おじさん、ポケモンの事なら何でもするんですよね? 作:石転法師
里に帰った頃にはすっかり夜であった。
しかし、ポケモンセンターは24時間営業だから依頼者はまだそこに居るのである。まあ何か知らない内に交代しているのだとは思うが、彼女らが一番のブラック勤務ではなかろうか。
「……はい、これが里を騒がせていたアカツキになります」
「おー、確かにアカツキだ。マジ助かったっすー、ありがとうございましたー」
ヤンキー風味なポケセンの姉ちゃんは、最初と全く変わらず気だるいテンションのまま感謝の言葉を述べた。
「一日中里を歩き回ってお疲れっした。料金っていくらかかっちゃいます?」
ずっとここに立っている彼女も相当お疲れかと思う。ともかく、パルデアからここまでの移動の手間、丸一日かかった勤務時間、そしてガチグマとの戦いによる危険手当。そういうのを諸々込みで、頭の中で電卓を叩いたが、面倒になった。
「アカツキを捕まえられたので……5万円で結構です」
「マジすか、全然安くて良かった。結局30万ぐらい取られると思ってたんでー」
「ん、じゃあやっぱりそんぐらい請求してもいいっすか」
「ダメっす。カンベンしてー」
元々見積もりは出していたのだから払えない事は無いだろう。しかし農園の修理など、キタカミの方も金はいくらでも必要なはず。これは貴重なポケモンを捕獲できて上機嫌な俺からのサービスと思ってくれれば良い。
「この後はどうしますかねー? もう夜だし、ここに泊まってから帰るなら公民館使っても良いっすよー、頼んどくんで」
「それはありがたい。お前もそれで良いか?」
「オッケーです。のんびり縁日も見たかったし」
確かに、最初にりんご飴を食った以外祭り要素は堪能していない。妙なお面を被った子供も見たのでまだ知らないポケモンも居たらしい。
まだ居るなら捕まえに行くところだが、そういうご当地伝説みたいなのは大体一人が片っ端から捕まえてしまうのである。そう、以前ここに居たアカツキを捕らえた子供のように。
「そんじゃまあ、明日はそっちもぶらつくか。飯もヤキソバとかフランクフルトとかあるだろう」
「いいですよねー、お祭り特有のあんま美味しくないのにお高いやつ」
「お前もだいぶ口が悪くなったな」
まったく誰の影響なのだか。いや、きっとナンジャモのせいだろう。そうに違いない。
「じゃあ私は管理人の爺さんに話付けとくんで、後は二人でごゆっくりー」
ヤンキー姉ちゃんはそう言って、またいつものようにスマホに目を落とすのだった。
口調こそアレだが彼女は良い依頼人だった。無茶振りもしないし、何より俺をお兄さんと呼んでいたのだから。
「うーん、こういう雰囲気、まさに田舎の醍醐味ってやつですよね~」
宿泊の準備が出来るまでは暇である。俺達は商店で買っておいた惣菜パンをかじりつつ、バルビートやイルミーゼの光が飛び交う幻想的な光景を広場のベンチから眺めていた。
綺麗だが、どこか恐怖心も煽られる。この大自然に放り出されたら、人間一人では生きていけないだろうと本能で感じるからだろうか。
「……それにしても、驚きましたねえ。アカツキが元カレ?を探してて、なのにジュウゴちゃんとバトル中にいちゃついてたなんて」
「いやまあ、あんなの予想できんて」
あれなら、逃げずに最初からガチグマを対面させていれば終わっていたかも。そんなダーリンダーリン叫んでいたのに一瞬で心変わりするとは、女心と秋の空とはまさしく。
「……なあアカツキ、以前ここに居たアカツキを捕まえたトレーナーも、会おうと思えば会えるんだが、どうだ?」
スマホロトムを取り出し、ボールのままアカツキに問いかける。流石にこの返答はグマグマ答えられても困るので。
『別にいい、だそうデス。どうせアイツは私の事なんてただの同族としか思ってなかった、ジュウゴさんが居るからもう寂しくない、ト』
