【完結】人生舐めまくってたギャルが優しい陰キャくんにガチ恋しちゃう話   作:崖の上のジェントルメン

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43.どうかお元気で

 

 

 

 

 

……その日は、満天の星が見えていた。

 

都内だというのに、天の川がはっきりと目に取れて、声が出そうになるほどに美しかった。

 

「深雪ちゃん、どうかした?」

 

隣に立つ二宮 零さんが、星空を眺めている私に声をかけた。

 

「ん……なんでもないよ」

 

「ほんと?なんか考え込んでそうだったけど?」

 

「大丈夫、心配しないで。時間を取らせてごめん、もう向かおうか」

 

私は零さんと一緒に、夜の街を静かに歩いていた。

 

久しぶりの日本の町並みを見て、感慨深い思いを抱きながら、私と零さんはとある病院へと向かっていた。

 

夜の総合病院の窓口に入って、受付を済まし、21号室へと進む。こうして大きな病院へ通うのは、健治さんが事故で意識を失った時以来かな。

 

「…………………」

 

21号室の前に立って、コンコンとノックした。すると中から、か細い声で「どうぞ……」という返事が帰ってきた。

 

カラカラと扉を開けてみると、そこには一人の女性がベッドに横たわっていた。

 

身体はすっかり痩せ細っていて、腕には点滴の管が通されており、髪も真っ白に老いていた。

 

「姉さん」

 

私がそう告げると、その女性は……ゆっくりとこちらを向いた。

 

そして、弱々しい笑みを浮かべながら、しわがれた声で「ああ、深雪」と呟いた。

 

「久しぶりだね……。ケンジのお葬式以来かな?」

 

「うん、そうだね」

 

「ご無沙汰してます、佳奈お姉さん」

 

「わあ、二宮さんまで。遠路はるばる、来てくれてありがとう。どうぞ、そこへかけなよ」

 

姉さんはベッドの横に置いてある丸椅子を指差した。私と零さんは言われたとおりに、その丸椅子へと腰かけた。

 

「体調はどう?姉さん」

 

「ふふふ、そうね……そろそろダメかも知れないな」

 

「佳奈お姉さん、そんな弱気にならないでください。絶対また、よくなりますって」

 

「いいの、自分でも分かってるから」

 

「しかし……」

 

「いよいよ、汽車に乗る時間が迫ってる。自分でも、よく分かってるよ……」

 

「汽車?」

 

「…………………」

 

「汽車って、なんですか?佳奈お姉さん」

 

姉さんは二宮さんの言葉には何も返さず、静かに微笑を浮かべて、窓の外に浮かぶ星を眺めているだけだった。

 

私と零さんは、二人で黙って眼を合わせる他なかった。

 

 

カラカラカラ

 

 

病室の扉が開かれた。入ってきたのは、姉さんの子どもである薫ちゃんと、その夫の龍之介さん、そして……二人の息子の淳司(あつし)くんも来ていた。

 

「ああ、薫と龍之介さんに……淳司くんも来てくれたの。今日は賑やかだなあ」

 

姉さんが嬉しそうに、目尻を下げて微笑んだ。

 

「ママ……」

 

「お義母さん……」

 

薫ちゃんと龍之介さんが、私たちの横に立って、悲しそうな眼で姉さんを見下ろしている。

 

「ばあば!もうねんねするのー!?まだ八時だよー!?」

 

そんな中、三歳になる淳司くんだけは、元気な声色で姉さんに話しかけた。

 

「こら淳司!静かにしなさい!」

 

母親である薫ちゃんが、淳司くんをそう言ってたしなめる。でも淳司くんは全然物怖じせず、「ままー!飴ちょうだーい!」と言っておやつをせがんだ。

 

あの薫ちゃんが、いつの間にかこんなに立派なお母さんになって……。なんだか凄く、ノスタルジックな気持ちになった。

 

「…………………」

 

ベッドに横たわり、静かに天井を見つめる姉さんの横顔を、私はじっと眺めていた。

 

そうしていると、不謹慎かも知れないけど……姉さんが「もうそろそろダメだ」って自分で言ってた理由が、朧気ながらに理解できてくる。

 

姉さんの眼は、どこか遠くを見つめていた。

 

