【完結】人生舐めまくってたギャルが優しい陰キャくんにガチ恋しちゃう話   作:崖の上のジェントルメン

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22.大事にしたい人

 

 

 

 

どうか神さま。

私の心をごらん下さい。

 

こんなにむなしく命をすてず

どうかこの次には

 

まことのみんなの幸いのために

私のからだをおつかい下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ただいま」

 

アタシが家に帰り着いたのは、もうとっくに夜の9時を過ぎた頃だった。

 

最近は劇の準備やらなんやらで、このくらいの時間に帰ることが多い。たぶん、アタシが家族の中で一番遅いと思う。

 

(ふー、お腹空いたなあ)

 

すぐにご飯を食べようと思ったアタシは、制服のまま食卓の方へと向かった。

 

時間も時間だから、もうさすがに誰もいないだろうと思っていたんだけど、その予想は外れて、深雪が一人でシチューを食べていた。

 

深雪もアタシと同じように学校帰りなのか、セーラー服を着たままだった。

 

「……ん、お帰り。お姉ちゃん」

 

アタシが帰ってきたことに気がついた深雪は、小さな声でそう言った。アタシはそれに「ただいま」と、深雪と同じくらいの声量で答えた。

 

台所へと向かい、鍋に入っているシチューをお皿へとよそう。それを持ってテーブルに持っていき、深雪と対面する席へ座って、アタシもシチューを食べ始めた。

 

「……………………」

 

「……………………」

 

カチャカチャと、スプーンがお皿に当たる音だけが、辺りに響いていた。

 

アタシと深雪は、最近全然話さなくなった。まあ、前は頻繁に話していたのか?と言われると別にそんなことはなかったんだけど、もっと疎遠になってるというか、さらに距離ができた感じがする。

 

だから最近は、まともに口をきいていない。特に深雪がケンジに勉強を教えてもらうようになってからは、ほとんど喋ってないはず。

 

「……お姉ちゃん」

 

そう思っていた矢先、まさかの深雪から話しかけられることになった。

 

アタシはシチューに眼を向けたまま、「なに?」と言って返した。

 

「最近、帰りが遅いね。何してるの?」

 

「……文化祭の準備」

 

「文化祭?」

 

「劇やるから、ウチのクラス。本番が今度の土曜日だから、もういよいよ大詰めってわけ」

 

「……ふーん」

 

「……………………」

 

「てっきり、デートかと思った」

 

「デート?」

 

「うん」

 

「なに?どういうこと?ケンジとデートしてたのかって?」

 

「まさか。健治さんとのわけないでしょ?」

 

「……………………」

 

「新しい彼氏ができたのかなって、そう思っただけ」

 

……アタシは静かに、スプーンを置いた。

 

シチューからゆらゆらと立つ湯気を、眉間にシワを寄せてじっと睨んでいた。

 

「……深雪こそ、何してんの?」

 

「うん?」

 

「今日遅かったみたいじゃん。何してたの?」

 

「私は塾だよ。当たり前でしょ?受験前なんだから」

 

「……ふーん、あっそ」

 

アタシはその時、わざとつっけんどんな言い方をした。

 

 

『さーて!この問題を正解した方には~!抽選で三名様に豪華商品をプレゼントしまーす!』

 

 

どこかからか、微かにテレビの音が聞こえる。たぶん、隣の家なのだろう。

 

この場の空気とはまるで裏腹に、そのテレビから聞こえる声は元気ハツラツとしていた。

 

「……なんでお姉ちゃんさ、早く諦めないの?」

 

その深雪の言葉を聞いて、ようやくアタシは顔をあげた。

 

深雪も一緒に顔をあげたようで、お互いに同じタイミングで目があった。

 

「もう、無理なんだから。お姉ちゃんが健治さんと付き合うのは」

 

「……………………」

 

「自分でそのこと、分かってるでしょ?だったら早く諦めなって。お姉ちゃんはモテるんだしさ、いつまでも健治さんに拘らないでよ」

 

深雪の目は、いつになく冷たかった。それは心底呆れているようでもあり、言い様のないほど怒っているようにも見えた。

 

「……………………」

 

深雪の言葉は、アタシだって痛いほど分かってる。どれだけアタシが彼のことを想っていても、それが届かないってことくらい。

 

「……止めてよ」

 

それでもアタシは、何度も大きく息を吐いてから、深雪へこう言った。

 

