おじさん、ポケモンの事なら何でもするんですよね? 作:石転法師
長かった…
「…………ヴぁー…………」
「もしもーし、ナンジャモさーん……ウェイクアーップ!」
戦いが終わって。
俺のテツノカイナに張り倒されたナンジャモはしばらくバッテリーが切れたかのように放心していた。
「……ヌッ! はい、ジムバッジ。ヒメカ氏、よくがんばった!」
「あ、はい。ありがとうございます」
かと思えば急にスイッチが入り、最後なんて何もなかったかのようにバッジを手渡したのだった。
「あのー、いろいろと大丈夫ですか? 流石に一言くらいおじさんにもあった方が」
「ナンノコトカナ。ナンジャモゼンゼンワカンナイ」
ナンジャモは全然分かっている不自然なカタコトですっとぼける。よほど俺の土下座が見たくて必死だったのだろう。
「俺は別にどうでも良いがな。散々見せられた痴態でもう満腹」
「痴態言うな! ぐぬぬ……賭けは賭けだからボクが負けた以上は……アレ、何だっけ?」
「何もねえよ。それとも今から決めるか?」
「ダメです」
ヒメカがぐいっと割って入り、俺を両手で押してナンジャモから遠ざけた。
「おじさん、ナンジャモさんにエッチなお願いとかする気でしょ。ダメです、絶対」
「しねえわ。何でそう飛躍した?」
「距離が近いの! 半径3メートル以内に近付かないでください!」
ストーカーになる気は無いが、だいたい子供の身長二人分。結構近いがそれで良いらしい。
「……ヒメカ氏、ヒメカ氏」
ナンジャモがこっちに来いと手招きする。そそくさと俺から距離を開けた二人は、ひそひそと背を向けて密談を始めた。
(アイツ、どう考えてもキミを大好きだから安心して)
「うあ、それは、分かってるけど……」
何やらヒメカがうろたえているが、どうせ分かりきった事しか言ってないだろうにこの時間に意味はあるのだろうか。
「……ごめんなさい、取り乱しました」
心なしか軽くなった足取りで二人が戻ってくる。そしてナンジャモは何だか腹の立つ笑みをこちらに向けている。
「じゃあ間を取って勝った私が決めちゃいます。つまらない事で口喧嘩しない、仲良くする事。いいですね?」
「ん、まあ……」
「ヒメカ氏がそう言うなら……」
近付くなと言ったり仲良くしろと言ったり、これが女心と秋の空ってか。いや、たぶん違う。
「そうそう、アシスタントは今回ご縁が無かった形ですけど、お仕事ならいつでも受け付けますから! おじさんも良いですよね? 着信拒否、解除して」
「それは構わんが……」
今回のコイル騒動で仕事は受けてしまったわけだし、もう昔のような過激で準備の大変な企画も減っている。その代わりに街を巻き込んだ迷惑配信が多いようなのだが。
「ただ、担当はお前だぞ」
「良いんですか~? 私に一人で行かせちゃって、何かあったらナンジャモさんの影響力は大きいですよ」
「別に、そうなったら廃業して弱い奴から賞金巻き上げる暮らしに戻って……」
「私を預かる身で無責任な事言わないでください!」
「ハイハイ、イチャつくなし~」
今度はさっきと逆にナンジャモが割って入る。この娘はボクのもんだぞと言わんばかりにダルダルの袖を肩に回してヒメカの体を隠した。
「やっぱコラボするなら可愛い女の子とだよねー。実は声かけようと狙ってたんだよ。まあその前にバンされちゃったけど……」
「ひゃ、ひゃあぁ……!」
衝撃(?)の告白にヒメカの声が上ずった。空も海も青いのに、何だかこの周囲だけやたらと桃色がかったように錯覚する。
「ヒメカ氏もさあ、いつまでもナンジャモさんなんて他人ギョーギな呼び方してないで、ポケモンみたいに可愛くちゃん付けしても良いんだぞー?」
「え? あ、その……」
「じゃあ……ナンちゃん?」
「ほわッッ⁉ ヤメて! 何でか分からないけど芸人っぽいおじさんの顔が脳裏に浮かんできた!」
「そういえばおじさんもお名前ウノですよねえ……つまり、ウノちゃんとナンちゃん?」
「何で巻き込んだ? 何で俺を巻き込んだ!」
全力の抗議の為にこの時ばかりは俺とナンジャモがタッグを組んだ。既に方向性の違いで一度絶縁しているのにこいつと漫才なんか、心労で死を選ぶかもしれない。それでもゴエツ同舟ってやつだ。
