【完結】人生舐めまくってたギャルが優しい陰キャくんにガチ恋しちゃう話   作:崖の上のジェントルメン

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25.銀河鉄道の夜(2/2)

 

 

 

……僕たち二年三組による、銀河鉄道の夜。

 

その舞台が、今まさにクライマックスを迎えようとしていた。

 

「カムパネルラ、また僕たち、二人きりになったね」

 

「……ああ、そうだねジョバンニ」

 

僕が演じるジョバンニと、佳奈さんが演じるカムパネルラが、お互いに椅子に座って対面している。

 

何度も練習してきた、このクライマックスの場面。手にかいている汗を握り込んで隠しながら、僕らは台詞を繋げていく。

 

「ねえ、カムパネルラ。これから僕たち、どこまでもずっと一緒に行こう」

 

「……………………」

 

「みんなの本当の幸せを探しに、どこまでもどこまでも、僕たち一緒に進んで行こう。ね、カムパネルラ」

 

「……………………」

 

「……?カムパネルラ?」

 

でもここで、順調に進んでいたはずの会話劇が、一旦ストップされた。突然佳奈さんが台詞を返さなくなってしまったのだった。

 

じっと顔をうつむかせていて、何か思い詰めたような表情で固まっている。

 

(も、もしかして、台詞を忘れちゃったのかな……?)

 

僕はどうしようか、だいぶん迷ってしまった。台詞を小声で教えるか、それとも何か別の対策をするべきなのか……。とにかく、このまま劇が硬直するのが一番良くない。何か手を打たないといけない。

 

「……………………」

 

僕は一瞬だけ、ちらりと客席の方へ目をやった。何百人といる生徒や先生たちの視線が、一斉にこちらを向いている。

 

その緊張に耐えきれなくなって、僕はまた視線を佳奈さんの方へ戻した。

 

バクバクと鳴る心臓の音が、はっきりと身体の奥から聞こえてくる。

 

(と、とりあえず、話しかけてみるか……)

 

僕はおそるおそる、観客には聞こえない程度の小さな声で、佳奈さんの名前を呼んだ。

 

「……佳奈さん?」

 

「!」

 

すると、ハッとした表情で彼女は顔を上げて、僕を見つめた。

 

そして、なんだかとても辛そうに、眉をひそめていた。

 

「……ああ、ジョバンニ」

 

佳奈さんは、震える唇で、カムパネルラとしての台詞を告げた。

 

「ボクたちは、ずっと一緒だよ」

 

「……………………」

 

……なんか、おかしい。佳奈さんの様子が変だ。

 

もしかして、体調を崩してしまったんじゃないだろうか。

 

お腹が痛いか、あるいは熱が出てしまったとか……。も、もしそうなら、劇を巻きで終わらせて、すぐに保健委員へ連絡しないと。

 

「やあ、ご覧よジョバンニ」

 

「え?」

 

「あそこの野原は、なんて綺麗なんだろう。きっとあそこが、本当の天国なんだ」

 

「……………………」

 

……佳奈さんの瞳が、なんだか濡れているように感じた。今にもその眼から、涙が溢れてきやしないかと……そう不安にかられるような眼差しだった。

 

一体どうしたんだろう?本当に大丈夫かな?やっぱり身体の具合が悪いのだろうか?

 

それとも、ここは佳奈さん流の、そういう演技なのだろうか?

 

確かに今は、カムパネルラがジョバンニへ嘘をつくシーンだ。本当はずっと一緒にはいられないはずなのに、ジョバンニの気持ちを想って「一緒にいるよ」と嘘をつく。その罪悪感や寂しさを表現するために、ああいう表情になっているのだろうか。

 

……ダメだ、今の僕では分からない。

 

「ど、どこだい?カムパネルラ。野原なんて見えないよ?」

 

とりあえず今は、劇を進めるしかない。

 

佳奈さんの気持ちは分からないけど、この劇を台無しにしてしまうことは、なるべく避けたい。佳奈さんと……みんなと頑張って、何度も練習して作り上げた劇なんだから。

 

「ああ、あそこに見えるのが、ボクのお母さんだよ」

 

「どこ?どこにも見えないよカムパネルラ」

 

「……ジョバンニ」

 

「え?」

 

 

 

「さようなら」

 

 

 

そう言って別れの言葉を告げた彼女は、頬から一筋の涙を溢して、僕のことを見つめていた。

 

「……………………」

 

もちろんこの台詞は、ちゃんと台本通りのものだ。ここのシーンは、原作から改変されている部分になる。

 

もとのお話だと、いきなり別れも告げずに、カムパネルラが一瞬で消えていなくなるという場面だけど、劇だとその演出は物理的に難しいのと、もう少しドラマチックにした方が劇には向いているだろうということで、見せ方を変えたところだった。

 

だからカムパネルラが「さようなら」と言って、この後いなくなるシーンに入るのだけれど……。

 

「……………………」

 

