おねーさんから好かれるが全員病んでる天与呪縛 作:アストラの直剣
昨夜行われた日月星進隊の掃討により呪霊の数は落ち着いたらしく、真希ら呪術高専一年生は夜蛾学長から休日を与えられた。一週間以上もの間、夜通し働きづめだったので、真希の同級生はみな休みを有難がっていた。
真希も久々の休日に喜びを感じていた。だが彼女の心の中にはモヤモヤした感情が絶えずあった。それは昨夜の巡回に関することだった。
真希はそのモヤモヤが解消できずにいた。
「はあ──」
真希は目覚めると、一番に溜息をついた。時計を見ると昼の一時であった。
溜息も出るというものだ──もう、一日の三分の一を消費した気分だったから。
普段はもっと早起きなのだが、こんな時間に起きるのには理由があった。
仕事の終わりが夜明けごろ。そこから風呂に入ったり飯を食ったりして、ようやく朝の七時に真希は眠りについた。となれば六時間しか眠らなくっても昼の一時。生活リズムはぐちゃぐちゃで、どうも気分はすぐれない。どうにかならないものかと思うが、事情が事情なので仕方なかった。
普段、呪霊退治は昼間に行われるのがほとんどだ。だがそれはあくまで人目につかない場所だからだ。だが今回の呪霊大量発生の現場は民間人が多く住む街中である──昼間に武器を持って歩くわけにはいかないので、どうしたって動けるのは夜の間だけだった。
おかげで昼夜逆転である。
真希は疲れが取れずにだるいままの身体をなんとか起こして、街に出る準備を始めた。
「憂太は……まだ寝てるか」
せっかくの休日だ。久々に街の道場へ出向き身体を動かそうと真希は考えていた。ついでに憂太も連れて行こうとしたが、寝ているだろうと思いやめた。
自分も他の同級生らと同じように休んだ方がいいのだろう。けれど今の真希はなにかに急かされているようだった。
眠気覚ましに水を飲むと、そのままペットボトルを捻じ曲げた。睡眠不足とはまた別に、やりきれない思いが彼女の内に溜まっていたのだ。
真希の悩みの種は例の日月星進隊に他ならなかった。
上の指示で彼女たちと共に呪霊の討伐に出向いた──こういう、外部の人間と仕事をすることはよくあった。呪術高専には教員の数が少ないので、教員だけでは補えない技術などは外部講師がやってくるのだ。他にも等級の高い仕事などに付いていき、見分を深めることもある。
そういった狙いがあるのは知っていたから、真希自身学びもあるだろうと外の人と関わるのも悪くはないと思っていた。
だが日月星進隊という組織に聞き馴染みがなかったから、多少の不信感があった。それでも前向きに、自分の糧となるだろうと真希は考えていた。
しかし実際に目の当たりにしたのは越えられなさそうな高い壁であった。
──ほぼ同時と言っていいタイミングで繰り出される複数の斬撃。追いつくのがやっとの移動速度。そして迷いのない太刀筋と、他を圧倒する殺意。
(速さならうちの投射呪法と良い勝負してんじゃねえかな──いや、局所的にはあれ以上かもしんねえ。なんせ複数の呪霊を同時に切ったんだ)
真希の網膜には昨夜の出来事が焼き付いていた。例の鯉口という術師──おそらくは術式なのだろうが、通常の移動速度ですら群を抜いた素早さだった。真希は彼女の後を追うのがやっとであり、追いついたかと思うとすでに呪霊が倒されていたというのがほとんどだった。
(嫌でも家のことを思い出しちまうな。完全に足手まといだった)
考えれば考えるほど、真希は不貞腐れたように溜息をついた。いてもいなくても変わらない──戦力として数えられていない。お前は無力なのだと、言われているような気がする。
それに昨日の成果を思い出すと、更に気は落ち込んだ。
巡回の結果は想定以上だった。たった一晩の間に、ほとんどの呪霊は狩りつくされてしまった。
それは真希や乙骨がここ一週間頑張って行っていた活動での成果を軽く塗り替えるものだった。
一晩中、まるで疲れを知らないロボットみたいに走り続け、出会う先々の呪霊を立ち止まることなく切り刻んでいく──呪いを祓うために最適化されたその動きと剣術は、真希のプライドを傷つけるのに十分だった。