 

 

「そんなに簡単に、諦めろとか、言わないでよ……」

 

 

 

「……………………」

 

自分でも分かるくらいに、アタシの声は震えていた。

 

その震えは、激しい怒りからなのか、それとも身が切れそうなほどの悲しみからなのかは、アタシにも分からなかった。

 

「……………………」

 

深雪は一瞬だけ驚いた顔をしていたけど、すぐにまた無表情に戻って、すっと目を伏せた。

 

「……ごちそうさま」

 

そうして深雪は、空になったお皿を台所へ持っていった後、自分の部屋へと直ぐ様帰ってしまった。

 

「……………………」

 

アタシはまた、シチューの方に目をやって、スプーンを口に運んだ。

 

すっかり冷めてしまったそのシチューは、本当に何も味がしないように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ご飯を食べ終わったアタシは、お皿を洗った後に自分の部屋へと向かった。

 

学校の鞄から劇の台本を取り出して、それをベッドに寝転びながら眺めている。

 

(もう今日が終わっちゃったから、本番まであと2日……。この間に、もっともっと演技の練習をしておかないと)

 

本番前にいきなり交代したんだから、演技が多少下手でも仕方ないって……そういう風に言い訳することはできる。

 

それでもアタシは、できる限りのことをしたいと思っている。

 

 

 

『アタシ、カムパネルラになりたい』

 

 

 

「……………………」

 

今日の朝に、自分が立候補した時のことを思い出す。

 

あの時はもう咄嗟にというか、気がついたら手を上げていた。

 

ケンジがアタシのことをどう思っているのかは分からない。正直言って、凄く怖い。でも、それでもこのチャンスを逃したくなかった。

 

(それにしても、演技が上手くなるには、どうしたらいいんだろう?)

 

明らかにアタシだけ、みんなの演技と浮いている。ちょっとした脇役が浮いてるならまだしも、ジョバンニと並ぶ主役がそんな感じなのは、絶対ヤバい。

 

どうにかして、演技が上手くなりたい……。だって銀河鉄道の夜は、ケンジが好きな作品だから。

 

(……あ、そうだ、ケンジだ)

 

アタシは一旦台本を閉じて、白い天井をぼんやりと見つめた。

 

(ケンジは、アタシと同じで今日いきなりジョバンニ役に選ばれたのに、演技はばっちりだった……。ケンジからコツとかを聞いてみようかな)

 

そう思い、アタシはスカートのポケットに入れていたスマホを取り出して、ケンジの連絡先を開いた。

 

「……………………」

 

ごくりと生唾を飲んで、おそるおそる……ケンジへと電話をかけた。

 

 

プルルルル、プルルルル

 

プルルルル、プルルルル

 

プルルルル、プルルルル……

 

 

『……はい』

 

しばらく着信音が鳴った後に、ケンジの声が向こう側から聞こえてきた。

 

「あ、あの、斎藤ごめん。今、大丈夫?」

 

『……うん、なに?』

 

電話越しに聞こえるケンジの声は、なんだか学校で会ってる時よりも冷たく感じた。もちろんそれは、顔が見えないからかもしれないけど……。

 

「あの、アタシ、まだまだ劇の演技が下手じゃん?それでちょっと悩んでて……」

 

『それは仕方ないよ。君は今日、カムパネルラを始めたばかりなんだから』

 

「で、でもほら、本番まであと少ししかないし、なるべく上手くなりたくて……。だからよかったら、演技のコツとか、そういうの教えてほしいなって……」

 

『……僕に?』

 

「う、うん」

 

『それは、前任のカムパネルラ役の人に聞く方がいいんじゃない?』

 

「あ、いや……その……」

 

アタシはここで、上手く答えられずに言い淀んでしまった。

 

だって、この電話は確かに演技のことを教えてもらおうと思ってかけてはいるけど、本当は別の目的もあった。

 

それは、ケンジと電話すること。

 

ケンジと、何か話したい。どんな理由でもいいから、ケンジと一緒にいたい。

 

そのために、ケンジへ演技を教えてもらおうとしていた節があった。だから他の人でいいんじゃない?と言われると、どうにも答え切れなくなる。

 

「あ、あの、斎藤はアタシとおんなじでさ、今日ジョバンニ役に選ばれたのに、演技上手でしょ?だから、なんか役者とかそういうの得意なのかな~?って……」

 

