おじさん、ポケモンの事なら何でもするんですよね? 作:石転法師
「みなさん、アローラ~! ご無沙汰しておりました、ヒメカちゃんでーす!」
そういえばヒメカの奴、アローラ出身の設定だったなとぼんやり思い出しつつ、俺は離れて高所からの絶景をまったりと眺めていた。
「この懐かしのピクセルアート、どこの町だか分かりますかー? そうです、ベイクタウンです!」
あいつもやらかす前はナンジャモと同じ配信者で、今日はジムチャレンジの取れ高なので久々にスマホへ向けてぶりっこしている。もちろん考えがあっての事だが、それはそれとして楽しそうだ。
「……休業中はジム巡りをしてるって前にお伝えしましたがー、今日はなんと、7つ目のバッジに挑戦しに来たのでーす!」
(すげー!)(つよい)(ヒメカちゃん、たくましくなって……)(あのおっさんと?)
「そうそう、おじさんも一緒ですよー。運搬のお仕事で疲れちゃって、そこでヤバソチャとお茶飲んでまーす」
(うわ居た)(ヤバソチャかわいい)(おじさんもかわいい)(↑正気か?)
何かろくでもないコメントが飛んでいる気もするが、それはともかく今日までに俺がベイクタウンに張り込んで分かった事をまとめておく。
まず、結論から言えばミモザ先生は犯人ではない。
2日前、実際に虚ろな目でふらふらと歩き回る女の子を目撃したのだ。俺はすぐボタンに連絡を取り、ミモザが医務室に、スリーパーもそこに居ると確認。
見張られているのを承知でミモザが裏をかいた、なんてのもあるかもしれないが、そこまで考えだしたらキリが無い。
そもそも、スリーパーなんて俺を含めコレクターならば当然持っているし、それだけで疑うのが言い掛かりなのだ。だから無罪で良いだろう。
そして女の子の方だが、町の中で友達に呼び止められ、そこで催眠が覚めてしまったようだ。
確かに外に出ていくわけでもなし、ちょっと勝手に町をうろつく程度で事件にはならないとは思う。
しかし少ない内はまだいいが、皆が突然ふらふらと消える人間になれば社会は終わりだ。原因を突き止めねばオモダカも納得しないだろう。
現に、噂になって用心しているのか、女の子同士で行動する二人組がそこかしこで見られる。見る者から見れば素晴らしい光景なのかもしれないが。
「……ではでは、受付が終わったらまたライブするのでお楽しみにねー!」
スマホに向けてバイバイしたヒメカが、こちらに駆けて戻ってきた。ヤバソチャが絞ったお茶をぐいっと飲み干し、大きく息を吐く。
「はー、緊張したー。コメント荒れないかドキドキでしたよ」
「その辺の奴らはもう次の粘着先を見付けてるだろうよ。つーか無難にナンジャモでも追っかけてりゃいいんだ」
「……おじさんもジャモちゃんの事めんどくさく評価してるよねー」
「まあ、人気なのは事実だし」
ジャモは置いといて、今回ヒメカが配信した理由を一言で説明するならば、陽動だ。
騒がしくすれば人が集まる。ましてジムリーダーとの戦いなら観客も多い。そこを狙うか、陰でコソコソ動くか、どちらにせよ女の子を意図的に狙う犯人ならチャンスタイムだろう。
そしてライブ配信ならば、堂々とその時の映像記録を残す事が出来るのだ。何も無いのに俺が街中でビデオ撮影していたら不審者扱いだろうし。
「さて、そんじゃあ作戦を開始するか。ほれ、お前にも一匹」
「はーい。ラーちゃんよろしくねー」
『らー♪』
ヒメカに差し出したリュックから、ラルトスがひょっこり顔を出した。
ラルトスの特性の一つはシンクロ。状態異常になった時、相手にもその状態を波及させる特性だ。つまり催眠術にかけられたら相手も眠らせられる。しかし今回の狙いはそこではなかった。
俺がこの為に運んできた台車の積み荷、その一箱一箱の横にオレンの実を置いてやる。
『ラー♪』
『ラー♪』
