魔だからこの際、年齢も法も関係ないが…いや、スピカのように中身が子供のまま悪魔になったことを考えれば、お前には一生無縁なものかもしれんな」

 

「いいですわよ!大体お酒なんて匂いますし…興味ありませんもの…」

 

「ふん…お子ちゃまが」

 

 お父様がよくワインを嗜んで飲んでいたのをよく見ていたし、お酒の匂いも嗅いでみたが、何とも癖が強くてとてもじゃないが飲みたいという気にはならなかった。

 

「全く……まあ、今回だけ大目に見ますけども!!次からはなるべく散財しない様に!!お金だって無限じゃないんですよ??次から最低でも今月5000円くらいまで!これじゃあ今月持ちませんよ?」

 

「知らん――それにこれだけ酒があれば一月、二月は保てる。それ以外購入する品など私には無いからな。そもそも何で生徒が私の財布事情に首を突っ込まれなきゃいけないんだ?」

 

「言っておきますけどその財布は私との共有財産だということを忘れないで下さいまし!私だって欲しい物があったりしますわ!それが今でなくとも!!」

 

「ピアノでも購入する気か?」

 

「3500万のピアノは私たちのポケットマネーでは流石に無理があるでしょう……お父様とお母様なら買って下さいましたけども」

 

 サラッとしたノエルの発言にユウカは二度見する。

 ひょっとしてノエル先生、相当な金銭感覚をお持ち?いや、気のせいか…そもそもピアノ自体が高いと聞くし、ピアニストなら一個位相当な値を張っていても当然なのかもしれない。

 

「…分かったよ。一応今月は後数万は残してある。それにある程度の必需品は購入したからな…私は酒以外は興味がない。ノエルはラプラスで堪能できなかった分、キヴォトスで贅沢するが良いさ」

 

「ノエル先生も…まあ…無理しない程度なら良いですけど…いえ、カツカツになるのはダメです!!カロン先生とノエル先生の財政管理は確り続けていきますから!」

 

「助かりましたわ――私、物を購入する時値段を見ませんから…ユウカがこうして調べてくれると、お金の危機感というものを察することができますし」

 

 はい?またしてもカロン先生と同じように言葉が喉に詰まる。

 まともで常識的なノエル先生が、値段を見ないときた。此処までテンプレなお金持ちだとは思わなかった。

 ダメだ――カロン先生とノエル先生、このまま放置してるとあっという間に金を使い底まで尽きてしまう。

 購入した品物を改めて目で追っていく。

 

 ――ティラミスは全然良い、寧ろ私の分まで買ってくれたんだ…そこは良しとする。ノートとペン、メモ帳も全く問題ない…寧ろ必需品だろう。

 アップルティーやコーヒー、ココア…これもまだ理解できる。何故頼まれてもないコーヒーやココアを選んだかは存じないが…。

 だがここからはもう酒、酒、酒…兎に角酒。

 買うなとは言わない――カロン先生も酒を嗜んでる以上、大人であろうと大悪魔であろうと、犯罪の域に達さない程度で飲むのもまあ許容範囲だ。

 然し、ほぼ酒が大量に購入されてるのを領収書で確認すると会計士としてもセミナーを代表する生徒として見過ごすわけにはいかない。

 

 まあもう一つ気になっているのが…

 

(チョーク…どれも全部真っ赤な……黒板に使う、にしては…赤だけっていうのは不思議ね……)

 

 ノエル先生が頼んでも無い赤いチョークを数パック購入してる。カロン先生独断だと考えて良いのだろうが…何故よりによって赤いチョークのみなのだ?

