実生活が忙しいため、更新が遅くなってしまうことについてはご容赦ください。
窓ガラスに大粒の雫が打ち付けられる。ぱらぱら、ぽつぽつ、ざーざーという音と共に、雨粒は弾けて流れ落ちていく。
ダンスレッスンを終え、入り口で待機していたスタッフたちに迎えられた星街すいせいは、その場に居るはずの”ある人”が居ないことを知り、パニックに陥った。
「なんであの人、電話にも出ないの!?...もうっ、どうして!!」
落ち着いてください、と一人のスタッフに宥められるも、まだ気持ちの整理がついていない私はそれを一蹴する。
「落ち着けるわけないでしょ!?居なくなっちゃったんだよ!?じっとしてらんないよ!」
もう何回彼のスマートフォンに電話を掛けたか、自分でも分からない。きっと彼に届いている不在着信の総件数は大変なことになっているはずだ。
でも、わかって欲しい。
それくらい...私は行方を眩ませた彼を思い、気を悩ませているということを。
「だって...だってっ...!!」
くぐもった硝子窓にぶつかり、あれよあれよと潰えていく雨滴。しとしと、しとしと、時にざばざばと。
いつの間にか心の拠り所になっていたその人を失った、儚き歌姫の瞳からは。一滴の涙が、はらり、はらりと。
あめやさめ。
失って初めて気がついた。あの人がどれだけ、私の支柱になっていたのかを。
居なくなって初めて思い知らされた。私がどれだけ、無力であるのかを。
...私の心がどれだけ、か弱いのかを。
───ざぁー...ざぁー......
雨が強くなる。窓ガラスを叩く哀しき音が増える。
私の呼吸は浅くなる。私の心拍は早まっていく。
───ごろごろ...ごろ......
雷。
雷雨だ。相当な悪天候に見舞われてしまっている。なおのこと、彼の安否を憂いてしまってならない。
この空模様じゃあ、歩いて帰ることなんざできやしないだろう。傘だって木偶の坊に早変わり、怒り狂った風たちが足元を掬い上げていく。
「でも...せめて電話には出てよ...私を安心させてよ...!」
どんなに些細なことでも良い。それでも良いから、今はどうにかして彼が無事であることを知りたかった。
純真無垢であるがゆえの、取り繕えぬ喪失感。何かが足りなくて、満たされなくて、彼以外の何もかもが色のない無価値なものに見えていく。
「どこ行っちゃったのさ...ねぇ...」
...心の臓に、歪なノイズが施されていく感覚。絶対に曲げられてはいけない何かが捻じれ、曲解する。
崩壊の一途に足を踏み入れたこの浮足立つ感情は。きっと、私でさえ気づくことのなかった───
───淡い恋情。
思考の全ては、彼という存在にシフトしきっている。透明無色であった可憐な純恋にヒビが入り、濁り...色が滲む。
肥大化していく「独占欲」と「悲愴感」は、本来、ぱっと華やぐはずだった恋心を闇へと追いやった。
「早く...早く、帰ってきてよ...」
未だに、「いやー、すみませんでしたー」なんて言いながら、彼が私の元へ帰ってきてくれるのではないかと信じてやまない。
どこかで雨宿りでもしているのだろうか。マイペースな彼なら、それも有り得そう。
───無責任な人。
私を惚気させて、何の前触れもなしに居なくなってしまう、そんな彼は。身勝手で、独りよがりで...無責任だ。
(...でも、こんな変な気持ちを押し付けちゃう私も、おんなじなのかな)
そうだ。
願っても叶わぬ恋心を、抱いてしまった不穏な恋心を...その矛先を、彼へ向けて。そうやって自我を保つ私もまた、身勝手で、独りよがりで、無責任なのだろう。
(...おんなじ)
彼と、私が、おんなじ。
(一緒なら、それでもいいかな)
───溶け切った砂糖のような、苦い恋の病は、一つ一つと狂ってゆく。
言葉にするのならば、狂恋。何かがズレて、相違えていることにさえ頭が回らない。見向きもしない。
わずかに漂う違和感に、腐りきった脳味噌は思考を放棄した。
恋とは、まこと恐ろしいものだ。意中の人をこの手に収めるために手段を選ばないのだから。
「すいせいさん!すいせいさん!...彼の位置情報、掴めました!」
「...ほんと!?どこ、どこなの!?早く教えてっ!!」
このタイミングで舞い込んだ一報は、私をひどく安堵させると同時、私の高揚感をツンと刺激した。
その場所へ行けば、彼へ逢える。また彼の隣で、私は頑張れる。
だから。
「え、えぇっと...これは...白上、神社───」
最後まで聞くこともなく、私は入り口の扉を跳ね飛ばし、駆けた。
「あっ!?ちょっとすいせいさん!ダメです!せめて私たちと一緒に!!」
聞かない。聞こえないふりをする。
彼に逢いに行くのに、今ここで時間を浪費するのは心底惜しい。
(あの人の近くにいるのは、私だけで十分...ね、そうでしょ...?)
おぼつかない足取りで外へ出た途端、スタッフたちのまくし立てるようなうるさい声は消え失せた。
代わりに私を出迎えたのは、滝のような驟雨。しゃなりと揺れる、カールした自慢の髪束にはすぐに雨が滴り、それらは足を踏み出すごとに顔を打ち付けていく。
風が吹く。雷音が轟く。しかしそれらをものともせず、私は絶えず全身を雨に濡らす。
水たまり...否、完全に冠水し、足の踏み場が一切なくなってしまった通路を走り抜けて。びしゃ、びしゃ、と飛沫が上がるたび、私の不純な純情は加速していく。
止まりはしない。足取りは確固、響き渡る水音は画然と。
───白上神社。
その神社の名は、聞き覚えがあった。
不思議と、その場所も知っていた。
なぜって。
彼が。
───彼が一昔前に、そこで不思議な人に出会ったと、口にしていたから。
朧気だったその話が、何故か今になって、彼ののんびりした口調ではっきりと再生される。
あぁ、確か。
惚れてしまっていたと、言っていたっけ。
(私で、十分)
考えないことに、した。なかったことに、した。
(待っててね)
ポケットで振動するスマートフォンに、私は煩わしさを感じていた。
───着信、マネージャー
いちどでも かたちをゆがめた こいごころは
にどと もとには もどらない