「そうかい、じゃあ俺はもう何も言わないでおく」
本人の意思を尊重すると同時に、またなんやかんやあってアカツキがそっちに心変わりされたら困るという超個人的な感情からであった。
『それト、私はまだアンタを信頼してるわけじゃないから、そうさせてみろ、だそうデス』
「もちろんだ。毎日一緒に歩き回って飯食う所から始めるさ」
また飯かよ、と思われるかもしれないが、毎日一緒に顔を合わせて飯を食うのが家族というものだ。今の俺はアカツキの『おや』であるのだから、それが役目である。
「……そういやお前、こんな景色なのに撮影とかしないのか。もう配信しても良いんだろ?」
「お、して欲しいですか? そんなにヒメカちゃんの生配信が見たかったと」
「いや、別に」
「自分から聞いといて~?」
こいつとナンジャモのせいで俺まで無駄に取れ高とか意識してしまっただけだ。SNSの普及により誰もが発信者側になれる弊害である。
「……まあ、ちょっと間を置こうかなと。おじさんと二人でなんでも屋やってま~すって発表しちゃったから、男の子の視聴者が今だいぶショックを受けてるみたいで」
「やっぱり、そうなるか」
そりゃこいつのフォロワーなんて9割以上男だろう。女一人でやってた所にいきなりそんな情報がぶち込まれたら荒れる事ぐらい俺でも分かる。動画を出すたびに炎上しなきゃ気が済まないのだろうか。
「……と言いつつ、実は俺の方もな。怪獣マニア界隈では裏切り者扱いされてる」
「そんな界隈あるんだ……」
「元々俺は怪獣じゃないポケモンも結構使うから鼻つまみ者でな、そこにお前とナンジャモに挟まれて動画に出たもんだから、妬みで俺のアンチスレが凄い勢いで」
「……っぷぷ」
「笑うなバカ野郎」
まあ嫌われたところで、マニア同士なんてレア物の奪い合いで仲が悪いのが常だ。そもそも怪獣コスプレするような奴らと俺では最初から分野が違うのである。馴れ合ってメリットなどあるものか。
「ま、いくら騒がれたって私は好きで助手やってますから、諦めて受け入れてもらうしかないよね」
「まあな。どうせ全員から好かれるなんて無理なんだよ。俺みたいなのじゃ余計にな」
でも俺達はナンジャモやアオキやチリと飯食った事あるし?でそこらの雑魚は完封できる。それでも煩いのが直接絡んできたら、黙らせれば良いのだ。実力行使で。
「……ここからちょっと、変な話をしてもいいか?」
他に人の気配が無いと見て、切り出す。虫の光をぼんやりと目で追っていたヒメカもこちらに振り向いた。
「何ですか? またセレクトビーがどうたらみたいな?」
「違うわ」
それならもっとどうでもいい空気で言う。本当にこいつときたら。
「俺が……パルデアに住みだしてからもうじき3年だ。その前はガラルに居た」
「うん、おじさんがいろんな場所に居たのは知ってるよ」
「ポケモン新発見の情報が出るたびに、俺はそっちに移り住む暮らしをしてきたわけだが……」
「……それで、それで?」
ここまで言えば俺が何を伝えたいかぐらい分かるだろうに、ヒメカはすっとぼけた顔で俺の次の言葉を待っている。
「今すぐじゃないが……パルデアから離れる日が来るだろう。そうなったらお前はどうするんだ?」
ヒメカは俺の目をじっとみつめながら、しばらく無言でいた。10秒にも満たない間なのに、俺には何十分も待たされたように感じた。
「……どうするんだ?じゃないよね。どう答えてほしいかは、おじさんの中にもあるんじゃないですか?」
「いや、俺はお前の意思を尊重しようと」
「こんな時だけ? いつもは私にあれしろこれしろ、でもそれはするなーって言うよね?」
それは仕事だから、と言い訳は思い付く。しかし、今必要な言葉はそれじゃない。