 値段もそこまで響かなかったので、良しとするが…。

 

「もう、本当に仕方ないですね…私がいないと、二人は破産しかねないですし――私がこれからちゃんと領収書の清算と共に、財政管理をきっちりさせて頂きますからね!こういうの、他の人にはできないんですから……」

 

「いやだから金銭管理など子供が首を突っ込む様な……」

 

「お酒で殆ど散財してる大人の言葉なんて説得力ないですよ〜?そういうのはお金にもっと余裕がある時に使う言葉なんです。もう今月数万しかないんですよね?これ、もし大悪魔だなんて存在じゃなかったら完全に貧困トラブルで苦しい目に遭ってるんですよ?カロン先生がそんな甘ったれた発言してても良いんですか?」

 

「クッ…こいつ……」

 

 本当に口が回る…言う様になったじゃないか。と苦虫を噛み潰したように表情を歪ませる。

 ユウカの謎のドヤ顔と正論パンチにぐぅの音も出ない大悪魔。

 すごい…あのカロンを黙らせるなんて、とノエルは目を大きく見開く。

 

「さっ、もう領収書の清算も終わりましたし…カロン先生が買ってくださったのを召し上がりましょう!…カロン先生、一応職場なのでお酒は…」

 

「ティラミスにはシャンパンが合いそうだとは思ったんだがな…」

 

 カロンはむむむ…と眉間に皺を寄せながら何やら納得のいかない様子だ。

 洋菓子…特にケーキなどには相性は良いが…職場のオフィスで酒を飲むと言うのは些か場違いというか、こういうのは仕事を終えてからするものなのだが…

 

「ほらカロン!アップルティー…貴方も味わって?カラスは果物が好みだったりするんでしょう?」

 

「カラスは雑食性だ。果物は農園で落ちたダメな奴を食う…中には動物の死骸なんかもな。食い物に好みとかはない。基本腹に入ればなんだって良い」

 

「へぇ…カラスの食生活なんて滅多に見ないので知りませんでしたわ」

 

「カラスではない!大悪魔だ!!」

 

「変に時間差を付けて反論するのやめて下さいまし!!」

 

 転生しても健全なコントだ。

 そんなことを言いながらも、コップにアップルティーを注いで行きながら、三人とも準備が整ったら召し上がる。

 カロンは滅多に食通をしないが、今回ばかりはノエルのご意向に甘えて召しあがろう。

 

「ふむ……ほぉ〜ッ。甘い味が奥深く響き渡るな。まろやかさとこの味わい……女子がスイーツ好きというのも頷ける」

 

「ん、本当に美味しい……お母様と召し上がったティラミスとは違いますけれど…これはこれで、充分お口に合いますわッ」

 

 カロンは関心するように口の中に残っている甘いティラミスを、味わい深く咀嚼する。ユウカが「カロン先生の口…開いた姿初めて見た…」とちょっと面白味を感じながら眺めていた。

 ノエルはと言うと、久しく口にしていなかった自分の好物に、思わず頬を緩めてしまう。

 それは先生や大悪魔なんて忘れさせてしまうような、子供地味た輝かしい笑顔。最後にティラミスを食べたのは、ピアノコンクール前日だったか…バロウズとの決戦前、最後に食べたのだってサバ缶とツナ缶だけだ。

 

「ノエル先生もカロン先生も満足そうで良かったです!でも思考労働した後に甘いのを食べると、糖分が脳に行き渡って活発しやすくなりますし……」

 

「ユウカ、今度書類の提出先やら手続きを教えてくれ。これだけの書類…まあ30分もあれば終わるだろう」

 

「え゙?普通にこれ2時間位掛かりますけど…大丈夫ですか?何なら休憩終わったらやりますけども…」

 

「なに、書類の100枚や200枚…先程宣言した通り簡単にあしらってやるさ――尤も、隠れ家に住んでた頃はラッセルと共に仕事をしてたものだ。流石にこれほどの書類の山は無かったが……それに今日はノエルと一緒にいるという役目や仕事をこなしてくれたんだ。これ以上お前に労働を強いる訳にはいかんだろう」

 

 ラッセルの名を聞く二人の顔は顰めっ面になる。

 市長に向けての書類仕事――ラッセルはカロンの力に頼らず自力でこなしていた。当然カロンも一から全部面倒を見るつもりはなかったし、そう言う仕事は当の本人にやらせるべきだと判断した。市長になる為の武力と戦略的な知識、仕事の経験を積みたいという本願が強かったラッセルとしても余計な手助けは無用とまで言っていた。手助けするのは精々汚職とも呼べる犯罪行為や他の市長議員や一部の市民を陥れ、排除する為に細工をしていた程度…。

