おじさん、ポケモンの事なら何でもするんですよね?   作:石転法師

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アオキさん回、と見せかけたチリちゃん回


「チリちゃんもアオキさんとご飯食べたい!」(1)

「ドンカラスが3匹、めっちゃくちゃ怒ってます!」

 

 天井裏から飛び出してきたのは案の定大型の鳥ポケモンだった。しかも3匹も。

 2匹だったら夫婦と思うところだが、この場合はきょうだいか、それとも複雑な恋愛事情でもあるのだろうか。ともかく、ピケタウンの不動産業者を悩ませていた元凶をようやく引きずり出せたのである。

「よし、1匹はそっちに任せる。残り2匹は俺が担当しよう」

「任されました! がんばります!」

 ヒメカもまだまだ半人前だが、つまり俺の半分は仕事が出来るという事だ。いかにも鳥が釣られそうなキラキラしたアクセサリーまみれのブレザーでぴょんぴょん飛び跳ね、ドンカラスの注意を引く。

 このままでは3匹ともあちらに行ってしまうので(それも面白そうではあるが)、懐中電灯のライトを内2匹に向けてちらつかせる。狙い通り俺に腹を立ててブレイブバードで突っ込んできた。

「ギーラ、受け止めろ!」

 まともに食らえば俺の腹に穴が開きそうな強烈な一撃も、岩タイプのバンギラスには通じない。2匹の大技を立て続けに受けてもまだまだ元気だ。

 あちらでもデカヌチャンを出してドンカラスとの睨み合いが始まっている。あいつもようやくタイプ相性が頭に入ってきたか。ならば反撃開始だ。

 

「ヌーちゃん、じゃれつく!」

「ギーラ、いわなだれ!」

 デカヌチャンのフェアリー技に、バンギラスの岩技。お返しで放った技はどちらもドンカラスに効果は抜群だ。

 あっさりと墜落したドンカラス達はこれからポケモンセンターへと運ばれる事になる。

 本来野生では覚えないブレイブバードを使えるドンカラス。放流された孵化余りが育ったのは明白で、これによる生態系破壊問題はどの地方に行っても深刻となっている。

 まあ、どう処分されるにしてもそこからは俺の知った事ではないのだが。

 

「うーん、楽勝でしたね~! まあ、私も強くなっちゃいましたし? おじさんはもーっと強いですからね」

『調子乗ってんじゃないよ。うちのご主人の足元にも及ばないって分かってんなら謙虚になりな!』

「うひゃい⁉」

「こら、気持ちはよーく分かるが威嚇すんじゃない」

 バンギラスがヒメカに怖い顔を向ける。一応止めには入るが、本音ではそのまま行かせたい。まあ、レベル差が有ってもデカヌチャン相手じゃバンギラスが負ける可能性の方が高いのだが。

「えっと、お礼も頂いちゃったし、これからどうしましょっか? まだお昼前ですけど今日はもう終わりにしちゃいます?」

「そうだなあ……ここにはろくな店も無いし、帰ってから飯食ってトレーニングするか……」

 今更だが俺はセルクルタウンの郊外に小屋を借りている。1番目に選ばれやすいジムリーダーの居る町だけに周辺のポケモンも弱く、なにより常にデザートの甘い香りが漂っている良い所だ。スローライフにはまさにうってつけと言えるだろう。

「……いや、せっかくパルデアの北側まで飛んで来てるんだ。飯のついでに、お前のジムチャレンジの続きでも行くか?」

「お、チャンプルタウンでご飯ですか? 今の私がそのノリでアオキさんにイケますか?」

「問題ないだろう。アオキさんは事務的な戦いしかしないから、セオリー通りやれば勝てる」

 思えば今の面倒の始まりだったジムリーダーのアオキ。ジムテストでは挑戦者同士を戦わせて人数を絞り、その間本人は飯食ってるだけというやる気の欠片もない男だ。俺も一度世話になった身としてあまり悪口を言いたくはないのだが、事実があまりにも事実なのでそう言うしかない。

 

『ご主人、またこの女の為に動くんだ。もう分かってるけどさ……』

 バンギラスは不満げに唸り声を上げた。最近はヒメカで手が掛かるのでポケモン達に取る時間が少ないのは自覚している。この子は特に俺を守るという意思が強いので気に入らないのだろう。

「分かってる。お前たちが一番大事ってのがあってこいつだから、な」

「ギーラちゃんごめんね。早く一人前になれるよう頑張るから」

 まさしく岩のように角ばった体を両手で撫でると、バンギラスも何も言わずに頷いた。気難しいが、何より俺なんかと心を通わせられたのだ。いつかはヒメカとも仲良くできると思いたい。

