【完結】人生舐めまくってたギャルが優しい陰キャくんにガチ恋しちゃう話   作:崖の上のジェントルメン

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26.優しくしないで

 

 

 

 

……劇が無事に終わって、アタシはようやく肩の荷が降りた。

 

ウチの文化祭の構成は、午前中に舞台系の出し物があって、午後から出店とかが出るようになってる。

 

そのため、自分たちのクラスの後にも、他のクラスで劇とか音楽の演奏とかが開催されていた。大きな体育館の床にいくつも設置されたパイプ椅子へ腰かけて、ウチの学校の人たちや、生徒の保護者たちみんなで舞台を眺めている。

 

だけど、緊張の糸がぷっつりと切れてしまったアタシは、もう何も観る元気がなくて、パイプ椅子の背もたれに寄りかかり、午前中のほとんどの時間を寝て過ごしてしまった。

 

 

『……以上で、舞台部門の出し物を終了します。舞台部門の皆様、お疲れ様でした』

 

そのアナウンスが鳴って、ようやくアタシは眼を覚ました。

 

(あ、やっば……全然観れてなかった)

 

徹夜続きだったから仕方ないとは言え、アタシと同じように……この日に向けて劇や演奏を頑張ってきた人たちのことを想うと、なんだか胸が痛くなってしまった。

 

去年まではそんなのお構い無しに、舞台のこと無視してスマホいじったり友達と駄弁ったりしてたんだから、自分でも心境の変化に驚いている。

 

『それではこれより、一旦お昼休みに入ります。午後1時より、午後の部を開催いたします』

 

そのアナウンスが鳴ったと同時に、一斉に周りのみんなが椅子から立ち上がり、各々のクラスなり家族の元なりへと向かっていった。

 

「ねーねー、お昼ご飯どこで食べるー?」

 

「なあ母ちゃん、俺のスマホ知らねーかな?」

 

「レイちゃんお疲れ様ー!劇スゴかったわよー!」

 

辺りがそんな賑わいでざわつく中、アタシは一人、ごくりと息を飲みながら……ケンジの近くへと寄っていった。

 

いよいよ、彼に嘘コクのことを謝る。ついにこれが、最後の会話に……。

 

「……あの、斎藤」

 

震える手をぎゅっと拳にして丸めながら、おそるおそる彼へ声をかけると、ケンジはすぐにパッとこちらを向いた。

 

「田代さん、お疲れ様!」

 

そして、びっくりするくらいに優しい笑顔で、彼はアタシへ笑いかけてくれた。

 

「え?あ、う、うん……」

 

アタシはあまりにびっくりしすぎて、嬉しいとか切ないより、「なんでこんな笑顔なんだろう?」という気持ちが先に来てしまった。

 

別れてからはこんな風に笑いかけてもらえなかったのに、どうして……?

 

(……まあでも、そっか。ケンジだって主役っていう大変な役目を終えたんだから、すっきりしてるのかも)

 

アタシへ好意的な気持ちを持ってくれているというよりは、単に清々しい気持ちで機嫌がいいからなんだろうと、アタシはその笑顔についてそんな風に解釈した。

 

「えーと、ごめん斎藤。さっき言ったとおり、ちょっとだけ時間、貰えないかな?話したいことがあって……」

 

「うん、実は僕の方も、話したいことがあるんだ」

 

「え?ケン……斎藤にも?」

 

「うん。あ、もちろん、田代さんのを優先してもらって構わないよ」

 

「わ、わかった……」

 

ええ?なんだろう?話したいことって。劇はもう終わったし……なんの話題か全然検討がつかないや。

 

「それじゃあ、どうする田代さん?場所を変える?」

 

「あ、うん……。そうだね、できることなら、あんまり人がいないところへ……」

 

と、そこまで言いかけたその時、ゆら……と、アタシの視界がぼやけて、足元がふらついてしまった。

 

そのせいで、ついうっかりケンジの胸に寄りかかってしまった。

 

「た、田代さん?」

 

「ご、ごめん、斎藤……。ちょっと目眩がしちゃって……」

 

ケンジの迷惑にならないよう、すぐに彼から離れて、また真っ直ぐ立とうとするけれど、やっぱり視界はぼやけている。頭もなんだか熱く感じるし、気持ち悪い。

 

「田代さん、大丈夫?顔色が悪いよ?」

 

