おじさん、ポケモンの事なら何でもするんですよね? 作:石転法師
DLC外伝でまたホームウェイ組の出番らしくて楽しみですね
「うまいっ!」
ハイダイの、今日だけで18回聞いた一言が再び飛び出した。
「また出た! ハイダイさんのニッコリ笑顔! でもさっきよりはちょっと控えめかな~?」
今試食している、パルデアの大自然を再現したらしいオブジェ料理(小悪魔系お嬢作)でも、さっきの鍋焼きうどんでも、ハイダイの感想はいつでも『うまいっ!』の一言だ。
これは別に彼のボキャブラリーが無いとかではなく、カラフシティのご意見番があまりごちゃごちゃ言うと、他の審査員も情報に流されて点を付けてしまう可能性を考慮しているらしい。
その代わり、ハイダイが本当に美味いと思ったかどうかを判断するとても分かりやすい反応があった。普段から優しい笑顔の彼だが、食った物が美味いほど目を細めて大きく口を広げて笑うのだ。
「素晴らしい料理でした。見た目だけではなく、素材の味が一つ一つ丁寧に引き出されていたと思います」
よく知らんが最近人気らしい料理系配信者の兄ちゃんが、炎上を恐れてか当たり障りのない誉め言葉を送る。
「うまかったんだい! ご馳走さん!」
そしてハイダイがこれまた何度も聞いた台詞を小悪魔お嬢に送って審査は終了だ。
先ほど最高点を出したピリ辛麻婆豆腐では、これの前の鍋焼きうどんよりもさらににっこりしていた気がする。審査員の持ち点は一人25点の4人で100点満点だ。ハイダイ一人の判定で優勝が決まるわけではないが、概ね彼をにっこりさせるほど優勢で間違いはないだろう。
『続きまして、家庭科教師のサワロ先生、お願いします!』
「ウム。さあ、召し上がれい!」
蒸したての中華まんからはまだホカホカと湯気が昇っている。匂いだけでも肉汁たっぷりな事が予想される肉まんに、俺を含む観客一同が生唾を飲み込む。ここまで散々試食してきた審査員だろうがそれは同じ事で、ハイダイはその食欲を代表するかのように大口を開けて饅頭に齧りついた。
「うまいっ……!」
これで19回目となる同じ台詞、そしてにっこりとした笑顔──。
「あれ、ニッコリ笑顔……」
ではなかった。彼は逆に真顔になっていたのだ。ここに来て今までになかったハイダイのリアクションが飛び出て観客も静まり返る。
ハイダイは真顔のまま次にあんまんにも齧りつき、そこでも先ほどのように『うまいっ……!』と全く同じコメントを叫ぶ。
「とてもうまかったんだい!」
『ウワアアアアァァ……!』
静まり返っていた観客も堰を切ったように歓声を上げた。
一度うまいとコメントしたら最後まで黙っていたハイダイが、我慢できずに賛辞を送る。今までに無かった異常事態であった。
「いや本当に、素晴らしいですね……生地はフワフワで、肉汁たっぷりなのにしつこくない。塩加減も絶妙です。あんまんもコントラストの効いた優しい甘みで……ハイダイ倶楽部にもそのまま出せそうですよ」
他の審査員もまさに絶賛。その中で、当のサワロは紳士らしく優雅にお辞儀をして帰っていくのだった。
「か、かっこいい……! ほらおじさん、もうちょっと歳を取ったらああいう人になれるよう頑張ってくださいね」
「俺は俺だアホ」
筋肉量ならともかく、ああいう立ち振る舞いは育ちで決まるのだ。俺はどう足掻いてもチンピラにしかなれない。
「ヤバ……ペパー、勝てるかな」
そう、大事なのはそっちだ。ボタンが不安そうに視線を送った先のペパーは、失笑していた。サワロがここで最高得点を更新してしまったのはまず間違いない。91点でそれまでトップだった赤毛のぽっちゃり体型少年も、負けを確信したかがっくりとうなだれている。これに挑まなければならないペパーは笑うしかないだろう。