 バンギラスをボールに戻し、代わりに出すのはいつもの飛行要員ギャラドス。本当に文句一つ言わず飛んでくれるので、溜め込んで溜め込んでいつか爆発しないかと不安になる時もある。

「スギヤ君も苦労をかけるな。休みが欲しかったらちゃんとアピールするんだぞ」

『いいッスよ。外を自由に飛んで泳げないのが一番のストレスッスから』

 いつも通りギャッスギャッス言ってくれる彼を今は信じる事にする。

 これまたいつも通り俺の背中にしがみ付いてくるヒメカと共に、俺はチャンプルタウンへ短時間のフライトを始めるのだった。

 

 

 

「……はい、ジムリーダーに挑戦ですね。連絡を取りますのでしばらくお待ちください」

「はーい」

 ヒメカは受付横のソファにぽすんと腰掛けた。俺もその横に少し間を開けて座る。

 チャンプルタウンのジムリーダー、またの名を非凡サラリーマン、アオキ。普段はしがない営業職として各地を飛び回っているので、本拠はここだがむしろチャンプルタウンに居る事の方が珍しいのだ。まあ、大方仕事じゃなくて飯を食っているのだろうが。

「ここのジムテストって挑戦者同士で戦うんですよね。集まるまで待つのかなあ」

「そうらしいが、他に居なきゃジム生をサクラにでもするんじゃねえか」

 そうでもしないと最悪は挑戦者を何日も待たせる事になる。あるいは、アオキはそれすらも配慮しないのかも。

「いや、らしいって……おじさんもチャレンジしたんですよね?」

「俺はほら、他の地方のバッジ持ってるから。テストなんてかったるい事無しでリーダーと戦うだけでオーケーにして貰った」

「何それ、ずっるー! でも……おじさんがナンジャモちゃんのライブ配信に出てる姿とか想像できないか」

「ああ、あんなの無理だ。吐き気がする」

 そもそも昔のジムはそこの生徒を倒していけば良かったのに、何で最近はおかしなミニゲームをやらせたがるのか。それがポケモントレーナーに何の関係がある。

 そんな事をうだうだ話しながら待つこと数十分、ようやくジム入り口の扉が横にスライドしたのだった。

「あ、やっと来たのかな~……あ⁉」

 入ってきたのは二人組、一人はくたびれた黒いスーツに身を包んだ無表情な男。紛れもなくアオキその人だが、そんな事よりもう一人だ。アオキの横を並んで歩いている人物は、それとは比べ物にならないオーラを放っていた。

 夏の青々とした葉を思わせる緑髪のポニーテール。中世的な顔立ちに、シャツとズボンがよく似合うすらりとした体。戦った事はないが俺もこの人物は知っている。

「チチチッチチ、チチチチチチ、チチチチ……!」

 ヒメカも鳥のように鳴き喚くほど、女性でありながら圧倒的女性ファンを誇るポケモンリーグの――。

「ウノさんに、ヒメカさんでしたね。お久しぶりです。その後は一緒になんでも屋をやっているとか」

「いやアオキさん、申し訳ないですが先に隣の人を処理してくれませんとこいつが窒息します」

「処理ってなんや! チリちゃんをゴミみたいに扱おうなんて1億光年早いでホンマにー」

「光年は時間じゃなくて距離ですがね」

「ハイ、お約束のツッコミありがとうございますー」

 と、コガネ弁も魅力の一つらしいリーグ四天王の一番手、チリその人がアオキにくっ付いてきたのだった。

 

