おじさん、ポケモンの事なら何でもするんですよね? 作:石転法師
ハッコウシティのジムリーダー、ナンジャモは頭のおかしい奴である。もとい、電気タイプの使い手である。
電気タイプには黄色で目立つポケモンも多いが、使っている本人はそれ以上に目立つ配色をしている。
あまりにもブカブカな黄色い服に、両サイドで薄いブルーとピンクに別れたツートンカラーのロングヘアー。さらに頭には同色のコイルが2つ。このコイルが本物なのかは未だに誰も知らない。
さらに言葉遣いまで独特ときていて、これも全てはこの女が配信者であるため、雨後の筍の如く生えてくる新人ラッシュに埋もれないためだと思うと憐れみすら覚えてくる。
それでもナンジャモは配信者として現在トップであり、元配信者のヒメカにとって憧れの存在でもあるのは紛れもない事実だった。
「うーん、やっぱりハッコウシティは良いですね! オシャレな街並み、薫る潮風! 映えスポットたっぷり!」
ヒメカも配信者のクセが染み付いているのだろう。無いのにカメラを意識したようなコメントを叫んでいる。
ハッコウシティは海岸同士を繋ぐように建てられた水上都市だ。確かに見栄えはいいが、設計者は海にもギャラドスやミガルーサという危険なポケモンが居るのを知らないのだろうか。真下で暴れられて泣きを見ても俺は知らん。
「一応、仕事中なのは忘れるなよ。もう一度手持ちは確認しとけな」
「大丈夫です。秘密兵器の技もちゃんと揃ってます!」
そもそもヒメカの手持ちをナンジャモは知らないので秘密もへったくれもないが、この数日間でちゃんと調整はしたようで何より。もっとも、俺の助手をやるなら3つ目程度のジムで躓かれては困るのだが。
「それじゃあ早速、まずはパワーを貰うために美味しいスイーツの……」
「の前にジムな。お前、それ食って満足して帰りそうだから」
キョダイマックスパフェとかいうカロリーの暴力みたいな看板へと勝手に向かうヒメカの袖を掴む。そうしたらこいつはハリーセンのように膨らんだ顔で振り向いた。
「やだなぁもう、ポケモンバトルは頭使うんですから糖分を補充しないとダメじゃないですか!」
そうかもしれないが、甘味は麻薬だ。摂取しすぎればそれ以外はどうでも良くなってしまう。
「そういうのは勝った時のご褒美にしなさい。腹ごしらえは構わんけども」
「構わないんですね? じゃあハイ」
今度は俺が引っ張った方向、つまりジム方面に歩いたかと思いきや、すぐに脇に逸れた。そこにも当然のように飲食の出店はある。
「マルマインおにぎり1ダースセットください。はい3000円ですね」
流れるように金を払い、商品を大きな箱で受け取る。明らかに多いが土産分も含まれているのだろうか。
「ハイ、おじさんにもおひとつ」
「いや、俺は別に……」
「セルクルタウンから飛んできてお腹空いてないわけないでしょ?」
それはまあ図星なので黙って受け取った。
具がやたらと詰まっている、いわゆる爆弾おにぎり系の一品だ。そして具材には電気タイプ要素として山椒のピリピリを効かせているらしい。マルマインのカラーリングにちなんで白米と赤飯で上下が分かれているのだが、味のバランスは取れているのだろうか。
「あそこのベンチが空いてますよ。座りましょ」
町の端、ビーチが見渡せる場所を指差してヒメカがおいでおいでする。往来のど真ん中で立ち食いは流石に俺もどうかと思うので、言われるがままに移動する。年上としてこれで良いのか不安になってきた。
「海を見ながら食べるおにぎりって良いですよねえ~」
「それは分かる」
むしろ海を見ながら食って不味く感じる物があるだろうか。海は最高の薬味だ。
「ふっふ~、おじさんって女の子と二人でこういう事した経験ないでしょ〜? 良い思い出になりましたね」
