【完結】人生舐めまくってたギャルが優しい陰キャくんにガチ恋しちゃう話   作:崖の上のジェントルメン

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カラカラカラ!

 

アタシは病室の前に着くなり、入口の引き戸を勢いよく開けた。

 

額にかいた汗が、右目のまつ毛に落ちて止まる。その水滴が、微かに視界に入っている。

 

「はあ……はあ……」

 

肩で息を切らしながら、アタシは病室の中を見渡した。

 

いつもと変わらずベッドに横たわるケンジがいて、その横には椅子に腰かけたケンジママがいる。さらにその隣には、看護師の朝日さんもいた。

 

「田代さん……」

 

ケンジママはアタシの顔を見て、少しだけ頬を緩ませた。

 

「ケ、ケンジは……!?ケンジはまだ、起きては……!?」

 

「ええ、まだ反応がないわ。田代さん、どうかこの子に呼びかけて……!」

 

ケンジママがその言葉を言い終わない内に、アタシはケンジのそばに駆け寄った。

 

そして、静かに眠る彼のことを、上から見下ろしていた。

 

「……ケンジ」

 

アタシはその場にしゃがみこみ、じっとケンジを見つめた。彼の左手を取って、ぎゅっと胸に抱いた。

 

「ケンジ……!ケンジ……!」

 

「…………………」

 

「聞こえる……?アタシだよ、佳奈だよ!」

 

「…………………」

 

「お願い、起きて……!ケンジ、起きて……!」

 

「…………………」

 

ケンジはいつものとおり、何の反応を示すことはなかった。

 

心電図の音が、病室の中を満たしている。それだけが、ケンジの生きている証だった。

 

「斎藤ー!」

 

「斎藤くん!」

 

この時、アタシの跡をついてきた柳原さんや藤山さんたち四人が、病室に到着する。

 

「ああ!あなたたちは健治のお友だちね!?前にもお見舞いに来てくれたわよね?そうよね!?」

 

ケンジママが嬉しそうな顔で、みんなの元へ駆け寄る。そんなケンジママとは対象的に、柳原さんたち四人の顔はひきつっていた。

 

無理もない、四人の中では……ケンジママの印象はケンジを殺そうとしたところで終わっているのだから。

 

「な、何しに来たんですか……!?斎藤くんは、これから目を覚ますところなんです!邪魔させません!」

 

柳原さんが、怯えながらもケンジママへ食ってかかった。それに続いて、長崎も「そーだそーだ!」と叫ぶ。

 

でもケンジママは、それでも微笑みを絶やさなかった。それどころか、もっと嬉しそうに……本当に心から喜んでいる笑みを浮かべていた。

 

「あ、ああ……健治、あの子ったら、本当に良い友だちを持ったわねえ……」

 

ケンジママの目には、涙が浮かんでいた。そして、目の前にいた柳原さんの手を取って、ケンジママは言った。

 

「お願い、あの子にたくさん、呼びかけてあげて……」

 

「え……?」

 

「ねえ、お願い……。どうか健治を、起こしてあげて……。どうか、どうか……」

 

「…………………」

 

自分たちのイメージとかけはなれているケンジママの様子を見て、柳原さんたち四人は困惑していた。お互いに目を合わせて、ケンジママへ何と返せばいいのか分かりかねていた。

 

「みんな、こっちに来て」

 

そんな四人に向かって、アタシが声をかける。

 

「ケンジのこと、たくさん呼んで。みんなで呼んで」

 

「…………………」

 

アタシの言葉を聞いて、四人は戸惑っていた表情から、真剣な眼差しへと変わった。

 

すぐに四人はベッドの周りに集まって、各々それぞれに声をかけた。

 

「斎藤くーん!起きてー!起きてー!」

 

「斎藤くん、みんなが待ってるよ」

 

「斎藤ー!聞こえるかー!?返事してくれー!」

 

「おーい斎藤ー!もういい加減眠るの飽きたべ!?そろそろ起きようやー!」

 

病室の中に、ケンジの名前を呼ぶ声が響き渡る。そこにお母さんも加わって、「健治!起きなさい!みんな来てくれたわよ!」と叫んでいた。

 

「…………………」

 

その時、少しだけケンジの眉間が歪んだ。

 

「ケンジ!?」

 

「おお!?斎藤!起きろよ斎藤ー!」

 

藤山くんがケンジの肩を掴んで激しく揺すった。すると、看護師の朝日さんが「待って!」と叫んでストップさせた。

 

「彼は頭を打って意識を失ってるの!だから頭を激しく揺らしたらダメだよ!気をつけて!」

 

「あ、す、すんません……!」

 

藤山くんは直ぐ様ケンジから手を離して、高ぶった息を抑えていた。

 

「お、お姉……ちゃん?」

 

その時、病室の入口の方から、小さく掠れたような声がした。そこを見てみると、深雪が縮こまった様子でアタシたちのことを観ていた。

 

「深雪!いつの間にここへ!?」

 

「い、いや……健治さんのお見舞いに来たんだけど……な、何かあったの?」

 

「ナイスタイミングじゃん!!こっち来て深雪!」

 

