おじさん、ポケモンの事なら何でもするんですよね? 作:石転法師
「や、勘違いせんといてな。チリちゃん別にアオキさんラヴとかじゃないねん。ただうちの誘いを何度も断るなんていい度胸してるやん? そこでちょっとムカムカ~っとしただけっちゅーか……」
そこでチリは、もう半分以上は液状化してしまった抹茶アイスを掬い、よく喋った喉を潤した。まだ何も聞いていないのに勝手に喋っているのである。
「……とりあえず、勝利祝いか。好きなの頼みな」
「流すな!……と言いたいところやけど、せやな。リッチなチリちゃんが奢ったるからええもん食いや」
「チリちゃんが……アオキさんと……」
ヒメカはもうダメであった。女の身で女の子の王子様だったチリが、冴えないおじさんで頭がいっぱいだったなんて。その事実を受け入れるには時間が必要だったのである。
「俺は天ぷら蕎麦の大盛りと玉子丼のセットで。お前も天ぷら蕎麦で良いんだろ?」
「あ、はい。それにかき揚げも追加で」
そう、一杯の蕎麦を頼んでから到着する程度の時間が。この女はバカだからか立ち直りが異常に早い。
「何や仲良しさんやなあ。じゃあチリちゃんもお揃いで行こか」
アイスを食ってから蕎麦。ちぐはぐな順番ではあるが腹に入ってしまえば同じか。
ともあれチャンプルタウンを代表する人気食堂らしく、あっという間に運ばれてきた蕎麦を一口すすった後、改めてチリは果てしなくどうでもいい相談を切り出すのであった。
「……うちの何が悪いんやろ」
「う~ん……チリちゃんってあんまりご飯食べるイメージ無いですよね。アオキさんもおじさんと同じぐらいガッツリ食べる人だから合わないんじゃないですか」
「今も普通に蕎麦食うてるのに……イメージって、普段チリちゃん何食べてると思われてんねん」
細身の体に、緑色の髪。そこから導き出された結論は一つだった。
「レタスとか?」
「青虫か! チリちゃん進化したらトランセルになるとでも思っとんのかい!」
「失礼ですよ! チリちゃんはピーマンやタマネギも食べられるはずです!」
自分の方が失礼かもしれない事にヒメカは気付いているのだろうか。
「……ともかく、俺個人の意見ですがよく食べる奴の方が男ウケは良いんじゃないすかね」
「お、実は私も最近食べ過ぎかなーって悩んでたんですけど、おじさんがそう言うなら今のままで良いですよね?」
「お前、服がパツパツになってきてねえか?」
ヒメカは箸を持っていない方の左腕を使って大慌てで腹部を隠した。
「ノー! 食べた分ちゃんと動いてるので‼」
そうだろうか。俺には脚も少し太くなったように見える。それは別にいいけど。
「……チリちゃんにも食いしんぼキャラになれ言うんか? ずっと片手でおにぎり持ち歩けと?」
「それは、常に満腹そうだから飯に誘う必要無いって思われて終わり、すかね」
「どうしてそこで諦めるんや……!」
チリはイメージのアオキ相手に勝手に失望し、机に突っ伏すのだった。
「いや待て待てぃ」
リアクションを取り終わったチリは普通の顔で起き上がる。
「ヒメカさんもアオキさんとご飯行ったんやろ。嫌な顔されんかったん?」
「どーでしたっけ? アオキさんってずっとあの渋いお顔だからあんまり感情が分からなくて」
感情がすぐ顔に出るこいつと違って確かにアオキは分かりづらい。まともな笑顔を見たのは山盛りの飯が運ばれて来た時ぐらいだったか。
「……まず、俺への労いで飯行こうって話になって、そこにこいつが割り込んで来たんすよ。だから断り辛かったのかもしれませんが」
「何やそれずっこいな! そんなん反則技みたいなもんやん」
「じゃあ今度は俺から飯に誘いますか。そんでチリさんがそれに付いてくると」
「それは……! ダメや、チリちゃんはウノさんのおまけじゃない。こっちがメインディッシュなんや……!」
チリはメインディッシュの蕎麦を力強くすすった。
彼女がメインなら俺は前菜か何かか。食べられる気でいるのだろうか。突っ込みたくはないが。
「まあでもねえ、アオキさんと飯食ってもあの人あんまり喋らないすよ。どこどこの飯屋も旨かったとかそんな話するぐらいで」
「そーそー、男二人で黙々とご飯食べてましたよねー。そこに私が質問攻めって感じで」
