おじさん、ポケモンの事なら何でもするんですよね?   作:石転法師

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ネモがいつものようにバトルを仕掛けてきたのだった。


催眠なんて効くわけないわ(5)

「待て、君はいったい何のためにベイクタウンまで来た? さっきまで何を話していたか思い出してみろ」

 

 ボールを構えたネモに対し、俺は問いかける。目が合ったところで双方の合意が無ければポケモンバトルは始まらない。昔みたいな野蛮な時代とは違うのだ。

「催眠術の犯人を、見つけるですよね……? でも今はどうでもいいじゃないですか……!」

 記憶は継続している。意識が奪われたわけではない。

 ならば、思考を誘導するタイプの洗脳にかかっているのか。

「私、さっきからなんでも屋さんを見ると体がうずいちゃって堪らないんです……! この疼きを止める方法、大人なら知ってますよね……!」

「はいはいポケモンバトルだってんだろ!」

 これがネモじゃなければこのシリーズも即刻R18タグが付いているところだが、しかし相手はネモだった。

 今は話を聞くにもとりあえずバトルで語るしかなさそうだ。

 

「ゴウカザル、行って……!」

『申し訳ないっす、うちのご主人が……』

 ネモのゴウカザルが気まずそうな顔で飛び出してきた。彼も言う事を聞かないわけにもいかないし大変なのだろう。

 

「しょうがねえな……ルカ、頼む」

『本当にしょうがないにゃあ……』

 選んだのはマニューラ。俺は重量級のポケモンが好きなのであまり起用する機会が無かったが、今回は身軽に動けるのが大事と判断して連れてきたポケモンだ。

 

「反射でも狙ってますか……? ゴウカザル、ねこだまし……!」

 どうも催眠にかかってもネモの思考はキレッキレらしい。

 相手は炎・格闘タイプで、こっちは悪・氷タイプ。相性が絶望的に不利なポケモンを俺がただ出すわけが無いと、いわゆるタスキカウンターに対する警戒を取ってきた。

『なんの!』

 しかし合掌の一撃は守って凌ぐ。実際はこの子にカウンターは無く、様子見の選択でしかない。だがねこだましが来たならマッハパンチは無いと見て、今度はゴウカザルよりも素早いマニューラの番だ。

 

「まもるなら……インファイト!」

 ネモの声に反応したゴウカザルはダッシュでこちらに詰め寄る。格闘タイプの中でもトップクラスの威力を誇る技、受ければマニューラなんて一発どころか二匹、三匹ぐらいまとめてぶっ飛ばされるだろう。

「今だ、投げつけろ!」

『そぉいっ!』

 迫られたマニューラが、振りかぶって一投!

 その鋭い先端に怯えたゴウカザルはビクッと身悶えて動きを止める。

「するどいキバ……?」

 ネモの言う通り、グライガーを進化させるためのアイテムだ。そしてバトル中では投げつければ相手を怯ませられる。

 

「だけど、このターンはパスできてもゴウカザルには勝てませんよ……!」

「はん、これが普通のバトルならポケモンで勝ちに行くけどな!」

 こちらも覚えるねこだましを使わず、わざわざ投げつけるで怯みを狙った理由、それは位置関係が重要だからに他ならない。

 インファイトを挑んできた今、ゴウカザルはマニューラの目と鼻の先。ならば、こちらの方が先に辿り着ける。

 将を射んと欲せばまず馬を射よ、という言葉がある。つまり俺が狙ったのは将であるネモの方だった。

 

「狙うはあのバッグだ。どろぼう!」

『にゅわっ!』

 マニューラが地を蹴ってネモに迫る。

「わたたっ……!?」

 ネモも慌ててボールを掴むが、しかしそれまで。バトル欲こそ凄いが身体能力は平均的な女子だった。

 その俊敏な動きに対処できるほどのフィジカルはなく、俺が手渡したバッグはあっさりと掴み取られてしまう。そして──。

 

「……反則です、反則ー! トレーナーを狙ったなんでも屋さんの反則負け! 仕切り直しましょう!」

 ネモの顔や口調はけろっとバッグを渡す前に戻っていた。

 

