【完結】人生舐めまくってたギャルが優しい陰キャくんにガチ恋しちゃう話   作:崖の上のジェントルメン

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31.姉妹の愛

 

 

 

 

……責任を、取らなければならない。

 

健治さんをあんな目にした、責任を。

 

「……………………」

 

私は、薄暗い自分の部屋で一人、床にぺたんと座ったまま、カッターを手に持って見つめていた。

 

カチカチカチと、カッターから刃を出す音が鳴る。そして、すっと左手を出して、腕を捲る。

 

「……………………」

 

人の人生を、壊した。

 

その事実が、私の背中に重くのしかかってくる。

 

このまま健治さんが起きなかったら、私はもう、健治さんを殺したも同然だ。

 

だって、死ぬまで起きないってことは、それはもう、既に死んでいることと同じ。いつか起きるかも知れないという期待がある分、余計に質が悪い。

 

それに、もしいつか起きたとしても、後遺症が残る可能性だってある。下半身不随とか、失語症とか、調べれば調べるほどに、いろんな後遺症が出てくる。

 

そんな後遺症を抱えて生きていくなんて、あまりにも大変すぎる。今まで通りの生活なんて望めないし、学校だって……満足に行けないかも知れない。

 

健治さんの家が貧しいという話は、前にも聞いたことがある。だからお金の問題だってある。健治さんと、健治さんのお母さんが生きていくために、たくさんのお金が必要になる。

 

「……………………」

 

ああ。

 

ごめんなさい。

 

私はもう、ここに居ちゃいけない。

 

こんなにも罪深いことをしてしまったんだから、それ相応の罰を受けなければならない。

 

私も私の人生を、狂わせなければならない。

 

他人の人生を狂わしたのだから、それが当然……。

 

そう、当然……。

 

「……………………」

 

カッターの刃が、私の左手首にそっと近づける。

 

ひんやりと冷たい刃の先が、皮膚の上に置かれている。

 

(や、やらなきゃ……。やらなきゃ、やらなきゃ、やらなきゃ……)

 

身体中から、汗が吹き出す。

 

指先がガタガタと小刻みに揺れる。

 

「……………………」

 

私は眼をぎゅっと瞑って、カッターの刃を……手首の先に少しだけ刺した。

 

ズキンッ!!と、激しい痛みが左腕を襲った。

 

「うっ……!!」

 

痛みのあまり、思わずカッターから手を離してしまう。

 

床の上にカタンと、カッターの落ちる音が響く。

 

「はあ……はあ……」

 

ズキズキと、震えるほどに痛む。眼を瞑っていたから、どれほどまで切れているか分からない。でも、こんなに痛いんだから、きっと深くまで切っているだろう。

 

「……………………」

 

私は恐る恐る、薄く眼を開けて、傷口を観てみた。

 

その時の情けなさは、たぶん生涯忘れない。

 

「……………………」

 

全然、切れていなかった。

 

ちょっと皮膚が切れて、血の玉が少し浮き出ているだけだった。それはちょうど、注射針を刺した後のような、そんな程度でしかなかった。

 

……あんなに痛いと思ったのに。

 

ビリビリ腕中がざわつくほど痛かったのに。

 

たった、たったこれだけしか……。

 

「う……うう……」

 

私はうつむきながら、背中を丸めて泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ザーーーーー

 

 

真っ暗な外では、雨が降っていた。

 

私は左手首から垂れる小さな血を見つめながら、その雨音をぼんやり聞いていた。

 

もう、何日学校を休んでいるだろうか。10日を過ぎた頃から、数えるのを止めてしまった。

 

受験生だというのに、私は未だにここを動けない。勉強しないといけないのに。

 

「……ふっ」

 

私は、自分で自分のことを笑った。

 

何が受験だ。今から死のうとしてた奴が、そんなこと心配する必要なんかないのに。

 

……とことんまで私は、覚悟ができない人間だったんだって、そう思わされる。

 

 

コンコン

 

 

そんな時、私の部屋の扉がノックされた。

 

私は誰にも会いたくなかったので、そのノックに何も返事をしなかった。すると扉の向こう側から、お姉ちゃんの声がした。

 

「深雪、いる?」

 

「……………………」

 

「ちょっと……大事な話があるの。良かったら聞いてほしい」

 

「……………………」

 

私はしばらく迷っていたけど、大事な話と言われると、さすがに聞かざるを得なかった。

 

私はその場に座ったまま、「鍵開いてるよ」とか細い声で答えた。すると、ぎー……と音を立てて、部屋の扉が開かれた。

 

……この時、私は一瞬、入り口に立っているのが本当にお姉ちゃんかどうか分からなかった。それは、お姉ちゃんの髪型が、ばっさりとショートヘアになっていたから。

 

前までは、背中の肩甲骨付近まで伸びていた金髪が、今は耳の上くらいまでしかない。かなり思い切ったヘアアレンジだった。

 

それに、お姉ちゃんの表情もいつになく真剣で、目付きが鋭い。こんなお姉ちゃん、今まで見たことなかった。

 

「……深雪」

 

「……………………」

 

「……うん?あれ、深雪……あんたまさか……」

 

お姉ちゃんは、私の近くに落ちていたカッターを見るや否や、すぐに身体を屈ませて、私の左手首を見た。

 

「ちょ、ちょっと深雪!?あんたリスカしようとしたの!?」

 

「……………………」

 

「バカ!何考えてんの!ま、待って!アタシ救急箱持ってくる!」

 

お姉ちゃんはバタバタと走って部屋の外へと出ていき、一階のリビングにある救急箱を取りに行った。

 