 ラッセルといた頃は出来なかったのではない――成長を促す為に敢えて見守っていたのだ。

 まあ、書類の再確認など目を通していたので、こういった仕事は慣れている。

 

「あ、そうですわカロン!ユウカが仰ってたんですけれども、カロンもパソコンを学ぶ際にはミレニアムのえっと…バニタスって部活の副部長に頼ると良いみたいですわよ!」

 

「バニタス…?綴り間違えてるぞ。それを言うならヴァニタスだ。虚ろ?意味がわからん。何の部活だ」

 

「ヴェリタスですよノエル先生…ちょっとポンコツなところもノエル先生らしいですけど…」

 

「へ?」

 

 ユウカのちょっとした毒舌にノエルは素っ頓狂な声をあげる。

 ヴェリタス部――副部長の各務チヒロ。

 天才ハッカー集団の中でもリーダー格を担う彼女は、暴走気味な彼女たちの抑止力として担っている。

 部長の名が挙がらないのは、特異現象捜査部の部長に任命されたからだとか。

 副部長なんて肩書きだが、今の所はほぼ部長の代わりとしてチームを中心に活動している。

 

「ほぉ……それは僥倖。今度行ってみるか」

 

「え?珍しい…私が言うのもなんですが、あれだけ機械弄りが嫌いだったカロンが…?」

 

「挨拶も兼ねてだが、キヴォトスでも相当優秀な…はっかー…なのだろう?それにパイソンが居ない現状、そういう輩の助っ人は必要不可欠だ。こればかりは私でも一人でどうにもならん……恥を承知の上で頼む他ならんだろう。最悪…仕事を進めていく内に力を借りることはしばしばあるかもしれん…」

 

 心配でしかないのだが。

 大丈夫だろうか?パソコンのパの文字さえ分からない機械音痴が、ハッカーと付き添いで何処まで成長するのだろうか、逆に知りたい自分もいる。

 だがパイソンがハッカーの役目を担っていたのも事実だ――カジノ・ミスティに配置してある全てのカメラをハッキングする活躍を買ったのだから。

 サポートに回っていた元ロッソファミリーの構成員である狡猾な蛇がいなければ詰んでいたのだから。

 

「ですが…確かに、フーゴやオスカー達がいない今…私達の手助けになるのもまた生徒達、ですものね…」

 

「だから対等な関係だと言ったんだ。私達とキヴォトスの生徒達は鎖で紡がれた存在。独り歩きなどさせやしないさ」

 

 当然副部長が此方の指導をするのなら、此方も褒美として何か願いを叶えてやらなければなるまい。

 こういう代償を払ってから願いを叶える…というのは、悪魔の条文からして問題はないのだが…。

 

 今思えばカロンとノエルはさておき、パイソン、トード、スラッグとは敵対していた訳でも悪魔との契約を結んでないにも関わらず、あの三すくみとも対等な立ち位置関係にあったじゃないか。

 昔のカロンならあの三人をどう手駒として利用するか、企んでいても可笑しくは無かった筈なのに。

 それも、カロンが成長した証でもあるのだろう。

 

「それに…今日は此処へ来てから色々な事があり過ぎた……キヴォトスへ訪れてから未知なる遭遇に不良達と言いあの女狐……オマケにシッテムの箱。一日でこれだけの体験――復讐を遂げたばかりの体感でよく此処までついて来れたものだ。これからの方針は私達で考えるとするか……」

 

「それもそうですわね…あんな壮絶な戦いの後にキヴォトスの命運だなんて……現実味がなさ過ぎて夢かと思いましたが…改めて、手足が戻って、こうして生きているだけでも有り難いですし…久々に自分の足で歩いたり、手を動かしたりして…不慣れもあって疲れてしまいましたわ……」

 

「悪魔の睡眠は体力回復だ。それにお前はほぼ生身の人間に近いレベルの存在……無理はするな。今のお前には小悪魔というのがお似合いだからな」

 

「ぐ…ッ!!相変わらず煽りますわね…ふん!何れ堕天のような窮地に辿り着けるよう成し遂げてみせますわ!!」

 

 ソイツは頼もしい限りだ、と薄ら笑いを浮かべるカロン。それを何処か遠くで見つめていたユウカは、カロンに対してちょっとだけ、訝しげな目線を送っていた。

 

 ……カロン先生。

 もし、ノエル先生の言葉が本当なら…その通りなら…どうして貴方は…そんな風に――ヘラヘラ笑っていられるんですか?

