おじさん、ポケモンの事なら何でもするんですよね? 作:石転法師
思いつきで書いた話ですが読んでいただけると大変嬉しいです。
なんでも屋おじさんのピークはおじさんに進化する前であった。
おじさんだって進化する前は幼気なじゅくがえりのポケモン少年だったし、初心者狩りで子供から賞金を巻き上げる大人げないかいじゅうマニアのお兄さん時代もあった。しかし人生とは恐ろしい事に、おじさんになってからの方が圧倒的に長いのである。
ハリを失った皮膚、衰えた食欲、昔よりもぼやけて見える遠くの景色。そうはなるまいと奮起したおじさんはとりあえず毎朝の体操を日課とした。階段を昇るだけで息切れするようなザコ体力に、しゃがむだけで膝がパキパキ鳴るようなザコ関節おじさんの自分を想像したくなかったのだ。
『メル?』
『ギラ!』
キャンプエリアで体操中のおじさん周辺を見張っているのは、現代の一般的な姿とはちょっと違うヌメルゴンと、バンギラスの重量級二体。どちらも少年がおじさんになるまでのトレーナー人生で得た大事な相棒だ。
なぜ見張りが必要なのかと言えば、ポケモンは怖い生き物だからである。
歩いているだけでケンタロスの集団が捨て身タックルで突っ込んでくる恐怖は現代っ子には分からんだろう、とおじさんは語る。
「ん、終わったぞ。メルもギーラもご苦労さん」
見張りをしてくれていた二人に声をかけるが、迂闊だった。その途端、ドスンドスンべたんべたんと重量感たっぷりに駆け寄ってくる。どちらも自分から見張りをしてくれている良い子なのだが、見た目以上にこの二人は重い子達なのだ。
『ご主人様ぁ……私ぃ、野生のポケモンをいっぱい追い払って素材もたっぷりですよぉ。誉めてくださいますよねぇ?』
「ああうん、偉いぞメル」
ヌメルゴンが羽やら木の実やらを抱えて頭を擦り付けてくる。ポケモン語は分からんがたぶん誉めろと言っているのでその頭を撫でてやるも、相変わらず物凄くぬめぬめしている。この子の特性は『そうしょく』なのだがそんな事は関係無くぬめぬめしている。
『フフン、私なんかこんなに綺麗な石を拾ってるんだよ。家計の助けになる良い女は私だよねえ、ご主人?』
「おお、良くやったぞギーラ」
バンギラスも星の欠片を見せびらかして頭を差し出すが、こっちは逆に物凄くざらざらしている。興奮すると砂の舞う生き物がバンギラスなのでそれはとっくに諦めているが、それでもべとべとの手に砂が纏わりつくのは正直つらい。
『私の方が偉いですよねぇ?』
『私だよね!』
二人が唸り声を上げて顔を近付ける。片や砂漠、片や湿地。朝の光景はもっと爽やかが良い。
「いつもありがとうな、お前達の居ない生活なんて考えられないよ」
たぶんいつも通り女子力で争っているので、この言葉をもって両者をボールに納める。言っていることは本心なので良いだろう。どちらが上かを選ぶなんて、俺にはまだ命が惜しくて出来なかった。
「スギヤくん、水をくれるか。ちょろちょろレベルで」
『ギャッス』
呼び出したのはギャラドス。今はとりあえず粘液と砂まみれの手を何とかしたい。きょうあくポケモンなんて称されるコワモテだが、この子は言われた通り手洗いに良い感じの水を尻尾から出してくれる。さっきの二人には申し訳ないが今一番偉いのはこの子だと率直に思った。
さて、ベンチ代わりの丸太に腰掛け、体操で流した汗と手をタオルで拭っていたその時だった。
──メルメルメル、メルメルメル!
ポケットの中でブルブルと震えて『ボクを見ろ』と訴える物体が一つ。紛らわしいがこれはヌメルゴンではなく最近買ったスマホロトムの方だ。ポケモンを完全に道具扱いするとは発想が悪の組織と変わらんと避けていた物だが、まあ(老害臭いと諭され)ロトム自身が納得しているならと思い直し、使ってみると非常に便利で重宝している。少々、いやかなり小うるさいのが欠点だが。
『メールが来ていマス。見マスね?』
「はいはい、見マスよ見マスよっと」
とは言ってもあまり人付き合いも無いので、内容の候補は詐欺か仕事のどちらか。正直どっちも見たくはないのだが、このロトムはお節介で見るまで引っ込んでくれない。無精者の俺にはありがたくもあり、時々面倒くさい。
「迷子のポケモン捜索依頼、場所はテーブルシティ……あの学園都市か。依頼者は5歳の娘代理の母、と。まだこんな早い時間なんだけど行かなきゃダメか?」
『ダメに決まってマス。準備が出来たら、すぐに向かうべきデス』
「はいはいダメデスよね分かってマスよっと……そんじゃ、その5歳児の涙が枯れない内に行くとしますかね」
俺の愚痴にも適当に対応してくれる出来たスマホである。
準備、とは言っても使う物は全部カバンに突っ込んでそのまま。服だって汗ばんだシャツを取り替えたらそれでいい。どうせ今更ファッションに気を遣ってもモテ期なんて来やしないのだ。
「スギヤくん、悪いがまた乗せてもらうぞ」
『ギャス!』
水タイプで飛行タイプ、水空両用で本当に便利なヤツだ。そらをとぶこそ覚えられないが飛べるんだから乗って移動したって良いだろう。よしんば飛んでないにしてもアレだ、なんか暴風の力で浮いているのだ、たぶん。
青き竜の背に乗って、始業のベルをセルフで鳴らす。ポケモン関係のトラブルなら何でもお任せのなんでも屋さん、いざ出勤である。なるべく早めに済む事を願って、今日も平凡な一日が始まるのだった。