「あるわ。馬鹿にすんな」
「ん゛え゛え゛っ⁉︎」
物凄く汚い音でヒメカが叫ぶ。人を何だと思っていたのだろう。
「だって、おじさん、ええ、ウソでしょ?」
「今した。だから経験済み」
「あーあーそういう事言う。しょーもなー」
「俺は経験豊富なお前とは違う生き物なの」
この女と同類の生き方が出来れば俺はなんでも屋なんてやってない。人には向き不向きってのがあるのだ。
「逆にお前は何度目だ? 10か、20か?」
「失礼ですねえ。これが初回ですが?」
「ウソだろ。その顔で無いわけあるか」
「ふーん、やっぱり私の事をそういう目で見ていたわけですか」
ヒメカはこちらを小馬鹿にした表情でまた一口おにぎりを頬張った。
「そっかそっか。どっちもどっちか」
「どっちかと言うと俺はその箱が気になる。お前の家って結構大家族?」
ヒメカは1ダース買っていたのでまだ10個のおにぎりが詰まっている。まさか俺に11個食わせる気ではないだろうな。
「やだなあ、そんなにいませんし、流石に固くなっちゃいますし。ほら、ちょうど10でしょ?」
そう言ってベルトのモンスターボールを見せる。ヒメカは今、4体のポケモンを鍛えているのだ。
「……なるほど、ちょうど10だな」
そして俺は6体連れている。2+4+6で1ダース。簡単な足し算だ。
「出てこい、お前たち。ヒメカがおにぎりくれるってよ」
ぽぽぽんとボールを放り投げて6体全部を解放する。ドオー、フワライド、ナカヌチャン、そして秘密兵器。ヒメカも4体の手持ちにおにぎりを与え、今度はそっと俺のポケモンへと手を向けた。
「あの、私の手ごと噛みつきませんよね?」
「大丈夫だ。そんな事しやがったら仕返しに俺の手を噛んでいい」
「それは別にいいです」
この子たちとヒメカの関係は前述のまま、決して良好ではない。かといって好意が分からないわけでもない。笑顔で、ではないが、手渡されるおにぎりを6体全員が普通に受け取ってくれた。
反応は様々、一口で丸飲みにする子、くれるって言うから仕方無く貰ってるんだからね!な子、痺れるおにぎりに目を丸くさせる子。その中からふわふわとポルターガイストさせて遊んでいたヤバソチャがヒメカに近寄った。
『ソチャ、ソチャ』
「ホウジちゃん、どうしたの?」
「ふむ、お茶くれるってよ。カップを出しな」
「あ、うん!」
ヤバソチャ曰く、おにぎりにお茶は有って然るべき。ヒメカが差し出した水筒のカップに、その身体からアツアツな緑色の液体が垂らされる。これはちゃんと飲んでも大丈夫なやつだ。俺が実証済み。
『ホウジ、あんまり甘い顔するんじゃないよ』
『ややや。和ですぞ、ギーラ殿。礼には礼をもって返さねば』
『ギーラさんだってバクバク食べてましたよぉ……』
『い、いいじゃん! 美味しかったんだから!』
バンギラスがヤバソチャとヌメルゴンに囲まれている。おにぎり1個で懐くようなチョロい子では無いが、人に悪意が有るわけでもない。少なくとも良い感情を持ってくれたと思いたい。
「……一歩前進かね。おにぎり、ごちそうさん」
「私、何かちょっと涙が出そうです」
前向きに振る舞ってはいたがやはり俺の手持ちは怖かったのだろう。ヒメカは瞳を潤ませながらお茶を口に含んだ。
「へっ、この後ジムでも泣きを見なきゃいいな」
「ふふん、どうせならその時は嬉し泣きにしますからね!」
ただの腹ごしらえかと思いきや、互いにプラスの良い時間となった。この気持ちもジムに行ったらぶち壊しになってしまうのだろう。それを残念に思いつつ、下の砂浜を眺めながらしみじみとお茶を飲んで黄昏れていた、その時であった。
見つけてしまったのである。不吉なカラーリングを。