 それは私が知らないだけ。

 知らなさ過ぎるだけなのは理解しているのに。

 ノエル先生の未来を奪ったのは、カロン先生も同じ事なのに……どうして、ノエル先生もカロン先生も、二人揃ってそれでも…隣で寄り添い肩を並べれるんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────────

 

 

 

 

 

「先生、今日は一日有難う御座いました。それと、お疲れ様ですッ」

 

「ふん…こっちが礼を言うべきだろう。ノエルと言いお前と言い…本当にお人好しだな」

 

 七時を過ぎた外の空気はひんやりしており、夜風が頬を撫でる。

 空は真っ暗に染まっており、点々とした白い星は闇夜を照らすように神秘的だ。

 ユウカは軽く背伸びをする。

 ノエルはあの後、疲れてしまい眠ってしまったようだ。大悪魔も疲れてしまえば、体力を回復させる為に眠りに落ちることがある。睡眠をせずとも命に関わることはないが、した方が傷の治りが早まったり、疲労が消えるのが早かったりする。

 他にもスピカの能力により強制的に眠らされるというのもあった。

 

「………あの、カロン先生。聞きたいことがあるんですけど…」

 

「?なんだ?」

 

 ユウカはノエルがいないのを機に、カロンには振り向かず、顔を俯きにしたまま言葉を投げる。

 

「カロン先生は……ノエル先生の両手足を奪ったって話…本当、なんですよね?」

 

 ユウカが何故今になってそんな話を持ち出すのか疑問には思ったが…カロンは目を瞑りながらも彼女の問いに応える。

 

「だとしたら何だ?今更怖気ついて私と関わるのが怖くなったか?」

 

「どうして…そんなことをしたんですか?」

 

「…お前、ノエルから何処まで話を聞いた?」

 

 質問を質問で返す。

 まず答えを返すには、質問を聞いてから出ないと何処から話せばいいか分からなくなる。リンにも話したが、ノエルが両手足を失った話は公論したが、ユウカがそれをどう受け止めて、ノエルとどんな話をしたか全貌を見ないと応えたくても言葉が返せれない。

 ユウカはノエルと二人で話したことを洗いざらい全て吐き出した。

 

「フン…あのバカが……そう易々と他の人間に話すものでもないだろう。だとしたら、ノエルはお前のことを相当気に入った様にも見えるが…」

 

 カロンは悩んだ様子で悪態を吐きながら、手で頭を押さえる。溜息しか出ないとはこのこと…カロン自身、余り自分の過去を公にする主義ではないのだが……。ノエルが少しでも、本心を知ってる知人が一人でも欲しかったと考えれば、心境的に察して仕方なくもないように思てしまう。

 

「私は…今のカロン先生からは想像も付かなくて……勿論!ノエル先生が嘘を言ってる様には見えませんよ?!だけどその…だからこそ、カロン先生がなんでそんなことをしてまで、ノエル先生と仲良く出来てるのか分からなくて…」

 

「ふむ…成る程。で…それを知って、どうする?」

 

「私は…ノエル先生が私達生徒に、想いを込めて接してくれるのなら、私もノエル先生の気持ちに応えたいって言いました。そして其処にはカロン先生もいるんです。だから、カロン先生に対してその…変な意識というか…悪いイメージを抱きたくないというか…こう、有耶無耶としたまま解決したくないなッて!」

 

 シャーレの部室に入る前に、ユウカとノエルが話し合っていた先生と生徒の繋がり。

 その内容はちゃんとカロンの頭の中に入っている。だからこそユウカのその言葉も、意思も、全て本音だというのは簡単に見解できる。

 

「…分かった。お前のそういう契約に向き合う姿は嫌いじゃない…なら教えてやる。その前に……ユウカ、お前はもし『セミナーが抱えている問題を私が解決できる』としたら何を願う?」

 

「え?何ですか突然…」

 

「良いからッ。なに、言ったことを本気で叶えるわけじゃない――例えの話だ」

 

