おねーさんから好かれるが全員病んでる天与呪縛   作:アストラの直剣

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変な呪物に目を付けられた!

 その呪物は大きな衝撃によって目を覚ました。千年単位での眠りから目覚め、そして最初に感じたのはたくさんの命が失われていく気配であった。

 ソレは四◯◯もの生命が失われたことを目覚めの余韻の中で憂いた。

 

 後を追うようにしていくつかの生体反応が失われた。虫の息だったのだろうと思った。

 その異様な生命の消失は、ソレの興味を惹くのに十分な出来事であった。きっとこれはただごとではないのだろうと、ソレは感じていた。

 

 四◯◯を超える命をほぼ同時に刈り取った正体不明の衝撃は、呪物が封印されていた洞窟そのものを大きく揺らした。そのためか、次第に他の封印されていた呪霊や呪物なども目を覚ましだした。

 

(この洞窟にとどまっていては危険だな──食われて、取り込まれかねない)

 

 今の身体ではろくに呪力も練れないと独り言を呟く。封印の影響もあり、肉体は決して万全な状態ではなかった。今のままでは雑多な呪霊にすら太刀打ちできないと悟ったソレは、新たな肉体を求めて洞窟から這い出た。

 

 外へ出て、そこが山奥であることを知った。同時にその呪物は自らを目覚めさせた大きな衝撃に対する疑問を深めた。なぜこんな山奥でたくさんの人間が死んでいるのだろうと──それもほぼ同時に──不可解な感情が起こった。

 

 ソレは近くに飛んでいた鳥を縊り殺すと、その肉体に乗り移った。空を飛び、俯瞰して状況を把握することにしたのだ。道中、ソレは思索に耽っていた。

 

(この死者の数はいったいなんだ。生贄にしては不可解だ──なんせ、数少ない生存者も例外なく瀕死の状態だ。()()()()()()()()が死んでは元も子もないだろう。となれば儀式に失敗したか──だが四◯◯人もの命を代償とした割には、さほど大きな呪力の乱れも見られない)

 

 ヒントは目覚めのきっかけにもなったあの大きな衝撃だろう。呪術に関与しない形で──あるいはまた新たな力による──それはたいそう大きな爆発があったに違いない。山全体を揺らすほどの膨大なエネルギーに好奇心を抱き、ソレは鳥の背に乗って爆心地の方へ滑空した。

 

(──ほう)

 

 ソレは思わず息を呑んだ。生前ですらなかなかお目にかかれないような地獄絵図に立ち止まった。

 

 木が燃えている。動物が燃えている。人の死骸がバラバラになって燃えている。

 山の土砂は抉り取るように削られ、木々は引きちぎられたかのような断面を残し薙ぎ倒されていた。まるで局所的な台風でも現れたかのようで、生命は皆蹂躙されていた。

 

 肉の油の焼け焦げる臭いが一面に立ち込めている。

 徐々に高度を下げると、炎の陰でなにかがてらてらと輝いているのに気がついた。なにかと思えば血であった。地面は血でぬかるんでおり、赤く染まっていた。そんな中で、ポツポツと人の腕やら足やらが突き刺さっている。

 

(ああ──地獄だな、これは)

 

 特に興味をそそられるのは、放射状を描いて散らばった金属片であった。それはどれも細かな技巧が施された機械であった。

 外壁を想起させる滑らかなものもあれば、沢山の絡繰(カラクリ)が詰め込まれているものもあった。どれも人肉がみっちりと詰まっており、詳しい構造は分からなかったが、著しい技術発展により作られたものであることは一目見て分かった。

 またはち切れた分厚い金属板が熱く燃え盛っている。それは二対あるようで、呪物はなぜか鳥の翼のような印象を受けた。

 

 信じがたいことだが、これは空を飛んでいたのだろうと呪物は推測した。鉄塊が空を飛ぶなど信じがたいが、封印を解くほどの衝撃を思えば納得できないわけではなかった。

 ようは鉄塊が空を飛べてしまうような速度で、ここにぶつかったのだ。

 