『それでは、いよいよ最後です! 同じアカデミーの生徒、ペパー選手!』
ペパーは、足が震えていた。無理もない、今見たばかりのリアクションを超える反応をハイダイから引き出さねば恐らく勝てないのだ。そのプレッシャーは伝説のポケモンと相対した時に匹敵するだろう。
進みたいのに、進めない。その時だった。
『マフッ!』
ペパーのパートナーポケモン、マフィティフが勝手にボールから飛び出した。
聞いた話では、彼が一度スパイスを集めていたのもマフィティフの為だったらしい。今度は主人のピンチと見て堪らず出てきたのだろう。
「へへ、そうだったな……! お前の為にでっかい相手にも挑んで来たんだったぜ。ありがとな、マフィティフ」
『フッ!』
きっと今のペパーにはサワロが巨人に見えている事だろう。しかし相棒から勇気を思い出させてもらった彼は、今度こそ堂々とハイダイの前に立つのだった。
「ペパー特製カレーパンだ! アツアツだから気を付けて召し上がれ!」
味は既に俺も知っている、めちゃくちゃ美味いカレーパンだ。さらにそれを本番用にブラッシュアップしているはず。さあ、熱々のパンを頬張ったハイダイは、いったいどんな反応を見せるか──!
「すごいっ……!」
ハイダイはまたしても真顔で叫んだ。
「す、凄いって! 凄いって言ったよおじさん!」
「やった、凄いよペパー!」
ヒメカとボタンがキャーキャー騒いで俺をガクンガクン。
「わーかったから揺さぶるなッ!」
しかし暴れたくなる気持ちも分かる。かくいう俺も思わず右手を握りしめていた。観衆も再び大歓声である。
「これは、香辛料の使い方が凄いですね……! パンはサクサクで、その中から様々な風味が爆発するかのようです。恐らくですが、噂に聞く秘伝のスパイスを使ったのでしょうか」
「はい! ブレンドには苦労したっす!」
「とってもうまかった! よく頑張ったんだい!」
これまたハイダイの賛辞では最大級のものだろう。会場の興奮は最高潮のまま、ペパーは自分の立ち位置へと戻っていった。
いよいよ最終組の点数発表だ。司会がそれぞれの審査員が出した評点を集めていく。それを計算し、合計点を出す。その間は俺達も緊張して待つしかないが、もはや優勝争いがサワロとペパーの一騎打ちなのは明白だ。はたして二人の点数は──!
『発表です!』
観衆は視線が一斉に電光掲示板へ集まった。
「あ……っ!」
ヒメカが目を見開いて点数を指差した。
『99』
『94』
その差、5点。
5点の差をもって、ペパーの敗北が決定したのだった。
「わりぃ……優勝出来なかったわ」
流石に元気とまではいかないが、ペパーの声にはある種の清々しさがあった。
「しゃーない。ちょっと相手が悪すぎただけだって。ペパーのカレーパンはめっちゃ美味しかったよ」
「ありがとな、ボタン。せっかくお祝いも考えてもらってたのにさ」
「チケット貰えたし、残念会しよ。ってゆーかサワロ先生も呼ぼ。そんで料理作らせる」
「ハハハ、そりゃ良いな! 何たって優勝者のご馳走だもんな」
強くて、良い子供達である。みんながこれなら学校で歪んでしまう子供も出ないのだろうに。
ちなみに、優勝者だけでなく上位入賞者にもちゃんと景品はあった。カラフシティの全店舗で使える無料のお買い物券だ。普通に嬉しい。
「気になりますねえ~……いったいどれだけ異次元の美味しさなのか……!」
そしてこっちの大きな子供はサワロの振る舞う中華まんしか気にしていない。いや、ここで俺達までペパーの慰めに加わるより二人にしてやろうと無駄にお節介してるだけなのだが。
「……ペパー青年。良い勝負であったぞ」