 話の順序だろうか?と、ユウカは頭を悩ませながら…数々の案を思い浮かべる。

 

「連邦生徒会長に頼むはずだった風力発電所の復興とか…あとはミレニアムの資金源を増やしてほしい…とか?」

 

「よしっ、ではお前が…生徒ではなく一人の契約者として、早瀬ユウカが大悪魔カロンに『ミレニアムの資金源を増やして欲しい』と願ったとしよう。もしそれがお前の本当の意思で願うのならば、私は今すぐにでも莫大な資金源を与えることが可能だ」

 

「えっ、本当ですか!?」

 

「それこそ連邦生徒会長のように、お前らが乞うてた願いを私は叶えることだって出来る。それも過程を吹き飛ばした『結果』のみを残してな。それが大悪魔という存在だ――お前らは私やノエルの事を外部からの存在として片付けてはいるが、実は超常現象さえ起こせる化け物なんだよ」

 

 だとしたら、それこそ凄いじゃないか。それなら別に連邦生徒会長が居なくても現状的には問題ないし…何なら生徒会長も行方を絡ませる際に、二人を連れてきたのだってきっと――

 

 

「ただしその場合、私だったら早瀬ユウカに『命を頂く』という代償を与えるがな」

 

 

 え?

 カロンのさりげない人殺し宣告の言葉に、心臓が抉られる気がした。

 嫌な汗がぶわりと吹き出る…。カロン先生はある程度冗談を言う時もあるが、こういう真剣な時は決して冗談は言わない。

 

「他にもチナツが『現状について納得できる答えが欲しい』と願うなら、チナツの記憶を一部奪うという代償を与えるだろうし、風力発電所の復興ならセミナーという部活を抹消する…という代償を与える。もう此処まで言えば分かるだろう?大悪魔とは、願いを叶え代償を与える…危険な存在だということを」

 

 大悪魔とは人の欲望を唆せ、契約によって願ったものを叶え、代償を与える。

 カロンと契約したノエルは両手足を、シーザーと契約したジリアンは五感を、スピカと契約したリベリオは殺人衝動を――超常現象を簡単に起こせるそれを奇跡と呼ばれ、契約者と大悪魔との間では魂の取引が行われる。

 

「そして代償はその願いに見合ったものを与えるのだ。人が人生を全うして金を稼げるのが2億前後だと推測して、もし10億を要求した場合、魂を引き取る…というのがまあ妥当な取引だろう。これでもサービスしてる方さ。考えてみろ――何の裏もなく自分の望みが簡単に手に入ることなどある訳ないだろう。物事はそう都合良く行かないんだよ…だから、ノエルが『式典奏者になりたいから人殺しを願った』からこそ、それに見合った代償を与えただけ……私が悪意あってノエルを貶めたとでも?だからアイツが両手足を失ったのは、人殺しという罪を、傷を一生背負っていく『代償』なんだよ。そして奴は代償を知らなかった……お前達と同じように、願いを乞う側だったんだよ」

 

「………」

 

「仮にもし代償なく願いが叶えられるとしたら、私は大悪魔ではなく神と名乗るだろう。尤も…嘗ての相棒が神に等しい存在に、化け物に変わってしまったのだがな」

 

 そして自治区の問題やら学園の問題を解決していった超人とも呼べる連邦生徒会長こそ、本当に神の様な存在なのだろう。

 寧ろ今までなんでもかんでも解決できた事自体が異常で、更に今までが都合が良過ぎていただけだ。

 

「それでも私がアイツと寄り添ったのは、第二の契約を交わしたからだ」

 

 助けて――ノエルが廃ビルの屋上から海へと落とされる際に願った彼女の意思。カロンは彼女の願いを汲み取り、第二の契約を結んだのだ。

 

「そして助けた代償としてラッセル・バロウズという…嘗ての相棒を復讐することを約束した。ユウカ……なんで、ノエルがあそこまで本気でお前達に『努力をして願いを叶える』なんて選択肢を取ったのか、分かるだろう?お前達に嘗ての自分を重ねてほしくない…そして、代償を背負わせたくないからだよ」

 

