被虐と赤眼の教導者   作:トラソティス

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一つ、とんでもない訂正がありました。
被虐のノエルの漫画を全巻購入して読んでたのですが…カロン、なんと…ちゃんと睡眠取ってました。
これ凄く意外だったんですよね。ラッセルに本で叩き起こされてました。めっちゃびっくりしました。
では何故作者が『カロンや大悪魔は睡眠を取らない』なんて解釈をしたのか…これについてはちゃんとした理由があります。

まずカロンは飲み会は必要ないと断言してました。これに関しては良いでしょう…次にノエルを海から引き上げて助けた際に、ノエルの服を生で着替えさせたんです。ノエルはカロンをロリコンと呼んでおり、変態と罵ってました。イオリもカロンに対して変態と呼ぶ日が来るのでしょうか。
それに対してカロンは『人間のメスの身体に興味はない』と言ってました。つまり性欲が存在しないことを指します。
食欲、性欲がないのなら…睡眠欲は?
私は大悪魔は三大欲求を必要としないと思ってたのです。更にカロンが寝ていた描写はスピカに眠らされていた所だけです。
ノエルがスラム街から警察に追い出され、逃亡生活の際もカロンは重傷を負っていたにも関わらず、眠っていたような描写も起きたシーンもなくずっと見張りをしておりました。なので「え?マジで三大欲求ないんじゃない?」と思ったのですが、ちゃんと寝てました。
なので後日また時間が空いた時に訂正していきます。すまぬぅ、すまぬぅ…。

#モモトーク#チナツ#ASMRが卑しい#クレーン#恋落チナツ#猫を食う店#メンタルカロン#Vaio hazard


story7『火宮チナツ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 早瀬ユウカと個人面談と名ばかりの会話を終え、カロンはシャーレのオフィスに戻った。

 デスクに突っ伏しながら涎を垂らして爆睡するノエルを見下ろし、暫し様子見ながら…彼女を抱きかかえる。

 端から見ればお姫様抱っこ――もし彼女が起きてたら動揺の余りジタバタ暴れてしまうだろう。

 

「大悪魔という肩書きを背負いながら人間に近い状態…か。私とお前で漸く、存在維持が可能な現状…今も昔も変わりなし…だな」

 

 そのまま寝室へと足を運ぶ。

 殆ど空き部屋に近い質素なカロンとノエルの共同自室は、ベッドや机と椅子以外は殆ど何もない。

 ノエルをベッドに寝かしつけ、カロンは「やれやれ…」と溜息を吐く。

 これではまるで、初めて邂逅したあの日を思い出す。

 確かあの時も両手足を失ったノエルを海水から引き上げて、スラム街の空いた部屋に駆け込み応急処置を施し、ベッドに寝かしたんだっけか。

 

「……さて、一人になった事だし、軽く整理でもするか」

 

 カロンはシャーレのオフィスに戻り、ガラン…と放置された椅子に座り込む。

 こうして追っ手もなく堂々と身構えもなく生活できるというのは、何という贅沢か。

 外の世界では犯罪そのものを象徴とする存在…それを此処キヴォトスでは安易に受け入れている。当然それは大悪魔という存在の危険性が未知であると同時に『大悪魔』という存在其の物がこの世界には存在しない他ならない。

 

(……大悪魔という存在が物珍しいとはいえ、悪魔との契約が犯罪という法すらないと考えれば…小悪魔も大悪魔も存在しない。それはつまり『伝承や風評』がないことを意味表す。これはリンとの対話で得た答えではあったが…確証がなかった。次にキヴォトスと外の世界の常識……普通に市街地でテロ行為に市民…ヘイローを持つ生徒…こればかりは情報不足過ぎる)

 

 何故生徒はヘイローという不可思議な現象が有るのか。

 アレが生徒達の生命維持を現してるのか、性格を具現化しているのか、そういう自然現象に似た特異現象なのか。

 キヴォトスに住まう市民はなぜ動物の顔をした二足歩行の人型が存在しており、それに対して何も疑問を抱かないのか。そこにヘイローを持つ生徒と、人型の獣に何の差異が有るのか?

 そしてキヴォトスに住まう市民達は皆、身体が頑丈過ぎる。JHP弾を撃ち込まれたユウカも「痛ッたぁ!」で済む程度。普通、一発喰らえば致命傷は免れないのだが……。悪魔の鎖も、身体を貫通さえしなかった。それを踏まえた前提で全力で対峙したのだが、生徒達は致命傷を負うことはなかった。

 悪魔の契約により、鋼鉄の身体を手にしたオスカーと闘ってるような気分だった。

 

(次にシッテムの箱…アロナと呼ばれるこの奇妙な女子供。一応生徒として扱えば問題ないのだろうが……生徒会長はこの工芸品を何処で所有したのか…何故大悪魔が起こす心象風景…別の空間を生み出す技術を手にしているのか……)

 

 アロナと呼ばれる少女…機械に疎いので未知な部分ばかりだが、ノエルでさえもサッパリと言った様子で分からない雰囲気を晒していた。電子板…じゃない、端末内部に存在しているデータが具現化された存在かと思いきや、ほぼ人間と大差のない…まるで本当に生きているかのような。接続なくサンクトゥムタワーの制御権を悪魔の軌跡のように、過程を吹き飛ばした結果を手にした。アロナがそういう特殊能力や機能が備わっているというのなら話は分からなくもないが…妙に現実的とは思えない。いや…キヴォトスに於いて現実味を求めるのは少々違うだろう。自分の常識が通じない世界だ――自分とノエルの普通を当たり前のように感じてはいけないのかもしれない。そしてそれを頭の中で理解していても、驚かされてしまうのは慣れてない証拠だ。

 

(あとこの金色のカードは……現実で言う金を代用とするもの。クレジットカード…と、あのロボットの店員は言っていたな。そして生徒でもない者も私に先生と呼んでいた…)

 

 クレジットカード――利用するのは初めてだが、今は金塊や財貨ではなくこの一枚の薄っぺらいカードが今後この世界での金銭になるらしい。表示には残高も描かれている。

 成る程…世の中便利なものだ。いや…確かラッセルも証拠隠滅のためにマフィアや古株やライバルの議員達が所持していたカードを幾つか拝借していたのを見たことがある。

 

「先生という立場…か」

 

 そして重要なのはこの先生という存在。

 ノエルは実感が湧いてないようだが、私はこの『先生』と呼ばれる名前…その役職、立場はとてつもなく大きな存在だと確信している。

 考えてみよう――頭脳明晰にして会長代理を任されてる七神リンが、ノエルにまで事務処理を押し付けるか?

 私ならまだ分かる。

 知恵を司るにしろ、人間の年齢として考えるにしろ、私は大人の部類に入っている。

 職員が私とノエルの二人だけというのも可笑しな話だ。秘書のアロナがいるので負担は軽くなるにしろ、こういうのはサポートする立場の職員から雑務、事務職、他の構成員が居ないと可笑しい。それも私とノエルが先生という経験を持ってるにしろそうでないにしろ一任された……。

 まるで此処に訪れた時からそう決定づけられていたかのように。

 

 この世界にも大人がいるのなら、仮に各学園にも教育する担任や顧問が存在するのなら、態々私達に任せなくても良い。精々私達は『誰も叶えられない悩み事を、どうしても解決してほしい』という立場位。

 ならば何故、全生徒をシャーレに呼べる権限など持っている?

