【完結】人生舐めまくってたギャルが優しい陰キャくんにガチ恋しちゃう話   作:崖の上のジェントルメン

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12.本当の始まり

 

 

 

……8月24日、朝7時半。

 

アタシはパジャマから制服に着替えて、一階の食卓でイチゴのジャムトーストを食べていた。

 

(今日は途中でお金下ろしとかなきゃ。ケンジと合流したら、銀行に寄らせてもらおうかな)

 

そんなことをぼんやり考えていた時、ふいに後ろから「あれ?佳奈?」と声をかけられた。

 

振り返ってみると、そこにはママが立っていた。いつものようにスーツを着込んでて、仕事に行く感じの服装だった。

 

「なに?佳奈、今日は何かあるの?登校日?」

 

「今日はアタシ、赤点の補習あんの」

 

「補習?」

 

「そう、行かなきゃでしょ?」

 

「え、ええ……」

 

ママはアタシの話を聞いて、目をまん丸にしてた。

 

「なにー?ママ、アタシが補習受けてたらおかしーわけ?」

 

「なによ、そんなこと言ってるわけじゃないわ。ただ……」

 

「……………………」

 

困った感じで言い淀んでたママに向かって、アタシは笑いかけてみた。

 

「ほら、卒業はさ、やっぱしたいじゃん?」

 

「……佳奈」

 

「だからちょっと、頑張ろっかなって」

 

「…………そう」

 

ママはあんまり気持ちを言葉にしなかったけど、口許は嬉しそうに微笑んでた。

 

「それなら、佳奈、頑張りなさいね」

 

「うん」

 

でも、アタシはアタシでちょっと嬉しかった。本当に久しぶりに……親子でまともな会話をした気がした。

 

 

 

 

 

 

……久しぶりの学校は、なんだかめちゃくちゃ懐かしく思えた。

 

たった1ヶ月しか経ってないんだけど、もう何年振りかのような気持ちになった。

 

「佳奈!」

 

教室に入ると、真由と亜梨沙が先に来ていた。どうやら席は自由らしいので、アタシも彼女たちの近くの椅子に座った。

 

「久しぶりやなー!佳奈!」

 

「うん、久しぶり。二人とも、補習ちゃんと受けに来てたんだ」

 

「ウチのおかんが行け行けうるさいねん!まあ留年するのはかなんから、とりあえず来たったわ」

 

「私もそんな感じ~。あーあ、せっかくの夏休みを1日潰すのダルすぎる~」

 

めんどくさそうに机に突っ伏してる二人を見て、アタシはくすくすと肩をすくめて笑った。

 

その時、教室に先生が入ってきた。教卓の前に立って、「よし、補習始めるぞ~」と話す。

 

「えー?センセー、補習ってウチらだけなんですかー?」

 

「そうだ。他の奴らはもう前回の補習でとっくにノルマは終わってるんだよ。まだ終わってないのはお前ら三人だけだ」

 

 

「えー!?やばー!超恥ずかしいーやん!」

 

「恥ずかしいと思うんだったら、もっとちゃんと早めに来ることだな。さ、始めるぞ」

 

そうして、アタシら三人だけのためにある補習が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

……最初は午前中だけだったはずの補習は、なんとアタシらの成績が悪すぎて、夕方まで必要になってしまった。

 

(もうー!早くケンジと遊びたいのにー!)

 

補習を受けている最中に、アタシはこっそりケンジへとLimeを送った。

 

『ごめんケンジ!夕方まで補習あるみたい!』

 

すると、すぐに彼は返事をしてくれた。

 

『うん、わかったよ。何時ごろになりそう?』

 

『たぶん17時くらい!』

 

『それじゃあ、それくらいの時間になったら、僕そっちに行くね』

 

『うん!ありがと!』

 

(あー!早く!早く終わらせて遊びたいー!)