 自分が代償を体験したからこそ理解できる、ノエルの視点と心境。

 キヴォトス外部だろうと、黙っていられなかったノエルの行動は、ユウカを大きく揺さぶった。

 

「ノエル先生はそこまで……」

 

「そしてもう一つ…今後ともノエルと私はお前達の願いは叶えてやるが…それはあくまで対等な関係で、協力した上での行動だ。そうすればお前達に負担のある代償を払わずに済む…まあ、こう言うのは小悪魔がやる手口なんだがな」

 

 特殊能力は一切授けない。

 契約者が危険な代償を払わせない様に協力前提での行動。

 無茶な願いは此方が判断し、叶えるか否かは此方が決める。

 

 今後ともノエルとカロンが先生として、大悪魔として活動する為の方針だ。

 

「どうだ、理解したか?これが両手足を奪った大悪魔と復讐を貫く魔女さ。私がノエルと仲良く…というのも、まあ…アイツとは行動を共にすることが多かったのもあったし、アイツの無茶振りさと前向きな行動が、私を変えたのは事実だ」

 

 嘗ての大悪魔カロンは、狡猾で残忍だった。

 女子供など邪魔な奴らを人質に利用して殺せ。

 マフィアを拷問した後は家族や友人を巻き込んで拷問しろ。

 自分達の被った罪を邪魔な市長議員達に濡れ衣を着せて社会的地位を殺してやれ。

 人殺しを見られたら見境なく殺せ。

 市長の破滅のために、自分を育ててくれた親を…殺せ。

 

 こうして嘗ての相棒に…ラッセル・バロウズに悪意を唆せ、本当の悪魔へ…怪物へと変えてしまった。

 それが、ノエルの両手足を奪う結果に…自分自身を敵に回した。

 あの頃は未熟だった…大悪魔として契約者に肩を入れて、感情移入し過ぎたのもある。

 それを踏まえて、大悪魔である自分は取り返しのつかない事をしてしまったのだから。

 

 カロンは、聞き眺めていたユウカに寄り添い、肩を抱き寄せる。

 

「えっ…?カロン先せ…――」

 

「もう……これ以上、あんな風になってしまうのはゴメンだ――先生と名乗る以上…ラッセル・バロウズ(愚かな相棒)と同じ道を歩ませはしない……」

 

 初めて見た、カロン先生の苦痛と悲痛が混じり合った、弱々しい…人間味のある顔を。

 本当に、泣き出しそうで…切なそうで…苦しそうだった。

 それは…余りにも大悪魔らしくなくて、とてもノエル先生の両手足を奪った張本人なんて嘘だと思ってしまうほどに。

 

 

『あ、悪魔……!すごい、本当にこんなことが……!!』

 

『俺は権力じゃなく、権力を身に付ける為の武力が欲しいんだ!俺は、ラプラスの頂点に立たなきゃ、死んでるも同然なんだ』

 

 

『いててて…全く、幾ら護身術を身に付ける為とはいえ手加減くらいしてくれよなッ…。もう一度…もう一度だ!次は頼むぞ…?今度は手加減5割増しで…!』

 

『おいカロン!!蜘蛛や毛虫がいるぞ!?それに隠れ家にしては結構汚れてるし…本当に大丈夫なのか?ッておい!カロン、ムカデ!!頼む、殺してくれ!!』

 

『お前と契約を結んで一ヶ月、折角だしコイツで乾杯と行こうぜ。酒、今日は良いやつが手に入ったんだ。いつもお前の指導のお陰で俺も着々と結果は付いてきてる…これも、相棒のお陰だ』

 

『相棒、偶には食事を楽しんでみろよ。ほら…一切れ、白身魚のムニエルやるからさ。白ワインと一緒にいただくのが最高なんだぜ?食べ物にだって、食い合わせの相性ってものがあるからな』

 

 

 もう――私の手の届かない所に行ってしまう…そんなことは、もうごめんだ。

 

 

「お前が私を嫌うのも良い、恐るのも大悪魔である以上寧ろ自然の摂理だろう…だが、これだけは覚えておけ。私はお前達の味方であり、対等な立場の関係だと本気で思っている。そして…いつか、お前達にも…最高の景色を見せてやりたい」

 