 リンでさえ生徒会長のことを深く知らないように見えた…シャーレの地下室、シッテムの箱…此処の部室……何の意味もない訳が無い。意味もなく作ったり権限を創造したのなら、生徒会長は超人ではなく変人と正すべきだ。

 

 

「これらによって導かれる回答は……私とノエルが呼ばれる『先生』とは――『大悪魔』と同等なモノか…ッ」

 

 

 私は此処に訪れ、リンと会話した時から薄ら、そのような解釈をしていた。

 最初は漠然としていたが…先生が『絶対なる権利』『シッテムの箱の所有者』『先生という特別的な概念と存在認識』に於いて、大悪魔に似た崇高的な存在を感じていた。

 本当に先生という存在が必要なら私やノエルに頼まなくてもベテランに頼めば良い。

 教師や先生を名乗るなら資格やそれなりの経験が必要である。

 にも関わらず私とノエルが先生という縁のないものを呼ばれる理由は…?

 

『先生』と呼ばれるこの立場は、私たちの常識を覆す絶対な存在だと認識している。

 

 大悪魔に対して『教育者になって欲しい』という類の願いは…ラッセル・バロウズが初めてだった。内容は『ラプラスの頂点に立つ為の武力が欲しい』と言う名目で教育係となり指導した。まあその点に於いてこのキヴォトスに訪れたのも、何となく似たような感じだ。いきなり召喚されて教育するというのは、これで二度目だ。

 今にして思えば、私がノエルとラッセルを除いた数々の契約者は、キヴォトスや二人と比べて愚か過ぎた。

 それを私は好ましく思っていたのだから。

 

『ライバル会社のせいで此方の会社が倒産しそうなんだ…!!なぁ、悪魔なんだろ!?あの会社の社長を…殺してくれよ!!』

『もう貧乏な生活は嫌なの!お願い…どんな犠牲を払っても良い!私に富を、お金を頂戴!!一生遊んで暮らせるお金が欲しいの!!』

『もうこれ以上不幸な目に遭うのは嫌だッ!何もかも幸せな奴らが憎い!だから…俺に幸福を与えてくれよ!!金!家!権利、なんだって良い!不幸な奴らを見返したいから俺に幸福をくれよ!!』

 

 どれもこれも皆んな、ゴミのような奴らだった。

 だからこそ愉快にも私はソイツらの愚かな矛盾を買った。

 私と契約した愚かな人間は代償を知った上で、その覚悟があって私と契約を結んだのだから。

 

 ライバル会社の社長を殺せと命じた愚かな社長には、代償として会社を破壊させ。

 貧乏が嫌だと命を割いてまで富を築いた愚かなメスには、代償として目、口、鼻を奪い。

 他人の幸せを妬み、見返りを求めて自らの幸福を願った者には、代償として半身を奪った。

 

 大悪魔カロンは、憎悪や妬み、狡猾なる悪意の元から生まれた感情。その感情が具現化され、誕生したのが大悪魔である私なのだから。

 勿論私は今でも感謝している…愚者がいなければ私という存在は、五体満足に誕生しなかっただろう。

 何も無い架空のモノは、肉体を持たないオカルトは、意思を、感情を、血肉を持って生まれたのだ。

 

 だが、感謝はしているが……そのやり方が全てでは無いことを悟ったのだ。ユウカにも言ったが、大悪魔である私は、もうそんな選択肢を取る必要はないと断言する。

 

 

「……話が脱線してしまったようだ…さて、考察の続きといこう」

 

 

 次に代償……これに関しては、連邦生徒会長が私達を召喚したのだから、負うのは彼女であるべき。

 その筈なのに肝心の生徒会長が失踪したと聞く。

 こんなケースは生まれて初めて…いや、ほぼあり得ない。自分達を召喚させた生徒会長が、その契約者が姿を絡ませた…本来、大悪魔は願い以外での目立った行動はしない主義である。

 然もキヴォトスという世界に住まう生徒達の願いを、命運を、危機を脱する…代償が命そのものなんて、とてもではないが償えきれない。代償が払えなさ過ぎる。

 もしそうなった場合は私とノエルは再び無に帰る可能性もある…。

 

 ――それで良い。きっとキヴォトスはまた混乱に陥るだろう。

 だが、そうなったとしても…例え自らの命が消える虚しい存在になったとしても…目の前の、生徒達の願いを掬わない理由にはならない。

 死を恐れるのではなく、傲慢に誇りを貫くべきだ。

 そうならない為にも、指導を取るべきだと判断している。

 

 正式に契約を結んでる訳ではないが…何の当てもない段階で連邦生徒会長を探せというのは無理がある。

 リンを始めた連邦生徒会が捜索している為、ダメ元ではあるがまあそっちに任せよう。

 

「それにしても…今まで考えては居なかったが…存外、先生という存在も解釈次第では悪魔と大差はない…か」

 

 先生と呼ばれる役職には様々なケースが存在する。

 座学で生徒達に知恵を授ける先生。

 ピアノ、サッカーなど部活の指導を行う先生。

 困った生徒達の悩みに相談に乗り、物事を解決する先生。

 

 どれも生徒の願いを叶える立場である以上――大悪魔が生徒の教育を、指導を施し、悩みを叶えるというのは…先生だろうと大悪魔だろうとやることは変わらない。

 まあ…大悪魔の場合ただ願えばそれで結果がポンッと出るので、比較すれば月とスッポンだが……。

 だが…ノエルと私の方針を照らし合わせると、先生という役職と大差が無くなるのは本当だ。

 

「生まれ変わった私達が、先生という名の大悪魔か……奏者に指揮者、これまた随分可笑しな名コンビだ」

 

 クックック……と、静かなシャーレのオフィスで一人笑っていると、ピロリン!と電子音が鳴った。

 それはノエルに渡されたカロンの端末。

 画面を確認すると『モモトーク』と呼ばれるアプリからメッセージが一件、と書かれていた。

 

「なんだ?」

 

 カロンは不慣れな、珍しそうに端末を触りながら慎重に画面を動かしていく。

 ノエルが居ない現状、アシストが不在な状態でメッセージが来られても困るのだが……

 

「アロナは…」

 

 シッテムの箱から覗くと、彼女はすっかり爆睡していた。

 お休みモードとはこのことか…全く当てにならんとは…。いや、サンクトゥムタワーの制御権を奪還したのだから、大いに役には立っているのだが…

 

「……ふーむ。こんな薄い板…指でタップするだけで文字が打てたり、映像が見れたりと…不思議なものだ。パイソンからはある程度、電子器具を教授されたことはあるが、根本的な原理を紐解くのに時間が足りなかったからな……で?どうすれば良いんだこれは…。えっと…これを、こうすれば……良い、のか?」

 

 恐る恐るモモトークのアプリに触れると、起動する。

「ほぉ〜…!」と子供でも簡単にできることを、カロンは興味深そうに感心している。

 直ぐにアプリが起動し、モモトークの画面が映ると…一件、未読のメッセージが表示された。

 

「ん?これは……チナツからか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よいっしょ…はぁ……全く、キリがないですね。溜まっていく一方なのに、誰一人片付けようとしないなんて……」

 

 火宮チナツはゲヘナ学園に所属する風紀委員会の救護担当を任されてる一年生である。

 ゲヘナ学園は野蛮な生徒や素行不良な学生が多く、毎日がトラブル続きで絶えない現状だ。キヴォトスではかなり目立つ程に治安が悪く、トリニティ学園との対立も引く様子など微塵も感じない。

 自由と混沌が売り文句のこの学園…年間事故、事件が100件下回れば少ない方だとヒナ委員長から言われたことがあった。

 銃撃戦、破壊活動、テロ行為…昨日の不良集団や狐板ワカモだけでなく、ゲヘナ学園ではこういう行為が日常茶飯事なのだ。

 

(昨日……と言えば、先生方と初めて会った時はびっくりしましたけども…)

 

 連邦生徒会長に苦言を申し出た際に、思わぬ形で出逢いを果たした二人の先生方。

 その一人であるノエル先生は、トリニティ学園に近い感じの方だった。お嬢様…と言えば、ティーパーティーを連想してしまう。常識人であり、私たちのことを気にかけてくれた女性は私の中でも数少ない良心のある人だと、短い時間でありながらも知ることができた。

