おじさん、ポケモンの事なら何でもするんですよね? 作:石転法師
間が空いてすみません
『……キョウジだよ。ウノ・キョウジ、それが俺のフルネームな』
『キョウジさん。きりっとしてて、素敵なお名前。キョウジさんかあ……キョウジさん……』
『……なんか、おじさんもキョウジさんも響きがほとんど同じだね』
『ほーら言うと思った! だから教えたくなかったんだよ!』
『へっへっへ~。じゃあ次からはずっとキョウジさんって呼べばいいよね? おじさん呼びは嫌なんだもんねー?』
『ああ、それで……いや、やっぱり普段はおじさんで済ませてくれ。何というか、キレてる方が頭のキレも良くなるんだ。常に軽くイラっとしてるぐらいが丁度良い』
『なんですかそれ。私はキレてないキョウジさんの顔も見たいんですけど。ねえキョウジさーん?』
『トレーナーとしての示しが付かないんだよ。オフの日は許すから簡便してくれ』
『しょうがないなあ。じゃあゆるゆるでいい日はたっぷり呼んであげるからね、キョウジくん? ほら、これならおじさんとも響きは違うでしょ?』
『あーあー、もう好きにしてくれ……』
『ふふ。好きにしちゃいますから、ね?』
──とまあ、我ながら反吐の出そうなやり取りをしたのが、キタカミの里から帰る途中の事。
その数日後には例の学園女子達が襲来し、そこから特訓と調査で惚気る時間も無かったわけだが。
「キョウジくん、ちゃんとこっちを見てよ……」
目の据わったヒメカが、仕事の真っ最中にも関わらず俺を誘惑してきていたのだった。
「いや、あのな? 周りを見ろ、どういう状況だ? 時と場所は選べってさっき自分も言ったよな?」
「やっぱり細かい人だなあ……そういうお堅い所も好きなんだけどね、ふふ……」
今はそんな場合じゃないだろうと訴えてもやはり届いていない。とうとう最後の一人も陥落し、今この場に居るメンバーは全員サーナイトの催眠の餌食となってしまった。
空を眺めるしかなかった俺の視界が、今はほとんどヒメカで埋め尽くされている。吐息が鼻先に当たってこそばゆい。
「キョウジくんは?」
「……あ?」
「私のこと、好きでいいんだよね? まだちゃんと言ってもらってないなあって……」
「そういうのは仕事が終わってから! まずあのサーナイトを片付けて落ち着いて……!」
その視界の片隅に映るサーナイトはというと、何やら眼をレインボーに光らせながらとにかくヒメカを睨みつけていた。
『オカシイ……ドウセイをスキにナルはずガ……! ヤッパリオトコなのカ……!?』
百合好きであるから当然、今のヒメカの挙動は狙ったものではない。しかし催眠にかかった感じはあるのに命令を無視できるのはどういうわけか。サーナイト本人もダメなのだから俺にはますます理解を超えている。
「好きだよ。大好き。そっちも言うまで言うから。恥ずかしくても、さっさと言った方が楽だよ?」
「ふ、うぐぬうぅぅぅぅ……!」
俺より先にナンジャモがゾンビみたいな悲鳴を上げた。気持ちは分かる。俺だってもういっぱいいっぱいだ。
「仮に言ったとして、その先どうする気だ! このシリーズR18タグ付いてねえんだぞ!」
「そんなの、今から付けちゃえばいいじゃん……」
「いいわけあるか!」
どうやら付けなきゃいけない先まで考えているらしい。
どうする。俺はどうすればいい。そりゃ俺だってしたいかしたくないかで言われればしたい。好きかどうかって言われたら不本意だが、いやまあ最初からいいと思っていたから助手も許したわけで。だからって時と場所は、最低でも場所は選ぶべきで、今この時も横でネモがとんでもない顔で俺達を凝視している。多感な時期の女の子に見せるもんじゃないしここでおっ始めようもんなら普通に警察沙汰であって絶対に今ここで好きだの何だの言っていちゃついている場合じゃないのだ。
「好き。はい、キョウジくんも言って?」
「好き……」
俺の中で何かが切れるような音がした。
言えって言われたので言いました。なので俺に責任はありません。仕方がないじゃないですか、催眠にかかっちゃったんですから。この後どういう展開になっても俺は悪くありません。
心の中でそう言い訳し、もう深く考えるのは止めた。
「……やっと言ってくれた。嬉しいです」
おあずけを解かれた犬のように嬉々とした赤ら顔で、ヒメカは俺をぎゅっと抱き締め、胸板に顔を埋めた。
『ア、ア、ア……』
サーナイトがゲーミングアイで俺達を睨んだままがくんと膝を付いた。お目当ての掛け算が実現しなくて失望したのだろうが、お前が始めた催眠だろというわけで何も同情の余地は無い。
「ちょっとくすぐったいかもだけど、いいよね」
ヒメカがごそごそと俺の腰をまさぐりだした。そこからごつごつと硬い物の感触を探り当てると、ポケットの中に左手を突っ込む。