僕はなんだか、心臓がきゅっと捕まれたような感覚に襲われた。

 

どうして佳奈さんは、泣いているんだろう。

 

どうしてこんなにも、たったひと言の「さようなら」が、僕を苦しめるんだろう。

 

その涙は、まるで演技だとは思えなかった。

 

「佳奈さ……」

 

思わず彼女の名前を呼びそうになるのを、なんとか食い止めた。

 

そして、ごくりと生唾を飲んで、「カムパネルラ?」と台詞を言い直した。

 

 

……タタンタタン、タタンタタン

 

 

汽車が走る効果音が、その瞬間から鳴り始める。

 

その音は、だんだんと大きさを増していく。

 

「カムパネルラ、さようならって……なんでなの?」

 

「……………………」

 

 

タタンタタン、タタンタタン

 

 

「嫌だよ……カムパネルラ。僕らはどこまでも一緒だろ?君だってそう言ったじゃないか」

 

「……………………」

 

 

タタンタタン、タタンタタン

 

 

照明が突然消えて、舞台全体が真っ暗になる。そしてまたパッとついて明るくなる。それを何度か繰り返す。

 

 

タタンタタン!タタンタタン!

 

 

「ねえ……!何か言ってよカムパネルラ!どこへも行かないって約束してよ!」

 

 

タタンタタン!!タタンタタン!!

 

 

……カムパネルラは震える声で、はっきりと告げた。

 

 

「さようなら、ジョバンニ」

 

 

 

キキキキキーーーーー!!!!

 

 

 

汽車が大きくブレーキを踏む音が鳴り響きながら、照明が全部落とされて、真っ暗になった。

 

 

 

 

 

……照明がついて、舞台が明るくなる。僕は床に寝ており、ハッと飛び起きて辺りを見渡す動作をする。

 

「き、汽車は……?カムパネルラはどこ?」

 

そうしてすぐに立ち上がって、自分の姿を見る。そしてジョバンニは、あの銀河鉄道が夢であったことを理解する。

 

「そうか……あの汽車は夢だったんだ。僕はこの丘の上で、ずっと寝ていていたんだ」

 

ふうと息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。

 

「早く母さんのところへ帰ろう。きっと心配している」

 

そうして僕は、ゆっくりと歩いて家へと向かう。本当はこのくだりは、母親の牛乳を貰いにいくところがあるのだが、上映時間の都合上カットしている。

 

「ジョバンニ!大変だよ!」

 

その時、たまたますれ違ったクラスメイトから、カムパネルラのことを聞くことになる。

 

「カムパネルラがね!川へ入ったんだ!」

 

「川へ?」

 

「ザネリが川に落ちたのを助けようとして、カムパネルラが飛び込んだんだよ!彼は泳いでザネリを助けたんだけれど!代わりにカムパネルラが……カムパネルラがどこにもいないんだ!」

 

「そんな……!カムパネルラ!」

 

親友の緊急事態に、ジョバンニは思わず走り出す。

 

彼が落ちた川の近くでは、いろんな見物人が集まっていた。

 

そこにはカムパネルラのお父さんもいて、じっと悲しそうな顔をして立っている。

 

彼のお父さんは腕時計に眼をやって、いろんなものを堪えている表情でこう言った。

 

「もうダメです。カムパネルラが落ちてから、45分経ちました……」

 

「……………………」

 

「……おや、あなたはジョバンニさんですね」

 

カムパネルラのお父さんが、近くにいた僕のことに気がついた。

 

「ジョバンニさん、あなたのお父さんは、もう帰っていますか」

 

「……いいえ」

 

「どうしたのかな、僕には一昨日、大変元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが……船が遅れたんだな」

 

「……………………」

 

「ジョバンニさん、明日の放課後、どうぞみなさんでウチに来てください」

 

「……………………」

 

「カムパネルラと友だちでいてくださって……どうも、ありがとう」

 

そうして、彼は静かに去っていった。

 

……その場に一人残された僕は、顔を上げて遠くを見つめながら、いよいよ最後のシーンを演じる。

 

「……カムパネルラ。僕はね、君がどこに行ったか知っているよ。この川の底なんかじゃない。あの遠い、銀河の向こうだろ?」

 

胸の辺りに手を置いて、服をぎゅっと握り締める。

 

観客席の上部にある照明の光が、こちらに向かって真っ直ぐに光ってる。それはまるで、夜空に輝くひとつの星のように見えた。

 

「僕たちは、ずっと一緒にいたね。あの汽車に乗って……………」

 

 

 

……と、そこまで台詞を告げて、僕は止まってしまった。

 

胸の中が、いつの間にか熱くなってしまって、口を開くのに勇気がいるようになったから。

 

「……………………」

 

この台詞を言い切るのに、なぜだか本当に苦労した。

 

理由は分からない。でも、とてつもなく辛かった。

 

「……遠くまで、旅を、したね」

 