 もう一人…カロン先生は、今まで見てきた人物のなかで余りにも異質で異端だった――鴉の化身を連想させる風貌に、高圧的で他者に一切弱みを握らせず、隙を見せない威圧感ある悪魔の先生。

 血の色をした真っ赤な瞳孔、狡猾で高位的な立ち位置に佇む傲慢な先生は…ゲヘナ学園で尤も恐れられてるヒナ委員長とそっくりだった。

 

 冷徹な目と、圧倒的な地位、何より他を寄せ付けない恐怖を滲ませた高圧的な迫力さ……昨日の後、ヒナ委員長にシャーレの先生について報告をした後は『そう…』の一言で済まされてしまった。

 ヒナ委員長も決して無関心という訳ではなかった…事務処理や他の問題児とも呼べる不良生徒の横暴の鎮圧をしていたので、忙し過ぎて素っ気ない態度だったのかもしれないけど。

 

「……結局、昨日が終わっても忙しい日々に変わりはありませんけど…」

 

「だったら其れを手伝えば良いのか――」

 

「え?」

 

 何処か聞き覚えのある声色が耳を打つ。

 ゲヘナ学園のとある教室…書類の山を抱え込みながら廊下を歩く中、不意に背後から此方の独り言に返事をする男性の声が。

 振り向けば其処には…

 

「どれ、書類の片付けと整理など朝飯前だ。そんなに大きな書類の山を抱えていると大変だろう――私が持ってやる」

 

 カロン先生が、真っ赤な瞳を三日月に歪ませ立っていた。

 

「か、カロン先生!?どうして此処に……!?」

 

「?何を言ってるんだお前…昨夜、私にメッセージを送っただろうが。まさか常日頃から溜まった疲れで記憶でも飛んだか?ククク……」

 

「そ、其れはそうですけど…まさか本当に次の日に直ぐ来るとは思ってもいなくて…」

 

 まさかメッセージを送信して次の日から来てくれるとは思ってもいなかった。

 モモトークで送った内容は――『今日はお疲れ様です先生。もし時間が空いていれば、学園にいらっしゃって改めてお礼と挨拶でもできたら嬉しいです』とのことだった。

 

「そもそも、どうして私が此処にいると…?」

 

「他の不良共が丁重にもてなしてくれたからな、此方も丁重に道を尋ねただけだ」

 

 嗚呼…その台詞から察するに、カロン先生がシャーレの先生だとまだ気付いてなかったのだろう。

 見事に返り討ちにされた不良達に洗いざらい吐き出させて此処まで来たと…先生にしては大胆過ぎるような。

 

「それにしても此処がゲヘナ学園か…クックック――角や悪魔の尻尾が生えた人型の悪魔がうじゃうじゃ、息を吸うように当然の如く自由奔放に歩いている。成る程…お前達の種族である悪魔とは、推測通り私と根本的に違うようだ」

 

 面白がるように、ゲヘナ学園という興味深い自治区に足を踏み入れたカロン先生は笑っていた。

 私としては可能な限り争い事は辞めて平和に生きてほしいんですけど…とは言っても、ゲヘナ学園は『自由と混沌』が売り文句であり、好戦的な輩が多くいるのがこの学園なのだ。

 だがそんな生徒達を鎮圧させて言うことを聞かせるカロン先生の手腕は流石だ。

 

「…カロン先生の言う悪魔って…どんなのが…?」

 

「そうだな…話してやっても良いが、その前にこの書類…何処へ運べば良い?」

 

「あっ、ちょッ……!」

 

 半ば強引にチナツの抱えてた書類の山を半分程抱え込む。

 結構な重量感だが、持てない訳ではないし苦でもない。……シャーレの時も結構な書類の山だと思っていたが、チナツが一人でこんな書類を抱えていると言うことに多少驚いている自分がいる。

 

「持てない重さではありませんでしたのに……カロン先生、重たくないですか?」

 

「持てない重さだからと言って苦しくない訳でもないだろう。私など心配無用だ――昨日、廃車を鎖で振り回し、ユウカを簀巻きにして抱えていたのは誰だと思ってる?その気になれば軍事用戦車のヘリコプターも投げ飛ばせるぞ」

 

 そう言えばそうだった、とチナツは思い出す。

 カロン先生の余りにもぶっ飛んだ、キヴォトスの常識からは考えられない肉弾戦。息を呑むような光景…あのヒナ委員長を連想とさせる絶対的な威圧感と、悪魔的な強さ。

 なかにはヤケクソで殴り込みの肉弾を用いた生徒に、近接戦で手慣れた武術を駆使して無力化させていたのもあったし、何度も不良の頭をアスファルトのコンクリート地面に滅多打ちにしてる姿もあった。ちょっとやり過ぎじゃ…と思ったりもしたが、全く躊躇が無かった。

 相手が女子供だろうと一切容赦のないその闘いの有様は…まるで人殺しを幾重も経験していたかのような…。

 

「ほれ、動きが止まってるぞ。で?これを何処へ持っていけば良い?まだ書類があるのなら最後まで仕事は手伝うぞ」

 

「さ、流石に先生にお手伝いなんてそんな…!!書類を持ってもらうだけでも有り難いですのに……先生にこのようなことを…」

 

「………」

 

 隣に寄り添いながら、階段を降りるカロンとチナツ。

 チナツの申し訳なさそうに目を瞑りながら、何処か遠慮している彼女にカロンは数秒黙り込む。

 

「何を遠慮する必要がある?心配性も行き過ぎると返って苦労するだけだろう。何のために私がお前に寄り添ってると思ってるんだ。こう言う時くらい大人を…先生を頼れ。私がいる間は、お互い助け合うのが大事だろう…?お前ならそれを一番理解してると思っていたのだが…」

 

「えっ!?そんな風に思ってくれてたん、ですか?」

 

「昨日お前が抱えていた大きな鞄…包帯に治療用の鋏、注射器に湿布…他にも消毒液の匂いもした。言わずともお前が医療担当係だと言うのは、自己紹介をする前に理解していた。まさか風紀委員だったというのには少々驚いたがな…ククク。医療…人の怪我を治療する人間であるお前は…あの場の誰よりも助け合いに対する大切さを知ってると見込んでたんだが?」

 

 凄い…本当に、良く見てる。

 ゲヘナ学園の風紀委員のメンバーは皆んな個性的で、イオリさんは猪突猛進だし、アコさんは陰謀論が凄いと言うか…偶に私怨混じりな部分があって目の前が見えなくなったりしてたけど……先生は、ヒナ委員長のようにちゃんと私の評価を、価値を、意味を見出してくれている。

 出逢って間もないのに、此処まで評価を買ってくれていたこと、頼ってくれと言う先生の優しい言葉に、顔が自然と熱を浴びる。

 

「す、すみません……そう、でしたね。折角来て下さりましたし…それに、頑なにに断るのも失礼、ですからね」

 

「うむ、そうだ。ガキはもっと大人を頼れ。これくらいの事で大人に頼っても罰なんか当たらんぞ」

 

「むっ…ガキじゃないですッ」

 

 ぷくぅ、と頬を膨らまし眉を顰めるチナツにカロンは微笑を浮かべる。

 …けど、不思議とこの先生からは暖かい温もりを感じる。最初に初めて邂逅した時に、身近で色々見られていたのは凄く恥ずかしかったですけど……。

 

「それにしてもよくこれだけの書類を抱えて転ばんな。私が荷物を持ってるから良いものの…お前これ、あのまま書類の量を持って行ったら前が見えんだろうに。いつもこれを一人でやってるのか?他の仲間達は?」