 中には人が乗っていたのだろう。彼らは落下の衝撃に耐えきれず、どれも悲惨な末路を辿っていた。人と分かる形をしていればまだ良い方で、酷いものだと数十メートルにわたって擦り潰されたような跡を残している者もあった。

 

 手がない者、足がない者、腰から上が切り離された者。

 あるいは、墜落の衝撃でそうなったのか、手が三本ある者や頭が他人の胴体に埋まっている者もいた。いずれにせよどの肉体も欠損あるいは合体しており、地獄がそこにあった。

 

 なるほど、これなら死者の数にも納得できる。十数名の生存者(といっても虫の息だが)が奇跡と感じられるほどの惨状だ。

 

 ソレは上空を数度旋回したのち、あることを思いついた。

 

 今の貧相な肉体はうんざりだ。鳥も悪くないが、戦いに適しているとは言えない。ならば、この場で新たな肉体を見繕ってしまおう、と。

 せっかく目の前に新鮮な肉体があるのだ。宿木となる寄生先を見つけるのが最適なはずだ。

 

 ただ懸念材料が一つあるとすれば、その場にあるのが成長過程の肉体ばかりであったことだ。子が重宝されている時代であれば良いのだけれどと、ソレはため息をついた。

 

 これも巡り合わせかとソレは事故現場に近づく。今この瞬間も一つ、また一つと肉体候補が死んでいる。一度そうと決めてしまえば素早く行動に移したかった。

 選り好みはしないが、せっかくなら呪術的素養のある子を選ぶのが良いと思った。

 

(死んでいる肉体に乗り移るのは面倒だ。すぐに腐るからな)

 

 微かな生体反応を頼りに、鳥は火の中を飛び回った。

 やがて鳥は気になる反応を見つけた。

 

 それは今にも消えてしまいそうな瀕死の命だった。腕はもげ、腹には鉄板が突き刺さり、臓物はぼたぼたとこぼれ落ちていた。彼の血か、あるいは他人の血が彼の服をぐしょぐしょにしている。意識はもうほとんどないのだろう。ぐったりしていて元気がない。

 

 だが、かろうじて残った片眼には闘志が見られた。己の運命を呪うのか、あるいは神でも呪っているのか──死の間際にあっても視線を釘付けにされてしまうほどの高潔な意志があった。

 そして溢れんばかりの呪力がただならぬ気配を感じさせた。

 

(この呪力量……死に瀕するのはこれが一度目ではないな)

 

 その少年に、呪物はどうしようもなく執着し始めた。

 他にもまだ見ていない生存者はいる──この呪力量も、死に際のものと考えれば不思議ではない。

 だが、ソレは少年に興味惹かれた。

 

 この地獄の中でただ一点──暗闇の中で輝く光のように──その魂は存在していたのだから。

 

 “ああ、導いてやりたい。あの類い稀な魂を。”

 

 寒さで震える身体を暖めるために、焚き火へ手をかざすように。

 その呪物は他の血肉を避け少年の元へと進んだ。

 

 

◯●◯●◯

 

 

義兄(にい)さん──にいさん!」

 

 遠くから声が聞こえる。それは幼い女の子の声で、なにがそんなに悲しいのか泣いているようだった。

 どうしてそんなに泣いているのだろう。気になって瞼を開くが、辺りは一面真っ暗な闇で包まれていた。聞こえてくる泣き声の主さえ、どこにも見つからない。

 

「どうして──ああ、████!」

 

 声が段々と不明瞭になっていく。なにを叫んでいるのか、誰が叫んでいるのか──その声が自分に向けられたものであると自覚できないほど、僕の意識はぼんやりしだした。

 

 困ったな。どこにいるんだろう。いくら探せど、声の主は見つからない。本当に困っているのは彼女の方だろうから、僕がなんとかしてあげないと。

 

 使命感に駆られて身体を動かそうと試みたが、指先一つ動かせなかった。

 

