【完結】人生舐めまくってたギャルが優しい陰キャくんにガチ恋しちゃう話   作:崖の上のジェントルメン

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33.恋人と義母

 

 

……ピ、ピ、ピ、ピ……

 

 

弱々しく鳴る心電図の音を聴きながら、私は健治の顔を丸椅子に座って覗き込んでいる。

 

健治の胸が呼吸することで、布団が少しだけ上下する。

 

こうして見ると、本当にただお昼寝をしているだけのように見える。今にも不意に目を覚まして、「おはようお母さん」と言ってきてもおかしくない。

 

でも、そんな風に起き出すことは、きっと……。

 

「…………………」

 

私は一体、どうしたらいいのだろう。

 

健治まで私の元から離れてしまったら、もう生きていけない。健治の帰ってこない家に一人でいるなんて、耐えられない。

 

「……健治」

 

小さな声で息子の名を呼びかける。

 

反応はない。ただただ無慈悲に、いつもと同じように心電図の音だけが聞こえるばかり。指先ひとつ動かない。

 

「…………………」

 

私は、足元に置いていた紙袋の中から、とあるアルバムを取り出した。それは、健治の小さい頃が写っているアルバムだった。

 

生まれて間もない頃。ミルクを飲んでいる頃。初めてはいはいした頃。初めて歩いた頃。初めて保育園に行った頃……。

 

そういう健治の思い出が、このアルバムにはたくさん詰まっている。

 

ああ、今の健治にも、その時の面影がある。寝ている時の顔は、赤ちゃんの頃から変わっていない。

 

「……あかいめだまの、さそり……」

 

私は健治の胸の上に手を置いて、か細い声で歌い始めた。

 

「ひろげた鷲のつばさ。あおいめだまの小いぬ。ひかりのへびのとぐろ……」

 

これは、健治が幼い頃から好きだった「星めぐりの歌」という曲。昔はこうして、この子にこの歌を歌って寝かしつけていた。

 

アルバムに写っている健治の顔と、今の健治の顔が重なっていく。

 

「オリオンは高くうたい……つゆとしもとをおとす……」

 

 

カラカラカラ

 

 

私が昔の思い出に浸っていたその時、病室の扉を開ける者がいた。振り返ってみると、そこには……健治の同級生である金髪の子がいた。

 

「む……」

 

金髪は私の顔を見た瞬間、あからさまに嫌な顔をしていた。口許を尖らせて、眉をしかめる。

 

私は私で、その子のことは嫌いだった。前に一度、この病室で喧嘩したことがあるからだ。

 

「……なに?またケンジになんかするつもり?」

 

金髪は私に向かって、鋭く睨み付ける。

 

「ケンジから離れてよ。アタシ、あんたみたいな奴は、親だって認めたくない」

 

「……うるさいわね。あなたに私の何が分かるのよ」

 

金髪も私も、互いにギスギスした視線を送り付けていた。

 

金髪は「ふんっ」と鼻を鳴らして、つかつかと病室へ入ってきた。私の横に立って、こっちをじっと見下ろしている。

 

「ケンジに何かしたら、ただじゃおかないからね」

 

「……あなた、健治と一体どういう関係なのよ?」

 

「…………………」

 

「まさか……あなたが健治の、恋人だとでも言うの?」

 

「……あんたに話したくなんかない。アタシと、健治のことを」

 

金髪は眉間にしわを寄せて、力強い眼差しを送ってくる。

 

私も私で、負けじと金髪を睨み付ける。生意気な子ね、本当に。私、こういうタイプは昔から大嫌いなのよ。

 

「……ん?」

 

不意に、金髪は私の顔から目を逸らした。そして、私の手元にあるアルバムを指さしてこう言った。

 

「それまさか……ケンジのちっちゃい頃のアルバム?」

 

「…………………」

 

金髪にそう言われて、急いでアルバムを閉じて、足元の紙袋の中に入れた。

 

「あなたに見せたくなんかない。私の健治のことを」

 

さっき金髪が言ったセリフと、似た表現の言葉を告げてやった。

 

金髪は本当に、苦虫を噛み潰したような……心底悔しそうな顔をしていた。

 

「…………ちぇ」

 

小さく舌打ちをしながら、金髪は私の隣に丸椅子を置いた。そこに腰掛けて、健治のことをじっと見つめていた。

 

 

……ピ、ピ、ピ、ピ……

 

 

病室の中は、また静かになった。心電図の音と、健治の微かな寝息の音だけが、私の耳に届いていた。

 

(……それにしても、こんなに派手な子が、本当に健治の恋人なのだろうか?)