ポケットの中には何があるか。それはもちろんモンスターだ。
ここで言うモンスターとはつまり、俺の硬くて熱を持った──。
「アレ、出しちゃうね」
スマホと同化したロトムである。
「あ!? ヒメカお前ッ……!」
ここまでやられたら流石に俺も気付く。今回からはちゃんと情報を共有していたのが功を奏した。
ヒメカの狙いは俺のスマホに入れておいたアプリを起動する事で、やっぱりここまで来ても催眠で操られていなかったのだ。
『ム! アナタ、ソレは……!』
サーナイトも非常事態に気付いたようだがもう遅い。止められるものなら止めただろうが、奴にそれは出来ない。
その細腕がヒメカの体に伸びるも、スマホロトムをタップして起こし、アプリをタッチし、スタートを押す。その一連の動作を止めるほどのフィジカルはサーナイトに無かった。
笛の音。
眠気を誘うような穏やかな笛の音色が、スマホから鳴り響いた。
『このオンガクは……?』
「ポケモンの笛だ!」
その穏やかさとは裏腹に、どんなに深い眠りの相手でも起こす特殊な波長を持ったメロディーだ。かつては道を塞ぐ邪魔なカビゴンを起こすために使われていた事もある、とまあ説明はほどほどに体を起こす。
『アナタ、カラダが……!』
そう、体も動くようになっていた。この曲が鳴っている限り眠ることはない。つまり催眠術は無効となる!
が、しかし。
その曲を鳴らしてくれたヒメカが今度は逆に、俺の体に顔を押し付けたまま動かなかったのである。
「おい、ヒメカ……」
「……ご、ごめん、なさい。だめ、なんです。今の私は、だめ、だから……」
いつものキンキンしたやかましいのと真逆のか細い声で俺に訴える。一体どうしたと問いたい所だが、状況がそれを許さない。
「……分かったよ、そのまま休んでろ。ネモ君、動けるだろ!?」
「はい、形勢逆転ですね!」
ずっしりの重石を抱えた俺の代わりにネモが立ち上がり、ボールを構えてニッと笑った。
笛の根で桃色な時間は終わりを告げられ、もうポケモンバトルに邪魔は無い。そうなったら流れはネモの物だ。
送り出されたのはゴーストポケモンのヨノワール。おどろおどろしい雰囲気がサーナイトに圧をかける。
『……アマイ。サイミンがキカないナラ、ベツのテでイクだけ。ワタシのフィールドはヤブれまセン!』
そんな圧も気合で押し退け、サーナイトの両腕からもやもやと紫色の光が滲み出る。やはり催眠以外にも精神操作の手段はあるか。つまりこのサイコフィールドとトリックルームを破らない限りは──。
「ニシシ……ならさあ、こうしたらどうなるのかなー!?」
その時、サーナイトの死角である後ろからボールが投げられた。出てきたのは黒っぽい色にトゲトゲのフォルムが特徴の電気ポケモン、バチンウニ。持ち主は当然、電気のジムリーダーであるナンジャモ。そしてその狙いは俺も一瞬で理解できた。
バチンウニの隠れ特性は、エレキメイカーだ。
たちまちバチンウニからバチバチとしたエネルギーが飛び出し、辺りのサイコフィールドとぶつかって押し合いだした。
『ナンノ、コレシキ……!』
サーナイトも力を振り絞ってサイコフィールドを張り返す。敵ながら大した根性だ。
「ムムム、まだ足りないか。そんなら追加でエレキフィールドじゃーい!」
特性プラス技でのダブルエレキフィールド。さしものサーナイトでもここまで散々エネルギーを使ってきたのだから、いつかは技のPPが枯渇する。
「サポートします! ヨノワール、うらみ!」
さらにヨノワールのプレッシャーと黒い瘴気がサーナイトを包み込む。流石にこうなっては抵抗虚しくついに押し負け、場は電気エネルギーに支配された。
「ネモ氏感謝! どーよ、これなら眠りにもならないっしょ!」
「へっ、ジャモのくせにやるじゃねえか。後でデザート奢ってやるよ!」
「おう、殴りやがった分の慰謝料コミコミでヨロシク!」
催眠もエスパー強化の空間も封じた。それに合わせてトリックルームも時間切れ。いよいよ決着の時は近い。
しかしここでサーナイトは、サーナイトとは思えない行動を取ったのだ。
『……タタカイにイミはアリません。コウなってはヒクのみ……』
「マジかよ、あいつあのレベルでテレポートなんか残して……!」
サーナイトの周りにもやもやと煙のような光が立ち昇る。本当にマズい、ここまで来て逃げられたらあいつは二度とベイクタウンには現れないだろうし、追跡はほぼ不可能になってしまう。
「ネモ、くろいまなざしは!」
「な、無いです……!」
一縷の望みに掛けたがダメ。しかしテレポート対策でそれを入れておくなど、ただでさえ4枠カツカツな技事情で責めるのは酷か。
この短いやり取りでも命取り、テレポートのゲートはもう開いてしまった。サーナイトは一瞬にして、フィールドから消え──。
──消えていない?