ところが、そのサワロが中華まんの乗った皿を両手に、自らこちらに来たのである。調理はどうしたと思いきや、向こうではサワロに代わってハイダイが中華まんを蒸し上げていた。量産するなら当然本職の方が慣れているし、レシピが有れば作るのは問題ないのだろう。むしろあっちの方が美味く作れそうだ。
「先生……オレのカレーパンの残り、食ってみたんすよね? 何が足りなかったんですかね」
「とても美味であった。しかし秘伝スパイスの味はあまりにも強すぎる。そのバランスにはまだ改良の余地があると見た」
「そっか……つまりもオレもまだまだ修行が足りないって事だな」
「ウム。では、ワガハイの料理も召し上がってみてもらおう。恐らくはそれで分かる事もあるはずだ」
「待ってました!」
空気を読まずにヒメカが皿に飛び付いた。しかし俺も食いたくて仕方ないのは事実なので遠慮無くいただく。
「お、おいっし……‼」
うるさいヒメカもそれ以上の言葉を失う美味さ。一口噛んだ瞬間飛び出す肉汁で脳が痺れていく。これなら100点でも全然おかしくない。美味い、美味すぎる。
「い、いや、ちょっと待ってくれよ。これに使ってる塩ってもしかして……!」
「そうだ、秘伝のしおスパイスだ」
「……はいぃ?」
ヒメカが道を塞ぐタイプのヤンキーみたいな目で俺を睨み付けた。なぜなら今の発言は、他ならぬ俺が発したからだ。
「……なんでも屋さんにもお礼を言わねばな。今回ワガハイが勝てたのも、貴殿の調達したスパイスがあってこそだ。誠に感謝する」
「いいや、両方を食べ比べて確信しましたよ。こんな物が無くても先生の勝ちだったでしょうね」
「いやいやいやいやいやいやいや、いやいやいやいやいやいや⁉」
さて、今ヒメカは何回いやと言ったでしょうか。いやそんな事を聞いている場合ではない。こいつは殺気を放っている。
「おじさん、先生にもスパイスを渡したんですか⁉」
「……考えてもみろ。マリナードタウンのテラスタル結晶に対処しろって依頼、おかしいと思わなかったか?」
もう一度言うが、あのテラスタル結晶は1日経てば移動して消えてしまうのだ。わざわざ倒して回る意味なんて特に無いはずなのに、依頼が来た理由は何だろうか。
「そうだ。もし有ればとスパイスの為にマリナードタウンを訪れたのだが案の定無くてな。その時近場にテラスタル結晶が多い事に気付いたワガハイが、駄目で元々と思いながら依頼させてもらった」
「テラスタル結晶を対処して欲しいってのは嘘じゃないぞ。ついでにしおスパイスも有ったら持ってきてとも書いてあったがな。そう言わなかったのは守秘義務ってやつだ」
無論、テラスタルは建前でスパイスが本音なのは間違いないが、そういう謙虚な依頼だからついでに受けたのだ。
「……ペパー青年もなんでも屋さんに頼んでいたと聞いたのは学内で会った時だった。ならばワガハイに味方せずとも良いと言ったのだがな」
「勝負は公平が私のモットーですから」
もっと言うならペパーとサワロが使ったスパイスに被りは無かった。ペパーが使わないなら問題ないと判断したまで。
「あ・の・ね~~~~~~? だったら私にだけでも教えてください‼ なんか一人でコソコソしてるなーとは思ったんですよ!」
「いやお前、隠し事が下手そうだし」
「上手いですし! 今だってシークレットしてますし!」
「何をだし……」
「秘密だし‼」
たぶん、今日は楽しみで朝から何も食べてないとか言ったけど実はメロンパン食ってました、とかだろうか。じゃあどうでもいい。
「とーにーかーくーだ。実際に食ってみてペパー君も分かったろ。君とサワロ先生の料理の違いが」
「ああ……先生のは元々満点も取れそうな料理の魅力をスパイスの塩味でさらに底上げしてるんだ。オレのはスパイスに頼りすぎてたって事なんだな」