 

「毎日という訳ではありませんが…そう、ですね。慣れてると言えば慣れてますし……イオリやアコ行政官、ヒナ委員長は自分の仕事でいっぱいいっぱいで…風紀委員とも全員、厳しく苦労が絶えない日々が続いてますから…」

 

「此処の学園本当どうかしてるぞ。これではまるで子供が苦労して当たり前の世界じゃないか――そういえば、独り言でそのようなことを言ってたもんなぁ?」

 

「うっ……」

 

 ユウカもそうだが、ゲヘナ学園に限らずこの世界は子供達の苦労が計り知れない。

 七神リンや連邦生徒会を始め…会計や財政管理のユウカと言い、大人がやるべき仕事まで引き受けてるこの学園の生徒達は、色んな意味で異質である。

 

「ゲヘナ学園は個性が強すぎる生徒達が多く所属しています…。ですので、こう言う事務処理をやる方なんて全くいないですし…なら、誰もやらないから、地味である私が……」

 

「…まさか、お前――これ、実はお前の仕事ではない…とでも言うのか?」

 

「あっ!ご、御免なさい…!!だから手伝わなくて良いと言ったんですけど…はい、その…これは私の仕事担当ではありません…。ただ、こう言った地味で面倒な仕事は誰もやりたがらないですし……誰もやらないなら、私が代わりにやれば良いだけですから…」

 

 あはは、と苦笑いを浮かべる彼女に、カロンは冷や汗を垂らす。

 ――コイツ…こんな風に取り繕っているが、自分の仕事もあるというのに、自分の担当ですらない仕事を請け負ってやってるのか?

 誰かに頼まれた訳でもなく?誰もやる人がいないから、自分が仕方なくやってるにせよ……そんなの、お前も無視すれば困るのは全体だと言うのに…一人で苦労を背負ってるのか?

 

「お前には…お前の仕事があるんだろう?これをやらなかった所で、誰にも責められやしないのにか?」

 

「まあ、それもそうですけど…ただ、誰もやらなくても…最後にはだれかがやらなくてはいけない事ですから…地味な私には似合ってますし…ふふっ」

 

「――――ッ」

 

 …成る程、理解した。

 ノエル以上にお人好しなコイツは、単に世話好きとか…断れない主義だとか、そういう事じゃない。

 なんでお前が遠慮しがちになったり、頼ることに躊躇ってしまうのか、理解したぞ。

 

「チナツ――私はお前を地味な生徒だなんて一度も思ったことがない。正直、私はお前を誇りにさえ思っているぞ」

 

「…え?」

 

 カロンから突然の思わぬ宣告に、チナツはノエルみたいな素っ頓狂な声が上がる。

 

「お前は自分を地味だとか大した事ないだとか、自己評価の低い発言をしてるがな…大悪魔である私が助言をしてやろう――大間違いだ。勘違いも甚だしいとはまさにこの事。お前は昨日、ノエルの護衛と共に医療と後方指揮をしてくれただろう?重要な役割を果たし、確り的確に仕事をこなすお前を、私は高く評価してる。そんな奴が地味で事務処理がお似合い?もっと自分に自信を持て」

 

 カロンは真正面に向き直り、チナツと向き合う。

 聞き入れるように、足が止まり、呆然と口を開けながら聞いているチナツに、カロンは言葉を止めない。

 

「お前は風紀委員という看板を背負い、傷付いた人間を助けてやれる重要な存在だ。そんなお前が謙虚になってどうする?もっと自分に胸を張れ。

 こう言う時くらい傲慢になったって良い……私といる時でも良いから肩の力を抜いて息抜きをしろ。少しくらい傲慢に生きたって良いじゃないか。お前が胸を張れる生徒であるのなら、この大悪魔カロン――お前の誇りに胸を張って傲慢でいてやるさ」

 

「………ッ」

 

 チナツの顔色が、段々とリンゴのように真っ赤に染まり上げていく。今日のチナツはいつも以上に顔を赤らめてしまい、気が動転してしまう。

 ――此処まで真摯に向き合って言われると恥ずかしのもあるけれど…凄く、嬉しいと思ってしまう。ヒナ委員長にさえ言われなかった…いや、今まで誰にも言われなかった……。

 此処まで言ってくれる人はカロン先生で初めてだから。

 出逢って間もないのに…生徒と向き合う姿勢と、先生の真剣な志が…嬉しくて、言葉にならない感情が込み上げてくる。

 

「それでも自分に自信が付かないのなら…私が一緒に寄り添ってやる。傲慢で誇り高き大悪魔が隣に寄り添うなら、仮にバカにする奴らがいても私がどうにかしてやる。…自信の持ち方が分からないと言うのなら、それなりの努力も工夫も惜しまない。まあ、つまり私とお前の共同作業というやつだな」

 

「…へっ!?今、なんて?」

 

「寄り添うと言ってるんだ。こんなバカでかい書類の量を運んだり、風紀の仕事に医療と言い…仕事も大変だろう?困ってる時なら、私がいる時くらい頼れ。お前に相応しいプランやサポートも考えてやる。お前の仕事は、お前だけのモノではないのだからな――」

 

 アクエリアス社の地下水路となっていた海底迷宮で、ほぼ自分勝手に動き、自分のことしか頭に入らず、身を削ってでも復讐を果たそうとしたノエルにも…あの時にも似たような言葉を言ったな、とふと懐かしさに浸る。

 

「だからお前も……むっ、チナツ…顔、大丈夫か??」

 

「だ、だだ……大丈夫じゃないですッ!!カロン先生が変なことを言うからッ!!」

 

 もう…嬉しいことばかり言い過ぎですよッ。

 そんなこと言われたら、嬉しすぎて…恥ずかしくなって…まともに仕事だって出来ないじゃないですか…ッ。

 先生との共同作業、私の為に胸を張ってくれる先生…。思わず頬が緩んでニヤけてしまう。

 

 だって、私は地味で…医療担当なのは当然で……でも、カロン先生はそんな事など関係まいと、強引に私に寄り添って向き合ってくれる。正に傲慢――これが、カロン先生。

 

「うぅ〜む…私はお前の気持ちを汲み取ろうとしたのだが…気に触ッたか?いや、だとしてもお前が過労で倒れたりしたら大変だ。医療担当が過労で倒れて治療が必要になるなど、本末転倒だぞ?」

 

「す、すみません…仰ることはご尤もで…。その、こんなにも優しくして下さったことがないので…逆になんて言葉を返せば良いか分からず…」

 

「嗚呼…つまり慣れてないのか。フン…不器用なやつだ…だが、私やノエルが此処に来た以上、子供ばかりが無茶をする必要はない。頼り方を知らないのならそれも教えてやろう……」

 

「もぉ…先生はすぐそうやって……あっ、そう言えばノエル先生はどちらに?」

 

「ハスミからモモトークが届いてトリニティに行ってるらしい。ククク……私はゲヘナ、ノエルはトリニティ…面白いな。対立関係にあるライバル学園に於いて、ノエルと私が違う学園に佇むというのは」

 

 あくまで対立関係にあるという噂しか聞いたことがない為、ノエルとカロンはお互いが憎しみを抱いてると言う情報を未だに知らない。

 ハスミもチナツが常識人かつゲヘナ学園でもかなりイレギュラーな存在であった為、争いごとには発展しなかったが、もしアソコにアコ行政官や他のゲヘナ生徒がいたら完全に修羅場となっていた。

 

「そう、ですか……あっ、着きました…此処ですね」

 

 やっとか、とカロンは一息吐きながら、職員室の前に立つ。片手で書類を抱えながら、空いた片手で扉を開ける。

 指定された書類をディスクの上に置く。流れるように書類の手伝いをしたので、この積み上げられた書類がどんなものかは知らない。

 

