おじさん、ポケモンの事なら何でもするんですよね? 作:石転法師
磁石の作り方を知っているだろうか。
まあ俺も磁石博士ではないので簡単にしか言えないが、鉄などに強力な磁力を当て続ければいい。
そして現在、サーナイトの強烈なサイコパワーを浴びたヒメカの体。その中でもおそらく磁石と似たような事が起きていたのであろう。
「エスパーに目覚めたって……念力とかが使えるようになったのか?」
『イイエ。メザめたバカリのレベル1デスからソコマデはムリでショウ』
「それでも凄くない? ボクにももっと催眠術を当てればエスパーになれたりするワケ?」
『ソシツのモンダイですノデ……ナンジャモさんハ、ムリかと』
「鉄と違って木は磁石にならん、ってところか」
「ガクーッ……」
俺とてなれるというなら興味はあるが、あの強烈なレズパワーの催眠波動を受けても駄目ならもう素質無しなのだろう。
「お前よ、今さらエスパーに目覚めたら電気使いからキャラ変すんのか?」
「むむぅ……今のキャラの限界が来たら」
こいつはこいつで何かと大変なのだろう。その変な髪色を維持するだけでもとんでもないし。
それはそれとして、本当の本当に大変な方に目を戻す。
「……エスパーになったのか? 自分でも感覚はあるか?」
ヒメカに顔を寄せ、なるべく優しめに声をかける。今さら俺が怖いなんて事はないと思いたいが、今のこいつは一向に目を合わせてくれない。
「……なんか、感情が、伝わってきます」
やっぱり下を向いたままそう答えた。
ラルトスに近いテレパシー能力だろうか。ポケモントレーナーとしてはそれだけでも大助かりではある。
「感情か……俺はどう思ってると感じた?」
「私を、本気で心配してくれてます。だから、申し訳なくて……」
いつもなら俺の心配を喜びつつ茶化しただろうヒメカが、まるで別人のようだ。
傷付くのを覚悟の上で踏み込むしかないのだろう、気になっていたもう一つの事柄に。
「ヒメカ……催眠が効いていなかったようだが、もしかして最初から自分に催眠をかけていたんじゃないか?」
「ち……っ……!」
違いますと、必死に否定しようと、最初の一文字を絞り出す。しかしヒメカの震えは俺の予想を肯定するかのようだった。
ポケモンの眠り攻撃を無効にするには、やるきやふみんなどの特性、カゴの実を持たせる等がある。そしてもう一つ、先に状態異常になっていたら新たに眠る事はない。
ヒメカは当然寝る生き物だし、木の実も食べていなかった。麻痺や火傷しているようにも見えず、凍ったり毒はなおさら。すると、眠りながら動いていたとなる。
『……ワタシも、レイセイにナッタらソウだとオモいマス。ネムリからサメるフエのオトで、キュウにタオれマシたし』
催眠の専門家もそうだと言ったら間違いないのだろう。気がかりなのは催眠中の記憶が残っているかだが、これまでの会話から判断して俺達の事は分かっていた。今はそれが救いだ。
「……ヒメはさ、本当はめちゃくちゃ恥ずかしがりやなんだって」
この時ナンジャモが、今の話を後押しするかのように真顔でそれを言葉にした。
「あ、ジャモちゃ……!」
「ごめんね。でもさ、こいつならきっと大丈夫だよ」
髪を振り乱すヒメカ。ナンジャモはそれを左手で宥めつつ、もう片方の手で俺を指差す。
「それが催眠術なのはボクも今知ったけど。けど恥ずかしがりやなのをがんばって治したって言ってた」
この二人は、俺の知らない所で秘密を共有していたのか。俺との因縁でゴタゴタがあったとはいえ、急激に仲良くなった印象はあったがそれなら納得はいく。それはそれとして、みっともないが俺の中で確かに湧き上がる感情もあった。
「……昔は結構暗いヤツだと俺も思っていたがな。そうか、お前には話していたか」
「言っとくけどさ、ジェラシー感じるのはボクの方だぞ。なんでウノっちには教えなかったか、あんだけ人の前でいちゃつく仲ならわかるでしょ」
「む……」
「うう……みんなの前で、あんな事……」