『ルー♪』
ラルトス達が被っていた段ボールを持ち上げておやつを受け取った。その数およそ20匹、この作戦の為にボックスから大量に引っ張り出してきたのだ。
「この子達、全部きょうだいなんですよねー……」
「ああ。全部俺のサーナイトが母親だ」
ポケモンガチ勢が性格まで厳選するのは当たり前の話。その為には様々な性格のシンクロポケモンがいると楽なので、昔に育て屋でタマゴから孵化させた子らだ。
もっとも、ステータスに影響を与えるミントが容易に手に入る現在では完全に過去の産物となってしまったのだが、久々に役立ってもらう時が来た。
「血縁ならシンクロ率もより高まるだろう。この子らには町の各所の屋上に隠れていてもらう」
要するにこのラルトス達はセンサーだ。催眠術の波長を誰かが感じ取ったら、それを他の全員に伝達する。その伝わり方でおおよその位置を割り出す寸法だ。
「うーん……そんなに上手くいくかなあ」
「だが上空から見張るなんて露骨な事すりゃ逃げられるしな。なるべく町の景観に違和感の無い方法じゃないと」
そのラルトスだって、ベイクタウン周辺には居ないポケモンだから結構ギリギリのラインだ。小さくてテレポート持ちなのでいざって時に逃げやすいと今回は選んだのだが。
「まあいつも通り、行き当た……臨機応変に行くぞ。ダメなら次の手を考えるまで」
「はいはいっと。相棒としてお付き合いしますよ」
「よし、そんじゃあ総員、持ち場に着けー」
『ららー♪』
ラルトス達はテレポートで箱ごと各自の待機場所に飛んで行った。駐輪場の上からレストラン、ジム、ポケモンセンターなど。それぞれの決めておいた位置にすとんと着地し、スニーキングミッションを開始した。
あとは本日の協力者であるネモなのだが、生徒会の仕事で少々遅れての現地入りとの事だ。学生なのだし仕方ない。ちゃんとそれを報告出来て立派と言っておくか。
「そしたらお前のジムチャレンジだな。相性はちゃんと頭に入ってるか?」
「エスパーには虫、ゴースト、悪でしょ? ふっ、時は来ました。ネモちゃんと鍛えたこの子をお披露目する時が!」
ヒメカがボールからそれを呼び出した。以前スパイス探しの時に捕獲したドラメシヤ、その最終進化形態を。
ポケモンの中でもかなりレベルを上げないと進化しない一体で、ネモのスパルタ特訓っぷりを感じる。
「……ドラパルトか。はっきり言うが、それを従えているお前はもうチャンピオンランクに匹敵する強さだぞ。リップにも余裕で勝てるだろうな」
「ふっ、自分の才能が怖いですね……なんて、言ってみたり」
「勝てたらの話だがな。だからさっさとバッジ8個集めてきな。その時は俺のポケモン達とも一緒に盛大に祝ってやるよ」
「はい……がんばります! 本当にがんばるね!」
何だかんだ、最初はヒメカを睨んでいた俺の手持ちともすっかり打ち解けている。まだちょっと拗ねているのはメンバー中で最大のツンデレなバンギラスのギーラくらいだろうか。それでもこいつの頑張りは認めているのか、吠え掛かるような真似はもうしない。
「ここのジムテストって、何か意味不明の美容体操だったか? パス出来て本当に良かったと思うわ」
「おじさんはおじさんだもんねー。私は若いのでささっとクリアしちゃいまーす」
「あーあーさっさとクリアしちまえ。俺はその辺探りながら適当にそっちも見とくからよ」
リップも容疑者の一人なので、ジムバトル中に関係無い場所で誰かがふらつきだしたら無罪でいいだろう。
ただ、ここ数日この町をうろついて薄々感じてはいたが、リップもおそらくシロだ。自分磨きに余念のない自立した女性が、他人に催眠をかけてどうこうなんて考えるだろうか。だからオモダカだって疑いたくはなかったのだし。
では犯人はどういう人物なのかと考えてみると──。
──ロトロトロトー!