例えばパン生地の仕込みは十分だったか。カレーの具はスパイスに負けていなかったか。改良点はいくらでも出てくるだろう。それでもペパーならスパイスが無くても80点以上は取れたと思うが。
「料理でもポケモンでもそうだが、伝説のなんちゃらを使わなきゃ勝てないんじゃ一流とは言えないだろう。まあ、本音を言えば君に勝って欲しかったがな。ボタン君も言ったが相手が悪すぎただけだ」
「いいや、ワガハイも先ほどハイダイ殿だけ満点を出さなかった理由を聞いてな。ほんの僅かだが火入れが甘くて生地にベタつきが有ったようだ。自分もまだまだ未熟という事だな」
ぶっちぎりの勝ちにも関わらず、ハイダイだけが24点だった事を気にする向上心。この貪欲さがプロ精神というやつなのだろう。やっぱりアマチュアコンテストに出てくるには強すぎる人だった。
「先生。この後ペパーを慰める会やるんで来てほしいんですけど。美味しいもの作ってください」
「ム……良いだろう。せっかく頂いた100万円もある。豪勢に行こうではないか」
「おっと、負けてらんねえな。オレも先生のお祝いに何か作るからそこで延長戦だ!」
「ハハ、受けて立とう!」
どこまでも気持ちの良い先生と生徒だ。一昔前のパルデアのアカデミーと言えばいじめ問題が深刻だった記憶なのだが、教師陣が総入れ替えになってからは本当に生まれ変わったのだろう。つくづく、こういう教師と学友がいる校舎で青春を過ごしたかったと思う。
「あのー、それって私達も参加はオッケーだったり?」
「モチのロンだぜ。姉ちゃん達が居なかったら準優勝すら出来なかったかもだしな」
「んー……俺は君を裏切ったようなもんだから遠慮しておこう。行くならヒメカだけで行ってきな」
今回の報酬ではテラスタルレイドのも合わせて結構潤ったし、自分好みの怪獣ポケモンを得たそれだけで満足だ。祝いの場には純粋に頑張った半人前が出ておけばいい。
「……あのさ、そんな卑屈になんなよって言っとく。スパイス集めじゃ途中からはなんでも屋さんがリーダー頑張ってたじゃん。悪くなかったよ」
うちも似たような事は前にしたし、とボタンは小声でそれを付け加えた。
「ホント、ため息出ちゃう。確かにびっくりしたけど、誰もおじさんのせいでペパー君が負けたなんて思ってませんよ。おじさんも来てください。言わなきゃ分かりませんか?」
なぜお前が言うんだというのはさておき、ヒメカの後ろでペパーが力強く頷いた。
「……男ってのはそういう事はちゃんと言ってほしいもんなんだよ」
「はい、出席にマルっと。すみませんねえ、うちのおじさんがお騒がせして」
「いやいやこっちこそ、うちのペパーが不甲斐ないばっかりに」
お前らは俺達の何なんだよとしか言いようがないが、どう見てもタイプの違う女二人が睦まじく冗談を交わしているのだからきっと良い事なのだろう。男性陣はただ苦笑いするしかないのだが。
俺なんて後はもう老いて枯れるだけの人生と思っていたが、こうして青春真っ盛りの少年少女と触れ合って分かった事がある。
火というのは燃え移る。熱意に満ちた少年少女と常日頃関わっているサワロ先生は、俺より年上なのにまだまだ挑戦者精神が燃え盛っていた。そして、俺もまだまだその熱を受け取れる懐の有る人間だったのだ。
熱を受け取った側のお返しが自分の持っている物を伝える事だとすれば、俺がお返しする人間は現状この八分の五人前しかいない。なのだが、そうならそうでいい加減フェアリーに効果抜群のタイプぐらいは覚えてほしいとため息をつきつつ、冷めかけてもまだ絶品な中華まんの残りに口を付けるのだった。
次回、帰ってきた不良サラリーマンアオキになるかと思います