 このキヴォトスという学園都市から見える、生徒達にだけしか見えない、青春の景色。

 嘗て、契約者の真の願いを叶えたシーザーが、ジリアンに最高の景色を見せてやったように――ノエルと私が死の間際に見せたあの輝かしい夕陽が沈む美しい景色と同じ様に…

 

  記憶として刻まれる青春(ブルーアーカイブ)の景色を――大悪魔が成す絶対的なる奇跡をみせてあげたい。

 

「ノエルが過ちを犯した様に、私も過ちを犯したのさ……だが、もう二度と…次は、失敗しない。お前達を、悲惨な末路には向かわせないさ」

 

 

『大事なのは経験ではなく選択、あなたにしか出来ない選択の数々――』

 

『契約のルールなどに翻弄されず、常に契約者の願いに傲慢であれ――』

 

 私達をこの世界へ連れてきた、連邦生徒会長の契約の言葉。

 誇り高き大悪魔の遺した、悠久に継がれゆく意思。

 

「今の私は…生徒が進む数々の未来()を広げ、お前達の願いに傲慢であれる…契約者(生徒)に寄り添う、大悪魔(先生)さ」

 

 もう、私は契約者を弄ぶ大悪魔ではない。

 

 

『悪魔が契約者を尊重してどうする?悪魔なら契約者を支配し、弄べ――』

 

 

 それが大悪魔の全てではない。

 ノエルがオスカーやワカモと対峙した時に『もう間違いたくない』と願った様に、私も…二度と契約者が手の届かない所へ行かない様に、嘗ての過ちを繰り返さない為にも…『もう、間違いたくない』――

 私もあの廃ビルの屋上で気付くべきだったのだ……何故、年端もいかない娘が式典奏者になる為に、社会的に成功してる大人を殺すのか?式典奏者と繋がりのない人間の殺しを願ったのか?

 ピアノと殺しに何の繋がりがあったのか?

 何故…シビラ・ベッカーがいたのか?

 

 あの頃の私は…過ちを犯してしまったのだ。

 それは人の不幸と憎悪を嘲笑う大悪魔(大人)にしては余りにも致命的なミスで、滑稽で…自らを穢したのだ。

 

 だからこそ、数々の選択を取るべきだった。

 だからこそ、願いの本質を理解するべきだった。

 

 あの時、ノエルの願いを一蹴する選択をするべきだった。

 あの時、契約者の真の願いを聞き理解する必要があった。

 

 

 もう間違いたくないからこそ、キヴォトスに存在する生徒達を…知る必要がある。契約者の願いに傲慢である為にも――先生にしかできない生徒が歩む未来の為にも。

 

 

 

「……ッ」

 

 ギュッと、寄り添っていたカロンにユウカは黒い服を掴み、抱き締めた。

 

「ッ――ユウ…」

 

「そんなこと言われたら……私も、頑張りたくなるじゃないですか……嫌いになるはず、ないじゃないですか………つらい、でしょう…そんなの……カロン先生がそんな…辛い体験をしていたなんて……私……」

 

 だって、大切だった相棒が敵に回って…それをノエルと自分で復讐することになって。

 手の届かない場所まで堕落して、自分が指導した初めての契約者が、カロン先生やノエル先生を苦しめることになって…

 

 カロン先生は恐ろしくとも傲慢で、悪魔なんだなって思うことはあるけれど…この人も、ノエル先生がいたからこそ変われたわけで――カロン先生がいたから、今のノエル先生がいる訳で…。

 

 鎖で紡がれた縁がキヴォトスにまで届いて…生徒達にも鎖が紡がれていく。

 そうして積み重なった奇跡が、私たちの先生になって…未来へと進ませてくれる。

 

 この人達は、本当に凄いんだ。

 自分達が歩んできた人生とは、余りにも違いすぎる。

 

「だから、もうそんな……自分を虐げないでください。今の先生は…私達の誇りなんですから……私も御免なさい。先生のことを知りたくて…向き合う為にも知ろうと思った結果、こんな……辛いことを話させて……ごめん、なさい…。そして…有難う御座います……」

 

 私たちの…今の先生でいてくれて。

 私たちの想い(願い)に傲慢でいてくれて。

 生徒のために、胸を張ってくれて。

 