 

やきもきする気持ちを抱えながら、アタシらは勉強に望んだ。

 

そしてようやく終わったのは、16時50分くらいだった。

 

久々に先生を前にして勉強するっていうことに、アタシら三人はぐったりと疲れてしまった。

 

「はー!よかった、やっと終わった……」

 

「なー!ほんま長かったわー!」

 

「よし、じゃあ三人とも。また夏休み開けにな。宿題はきちんと終らせるんだぞ」

 

「えー?ねえ先生、もうウチだいぶ頑張ったんやし、免除してくれへんやろかー?」

 

「バカ言うな。赤点さえ取らなきゃ補習なんか必要ないんだ。きちんと勉強しとけ。それじゃ、気をつけて帰れよ」

 

そうして、先生は教室を出ていった。さて、アタシもさっさと教室を出よう。そしてケンジのところへ……。

 

あれ?でもそういえば、ケンジがこっちに来てくれるんだっけ?じゃあここにいた方がいいかな?

 

「ねーねー、佳奈」

 

「んー?なに亜梨沙」

 

「この後どうするー?私と真由は、ストバ行く予定なんだけど」

 

「ん、ごめん。アタシも予定あるわ」

 

「えー?マジー?」

 

「佳奈、なんか最近よう予定入っとるよな?何しとるん?」

 

「……何って、まあ夏休みだし?どこそこ遊びに行くだけだけど?」

 

「かー!さすがお金持っとるJKはちゃいますなー!どうなん?今月“パパ”からいくらもろたん?」

 

真由はニヤニヤと興奮しながら、アタシに詰め寄ってくる。

 

「……ん、アタシね、止めたんだ。パパ活」

 

「え?止めたん?」

 

「うん」

 

「なんでー?佳奈、あんなにガンガンやってたのに?私らもやってはいるけど、佳奈ほどじゃなかったじゃん」

 

「……………………」

 

そう、アタシはもうパパ活をしない。したくなくなった。

 

理由は何個かあって、まず普通に時間がほしいから。パパたちに会ってる時間を、ケンジと一緒にいる時間に当てたいから。

 

時間があるなら、ケンジと一緒にいたいし、ケンジのために時間を使いたい。

 

それから……その、もう1個理由があるけど、これはなんていうか……。

 

ケンジ以外の男の人と、二人きりで会いたくなくなったから。

 

もしケンジが、アタシとおんなじ感じでママ活とかやってたら、絶対やきもち焼くもん。ケンジってば優しいから、きっとみんな、ホンキになっちゃう。ちょっとした付き合いのつもりでも、相手がガチ恋しちゃうから。

 

だからアタシも……止めようと思った。アタシがされて嫌なことは、ケンジにもしないようにしようと思った。ケンジにパパ活やってるのを隠してた負い目もあったし、止めた方がすっきりする。

 

「あ!?ちょっと待って、もしかして今日、ちょうど“1ヶ月”ちゃう?」

 

その時、真由が黒板に書いてある日付を見て、そう言った。アタシはすぐに、真由がなんのことを言ってるかピンと来たけど、亜梨沙の方は「なになに?なにが?」と言って真由に意味を訊いていた。

 

「ほらほら亜梨沙!佳奈があの陰キャくんと、ちょうど今日で1ヶ月なんやって!」

 

「あー!あれね!あの罰ゲームの!」

 

「そうそう!いやー!ようやく解放やな佳奈ー!長かったやろー?」

 

「……………………」

 

「ほんで?ほんで?ちゃーんとツーショットは五枚撮ったか?真由センセーが確認したる!」

 

「あ、うーんと、今日はスマホ忘れた」

 

そう言って、アタシは咄嗟に嘘をついた。本当はアタシの鞄の中に入ってる。見せたくなかったのは、アタシとケンジの大事な思い出だったから。

 

「スマホ忘れたー!?嘘やー!あの佳奈がスマホ忘れるわけないわ!ほら、どこに隠したん?」

 

「止めてって。マジでないから」

 

「まあまあ、恥ずかしがる気持ちもわかるでー?なんせ罰ゲームで嫌々付きおうた奴とのツーショットやからなー!でも、ノルマはノルマや!見せてもらわんといかん!」

 

「佳奈ー!私ら友だちじゃーん!」

 

「もう止めてよ、アタシ本当に持って……」

 

と、そこまで話した時。教室の入り口の方から、なんか視線を感じたので、そっちの方へ思わず目を向けた。

 

