おじさん、ポケモンの事なら何でもするんですよね? 作:石転法師
状況を整理したいと思う。
まず、今この場に敵対的なエスパーポケモンは居ない、はず。催眠術を相手に直接かけるならば、その目が届く場所に居るのは必須だ。
そしてヒメカに催眠術がかけられた様子はない。ずっとラルトス入りバッグを持ち歩いていたにも関わらずだ。
他の観客も、対戦相手だったリップも平常だったように見えた。
そうなると、犯人はバッグにナンジャモが顔を近づけた瞬間に催眠の波動を飛ばした事になるわけだが──。
「見てないでジャモちゃん止めてぇ!」
──という現実逃避の思索は、今まさにナンジャモから馬乗りされているヒメカの悲鳴で止められた。
「……お前ら、元からそういう関係じゃなかったよな?」
「大事なのはこれからじゃん。いいよね、ヒメ……」
ヒメカは全力で首をぶんぶんと横に振った。
「私はそのっ、ノーマルだしっ、こういうのは時と場所を選ばなきゃダメでしょっ!」
おかしくなってもナンジャモを、親友を傷付けまいと言葉は選んでいるようだ。時と場所を選べば受け入れるのだろうか。
「はあぁあ……イヤがるヒメもかわいすぎ……まじムリ、インファイトしょ……」
「ポケモンでやってぇ!」
そうは言ってもナンジャモは、ヒメカの意思などお構いなしでブレザーの前を開け、お次はシャツのボタンに手をかけていた。このまま眺めているのもいいのだが、それは俺の個人的な感情から気に入らないわけで。
「レイ、みねうちだ」
『エイッ!』
エルレイドのみねうち。みねうちなので死にはしないが、高レベルできれあじ特性の上乗せも入った一撃は単純に、とても痛い。
「ごはっっっ!!」
腕の一発が後頭部にクリーンヒット。体力が1まで削られたナンジャモは、服が乱れたヒメカの胸に顔面から倒れ込んだ。不可抗力とはいえこの野郎。
「あー……何事もないな? いろいろと」
「めっちゃくちゃ……汗かきました」
貼り付いたナンジャモをどうしたものかと、とりあえず襟を掴んで引き剥がす。がら空きの胴体を腕で隠すヒメカの顔色はカジッチュのように真っ赤になっていた。
「まずは、このラルトスだなとにかく」
忘れないうちにバッグに入っているラルトスをボールに戻す。ネモ、ナンジャモと来たら次はいよいよ俺かもしれない。そうなったらもう終わりだ。
「……と、ネモ君、ナンジャモを頼めるか? ちょっと抑えておいて……」
目覚めてまた即ヒメカでは話が進まない。おかしくなった者同士でまとめておいて、俺達は手分けして各地のラルトスを回収、のつもりだったが──。
「……ヒメカさんとナンジャモさんって……だって女の子同士で……そういうのって男の人と女の人でやる……」
ネモはヒメカと同じくらい真っ赤な顔でぐるぐると目を回していた。どうも乙女にこの生々しさは耐えられなかったらしい。そもそも現地入りしてから二人の仲を知ってこの急展開だから無理もないか。しばらく放っておく事にする。
「……ナンジャモは抑えとくから、前閉めるんなら閉めな、っていうか閉めてくれ。俺が冷静に判断出来なくなる」
「は、はい、ただいま」
ヒメカは座ったままくるりと後ろを向いた。下手な全裸より扇情的な姿というものがある。脱ぎかけで汗ばんだ今のヒメカがそれだった。
それにしても、ネモもナンジャモも即狂ったのに、なぜヒメカは正常なのだろう。単に催眠犯の好みではないとか、学生コスプレ女は嫌とかか。
それともまさか、思いたくはないがヒメカが犯人か共犯。それなら催眠されない理由も説明出来てしまう。まあ、だったらナンジャモに襲われて真っ赤になっていたのがとことんバカになるか。
「……ネモちゃんも、今のジャモちゃんみたいにおじさんに襲い掛かったんですか?」
まだ背中を向けたままヒメカが問う。俺が流されてないか疑っているのか声のトーンは若干低めだ。
「あー、うん。確かにラルトスバッグを持った途端襲われたな。本当にポケモンバトルの方だったが」
「ご、ごめんなさい! どうしてもバトルしたくなっちゃって……」
「……く、くわっす!」
とか弁明している間にナンジャモの意識も帰ってきた。むしろHPが1残るはずのみねうちでここまで気絶していたのが奇跡ではある。
「おーコラてめーウノー! 女の子を殴ってこのヤロー!」
「おい、俺はいいからあっちだろ」
「あっ……!」
掴まれたまま暴れていたナンジャモも、事の重大さを思い出したか俺を引きずりながらヒメカに歩み寄る。
「違うから! 確かにヒメは好きだけどああいう事がしたかったんじゃなくてボクは、その……なんか頭がおかしくなってて!」
「うん、分かってるから。私もジャモちゃん好きなのは変わらないから」
「あ、ああ……!」
ボタンを留め終わったヒメカが向き直り、若干固いが笑顔を見せた。今の追い詰められたナンジャモにとっては引きつった笑みでも聖母のように見えているのだろう。そんなナンジャモに、今度はヒメカの方からにじり寄ってその肩を抱き寄せた。
「どう? また変な気分になりそう?」
「うあ、あ……ならないけどめっちゃドキドキしてきた……」
「あはは、それは私もだけど……」
いやまあ、仲の良さを再確認している素晴らしい光景なのだが、何となくやるせない俺の気持ちも理解していただけるだろうか。
『アア~ァ……』
ほら、俺の心とシンクロしてくれる者も居たのか、気の抜けた声がフィールドに──いや、シンクロって誰が?
「サーナイトです!」
ポケモンの出現で瞬時にスイッチの入ったネモが叫ぶ。
それは、確かにラルトス最終進化形態、抱擁ポケモンのサーナイト。いつ、どこから現れたのかも定かでないが、確かにそいつはそこでニヤニヤとしていた。
『オット、トウトミがスギてジッタイがデてシマイましたガ、マアいいデス。オンナのコドウシ、スバらしい……』
その声は、他のポケモンのようなピカピカとかニャーニャーとかではなく、明らかに俺が意味を理解できるものだった。
この話、変態しかいない