その眼はおそらく天井じゃなくて、もっともっと向こうの……空の先までを見通しているように思えた。

 

そんな瞳をしているもんだから、今この瞬間に……ふっと姉さんの命が消えてしまっても不思議じゃないような、そんな儚さを感じた。

 

(……姉さん)

 

いつの間に、そんなにシワができたのだろう。

 

いつの間に、髪がそんなに白くなったのだろう。

 

姉さんも私も、お互い歳を取った。何十回という夏を過ごし、何十回という雪を見てきた。

 

それも今……ここで終わろうとしているのか。

 

「けほ、けほけほ……!うっ……!」

 

「!」

 

姉さんは、突然血を吐いた。

 

軽く咳き込んだなと思った次の瞬間には、口から血が垂れていた。

 

真っ白な病院服に、真っ赤な鮮血が飛び散った。

 

「ママ!」

 

いの一番に娘の薫ちゃんがかけつけて、悲痛な顔で姉さんを見下ろしていた。

 

すぐにお医者様を呼んで、姉さんの容態を確認してもらった。聴診器を身体に当てて具合を測るお医者様は、苦い顔をして……私たちにこう告げた。

 

「他にご親戚やご友人の方がいらっしゃいましたら、連絡……いただけますか?」

 

「「…………………」」

 

その一言で、私たちは全てを察した。もう姉さんは、今夜が峠なのだと。姉さんの勘は、間違っていなかったのだと。

 

今にも泣きそうな顔で、薫ちゃんは弟の正くんに電話をかけていた。

 

「正……。もうママ……長くないかも。今すぐ病院に……来て」

 

辛い連絡を告げている間、夫の龍之介さんは、ずっと薫ちゃんの肩を抱いていた。

 

私は私で、姉さんの友だちに連絡することにした。姉さんの高校の同級生で、かつ私も連絡先を知っている……柳原さんに電話をかけた。

 

『はい、もしもし?』

 

柳原さんが出られた電話の向こう側は、何やら騒がしかった。食器がカチャカチャと鳴る音や、「はははは!」という高笑いから察するに、おそらく今、柳原さんは飲み会の最中なんだろう。

 

「柳原さん、お久しぶりです。田代 深雪です」

 

『あら!?深雪ちゃん、久しぶり~!元気だったー?』

 

「ええ、まあ」

 

『どうしたの?何かあった?』

 

「いえ……実は、姉さんについてなんですが」

 

『佳奈さんについて?』

 

「はい……」

 

私は、ごくりと唾を飲んでから、たとたどしく事情を話した。

 

「姉さん、今夜が峠だそうです」

 

『え……?』

 

「今しがた血を吐いて……。お医者様も、親しい人に連絡をって」

 

『……病気しちゃったって話は前から聞いてたけど、まさか……』

 

「…………………」

 

『……分かった、すぐに行くね。内藤さんたちにも声かけとくから』

 

「ありがとうございます」

 

そうして私は、電話を切った。

 

「…………………」

 

どんどん、姉さんの眼が虚ろになっていく。呼吸も次第に掠れるような音に変わっていって、言い様のない焦燥感に身体を蝕まれる。

 

思い返してみれば、姉さんとはあまり……仲良くなれなかった。

 

小さい頃は、姉さんからよくいじめられて泣いてたし、姉さんが健治さんと付き合う前は、いっつも喧嘩してた。

 

 

 

『あー!またお姉ちゃん、そんな格好で!』

 

『うっさいな~。アタシがどんな格好してようが、深雪にはカンケーないじゃん』

 

 

 

だらしなくてつっけんどんで、他人の気持ちなんて全然考えてなかった姉さんのことが、私は嫌いだった。

 

なのにそのくせ、姉さんは顔が良いからって理由ですごくモテた。それが余計に、私の神経を逆撫でした。いつもいつも悔しくて、姉さんのようにはなるまいって誓って、がむしゃらに真面目に勉強していた。

 

だから姉さんが健治さんと別れた時、心底嬉かった。やっと私にも日の目を浴びられる時が来たんだって、そう思った。

 

 

 

『ほら、ほら、お姉ちゃん。ツケが回ってきたよ。 大好きな健治さんに、嫌われてしまったよ。 ざまあみろ、ざまあみろ。 今まで杜撰に生きてきた報いだ。立ち直れないくらい傷ついてしまえ』