 

 

 

……そこには、ケンジが立ってた。

 

 

 

 

「ケンジ……!?」

 

なんでここに……と言いかけたけど、そうだ、ケンジは来てくれるんだった。アタシと一緒に……これから出かけるために。

 

「……………………」

 

ケンジは、何も言わなかった。ただただ、じっとそこに立っているだけだった。

 

だからアタシは、なんとなく直感していた。ケンジがアタシたちの話を聞いてしまったことを。

 

「お?あそこの入り口にいんの、佳奈の彼氏(仮)やんな?」

 

「ちょ!かっこかりって!」

 

真由ってば面白いなー!っていう、亜梨沙の笑い声が教室に響いた。

 

アタシは、身体がカチカチに固まってしまって、頭が真っ白になってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……僕は、佳奈さんたちが何を話していたのか、まるで理解できなかった。

 

……いや、理解できなかったんじゃなく……理解したくなかった。

 

 

 

『恥ずかしがる気持ちもわかるでー?なんせ罰ゲームで嫌々付きおうた奴とのツーショットやからなー!』

 

 

 

(……罰ゲームで、嫌々付き合ってた奴との、ツーショットって……)

 

佳奈さん、嘘だよね……?佳奈さんはそんな、罰ゲームで僕と嫌々付き合ってたなんて、そんなわけ……。だって、だって佳奈さんが僕に告白してきてくれたんだ。だから僕たちは付き合えて……。

 

……いや、待って。もしかしてそれ自体も、罰ゲームだったのかな。もしそうだとしたら、全部辻褄が合ってしまう……。

 

「なあなあ、彼氏(仮)くん、あんたスマホ持っとらん?」

 

佳奈さんの近くに座る、佳奈さんの友人らしき人が、僕にそう話しかけてきた。

 

「スマホ持ってるんやったらさ、写真見せてーな」

 

「写真……?」

 

「佳奈となん個か撮ったもんあるやろ?それ見せてーな」

 

「……………………」

 

「おーい、もしもし?(仮)くーん?」

 

「聞こえてないんじゃないの?」

 

「もー、これだから陰キャはあかんなあ」

 

「……!」

 

ハッと気がついた時には、佳奈さんの友人二人は、僕の目の前に来ていた。ニヤニヤと笑いながら、僕の全身を眺めていた。

 

「んーと、あ!これちゃう?」

 

そうして、僕の右ポケットに入れていたスマホを、彼女たちは勝手に抜き取った。

 

「あっ!?ちょ、ちょっと!」

 

スマホを奪われた僕は、すぐに彼女たちを追いかけた。二人は教室の真ん中に行き、僕のスマホをいじってる。

 

「なあ(仮)くん、これパスワードなにー?」

 

「ねえ真由、もしかして佳奈の誕生日じゃないの?」

 

「えー?ホンマに?ほなやってみよー」

 

僕は「ねえ、返してよ」と言って何回も二人に乞うけど、弱々しい僕の声じゃ、全く聞き入れてもらえなかった。

 

こういう時、僕は本当にダメだ。全然声を大きく張れないし、いつも……されるがままになってしまう、臆病者だ。

 

「おっ!?佳奈の誕生日でパスワード開いたで!」

 

「やっば!キモ!佳奈のこと好きすぎでしょ!」

 

「わっ!なんこの写真の量ー!えげつなー!」

 

「えーー!?めっちゃ撮ってるじゃーん!」

 

「こんなに撮らんでよかったのになあ!佳奈もようやるわ!めっちゃニコニコやん!」

 

「ほんとだー!へえー!本当のカップルみたい!」

 

「すごいなあ佳奈!将来は演技派女優なんちゃうー?」

 

 

きゃはははははははっ!!