要するにヒメカは、恥ずかしさが限界を超えすぎたのも相まって熱でダウンし、ずっと顔を伏せていたのだ。なんなら気絶したかったのは俺の方でもあるが。
今さら取り繕っても仕方ないので普通に言うが、俺が好いたのは元気でバカっぽいが一生懸命なヒメカだ。今のずっと顔を伏せて謝ってばかりの女でないのは、確かにそうである。
「ごめんなさい……今の私、ダメなのはわかってるんです。だから、嫌われたく、なくて……」
「それでダメな自分を変えたくて、自分に催眠をかけたのか」
「はい。フワライドにも、手伝ってもらって……」
確かにフワライドはヒメカと出会った時から持っていたポケモン。移動や戦いの時以外でもずっと頼りにしていたようだ。
『ヒメカさんハ、ジコアンジのチカラもツヨいヨウです。サイミンジュツだけでセイカクをイジするノハ、タイヘンですヨ、ブッチャケ』
なるほど、じこあんじも特にエスパータイプがよく習得できる技。普段からそれを使っていたヒメカならサイキッカーに目覚めた理由の補強になる。
「……まあ、催眠で理想の自分になれたんなら良いんじゃないか。そのおかげで催眠も効かなかったわけで」
「そうなんです、けど……! 心のどこかでずっとごめんなさいって思ってて……本当は全然、人の目も見て話せないから……」
「さっきみたいに、急に催眠が解けてしまう時が怖い?」
「……ジャモちゃんが、オカルトマニアのコスプレしてる時とか、ビクビクしてました。昔の暗い自分の姿がフラッシュバックして」
「ま、それがきっかけでボクには話してくれたんだけどね」
ヒメカは続いてぼそぼそと小声で自身の事を話してくれた。
恥ずかしがりやであがり症で、学校でもそのせいで成績が奮わなかったこと。ギリギリで卒業は出来たが将来に迷い、その時に催眠療法の話を聞いて自己流で試したこと。それから毎朝自分に催眠をかけるのが日課になっていたらしい。
配信者になったのも、直接人と顔を合わせずに喋れるので慣れるには丁度良かったから。俺の所に押しかけた時も本当に念入りに自己催眠をかけたそうだ。
余談だが、その明るい茶髪はガラル地方の若くして博士になった女性、要するにソニアに憧れて染めたようで、本来は俺と同じ黒髪だとか。
ヒメカは自己催眠の状態でなまじっか成長してしまった。その結果本来の自分とのギャップが開く一方で、それが却って自信の消失に繋がっている。
そんなヒメカでも嫌いにはならないと、俺が言ってやるべきなのはそうだろう。だが今のこいつを立ち直らせるには言葉だけではない、他の何かが必要だと思った。
「とりあえず、マスカーニャを出してみな」
「……え? は、はい」
ヒメカがゆっくりとカバンから出したボールは、使い込まれて表面が少し燻んでいた。これもおそらくパルデアに移住した時にもらったポケモンなのだろう。
「ジャモ、覚えてるか? お前との戦いで最後を決めたニャローテだぞ」
「ウム。最後の最後にしてやられた、ニクい相手だね」
それからレベルアップを重ねて最後まで進化も遂げた。悪タイプなのでリップとの戦いにも貢献しただろう。
「いいか、俺もこのポケモンにはな、隠し特性の為に貴重なパッチと、岩テラスタルの為のピースをサービスしてやってるんだ。集めるの大変だった物をな」
「は、はい。すみませ……」
「学校出てるはずなのにタイプ相性覚えてねえから教育用のシートも作ったし、技マシンとかアイテムとか、飯代も奢ったしいろいろやった! ジムは手伝えとか言い出すし、あっちへ行きたいこっちへ行きたい言うから付き合ってもやった!」
「ご、ごめんなさ」
「ごめん禁止!!」
ヒメカはまたビクンと体を振るわせて口を閉じた。
「大体よお、催眠かけてるからって俺に対してのお前は図々しいの域だったぞ。告白は強要してくるし」
「ご、ごめ……ううん、ごめんなさいは禁止、でしたね」
「ふん、そうだな」
『うにゃ』
そんなヒメカにマスカーニャが顔を摺り寄せ、柔らかな肉球で肩をぽんぽんと叩いた。決まりが守れて偉いとでも言わんばかりに。
