また逢いましょう、お狐様   作:ときもんめ

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セルフ・ダイアログ 壱

 

 

『───深い記憶を一つ一つ手繰り寄せながら、その中を悠々自適に泳いでいく。そんな自分を客観視して初めて、僕は己を残酷だと思った。

 

 


 

 

あくる朝、丸窓から身を乗り出して和室をかき混ぜる色のない風に、僕は心が弄ばれる感覚がした。椅子に座って、ゆったりと外を眺める。絶え間なく注がれるそよ風は、ほんの少しだけこそばゆくて、でも心地よい。

 

「...一つ一つ、残していかないと。僕がこの世に映し出せる、あの子のことを」

 

なびく髪と浴衣の裾が、僕の意識を連れ出していく。早朝に目が覚めてからどうにも落ち着かなくて、気づけば僕は、文机に向かいながら日記に筆を走らせていた。

 

「机に置いてあったものだけど...勝手に使っちゃってごめんなさい」

 

この拗れた気持ちを心の中に留めておくことは、叶わなかった。そうして溢れて書き起こされる言葉は支離滅裂で、無秩序だ。自分でさえ、数分前に書いた内容を見て小首を傾げてしまうほどだ。

 

時に紙面上に現れるのは、あの子のこと、僕のこと、そしてこれからのこと──僕が禁忌(タブー)を犯して始めてしまった群像劇の、終演(フィナーレ)について。

 

「文脈もへったくれもないなぁ...そりゃそうだよ、まとまるわけがない」

 

自分でさえ理解に苦しむことが、どうして言葉という一つの形に昇華しうるのだろう。そもそもの話、知らぬことをあたかも知っているかのように振る舞うのは、とても罪深いことだ。

 

だから、このままでいい。体の内側でぐちゃぐちゃに絡まった思いを、今はそのまま...日記に吐き出してしまえるのなら、それでいいんだ。

 

「考えれば考えるほど、分からなくなる...でも、その『気持ち悪いもの』が、僕の手でこんな紙一枚に落とし込まれちゃうのは、なんだか不思議な感じ」

 

この行為は、あの子が実在するということの証明になると同時に、僕自身との自己対話にもなる。誰かに胸の騒めきを伝えたいわけじゃない。これは僕と、鏡写しの思いが書き出された日記に潜む「もう一人の僕」との──

 

 

───やんごとなき、草の根シンポジウムだ。

 

 

 

 

 

ep.6 セルフ・ダイアログ 壱

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冒頭の語りは、ここ数日の間に急速に変化し続ける「僕の記憶」に対する自身の評価だ。正確には、その記憶に対して一喜一憂している、自分に対する評価だ。

 

僕は、ほしい記憶と不要な記憶を棲み分けて、ある種の取捨選択を無意識に行っている。

 

物事に陶酔している人間は、得てして見える世界が狭窄し、己を傍観することができなくなってしまうことがある。あの子への純情を大義名分にして、自分が本当に覚えておくべき大切なものを蔑ろにする...そんな自分を、僕はこう喩えることにした。

 

まるで、力を持ったばかりの幼い「かみさま」のようだ。

 

あの子への軌跡を一歩ずつ辿る中で、僕はお門違いな全能感に浸され、心がハイになってしまった。なぜ今になって悲観的な気分に苛まれているのかと言えば、それは──

 

 

───ザザッ...ザッ...

 

 

筆先がわずかな抵抗感をもって滑る感覚は、熱に浮かされた僕の心をクールダウンさせてくれる。奇妙なほど落ち着きを取り戻していた僕は、遠慮がちに開かれた障子戸の方へ顔を向けた。

 

「...おはようございます。どうかなさいましたか?」

「あれ?起きてたんだ!おは余!朝ごはんできたから、温かいうちに食べ余~!」

 

昨晩の様子を鑑みて気を使ってくれたのか、慎重に顔を覗かせた鬼の娘さんがそこに居た。あの後は泣き疲れて寝てしまったから、現状、僕はカクリヨへやってきて何もお腹に入れていないことになる。

 

「おはよう。ウチとあやめもまだ食べてないから、せっかくだし一緒に食卓囲まない?」

「あ、お母さんまで。おはようございます」

「ウチはお母さんじゃないよ?」

 

さっきからまとわりつく妙な倦怠感は、空腹によるエネルギー不足だったのか、なんて呑気なことを考えながら、僕は席を立つ。まだ治りかけでぎこちないこの肉体に油を差したい。

 

「茶の間はどこでしょう?病み上がりなので、ローペースで案内してくださると助かります」

「そうこなくっちゃ!余が連れてってあげる!こっちこっちっ!」

「ゆっくりって言われたばっかりでしょーに...もぉ~...」

 