「え?え?」

 

深雪は何が何やら分からないといった顔をしていたが、アタシから激しく手招きされて、おそるおそる中へと入ってきた。

 

「深雪、ケンジがもしかしたら、目覚めるかも知れない」

 

「え……?」

 

「何度も呼びかけて!一緒にケンジの名前を呼んで!」

 

「…………………」

 

「大丈夫、きっとケンジなら起きてくれる!」

 

「……健治さん」

 

病室の中に、ケンジを呼ぶ声が木霊する。

 

「斎藤ー!」

 

「斎藤くん……!」

 

「斎藤ってばー!早く起きてくれー!」

 

「斎藤くーん!」

 

「健治!お願い!起きて健治!」

 

「け、健治さん……!」

 

「ケンジーーーー!」

 

 

……しかし、それでもケンジはまだ目を覚まさない。時々微妙な反応を示す時はあるけど、まだ目を開けたりとか、何か言葉を発したりとかはしていない。

 

「ちっくしょー!」

 

そんな時、長崎が痺れを切らしたのか、今までとは別のアプローチをし出した。

 

ポケットからスマホを取り出して、いきなり芸人がコントをやっている動画を流し始めた。

 

『これまた面白いやっちゃな~』

 

「な、なにやってんだよ長崎!真面目にやれ!」

 

当然、藤山くんが長崎の奇行を止めに入った。

 

「おい斎藤ー!このコント聞こえっかー!?マジでおもれーぞこれー!」

 

「この!止めろってば!」

 

「いやいや藤山、俺めちゃくちゃマジメにやってるぜ!?」

 

「どこがだ!ふざけやがって!」

 

「ふざけてねーよ!その、なんつーの!?斎藤も好きなもん聞いてたらよ!テンションあがって起きるんじゃね!?って思ったんだよ!」

 

「なに!?」

 

「俺この前リビングで昼寝してた時によー!親がこのコントをテレビで見だしたんだよ!そしたら、『あの芸人のやつ観てんの!?』つって、俺すぐ絶対飛び起きたんだぜ!?ガチで好きなもんだとよ、寝ててもなんとなく聞いてんだろうな!だから斎藤にもよ!このコント聞かせたら起きると思ったんだよ!」

 

「バカ!お前が好きなものを聞かせてどうすんだよ!だいたい、そう都合よくいくわけねーだろ!ちったあ頭使えよ!」

 

「なんだとー!?やってみねーとわかんねーだろ!」

 

ヒートアップする長崎と藤山くんの間に、内藤さんが割って入った。

 

「止めなって、二人とも。ここで喧嘩したっていいことないよ」

 

「む……」

 

「でもよお!藤山の野郎が……!」

 

「今、本当に優先すべきことはなに?斎藤くんを起こすことでしょ?喧嘩することじゃないはずだよ?」

 

「「…………………」」

 

冷静な内藤さんの言葉を聞いた二人は、顔をしかめつつも、息はクールダウンしていた。

 

凄いな内藤さん。こういう時、全然狼狽えずに男子二人をまとめられるなんて……。

 

「…………………」

 

ケンジが、好きなこと……。

 

ケンジが思わず……飛び起きたくなるほど好きなもの……。

 

「!?」

 

アタシはこの瞬間、雷に打たれたかのような閃きが舞い降りた。

 

確かに長崎がやろうとしていたことは、全くの無価値じゃないかも知れない。

 

「…………………」

 

アタシはケンジの顔を、じっと見つめた。そして、お腹にたまった息を一度吐ききってから、こう叫んだ。

 

 

「ねえジョバンニ!あの河原は、月夜だろうか!?」

 

 

「…………………」

 

アタシの台詞を聞いた途端、ケンジの右手が軽く握られた。

 

「あっ!反応があった!」

 

柳原さんもそれを見ていたらしく、目を大きく見開いて声をあげていた。

 

その声につられて、周りの人たちも一斉にケンジの方へ目をやった。

 

「なんだ!?何か反応があったのか!?」

 

藤山くんの質問に、柳原さんが「うん!」と答える。

 

「今、手を握ったの!右手の方!」

 

ああ、もしかしたら……!

 

これなら、これならいけるかも知れない!

 

「みんな!今ここで、劇をやろう!銀河鉄道の夜をやろう!」

 

アタシはクラスメイトたち四人へ顔を向けて、そう叫んだ。

 

「ケンジは昔っから、銀河鉄道が大好きだったの!ジョバンニに物凄く感情移入してて、中身を暗記するくらい好きだったって、前に聞いたことあるの!だからきっと、そばで劇をやり始めたら起きるかも知れない!」

 

「「!」」

 

この場にいる全員の顔が、アタシヘと注がれた。

 

アタシはごくりと生唾を飲んで、すくっとその場に立ち上がった。

 

「さあ!みんなやろう!」

 

クラスメイトたち四人を部屋の中央に集めて、本番さながらの声量で劇を始めた。

 

「やいジョバンニ!お父さんがラッコの上着を持ってくるよ!」

 

「さそりの火なら、私知ってるわ。さそりが焼けて死んだのよ。その火が、今でも燃えているの」

 

