おじさん、ポケモンの事なら何でもするんですよね? 作:石転法師
『好きな食べ物? えーと、りんごかなあ』
『あ、私も! ここのリンゴって蜜たっぷりで美味しいんだよ』
ガチグマ同士やはり対抗心が強いのだろうか、戦闘前に両者とも甲高い声で吠えている。やる気は十分のようだ。
「ジュウゴ、れいとうパンチだ!」
『あ、ごめん。ご主人がそう言うから殴るね』
ガチグマが振りかぶった右腕に冷気が宿る。火炎玉によって体が温まりきる前の、まずは軽いジャブ。ジャブでも氷技である以上、アカツキには効果抜群で入るはず。
『ううん、気にしないで。こうやって体をぶつけ合って理解できる事もあるもの』
ボディにパンチが入ったアカツキだが、まだ元気いっぱいに唸り声を上げる。お返しと言わんばかりに飛び跳ね、その巨体をそのままこちらにぶつけてきた。
『おもいっ!』
『もう! 私だって女の子なんだから、ちょっとは言葉を選んでよね!』
アカツキにもダメージは入っているはずだが、こっちもかなり痛手を負ったように見える。野生にしては相当にレベルも技も極まっているようだ。
「今のは、えーと……のしかかりですか!」
「違う、ボディプレスだ。防御力をダメージにする格闘技!」
それをわざわざ使ってくるって事は、アカツキは原種よりも防御が高いのかもしれない。
ポケモンのステータスは基本的に、攻撃が高いなら防御、特攻が高いなら特防もセットで高い傾向がある。何が言いたいかというと、防御の高い特殊アタッカーは珍しく、厄介という事だ。
「だが、タフネスじゃこっちも負けてねえよな。ぶちかませ!」
『おかえしだよ!』
ガチグマが両腕を広げて突撃する!
それに対し、なんとアカツキも同じ攻撃態勢を取った。どちらもぶちかましの技を選択したのだ。
『ジュウゴ君って、結構情熱的なんだね……』
『え? ご主人がそうしろって言ったから』
『その名前って、十五夜から取ったの? 良い名前だね』
『でしょ。ぼくもお気に入り』
ガチグマ同士が相撲のような取っ組み合いの姿勢に。体格ならば横綱以上、まさにモンスター頂上決戦だ。
『……っていうか、アカツキさん、さっきまですっごく怒ってたよね?』
『さっきはさっきでしょ。私は今、ジュウゴ君と話してるんだよ』
『ご主人はアカツキさんのこと、捕まえる気マンマンだよ?』
『他の人の話はしないでよ。私を抱き締めてるんだから私に集中して!』
ずっと低い唸り声を上げたまま両者一歩も引かず、足元の地面が陥没しだす。誇りに懸けて今の体制を崩すつもりは無いのだろう。
「ジュウゴ、からげんき!」
ならば命じるは根性ガチグマの最強技!
状態異常で倍加し、その威力はアカツキのブラッドムーンに匹敵する。さらに特性効果で破壊力は伝説級のポケモンすら上回る!
『う、うおー!』
一旦アカツキを突き飛ばしたガチグマが、今までの取っ組み合いでくすぶっていたパワーを開放する。
火傷で受けたダメージと引き換えに、そのダメージはアカツキを鎮めるに十分な──。
ぽこん!
