おねーさんから好かれるが全員病んでる天与呪縛   作:アストラの直剣

11 / 11
肝心な基礎練!

「よしっ、今日はこのくらいでいいんじゃないかな」

「ふう……」

 

 ゆっくりと息を吐きながら全身を脱力させる。それから静かに刀を下ろした。

 力が抜けるのと同時に、刀から呪力も抜けていった。

 

 刀に向けられていた意識は次第に周囲へと向けられていく。目に入るのはマンションの一室であり、ここが鯉口の住居であることを京介は思い出した。

 

「君、結構筋がいいね。独学でやってたとは思えないくらい……呪力操作だけなら私と同じくらい上手」

「プロの人にそう言ってもらえるとうれしいです」

「プロだなんてやだなあ。ちょっと殺しが上手いだけだよ」

 

 鯉口は朗らかに笑った。

 意外と表情豊かな人だな……と京介は思った。

 

 なんせ第一印象がアレである──真夜中、血に飢えた獣のような目をして切り付けてきた辻斬りの姿とこの笑顔では印象が乖離している。まあ、「ちょっと殺しが上手いだけだよ」など危うい発言が度々見られるところから本質は印象通りなのだろう。心なしか笑顔も怪しげな気がしてきた。

 

(けどまあ、なんだか慣れちゃったな──)

 

 かれこれ数週間。学校終わりの放課後と休日を利用し、京介は鯉口の住まうマンションに通い詰めていた。彼女に切られた足の腱の治療を受けるのが主な目的である。呪術を用いた怪しげな治療だったため心配もあったが、幸い鯉口の処置は適切なものだったようで、来週ごろには毎日の治療も必要なくなるだろうとのことだった。

 

 ただケガのこと以外でも、京介がここを訪れている理由があった。それは呪術のことである。

 鯉口が呪術を教えてくれるというので、京介はその話を甘んじて受けることにした。師匠が既にいる状態で別の誰かから教わるというのは気が引けたが、現代の呪術を知ることも大切だろうと師匠が言うので京介は後ろめたさを感じることなく呪術を学ぶことができた。

 

 同じ呪術の練習ではあるが、やはり時代が違えば考え方も多少は異なるようで、異なるアプローチから京介は基礎を固めていった。

 また知識に関してはやはり現代のほうが優れていると感じられた。なにせ京介が戦う呪霊は現代の呪霊なのだから。都市伝説やら怪談話やらは師匠の範囲外といえた。

 

 とまあ、はじめは殺し殺されの危うい関係であったが、今はちょうどよいバランスの中で上手いことやっていた。

 ただ京介には一つ気がかりなことがあった。

 

(今はまだバレてないからいいけれど……師匠のこと、ずっと隠し通せるはずがないしな──)

 

 鯉口が所属しているという「日月星進隊」の業務目的。それはこの街で起こっている異常事態の解決だという。呪霊の大量発生への対処と原因究明、そして事態の解決。

 

 京介が頭を悩ませているのは、その原因とやらが師匠のことらしいと気づいてしまったからだ。

 

(僕の中にいる呪物がおそらく原因です。なんて言えるわけないよな)

 

 そんなことを言った日には、どんな目に合うか想像に難くない。きっとバラバラに切り刻まれて殺される。

 師匠が手伝ってくれるのならまだしも、京介一人で鯉口に勝つビジョンがどうも上手く想像できなかった。まあ初戦は一応勝ったわけだが辛勝であったし、二度目は呪力の捻出ができず抵抗すらままならないまま負けている。

 

 そもそも一度目だって、とどめを刺したわけじゃない。なんらかの縛りの結果、心臓が破裂したのだ。

 

 勝てるように強くなるか──あるいは。

 

「とりあえずこれで私が教えられる基礎は終わったかな──知識はゆっくり身に着けていけばいいし。しばらくは基礎固めのための反復練習だね」

 

 けど、と鯉口。

 

「呪力操作はもう発展をやってもいいかもね。君ってば飲み込み早いし、発展形を知っておいたほうがイメージできていいかも」

「発展、ですか」

「うん」

 

 そう言って鯉口は傍に置いてあった日本刀を手に取り、鞘から引き抜いた。

 