 

 

 

「…………………」

 

でも、結局私は……健治さんにフラれてしまった。しかも、私のせいで健治さんは意識不明の重体になってしまった。

 

本当に、本当にどうしようもないほど、自分を責めた。きっと姉さんの恨んだ罰なんだ、姉さんの不幸を喜んだ報いを受けたんだって、そう思った。

 

 

 

『深雪のバカ……!そんな、死ねばよかったんだんだとか、言わないでよ……!』

 

 

 

「…………………」

 

カラカラカラ

 

病室の扉が開かれた。入ってきたのは、姉さんの息子の正くんだった。

 

はあはあと息を切らせて、額には大粒の汗がたくさん浮かんでいる。そんな彼の右手には、手提げ鞄が握られていた。

 

「あ、姉貴……母さんは……?」

 

「うん、まだ……大丈夫だよ」

 

「…………………」

 

正くんは息を整えながら、姉さんのベッドの近くまで行く。

 

「……ん?ああ、正も来てくれたの」

 

姉さんは息子が来てくれたことに気がついて、にっこりと笑っていた。

 

「母さん……」

 

「ありがとうね、正。あなた今、仕事で忙しいだろうに」

 

「何言ってるんだよ、いつだって飛んで来るさ……」

 

正くんは手提げ鞄の中から、一枚のタブレット端末を取り出した。その端末に写されているのは料理本の電子書籍で、表紙には絵が描かれていた。

 

それは四人の家族が食卓を囲んでいる絵で、父親、母親、そして姉と弟が描かれていた。精密さや美麗さはないけど、みんなが楽しそうに笑っている……あたたかみのある絵だった。

 

「なあ母さん、見てくれよ。これ、俺の絵なんだぜ?」

 

「あら……本当?」

 

「ああ、俺の絵を、雑誌の表紙に飾らせてもらったんだ。AIには描けない……優しい絵だって」

 

正くんは表紙に描かれている人物一人ひとりに指をさして、震えた声で母親に話して聞かせた。

 

「見てくれよ、これ、俺たち家族がモデルなんだぜ?これが父さんで、これが母さん、これが姉貴で……そして、これが俺だ」

 

「ああ、ほんとだね」

 

「昔、みんなで一緒に北海道へ旅行に行ったことがあっただろ?あの時をイメージして描いたんだ。だからほら、この女の子は蟹を持ってる」

 

「うんうん、そっかそっか」

 

「さすが正だね」と言って、姉さんは笑った。その顔を見た正くんは、唇を噛み締めながら、声をあげずに泣いた。

 

「…………………」

 

またもや、病室の扉が開いた。今度は、私が連絡した柳原さんだった。

 

「佳奈さん……!」

 

眉をひそめて、柳原さんが病室の中へと入ってくる。その後ろに、内藤さんや藤山さん、そして長崎さんがいた。

 

「佳奈さん……具合はどう?」

 

「すまないな、手土産も何もなくて……」

 

「斎藤が逝っちまってから、まだ10年も経ってねえんだ。頼むよ、もう少し……頑張ってくれよ」

 

「……ふふふ。みんな、ありがとう」

 

姉さんはみんなの顔を見て、本当に嬉しそうに微笑んだ。

 

「……あれ?」

 

そして、柳原さんたち四人の他に……同世代くらいの女性がさらに二人、おそるおそる入室してきた。その二人について、私はなんとなく見覚えがあった。昔、姉さんとよく遊んでいたような……?

 

「……真由、亜梨沙」

 

姉さんは眼を大きく見開いて、その二人の名前を呼んだ。そうだ、真由さんと亜梨沙さんだ。私も思い出した。

 

「佳奈さん……今日はね、たまたま同窓会があったの。その時に二人も来ててね」

 

柳原さんがそう言うと、姉さんは怪訝な顔をして聞き返した。

 

「……同窓会は……ついこの間やらなかったっけ?」

 

「なに言ってるの、前回は何年も前だよ?」

 

「…………………」

 

姉さんのベッドの横に、真由さんと亜梨沙さんが立った。二人とも切なそうな眼差しを浮かべていた。

 

「……本当に久しぶりだね。真由」

 