と思いきや、テディベアかよ、と言いたくなりそうな気の抜ける音がした。
『……ジュウゴくん、手加減したの? もしかして私を傷付けたくなかった……ってこと?』
『あ、あれー? やっぱりなんか、いつもとあんまり変わんない』
「……あ」
「ちょっと、聞こえましたよおじさん。『あ』って何ですか『あ』って!」
からげんきの威力がショボいって事は、ガチグマは火傷になっていない。火傷にするつもりで火炎玉を渡したが、火傷になっていないという事は火炎玉を渡してないという事だ。
あまりの凡ミスについ回りくどい言い方になってしまったが、ともかくアプリからガチグマのステータスを開き、持ち物を確認する。結果は案の定だった。
「赤い糸だ、これ!」
球状にぐるぐる巻きの、糸の塊。同じ赤玉なので間違えた。
今やポケモン廃人には必須アイテムなのであえてその効果は説明しないが、本来の用途はメロメロ効果を相手にもお返しするというあまりにも限定的な物だ。つまり、何も持たせていないのと変わらない。
「持ち物ミス⁉ もー、おじさんのうっかりや!」
「いや、火傷になっていないという事はダメージを受けていないという事で……」
「与え損なったダメージの方がおっきいでしょ!」
ヒメカにまともな事を言われてしまって、俺はもう目の前が真っ暗になりそうだ。
『ふーん……何かよく分からないけど、やっぱり本気じゃなかったんだ』
『ごめん。体が温かくなったからヤケドしたと思ったんだけど、違ったみたい』
『……ジュウゴ君も? 私もね、君を見て温かい気持ちになったんだ。これって、そういう事なのかな』
『アカツキさん……』
『ジュウゴ君……』
「……あれ? 何かアカツキがめっちゃ大人しくなってません?」
「確かに。もしや、普通にダメージが溜まってたか?」
こごえるかぜ、くさむすび、れいとうパンチ、ぶちかまし、からげんき。これがアカツキに今まで食らわせた技だ。
アカツキは特別なので何となくまだ倒れないと思い込んでいたが、普通ならとっくに瀕死でもおかしくない。
『ねえ、ジュウゴ君のトレーナーって良い人?』
『うん。落とし物を見つけたらいつも美味しい物をくれるんだ』
『そっか……じゃあ、これからもよろしくね』
『よろしく。よーし、ご主人ボールなげてー!』
ガチグマが俺に向けて、腕を振り回すようなジェスチャーをした。もしや捕獲チャンスだと促しているのか。
「とりあえず、投げとくか!」
あの茶色い巨体に相応しい、ヘビーボール!
ヒットしたボールの光がアカツキを包みこむ。先程までの暴れっぷりが嘘のように、ボールはほとんど揺れる事なく静かになったのであった。
「……しゃあッ!」
アカツキのガチグマ、捕獲!
こんなレアポケモンを俺が捕まえられるなんて、この歳になってもまだまだツキが残っていたようだ。
「やりましたね! ほんと怖かったぁ~……」
ヒメカがぺたんとシートに座り込んだ。気が緩めば一気に疲れを自覚する。俺もここまでの全力疾走と気疲れが合わさってどっさりと腰を下ろした。
「ジュウゴ、よく頑張ったぞ。変なもん渡してごめんな」
『きっと運命だった。気にしないで』
ガチグマはぐおんと小声で鳴いて顔を擦り付けた。どうやら許してくれるらしい。後でここの名産の蜜入りリンゴでも買ってやるとしよう。
「もう夕暮れだな。ちょっとしたらすぐ里に戻るぞ」
「真っ暗になる前に終わって良かったねー。暗闇でアカツキに襲われたら完全にホラーだったもん」
全くだ。その時は俺も逃走失敗でスプラッターな展開になったかもしれない。今にして思えばもっと上手いやり方もあったと思うが、未知への興奮の前では小賢しい策など全部吹っ飛んでしまうのだ。
『ロトロトロト……マスター、ちょっとよろしいデスか?』
そこに飛び出てくるのはスマホのロトム。クライアントからの進捗確認か、もしやこのタイミングで新しい依頼か。いや、この飛び出方は何となくそれ以外の気がする。
『ヤボなのであんまり言わない主義デスが……今、マスターのジュウゴさん以外のポケモンが全員、ズッコケていマス』
「……ズッコケ? どういう意味だ?」
『この気持ちはマスターも共有してと皆が言いマスので……アカツキとジュウゴさんがずっと何を叫んでいたか、聞いてもらえマスか?』
ロトムは住み着いているスマホの機能で人の言葉を喋れるが、ポケモンなので当然そっちの言う事も理解できる。だからって、俺が話しているのはロトムではなくそのポケモンなのだから一々通訳を頼んだりはしない。
つまりロトムが自分から通訳を申し出てくるのはよっぽど重要な件のはずなのである。なのに、ズッコケと来た。
「それ、アカツキもこの中に居るんだが聞いて良いヤツか?」
『良いデス。もう手遅れデスから』
「なになに? おじさんの悪口とか?」
『違いマス。イエ、それもちょっとありマスが……それでは聞いてくだサイ』
ロトムは語るのだった。
アカツキがずっと叫んでいた相手の正体。
ガチグマとのボーイミーツガール。
そして3歳で、俺をロリコン呼ばわりしていた事などを――。
次回で終わる予定です