「これで良いのか?他にも仕事はあるか?」

 

「はい、大丈夫です。仕事も泊まり込みで書類を片付けるだけですし…」

 

「いやお前…絶対大丈夫じゃないだろう」

 

「あ、いえそう言う訳じゃなく…ゲヘナ学園の一室を借りて住み込みしてるので…寮、という訳ではないのですが、帰宅してから書類の分類を……」

 

「それでもお前が苦労してるのは変わらん…仕方ない。こうして付き合った以上、やりもせずに見送るのも後味が悪い。付き合うぞ――」

 

「えっ!?でも流石にそれは……」

 

「まずは、頼れ――一人でやるより二人でやった方が効率的だろう。早く終わればお前が休める時間も増えると言うことだ」

 

「うぅ……」

 

 カロンに押されてしまうチナツは、渋々承諾する。

 嫌ではない…多少強引ではあるが、まさかモモトークで挨拶程度に送った内容から此処まで寄り添う展開になるとは夢にも思っていなかった。

 

「分かりました…ですが、その前に…自分のご褒美ということで、外で遊んでも大丈夫ですか?カロン先生が良ければ、の話ですが…」

 

「学校は終わったのか?まあ、良いだろう…ガキは遊びも肝心だ。ほら、遊ぶ子はよく育つと言うだろう?」

 

「だからガキじゃないですッ――カロン先生って嬉しいこと言ったり、ちょっと小馬鹿にしたりしますよね」

 

「なんだ、私の今までの言葉が嬉しかったのか?」

 

「えっ?………あっ。――ッッ!!!?」

 

 本心を暴露してしまったこと、それを指摘されたチナツはボンッ!と顔を真っ赤に、それこそ爆破でもしたかのように紅く染め上げる。本当に彼女の顔色は赤く染まるなとカロンは心の中で突っ込んだ。

 

「もう!!揶揄ってるんですか!?それなら付き合わなくたって……」

 

「分かった分かった、そう拗ねるな。それに私もキヴォトスに訪れたばかりの身…地域にはまだ慣れてなくてな。此処はお嬢様のエスコートに身を委ねようじゃないか」

 

 頬を膨らませながらそっぽを向き、拗ねてしまう彼女のご機嫌を取るようにカロンは軽く謝罪しながら再び隣に並び立った。

 

 

 

 

 

 

「まさか、こんな機械的な場所に連れてこられるとはな」

 

「ふふっ、意外でしたか?確かに私と言えば図書館や保健室というイメージが強いですけど…」

 

 とあるゲヘナ学園の区域に位置するショッピングモールの5階。

 賑やかに光がちらつき、激しい音楽と市民の笑い声が反響する喧しい場所…それはゲームセンター。

 火宮チナツは哲学書をよく読んだりするので、図書館にもよく行くことはあるが、こういう偶には羽目を外したり、気分によってはゲームセンターで遊びたい気分だってある。それが今日だった。

 カロン先生が来る来ない関係なく、今日はゲームセンターで羽目を外して一人で楽しむつもりだったのだから。

 

「というか此処は何をする場所なんだ?」

 

「はいッ?えっと……カロン先生、ひょっとして………ゲームセンターをご存知でないのですか?」

 

「ゲームセンター…?此処はそういう場所なのか…カジノのような賭博とはまた違った娯楽の場所か」

 

 意外も何も、カロン先生はゲームセンターという娯楽スペースさえ知らなかったようだ。よく見れば興味深そうにあちこち視線を移したり、キョロキョロ物珍しそうに眺めたりしている。

 カロン先生にもこの様な一面があったなんて…凄く意外。

 

「カジノって…カロン先生は大人ですけど、だからと言って賭博は宜しくないですよ?」

 

「宜しくないも何も、カジノはイカサマして稼いだことがある。何ならデカいカジノを潰したこともあるからな」

 

 あれ?カロン先生ひょっとして温泉開発部や美食研究会に引けを取らない凶暴さを秘めている?

 然も裏でイカサマして100%稼げる様裏で手配してたのだから、キヴォトス内でも相当な悪に入る。

 

「おっ、これは知ってるぞ。クレーンというやつだな」

 

「クレーンゲームはご存知なんですね。カロン先生が居た世界でもやったことがあるんですか?」

 

「嗚呼、廃製鉄所で両手足のなかったノエルをクレーンで釣り上げたことがある。機械には疎い私でも、一発で成功できたぞ」

 

 どうやらゲームではなく現実(ガチ)の方だった。

 そして一瞬ノエル先生の苦労に同情をしてしまうチナツ。何故か釣り上げられてギャーギャー騒いでるノエル先生が安易に想像できてしまう。

 

「なんだこの…デカい鳥。小悪魔か?」

 

「モモフレンズで流行りのペロロですね。大人気のキャラクターだとか…」

 

「…ふむ、チナツは欲しいモノとかあるのか?」

 

「え?えっと…特には……猫のぬいぐるみとかなら欲しいですけど…」

 

「猫…身体が伸びてるあのふざけた猫がいるが、あんなので良いか?」

 

「ウェーブキャットですね。私はごく普通の猫の可愛いぬいぐるみが欲しいですけど…」

 

「此処にはない……お目当てのものはないな」

 

 ウェーブキャットのぬいぐるみを見た途端、カロン先生の瞳が鋭くなったのは気のせいだろうか…?ちょっと言葉遣いが荒かったような…。

 

「く、クレーンゲームだけじゃなくて、カロン先生は何かしたいことはありますか?」

 

「特に何も……私は正直こう言った娯楽場所に訪れた事がない。勿論、大悪魔だからという理由もあるが、一番はラプラスにはこう言った施設が無かったのだ。いや…ラプラスや他の国に行っても触れる機会など先ず無かった……何も知らないからこそ、チナツのエスコートに身を委ねてるんだ。興味がない訳ではない、私も面白そうなものがあれば試しにやってみるさ」

 

「それなら……あっ、これならどうですか?」

 

「ん?ゾンビを撃ち殺すゲーム?ほぉ、良いだろう。私もラッセルに銃の扱いを教えてた身――こんな魔性の隷属共なぞ皆殺しにしてやろうッ!!」

 

 どうやらカロン先生のやる気が湧いた様だ。

 こう言うホラーゲームや殺伐としたゲームが好みそうだなと思ってチョイスしたのだが、子供の様にはしゃぐ反応は何処となく可愛いなと思ってしまう。

 

「それなら一緒にやりましょう。これ、二人プレイが可能なんですよ」

 

「ならば戦友として頼りにしてるぞ相棒――」

 

「相棒ッ!?」

 

 ゲームなのに何処となく真剣なカロン先生は、こっちも思わず面白くなってしまうけれど、相棒と言われたのは初めてで…ちょっとビックリした。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――

 

 

「ふはははッ!!終わったぞ!脳のない愚かな隷属共よ、余り私とチナツを舐めるなよッ。大悪魔を殺せると思った貴様らの思い上がりが、最大の敗因だということを地獄の底で思い知るが良い!!」

 

 高らかに笑いながら手で頭を押さえ、嘲笑うカロン先生は大分楽しんでいる様子だ。

 ミッションコンプリート――ほぼノーミスで最後のステージまで到着出来た。

 

「あはは……カロン先生が楽しめれて良かったです」

 

「フン…チナツは楽しめたか?」

 

「へっ?はいッ、勿論です♪結構緊張感がある中、思いっきり遊べる感覚が楽しいですし…カロン先生の的確なサポートもあって、初めてだとは思えない位上手でしたよ」

 

「私は視力が良いからな。あの程度の奴、簡単に迎撃できる……よしっ、これも終えた事だし次は何のゲームで遊ぶ?」

 

「VAIO—hazardの次は太古の曲人をやりましょッか!音楽に合わせて太鼓を打つの、リズム感あって楽しいですよ?」

 

「ほぉ〜…つまり音楽ゲームとやらか…。ノエルが好ましそうなやつだな。ふむ…物は試しだ。やってみるか」

 

 

 ――――――――――――――――――――――――

 

 

 フルボッコだドン!!