「却下だ。ここに来た目的を無視するようなら現場責任者権限でクビにするぞ?」

「うー……まあ今回はおかしくなった私が全面的に悪いですから、5勝4敗のままにしておいてあげますけど」

「そう、それだ。やっぱりこのラルトス入りバッグを持ってから催眠に?」

「ですです。催眠かは分からないですけど、心がぽわーんとして我慢ができなくなりました」

 やはり、か。ここまでカイリューで飛んでいたネモに催眠をするなんて不可能。俺が渡したバッグが原因としか考えられない。

 しかしそうだとすると明らかにおかしい事が一つ。

「ルカ、バッグを俺に」

『にゅ……』

 特におかしくなった様子の無いマニューラが、そのバッグを恐る恐る俺に返す。そして予想通り、俺にも何かしら影響が出ているように感じないのだ。

 

「ラルトス、今は催眠術の波長を感じるか?」

『らあ?』

 ラルトスも首を傾げているから何も感じていないようだ。

 確認しておくが、この子の性別はメス。そしてマニューラもメスだ。俺は当然だが性自認も含めて男である。

 となると、残るはだが。

「ネモ君、ちょっと手を後ろで組んで、このバッグに近づいてくれ。ゆっくりだぞ」

「は、はい。そーっと、そーっと……」

 ネモが俺の指示通り、いきなり手が出ないように慎重に接近する。そしてバッグが顔の前まで近づいたところネモの瞳が──。

 

「バトル……」

「はいダメ!」

 大急ぎでバッグを遠ざける。そしてネモの蕩けた顔も、バトルの事ばかり考えていそうないつものハツラツとした表情に戻る。

「やっぱり、このバッグが近いと頭の中がひっくり返った感じがします!」

 ひっくり返ってもバトルなら変わっていないだろと思うが、我慢が出来なくなる、といった所か。

「ラルトスのシンクロを通じて遠くから催眠に……? だけど、ポケモンのメスには効果が無くて、人間の女にだけ効く催眠術が……?」

 ポケモンの催眠術にそこまで指向性があるケースは聞いた事がない。しかし実際に女の子ばかりがおかしいのだから、そうとしか説明が付かない。

 さらに面倒な事に、肝心のラルトスが検知出来ないのだから、シンクロレーダーで犯人を見付ける作戦が根本から否定された。これでヒメカが横に居たらまたため息だろう。

 

「……ってヒメカだそんな事より!」

 気付いて軽く血の気が引いた。

 このネモを野蛮にさせたラルトスバッグはもう一つ、ヒメカにも持たせてしまっている。あいつ自身は勿論、ジムバトルとなればリップにも、観客にも効果が波及してしまうかもしれない。

 そうなった場合の責任は、こんな危険なバッグを用意してしまった俺。これは由々しき事態であった。

「ああ、ヒメカさんもでしたね! だったら急ぎましょう!」

「ああ、ついでに怪しい奴が居ないかも確認しながらな」

 ひとまずこの特級危険物と化したラルトスはボールに収納して後ろを振り返る。町の住民はリップのジムバトルを見に行ったか、まばらでほとんど居なかった。ネモとの危ないやり取りを見られていなくて一安心だ。

 ヒメカと分かれてからはそれなりに時間も経っている。バトルももう佳境に入っているかもしれない。

 俺達は駆け足でバトル場まで向かうのだった。

 

 

「ルトくん、トドメだよ。シャドークロー!」

 ドラパルトの鋭い爪が、フラージェスの大柄な体を弾き飛ばす。

 その強靭なドラゴンポケモンの一撃は、リップがバッジを渡すに相応しいと認めるに十分すぎるものだった。

 

「あらぁ、お強いわ。ヒメちゃん、おめでとうね」

「ありがとうございました! やった、やりましたよみなさ~……」

 スマホによる中継と並行したバトルで、その勝利をカメラに向けてアピールするヒメカであった、のだが。

 

「ッシャオラァアアアアアアア!!」

「のわっ!?」

 