「……はい、この子で間違いないね?」
「あー、ヒメちゃん! ヒメちゃん!」
『ひめぇ……』
女の子はぷるぷると震えるヒメグマをぎゅっと抱き締めた。感動の再開シーンは良いものだが、この絵本のようなツーショットもあと数年で見られなくなるのだろう。成長とは素晴らしくも残酷か。
「屋根の上から降りられなくなっていました。お子さんから建物に登らないよう約束させてあげて下さい」
「ええ、助かりましたぁ。評判の方に頼んで良かったですぅ」
「いえいえお役に立てて何よりです」
語尾が間延びするいかにもな若奥様だが、意外にも丁寧に頭を下げていただいた。そうなればこちらも下げずにはいられない。
仕事自体は楽なもので、ヒメグマが愛用しているシルクのスカーフが残っていたのだから話は早い。嗅覚の優れたポケモンに匂いを辿ってもらえば一発だ。
それにしても結構な高さなのだが屋根の上とは。最近やたらと派手なモトトカゲっぽいポケモンに乗って建物の上まで駆け回る学生が居るらしいのだが、そんなのが居るから小さい子やポケモンが真似するのだ。まったくけしからん。
「ほらぁ、お兄さんにお礼言いなさい」
「お兄さん、ありがとう!」
「はい、どういたしまして。恥ずかしがり屋だから引っ込んでるけどこの子にも言ってあげてね」
匂いを辿ってもらった今回の功労者をポケットから取り出す。ただ、恥ずかしがり屋については嘘も方便というやつだ。このボールの中身を見せたら少女が泣くかもしれないとの判断で。
「ポケモンさんも、ありがとう!」
「それでぇ、お代の方ですけどもぉ……」
「きっかり1時間で3000円、と言う所ですがお子様割引の2000円で結構です。ただ、他の人には内緒でお願いしますよ」
「あらぁ、本当に助かりますぅ! また何かあったらお願いしますねぇ」
割引の理由は三つある。一つは仕事が非常にスムーズに進んだ事。二つ目はこの母娘が良いお客様だった事。そして何より三つ目は俺をおじさんではなくお兄さんと呼んだ事だ。
そもそもこの仕事だって無職という肩書きが嫌で始めただけなので稼ぎは二の次。金なんてその気になれば地面に落ちている石だの大きなキノコだのを拾った方がよっぽど稼げるのだから。
「では、私はこれで。ポケモン関係のトラブルなら、いつでもご相談を」
また一礼をして母娘と別れた俺は、諸事情ですぐに労えなかった功労者の為に公園区画を訪れていた。もしやあの子が居ないかと念の為周囲を見渡し、安全を確認してからボールのスイッチを入れる。
「よくやったなジュウゴ。ほら、あまいミツだぞ」
『グォン!』
嗅覚に優れ、ヒメグマに馴染みがあり、これまた重量級の、ヒメグマ大好き少女には見せたくなかったポケモン。その名もずばり、ガチグマ。
特殊な時空間の条件を満たした過酷な自然環境でしかここまで進化しないらしいのだが、ヒメグマがこうなり得ると知るにはあの子はまだ幼すぎる。俺自身はこの怪獣感がとても気に入っているのだが。
『ぐま、ぐま、ぐま』
見てほしい、ビン詰めのミツを手で掬い取ってぺろぺろと舐めるこの姿を。とっても愛らしい。
確かに俺より何倍も大きくて重い猛獣の類ではあるが、クマとは本来臆病な生き物であるし、この子だってそうなのだ。
「さてと、せっかくの学園都市だし学生向けの安い飯屋にでも……」
と、最近増えだしたのを気にしていた独り言をまた呟いて、自傷ダメージを受けたところであった。
『メール! メール!』
再びスマホロトムがポケットから飛び出す。今日は半ドンで済むと思ったウキウキ気分がぶち壊しである。
「詐欺メールだな? 削除してくれ」
『ボクは違うと思いマスが、本当に削除しマスよ? 良いんデスか?』
「はいはい、良いわけないデスよ。ちょっと中身を要約して読んでくれるか」
『それは、コンプライアンスに問題有りデス』
「知ってる。でも俺一人の自営業だから良いの」
『ハイ。警告はしたので、炎上は自己責任デス』
ロトムが合成音声で回りくどい挨拶文をすっ飛ばして語りだす。突然で申し訳有りませんが、から始まった要約文の先には、何でもするなんて言った事を軽く後悔する文面が続いていた。
『現在、町の周辺でマルマインが大量発生しており、住民及び建造物に被害が出る可能性もある大変危険な状態となっております。そこで何でも屋様には、この事態の収束にご協力頂きたく存じます』
「……は?」
そりゃ何とかしなきゃいけない案件ではあるが、そういう事態を対処する為に自警団という名のポケモンジムが有るのだ。ジムリはどうなってんだジムリは。
「ヤダわもう。このメール、届いてなかった事にならんか?」
『無理デス。断るにしても、ちゃんと全部読むのデス』
「そうデスね。んで、送り主は誰よ……と」
聞いてしまった以上知らんぷりも出来ないので観念して画面を覗き込み、思わずため息をついた。
そこに書かれていた3文字は、人付き合いの少ない俺ですら流石に知った名前だったのだ。
「アオキ、デスか……」
そのジムリーダー直々の依頼とあっては絶対楽に終わらない。
自営業に定時なんて無いが、今日は3時間残業コースの気分だなと勝手に試算して、ポケットから再びギャラドスを呼び出す気の毒な俺であった。
次回、残業は終わるのでしょうか。
ここまで見ていただきありがとうございました。