 

私は隣にいる金髪を横目で観察しながら、そう考えた。

 

(健治はもっと控えめというか……おっとりした子と付き合うとばかり思ってた。こんなギャルギャルしくて、頭の悪そうな子と付き合うなんて……)

 

いや、ひょっとしたら健治とは恋人なんじゃなくて、単にこの金髪の片思いなのかも知れない。健治がこんな子を選ぶとは、ちょっと考えられない。

 

私もこういう派手なタイプは苦手だし、友達にもなりたくないと思う。

 

「…………………」

 

そんな風に金髪と健治の関係性を考えていた、その時だった。

 

健治が少しだけ、口を開けた。

 

何か言葉を発したわけじゃない。でも、間違いなく口を開けた。

 

「!?」

 

「ケンジ!?」

 

私と金髪は、健治の意識が戻ったんじゃないかと思って、一斉に席を立った。

 

「健治!私よ!母さんよ!」

 

「ケンジ!!ねえケンジ!!聞こえる!?アタシの声聞こえる!?」

 

「…………………」

 

……しかし、何度呼び掛けても、健治は反応しなかった。

 

私と金髪はまた椅子に座り、深いため息をついた。

 

「……ケンジの意識、戻ったと思ったんだけどなあ」

 

「……息を吸うために、口を開けたのかも知れないわね」

 

「息を……。そっか……」

 

「…………………」

 

その時の金髪の顔は、本当に悲しそうだった。

 

下唇を噛んで、目を静かに伏せていた。

 

「…………………」

 

癪に触るけれど、その顔を見て……この金髪は、本当に健治が好きなんだと実感した。

 

 

……ピ、ピ、ピ、ピ……

 

 

またしばらく、病室の中は沈黙に包まれた。

 

外からぼんやりとした日差しが、部屋の中に入ってくる。

 

「……ねえ」

 

不意に、私に向かって金髪が話しかけてきた。私は何も言葉を発さなかったけれど、目線だけは横にいる彼女へ向けた。

 

金髪は健治に顔を向けたまま、「ケンジが生まれた時って、嬉しかった?」と聞いてきた。

 

「……なによ、当たり前じゃない。喜ばないはずがないわ」

 

「…………………」

 

「私はもともと、生まれつき身体が弱くて……。下手をしたら、健治も生めず私も死ぬかも知れない状況だった……。そんな中、母子ともども健康でいられたのは、本当に……本当に嬉しかったのよ」

 

「……だったら、なんでこの前、殺そうとしたの」

 

「…………………」

 

私は窓の方へと目を向けた。外ではスローモーションのように、ゆったりと雪が降り注いでいた。

 

「私自身が……早く、死にたいからよ」

 

「…………………」

 

……ふと、隣から視線を感じた。また目を金髪の方へと戻すと、彼女は私のことを見つめていた。

 

その眼差しには、先ほどまでの刺すような怒りは込められていなかった。

 

「もうケンジのこと、殺そうとか思わないでよね」

 

「…………………」

 

「あんたは死にたいかも知れないけど、ケンジは違うと思うから」

 

「…………………」

 

私は、もう一度健治を見た。穏やかに眠るこの子の顔を見つめながら、「そうね」と、小さく呟いた。

 

……雪の降る量が、だんだんと増えてきた。

 

風も強くなっているらしく、ひゅーひゅーという音が窓の外から聞こえてきた。

 

「……ねえ」

 

今度は私の方が、その金髪へ声をかけた。

 

「あなたは、本当に健治の恋人なの?」

 

「…………………」

 

「健治からは、一回も恋人の話は聞いたことがなかった。まあ健治のことだから、恥ずかしかったのかも知れないけど……」

 

「……恋人、だった。昔はね」

 

「だった?」

 

「うん」

 

「でもアタシは、今でもケンジのことが好き。ケンジの方はどうかは、分からないけど」

 

「…………そう」

 

「…………………」

 

「…………………」

 

私は、また窓の外に目を向けた。雪がどんどんひどくなってるのを見て、「さてと」と呟いた。

 

「私はそろそろ、帰ることにすわ。あなたも雪がひどくなる前に、帰りなさい」

 

「……うん。でも、もうちょっとだけいる」

 

「…………そう」

 

「…………………」

 

「じゃあ、はい。これ」

 

「え?」

 

私は金髪に、アルバムの入った紙袋を手渡した。金髪は目をぱちくりさせながら、私のことを見つめた。

 

「今日1日だけ、貸してあげる」

 

「…………………」

 

「明日、必ず返しなさいよ。いいわね?」

 

「…………………」

 

「それじゃあ、私は帰るから」

 

そうして金髪に背中を向けて、病室から出ようとしたその時。

 

「ありがとう、ケンジママ」

 

金髪の声が、背中越しに聞こえた。

 

「…………………」

 

私はそれには何も答えず、ただ黙って病室を後にした。

 

 

 

 

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