「……佳奈、ずいぶんと……変わったもんやな」

 

「ふふふ、それはお互い様でしょ?」

 

「…………………」

 

「亜梨沙、あなたも久しぶりね。元気だった?」

 

「……ええ、お陰様でね」

 

「ああ、良かった、本当に良かった」

 

姉さんは真由さんと亜梨沙さんの手を取り、弱々しい力でぎゅっと握った。

 

「最期に二人に会えて、本当に良かった……」

 

「「…………………」」

 

「これからも、どうか元気でいてね……」

 

「……アホ、何言うとんねん。佳奈、こんなとこさっさと退院して、それからまた会おうや」

 

「そうだよ佳奈、私だって……私だって……」

 

「ウチらずっと遠方で、今までなかなか会えへんかったけど、最近ウチらまたこの辺に越してきてん。なあ、佳奈。また一緒にハンバーガー食べようや?また一緒にミルクティー飲んで、下らない話しようや?ウチの旦那のな、アホな話いっぱいあるさかい、たくさん、たくさん、聞いてえな……」

 

「……ありがとう、二人とも。いろいろギクシャクしちゃったこともあったけど、でも……二人と一緒に飲んだミルクティーの味は、きっといつまでも忘れないよ」

 

「「…………………」」

 

二人は眼に涙を浮かべたまま、押し黙ってしまった。

 

「うっ……!」

 

姉さんは、また血を吐いた。今度はさっきよりも量が多かった。

 

「佳奈!」

 

「佳奈さん!」

 

「ママ!」

 

「お義母さん!」

 

「母さん!」

 

「佳奈お姉さん!」

 

たくさんの人たちの声が、一斉に合わさって聞こえた。姉さんは口許から血を垂らしながら、満足げな顔で呟いた。

 

「……みんな、みんな……ありがとう。私は……みんなのこと、大好きだったよ……」

 

「アホ!まだ逝ったらあかん!しっかりしい!」

 

「佳奈お姉さん!気を確かに持って!」

 

「母さん!待ってくれよ!頼む!頼む!」

 

「ママー!やだ!やだ!お願い逝かないで!」

 

みんなが必死に姉さんへ声をかける中、淳司くんはきょとんとした顔で、父の龍之介さんのことを見ていた。

 

「ぱぱー、ままなんで泣いてるのー?」

 

「……淳司、今は……そのまま泣かせてあげてくれ」

 

龍之介さんは淳司くんの頭を撫でながら、ぎゅっと眼を閉じた。

 

「もう……そろそろ、汽車の時間だね……。きっとケンジが、そこまで待ってくれている……」

 

ぼそぼそと小さな声で呟かれた姉さんの独り言を聞いて、ようやく私は……汽車の正体が何か分かった。

 

「…………………」

 

私は、どうしたらいいか分からなかった。

 

私の中にあったのは、悲しみというよりも、混乱だった。

 

本当にあの姉さんが死んでしまうんだろうかという、混乱。

 

(……姉さん)

 

私は確かに、姉さんのことを恨んでいた。健治さんとくっついたことを、ずっと妬んでた。

 

でもその一方で、私は姉さんのことを……すごいと思っていた。

 

 

 

『何度も呼びかけて!一緒にケンジの名前を呼んで!大丈夫、きっとケンジなら起きてくれる!』

 

 

 

いつも姉さんは、健治さんのために全力を注いでいた。あの意識不明だった時も、姉さんは健治さんが起きてくると信じて、ひたむきに待ち続けた。

 

私には、そこまでできなかった。あんなに覚悟を決められるなんて……と、姉さんのことを尊敬した。

 

そうだ、尊敬したんだ。

 

それで私は、姉さんに対してどう接していいか、分からなくなった。

 

姉さんを前にすると、いろいろな感情が産まれてきてしまって、心が揺さぶられてしまう。だから私は、姉さんから距離を置いた。

 

『お姉ちゃん』と呼んでいたのを、『姉さん』と呼ぶようにした。些細なニョアンスだけど、それでも私には十分だった。心の持ちようを少しでも変えたかった。

 

ただ、健治さんを危ない目に遭わせたという負い目はずっと残り続けてたから、薫ちゃんや正くんが幼いうちは、姉さんたちの代わりに面倒を見ることが多かった。

 