ようやく頑張って台詞を最後まで言った瞬間、僕は必死に堪えていた涙が止めどなく溢れてきた。

 

磨かれた舞台の床に、僕の涙が雫となって落ちる。

 

 

 

『ほら!海が光ってるよ!アタシの花火で光ってる!』

 

『ねえ、ケンジもこっち来てよ!一緒に海光らせよう!?』

 

 

 

……ああ、そうだね佳奈さん。君は僕と一緒に、花火をしてくれたね。

 

僕はああして、誰かとわいわい騒いで遊ぶなんて、そんな経験ほとんどしてこなかった。いつも一人で本を読んでいたし、自分みたいな隅っこにいる人間が表立ってはしゃぐと、みんなから笑われると思って……ずっと一人でいた。

 

だからあんなに、あんなに誰かと一緒にいて楽しいと思えることが、堪らなく嬉しかった。佳奈さんとならどんな場所に行ったって、きっとワクワクできると思えた。

 

「……………………」

 

佳奈さんの告白が嘘だと知った時、僕は本当に耐えきれないほど辛かった。

 

醜い感情だけど、佳奈さんのことをひどく恨んだ。

 

佳奈さんも何か嫌な目に遭ってしまえ!僕のように傷ついてしまえ!と、そんなことさえ思った時だってある。

 

でも今、この胸に巣くうのは、果てしない喪失感。

 

カムパネルラと佳奈さんが重なって、本当に今、大事な人を亡くしてしまったかのように思える。

 

 

『ボクたちは、ずっと一緒だよ』

 

 

カムパネルラであり、佳奈さんである彼女からの台詞が、脳裏に甦る。

 

「……………………」

 

……佳奈さん。

 

佳奈さん。

 

僕、僕ね。

 

 

 

僕やっぱり、君のことが大好きだ。

 

 

 

もし君が許してくれるのなら、また一緒にいたい。

 

いろんなところへ出かけて、いろんな景色を君と見たい。

 

「……………………」

 

台詞をちゃんと言えないまま、僕はただその場に立ち尽くして、震えていた。

 

 

『どんなに親しい人がいたとしても、その人の本心を……100%知ることはできない』

 

『でも、それでいいんだよ健治』

 

『お前や百合子が、俺のことをどう思っていても、構わない。俺がお前たちを愛しているのは、俺だけが知る、俺だけの真実だ』

 

 

この前会った父さんの言葉が、僕の身体中を満たしていく。

 

そうだ、他人の気持ちなんて、いつまで経っても分かるわけない。どんなに長いこと一緒だからって、全部を知れるわけじゃない。

 

誰の気持ちも、本当のところは、何が真実かは分からない。

 

佳奈さんは、あの時嘘をついた。

 

そして今も、嘘をついているかも知れない。

 

本当は僕のことなんて、最初から好きでもなんでもなくて、ただの罰ゲームの遊び道具でしかないかも知れない。

 

何度彼女へ本当の気持ちを聞いても、嘘ではぐらかされるかも知れない。

 

何回でも騙されるかも知れない。

 

「……………………」

 

僕は歯を食い縛りながら、上を見上げた。

 

 

 

……それでも、構わない!

 

たとえ全部が嘘でも!!僕は構わない!!

 

 

 

どれだけ考えたところで、他人の気持ちは完全に理解できない!!

 

それは結局、嘘か本当かも分からないってこと!!

 

なら!!そんなまやかしにとらわれなくていい!!

 

はっきりと分からない幻に怯えなくていい!!

 

この世で唯一はっきりしている、本当の真実だけを……!!僕が、佳奈さんのことが大好きだという真実だけを!!信じればいい!!

 

何回でも僕を騙せばいい!!

 

何度でも裏切ればいい!!

 

 

それでも僕は!!君が好きだ!!

 

 

 

「はあっ……はあっ……」

 

興奮で身体が熱くなり、息も荒くなってくる。

 

握り締める拳の奥で、爪が突き刺さる。

 

 

 

『アタシ、カムパネルラになりたい』

 

 

 

……佳奈さん。僕は君がカムパネルラのように死んでしまったら、本当に悲しくて悲しくてたまらないよ……。

 

君に、いなくなってほしくない……!いつまでも元気でいてほしい……!

 

いつまでも、幸せでいてほしい!!

 

そのことを、ようやく……!!ようやく僕は、この劇で知れた……!!

 

「……ああ、僕はもう……」

 

涙声の僕の台詞が、体育館中に響き渡る。

 

「あのさそりのように、本当にみんなの幸せのためなら……僕の身体なんか、百ぺん焼いたって構わない」

 

僕は、今この一瞬だけ、舞台に立って観客に見られていることを忘れた。

 

その時の僕は、間違いなくジョバンニで、間違いなく斎藤 健治だった。

 

「カムパネルラ……。僕は、どこまでも、どこまでも……」

 

 

 

 

 

「君と一緒に行くよ」

 

 

 

 

 

 

 

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