おじさん、ポケモンの事なら何でもするんですよね? 作:石転法師
あれはまるでテーマパークに来たような気分だったと、当時の騒ぎを見ていた清掃員のシロー氏(46歳)は語る。
『エェ、最近のヒーロー番組は予算が無くて全然爆発シーンが無いって言うじゃない。それに比べて一発一発攻撃するたんびにボカンボカンですよ。もう大乱闘兄弟って感じですわ。おまけに町もオーロラでキラキラしてて、ありゃあまさに夢の国だったね。まあ、マルマインにしてみりゃ悪夢かもしれませんがね……』
戦況は、上空から見る限り極めて順調だった。
特に安定していたのは選抜メンバーの中で最も小粒なヤバソチャ方面。何しろゴーストタイプゆえに自爆が効かないのが強い。おまけに謎のお茶を相手にぶっかけるだけで体力まで回復していくのだからインチキである。
特殊攻撃に強く、自爆の効きも悪いヌメルゴン、バンギラスも問題ない。懸念だったのは電気こそ効かないが自爆をそのまま受けることになるガチグマだ。しかしそこはジム生の援助もあって回復を挟みつつその破壊力を存分に発揮してくれていた。ただ、毛が焦げ付くのは避けられないのでこの後に毛繕いサロンでも連れてってやるか。その代金も含めてアオキには請求だな、と俺は既に仕事後を考えていた。
『グ、ガァア!』
ガチグマ渾身の剛腕が大地を揺らす。これが最後の一体、電気タイプのマルマインにこの地面からの衝撃はどうしようもなく、他の仲間達と同様に湖へと吹っ飛ばされていくのであった。
「一丁上がりっと。スギヤくん、終わりの号令頼む」
『ギャアーーッス!!』
ギャラドスがあわや爆音波にも到達しそうな大音量で地に向かって吠え、その後ぐるぐると宙を旋回する。
四方に散っていた仲間が全員こちらを向く。戻ってこいの合図は全員が理解できたらしく、あー終わった終わったと言わんばかりにのそのそとこちらに歩くのを確認した。
「お疲れさん、二人とも」
俺も地に降り、まずはギャラドスとキュウコンをボールに戻す。特にキュウコンは広範囲への結界を維持し続けて大変だったはずだ。ご褒美はいつも通り油揚げで良いだろうか。
『ご主人様ぁぁぁぁぁぁ……!』
『ご主人、終わったよ~!』
「よく頑張ったな。二人とも偉いぞ」
まず我こそが戦功第一と意気揚々に駆けてきたヌメルゴンとバンギラス両者。えらい事になる前に労いの言葉をかけてボールに戻す。念の為言うが、二人の事は本当に大事に思っているし、あの二人同士も決して険悪な仲ではない。対抗心が強すぎるだけだ。
『丸いもの、見すぎた。おだんご食べたい』
『良いですな。粗茶でしたらワタクシがたっぷり淹れて差し上げますぞ。いや、ジュウゴ殿には甘茶ですかな?』
『うん。甘いの、好き』
「お疲れさん。後で好きな物食わせてやるからな」
続いてガチグマとヤバソチャも連れ立って戻る。重なるとぱっと見でヤバソチャがどこに居るのか見失うほど体格差のある二人だが、とても和やかなムードで鳴き声を上げていて可愛らしい。
「なんでも屋さん、ご協力ありがとうございました!」
ジム生の一人もこちらに走ってきた。他のメンバーもそれぞれ家屋から様子を見ていた町民に声をかけている。しばらくすればあのチャンプルの名に恥じないごちゃごちゃとした喧騒が戻ってくるだろう。
「お疲れ様でした。ジムの皆さんもご協力感謝しますよ」
実際、これが無かったら電気攻撃でギャラドスが撃墜される危険も承知で俺が四方を飛び回るつもりだった。おかげで気疲れしただけで体はまだまだ動かせる。いや、動きたくはないが。
「いやあ、頼もしいポケモン達でした! 僕達はほとんど応援してるだけでしたよ!」
「恐縮です。もしかしたら討ち漏らしがいるかもしれませんが、その時はそちらで対処願います。アオキさんはジムですか?」
「いえ、火急の件で別の所に行くとだけ……」
後はアオキに報告して報酬を貰ってお仕事終了なのだが、そのアオキが居なくては受け取りが出来ない。俺はこういう報告の為だけに待たされる無駄な時間が一番嫌いである。仕方ないのでスマホロトムを取り出し、久々に自分から電話機能をタッチした。
──ロトロトロト、ロトロトロト…………。
ビジネスマンにはコール音が3回以内に取れというクソみたいなマナーが有るのだが、出ない。スマホを忘れる程慌てて飛び出したか、出られる余裕が無いか。そうなると今どうなっているかある程度予想も付くのだが、言われてない事までする気はない。
俺の時間だって有限である。折返しの電話が来るまでは何をしても良いだろうと、まずはポケモンセンターで頑張ったこの子達を回復させる事にした。その後は、銭湯でひとっ風呂とコーヒー牛乳を──。