だから、二人が大きくなったのを見計らって、姉さんから離れようとした。もっと距離を置こうとした。

 

 

 

『深雪じゃん!久しぶりだね!』

 

 

 

「…………………」

 

でも気がつくと、困ったことがあったら……いつも姉さんに相談してた。

 

二宮さんと付き合うのを後押ししてくれたのも、姉さんだった。

 

姉さんならきっと、後押ししてくれるんじゃないかって、そう思ったから。

 

離れたいはずなのに、自分から近づいていた。

 

 

 

『大事な人にこそ想いを伝えて』

 

 

 

「…………………」

 

「佳奈!佳奈!返事してよ佳奈!」

 

「佳奈お姉さん!聞こえてますか!?」

 

「母さん!母さん!」

 

「ママー!やだよママー!」

 

……姉さんの眼が、徐々に閉じていく。

 

姉さんが、死ぬ。

 

死んでしまう。

 

今この瞬間にも、姉さんの意識は途切れそうだった。

 

ああ。

 

ダメ。

 

待って。

 

嫌だ。

 

嫌だよ。

 

寂しい。

 

待って。

 

待って。

 

待って!

 

待って!!

 

 

「待って!!お姉ちゃん!」

 

私は椅子から飛び上がって、大きな声で叫んだ。

 

「…………………」

 

お姉ちゃんは少しだけこちらに顔を向けて、私のことを見つめた。

 

言いたいことは、たくさんあった。

 

憎んでいたこと、尊敬してたこと、妬んでいたこと、羨んでいたこと、疎ましかったこと、頼りにしてたこと……。

 

でも、その全てを話すには、あまりに時間が足りなかった。

 

だから私は、その全ての想いをひとつの言葉にまとめてた。それは何十年と過ごしてきた人生の中で、この人に向かって口にした……初めての言葉だった。

 

「……お姉ちゃん」

 

 

 

 

「私、お姉ちゃんのこと、大好きだよ」

 

 

 

 

「…………………」

 

お姉ちゃんは、ひどく驚いた顔をしていた。

 

眼を見開いて、真っ直ぐに私のことを見つめていた。

 

「…………………」

 

そうして、その後に……あまりにも優しい笑顔を浮かべた。

 

言葉にしようがない、眩しいほどに美しい笑顔だった。

 

そして、口許にその笑みを残したまま、お姉ちゃんはゆっくりと眼を閉じた。それ以降、お姉ちゃんは動かなかった。

 

病室の中が、嗚咽と慟哭につつまれた。

 

そこにいるみんながお姉ちゃんの名前を呼び、そこにいるみんなが溢れんばかりの涙を流した。

 

「ねえ、ぱぱ。ばあばどうしたのー?」

 

ただ一人、淳司くんだけは状況が掴めておらず、龍之介さんへ不思議そうに尋ねていた。

 

龍之介さんも、なんと答えていいのかわからないといった様子で、「そ、そうだね……」と言葉を濁らせていた。

 

「……淳司くん」

 

私はその場にしゃがみこんで、淳司くんと同じ目線になった。そして、彼と目を合わせながら、こう伝えた。

 

「ばあばはね、汽車に乗ったんだよ」

 

「汽車ー?汽車ってなにー?」

 

「乗り物のことだよ。どこまでもどこまでも、遠くへ行けるの」

 

「ばあばそれ乗ったのー?」

 

「そうだよ」

 

「どこ行ったのー?」

 

「……さあ、どこかな。深雪おばちゃんにも分からないな」

 

「じゃあ、もうばあばとはバイバイなの?」

 

「……ううん、違うよ。きっとまた、いつか会える。淳司くんもね、いつかばあばのところに行くんだよ」

 

「なんだー!じゃあ、寂しくないね!」

 

「…………………」

 

私はそれ以上何も言えなくなって、ぎゅっと淳司くんを抱き締めた。

 

身体の震えが、止まらなかった。胸の中に渦巻くいろいろな想いがどんどん込み上げてきて、どうしようもなかった。

 

 

 

ああ。

 

どうか、どうか健治さんと幸せになってください。

 

美しい星たちの中を、いつまでも進んでいてください。

 

 

 

 

さようなら、お姉ちゃん。

 

どうか、お元気で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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