『ムッ!?』
サーナイトが身を捩ってきょろきょろと辺りを見渡す。
逃げられないという事は、既に誰かがくろいまなざしを使った?
俺ではないし、ネモでもない。ナンジャモのムウマージかと思いきや、まだ出ているのはバチンウニ。ヒメカもまだ俺にしがみついて小さく震えている。
じゃあ一体何が原因でと俺も見渡してみれば、答えはすぐに見つかった。
なるほど、確かにくろいまなざしも覚えるポケモンではある。しかしそれよりももっと強力な奴だ。
「我ながらグッドタイミング、ね」
太陽光を浴びながら颯爽と立っていたのは、エスパーポケモンのゴチルゼルだった。ただ立っているだけでなく、サーナイトの影をしっかり踏んでいる、そこが重要だ。その隠れ特性はかげふみで、出るだけで相手の逃走を封じる凶悪な特性を持っている。
そしてそんなポケモンを持っている人物など、この町では一人しか考えられない。
「リップ氏ー! あ、こんな格好だけどナンジャモなので」
「ふふ、お見通しよぉ。それはそれとして、ウチのシマでおイタする子にはオシオキ、ってところかしら?」
サーナイトのフィールドが消えた事で異常事態にも気付いたのか、エスパーのジムリーダーであるリップが援軍として駆けつけてくれたのだ。
「リップの姉さん……事情はどこまで把握してるんです?」
「んー、おかしいのは何となく察していたのよ。それで、ここ数日ウノちゃんが町をうろついていたじゃない? これは何かやるのねって女のカンがピーンとね」
「助かります。トップにも伝えておくんで!」
つくづく、デキるオンナを体現してる人物だ。彼女が黒幕でなくて本当に良かったと思う。
さあ、これで催眠は効かず、フィールドも封じ、逃げる事もできない。いよいよ詰める時だ。
『グヌヌ、コウナレば、コウナレば……チカラズクで……!』
「無駄だよ。お前には特大の欠点があるのはもう分かってんだ。行きな、ルカ!」
俺もヒメカを抱えたままでもボールぐらいは出せる。さっきも頑張ってもらったマニューラ、こいつがあのサーナイトには決定打を持っている。
「さいみんじゅつ、サイコフィールド、トリックルーム、そして……テレポートですね」
ネモも流石、俺の言いたい事は理解しているようだ。4枠しかない技をどうやりくりするかは全トレーナー永遠の課題。そしてあのサーナイトは平和主義の言葉通り、攻撃技を全て切り捨て欲望に全振りしていた。
じゃあどうすれば良いかはもう分かるだろう。悪タイプといえばこの技だ。
『ざーこ♡ 変態♡ 玉無しヤロー♡ 見てるだけで手を出さないのはさー、紳士じゃなくてただ自分が傷付くのが怖いだけなんじゃないの~?』
『グッ、ヌウゥッ……!!』
ちょうはつ。
受けた相手は攻撃技しか使えなくなるが、では攻撃技を一切持っていないとどうなるか。
『ウオォォォォ……!』
答えは、わるあがきしか使えなくなるだ。赤子のような弱々しいパンチがマニューラを掠めた。
『触んな、ドーテイがウツるだろっ!』
そして反撃のつよつよ猫パンチをボディに食らったサーナイトはがっくりとうなだれ、ついに降伏を決意したのであった。
だいぶ長くなりましたがあと2話ぐらいで決着の予定です