「呪力強化は身体の耐久や力を向上させるだけじゃなくって、刀なんかの武器の性能を上げることもできるって話はしたよね」

 

 京介は小さく頷いた。それを認めて、鯉口は話を継ぐ。

 

「でもただ呪力強化をするだけじゃイマイチなんだよね」

「イマイチ、ですか?」

「そ、イマイチ。例えばだけど、刀に切れ味とか耐久性とか……いろんなステータスがあるとする。私たちの呪力強化ってなにを強化しているんだと思う?」

「それは……ええっと、刀なら切れ味ですかね」

「じゃあもし強化するのがハンマーだったら? 切れ味は関係ないよね」

「そうなると、耐久性が強くなるんじゃないですか?」

「じゃあ肉体は? 肉体も耐久性が増すけど、でも力だって上がるよね」

 

 なるほど。京介は鯉口の言いたいことがだんだんと分かってきた。

 呪力強化とひとくくりに言っても、強くなってほしい部分にはモノによってムラがあるのだと鯉口は言っている。

 

「だからね、100パーセントの実力を発揮するためには強化する指向性を定めるのが大切になってくるってこと。単純に刀の切れ味だけを上げたいなら、他のなにかを強化する必要はないんだから。耐久性や力を捨てて切れ味だけに集中してもいい。そうすれば安い刀でも業物のようにモノを斬れる」

 

 身体能力を強化するにしても、攻めに出るなら力が上がってほしいし、攻撃を受けるなら耐久性が上がってほしい。スピードだって必要な場面がある。けれどそれらすべてを均等に向上させているのなら、無駄になっている部分もあるのではないか。

 

 もし切れ味だけに強化を集中させることができるなら、鯉口の言うようにどんな刀でも一級品の一振りに変化するだろう。だが──

 

「それって可能なんですか? 目に呪力を集中させれば視力が上がるみたいな話ですよね」

「できないことはないんじゃない? ただ呪術師の場合は視力を上げるより呪力を感じ取って戦うからあまりしないだけで。それに術式で目の周りにある筋肉を強化して動体視力を高めるなんて話もあるし」

「…………」

「けっきょく筋力上げてるだけじゃん、みたいに思ったでしょ!」

 

 不満げな表情で鯉口が見つめる。

 しばらく睨み合うように見つめ合ったあと、はあっと鯉口は溜息をついた。

 

「けどまあそんな感じの話だよ。力が強くなるって、具体的には何が上がってるの? 呪いの力? どうしてそれで早く動けたりするの? 呪力をまとって、どうして防御できるの? 幼い頃からこの界隈にいるけれど、私は未だによく知らない」

 

 自分なりのイメージはあるけどね。と鯉口。

 

「なんとなくだけど、相手の表面にある呪力の防御壁を剝がすように呪力をぶつけることが結果的に切れ味が上がったように見えているのかもしれない。チェンソーみたいに呪力を走らせて削ったり、あるいは中和したりしてるのかも──なんてイメージ。それを意識的に指向性を持たせて行うの」

 

 鯉口はそっとつぶやくように言った。

 そして、不意に京介の手を取った。骨の凹凸を確かめるようにじっくりとその表面をなぞる。

 

「君は呪力操作が得意だから、ひょっとしたらそうした強化の使い分けが上手にできるかもしれない。もしできるなら、これは君の大きな武器になると思うよ。ただ呪術はいかに解釈してイメージするかが大切だから、そこがネックかな」

「……はい」

「手本を見せてあげられたらいいんだけれどね」

 

 アハハ、と鯉口は笑った。

 

「私はちょっと苦手でね……あれこれ考えられないタイプの人間だからさ。ま、君は呪力操作も体術も得意なんだから、練習する余地はあるよね」

 

 そう鯉口は微笑んだ。

 京介はなんだか不思議な心持ちだった。一度は殺し合いをした仲なのに、数週間するうちにこうして呪術の授業を行うようになり、果てはこうして柔らかな年相応の笑顔さえ見せる。一度は慣れたと思ったけれど、やっぱり変だなと思ったのだ。

 

「今日はこれで終わり。なにか質問とかある?」

 