「大ファンです! サインください‼」

 ヒメカが会話の流れを一切無視して真っ白なプレミアボールを差し出した。アオキなんか目に入っていない。何かもうジムチャレンジなんかやってる場合じゃない。

「はいはい、そういうのは勝負に勝ってから頼もうなー。チリちゃんは頑張った人が好みやねん」

 しかしチリの方も流石でファンの上手いあしらい方をよく心得ている。

「分かりました! アオキさん、そういう訳なので今すぐ勝負してください! さあ、さあ‼」

「……困りましたね。テストをクリアしてからでないとダメなのですが」

 顔色一つ変えずに困ったと言われても逆にこっちが困る。たぶん、チリが横に居なければそのままどうぞと言っていたと思われるが、そんな事より、だ。

「何でチリチャンさんがアオキさんの隣に?」

「誰がチリチャンちゃんや! 質問かイジるかどっちかにせー!」

「はいどうも。まあリーグ関係の用事なんでしょうけど、結構重要なヤツっすかね」

「せやねん……っちゅーか、そもそも自分らのせいなんやけど!」

「かかかっかかか顔、近……」

 チリが若干顔に青筋を浮かべて迫ってきた。おかげでヒメカが過呼吸を起こしかけている。

「入んなゆーてるのにパルデアの大穴に立ち入るアホが後を絶たんせいでな、ゲートのとこにもっと壁作ろうかって検討に来てんねん!」

「ハイ、すいません」

 アオキはこれだし、残りはお子様に美術教師、トップはトップで結構奔放な人物だ。結果として問題の処理はチリが担当になる。大分苦労も多いのだろう。

「壁だけ作っても空からはどうにもならんし、この前見たブルーベリー学園みたいにドームですっぽり覆ったろかって思ってんけど、そんなん工事費がえらい事になるしー……」

「……ん? ブルーベリー学園ってお前の母校だっけ? そんな金かかってる学校なのか」

 バイトの面接という名の押しかけの時、ヒメカの履歴書にはそう書いてあった気がする。

「あ、はい。そーだったような気もしますけどー、私学生時代にあんま思い出が無くてー」

 母校の話を振られてここまで塩対応になる奴が居るだろうか。こいつの性格で学生時代にはしゃいだ思い出が無いとは考えられないのだが。そのくせ学生服のコスプレは好きだし本当にこいつは理解できない。

「……話したくないなら別に良いがな。まあそういう事ならアオキさんの方は特に何も無いって事っすね」

 ともあれ、ただチリの横に立っているだけのおっさんと化していたアオキに向き直った。俺としてもさっさと済ませて飯食って帰りたいのである。

 

「……先ほども言いましたが、規則なのでまずテストからですよ」

「良いんじゃないすか? 5番目のジムリーダーなら勝てると思ったから俺もこいつを連れて来てるわけで、俺に免じてパスということで」

「ちょい待ち、俺にってなんやねん。自分がバッジ全部持ってるのは知っとるけど、せめてチャンピオンになってから言いや! 資格はあんのに全然リーグ来ーへんし」

「いや、俺は面接嫌いなんで……」

 パルデアのチャンピオンリーグではなぜか四天王と戦う前にチリとの面接があるのだ。日頃適当に生きている俺は面接が天敵と言っても良かった。

「……え、まさかおじさんがバッジだけで満足してる理由ってそれなの?」

「まあ、うん。それに特典も無いし」

「来たくないんならそれでええけどな、チリちゃんと何度も面接したくてわざと落ちるヤツよりマシやわ。バッジ8個集めたのはその為かって!」

 厄介ファンここに極まれりといったところか。そんな奴はもはやチリからも嫌われていそうだが、ストーカーの心理も俺には理解できない。

「代わりにアオキさんが面接官やれば良いんじゃないすか?」

「いや、自分は人事じゃなくて営業なので……」

 言ったらダメだがどう見ても向いていないと思う。まともに契約は取れているのだろうか。

「ちゅーかもう、さっきから全然話が進まんな! どうせ他に挑戦者おらんのやろ? もうええわ、チリちゃんが許可するから、テスト無しでアオキさんと戦ってきい!」

「やだ、チリちゃんってば話が分かる……好き……」

「はい、ではチリさんがそう言うので」

 しれっと責任をチリに丸投げしたアオキは、チャンプルタウンのバトルフィールドである宝食堂へと向かった。

「じゃあそういう事なんでがんばりますね! 勝ったらサインですよ!」

「はいはい、気張りやー」

 チリに手を振られたヒメカもやる気満々で食堂へ。ここまで燃えてるのも初めてではなかろうか。

 俺もここに居たってチリと二人で間が持つ気がしない。丁度良いので飯を食いながら……は自分だけで先に飯を食うなと怒られそうなので、飲みながらヒメカの勝負を見守る事にしよう。

 

「あーちょいちょい。自分、なんでも屋やってるウノさんやったよな? ちょっと相談があるんやけど、お茶飲みながらでもええ?」

 ところが、意外にもチリの方から俺に声がかかったのである。ちょっと前も大穴への侵入を不問にしてもらい、今回もテストを特別にパスして貰った身で断れるはずがない。お茶は大丈夫だが、俺がファンから刺されないかの方が心配で仕方ないのだった。

 

 

「マスくん、けたぐり!」

「ノココッチ、ハイパードリル」

 食堂内に設けられたはた迷惑なバトル場では、ニャローテのニャロちゃん改めマスカーニャのマスくん(元々オスではあった)と、アオキのノココッチの激しい攻防が続いている。

