おじさん、ポケモンの事なら何でもするんですよね? 作:石転法師
アオキと言えば、ジムリーダーで最も幸の薄そうな男として有名である。
パティシエ、芸術家、有名配信者、料理人、ラッパー、モデル、スノーボーダー。
その中に混じって表情筋が死んでいるしがないおっさんサラリーマン。大衆食堂で孤独にもくもくと食事をする姿も頻繁に目撃されている。もっとも、イロモノだらけの8人衆の中で普通すぎて逆に目立っていると言われればそうなのだが。そして極め付きにはポケモンリーグの四天王まで兼任と酷使されている。挑戦者が来るたび他の業務を中断してチャンプルタウンとリーグ本部を往復させられるらしい。
ここまでの結論として、そんな苦労人がなんでも屋にまで縋る程の大変な状況を見捨てるほど、俺は鬼にはなれない、という事だ。
「どうも、アオキさん。ご無沙汰しております」
「……来て下さいましたか。ジムリーダーとして戦って以来ですね」
チャンプルタウン北側、宝食堂横のポケモンセンター。約束通り、そこに依頼者がげんなりした顔で立っていた。
一応、俺もバッジは8個全部所有しているので当然面識はある。バンギラスだのヌメルゴンだのを飼い慣らすのに未所持は自殺と変わらないのだから。
「そんじゃまあ、単刀直入に聞きますけどね? 貴方一人でどうにもならない事態ですか、これが」
町の周りを見渡せば、確かにうようよマルマインの群れ。あのポケモン達も決して町に悪意が有って集まってはいないだろうが、これじゃあ出入りなんて空を飛ばなきゃ出来たもんじゃない。
とは言っても、チャンプルタウン周辺の野生レベルはそこまで高くない。四天王でもある手加減無しのアオキなら十分対処出来るはずだ。念の為だが仕事を拒否したいとかではなく、スムーズな仕事には依頼者の事情を把握する事も重要と思っているだけなのであしからず。
「実は……同レベルの緊急案件がもう一つありまして、私はそちらに向かうしか無いのです」
「えーえーそうでしょうね。ちゃんとした業者じゃなく、私みたいなポケットマネーで動かせるのに頼んだ方が事後報告は楽でしょうね」
「ご理解が早くて助かります。どうも上司は、私がその気になれば分身出来ると思っているフシがあり……」
「逆に柵の一つも建てずに野生剥き出しのこの町には全く理解できませんがね。こんなん普通に侵略されるに決まって……って!」
と、愚痴っている側から『きのこのほうし』が。キノココがいつの間にか近寄っていたのだ。
「メル! 焼いちまえ!」
『ヌゥ、メッ!』
咄嗟に草タイプにはめっぽう強いヌメルゴンを受け出し、お返しで大文字焼きをお見舞いしてやった。キノガッサならともかく、その進化前に負ける要素なんてどこにもない。焼きキノコ一丁上がりだ。
「はあ……ったく、すいません。アオキさんには胞子かかってないですか?」
「ええ、そのヌメルゴンの体が全部吸ってくれたようですので。それにしてもキノココはあまり凶暴ではないはずなのですが……」
「重ねてすいません。どうも私が野生のポケモンにやたらと嫌われる体質みたいで」
「それは……お気の毒に」
ガキの頃は決してそんな事無かったのだが、本当にいつからか急に襲われるようになった。具体的には、古のヌメルゴンやガチグマを手に入れた頃だっただろうか。まあ結局野生のポケモンなんか出てきたら全部ぶっ飛ばすか捕獲するかだ。手持ちの子達に嫌われなければそれでいい。
「ま、嬉しくはないですが刺激的な毎日ってやつですよ。出来れば中辛ぐらいが好みなんですがね」
「同感です。辛さばかりでうま味の無い料理はいけません……と、すみませんが今は一刻も早く移動したくて」
「ええ、行ってください。マルマインぐらい全部ぶっ飛ばしときますんで」
「お願いします。ですがくれぐれも、町はぶっ飛ばないように」