 今はまだ昼前だったが、今日の練習はこれで終わりだと鯉口が言った。久々の休みになりそうだと思いながら、京介は以前から気になっていたことを訊ねた。

 

「結界術とか気になってるんですけど……」

「ああー、結界術ねえ……」

 

 気まずそうに鯉口は言う。

 ああ、できないんだなと京介は悟った。

 

「結界術なら鎬さんのほうが適任かなー。私はもっぱら前線に出張るのが仕事だから」

 

 鎬、という名前は度々耳にしていた。鯉口と同い年くらいだそうなのだが、彼女の上司で日月星進隊の副隊長を務めているのだという。

 一度も姿を見かけたことはないが、ここ最近の任務で昼夜逆転し、昼間は起きてこないのだということだけ知っていた。

 だがそれ以外は何も知らない。

 

「鎬さんには私から言っておくよ。じゃあ練習も終わったし、お昼でも食べよっか」

「あ、ありがとうございます。……あの、鎬さんってどんな方なんですか?」

「どんなって……気になる?」

 

 キッチンの方から声が聞こえてくる。京介は「はい」と返事をした。

 すると鯉口がおどけたような口ぶりで話す。

 

「厳しい人だよ、私よりスパルタだから気を付けてね」

「っ、はい」

 

 キッチンからはガサゴソとカップ麺を漁る音が聞こえてきた。湯を沸かすためのガスの音も聞こえる。

 ここ数週間、休みの日はこのマンションに来ていたので、昼はずっとカップ麺を食べていた。京介は週に二度だからいいものの、鯉口らは毎日三食カップ麺らしい。

 なんとも不健康で、以前からそれが気になっていた京介はある提案をした。

 

「あの、今度来るときは僕が料理を作りましょうか?」

「えっ作れるの?」

 

 素っ頓狂な声が奥から聞こえてくる。京介は謙遜気味にこう返した。

 

「簡単なものですけどね。カップ麺ばっかりの生活だと味気ないかなと思いまして。それにいろいろとお礼もしたいですし」

「そんな、お礼なんていいのに。……でも、京介君の手料理かあ、食べてみたいかも」

「だったら決まりですね。来週の休みは食材買ってきますから、食べたいものとか苦手なものがあれば教えてください」

 

 そう訊ねると、鯉口はしばらく考えこんだ。

 やがてカップ麺を手にキッチンから戻ってくると、深刻な顔つきでこう答えた。

 

「明日でもいい? 決めきれなくって」

「いいですけど……」

 

 優柔不断な人だなと心の中で思う。

 

 三分ほどするとアラームが鳴ったので、食事を始めた。

 麺を啜りながら鯉口がこんなことを話した。

 

「そうだ。今後の方針なんだけど、そろそろ外で身体動かしながらやりたいなって思うんだけれど、このあたりでそういうことできそうな場所ってある?」

「公園とかですか?」

 

 訊き返すと、鯉口は首を横に振った。

 

「公園はダメ。人目に付かない深夜でもい、刀振り回してると警察来ちゃって面倒だから。道場とかあればいいんだけれど」

 

 と鯉口は深刻な顔で話す。

 

(警察来たことあったんだろうな……)

 

 心の中でそう思いながらも、京介は思い当たる場所を話題に挙げた。

 

「それならいいところがありますよ。幼い頃から通っている場所があるので、午後からさっそく行きましょうか? 久しぶりに顔を出したいですし」

 

 そう伝えると、鯉口は顔を明るくした。

 

「いいね、道場。他に人がいるなら、たまには手合わせもしたいし──ああけど、今日の午後はもう予定が埋まってるから。来週からにしようか」

「? 予定ですか?」

「うん」

 

 するすると麺を啜り切ると、鯉口は箸を机に置いた。

 

 そしてその手を一瞬京介の頭の位置まで掲げたが、思いとどまったように動きを止め、ぎこちなく京介の背を叩いた。

 

「数週間頑張ったんだし、ご褒美あげないとね。今日の午後は買い物に行きます」

 

 頭でも撫でようとしたのだろうか。京介は鯉口の不審な挙動に、顔をしかめつつも、ご褒美や買い物といった言葉になにやら裏があるような気がしてならなかった。




※呪力強化や操作の話はかなりオリジナルの解釈が混じっているので注意。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。