 

 

……二人は佳奈さんを中心にして、横に立って笑っていた。

 

そして当の佳奈さんは、静かにそこに座っているだけだった。

 

「あー面白かった!ほな(仮)くん、スマホ返すわ」

 

そう言って、その子は僕に向かってスマホを放った。僕はなんとか受け取ろうとしたけれど、スマホは僕の手を伸ばした先で宙を掠め、そのまま床に落ちてしまった。

 

「あーもー!下手くそー!ちゃんと受けとりやー!」

 

スマホを投げた子が、僕に向かってそう悪態をついた。

 

床に接触したのと同時に、カシャンッと音が鳴って、スマホの画面が割れてしまった。

 

僕と佳奈さんが二人で並んでいる写真の……ちょうど真ん中に、ヒビが入っていた。

 

僕は何も言わずに、その場にしゃがんで、そのスマホを拾った。

 

「……………………」

 

……僕は、僕はもう、今何が起きているのか、全くわからなかった。

 

どうして?佳奈さんがまさか、そんな嘘をつくような人だなんて、思えない。僕の知ってる佳奈さんは、そんなことする人じゃないって……。

 

「……ケンジ」

 

僕は、佳奈さんから名前を呼ばれた。顔を上げてその場で腰を上げた僕は、彼女の顔を見つめた。

 

「……佳奈さん」

 

「……………………」

 

「本当なの……?罰ゲームのこと……」

 

「……………………」

 

佳奈さんは、しばらく目が泳いでいたいけど、最後には黙ってこくりと、小さく頷いた。

 

「……そっか」

 

「……………………」

 

「そっか、そうなんだ。そう……か」

 

……事実を確認できた僕には、もうここにいる意味がなかった。

 

そうだよね、僕みたいな陰キャが……佳奈さんみたいにキラキラした人と付き合えるなんて、そんな上手い話、あり得ないよね。

 

だって、付き合う前はまともに会話すらしてこなかったんだ。佳奈さんが僕を好きになるなんてこと自体、不自然だったんだ。それを……それをちゃんと、自覚するべきだった。

 

「……佳奈さん」

 

「……………………」

 

「もう、罰ゲームは……お開きでいいかな?」

 

「……!」

 

「君も、僕みたいな陰キャと一緒で、大変だったと思う。だから……もうこれっきりにしよう」

 

「……ケ、ケンジ……」

 

「……さようなら」

 

僕は込み上げてくるいろいろな感情を抑え込んで、くるりと彼女に背を向けた。

 

 

 

「行かないで!!ケンジ!!」

 

 

 

……その瞬間、僕の背後で佳奈さんが大声を上げた。そして、僕の左腕をぎゅっと握った。

 

「ねえ!お願い!行かないでよ!」

 

「……………………」

 

「ケンジ!アタシ……その、アタシ、“今は本気”だよ!」

 

「……………………」

 

「本気でアタシ、ケンジのこと……!いや、その、確かに最初は違ったかも知んないけど……」

 

「……………………」

 

「ねえやだ!お願いだから行かないで!別れるなんて、そんなこと言わないで!」

 

彼女が放つ悲鳴のような叫びが、夕暮れの教室に響いた。

 

佳奈さんの声が、ぶるぶると震えている。聞いている限りでは、それはまるで、涙声のようだった。

 

「う、嘘やろ?あの佳奈が……?」

 

「あの佳奈が、あんなになるなんて……」

 

佳奈さんの友人らしき二人は、彼女の反応に狼狽えていた。

 

「……………………」

 

僕は……僕は、なんて言おう。

 

なんて返せばいいんだろう。

 

彼女は本当に、今は僕を好いてくれているんだろうか?

 

わからない。あの告白が嘘だった以上、僕は何を信じていいのかわからない。

 

……でも、でも。できることなら、信じたい。

 

佳奈さんの言葉が本当で、佳奈さんの気持ちが嘘じゃないってことを……佳奈さんが本当に、僕を好きだってことを……。

 

「……………………」

 

その時、僕は……あることに気がついてしまった。気がつきたくない、一番考えたくないことに、気がついてしまった……。

 

 

『アタシと良かったら~、付き合ってくんないかな~って』

 

『名前なんだけど、これからは、“ケンジ”って呼んでもいい?』

 

『ケンジもこっち来てよ!一緒に海光らせよう!?』

 

 

……佳奈さんは、一度も。今まで一度も……。

 

 

 

 

 

 

僕のことを「好き」だと、言ってくれていない。

 

 

 

 

 

 