『……………………』

 

「そ、それに、斎藤が一番、銀河鉄道の夜について詳しいと思うし、斎藤から教えてもらうのが、一番上達するかもって、そう思って」

 

『……………………』

 

ケンジがずっと黙っているのが、アタシは凄く怖かった。口の中が乾いて仕方なかった。

 

胸の上に乗せている手を、ぎゅっと握り締める。服がそれによってシワが寄る。

 

『……分かった、いいよ』

 

「え?」

 

『僕でよければ、教えるよ』

 

「ほ、ほんと!?ありがとう!!」

 

アタシは安堵と喜びのあまり、声を弾ませてしまった。握っていた手は、ようやく緩められた。

 

『前にも言ったように、僕は銀河鉄道の夜が好きで、何回も読んでいた。ジョバンニと自分を重ねて、物語に入ってた。だからきっと、演技も上手くいってるんだと思う』

 

「うんうん、それはアタシも分かる」

 

『そう、だからカムパネルラの演技が上手くなるには、田代さんがカムパネルラのことを理解する必要があるかも知れない』

 

「カムパネルラのことを?」

 

『うん。カムパネルラへ本当に感情移入できたら、きっと田代さんは演技が上手くなると思う』

 

「なるほど……」

 

『田代さんは、カムパネルラをどんな人だと思ってる?』

 

「カムパネルラをかあ……えーと……」

 

アタシは唇を尖らせて、カムパネルラのことを思い出してみた。

 

いじめられてて独りぼっちなジョバンニにとって、唯一の友達なのが、このカムパネルラ。

 

クラスのみんながジョバンニに悪口を言うけど、カムパネルラだけは絶対に悪口を言わなかった。

 

カムパネルラは何かと気が利く性格で、たとえば近くに困っている人がいると、黙って手を貸したりしている。

 

そして最後には、溺れているクラスメイトのために川へ飛び込んで、クラスメイトを助けたりする。

 

「なんていうか、優しい……人?」

 

とりあえず自分が思う言葉を、ケンジへ伝えてみた。

 

ケンジは『そうだね』と一言告げてから、さらにこんな風に付け加えた。

 

『カムパネルラは優しい。でも、その優しさの本質がどういうものか、分かるかな?』

 

「優しさの本質?」

 

『そう。優しさにはいろんな種類がある。カムパネルラは、最後のシーンでどうなる?』

 

「えーと、川へ溺れた友達を助けるために、自分が代わりに死んじゃう」

 

『そうだね。自分を犠牲にしてでも、誰かを助けようとする。これがカムパネルラの優しさの本質なんだ』

 

「ふむふむ」

 

『この自分を犠牲にするっていうのは、銀河鉄道の夜という作品にとって、非常に大事な要素になる』

 

「なるほど……」

 

『自分の大事にしたい人が、本当に幸せであるために、自分を捧げる。このことに共感できたら、カムパネルラに感情移入しやすいかもしれないね』

 

「……………………」

 

『どうだろう?参考になったかな?』

 

「あ、うん!ありがとう斎藤」

 

『そっか、それならよかったよ』

 

「ごめんね、こんな時間に電話して」

 

『いや、いいんだ。僕も…………』

 

「…………?僕も、なに?」

 

『……ううん、何でもない』

 

「……………………」

 

『それじゃあ、もうこの辺でいいかな?』

 

「……うん、そうだね。ありがとね斎藤」

 

『うん』

 

「また明日も、頑張ろうね」

 

『うん』

 

「それじゃあ……お休み」

 

『うん、お休み』

 

こうして、ケンジとの電話が終わった。

 

アタシは大きく深呼吸をした後に、目をすっと閉じた。

 

(……感情移入、か)

 

 

『自分の大事にしたい人が、本当に幸せであるために、自分を捧げる。このことに共感できたら、カムパネルラに感情移入しやすいかもしれないね』

 

 

「自分の大事にしたい人……」

 

これはもう、アタシにとってはケンジしかいない。

 

確かに、ケンジが幸せでいてくれたら、アタシも嬉しい。あの優しい笑顔がずっと曇らないでいてくれることを、いつまでも願いたい。

 

「……………………」

 

自分を、犠牲にする。

 

その言葉が、いつまでも頭の中で反響し続けた。

 

 

 

 

 

 

 




後書き
ちょっと前に描いたキャラクターイメージイラスト

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