アオキは走りにくいだろうに背広と革靴のままジムの方へと駆けていった。まさかとは思うが、ジムへの来訪者の為に仕事を俺に丸投げしたのだろうか。いや、まさか。
「そんじゃ、お仕事開始するかね。臨時ボーナスでも付くと良いんだが」
『お任せくださいぃ。マルマインなんて私の鋼の体で全部弾き返してあげますぅ』
ヌメルゴンも体を震わせてやる気満々のようだ。粘液が飛散して、つらい。
気を取り直して、俺が移動中に考えた作戦はこうである。
まず、町から離れた所に陣を張り、そこにエレズンを大量に召喚する。ただ漠然とエレズンではなく、特性が『せいでんき』のエレズンだ。なぜそんなにエレズンを持っているのかって、ポケモンを極めようと思う者ならば、ボックスがいっぱいになるほど同じのが集まる原因も分かるだろう。察してほしい。
それはさておき、静電気の特性で電気タイプのマルマインを一箇所に集め、纏めて爆発させる事で被害箇所を最小限に抑えるというのが俺の計画だ。
これならいける。早速移動して作戦を開始しよう。そう判断した俺はマルマインの海を見渡し──。
「メル! ギーラ! ジュウゴ! ホウジ! それぞれ東西南北行ってぶっ飛ばしてこい!!」
『オー!!』
やっぱり止めた。
鍛えた中から選抜したのはヌメルゴン、バンギラス、ガチグマ、そしてヤバソチャ。どれもタフであり、電気タイプかつ自爆攻撃してくるマルマインに有利なはず。結局これが一番早いと思うのだ。
そもそも、かつては最速と称されたマルマインを? 一箇所に集める? 町を通過させずに? 集めた場所に留まる保証は? 本当に引っ張ってこれるのか?
移動中に思い付いた作戦なんかたかが知れているのだ。レベル差でごり押すのが最善策に決まってる。
「ラン、オーロラベール展開。町をカバーしてくれ」
『キュン!』
念の為、町にも結界を張っておく。迅速に一手でやるならこの子が一番適しているからだ。
透き通った青白い体から舞い散るのは純白の氷結晶。それが彼女の神秘の力と共鳴して一枚のベールとなる。
ゆきふらしの力を持つアローラのキュウコン、それぞれ最後の1字を取ってランだ。それ以上の意味はない。
「あー、貴方がなんでも屋さんですか!」
そんな俺のポケモン達に目を引かれて駆け寄ってきた集団がいた。彼らには何となく見覚えがある。おそらくチャンプルジム所属のトレーナーだ。
「アオキさんからこちらの支援に向かえと言われました! そのポケモン達の援護をすればいいでしょうか!」
「それは丁度良いところに。そんじゃ……これを持ってあの子達の後ろに居てもらいたいのですが」
想定では俺が飛び回って使うつもりだった道具を手渡す。回復用のオボンの実に、麻痺治しのクラボの実。どうせ余っているので山盛りだ。
「賢い子達ですんで近くに投げれば食べるはずです。私は上空から全体を見て危ない所に行くんで、皆さんも無茶はしないようにお願いします。私がアオキさんに怒られちゃいますからね」
「了解です!」
一応ジムバッジを持っている公認トレーナーとはいえ、いきなり呼ばれて来た俺の言う事を素直に聞いてくれて大変ありがたい。もしやこのバッジって人にも効果があるのだろうか。いや、まさかな。
「それじゃあスギヤくん、ビルの上まで頼んだぞ」
『ギャッ!』
残った一匹、ギャラドス。流石に電気相手に戦わせるほど俺も鬼じゃないので今回は一緒に監視役だ。まあ、いざという時には彼にも地震を放ってもらうだろうが。
「では改めて……出陣!」
即席のチャンプルタウン救い隊、総大将はこんな俺。どんな時でも不敵な笑顔を絶やさないマルマイン、それを一生笑えない体にしてやんよと言わんばかりのやる気に溢れた面々が、季節外れのオーロラたなびく町の四方へと散っていくのであった。
マルマインくん達は吹っ飛んでお星さまになるだけで死ぬわけじゃありません。
たぶん。