思い返してみたら、佳奈さんからはっきりそう言われたことがない。

 

僕が佳奈さんのことを好きだと言ったことは、何回もあるけど……告白の時だって、佳奈さんは一度も好きだとは言わなかった。

 

……なんだ、そうか、そうだったんだ。佳奈さんはずっと、僕にわかりやすいメッセージを送ってくれてたんじゃないか。

 

僕は……僕は、とんだピエロだったんだ。

 

「……田代さん」

 

僕は彼女の名前を敢えて名字で呼んだ。だって、僕なんかが彼女のことを下の名前で呼ぶなんて……そんな“失礼”なことできないから。

 

「僕は……田代さんのこと、本気で好きだったよ」

 

「……好き、“だった”って……」

 

「……告白された時、本当に本当に嬉しくって……凄く舞い上がってた。家に帰ってからも、何回も君の言葉を思い出して……」

 

「……ケンジ」

 

「いいんだ、田代さん。気を使わないで。1ヶ月っていう短い期間だったけど……僕は、良い夢を見られたよ。だから、ありがとう」

 

「やだ!やだやだやだ!アタシだって!アタシだってこの1ヶ月……楽しくって……!楽しくて……ううう……!」

 

「もういいんだ田代さん。もう……僕のこと、好きでいるフリなんて、しなくていいんだ。君は優しい人だから、僕が傷つかないようにしてくれてるんだろうけど……もうそんなこと、しなくていいんだ」

 

「違う!違う違う~!そんなんじゃないって!アタシ……!アタシ本当に酷い子で……!ケンジのこと!ケンジのこと傷つけちゃって!」

 

「……………………」

 

「お願い!ケンジお願い!アタシ、謝るから!本気で謝るから!だから……!また一緒に花火しよーよ!一緒に図書館とか博物館とか行こーよ!ね!ケンジ!」

 

「……………………」

 

「アタシ、図書館なんて全然興味なかったし、博物館なんて一生行かないって思ってたけど……!ケンジのお陰で好きになれたんだって!ケンジと一緒に!また行きたい!ねえ!ケンジ!ケンジ!一緒に居てよケンジーーー!!」

 

「……………………」

 

……ああ。

 

もう、どうすればいいんだ。

 

僕は、僕はもう、何もかもわからない。

 

君の言葉を信じてしまいたい。「そうだよね、嘘だよね」って言って、笑いかけたい。

 

だけど、だけど……君が嘘をつく人間だったという事実が、僕の胸を疑心暗鬼の雲で埋めつくすんだ。

 

君が嘘をついて、僕の心を弄んで……そういう、そういう酷いことをする人なんだって、一度思ってしまったから……僕は、僕は……。

 

「……………………」

 

ああ、いやだ。いやだ。

 

君のことを、僕は恨んでる。君を嫌いになりそうになっている。

 

そして……そして。

 

……そんな心の狭い自分が、一番……嫌いになっている。

 

「……………………」

 

僕の心から溢れ出すいろいろな想いは、すべて涙へと変わっていった。

 

頬をすべて濡らすほどに溢れるその涙は、僕の彼女への想いそのものだった。

 

「……………………」

 

彼女に……何か言いたい。何かこの、胸の中から溢れ出てくる気持ちを、言葉にしたい。

 

そう考えて、僕は振り返った。彼女の顔をじっと見据えた。

 

……でも、口は開いてくれなかった。何も言葉にならなかった。この気持ちをはっきりと文章にするなんてことは……今の僕にはできなかった。

 

「……………………」

 

彼女は僕の顔を見て何を思ったのか、そっと僕の腕を離した。

 

僕ももう、これ以上ここにいたくないと思い、またくるりと背中を向けて……そのまま教室を出ていった。

 

「……あの、すみません。斎藤と言いますが」

 

下駄箱へ向かう途中の廊下で、僕はとあるレストランへ電話をかけていた。

 

「今日の19時から二人で予約してたんですけど、それは……キャンセルでお願いします。はい、はい、すみません……」

 

電話を切って割れたスマホをポケットに入れた僕は、うつむいたまま、学校を去った。

 

そして、たった一人で……夕暮れの道を、とぼとぼと歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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