「……ジャモちゃんね。それでヨロシク」
「もう俺はずっとおじさんでいい」
「はぁい、分かりましたー」
呼び名紛争、終戦。
俺が終身名誉おじさんとなり、ヒメカはハッコウジムのバッジをゲットし、ナンジャモも新たに配信業の協力者を得た。どう考えても俺だけ空虚だが、それももうどうでもいい。
ただ一つ言えるのは、心が空しくなれば腹も空しくなるという事だ。
「……いろいろ有って腹減ってきたな。勝利祝いに美味いもん食うか?」
「モチロンですっ! おあずけされてたメガシンカダイマックスパフェを……」
「それは勘弁してくれ。というか、そんなインフレにインフレを重ねた名前じゃなかったろ」
俺は思わずメガボーマンダがダイジェットを撒き散らす光景を幻視した。吐き気がする。
「あのパフェなー、確かに映えはするんだけど、そればっかりで味はイマイチ……写真撮ったら一口しか食べずに帰っちゃう人もいるくらいで」
「そうなんだー……もったいないゆうれいでも出ちゃいそう」
なら代わりにと、ダイマックスが特産のガラル地方で散々食べたものを思い出す。一度考えたらもうその口になってしまう魔性の食べ物だ。
「カレー屋は、良い店あったか?」
「あるよ。あそこを見よ見よ、キノココの看板があるじゃろ。キノココ壱番亭っていう隠れた名店だよ」
ナンジャモが指差した先には確かに平面のキノココが居た。だが、こんな街外れからでも視認出来る店を『隠れた』と呼ぶのは正しいのだろうか。どうでもいい事だが。
「おじさん、カレー好きなんですか?」
「当たり前だろ。カレー嫌いな奴は人間じゃねえ」
「ウノ氏、それ言いすぎ」
しかし実際ガラルではカレー嫌いに人権は無いってぐらいにカレーがゴリ推されるのだから仕方ない。ここのサンドイッチも大概だが。
「あはは、じゃあカレーにしちゃいましょ。私は辛さの限界に挑んじゃいますよ!」
「良いね良いね! じゃあボクも極辛イっちゃうか!」
カレーで大事なのは辛さじゃなくて深みだ。それが分からない内はまだまだお子さま、なのだがそんな事よりも。
「お前も来るのか? 勝利祝いで敗北者が?」
「敗北者……?」
ナンジャモはぎょろりとこちらを睨み付け──。
「はいストップ、リメンバー約束。私もいい加減理解してきましたよ。おじさん、ジャモちゃん怒らせるの楽しんでるだけでしょ」
「ふ、バレたか……」
「だからそういうカッコ付け方はダサいです!」
おかしな事を言うから煽りたくなるのだが、対象外から怒られたのでしばらくは控える。(止めるとは言ってない)
しかしナンジャモと言えばやっぱり、そのおかしな格好が一番気になるわけで。
「こっちはまあ、構わんけど。ヒメカはともかく俺とプライベートで飯食ってるの見られたら、面倒なファンが騒ぎ立てるんじゃねえか?」
あのナンジャモに男の影が、とか。あとは俺を女同士に挟まるクソ野郎呼ばわりとか、頭サンドイッチのアホも湧く。
「フッ、ノープロブレムだね。オシノビ用の服があるからしばし待たれよ。覗くなよ?」
「おじさん、分かった?」
「しねえよトンマ」
ナンジャモは灯台の内側に引っ込むと、ごそごそガチャガチャ(たぶんコイルを外す音)鳴らし出した。待っている間はヒメカがずっと俺を見張っている。もっと豊満な大人のお姉さんならともかく、何でこれで疑われなきゃいかんのか。
「へいお待ちー! どう、これなら誰もボクだと分からないっしょ!」
「おお……」
ぼさぼさな黒毛のカツラ。それと同じ色のシックなドレス。度は無いだろうがぐるぐるメガネ。そして隣のムウマージから醸し出される陰鬱なオーラ。これは誰がどう見てもオカルト系のマニア女そのものだった。
「その黒い服ならカレーも安心だな」
「注目そこかい! まあウノ氏が悪口を言わないなら褒めてるんだろうけど……ありゃ、ヒメカ氏? どうかした?」
横を見れば、確かにヒメカの様子がおかしい。まるで魂が抜けたかのように呆然とナンジャモを眺めている。そのナンジャモが、俯いたヒメカの顔を覗き込んで手を振った。
「ふっ⁉︎ すみません、疲れちゃったのかな。なんかぼーっと……」