「だ、大丈夫大丈夫……。ちょっと疲れちゃってるだけだと思うから……」

 

「でも、なんだか熱っぽそうだよ?保健室行った方がいいかも」

 

「そ、そこまでじゃないよ……たぶん」

 

「田代さん」

 

ケンジはアタシの両肩を掴んで、じっとこちらを見つめていた。その眼差しに、アタシは思わずドキッと胸が高鳴った。

 

「自分のこと、もっと大切にしてほしいな」

 

「……………………」

 

「ほら、僕と一緒に保健室へ行こう?大丈夫だと思ってても、念のために熱とか測っておこうよ」

 

「……うん、わかった」

 

アタシはケンジの説得を受け入れて、二人で保健室へと向かった。

 

いつだったか、こうしてケンジのことを保健室へ連れていったことがあったっけ。今度はその逆になっちゃった。

 

保健室へ向かうまでの間、ずっとケンジは「症状はどんな感じ?」とか「頭は痛い?」とか、すごくいろいろと気にかけてくれた。

 

(本当に……どうしてこんなに、優しいんだろう?)

 

なんだかまるで、付き合ってた頃みたい……。

 

 

「……先生、熱を測らせてもらっていいでしょうか?」

 

保健室へたどり着くと、ケンジは先生に向かってそう告げた。

 

「あらあら、どうしたの?」

 

「どうも彼女の具合が、良くなさそうなんです。診てあげてもらえませんか?」

 

「わかったわ。さ、ここに座って?」

 

アタシは保健室の中にあるパイプ椅子へ座るよう、先生から促された。そこへ腰かけると、立っていた時よりちょっとだけ楽になった気がした。

 

「確かに顔色が悪いわね……。えーとお熱は…………あら!38度もあるじゃないの!」

 

体温計で熱を見た先生が、そう言って叫んでいた。

 

「そこのベッドで横になってなさい。それから、今日はもう帰った方がいいわ」

 

「え……」

 

「インフルエンザも流行ってるんだし、ちゃんと病院で診てもらって、きちんと療養すべきよ。お父さんかお母さんの電話番号、教えてくれる?私の方で電話しておくから、迎えに来てもらうようお願いしてみるわ」

 

「……………………」

 

アタシの頭の中は、早くケンジに謝りたいことでいっぱいだったけれど、実際、今めちゃくちゃキツいのも事実。

 

「ゆっくりしておきなよ、田代さん」

 

ケンジもアタシへ、そんな風に言ってくれた。

 

「せっかくの文化祭がもったいない気持ちは分かるけど、もっと悪化しちゃったら良くないと思うし……」

 

「斎藤……」

 

アタシはしばらく黙っていたけれど、さすがに頭が痛くなり始めたので、「わかった」と答えてから、ベッドに横になった。

 

先生はアタシへ氷枕を手渡した後、アタシの両親へ電話をしていた。

 

「はい、娘さんが今、発熱していまして。お迎えに来ていただけないかと……」

 

同じ保健室の中のはずなのに、その声はどこか遠くに感じられた。

 

「田代さん、何か欲しいものある?」

 

ケンジはアタシがいるベッドの脇にあった丸椅子に座って、そう告げた。

 

「うーん……今はとりあえず、ないかも」

 

「そっか、何かあったら言ってね」

 

「……うん」

 

「それにしても、こんなに熱が出るなんてね。カムパネルラ役を頑張り過ぎちゃってたかな?」

 

「……それは、その、本番まで時間なかったし、斎藤とか、みんなの迷惑になりたくなくて……」

 

「うんうん、そっか」

 

「……………………」

 

「ねえ、田代さん」

 

「なに……?」

 

ぼんやりしている視界の向こう側で、ケンジが優しく微笑んでいた。

 

「頑張ってくれて、ありがとうね」

 

「……………………」

 

 

 

「カムパネルラになってくれて、ありがとうね」

 

 

 

「……………………」

 

アタシは……。

 

アタシはその言葉を聞いて、思わず泣きそうになった。

 

優しすぎるケンジの言葉に、胸を締め付けられそうになった。

 

(止めて……ケンジ……)

 

今までもぼやけていた視界が、涙によってさらに滲んでしまった。

 

布団の上に置かれている手を、ぐっと握り締める。布団にシワが寄って、「ぎゅっ」と音が鳴る。

 