あの時は質問以外に聞いてもないのにチャンネル情報や配信者の裏事情などの自分語り尽くしだったか。おかげで無駄にそっちの界隈に詳しくなってしまった。
「そういや自分ら、チリちゃん居なかったら今日も二人でご飯だったんやろ? 普段どんな話してんねん」
「……まあ、別に。自分のポケモンにも飯やってたりとかするんで」
「お仕事中にお喋りしてるからご飯の時は逆に静かですよね」
「へーそうですかい! ご馳走様ですなぁ!」
チリは蕎麦つゆをズズズと音立てて豪快に飲み込み、そしてむせた。
「けふっ……アオキさんが話さん人なんてチリちゃんが一番分かってるて。でも仕事の後だから言える本音とか語りたいやんか」
「アオキさん、隠してる思いとかある人かな?」
「いや、仕事なんて適当でプライベートを大事にしたいが全てだと思うぞ」
「知っとる!」
チリはまた机とダンと叩いた。器の中で箸がカランカランと跳ね回る。
「……もう一度聞きますがね、アオキさんとそんなご飯行きたいすか?」
「行きたいっ!」
その言葉にためらいなど一切も無かった。
「チリちゃん、本当にアオキさんラヴじゃないんですか?」
「ラヴやない‼」
じゃあ俺は何のためにこの話を聞いているのだろう。この際ラヴだと言ってくれた方がまだ仕事のやりがいが有るのだが。
「……はい、じゃあヒメカちゃんに一つアイディアが浮かびました! 発表していいですか?」
ヒメカはかき揚げ最後の一口をごっくんと飲み込むと、空いた手をビシッと掲げた。
「よっしゃ! でかしたでヒメカちゃん、そんでそんで?」
「チリちゃんもアオキさんのピンチを助けてあげれば良いんですよ。そうすれば二人の仲も急接近! ご馳走でもなんでもご一緒してくれるってスンポーです」
「それは……チリちゃんも考えたんやけど、アオキさんピンチの時も怒られるだけなら別にいいやって人なんでな」
「がくーっ……」
まあ、真っ先に考えつく事だろう。じゃあ何故やらないのかというと、チリとアオキは仕事の管轄が違う。アオキのピンチとはすなわち営業成績か勤務態度が悪くてオモダカに詰められている時だろう。そんなのチリでは救いようがない。
「ピンチなあ……まあ、演出しようと思えば出来ない事もないですが」
「ほう、その心は?」
「だから、俺と同じ事をすれば良いわけじゃないすか。言いたい事分かりますよね?」
「……チリちゃん分かりたくない」
意図が理解できたら当然の話ではあった。ただ、以前と今回で決定的に違う点があり、それは目の前にチリ本人が居る。だから、後はチリが首を縦に振れば計画は実行できるのだ。
「俺はポケモン専門のなんでも屋なので今回は金を取りません。代わりと言っちゃなんですが、そこでの捕獲行動が必要なので許可を貰えれば」
「むむ、む…………!」
チリの眼球が目まぐるしく動く。こんな事の為に、職権濫用を。彼女の脳内では大きなリスクに見合わない小さなリターンが天秤を覆そうと必死に飛び跳ねているに違いない。
しかしこちらだってこんな事の為に自分の危険も承知で一芝居打ってやるのだ。俺は別に提案が断られたって一向に構わないのである。
「あのー、ところでサインくれるんでしたよね? 今お願いしちゃっても良いですか?」
ヒメカが悪魔的タイミングで再びプレミアボールと油性ペンを取り出した。これにサインをする事が何を意味するか。実は何も意味しないのだが、物事には流れというものがあるのだった。
「ぐ、くぁああああ‼」
チリは敵を目の前にした鬼さながらの表情でヒメカからペンをひったくった。
『ロトロトロトロトロト…………』
「はい、アオキです」
『アオキさん⁉ 緊急事態につき、すぐ大穴に向かってほしいんやけど!』
「……はあ、今日はノー残業デーなのですが」
『代わりに明日をそうしてええから! チリちゃんも後から追いかけるんで頼んます!』
「仕方ないですね。また不法侵入か何かですか?」
『せや! どうやらあそこのポケモンを乱獲しようと狙ってるらしい……』
『ラケット団とか名乗る怪しい男女ペアがな!』
「……どうして名前まで分かるんですか?」
『ええから行って!』
ところでDLC番外編酷かったキビね