『ロトロトロト、ロトロトロト!』
と、思った時を狙いすましたように来るものだ。コール音はロトムがセルフで鳴いているだけなのだが、心なしか焦っているようにも聞こえた。
「はい、なんでも屋です。アオキさん? こちらは片付きましたよ」
「……それは良かったです。私はもう少し手が離せないのでしばらく町で待機して貰えると助かるのですが」
「ぶっちゃけ聞きますが、今エリアゼロですか?」
「…………なぜですか?」
数秒の沈黙の後、アオキは俺の予想が正しいと事実上認めた。
なぜそう思ったのか簡潔に言えば、俺以外に空を飛んでいたトレーナーは居なかったからだ。別の町に行くなら空飛ぶタクシーか自分の飛行ポケモンを使うはず。そうなると陸路で行ける近場で、アオキじゃないと行けない場所だ。そもそも、普通は逆だ。俺がジム生に支援されて町を助けるところからおかしい。
「……町で待機してるのと、そちらに向かうの、本当はどっちが助かりますかね?」
「いえ、ここは一般人立ち入り禁止区画ですので……」
「そうですか、じゃあ俺はこっちで自由行動させてもらいますよ。ではまた後ほど」
向こうも相当に切羽詰まっている様子が声から伝わったので早急に電話を切る。まずはマルマインで消耗した体力とPP回復の為、俺は足早にポケモンセンターへと向かった。
──アオキは追い詰められていた。ここまで追い詰められたのは数年前に仕事の大失敗でオモダカに呼び出された時以来である。
チャンプルタウン周辺でのマルマイン大量発生。これだけでも通常業務を中断しなければならないのに、トラブルというのは連鎖するものだ。なんとエリアゼロの隔壁が破られそうなぐらい一部のポケモンが活性化しているという情報まで入ってきて、アオキは戦う前から目の前が真っ暗になっていた。
知られればまた上司からお小言をもらうだろうが、町は日雇いの手練に任せる事にする。パルデアの大穴、通称エリアゼロはテラスタルの大結晶に侵食された危険地帯だ。入れるのはポケモンリーグ関係者から許可を得た一部の人間のみ。四天王であるアオキが行くしかなかった。
一応援護を要請したが、四天王の面々はそれぞれ面接、学校、授業で忙しい。結局アオキ一人で対処しなければならないのだ。
これが普通のポケモンだったなら、アオキ一人でも何とかなっただろう。しかし今回に限ってはトラブルとトラブルが重なり、アオキ特有の深刻な問題が発生していたのだ。
「トロピウス、リーフストーム!」
葉っぱを巻き込んだ大嵐がポケモンを襲う。また一体、しかしこの技は連発に不向きな為、一度出したら引っ込めざるを得ない。次はムクホークでインファイトを叩き込む。そうしたらまた交代だ。
トレーナー同士の礼儀作法なんか知った事ではない野生のポケモン達は、その間にもアオキを無視して大穴を抜け出そうと上へ上へと向かっていく。
これは四天王どころかジムリーダーまで解任の大失態か。そうなったら仕事も少なくなるし楽になれるかもしれない。長期休暇でアローラにバカンスでも行こう、そうしよう。アオキの精神が半ば終わりかけていたそんな折だった。
「地震だ!」
『ギャッス!』
ギャラドスがその巨体を地面に叩き付けて大地を揺らす。重い体で坂道をえっちらおっちら登っていたポケモン達がよろけて下へと転がり落ちていった。
「……ウノさん」
「はいどーも、なんでも屋です。待たされるのは嫌いなんで報酬の催促に参りましたよっと」
まあ結局こうなるのである。報酬が貰えないと困るだけだとかツンデレみたいな言い訳も出来るが、同じ仕事人としてアオキが不憫でならないのだ。
「ここは許可が無いと入れないのですが……」
「メールだけ送っときました。返信はまだ来てません。あのおっかない上司様には一緒に頭下げましょうや」
「……ありがとうございます」
アオキは簡潔に感謝を述べると鞄からキズぐすりと元気のかけらを取り出した。どうやら本当にギリギリ間に合ったようだ。
「……で、あのバンギラスみたいな妙なポケモンは何なんすかね。そもそもポケモンなんですか」
「あれはテツノイバラ、と呼ばれるものらしいです。バンギラスに酷似していますがタイプは岩・電気です」
「あー、そりゃ手こずるわけですわ」
ことごとく彼には同情する。ジムリーダーのアオキはノーマル使いで、四天王の時は飛行使いだ。タイプ相性で完全に不利を取っていたのだから苦労が偲ばれる。
『あんな私の偽物っぽい奴なんかに負けないよ!』
『岩も電気も私の体には効きませぇぇぇん……!』
話が聞こえてやる気にスイッチが入ったか、バンギラスとヌメルゴンが勝手に飛び出してきた。確かにそのテツノイバラとやらに有利な技は二人とも覚えている。それだけなら良いのだが、上に集まっていたのはそれだけでは無かった。