 そして俺は俺で厄介ファンが背後に居ないかと戦々恐々しつつ、チリと向かい合って緑茶をすすっているのだった。ちなみにチリが突っついているのは特製抹茶アイスである。

「……んで、ご要件は何です?」

「なんやせっかちさんやなあ。チリちゃんとお茶したい人なんて仰山おんねんで。せっかくの機会なんやからゆっくりせぇな」

「仰山おるから問題でしてね。何で俺みたいのがって余計な恨みを買いたくないんですよ」

「自分も強いんやから自己評価大事にするべきやと思うけどなぁ。まあええわ、まずこの前はアオキさんを助けてくれてホンマおおきに。許可出る前に入ったのはアカンけどこれだけは言いたかってん」

 チリはテーブルに手を付いて深々と頭を下げた。ならばこちらもと湯呑みを置いて頭を下げ返す。

「本当はうちも出動したかったけど面接が詰まっててなあ。人材が足りんのはどこも一緒やんな」

「強いだけならそこらに転がってるでしょうけど、人格がまともな奴となりますとねえ」

 ぐうたらリーマンにお子様の時点で限界っぷりを感じるのに、残りの美術教師も発作的に泣き出す悪癖があるらしい。まあ、リーグ四天王なんて概ね変人集団だった記憶しかないのだが。

「そんでな、話ってのはこっからなんやけど。あのトラブルの後、自分ら何したか言ってみ?」

「……後? 当然、大穴にはあれ以降入ってませんが」

「ちゃうちゃう、そういう事やない。アオキさんから報酬貰って、何してから帰ったかって聞いてんねん」

「はあ、今戦ってる二人と一緒に飯食ってから別れましたが……」

「それや!」

 チリはドリルライナーもかくやの勢いでビシっと指を突き付けた。

 

「チリちゃんな、アオキさんとご飯行ったこと、一度も無いねん……」

 

 抹茶アイスに刺さっていたスプーンが、カチャンと容器の縁を叩いた。

「……誘えばいいじゃないすか」

「誘っとるよ⁉ でもいっつも塩対応で……!」

 ダンと一発テーブルに拳を叩きつける。スプーンが今にも落ちそうだ。

「……嫌われるような事したんすか」

「そりゃちょっとは口うるさいかもなぁと思っとるけど! でもアオキさんにしっかりして欲しいからやん!」

「相談って、これですか。何で俺に、他の同僚とか居るでしょうに」

「身内に知られたくないからに決まっとるやろ!」

「俺はね、ポケモン関係のなんでも屋なんですよ。人間関係は自分でどうにかしてください」

「チリちゃんポケモントレーナー、すなわちポケモン関係者や!」

 すなわちではない。そういう事は上司とかにでも相談を、いや上司はもっとダメだった。

 

――おめでとー! よく頑張ったー!

 

 丁度その時、勝負を観戦していた他の客から歓声が上がる。

 ヒメカが飛び跳ねてフワライドを抱き締めていた。どうやら問題なくアオキには勝てたようだ。

 アオキからバッジを受け取ったヒメカが俺達の姿を確認すると、鬼気迫る形相でこちらに駆け寄ってきた。

「ほら、ほら! 勝ちましたよ、サインください!」

「ちょい待ちぃな。チリちゃん今ウノさんと大事な仕事の話をしてんねん。丁度良いから一緒にご飯食べよか」

「はい、モチロンです‼」

 ヒメカは、4人席で迷って迷って俺の隣に腰掛けた。チリの隣は眩しすぎて耐えられないと判断したのだろう。さて、もう1席空いているなら当然誘う相手は決まっているのだが。

「あ……アオキさん、チリちゃんこれから3人でご飯なんやけど一緒にどうです?」

「いえ……すみませんが契約の打ち合わせが迫ってますので、タクシーの中で食べる事にします」

「ああ、そっか……しゃあないな」

 アオキはもう何も言うことは無いと言わんばかりの早足で宝食堂を後にしてしまった。残されたのはチリの寂しそうな背中と、それをうっとりと見つめる何も知らないヒメカの姿である。

「……これやねん」

 な?チリちゃん可哀想やろ?と言いたげな顔で俺に目を合わせた。

「どれですか? 何かわからないけど、チリちゃんの大事なお仕事なら受けないわけにはいきませんよね、おじさん」

「おい、バカ……」

 言質を取ったとばかりに目を光らせたチリは、ヒメカにも理解してもらうべく、なんでも屋史上もっともくだらない依頼内容を大声でもう一度唱えるのであった。

 

「チリちゃんもアオキさんと一緒にご飯食べたいねん!」と。




これだからアオキは……
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