「ほら、マスカーニャはまだお前のことが好きみたいだぞ。催眠があろうがなかろうが、その子に注いだ愛情は同じだったはずだ。顔見て、声をかけてやんな」
「うん……マスくん、ありがとうね。がんばって元気出すから」
『にゃ』
まだうっすらとだが、ヒメカの顔にようやく笑顔が戻ってきた。辛い時は自分のポケモンと触れ合うのが一番効く。過去の俺もそうやって立ち直ったのだから。
「……まあそんなな、思い出のいっぱい出来ちまったお前はもう俺の一部みたいなもんだから。切り離すとか有り得ないんだが、お前はどうなんだ? 恥ずかしがりがぶり返したから俺の助手やめて、また一人で活動するか?」
「い、いい、嫌です……!」
「俺だって嫌だっつの。ったくよ、言わせんなよ恥ずかしい……」
はい、それが結論だ。ちょっと人格が変わったって俺と一緒になんでも屋をやっていたヒメカは一人しかいない。ちょっとややこしくなったが答えは最初から一つだったのだ。
「はいはい、お二人とも仲良く恥ずかしがってキリがいいところですけどもー」
と、俺もヒメカに劣らぬであろう赤面をかましたところでナンジャモが馴れ馴れしく俺の肩に手を置いた。
「やっぱりさあ、催眠が無くても恥ずかしがりは治した方が良いじゃん? ウノっちもそう思うよねー?」
「何だよ、何が言いてえんだよ」
「だからさー、治すには恥ずかしいことして慣れるのが一番だと思いませんかな?」
ジャモの奴は物凄く愉快な表情でそのまま俺の肩を揉みだした。
「ヒメは熱出したんだぞ。家まで送って行って看病してあげるのが彼氏の責任だとボクは思いまーす」
「待て、彼氏っていうか……相棒とかコンビとかそっちの方が」
「うるせーラブラブなのは同じじゃろがい! なんだよ今のヒメに一人で帰れって言う気か童貞ヤロー!」
「決めつけてんじゃねえよ! 送ってくに決まってんだろ!」
「だってさー、ヒメ?」
今度は取り付く先をヒメカに乗り換えたナンジャモは、その真っ赤な頬を指でぷにぷにとつっつき出した。
「え、え、え? あの、ジャモちゃん……!」
「あいつ、キョウジだっけ? その名前だって聞かなきゃ教えてくれなかったんでしょ。つまり、言わないことはやってくれないよ。やっちゃいなよ」
「ででででも……!」
「まま、やるかやらないかは別にしてね、せっかくダウンしたんだから甘えちゃいなって、あいつもそれぐらい許してくれるよ」
このお節介はくるりと俺の方を向き、無言ながらにやついた顔で返答を催促してきた。
「……明日は1日ゆっくりするか。事件は解決したし、依頼主への報告はちょっと遅れても大丈夫だろう」
「ふふ~ん、ゆっくりできるのかな~? 催眠中のウノっちはズボンの中のポケモンもやる気マンマンだったよねー?」
「どこチェックしてんだテメエ!!」
「あ、図星なんだ」
この野郎は本当にこの野郎。いやもう、可愛い女の子にマウントされてポケモン……が元気にならないワケがない。俺も男なのでこれ以上見苦しい言い訳はするまい。
『……ノマカプも、ヨイモノですネ。デハ、ワタシはヒトネムリしますノデ』
サーナイトもあとはお二人でどうぞという顔で自らボールに戻っていった。心だけでなく空気も読めるポケモンだったようだ。
「それじゃあボクもお暇しちゃうかなー。ウノっち、しっかりやれよ!」
立ち上がったナンジャモは、俺にだけ見えるようにハンドサインを送った。もちろん、下品なやつをだ。
「余計なお世話だ馬鹿野郎。ああ、余計ついでに言っとくけどな……」
「ん? なんじゃいなんじゃい」
「……お前が居てくれていろいろ助かった。今日は、ありがとう」
「うっわートリハダ! キミが素直にお礼言うとか!」
この失礼野郎は急に雪山に放り出されたかのようにぎゅっと縮こまった。
「この際だから今日は恥重ねとけと思ったんだよ。明日はそのツラ見せんじゃねえぞ」
「ほいほい、明後日ならオッケーって事ね。それじゃあまた、一緒にご飯行こーぜ!」
ナンジャモもひらひらと手を振ってやっと出て行ってくれた。相変わらずナンジャモはナンジャモだったが、礼をどう受け取ったかは最後の顔を見ればよく分かる。
