おねーさんから好かれるが全員病んでる天与呪縛   作:アストラの直剣

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時期は乙骨世代が一年の頃を想定しています。


変な呪霊に襲われた!

 学校から帰ると義妹が僕を出迎えてくれた。近くの中学校の制服を身に纏っていることから、どうやら彼女も下校したばかりのようだった。

 

 夏の暑さで汗ばんだ頬を撫でながら、「おかえり義兄さん」と彼女は言った。僕もまた同じように返事をする。すると義妹は嬉しそうににこりと笑った。夏らしい涼し気なセミロングと、外ハネの癖毛が彼女の笑顔を引き立てていた。

 

 いつまでも見ていたいかわいらしい笑顔だったが、あいにく僕には用事があった。

 だからすぐに家を出るつもりだったが、義妹は心配げな声で僕を引き留めた。

 

 理由はハッキリしていた。二週間前の修学旅行での事故が原因だった。

 

「義兄さん、その……」

「? どうかした?」

 

 義妹──ツキは物言いたげな目でこちらを見つめる。ツキは中学一年生にしては背が高く、中学二年生の僕は未だに背で追い抜くことができていない。だがそれも仕方ない。僕とツキは血の繋がりがない義兄妹なのだから。

 

 義妹、雲隠(くもがくれ)ツキ。

 そんな彼女の兄である僕は、雲隠京介(きょうすけ)と、扶養先の名字を名乗っている。名字は同じなので、血の繋がりがないとはいえ本当の兄妹のように親しく接してきた。

 

 背の高い養父養母の遺伝子を引き継いだ彼女はやはり背が高い。僕はどちらかというと、これからが成長期といった感じだった。

 

 そんなツキが、グッと僕の方を見て言うのだ。背の高さも相まって威圧感を感じる。

 

「最近なにかと物騒な話を聞きますから、あまり出かけないほうがいいのではないかと……」

「心配いらないよ。道場はすぐそこだから」

「……でもっ」

「大丈夫。ちゃんと夕食までには帰ってくるから」

 

 そう笑って返すが、ツキは相変わらず心配げな表情をしていた。こうも心配性な方ではなかった気がするが……前からよく懐いていたけれど、退院してからの数日間はなにをするにしてもベッタリで困る。

 朝ごはんを食べるとき、居間でくつろいでいるとき、夜眠るとき……とにかく常に隣にいる。

 

 やはりあれが原因なのかなと、二週間前の修学旅行での出来事を思い返した。

 修学旅行は二泊三日あり、その旅程で大きな問題は一つもなかった。だがしかし、トラブルは帰りの飛行機で起こった。原因はハッキリと知らないが、突如コントロールを失った飛行機が山奥へと墜落したのだ。

 

 飛行機事故で助かる事例はいくつかある。だがそのほとんどは海や川、整備された平地といった胴体着陸が可能な場所での話である。僕らの乗る飛行機が墜落したのは急峻な山であった。ほとんどぶつかるような形で落下した飛行機は、悲惨にも大破したのだという。

 つまるところ、本来であれば皆即死。せいぜい空中に放り出された遺体がかろうじて形を保っていればいいな、というような絶望的な状況だったのだ。当初捜索隊も生存者の可能性をほとんど考えていなかったと聞く。

 

 しかし生存者がいたのだ。それも何人も──他の遺体のほとんどが個人を判別できぬ状態であったのに対し、数少ない生存者は皆無傷だったのである。その事実は世間を大いに賑わした。

 

 概ね生存者の発見された位置は限られていた。衝突の影響が少なかった、尾翼付近の席に座っている者たちが生き残っていた。

 

 そうして生き残ったのが僕だという。……他人事のように語るのは、僕自身あまり実感がないからだ。正直、事故前後の記憶が朧げなのだ。

 ただ一度は死んだと思われていた人物がこうして生きていたのだから、義妹の異様な執着にも説明がつく。誰だって家族が生き返ったのなら喜ぶだろうから。

 中学生なんて、感受性の高い年頃だ。身近な人間の死をまともに受け止めることができたとは思えない。

 