「ああ──落ち込むなんて、柄でもねえ」
見下すやつらを見返してやろうという普段の反骨精神も、慢性化した睡眠不足のせいか上手く働かなかった。なにより自分は見下されてすらいなかった……完全に眼中になかった。
一週間かけて崩れた生活リズムのせいで疲れ切った頭は、卑屈な感情ばかり吐き出し、そしてそれを解消することもなかった。らしくないな、と思うが、どうにもならなかった。
真希は呪力が使えない。だから必然呪力強化という術も持ち得ない。
だが呪力がないからこその天与呪縛によるずば抜けた身体能力が持ち味なのだ。それすら上回られた気がして、自分にはなにもないのではないかというネガティブな感情が心を支配しだしていた。
「だああっ、もう! ぐだぐだ考え込んでも仕方ねえんだから、練習しねえと、練習!」
不安を払いのけるように、自分へ言い聞かせる。
強くなればこんなくだらない不安を感じることもなくなる。
強くなれば、くそみたいな世の中から守りたいものも守れるようになる。
そのためには、とにかく鍛錬せねばならない。そう考え、真希は街の道場に足を運んだ。
だがせっかく道場へ出向いたというのに、目当ての姿が見えない。聞けばここ一週間以上来ていないとのことだった。
(前会ったときは元気そうにしてたのに……さぼりか?)
不満げに口を曲げながら竹刀の打ち合いをする。鯉口の人間離れしたスピードを目の当たりにした後だと、どれも緩慢な動きに見えた。
思いとは裏腹にどうも身が入らないので、道場での練習は夕方ごろに切り上げ、高専へ帰宅することにした。
帰りがけ、まっすぐ高専へ向かうのではなく、真希は無意識に道場の近所をふらふらと歩いてた。
特に意味はない。なんとなく、歩いていれば見知った顔に会えるのではないかと思ってのことだった。
「……って、なにしてんだ私は。くだらない、さっさと帰ろう」
通学路には学生の姿もちらほら見える。探せば見つけられないこともないだろう。だが会ってなんの話をするというのだ。
最近さぼってるんじゃないのか、とでも叱るのか? 向こうにだって事情というものがあるだろうに。
ああ、疲れているんだ。特に今は気が落ち込んでいる。早く帰って休んだ方がいい──
そう思い踵を返すと、真希の隣をタクシーが通り過ぎた。一瞬しか見えなかったが、知っている顔が見えた。
(っ! 日月星進隊の、鯉口!)
昨日バディを組んだ彼女が、どうしてこんなところに。驚きのあまり、真希は吸い寄せられるようにタクシーへ視線を注いだ。
数十メートル進んだところでタクシーは停車し、中から鯉口が降りてきた。
もう車内にはもう一人いるようで、まるで介抱するみたいに鯉口はそのもう一人を車から降ろした。
その一人の姿が、真希には衝撃だった。
(京介……!?)
ただの一般人。よく行く道場でよく組手をする彼が、なぜだか呪術師と共に行動をしている。
その事実は真希の表情を驚きで強張らせた。
そして真希は昨夜のことを思い出した。
あの呪霊を難なく祓っていた鯉口を打ち負かした何者かがこの街には潜伏していたのだ──真希はその何者かの姿を遠目ながら目撃していた。暗くて顔はよく見えなかったが、真希はなぜか彼の名を思い出していた。
(そんな……まさか!)
だが事実として、目の前では二人が話をしている。鯉口は相変わらずの仏頂面だが、京介はなにやら和やかに笑っているように見えた。
昨日の何者かが京介ではないにしても、目の前の二人に何やら密接な関係があるらしいことを真希は悟った。
二人はほんの二、三言葉を交わすと、挨拶をしそのまま鯉口はタクシーに乗って走り去っていった。
一人残された京介のもとまで、走って行って声をかけることはできただろう。鯉口とはどういう関係なのか聞くこともできたかもしれない。
だが、そうする理由がない。京介からすればあまりにも不審な行動だ。
結局真希は答えを見出せず、彼が角を曲がり消えるまで通学路に突っ立っていた。
胸の内のモヤモヤは、また新たな感情を孕んで混ざっていった。暗い気持ちは未だ解消されることなく、真希はそのまま呪術高専へと帰っていった。