と、思索を始めたところで、それを強制終了させる大音量のスマホロトム通知が入ってきた。これは俺ではなく、ヒメカの物だ。
「……あ、ジャモちゃんからだ。水臭いじゃーん、応援しに行くー!って。今こっちにマルマインより速く来てるそうです」
「げっ」
こんな時にまた面倒なのがやって来る。チャレンジの裏でこそこそ探偵の真似事をしているなんて知られたら、流石に仕事の邪魔はしないと思いたいが面倒臭い。
いや、むしろアイツはとことん目立つから囮として活用すべきだろうか。リアクション芸人だから催眠にもクソ弱そうだし。
「あのね、何だかんだ言ってジャモちゃんとも友達なんだから、そう嫌な顔するのやめましょ? ケンカするほど仲が良いにしか見えないんですよ」
「あー、ネモもそろそろ来る頃だろうから迎えに行ってくる。お前もさっさとジムに行ってこい」
「はあ……」
今更ナンジャモと笑顔で会話なんて奴だって気味悪がるに違いない。ポケモン同様、人にだって相性はあるのだ。この話は早々に切り上げ、俺は西側の街道へと様子を見に行く事にした。
俺は駐輪場に居るからとのメールに、ネモは「今テッカニンよりも速くぶっ飛んでます、あと5分で!!」と文面なのに大声が聞こえる返信を送ってきた。
そういえば最近、いやガラルを出て以来ツチニン系を見た覚えが無い。ツチニンから派生するヌケニンといえば、弱点以外の攻撃を無効化する反則的なポケモンとして有名だ。いろんな意味で危険だから特定外来生物指定でもされたのだろうか。
パルデアに持ち込まれてテラスタルしたヌケニンの厄介っぷりを妄想している内に、びゅおん!と俺までぶっ飛びそうな神風が巻き起こった。
この残像しか捉えられない飛行スピードは、カイリューだ。俺も持っているがネモも当然のように鍛え上げていたらしい。
「お待たせしましたー! ヒメカさんはもう戦(や)っちゃってますか!?」
「お疲れ。今はテスト中だがそろそろ始まるだろうね」
特訓に付き合った(巻き込んだ)ヒメカが気になるのは実にネモだが、今日の目的は催眠犯探しである。そこだけは忘れないでほしいが、却ってカモフラージュにはなるだろうか。
「応援には行っても構わんけどまずはこのラルトスだ。作戦はメールに書いたが大丈夫かい」
「モチのロンです! ラルトスが反応した方向に……!」
俺は全身に鳥肌が立つのを感じた。
(……すみません、犯人が居るって事ですよね?)
(そうそう)
思わずネモをぶん殴ってでも口を塞ぐところだったが気付いてくれて良かった。俺が普通に暴行容疑で現行犯逮捕されるところである。
「えっと、あのドラパルト、見ましたか? あそこまで強くするの頑張ったんですよ!」
「少々やりすぎ感はあるがね。あんまレベルだけで勝つと戦略的頭脳の方が心配だ」
「へへ……テヘペロですね。とにかくラルトスをお預かりします!」
ネモにもラルトス入りバッグを手渡す。それを肩に掛けたネモは手足をぷらぷらと振って柔軟をし──。
「じゃあ、早速スタートしましょうか」
低めの声で始まりを宣言する。
「そうだね、俺はどこにもすぐ行けるように町の真ん中辺りに居るから……」
「ふふ、違いますよ……」
俺は思わず身構えて振り返った。
ゾワゾワと体を走る悪寒、それが正しいと一目で確信する。
「私、もう我慢できないんです……!」
ネモは、目の色が変わっていた。まさかのまさか、既に催眠にかかっているだなんて。だとしたらいつ、いったいどこで。
思考がぐるぐると巡りだすが、そんな事より俺の危険センサーは眼の前の女の子に対してビンビンに反応していた。
「しましょう、バトル……!」
「あーあー、君は本当に安定感があるな!」
そして様子がおかしくなってもネモはネモ。
催眠犯探しの前に、俺はヒメカのジムチャレンジよりも熾烈であろう戦いを制する事になるのだった。
The・ネモ