 なので彼女が心配する理由もよく分かる。ただ身体はなんともないのだから──本当に、不思議なことにかすり傷ひとつないのだから──どうにも実感が湧かず、ズレた反応しか返せないのが辛いところだった。

 

 義妹を振り切り、僕が向かった先は近所の道場だった。

 幼い頃から通っている道場である。精密検査の結果、とくに問題はないとされたので今日から稽古に加わることにした。

 

「おう京介。元気してっか」

 

 道着に着替え、稽古場に入った僕の頭をグシャグシャとかき混ぜる女の人がいた。彼女は近くの高専生で、今年の春から東京に来て勉強しているのだという。

 昔から武術は嗜んでいたらしく、東京に来てもその習慣を続けるためにこうして放課後道場に通っているらしい。

 

「はい、元気です。ピンピンしてます。前にやった真希さんとの組み手の方が大変でした」

「そうか、健康なのは良いことだ。うん」

 

 真希さんは笑顔でビシバシと僕の背中を叩いてくる。

 彼女が飛行機事故のことを知っているのかどうかは分からない。だが事故以来、長期間休んでいた僕を励まそうとしてくれていることはなんとなく分かった。

 

 普段稽古の立ち合いでは厳しいのに、この人はたまにこういう優しさを見せる。彼女が道場の人から良く好かれている理由が僕にもなんとなく分かる気がした。

 

「今日は乙骨さんも来てるんですね」

「アイツ、武術経験がないから鍛えてやってるんだが……高専だと武具同士の立ち合いできるのが私くらいしかいないから、この道場に来るのが一番いいんだ」

「高専って武術経験とかいるんですか……?」

「え?! あ! あれだよ! ほら、いろいろと体力仕事も多いんだよ」

 

 バシンと、真希さんはまた僕の背中を強く叩いた。正直痛い。

 真希さんの動揺している姿は珍しい。早口で理由を言い切ると、彼女は取り繕うように視線を乙骨さんの方に向けて檄を飛ばした。

 

「おーい憂太! 休むんじゃねえぞ!」

 

 乙骨さんはチラリとこちらを見て、僕に気付いたのか軽く手を振った。その合間をつかれて頭に竹刀を叩き落され、痛そうに頭を擦っている。

 彼は道場の奥で竹刀の打ち合いをしていた。防具を着けていないからか、竹刀が身体へ叩きつけられるたび痛そうに口元を歪ませていた。

 彼とは修学旅行以前からの付き合いで、よく話をする間柄だった。お互い真希さんから厳しく指導されているので、痛みを分かち合うように自然と仲良くなった。

 

 竹刀の打ち合いもそうだが、徒手空拳やその他武具の練習もさせられていて、本当に高専という場所へのイメージが僕の中で変わりつつある。

 

「最近物騒な話も多いし、アイツも強くならなきゃなあ」

 

 と真希さんは呟いた。

 物騒な話……そういえば、義妹のツキもそんなことを言っていた気がする。

 最近増えたこと、というと、僕は嫌なことを思い出した。

 

 ここ最近……明確に言えば、飛行機事故以来。僕は変なものをよく見るようになった。

 それは現実味がまるでない幻覚で、きっと事故の後遺症なのだと思う。病院ではたまに見る程度だった幻覚は、この街に帰ってきてからというものの毎日のように見るようになった。特に夜の帰り道は多い。だから帰りは少し憂鬱だった。

 

 ひとしきり稽古を終え、掃除を済ませたころには夜の八時を回っていた。真希さんや乙骨さんは山奥にある高専の寮で暮らしているため、六時ごろには既に帰っていた。

 夏が近づいているとはいえ、八時だと外は真っ暗である。走って帰れば夕食に間に合うだろうかと思いながら、そそくさと道場を後にし僕は走り出した。

 