賑やかなのはいいことだ。和気あいあいとした雰囲気は、僕の不安定な情緒を癒してくれる。浴衣の乱れを着付け直しながら、障子の裏に薄れていく二人の影を追った。

 

「...よい、しょっと」

 

半開きだった障子を開けて和室を出ると、壁のない開放的な廊下に出た。青い空が一面に広がっている。鬼の娘さんの背中は、すでに見えなくなっていた。

 

「自己紹介がまだだったね。ずっとバタバタしてたし...なぁなぁにしちゃっては君も不便でしょ」

「あ、バレました?タイミングを窺ってたんですけど、汲み取ってくださったなら好都合です」

「そうは見えなかったけどなぁ...お母さん呼び、半分楽しんでたでしょ?」

「嘘もバレちゃった」

 

この場所は、縁側ともまた違うのかもしれない。向こうまで長い手すりが伸びていること、見える景色がやけに高いことから、ここは二階の回廊か。

 

「...すごいでしょ、このお社。拝殿と居住スペースが一体化してるの」

「ん~...素敵な場所だと思いますよ。この時期は空気も美味しくていいですね」

 

程よい距離感でテンポよく行われるお母さんとの会話が、また居心地の良さを演出してくれている。木材の踏み心地も安心感がある。ありがたい場所に居候させてもらえているものだ。

 

「落ち着くなぁ...」

「ウチも、ここの雰囲気は割と好き。この風景を眺めてると心が洗われる感じがするんだ」

 

お母さんの言葉に頷きながら外を見れば、遠くの方には人里と、そのさらに奥にどっしりと居を構えた山々。そしてぎゅっとクローズダウンすれば、手前に翠緑の葉を付けた枝枝が視界に加わり、美しい原風景が作り出されている。

 

息を呑むほど幻想的で、ウツシヨといい意味でかけ離れたそのコントラストに、僕はつい飛び込んでしまいたくなった。

 

「ちょっと二人とも!遅い余!ご飯冷めちゃうってばっ!!」

「...え、あぁ!ごめんなさい!あまりに心地よいもので、ちょっと足が止まっちゃってました」

「いや、あやめが早すぎるのでは...?」

 

廊下の突き当りから、鬼の娘さんがジト目をこちらに向けている。あやめさん、というのか、綺麗な名前だ。確か白や紫の可愛らしい花をつける、小ぶりな植物だったと記憶している。

 

「余はお腹の虫が鳴っちゃいそうで我慢できませんっ!ぷんすこ!!」

 

頭に生えた二つの角が怒りを主張すべく背伸びしているようにも見える。ふがー、と声を上げながら体を引っ込めたあやめさんに、僕は頬が緩んだ。本当に、鈴を鳴らすような性格にぴったりな名前だ。

 

「今行きますよ~!さぁ、お母さんも急ぎましょう!」

「...ウチはお母さんじゃなくて、ミオ。大神ミオだよ、覚えておいてね?」

「大神さん、ですね?」

「う~ん...ミオでいいよ。さん付けは少し、くすぐったいかも」

「僕のポリシーというか、なんというか...呼び捨ては落ち着かないんです。間を取ってミオさんって呼びますね」

 

二人並んで、急ぎ足であやめさんを追う。突き当りの先は階段になっていて、必然的に歩く速度は緩められた。

 

「...ふふ、そっか。なんだか照れくさいけど、嫌な気はしないかも」

「なら良かったです。僕としてもこっちの方が、変に気負わずに済むので」

 

顔は見合わせない。けれどもその上ずった声が、ミオさんの表情にもみじが散らされていることを予感させてくれた。

 

 

───トン、トトン、トントン...

 

 

段を下る音が重なる。言葉は介さないが、不思議と気まずくはない。

 

憩える無言。久方ぶりに、心がほぐされる感覚がした。ウツシヨに居た時もずっと、僕は()()()()馬車馬のような生活を生き抜き、無常に過ぎた日々を弔い続けてきたのだろう。

 

だからこの心温まる雰囲気は、僕を優しく抱き留めてくれると共に、心に()()()()()()()()()()()を注いでくれていた。

 

(なんでかなぁ...どうして、僕は──)

 

 

 

 

 

───自分のことが、思い出せないのかなぁ。

 

 

 

 

 


 

 

和室には、未だ涼しげのある風がはためいていた。

 

 

それらは、未だ温もりの残る手日記を煽っていた。

 

 

ぱらぱら、頁が一つ一つとめくられて、戻されて。

 

 

 

───パタン...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は、ほしい記憶と不要な記憶を棲み分けて、ある種の取捨選択を無意識に行っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




記憶を薪に、愛を燃やせ。
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