当時、役を持っていたのは長崎と内藤さんだった。長崎はいじめっ子のザネリを、内藤さんは船と共に沈んだ少女かおるを演じた。

 

「え、えーと、べ、べらぼうめ!そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや!ばさばさのマントを着て脚と口が、途方もなく細い大将へやれって!こう云ってやりましたがね!」

 

「ああ、ご覧なさい。あれが名高い……アルビレオの観測所です」

 

そして、当時は役がなかった藤山くんと柳原さんは、スマホで銀河鉄道の夜の本文を検索し、それを読み上げる形で脇役の演技を努めていた。

 

「くっそー!俺もう台詞忘れちまったよー!」

 

長崎の嘆きを聞いた柳原さんが、横からスマホを彼の顔の前へ出した。

 

「ほら、私のスマホ見ていいから!」

 

「おー!マジすか!あざーす!」

 

お互いにフォローし合いながら、劇を進めていく。

 

「ああ、そうだねジョバンニ!ボクたちは、これからもずっと一緒だよ!」

 

もちろん、アタシが演じるのはカムパネルラ役だった。当時以上に熱を込め、当時以上に心を込めて台詞を告げる。

 

「誰だって本当にいいことをしたら、一番幸せなんだね!だからお母さんは、ボクを許してくださると思う!」

 

「や、やべー……!田代さん、未だに台詞すらすら言えんじゃん!」

 

「さすが、主役を演じた田代さんだね」

 

すらすらと、何も見ずに演技するアタシのことを、周りの人たちは驚いた様子で眺めていた。

 

……ケンジ。

 

今、あなたの好きな銀河鉄道の夜をやってるよ。

 

あなた抜きで……ジョバンニ抜きでやってるよ。

 

ねえ、ケンジも一緒にやろう?一緒に劇を演じよう?あなたがいないと、始まらないよ。主役がいないと、寂しいよ。

 

さあケンジ、ここへ……!ここへ、帰ってきて……!

 

 

 

 

「ああ!お姉ちゃん!健治さんが!」

 

 

 

 

その時、深雪の声が病室いっぱいに満ちた。

 

ハッとしてケンジの方へ目を向けると、ケンジは目を閉じたまま……右手を、真っ直ぐに天井へ伸ばしていた。

 

そしてその手は、何かを掴もうとして指先を折り曲げたり広げたりしていた。

 

「ケンジ!!」

 

「斎藤くん!」

 

「斎藤!」

 

「斎藤くん……!」

 

「うおー!?斎藤マジか!」

 

「健治!?起きたの健治!?」

 

「健治さん!」

 

アタシは咄嗟に、その伸ばされた右手を取った。そしてそのまま、ぎゅっと握った。

 

すると、ケンジは軽く、握り返してくれた。

 

その瞬間、アタシはぶわっと涙が溢れた。

 

(ああ……!ケンジが、ケンジが今ここに……ここに生きている……!)

 

ケンジの体温が、直に伝わってくる。ケンジの血潮が、皮膚の下を通して感じられる。これこそがまさに、ケンジが生きている証明だった。

 

それは微かなもので、弱々しい反応でしかないかも知れないけど、間違いなく存在する反応だった。

 

この時、アタシはもう、人生でこれほど嬉しい瞬間は来ないだろうと思った。

 

全身がビリビリと痺れるくらいに、身体中が喜びを叫んでいた。

 

眼から溢れ出す涙は、熱湯かと思うほどに熱かった。

 

 

 

 

ケンジ、ありがとう。

 

今、ここに生きていてくれて、ありがとう。

 

ここにいてくれて、ありがとう。

 

本当に本当に……

 

ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カム……パ、ネル……ラ」

 

 

その時、掠れるように小さな声が、アタシの耳に届いていた。

 

アタシは、頬がびっしょり濡らした顔を……ゆっくりと動かした。

 

ケンジが、薄く目を開けていた。

 

そして、柔らかい微笑みを浮かべていた。

 

「ね、ねえ……カムパ、ネルラ……」

 

ケンジは乾いた声で、ゆっくりと台詞を告げる。

 

「僕た、ち、どこまでも……一緒に、行こう……?」

 

「…………………」

 

「みんなの……本当の幸せを探しに……どこまでもどこまでも、一緒に進んで……行こう?」

 

「…………………」

 

アタシは……。

 

アタシは、さっき人生で一番喜んだ瞬間だと豪語したくせに、あっさりとそれを上回る喜びが……身体中を駆け抜けていた。

 

辺りは、異様に静かだった。きっとアタシの脳が、ケンジの声以外をシャットアウトするようにしているんだ。

 

ああ。

 

 

ケンジ。

 

ケンジ。

 

ケンジ……!

 

ケンジ!

 

ケンジ!!

 

 

 

「…………………」

 

涙で前が滲み過ぎて、何もかも見えなくなってしまった。

 

でも確かに、この景色の向こうに、ケンジが居てくれてることがアタシには分かってる。

 

「……ああ、そうだねジョバンニ」

 

アタシは震える声で、彼の台詞にこう返した。

 

 

 

「ボクたちは……これからもずっと一緒だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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