「ふふ。おじさん、体がガチガチになってる。私ってアカツキより怖いですか? 大丈夫だから、ちゃんと言って」
ヒメカが俺の肩をぽんぽんと叩く。こいつの言う通りだった。ポケモンにはビビるどころかはしゃいでいた俺が、自分より小さな女の答えに怯えている。
だけれども、ヒメカの手が置かれた部分から、ゆっくりと全身のこわばりが取れていくような感じがした。
俺は意を決して口を開けた。
「……付いてきてほしい、次の場所に行く時も。もうお前が横に居ないと物足りないんだ」
「はい、よく言えました」
俺を子供とでも思ってるかのように褒めたヒメカは、こちらの希望に答える前に、体をすっと寄せた。
俺の左腕に、彼女の右腕がぴたりと重なる。
「……嬉しいです。すっごく嬉しい。もちろん、一緒に行くよ」
「ああ、ありがとうな」
そんな時に気付いた。触れているヒメカの身体も、小刻みに震えていた事に。
「……なんだよ、ガチガチなのはお前も一緒じゃねえか」
「え、あ、違いますよ? 私はガチガチになってたおじさんが面白かっただけで」
「へっ、強がったってな、お前が元々ド級の陰キャだったのは察しが付いてんだよ」
「ド、どどどどど……」
ヒメカは口で土木工事を始めた。
学生時代を妙にはぐらかしていた事や、オカルトマニアに扮したナンジャモを見てフリーズした事など、それにあのヤンキー姉ちゃんと話していた時も、ヒメカは後ろに引っ込んで俺としか会話しようとしなかった。推測の材料はそんなところである。
「ま、そこはどうだって良いんだよ。お前は助手を続けてくれるんだろ?」
「は、はい。それはもう、どこへでも」
ならば何も問題は無い。俺だって昔はもっと捻くれたクソガキだった。だけどほんの少しのきっかけで人は変われるのだ。
「……ウノさん?」
唐突に、さんざんおじさんおじさんと言っていたヒメカが俺を名前で呼んだ。
「今更だけど、ウノって名字ですよね? そういえば私も下の名前は知らなかったなあと」
「そりゃまあ、聞かれてないしな」
「教えてください。良いよね?」
何かが吹っ切れたのか、ぐいぐいと身体をこちらに押し付けてくる。
「……えー、言ったらお前、絶対からかってきそうだからなあ」
「えーって、私を何だと思ってるんですか。世界一信頼してる相棒のヒメカちゃんですよ?」
「そこまでは言ってないが」
最も信頼しているのはポケットの中にいるモンスター達で、そこを曲げる気はない。しかし何だかんだヒメカの事も信頼してしまったのだからその証にはちょうど良いかと、俺は自分の名前を――。
「なんでも屋のお兄さーん、そこっすかー」
俺達の身体はコイキングのように飛び跳ねた。
「……もしかしなくても、自分おジャマしちゃいましたか」
ひょっこり出てきたのはポケセンのヤンキー姉ちゃんであった。わざわざ業務を置いて呼びに来てくれたらしい。
「いいえ全く。普段通りくだらない話をしていただけですから」
「そうです。くだらなすぎて寄りかかって寝ちゃうぐらいくだらない話でした」
「そっすか。宿泊用の部屋が整ったらしいんで、話も寝るのもそっちの方がいいっすよ。ここって外でも結構人の声がよく聞こえるんで」
俺とヒメカは無言のまま、全く同じタイミングで首を縦に振るのだった。
いろいろと、話しそびれた事はある。
だけどヒメカは付いてきてくれると約束したのだから、改めて話す時間はいくらでもあるだろう。
それに捕まえたばかりのアカツキや、その前に捕まえた子らも育てたりとやる事は大量だ。
焦らなくても、普段は暇で暇でしょうがない。これからも面倒事は降りかかってくるだろうが、一つ一つ適当に。
なんでも屋なんて、俺達なんて、きっとそんなもので良いのだろう。
おじさんとヒメカちゃんの大人のポケモンバトル(意味深)は要望があれば書きま