 画面がチカチカと激しく光を放ち、コンプリートが表示される。チナツは爽快感ある笑みと、カロンは満更でもなさそうに顔を緩めている。

 

「やりましたね!凄いです…!本当にカロン先生初めてなんですか?」

 

「ふっ、私は機械には疎いが…先程の射撃用のゲームと言いバチを当てる音楽ゲームと言い……こういう誰でも楽しめるゲームなら問題なくフェアで楽しめる。だからクリアも可能…動体視力が良いからなッ――あのスイーパーとかいう譜面も安易に打てる」

 

「あ、じゃあ格闘ゲームとか苦手そうですね…」

 

「格闘ゲームをする位ならリアルファイトでやった方が何十倍の確率で此方が勝てるぞ」

 

「ゲームなのにリアル喧嘩しないで下さい!!ダメですからね?!」

 

 そんなこんなでカロンとチナツのゲームで遊ぶと名ばかりのデートは順調に楽しさを実感しながら、様々な遊びに触れていく。

 お菓子のクレーンゲームで見事に景品を取ったり、試しにプレイした格闘ゲームでボロ負けするカロンが思わず画面を殴りそうになるのをチナツが制止したり、他にもダンスゲームで二人で汗を垂らしながら身体を動かしたり……そんなこんなで遊び続けて夕方にまで時刻が回ってしまった。

 

「ふぅ…どうでしたかカロン先生?初めてのゲームセンター…楽しめました?」

 

「フン…中々だった――悪くは無かったぞ?」

 

 そう言いながら頬を赤く染め、そっぽを向くカロンに素直じゃないな…と思いながら微笑を浮かべるチナツ。彼女もカロンと一緒に遊びを、楽しさを共有できてご満足そうだ。

 

「そうだ、折角ですしちょっとお茶でもして休憩していきませんか?カロン先生が宜しければですけど…」

 

「カフェとやらか…良いだろう。身体を動かしたり、遊んだ後は休憩も大切だ――お前に任せよう」

 

 そう言いながら後をつけて行くカロンは、二つのカフェの店の前で立ち止まる。するとカロンがある店を目にして怪訝そうに瞳を歪ませた。

 

「最近流行ってるのがこの猫カフェなんですけど…どうですかカロン先生?」

 

「あ゙?猫を食う店?」

 

「違いますよ!?どんな聞き間違えですか!?猫と触れ合いながらカフェで安息の時間を過ごすんです…」

 

「猫と触れ合う必要性が全く、これっぽっちも感じない」

 

「えぇ…カロン先生、ひょっとしてですけど…猫が嫌いなんですか?」

 

「あの猫共、私が何もしてないのに…ただ歩いて其処に立っているだけだと言うのに睨まれたり威嚇されたり爪を立てたりと、ヤケに私に対して明らかに敵意の視線を向けるのだ!!私が猫カフェなんぞに入れば憩いではく耐え凌ぐ一種の試練になるだろう。そして堪忍袋の緒が切れたその刹那……私は――」

 

「ふ、普通のカフェにしましょう!!」

 

 額に青筋を浮かべるカロンにチナツは良からぬことを安易に想像できたのか、隣の普通のカフェに移す。

 まさかカロン先生があそこまで猫に対する憎悪を抱いてたとは誤算だった――ひょっとしてクレーンゲームにあったモモフレンズのウェーブキャットに対して言葉遣いが荒かったのもその為だろう。

 

 

 何とか空いてる席に座りながら、ゲームセンターで遊んだ疲れを払拭するように二人は軽くメニューを注文する。

 チナツはパンケーキとカフェオレを、カロンはアイスコーヒーを頼んだ。

 

「はぁ……今日は早く片付いた分、久しぶりに楽しめた気がします。一人で遊んだり、他の方々と一緒に買い物に行ったりするのですが……カロン先生と遊べたのが嬉しくて、何より想像以上に面白かったです」

 

「ソイツは僥倖――チナツの反応から察するにいつも気苦労絶えず頑張ってるんだろう?なら自分のご褒美だと思えば良い…。私も初めての体験ばかりで悪くは無かったしな」

 

「カロン先生、ゲームで熱くなるのは良いですけど…負けた悔しさでゲーム画面を殴ろうとするのはダメですからねッ。偶に不良生徒がそう言う事をするので…」

 

「あのチンケな機械の性能が悪かったんだ。相手のなんだ、あの…変な動き。妙に怒りが沸々と湧いてしまったぞ」

 

 御免なさいカロン先生――アレはゲーマーからは『煽り』って呼ばれてるんです。そしてそれを知ったらカロン先生は相手のユーザーを特定して暴走しかねない。

 やっぱりカロン先生に対戦ゲームをやらせるのは色んな意味でよくないと実感した。

 

「カロン先生が住んでた世界では、娯楽の施設は他にもなかったんですか?賭博以外にも…」

 

「娯楽とは呼べないが豪華客船に乗ってデスゲームはやらされたぞ。ノエルと私と仲間達とでな」

 

 それはもう一種のドラマや映画ではないか。

 チナツからは想像もつかないものだが、取り敢えずまともでは無いのは確かだろう。そう言えばふと噂で聞いた事があるが、とある豪華客船で大量のお金が流通されてるとかどうとか……。

 

「……それに、私にとっての娯楽は精々酒と契約者が哀れな末路を辿るのが最高のショーだとばかり思っていた…。そんな私がこうしてノエルと出逢い、変わり始め…そしてお前達と邂逅し…チナツとゲームセンターで楽しさを謳歌する…予想だにもしなかったしな」

 

「カロン先生も…大変、だったんですね」

 

「…ノエルはよく無茶をするし、滅茶苦茶なぶっ飛んだ選択肢を取る…アイツの復讐を貫く為にも、身を挺して守らねば、簡単に破滅してしまう奴だったからな。隣で無理をしない様に寄り添うのも、私の仕事だ…それは、過去も今もやることは変わらん」

 

「先生……」

 

 隣にいる誰かが無理しないように見守るのは、それだけでかなり疲れることを私は知っている。

 ノエル先生は闘えないと言っていた…だから昨日、あの闘いで護衛を任されたのだ。

 私が知らない間、外の世界できっと…ノエル先生を守るために、無茶を通してきたに違いない…。

 

 私はそれを見てないだけ――じゃなきゃあんな敵地のど真ん中に前線で立つわけがない。

 

「…カロン先生は、外の世界では傷付いてばかりだったん、ですか?」

 

「…それを知ってどうする。何、心配するな――大悪魔は傷の治りが早いんだ。救護や心配など必要はな…」

 

「それでもカロン先生は生きてるんです。ゲームセンターで楽しさを知れる心があって、私や他の生徒達に寄り添える身体があって、血は通ってるんです……心配して、当然じゃないですか」

 

 ちょっと怒りっぽく表情を変えた彼女に、カロンは目を丸くする。心配かけまいと思って言葉を選んだのだが…どうやら怒りに触れてしまったらしい。

 

「カロン先生は学校で『私に頼れ』と言いましたよね?なら私も、もし傷付いた時や怪我が酷かった場合は私に頼って下さい。それと…無茶ばかりしないで下さいッ――救護に対して自信を持てと言ったのはカロン先生ですから…私の、誇りある救護を、受けてくださいね?」

 

「……フン。確かにご尤もだな――ならばその時は遠慮なく頼ろうじゃないか」

 