「あっちにはパーモットと、あのハリテヤマみたいな奴は?」
「テツノカイナです。パーモット同様に電気と格闘タイプで、分かりやすく言うとへイラッシャのような耐久力にローブシンの攻撃力です」
「なるほど、ふざけてんな」
攻撃的なタイプに重戦車の理想みたいなステータス。見た目以上に冗談みたいなポケモンのようだ。
『あっ、格闘は無理ぃぃぃぃ!』
『私も苦手ですぅぅぅぅ……!』
格闘の一言に反応したか二人とも勝手に戻ってしまった。この二人、格闘と地面が弱点で被っていて変な所で息がぴったり合うのだ。その時は大体ギャラドスかヤバソチャに泣きついている。ついでにこれまたアオキにはタイプ相性で厳しい相手だ。本当の本当に同情する。
「妙に電気タイプばっかりですね……いや、待てよ?」
俺が思い出したのは、さっき思い付いてボツにした計画だ。静電気の特性で電気タイプを集め、まとめてぶっ飛ばす。ところでマルマインの特性は通常何だっただろうか。答えは『ぼうおん』と『せいでんき』だ。そう、静電気なのである。
「あのマルマインの大量発生でこっちの電気ポケモンが上に誘われた……って事?」
「なるほど、可能性はありますね……という事なら、マルマインは片付いたのですよね?」
「間違いなく。そうだったらこいつらの足は止まるはず、ですがまだ解散しないみたいっすね」
「彼らも自由に外へ飛び出したいのでしょうか。気持ちは非常に分かりますが、これを一般に公開したくない気持ちもご理解頂きたいですね」
それはまあ、分かる。こんな奴らが表に出てしまったら生態系の破壊どころの騒ぎではない。しかし俺の手持ちにいる子達だって本来はこの地方に存在しないポケモンなのだ。野生とトレーナーに管理されている個体で話は全然違うが、はっきり言って今更感は拭えない。しかしトレーナーとしてリーグの意向に逆らっても良い事は無し、と。
「ラン、ゲート周辺を固めてくれ。ホウジ、来た奴片っ端からお茶ぶっかけろ」
『コォン!』
『チャオ!』
再び結界の為にキュウコンと、電気・岩・格闘に強いヤバソチャをチョイス。この二人ならば持久戦でも大丈夫だろう。
「終わったら臨時ボーナスくださいよ、アオキさん」
「自分、安月給ですので……お手柔らかにお願いします」
まさかこんな形でジムリーダーと肩を並べるとは。人生とはまだまだ未知で満ちている。
「出張先で手に入れてから日は浅いですが……任せてみますか」
アオキが繰り出したのは飛行・地面タイプのグライオンだ。飛行タイプの中ではこれ以上無い最適の選択だと言えるだろう。
「これが終わったら今日はもう絶対仕事しねえぞ。ホウジ、もうひと頑張りだ!」
『お任せあれ!』
半ドンで済むと思った一日だったが、結局はもう夕暮れだ。終わりが見えれば何となくやる気が戻ってくる。
「シャカシャカ砲、発射用意!」
号令一下。ヤバソチャが体を激しくねじってかき回し、まともに浴びれば大火傷確定の液体をまき散らす!
そんな時だった。
「おぎゃぁあああああ!!」
可愛らしさの欠片もない、赤ちゃんみたいな悲鳴が大穴に響き渡る。
アオキさんの声ではない。言うまでもなく俺でもない。これは間違いなく第三者、女の声だ。
「たっ、たっ、助けてくださぁああああい!!」
どこかと思えばここよりだいぶ深い崖下からこちらに両手を挙げてアピールするのが一人。パルデアでは珍しいミニスカートを穿いた、学生風ファッションの女の子だった。
「……アオキさぁん。あれも俺の知らないポケモンだったりします?」
「どう見ても、一般人ですね。私も何も聞かされてません」
トラブル同士は引かれ合う。
何があって立ち入り禁止の場所にあそこまで行ったのか、突っ込みどころしか無いが事実としてああなってしまったのだ。これも言うまでもなく助ける羽目になるのだろう。だったら状況的にどうすべきかは明白だ。
「ホウジ、戦い方は分かるな? 俺が行くんでアオキさんはあのデカブツ共の処理に専念してください」
『ははっ! あのような者共、ワタクシがぶっかけ祭りですぞ!』
「……すみません。感謝します!」
アオキのグライオンはまだ慣れきっていない様子。なら防衛の指示に専念してもらって俺が救助に向かうのが一番良い。
「スギヤくん、悪いがまたまた頼んだぞ」
『オトコはつらいよ、ってやつッスね……』
何度も申し訳ないが悠長に坂を下っている暇はない。大穴の底の、今まさにアーマーガアに啄まれそうな女の子に向かい、俺はギャラドスと一緒に飛び降りていった。
次回でこの一日は終了予定です。
残業はもうありません。きっと。