そして、またバタバタと忙しなく部屋へ戻ってくると、箱から消毒液と包帯を取り出した。

 

「えーと、包帯ってどうしたらいいんだろ……?」

 

お姉ちゃんはポケットにいれていたスマホでやり方を検索しながら、私の腕に包帯を巻いていた。

 

正直、この程度の傷なら絆創膏でよかったと思うんだけど、なんだかそれを言うのも気が引けて、お姉ちゃんのされるがままになっていた。

 

「……ふう」

 

腕に包帯が巻けたお姉ちゃんは額にかいた冷や汗を拭いながら、ため息をついた。そして、私のことをじっと見つめて言った。

 

「深雪、アタシ……許さないよ」

 

「……………………」

 

「ここで死んだら、あんたをずっと許さないから」

 

「……………………」

 

お姉ちゃんの眼差しに耐えられなかった私は、すっと床に視線を落とした。

 

「ケンジは、誰のために犠牲になったと思ってんの?」

 

「……………………」

 

「あんたでしょ?深雪。あんたのために……代わりに轢かれた。そんなあんたが死んじゃったら、ケンジは何のためにあんたを助けたの?」

 

「……………………」

 

私は、お姉ちゃんに巻かれた包帯を、ぼんやりと眺めていた。

 

「ケンジのことを本当に想うなら、こんなところで絶対死なないで。ちゃんとけじめをつけて、きちんと生きてよ、深雪」

 

「……お姉ちゃんには、分かんないよ」

 

「分からない?」

 

「私の気持ちなんて、分かんない」

 

「……………………」

 

「私は、健治さんを殺したも同然なんだから。全部全部、私のせいなんだから」

 

「……………………」

 

「そんな私が、生きてていいはずない。ここにいて、いいはずない。もう……ほっといてよ」

 

「……………………」

 

「……ああ、もう。こんな、こんなことになるなら」

 

「……………………」

 

「私が始めから、健治さんの代わりに死ねばよかったんだ」

 

「────!」

 

 

 

パシンッ!!

 

 

 

……お姉ちゃんは、思い切り私の頬をぶった。

 

じんじんと……さっきカッターで腕を切った時よりも痛む。

 

「バカ!!」

 

お姉ちゃんの怒号が部屋中に響き渡る。

 

「深雪のバカ!!バカバカ!!アホ!!オタンコナス!!」

 

「……うるさいな。お姉ちゃんにそんなこと、言われる筋合いは……」

 

と、そこまで言いかけたけど、私はそれ以上言葉が続かなかった。

 

それは、ぎゅっと、お姉ちゃんに抱き締められたから。

 

「……………え?」

 

突然のことに面食らった私は、思わずその場で固まってしまった。

 

「深雪のバカ……!そんな、死ねばよかったんだんだとか、言わないでよ……!」

 

「……………………」

 

「ケンジがああなっちゃったのは、確かに辛いけど……。でも、でも、アタシは深雪が同じ目に遭っても、辛いんだから……」

 

「……!」

 

お姉ちゃんは、ゆっくりと私から離れた。その時初めて私は、お姉ちゃんと目が合った。

 

お姉ちゃんの眼は、涙がいっぱいたまっていた。きゅっとへの字に曲がっている口先が、ぶるぶると震えていた。

 

「……………………」

 

「深雪、アタシ……アタシね、正直に言うと、あんたを恨んでる」

 

「……………………」

 

「あんた自身がそう思っているように、アタシも……あんたのせいでケンジがあんな目に遭ったんだって、思っちゃってる」

 

「……………………」

 

「でも、そんなあんたを恨むのと同時に……あんたが助かって、嬉しいって思う気持ちも、あるの」

 

「え……?」

 

お姉ちゃんは手の甲で、涙を拭った。

 

「昔はさ……深雪と一緒に、公園で遊んだりしたよね」

 

「……………………」

 

「『お姉ちゃんお姉ちゃん』って、深雪はいっつもアタシの後ろをついてきて……」

 

「……………………」

 

「アタシもね、あんたがまだ一歳だった時、だっこしながらミルクあげたこともあったんだよ?」

 

「お姉ちゃんが?」

 

「うん。ミルクをあげながら、『アタシがこれからお姉ちゃんだぞ』って、そう深雪に言ったの。そうしたら、深雪はまだ言葉なんてよくわからないはずなのに、にっこりと笑ってくれて。それが嬉しくて、いつもミルクをあげる時間になると、『アタシが代わりにやる!』ってママにせがんだの」

 

「……………………」

 

お姉ちゃんはまた、私のことをぎゅっと抱いた。そして、私の後頭部を優しく撫でた。

 

「アタシね、深雪。ひとつ決めたことがあるの」

 

「……決めた、こと?」

 

「好きな人には、ちゃんと好きって伝えるんだって。いつか突然言えなくなる時が来るかも知れないから、今この瞬間……ちゃんと、伝えるんだって」

 

「……………………」

 

「深雪、好きだよ」

 

「……………………」

 

「あんたのこと、アタシ、大好きだよ」

 

「……………………」

 

「だから、自分が死ねばよかったなんて、そんなこと言わないでよ」

 

「お、お姉ちゃん……」

 

私はもう、何が何やら分からなかった。こんなに素直に気持ちを吐露されると、どう返事していいのか全く分からない。

 

……でも。

 

でも私は、嬉しかった。

 

たまらなく嬉しかった。

 

こんなに自分が、お姉ちゃんから思われていたなんて、知らなかったから。

 

「……………………」

 

アタシはまた、お姉ちゃんに巻かれた包帯を眺めていた。

 

その視界が、じんわりと涙で滲んでいって、最後にはもう、何も見えなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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