 道場と家はそれほど離れていない。走れば十分もかからないだろう。

 稽古の疲れはあったが、義妹を心配させているからという気持ちと、ときどき見える幻覚への恐怖が僕を走らせた。幻覚は昼間よりも夜中の方がよく見えた。

 

 家まであと五分。そんなときにおかしな出来事があった。

 

「おい」

 

 ふと右から声を掛けられたのだ。声の位置はすぐそばにあると言っても良かった。一度立ち止まって振り向くが、振り向いた先には誰もいない。

 気のせいかと一瞬考えるが、確かに声は聞こえた。気のせいなはずがない。

 

 考え込んでいると、「おい」とまた右から声がした。

 

 ……ふと、義妹の言葉が思い返される。

 

『最近なにかと物騒な話を聞きますから』

 

 幻覚もそうだが、飛行機事故以降なにかと怪事件が増えているとの噂を聞く。不審者か、あるいは今度は幻聴が聞こえるようになったのか……僕は拳に力を込めて構えた。

 

「なんだ? どこにいる」

「どこもなにも、お前の頬だ」

「!」

 

 思わず頬に手を当てる。意識すればするほど、先ほどの声が自分の頬から聞こえていたように思えて仕方がない。だがそんなことあり得るはずがない──いったい何が起こっているのかと、頬に手をあてながら更に周囲へ警戒を強めた。

 

「ふむ……周りを警戒するのは正解だ。だが私は敵じゃない」

「!」

 

 頬にあてていた手を思わず見た。そこには人の口が一つあった。

 

「ようやく気付いたか。やれやれ、先が思いやられるな」

 

 そしてその口は、まるで人のように饒舌に話し出した。それ自体が意思を持っているかのように、さっきの僕の行動に対して呆れているのだった。

 

「ゆ、夢か……?」

「夢じゃない、現実だ。まあ驚くのも仕方ない。あのときのことは覚えていないんだろう?」

 

 あのとき……?

 この不思議な口の言うことは分からないことばかりだった。

 

「それよりもだな」

「そ、それより? この状況より大切なことがあるのかっ?」

「ある。とにかく今は走った方がいい」

 

 なぜ、と疑問を発するよりも先に異変に気が付いた。

 目線を上げると、()()()()()()()()が住宅の塀の上からこちらを見ていた。

 

「あれは幻覚じゃない。呪霊だ。お前の命を狙っている」

「呪霊? 命を狙う?」

「ああそうだ。お前はどういうわけか呪霊──あの化け物に狙われている」

 

 口の語る話はまるで真実味がない。呪霊だの、命を狙うだの、まともに言葉が頭に入ってこない。

 

 唐突な出来事に困惑している僕をよそに、目の前の幻覚──対面している大きな鷲のような生き物が、住宅の堀から電柱の上に移動した。ような、と付くのはそれが翼の下あたりから人の腕を生やしていたからだ。確かにあれは化け物だ。

 

 そして嫌なことに、僕の命を狙っているというのは本当らしかった。

 

「あの鳥……ずっとこっちを見ている」

「言ったろう? お前の命を狙っていると」

 

 その言葉に意識が引き締められる。目を離せばその隙に首筋を掻っ切られてしまいそうなおどろおどろしさがあった。なるほど、あれは僕を獲物だと思っているに違いない。

 

 だが、どうすればいいのだ。戦うのは無茶な気がした。

 

「ひとまず殴れば良い」

「な、殴るって……どこを?!」

 

 鳥なんて殺したことがない。飛べないように翼を殴れば良いのか? でもあの腕に防がれてしまいそうな気がする。

 

「頭を狙え。一撃与えるチャンスがあるなら、そのとき確実に殺すべきだ」

「……! 殺すったって……!」

「来るぞ!」

 

 なにかの命を奪う覚悟もできないまま、戦いの火ぶたが切って落とされる。

 声に合わせるようにして呪霊──と呼ばれるものが飛びかかってきた。人の腕と思われたものには鋭い爪が備え付けられていて、切り裂かれてはひとたまりもないだろうと思われた。