さて、あとは俺とヒメカだけ。長話でだいぶ外も暗くなってしまったし、俺たちも真っ暗闇になる前にさっさと帰るべきである。
「……お前の住所ってテーブルシティだよな?」
「はい。そうですけど……」
ヒメカはもじもじと何かを言いたそうに俺をチラ見していた。まあ、何かってナニに決まっているのだろうが。
「お前を送るまではもう決めた。俺の基本方針はよく知ってるよな? 深く考えてもしょうがないので、とりあえず行ってみて」
「後は行き当たりばったり……ですよね?」
「違うな。臨機応変で柔軟な対応と言え」
「あはは……柔軟で、いられますか?」
「……ま、無理だろうなあ」
今日は病人のヒメカを考慮して空飛ぶタクシーで帰る事にする。たまには操縦を人任せでのんびり帰路に就くのも良いだろう。
そうしてヒメカの住むマンションまで足を運んだ俺は、そのまま丸一日ゆっくりと体を休めたのであった。
「……まさか勘違いしたサーナイトの暴走だったとは。よく真相を突き止めてくださいましたね」
そして翌々日の午前。今回の依頼者であるオモダカが、俺とヒメカの顔を交互に眺めながらにっこりと賞賛の笑顔を送った。
「サーナイトの話ではフィールドが解けたら性癖も戻るそうですが……まあ戻らなかったら元々そっちの素質があったって事で諦めろとの事です。不都合があれば逆に催眠療法で対処しますのでご連絡を」
「そこは繊細な話題ですので……ですが頼らせていただきます。ネモさんの話ではナンジャモさんとリップさんにも助力していただいたとか。本当に大変だったようですね」
「いや、そちらの身内に助けていただいちゃ顔が立ちませんよ。私の力不足で申し訳ない」
テーブルに両手を付いて頭を下げる。特に容疑者の一人であったリップに助けられては探偵だったら赤点物だろう。無論俺は探偵ではないので失点もないのだが。
「いいえ、ウノさんの事を助けてあげようと思う方がいるのも、貴方の力の一つですよ。特にナンジャモさんはよく貴方の……ふふ」
「はいはい、愚痴か悪口でも聞かされてますかね」
「さあ、何でしょうね。何であれ、貴方に頼んで良かったと私は思っています」
オモダカはカバンから封筒を取り出して俺に手渡す。先の約束通り、今までのなんでも屋業で貰った額とは比べ物にならない厚みと重さがあった。
「……私で宜しければまたいつでもご連絡を。正直なところ、今後全部無料で引き受けても良いかなって思うぐらいには畏れ多いわけでして」
「……おじさん」
俺の脇腹をトントンと指で突いたヒメカが、続いて両手指をクロスさせてバッテンを作った。
もっと稼いで貰わないと困る。目がそう訴えていた。
「あー、タダ働き良くない、だそうです。そんなわけで次も弾んで貰えると非常に助かります」
「うふふ。しっかり者のパートナーがご一緒で何よりですね」
オモダカが起立して優雅に一礼した。そのまま後ろを向いて立ち去る、と思いきや、何かを思い出したか再び愉快そうに口を開いた。
「……そういえば、ネモさんが私にこう聞いてきたのですよ。トップ……恋ってどんな感じなんですか、と」
「あー……未成年に変なもん見せちゃいましたからねー、申し訳ない」
「本当に真剣な顔だから思わず吹き出すところでした」
「それで、お姉様はどうお答えしたんです?」
「貴方が真っ先に顔を思い浮かべた人は誰ですか、と。ふふ、真っ赤な顔をしておりました」
なるほど、やはりオモダカは有能で罪深い人である。そしていつものビシッとしたスーツに身を包んで立ち去る姿もまた優雅であった。
本当は不真面目な俺とオモダカの相性は最悪な部類と思っているのだが、やはり長の重職を務めているからか不思議な魅力のある人物だった。きっとアオキもそれで逃げられないのだろう。
「……あのな、前々からそうだったが、言いたい事があったらとりあえず俺を突くのやめないか?」
俺の横で小動物のように丸まっていたヒメカに声をかける。
「うー、だってえ……」