 涙が滲み出るのを必死で堪える。

 この人達は…きっと、想像を絶する経験をいっぱいしてきたんだろうなと思った。

 まだ一部しか語ったないだけで、その経緯も…相当大きいんだろう。

 それでも…ほんの一部でも先生のことを知れて良かった――私、早瀬ユウカは先生方と一緒に、この学園都市(キヴォトス)で…いつか、一緒に色んな夢や願いを叶えて、最高の景色をともに見ていたい。

 私だけじゃなくて…きっとノアやコユキも……ひょっとしたら、あのリオ会長だって…。

 

 

「理解してる――お前ももう謝るな。私が契約者の真の願いを叶える為に心の内を知ろうとしたように…お前も、私達と向き合うために知ろうとしたのだろう?ならば、私も向き合うべきだ。何故なら私たちは対等な関係であり、足並みを揃える…鎖で繋がりあった存在なのだからな」

 

 ユウカを優しく…涼しい夜風から身を挺して守る様に抱き止めて、暖めるように包み込む。

 これからこの先…色んな生徒と一緒にこの学園都市を奔走していくことになる。

 そして物事は都合よく上手く進まないように…様々な最悪が衝突するだろう。

 嘗てラプラスと戦った様に…キヴォトスと戦う――だが、何度も最悪を経験し、その度に向き合った私達ならきっと…。

 

「…フッ。似合わないことをしたな…余りにも昔のことを思い出して湿っぽい話をしてしまったようだ。忘れろ」

 

「忘れるわけないじゃないですかッ――先生が滅多に見せない本音、見ちゃいましたし?これは私と先生の秘密にしておきますから…♪尤も、これが書記の『ノア』じゃないだけ、有難いことだと思いますけどねッ」

 

「ふん…こいつ……」

 

 頬を赤く染めながら、目を逸らしそっぽ向く大悪魔。

 ――なんだ、カロン先生も可愛いところがあるじゃない…と、ユウカは心の中でボソリと言葉を呟いた。

 ……カロン先生の身体、暖かかったな。

 手先は黒い羽に触れてる様で、安心するような心地よい感覚に包み込まれて……

 

(……ッ?あれ、今思えば私…カロン先生を抱き締めてたんですよね?……ッッッ!!!)

 

 感情に流されてしまっていたが、考えてみると羞恥心が昂っていく。

 耳まで顔が真っ赤に染め上げていき、段々と自分の行動に恥ずかしさが込み上げてくる。

 

「?急に顔が赤くなったぞ?オイ、大丈…」

 

「か、かかカロン先生!!明日朝から会議があるのを思い出しましたので!!きょ、今日はこれで失礼しますッッ――!!!」

 

 大声でカロンの言葉を掻き消しながら、ユウカは颯爽と逃げる様に足早く帰っていく。

 何だったんだ?という疑問の感情が心の底に湧き上がりながらも、特に気にする様子はなかった。

 ノエルにお面を外されたワカモの行動と重なり、デジャブを感じた。

 

「やれやれ…まあ良い。ノエルも今日のことで疲れも溜まって眠りに就いてるのだろう。私も書類の仕事くらいやれる分まで片付けておくか」

 

 夜風を浴びながら、シャーレの建物に点いてる灯に目を遣る。

 今日から私たちが先生として活動する拠点…そしてこの学園都市キヴォトス。謎の多きこの不可思議な世界と神秘に溢れた学園都市……嗚呼、どうやら私たちの物語は、新たな大悪魔として始まりを迎えたのだ。

 

 

「ラプラスから引き継がれたこの想い……今度こそ、間違えないぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 






カロンがバロウズと一緒に楽しんでた記憶は、一緒に肩を組んで酒を嗜んでるシーンです。お互い酔いながらも話に華を咲かせながら、相棒と苦楽を共にしたカロンとバロウズ。
pixivで調べてたら偶然見かけたんですけど、アレ見た後だと結構心に来ます。
書いていく内に当初予定していたプロットが外れていく感覚。運営や作者もこんな感じなのでしょうか。

次回、チナツがあたふたするぞ――お楽しみに!
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