 ベイクタウン全域に響きそうな野太い歓声が観客席から飛び出す。

 いかにもオカルト大好きそうなマニア女が発したとは到底思えない爆音の主は、本当にマルマイン並のスピードで現地入りしていた変装中のナンジャモである。

 ナンジャモの半径3メートル以内が聖域と化したと言えばその大声の覇気っぷりも分かるだろうか。

「あらあら、あの娘って……ふふ、良いお友達を持ったものね」

「えへへ……私の大事な友達です」

 同じジムリーダーであるから、リップもその正体はすぐに察しが付いたようだ。そしてコスプレの理由も分かるので何も言わないのが秘密を守れる大人の女である。

「仲良き事は美しきかな、ね。はいバッジ、どちらも大事にするのよ」

「モチロンです、ありがとうございます!」

 ヒメカにバッジを手渡したリップは、気を遣ったのか観客の皆を連れてバトル場を出て行くのだった。

「ということで、大勝利でした! ヒメカちゃんもちょっと疲れたのでここで休憩します。ではでは~!」

 ライブ放送をちょっぴり強引に終わらせたのを確認して、その『皆』に含まれなかったナンジャモが、オカルトマニア特有の湿った空気を纏わせたまま駆け寄った。

 

「おめおめ~! やっぱりボクの目に狂いはなかった……余裕の勝利だったね!」

「うん。ぶっちゃけジャモちゃんの時が一番ヒヤヒヤしたバトルだったもんね」

「ニシシ……それは言いっこナシナシ!」

 本来のジムバトルでは絶対に出さない強さで迎え撃ってしまったナンジャモが、さも良い思い出かのように笑顔で受け流す。まあ、そうなった原因はどこかの誰かな訳だが。

「っつーかウノっちはどこ行った? さっきライブには映ってたよね?」

「えっとね、実はお仕事の真っ最中で……」

 

「……誰がウノっちだこの野郎」

「ひょおっ!?」

 

 ヒメカとナンジャモだけが残ったのを確認した俺達も影から顔を出す。大げさなリアクションでナンジャモのカツラは今にも外れそうになっていた。

「何で隠れてんじゃこのヤロー後方彼氏ヅラか!? しかもそんな女の子まで連れて……って、ネモ氏? ナンデ?」

「お久しぶりです! えーと、実は深い訳があって……」

 当然バトルした事のあるネモの登場でナンジャモが数回まばたきをする。俺から言わせればお前が何でもうここに居るんだよなのだが、事実居るのだから言っても仕方ない。

 

「それはともかく今はそれだ。そのバッグを渡せ」

「あ、はい。バトル中は何も無かったですけどそっちは?」

「それを説明する。だからバッグを」

 そう、ヒメカの様子をずっと観察していたが、本人はもちろん周りにも何の影響も出ていなかったようだ。だから俺達は隠れて応援していたのだ。

「バッグは渡しますけどー、それより何か言う事あるんじゃないですか?」

「ああ無事に勝って安心したよ。本当に無事で良かった」

「もう一声」

「おめでとう。本当に何も感じなかったんだな?」

 ヒメカは満足げな顔で背負っていたバッグを俺に手渡した。

「ラルトスはずっと大人しかったです。その感じだと、そっちで何かありました?」

「ネモ君がちょっとな。それでお前が心配になって」

「なるほどなるほど、私が気になっちゃったと。実は催眠術かは分からないんですけど、私もちょっと気になる事があって、ゆが……ジャモちゃん!?」

 

 とんでもなく嫌な予感がしてヒメカの視線の先へ振り向く。

 これは、完全に俺の油断だった。俺がとにかく寄越せと受け取ったバッグが気にならない訳が無い。

 ナンジャモが、俺の右手にぶら下がっていたバッグを覗き込み、そしてあの目をしていた。ネモのバトル病が悪化した時の、あの目に。

 

「ヒメぇ……!」

 大慌てでバッグを離したが、さっきとは違う。バッグを取り上げたら収まったネモと違って、ナンジャモの蕩けた目は直っていない。

「ええっと、ジャモちゃん? なに、バッグのせい? つまりネモちゃんもこんな感じに?」

 迫るナンジャモの前でヒメカが疑問符だらけのセリフを発するが、さっきと同じならばナンジャモもポケモンバトルを挑みに──。

 

「ボク、もう我慢できないよ……大好き……!」

 

 なんて事は全く無く、ナンジャモは普通にヒメカを地面に押し倒すのだった。




あら^~
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