「はいっ♪勿論、ノエル先生もです。……そういえば、ノエル先生は片目の方に眼帯をしてありますよね?目が悪いんですか?」

 

「……言わなくても強引に聞いてしまうんだろう?」

 

「それはまあ……」

 

「…ちょっと、受け入れ難い内容だが覚悟して聞けよ。アイツは自らの意思で片目を犠牲に手放したんだ」

 

 その言葉を聞いて、流石に心臓が脈を打った。

 てっきり人に言えない傷を負ったとか、事故か何かあったのかと思った…それをまさか、自らの意思で片目を失ったと言うのか。

 それは、医療担当の彼女からは余りにも納得できない内容。

 

「アイツは訳あって両手足を失った…願いを叶えれば両手足を返還してやる話をした。それを踏まえアイツは新たに第三の契約を交えた…それが、片腕を取り戻す代わりに、片目を代償にして支払うという被虐の決意――被虐の魔女という名は、伊達ではないのだよ」

 

 これを聞けば無茶ばかりするノエルに、チナツは激怒するだろう。

 分かるぞチナツ…何なら片腕を取り戻したばかりのアイツは、シビラ・ベッカーを前に『死んでも良いからコイツだけは殺させて』と言わんばかりの、闇に呑まれそうな勢いだった。

 復讐の後先を考えず、兎に角捨て身の覚悟だった――どんな犠牲を払ってでも復讐してやりたいという人間の欲望と憎悪に塗れたノエル…ラッセルの後にアイツを見た時…もし奴を止めていなければ…ノエルは、バロウズと同じ末路を辿り、第二の化け物へと変貌を遂げていた。

 

「でもな…アイツはそう言う選択肢を取るしかなかった……チナツ、アイツのことは責めないであげてほしい。本当にアイツは頑張ってくれてたんだ。昔とは違い…今は自分の身体を大切にできる奴だ…それでも無理をしてしまうのは…アイツの魅力的な部分なのだろう。そのお陰で、救われたやつは確かにいるんだから」

 

『アイツならできると思ってるぜ。度胸なら俺より上だ――カロンもついてる』

 

『アイツはやればできる系みてーだからよ!!』

 

『俺たちを導いてくれた、被虐の魔女のためにも……!!』

 

「虐げられた奴の痛みを知れて、ソイツに寄り添い、共に歩んでくれる。私の力なしに…全身に傷を負ってでも親友を救えたアイツの勇姿は、お前でも止められないだろうがな…ククク」

 

『その覚悟が口だけではないことを証明してもらおうか!!』

 

『ジリアン・リットナーは此処だ。どうした?早くしないと五感だけでなく、命の灯火も掻き消えてしまうかもな。それが嫌ならば、嘆きの風を掻い潜り、親友の手を救って見せろ!』

 

 大悪魔でさえ根を上げる、想像を絶する痛覚を引き起こす『嘆きの風』を、私の力なしに自力で救い出したのだからな。

 

「……だから、ノエル先生は…強いんですね」

 

「そう…アイツは戦闘力に関しては最弱だが、想いの強さは私よりも遥かに強い。だが…それでも無茶しすぎる時は絶対にある。そう言う時は…お前の救護で助けてあげてくれ」

 

「ッ!!はい、勿論です!」

 

 こうして楽しい時間に花を咲かせながら、色々な談笑を交えた。そうして過ごすチナツとカロンの桃色とも呼べる青春の時間は、あっという間に夜の時刻へと迎えた。

 

 

 

 

 

「今日は有難う御座いますカロン先生――何から何まで本当に……」

 

「何度も言うが気にするな――大悪魔である私はただ単にお前達の先生という飾りで在る訳ではない。それに私も付き合う結果として最後まで面倒は見るさ…途中で放り棄てるのは私の主義に反する」

 

 ゲームセンターで遊び終え、カフェで落ち着いた後、帰路に就く。

 ゲヘナ学園のとある一室――それはチナツがよく寝泊まりとして利用している仕事場にして、私室。いや…正確に言えば私室と化した仕事場と言っても良いだろう。

 誰も使ってない空き部屋を利用していく内に、私物も混じり段々と私室へと変わっていった。元々在った折り畳み式のベッドと机…それだけだった質素な部屋は、いつしか私物を置くに連れてチナツの個性に溢れた部屋となっている。

 

「本当に…義理硬いんですから……」

 

 この人と一緒にいると、嬉しいことばかり言ってくれるのでどうにかなってしまいそうだ。

 ……もし、こんな先生がもっと早く来てくれてたのなら…カロン先生と一緒にいれる喜びを、もっと長く感じることが出来たのだろうか。

 そんなことさえ、考え込んでしまう。

 

「それにしても此処がお前が利用してる部屋か…ふむ、哲学書に恋愛に花を咲かす本…後は?アロマキャンドルに…」

 

「へ?あっ!!わわッ!?先生!見ないで下さい!というかよく考えたら散らばってたんでした…整理ができずに御免なさい…」

 

「ん?嗚呼…そういうことか。ククク……私はお前の部屋に対して何も抱かんさ。散らかってようが乱雑になってようが見られて困るだと言われたとしても何も思わんからなッ」

 

「………」

 

 大悪魔カロン――こういうのは気遣いができないのか、冗談混じりか本気か、高笑いする先生にチナツはムッと顰めっ面をしながら、巨大な鞄を思いっきり身体に殴りつける。

 

「グハッ!?何をする?!!」

 

「何をしたかその分からない心に胸を当てて考えてみてくださいッ。ふん…」

 

 どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。

 この感覚は…ノエルの地雷を踏んだ時のシチュエーションと似たものを感じる。嗚呼…ラッセルも「部屋は綺麗にした方が良いだろう?」だの「観葉植物くらいは置くべきだ!質素な部屋だとやる気も起きんだろう?」なんて言われたりもしたか…。

 どうも人間というのはやれ無駄なものを置く傾向がある。必需品さえあればどうとでも良いというのに…。

 

 いや…それが、人間の心に色を彩る為に必要不可欠な要素なのだろう。私には分からない感覚だが、チナツと言いノエルと言いラッセルと言い…家具やぬいぐるみとか、オブジェとか…私にとってどうでも良くても、当の本人達にとっては大切な物でもあるのだから。

 

「……いや、今のは済まない。デリカシーに欠けた発言をした上、少々言い過ぎた……私には家具だの部屋に置いてある趣味というのがよく分からん…気に障ったのなら、謝罪しよう…」

 

「………」

 

 チナツは怒ったような表情を変えぬまま、カロンを一瞥する。

 頭を軽く下げた状態で、真剣に困ったような表情を浮かべながら、汗を掻いている。この様子…カロンの初めて見せる顔色と、謝罪のある言葉に、表情が解けていく。

 

「まあ…ちゃんと理解して謝ってくれるのなら……良いですよ?其れに…カロン先生には部屋というものがあるかどうかちょっと分かりませんし…」

 

「……昔、ノエルと契約する前の相棒。とある契約者とは洞窟の隠れ家で仕事をしながら寝泊まりをしたもんだ。そしてその隠れ家を提案したのが私だ」

 

「え?」

 

「ソイツはやれ殺伐としてるだの、質素過ぎて何もないと落ち着かないだのと、私には理解し難い感情を押し付けてきて、意味が分からんかった。何の意味もないオブジェだの必要性のない物を置いたところで何になる…とな。だがそれも…ソイツにとって大切であるように、チナツにとっても此処に置いてあるのは全部大切な物なのだろう?それを考えずに軽率な発言をしたことは、大いに謝る……」

 

 カロンの誠実な謝罪に、頭を冷やしたチナツはカロンに対する共感にも似た感情が芽生えた。

 なんだ…この人も、私と似たように仕事場と寝泊まりのある私室が在ったんだ――ただ、そういう私物とかに対して興味がなかっただけで。

 それを今先生が気付けたと言うだけでも、充分許せる価値はあるじゃないか…それに仕事を手伝ってくれるのだし…。

 

「…もう大丈夫ですよ。ふふっ…本当に義理硬いというか、真面目と言うか…謝らなくて良いですよ。ちゃんと分かってくれたのなら、一緒に仕事…しましょう?手伝ってくれるんですよね?」

 

「…フッ。この大悪魔を謝らせるチナツの意外な一面は肝が据わったもんだ…勿論、仕事をさっさと終わらせるぞ」

 

 カロン先生も大人で完璧っぽいけれど、何処か隙があって…ゲームセンターでは子供のようなはしゃいでる新鮮な姿も見れたし…私達と大差のない存在なのかもしれない。

 机の上にドサリ!!と置かれた書類の山――早速整理を始めようとするも束の間、カロンは呆然とする。

 

「…チナツ。お前これ…何年分の書類だ?」

 

「?一週間前の量ですけど…?」

 

「は???」

 

 これだけの馬鹿でかい山のような書類が、一週間前?

