おじさん、ポケモンの事なら何でもするんですよね? 作:石転法師
「エスパーポケモンの催眠術による誘拐っすか……そこまで分かっていたら、普通に治安部隊とかの担当では?」
実行犯が野生のポケモンだったら駆除対象。命令だったらトレーナーは塀の中で間違いない。なのにオモダカは俺に頼むと言った。
「そうである可能性が高い、です。数時間ですが居なくなった方々に共通しているのは……その時の記憶がぼんやりしている事でして」
「記憶が消されたか無意識か……なるほどなるほど」
「なるほどなんですか?」
ヒメカも生まれていたかギリギリの昔だが、そういう事件があったのだ。俺に頼む以上はポケモン絡みで。
「とあるエスパーポケモンが女子供を催眠術で連れ去った記録があってな」
「催眠術……かあ……」
ヒメカが露骨に表情を暗くする。催眠というワード自体、最近アレがアレのせいでおかしなイメージが付きまくっているし、不快感も仕方ないか。
「うち、その事件ネットで読んだかも。スリーパーでしたっけ」
「……まあ、そうだ。よく知っていたね」
あんまり色眼鏡で見るのも良くないので名前は伏せたが、知っていたならしょうがない。ボタンの言う通りスリーパーで、振り子を持ち歩くほど催眠術に定評があるエスパーポケモンだ。
「じゃあじゃあ、犯人はスリーパーを持っているトレーナーの可能性が、あっ……?」
ネモも興奮した面持ちで喋り出したものの、どうやら気付いてしまったらしい。バトル狂ながら流石は生徒会長、だろうか。
オモダカがらしくもない格好で、何だかはっきりしない依頼をわざわざ俺の所に持って来た理由。それはすなわち──。
「……エスパー使いのジムリーダー、居ましたよねえ」
俺の言葉を受けて、オモダカはゆっくりと頷いた。
「おまけにですが、教員にも高レベルのスリーパーを所持している者がおりまして」
「あっ……あの、名前は覚えてないけど保健の先生」
「ミモザ先生だよ。だけど……」
「はい、ストップだ」
掌を前に突き出して、ボタンとネモを制する。
「その先生は知らんけど、だから俺もスリーパーって名前は出さなかったんだよ。この御姉さんも身内を疑いたくはないはずなんだ」
ポケモンリーグ委員長にしてアカデミー理事長。オモダカはジムリーダーと教員どっちも関係者になってしまうのだ。
「はしゃいじゃってごめんなさい……」
「良いのですよ、あくまで可能性の話ですから。犯人は普通に野生のエスパーポケモンかもしれませんし」
「あの、一ついいですか?」
若干蚊帳の外気味だったヒメカが手を挙げた。ガールズトークで後れを取りたくないのだろうか。
「そもそも、エスパーポケモンの犯行なんですか? 例えば私が持ってるフワライドだって使えますよ、催眠術」
「その通りだな。つまりお前が犯人か……」
「そんなわけないでしょ。おじさんだってエルレイド持ってるから犯人候補ですよ」
「お前だけで腹いっぱいで他の女引っかける気なんか起きねえよ。んで、エスパーポケモンと断定した理由は?」
オモダカは俺とヒメカのやり取りを眺めてくすくすと笑っていたが、一転して真顔で答える。
「正直に言えば、確証はありません。ですが女性を引き寄せやすい方と考えた時に……」
女を集めて女だけの王国でも作るイメージなのだろうか。ひと月で滅びそうだが。
「リップさん、女の子の憧れがドレスを着て歩いてるようなもんですからねー。そのミモザ先生も、女の子人気が高かったり?」
「いや、あの保険の先生は男子にめっちゃ人気のタイプですけど……体育の女の先生と湿度が高い」
「湿度、ねえ……」
あまり先生と仲が良さそうに見えないボタンが言うのだから、相当湿っぽい仲なのだろう。
そういえば、ベイクタウンにはいかにも熱血体育教師っぽいジャージの姉ちゃんが居た気がする。もしかしたらもしかして、なのだろうか。
「……待て待て。ぶっちゃけトレーナーなら誰でも容疑者になるんだよ。それより被害者の方を教えてもらえますかね」
「うーん……被害という被害がないのですよ。居なかった間、誰かと話していたような、お茶を飲んでいたような、とにかく曖昧な答えが返ってくるようでして」
関わっていた時の記憶が無くなるような生き物、という事だろうか。そうなるともはやポケモンではなく、漫画やアニメに出てくる妖怪とかそっちの類に近くなってくる。
しかし、あえて誰も言及しなかったが、若い女が数時間朦朧としていたら当然憂慮する事項があるわけで。
「あー、今から女子が聞いたら嫌な気分になりそうな事を確認するから、もしアレなら君達は退席しといてくれ」
俺はオモダカの両隣に居るネモとボタンに対してそう呼びかけた。
「なんでも屋さんの言いたい事は分かりますよ。適当に聞き流しておくので心配しないでください」
「はい、そこまで子供じゃないのでお気になさらず」
ネモはともかく、体積が俺の半分程度のボタンが子供じゃなければ何だという話だが、あんまり気を遣うと逆にキモがられるだろうか。ついでに、もう一人の顔色も一応確認しておく。
「いやいや、私は大丈夫ですよ。大人の女ですから」
ヒメカはふんぞり返って胸を張った。確かに膨らみは立派な大人なのだが、今のところこいつの大人らしい部分は見た記憶が無い。