「仕方ないね、お昼からずっと動き回ってたんだもん」
「何者かのせいで……いや、さっさと行くか。座りたいだろう」
「ありがと、おじさん。ちょっぴり成長したみたいで私も嬉しいですよ」
「この……」
人がちょっと気遣ってやったらこの女は。しかしここで怒ればやっぱり成長していないと思われるのでぐっと我慢。俺は大人だから。
「かっ……‼」
「らァ~~~~ッッ‼」
「何で人は過ちを繰り返すんだろうなァ……」
俺が選んだのは程良く辛旨な真ん中レベル。そして目の前の二人はルーも真っ赤な灼熱地獄カレー。一口だけでも顔を真っ赤に火炎放射も放てるレベルらしく、それでも心に気合のハチマキを巻いて頑張ったが結局半分でギブアップ。せっかくの勝利の余韻も台無しだ。
「うう、残りはおじさん食べていいよ……」
「ウノ氏、後は任せた……」
「食いかけのカレーを寄越すなバカヤロ」
皿の上はまるで死体だらけの戦場、あるいは血塗れの事故現場。試しにまだ綺麗なヒメカの皿から一口いってみたが、やっぱり後悔しかなかった。口直しのアイスを食ってもなお火照りと痺れが残る強烈さで、こんなのが平気なのは人間じゃない。居るとしたら特性がもらいびで地面タイプの奴ぐらいだろう。つまり現状でどこにも存在しない。
ナンジャモの絶叫から始まったホットな一日は、白熱の戦いが終わってから最高にホットな瞬間を迎えて終わるのだった。
『ロトロトロト、ロトロトロト……』
「おじさん、電話ですよー。ジャモちゃんから」
あのハッコウシティでのジムバトルから5日が経った。そしてナンジャモからまた電話が架かってきた。そう、またである。
「居留守を使え」
「ダメでしょ、出ますよ。はいもしもしー、ヒメカです。ジャモちゃんどうしたのー?」
『もっしー! ヒメカ氏昨日ぶり~。またお願いがあるんだけどいい? キノココとかタマゲタケをなるべくいっぱい用意してほしいんだけど!』
「あ、あはは……どうしよう、おじさん」
ナンジャモの電話はこれで4回目である。5日で4回、つまりストーンエッジの命中と同じ頻度だ。
「……一応聞いておく。食う気か?」
『やだなあ、ボクはウノ氏みたいな食いしん坊じゃないしー。ほうしポケモンでいっぱいの部屋に入ったら何秒まともでいられるかってチャレンジ企画をするだけだよ』
食う方がまだまともだった。
俺たちという協力者が戻ってきたナンジャモは、なんと過激路線を再開してしまったのだ。
そうは言っても奴とてジムリーダー。あまりムチャな事をすればリーダー剥奪もあるだろう。しかしマンネリ打破にスパイスが必要だ。あのカレー屋に行ったことでナンジャモはそう思ってしまった。
『おねがい~! こんなの頼めるのキミ達しかいないんだよ! 報酬は弾むからさあ~……』
「あー分かった分かった。ボール費用と手間賃上乗せだぞ」
『さっすが~ッ! じゃあまた後でヨロシクねー! もしかしたら明日もお願いしちゃうカモ‼』
ナンジャモはこっちの顔が見えないのを良い事に一方的に電話を切った。あの大ファンだったヒメカの顔も引きつっていると言えば大体分かるだろう。
「どうだ、そろそろ着信拒否したくなってきたんじゃないか?」
「そんな事……! ないですけど……!」
「そうか、じゃあ頑張りたまえよ」
ヒメカですら言い切れなかった。まあ、それでも否定できただけ立派である。
奴の依頼自体はろくでもないが、人というのはのんびり生きていてもろくに成長しない。ナンジャモの無茶振りをこなし続ける事でヒメカのレベルも上がると考えれば──。
「……おじさ~ん! 流石に一緒に来て~! 私一人じゃ大変だし、あと寂しいですー!」
いや、キツい仕事をし続けても心が死んでいくだけだ。俺がそうだったのだからヒメカだってそうに決まっている。
今日会う時にナンジャモはもう一度テツノカイナで張り倒すとして、ヒメカが一人前のトレーナーになる日もまだまだ遠そうだと思うのであった。
次回の内容は概ね考えていますが、次は本業(?)ジャンルを書くのでおじさんの話はちょっと間が開きます。
ここまでお付き合いくださいましてありがとうございました。
次回もまたお願いします。