昨日からヒメカは自分に催眠をかけるのをやめた。その結果、こうしてもじもじと顔を伏せて言い淀んでいるが、それが別に悪いとは思っていない。恥ずかしがる理由はちゃんと分かっているのだから。
「今日はまたナンジャモと飯食いに行くんだぞ。お前、耐えられるのか?」
「だ、大丈夫です。ジャモちゃんは大親友……一緒にご飯は何も恥ずかしくない! のです……」
それがどうでもいい相手とだったら、恥ずかしいだなんて思うより前に行くのが嫌が先行するだろう。大事だからこそ、自分がそれに並べているか不安になるのだ。
「俺がまたあいつと喧嘩したら仲裁するのはお前なんだ。頼んだぞ、大親友」
「そもそもケンカしないでください~……」
「なになに? 早速フーフゲンカしちゃってんのキミ達。あっついね~」
「うおっ」
噂をすればジャモ。まだオモダカが退席してから数分しか経っていないのに、ナンジャモはもう俺達の背後に立っていた。
いや、このタイミングの良さは最初から隠れていて話が終わるまで待っていた可能性もある。
「どう? 1日お休みして熱は……まあ下がったよね、ここに居るんだから」
「うん、体はすっかり元気、だけど……」
「顔は真っ赤。遠くから見ても分かったよ。やっぱりボクと話すの恥ずかしい? それともこっちの男かな?」
「あ、あー……うー……」
ヒメカは一瞬だけ俺の顔を見て、またそっぽを向いてしまった。自分の方だと期待していただろうナンジャモはちょっぴり肩を落としたが、気を取り直してヒメカと強引に肩を組んだ。
「え、えーと?」
「で、どうだったの?」
「どどど、どうって」
「ほらー、一晩過ごしたんでしょ? ウノっちの顔にも出てるもん。なんかやっちまった雰囲気がさー」
「ぐっ」
これがエスパーすら凌駕する、女の勘というやつだろうか。いやそもそも焚き付けたのがこいつなので単に確認しているだけであるが。
「あの、その……そういうのは明るいうちから話すの良くない、と思って」
「じゃあ暗い所なら良いわけだね。はい、こちらにドーゾ」
そう言ってナンジャモは横を向き、真っ暗闇な耳の穴をヒメカの口元に差し出した。
「……ボク、ヒメとまた楽しくお話したいよ。その一歩はまず声を出す所から、だよね?」
「そう、だよね。私もジャモちゃんと遊びたい……!」
声を出せは同感なのだが、出すべき場所が大いに間違っている。そう言って止めたい所だったが、なんか雰囲気が尊くて俺には無理だった。そうやって戸惑っている間に、ナンジャモの耳に手を添えたヒメカがそのワードを小声で教えてしまった。
「3タテぇ!?」
「声がデケえよバカ!」
思わず俺も声を荒げる。しかしこれは罵倒も不可抗力であろう。
「3タテってつまり、3のタテの……」
「う、うん……」
「確認すんなっつーの!」
ナンジャモは何度もぱちぱちとまばたきした後、俺の顔を物凄く腹の立つ笑顔で見つめた。
「やるじゃん」
「うるせえよ!」
これから一緒に飯を食うはずだった相手とやっぱり大声で言い争い。しかもこれはナンジャモの掌の上で踊らされた感があるのでなおさら腹が立つのである。
「あの、ケンカ……しないでくださいー!」
そしてヒメカは、他でもない俺とナンジャモが喧嘩する姿を本当に見たくないのであった。その声量は、ほんの数日前の俺がよく知るそれに遜色ないものだったとここに記しておく。
ところでこの時、この喧嘩の騒ぎでかき消されて一つのメール通知が来ていたのに気付かなかったと、俺は飯を食い終わって一息付いた後にようやく知るのである──。
──ロトロトロト……。
『拝啓、なんでも屋様
先日は、ナンジャモさんやヒメカさんとご一緒に動画に出演しているのを楽しく拝見いたしました。
パルデアに済んでいる貴方にお願いしたいことがあって、こうしてメールを送らせていただきます。
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以上が要件となります。無理のない範囲で良いので引き受けてくださると大変嬉しいです。
ブルーベリー学園1年 ハナゾノ・コウタ』
やったね。