 そんな爪が顔めがけて振り下ろされたのだ……だが、驚くほどに僕の意識は冷静だった。

 

「!」

 

 間一髪のところで避け、そのまますれ違うタイミングで右の拳を呪霊の頭に叩き込む。これまでにないほどの力と速度で振りかざされた拳は、まるで果物でもつぶすみたいにグシャリと頭蓋骨を破壊した。

 

「上出来だ。思った通り、肉体と呪力の親和性が高い」

 

 まるで空を切るようだった。飛び散った脳漿と血液が拳を熱く染め上げる。その感覚だけが実感ある戦いのあかしだった。

 呆気なさと、生命を奪った感覚が僕をその場で立ち尽くさせた。なんとも言えない、後悔のような感情が胸を占めていた。

 

「ぼうっとしている場合じゃないぞ。説明してやるから、ひとまず家に……ん。思ってたよりも来るのが早いな! ……ずらかるぞ。呪術師のお出ましだ」

「呪術師……? 人か? 味方じゃないのか?」

「ああ、人間の味方さ。だが今のお前は半人半呪、純粋じゃない混じりものだ。どんな扱いを受けるかは分からない」

 

 言葉の意味をすぐに理解することはできなかった。だがこの声の主に聞きたいことは山ほどあったし、家へ帰るべきだという意見はそいつと合致していた。だからあくまでも僕は自分の意志で家に帰ることにした。

 

「落ち着いたか?」

 

 口は無感情な声で言った。

 

「ああ、だいぶ」

「幸い、術式は行使していない。残穢がなければ連中も追ってはこれまい。遠くにさえ逃げてしまえば問題ないはずだ」

「分かった……聞きたいことはたくさんある。今は逃げよう」

 

 不思議と息は整っていた。僕は逃げるようにしてその場を去った。

 

 

◯●◯●◯真希視点◯●◯●◯

 

 

 最近やけに呪霊が多い。原因ははっきりしていた。例の飛行機事故が多くの負の感情を生んでいるのだ。

 飛行機に対する恐怖や人の生死に対する恐怖などもそうだが、なにより遺族が事故の生存者に対して向ける負の感情が最も大きい。「なぜうちの子は助からなかったのか」「なぜ彼らだけは助かったのか」「うちの子と彼らの違いはなんだったのか」……言葉にも出せないような様々な気持ちが、特定の十数名に対して注がれている。

 

 その影響は個人にだけでなく、彼らが住まう街全体に及んでいる。いまだ二週間しか経っていないというのに、既に街は呪霊の巣窟だ。

 

 そんなこんなで、私たち呪術高専の生徒は夜六時から町のパトロールを行うようになっていた。普段このようなことはないのだが(というのも、パトロールしても呪霊を見つけられない日が多いため)、ここ数日は嫌というほど呪霊と戦わされた。

 

「ふう……憂太、大丈夫か?」

「はい、おかげさまで」

「ったく、稽古でバテてんじゃねえよ」

「ご、ごめん……、!」

「!」

 

 本日幾度目かの戦闘が終わった直後だったからか気の抜けた会話を交わしていると、突然向こうの十字路のあたりに強い呪力の反応が発生した。間違いなく二級はある。街中でポンと発生して良い等級じゃない。

 

 急いで現場に向かうと、既にことが終わった後だった。

 

 その場に残されていたのは消滅しつつある呪霊の残骸のみ……。それも頭部のみが残忍にえぐり抜かれている。

 なにより残穢がどこにも見当たらない。つまりこの呪霊は術式を用いずに倒されたということになる。

 

「これ……二級の呪霊だよね」

「おいおい……なんて報告すりゃいいんだ」

 

 周りを見るが、仲間の呪術師らしき者はどこにもいない。

 夏だと言うのに、夜の街の暗さが、このときばかりはうすら寒く感じた。

 

(京介のやつ、無事に帰ってりゃいいが……)

 

 そんなときにふと思い浮かぶのは、なぜかあの道場の少年だった。

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