「……そんじゃ聞きますけど、衣服が乱れていたとか、股が痛いとか、何か白いもんが付いていたりとかは?」
「あら、ウノさんは私の事は心配してくれないのですか?」
「あのね、勘弁してくださいよ……」
ここまで来て、オモダカにそういう知識がないから卑猥な方面を疑わなかったとしたら、俺はいったいどうすればいいとなる。今からそのミモザ先生とやらを呼んで性教育か。
「お答えしますと、そのような事もありません。体の異常は教員も確認したそうですから」
「ああ良かった」
本当に、いろんな意味でだ。
「しかし催眠なんて手を取る犯人なら痕跡を残さないように手を出したって事も……他にも、脱がせて写真を撮っとけば後から脅迫のネタに使えますしね」
「そこは、もちろん憂慮すべきです。だから貴方が適任だと思ってこのような格好でして」
「……でしょうね。調査も悟られないようこっそりやってくれってんでしょう?」
「ええ、お察しの通り」
犯人が画像データを取っておくタイプだったら根本からごっそり行かねばならない。そこまで考えて、オモダカは調査に動いていると思われないよう妙な服で遊びに行った体を取ったのだろう。その必要があったかはさておき。
「報酬につきましては、普段は慎ましやかな額で活動なさっているようですが、真相を突き止めた暁には5万をお約束致します」
「ご、ごまん!?」
ヒメカもぱちくりと瞬きして目を丸くした。普段が3000円なので13倍強である。
「それは、1時間当たりでですか?」
「勿論です。貴方の実績と信頼性を考えたら普段が破格で、本来はそれぐらい請求しても良いと思ってますよ」
真相を突き止めたらなので何も無ければいつもの3000円だが、それにしても買い被られたものだ。
しかしここまで話し込んで受けないというのも申し訳ない。やはりオモダカの思惑通りになってしまうか。
「そうまで言われちゃ……」
「トップ! その話、私もお手伝いしてもいいですか?」
と、ここで立ち上がったのがネモだった。何しろ生徒会長であるから、生徒が被害に遭っていたら黙っていられないという事か。
「ちょ、ちょ……」
ボタンが「お前じゃねえ座ってろ」という顔と身振りでネモに訴えている。当然の意見だ。
「ネモさん、確かに貴方の実力ならばお力になれると思います。ですが……」
「聞いての通り、女生徒なんて一番危険だ。こういうのは大人のお兄さんに任せて君は勉強してなさい」
「必修科目は全部修了しています! 催眠なんて、気持ちで跳ね返して見せる!」
確かに、この子は操られてもバトル熱だけで何か全部持っていけそうな予感はする。しかしそういう問題ではないのだ。
「じゃあ具体的に、君は何を手伝うって言うんだ?」
「えっ、と……それは今から考えるところですが!」
「なら尚更ダメだ。やる気だけはある人間が今回は一番向いていない。さっきも言ったが、犯人に気取られちゃ困るんだよ」
あくまで、犯人がポケモンに命令する人間ならの話だが。そこが不明な点も含めて、どう転ぶか分からない案件へ無駄に付き合わせたくはない。
(……ねえねえ。ぶっちゃけ、おじさんもまだ無計画ですよね?)
(そうだが、ややこしくなるから黙ってなさい)
(はーい)
ヒメカはお見通しだったようでひそひそと聞いてきたが、俺は何も考えてないが代わりにやる気もないから良いのだ。
「……お嬢さん、何でオモダカ氏が君らを同席させたか分かるかい。盗み聞いて、何も知らないけどたまたま現地に居たから手伝います、なんて手を取らせない為だよ。危険な目に遭ってほしくないんだ」
「うう……」
ネモはがっくりとうなだれた。この程度の説得で聞き入れてくれるのだから、この子はバトル狂なのを除けば本当に聡明で素直らしい。
「さて、ここまで言ったが……」
と前置きし、改めてオモダカの表情を窺いつつ、軽く頭を下げる。
「今回の件は組織規模の可能性もあります。複数相手で私が催眠にかかったら終わりなもんで、保険は欲しいんですよ」
仮にヒメカが催眠にかかって俺を襲ってきたら返り討ちにするだけだが、逆だったらいろいろ終わりなのだ。
「誘拐未遂、ですものね。パルデアでは聞きませんが、かつてのロケット団のような方々がいるやも……」
「そういうわけで、そちらからもアシスタントを派遣願えますか。出来ればバトルが強くて賢くて聞き分けが良いのを」
「なるほど。贅沢な要望ですが、丁度良く叶えられそうな生徒がおりますよ?」
「え? それってもしかして……」
ネモが起き上がり、オモダカと俺を見比べて目をぱちぱちと瞬きさせる。
「守るべき生徒の力をお借りして申し訳ない。報酬は5万と言われましたが、レンタル料を差っ引いて3万で結構です。丁度10倍で分かりやすいでしょう」
「あら、お得ですね。では契約成立という事で、うちからも生徒を助っ人として同行させましょう」
「感謝します。そういうわけなので、不甲斐ないお兄さんの手伝いをお願いするよ」
俺達はその生徒に向けて、にっこりと笑顔を見せた。
「な、ボタン君」
「ええ。よろしくお願いしますね、ボタンさん」
「え?」
「えっ?」
ヒメカもネモも呆気に取られた顔でこちらを見る。
「え、ええぇええええええ~!?」
そして何より、ボタンが信じられない表情とボリュームで悲鳴を上げた。
がんばれ(笑)