 まるで身体が死んでしまったみたい。様々な部位に伸びる神経が、脊椎でぷつりと切り離されたかのようだ。

 ズブズブと手足から先がなくなっていく気がした。もはや手足に感触はなかった。いつの間にか瞼を開ける力もなくなった。ついに胴体までもなくなって、そのうち声も聞こえなくなった。

 

 僕は無力だ、と初めに思った。次に、なぜ幼い女の子が泣かねばならないのか、なにもできない自分に怒りを覚えた。

 

 様々な思いを巡らせていく中で、僕はようやく気が付いた。女の子の声が悲しみで溢れている理由が分かった。

 僕は死んだんだ。

 

 ……助かる見込みはあるのだろうか。いいや、きっと無理だ。なぜって、身体の感覚がもうない。きっともう、僕にはなにも残っちゃいないのだ。

 

 良い人生だっただろうか。悔いはなかっただろうか。そんなありきたりな疑問はすぐに過ぎ去り、残ったのは遺してきた人たちのことだった。

 

 養父養母にはなにも恩を返せなかった。義妹にはなにもしてやれなかった。そんな諦観が胸の内を占める。

 死に際だというのに、不思議なくらい僕は冷静だった。

 

「──、────」

 

 また声が聞こえた。

 今度は知らない声だった。男か女かも分からない、若いのか老いているのかも曖昧な声で囁かれた。

 

「お前──優しい奴だな。今際の際に他人を慮れる人間はそういない」

 

 今度はハッキリと声が聞こえた。僕は驚きながらも言葉を返そうとしたが、うまく喉が開かなかった。

 

「ああ、いい。話さなくてもお前の言いたいことは分かる。“誰?”と言いたいのだろう」

 

 ズバリと言い当てられ、さらに僕は動揺を増した。

 

「かっかっか、良い反応をするな。現代(いま)の子供は皆こうなのか……? ああ答えてなくて良い。これは独り言だ」

 

 その声はひとしきり笑うと、満足げな声色でこう言った。

 

「お前、自分が一度死んだと自覚しているな? ……正確には全身の機能が停止した、と言い換えたほうがいいのだろうが」

 

 うん。とだけ心の中で念じる。

 

「なら良い。自覚は重要だからな。認識、と言い換えても良い」

 

 息をするのも忘れて──とうに呼吸などせず、その声にばかり耳を傾けた。

 不思議と心が落ち着く声だなと思った。死んでしまったというのに、変な気分だった。

 

「死んで、落ち着いた気持ちになるのがおかしなことか? 私は自然だと思うがね……そりゃ悔いや怒りはあるだろう。でも結局みんな諦めて、死に納得するのさ」

 

 そういうものなのか、と返すと、そういうものだ、と返ってきた。

 

「もっともお前はまだ死んじゃいない。肉体こそ死んだが、運良く魂は私の生得領域にある。私が少し頑張ればお前を生き返らせてやることだってできる」

 

 どういうことだ? 神様かなにかなのか、と思った。

 

「そんなものだ。神なんてのは気まぐれで厄介なんだ」

 

 と謎の声はうんざりした調子で言った。

 

「ともかく……お前を生かしてやろう。その代わり、お前は私を精一杯生かせ」

 

 それって、どういう意味?

 疑問が頭の中で浮かぶ。

 

「私はお前の身体に居着くことにしたんだ──お前が死ねば私も死ぬ。だからせいぜい生きろと言っている」

 

 真剣な言葉遣いで謎の声は話した。

 

「これは縛りだ」

 

 と、念を押すように謎の声は付け加える。

 

「──分かった」

 

 答えると、真っ暗な深海から意識を引き起こすような感覚が急に起こった。吐き気、頭痛、手足の痺れ──全身の血液を抜かれ、内臓を洗われたかのような感覚を経て、ようやく視界に光が戻った。

 それは確かな生の感触だった。

 

 目を覚ますと、そこは見知らぬ体育館であった。

 僕の胸元には、幼く愛らしい義妹の姿があった。

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