(お願い……もうこれ以上、アタシに優しくしないで。でないと、でないと……)

 

 

───お別れの言葉を、言えなくなっちゃう。

 

 

(決心が、揺らいちゃう。ケンジから離れて、深雪と二人で幸せになってもらおうとした覚悟が、ぐらついちゃう……)

 

あんなに、あんなに、決心したのに。

 

心の底から、そうしようって決めたのに。

 

ああ、ケンジ。

 

ケンジ。

 

ケンジ……。

 

 

「……………………」

 

 

……静かな保健室の中に、ガラガラと扉を開ける音が響いた。それは、アタシのママが入ってきた音だった。

 

「どうもこんにちは。田代 佳奈の母です」

 

ママの言葉を受けて、先生が「こんにちは」と答えた。

 

「えっと、佳奈はどこに?」

 

「ちょうど今、ベッドで寝ていますよ」

 

先生からそう教えられて、ママはこっちの方へ目をやった。

 

「ママ……」

 

ゆっくりと上半身を起こしているアタシを見て、ママは心配そうに眉をひそめた。

 

「思ってたより、ずっと具合が悪そうね」

 

「ごめん、迷惑かけちゃって……」

 

「いいのよ、今のあなた一人では、満足に帰れそうにないもの」

 

ママはアタシの前に、すっと手を差し出した。それを取って、アタシはゆっくりとベッドから降りて、ふらふらと立つ。

 

「田代さん、僕も手を貸そうか?」

 

「う、ううん、大丈夫だよ斎藤……」

 

ママから手を引かれて、アタシは少しずつ、保健室の出入口へと歩いていく。

 

「すみません、お世話になりました」

 

ママは先生に向かって、お礼を述べながら頭を下げた。アタシもそれに習って、ママよりワンテンポ遅く頭を下げた。

 

先生は「いえいえ、お大事に~」と言って、こっちに手を振った。

 

「あなたは、佳奈のお友だち?あなたも佳奈の面倒を診てくれてたのかしら?」

 

ママは今度は、ケンジの方へ声をかけた。ケンジは緊張した顔つきで、肩をすくめつつ「は、はい」と答えていた。

 

「ありがとうね、佳奈も助かったと思うわ」

 

「い、いえ、恐縮です」

 

「ほら佳奈、ちゃんとありがとうって言いなさい」

 

「……………………」

 

ママからそう言われて、アタシはケンジの顔を改めて見つめた。

 

彼の瞳が、真っ直ぐにこちらを向いている。

 

……ああ。

 

大好きだよ、ケンジ。

 

本当に本当に、大好き。

 

もし叶うのなら、今すぐに抱きつきたい。力いっぱいぎゅーをして、そして、キスをしたい。

 

何回でも何回でも、目の前で大好きだって言って、その度に恥ずかしがるあなたを見たい。

 

「……………………」

 

でも、結局アタシは、頭の中に思い浮かぶことをひとつも行動に移せなかった。

 

親や先生の前で恥ずかしかったっていうのもあるし、何より……ケンジが嫌がるかも知れないから、できなかった。

 

ケンジは優しい。でも、だからってまた、付き合ってた頃みたいに……アタシのことを好きだとは限らない。

 

だからアタシは、自分の気持ちをすべて隠して、小さな声で「ありがとう」とだけ言った。

 

それを聞いたケンジは、いつものようににっこりと笑って、答えた。

 

「またね、田代さん」

 

「……………………」

 

アタシはそれに、黙ったままこくりと頷いて、保健室を出ていった。

 

「すみません、失礼します」

 

ママがガラガラと音を立てて、保健室の扉を閉めた。アタシはママに手を引かれながら、しんと静まり返る廊下を歩いていく。

 

「……………………」

 

その途中で、アタシは何度も保健室の方を振り返った。遠ざかっていくにつれて、保健室の文字がだんだん読めなくなっていくことが、たまらなく切なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

……この時。

 

この時になんで、好きって言えなかったんだろう。

 

本当に本当に、アタシはバカだ。

 

親や先生の前でもいい。

 

ケンジの気持ちが分からなくても構わない。

 

なんで……なんでアタシは……。

 

 

この、保健室での一件。

 

この時にケンジへ好きって言えなかったことが、アタシの人生で……最も、後悔する瞬間になる。

 

 

 

 

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