「わンぎゃぁああああああああ‼」
そして汚い悲鳴が海岸に反射して響き渡る。何でこう、配信者というのはリアクションが過剰なのだろう。叫んでいたのはよりにもよってハッコウシティのジムリーダーだったのだ。
「ちょっとあれ、ナンジャモちゃんじゃないですか⁉」
俺の指示を仰ぎもせず、すわ一大事とヒメカが階段を駆け下りていく。分かってはいる。ジムに挑戦しに来たのだから会わないわけにはいかない。それでも俺の歩みは虫の糸が6段階巻き付いたぐらい鈍くなっていたのだった。
「ちっくしょー! こんな時に限ってハラバリーしか持ってなかったとは! こんのボクの愚か者めがー!」
「ナンジャモさん! 一体どうしたんですか⁉」
「どうもこうもあるかー! よりによってボクの命の次に大事なアレが……ってキミ、ヒメカ氏⁉ あの落下事故配信の!」
「ウソ、知ってたんですか⁉ うわ~、光栄です! まさか憧れのナンジャモさんに認知されてたなんて!」
何やらお騒がせ配信女同士で盛り上がっている。俺はなるべく背景と同化するように、自分をカクレオンだと思いこんでゆっくりと砂浜を歩いた。
「それで、オモダカ氏からたっぷりガミガミされちゃったワケだよね? それはサイナンであった……」
「そうそう、だから配信は休業にして、今は鍛え直しのジム巡りって訳なんです!」
「フムフム……じゃあ早速ジムテスト~! と、イキたいところなんだけど、ちょっとノッピキならない事情ってヤツがあり申して……ってェ⁉」
やはり俺は自分の事をカクレオンと思い込んでいる一般男性に過ぎなかった。思い込むだけで特性がほごしょくになれたら誰も苦労しない。とにかくナンジャモが俺の事まで認知してしまったのだった。
「キ、キサマは、ウノ氏! 生きとったのかァー⁉」
「はいはい、残念でしたね足があって」
ナンジャモはここで会ったが百年目の宿敵を見るような目で俺を睨みつけた。ゴーストになっていて欲しかったはこちらのセリフである。
「……え? おじさんとナンジャモちゃんって知り合い? いや、ジムバッジ持ってるんだからそりゃ知ってるか。いやいや何でそんな喧嘩腰みたいなフンイキになるんですか⁉」
ヒメカが俺と奴を交互に見比べて目をぱちくりさせる。話せば長くなる。そして長居はしたくない。だから俺は早急にさっきの絶叫について切り出す事にした。
「……頭のコイル、持っていかれたな。アレが無いとダメか?」
「グヌヌ……その通り。ボクのプライベートタイムの油断を突いてコイルが、コイルを……!」
ナンジャモのトレードマークの一つ、頭に装着されたピンクと水色のコイル。俺は先程、それがレアコイルとなって飛んでいくのを見付けてしまっていた。コイルというのは磁力で連結して進化するポケモンだ。そして野生のコイルがナンジャモのコイルに引き寄せられて合体、そのまま空へと持ち逃げされてしまったわけである。
「コイル無しじゃカメラは回せない。だからジムテストもザンネンだができぬッ……!」
「出来るだろ。別に無くてもアンタ自身は無事なんだから」
「アレが無かったらボクはただの美少女になっちゃうだろ!」
「どっちにしろ頭がおかしい事には……」
「言うに事欠いてなんて言おうとしたキサマァー!」
変わりないだろ、とは言わないつもりでつい言ってしまった。俺もまだまだ大人になりきれない。いや、男なんていつまでもガキの心を抱えて生きていくもので。
結局、こうなるのだ。ヒメカの付き添いで行く時点でこうなる事は分かりきっていた。
飛び立っていった2体のコイルを見付けないとジム挑戦は不可。やっぱりジムリーダーに関わるとまともな仕事にならないのであった。
結局女の子とおにぎり食ってたおじさんが悪いんだと思います