 市長議員の若きラッセルがもしこんな書類を見たら「今は悪魔の手も借りたい!カロン!!助けてくれェ !!」と青二才地味た情けない声が張り上がり、ノエルは現実逃避してシャーレから脱走してしまうだろう。

 こんな書類の山、大悪魔である私も見たことがない。

 

「いやいやいや、流石に盛ってるだろうお前!!ゲヘナ学園が幾ら問題児のある治安の悪い地区だからと言って…」

 

「因みにヒナ委員長が決裁処理をやって下さったので…分類するだけですよ」

 

 これだけの莫大な書類を決裁処理したヒナ委員長とやらは一体何者なんだ。大悪魔でさえも驚かせるこれ…実はそのヒナ委員長は大悪魔だったとかはないだろうか。

 

「クッ……まあ、やると言ったからに大悪魔に二言はない――全力で終わらせてやろう!!」

 

 こうして黙々と書類の整理に取り掛かったチナツとカロン。

 最初はカロンも書類の分類に少々戸惑いはしたが、慣れてきた時には凄まじい速度で分類をしていった。ハンドル捌きでチナツの三、四倍のスピードで、間違えることなく的確に分類し終えたのは、知恵を司る大悪魔ならではだろう。

 こうして普段なら半日近く、良くて4時間掛かるだろう書類の整理を、2時間で終わらせた。

 

「ふぅ〜〜〜ッ!!終わらせましたねェ …!何だか疲れが…でも、予定より大分早く終わりました」

 

「よしッ…チナツも御苦労だ。私も付き添ってこれだけの時間…いや、当然とも呼ぶべきか。それに同じ体制での業務は血管や神経、筋肉に影響を与える。こう言う時は適度にストレッチをしながらやる方が効率的だな」

 

 カロンも凝った肩をゴキゴキッ!と鳴らしながら疲労を取り除くように身体の骨を鳴らす。

 チナツは折り畳み式のベッドに座り込み、ふぅ…と仕事終わりの開放感に眠気が入る。

 

(はぁ……なんだか今日はカロン先生と一緒にいて、遊んだり仕事をしたり、お話しして疲れたなぁ…このまま眠っちゃいそうで……ッて、何言ってるの!?)

 

 寝惚けに近い感覚は思考が回ってない証拠だ。

 思わずカロン先生がいるこの部屋で眠りに就いてしまいそうになった――流石に先生がいる前で眠ってしまうと言うのは何と言うか…

 

「よしっ、では仕事も終わったことだし…私はシャーレに戻るとするか…チナツ、今日という一日…退屈しずに楽しめたぞ」

 

 カロンはスッ…と立ち上がり、背を向けようとする。

 仕事が終わる――それはつまり契約が終わり、帰路に就くという合図…。チナツも本来ならそのまま送り届けるべきなのだろう。

 

 ギュッ…。

 

「ムッ…?」

 

 だがチナツはカロンの袖を掴み、行く手を遮るように…クイクイッ、と此方へ引っ張る。

 そう…仕事を手伝ってくれるから、その項目で目の前の仕事に取り掛かっていたけれど…仕事を終えた今、改めて考えると…自室とも呼べるこの部屋で先生と二人っきりなのだ。

 それはつまり……。

 

「その……もうちょっとだけ…此処に、いて貰っても…良いですか?」

 

 チナツの頬は相変わらず紅い…然しそれは何処か妖艶さを秘めており、熱を浴びた声色と、羞恥と微かな希望とも呼べる懇願に、カロンは制止する。

 勿論、仕事を終えた今…シャーレに戻るだけ。だが……彼女のその言葉を、カロンは深く詮索せず『第二の契約』として解釈し、受け取った。

 

「……熱でもあるのか?体調でも崩したか?」

 

「いえ…そういう訳ではないのですが……何なのでしょうね、これは……困ってしまいます…私が、私らしくないと言いますか……普段の私とは違うような………カロン先生とは折角一日、出逢えたんですし…カロン先生の側に居たい…なんて……」

 

 本当に熱を浴びてるような高揚とした気分。

 心臓の…胸の鼓動は早まり、より色っぽい声色が出てしまう。

 先生と一緒に近くにいるだけで調子が狂うし、イオリやアコ行政官、ヒナ委員長には見せたことない、もう一人の自分を見せてるような気さえした。

 それが私の本心なのか、カロン先生と一緒にいるからこそ変わってしまったのか…それさえも分からない。

 

 ただ――こんなにも…言葉で言い表せたことのない感情は、生まれて初めてなのだから。

 

「…分かった。ならお前の気が済むまで…今日一日、私はお前の側に寄り添おう。ひょっとしたら体調が悪くなってしまった…なんて可能性も捨てきれん――」

 

 そしてカロンは、ベッドの上に座り込みチナツの隣に寄り添い、肩を抱き寄せる。

 

「ッ――!?」

 

「今は、好きな様に肩を抜きな。憩いの時間も、息吐く休息もお前には必要だ――お前の願いに応え、側に寄り添うさ…相棒」

 

 密着するように、彼女の苦労を労うように、優しく頭を撫で下す。

 この世界は子供が苦労ばかりしている――普通大人が取るべき責任を、子供が責任を負ってる様にさえ思えてしまう。

 それは正に…子供に必要な休息を、大人が取るべき責任に押されてる様に…。

 まるで鴉に優しく包まれてるかの様なこの温もりは…とっっても、心地良い。

 

「有難う…先生――」

 

 嗚呼――きっと、この気持ちを言葉に現すのなら…恋と呼ぶのだろう。

 カロン先生の激励が、この人が真剣に私と向き合ってくれる前向きな真摯さが、私の為に傲慢になって胸を張れる先生が、どうしようもなく嬉しくて…()()()なんだ。

 相棒と呼んでくれたこの瞬間が愛おしくて、堪らない気がした。

 もっと、もっとこの時間が…悠久のように続けば良いのに…。

 

 

 

 私にとって今この瞬間は……今までの日常よりも最高に輝いてる気がした。

 

 私達の先生で居てくれて、心から有難う――カロン先生。

 いつか、ノエル先生にも『有難う』と言える日が来るのだろうか?

 そんなことを考えながら、カロン先生に寄り添って、抱き寄せられながら…安らぎと心地よさに、眠気に襲われて、先生の隣で眠りに就いた。

 

 それでもカロン先生は、隣で寄り添ってくれている。

 私もいつか…カロン先生の為にも、自分のためにも……傲慢で、誇れるようになれるかな――

 

 

 






チナツのメモロビ見た時びっくりして「これはアウトじゃん!!」て叫びました。
私はちゃんと知ってましたよ、チナツの魅力を。
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