おねーさんから好かれるが全員病んでる天与呪縛   作:アストラの直剣

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変な口と話をした!

「信じられないが……呪霊という存在はどうにか納得した。お前もその呪霊なのか?」

「違う」

 

 発した疑問に対し、口は相変わらずのぶっきらぼうな物言いで答えた。京介はそれに対し困り顔を見せた。

 コミュニケーションが上手くいっているのかそうでないのか分からないのも困りごとだが、頬の喋る口に慣れつつある自分が少し恨めしく感じたのだ。

 人間の適応能力は素晴らしいと思う。だがこの異常事態に慣れつつあるのが、人でなくなってしまうような心持を彼に抱かせるのだった。

 

 帰宅した後、京介は早々に夕食と湯浴みを終え、居間でくつろぐこともなく自室に戻った。

 両親や義妹の前で口と話をするわけにはいかないからだ。そんなことをした日には精神疾患を疑われてもおかしくないだろう。例の飛行機事故でたくさん迷惑をかけているのだから、なるべく余計な心配はかけたくなかった。

 そのため、明日の宿題をすると言い自室にこもると、なるべく小声で口との会話を始めた。小声なのは、隣が義妹の部屋だったからだ。

 

 初めは呪霊と呪術師について説明を受けた。人々の負の感情から生まれた存在である呪霊と、それを祓う役割を担う呪術師が存在するのだと口は言った。

 なら、この口は一体何なのか。そのことについて尋ねると、こんな言葉が返ってきた。

 

「私自身、説明に困るのだが……呪霊が人の敵であるのに対し、私はお前の味方であると考えてもらっていい」

 

 その点が呪霊との大きな差なのだ、と口は語った。

 だったら、味方である以外の全ては呪霊と同じじゃないのか? と疑問を抱かないわけではなかった。

 だが、少なくともさっきこの口は僕を助けてくれたのだ……何も知らない僕に対し、戦闘を促した。この口がいなければ、なにもできずに死んでいただろうと思う。

 

「味方、というのは信じていいのか?」

 

 訊くと、口はため息をつき、呆れたように話し出した。

 

「私がお前の敵ならお前を助けたりしない。なによりこんな半人半呪の中途半端さは選ばない」

 

 半人半呪──その言葉を聞くのは二度目だった。

 半分は人、つまり僕のことだ。そしてもう半分は呪い……きっとこの口のことだろう。

 それが今は互いに混じり合っている状態なのだという。不思議な感覚だ。僕の身体に、おかしなものが混じりこんでいるだなんて。

 

「聞いておきたいんだが、僕とお前が混じり合ったのはあの飛行機事故が起こったときなのか……?」

「その通りだ。……その様子だと、本当に憶えていないようだな。事故で死に体だったお前を私が助けてやったんだぞ」

「む……、ありがとう。傷一つないのは変だと思っていたんだ。お前のおかげだったのか」

 

 乱雑な口ぶりに眉を顰めながらも、素直な気持ちで感謝を伝える。

 元から無傷で生き残ったことに疑問はあった。だが助けたと言われてスッと腑に落ちる感覚があった。記憶にないが、確かにそういう事実があったのかもしれなかった。

 

「感謝されるほど高尚なことをした覚えはない。私も少なからず恩恵は受けている」

 

 だから気にするな、と口は言った。

 恩恵というのはなんだろう。何も知らない僕には到底想像のつかないことだった。それも聞いてみた方がいいのだろうかと思った瞬間、見計らったかのように口が話し出した。

 

「感謝はいらない。だが敬うというのなら私のことはお師匠様と呼べ。名前がないからといって"お前"や"口"と呼ばれるのは腹が立つ」

「じゃあ僕のことも名前で呼んでくれ」

「良いだろう、京介……弟子の名前は憶えるタイプなんだ。私は」

 

 にやりと口……いや、師匠は笑った。初めて感情らしい感情を見た。

 こいつも、まったく血も涙もない化け物というわけではないらしい……僕は気が緩んで、近くのベッドに寝転がった。そして、風呂上がりのぼんやりした頭で軽く疑問を投げかけた。

 

「弟子って……師弟関係は必要なのか?」

「当たり前だろう。私がお前を呪術師として鍛えてやるんだから」

「呪術師? 敵じゃないのか、そいつらは」

「お前が有用だと分かれば、奴らも殺しまではしないだろう。京介、お前は既に界隈に足を突っ込んだんだ。覚悟したほうがいい」

「覚悟か……でも呪霊ってのは悪いやつなんだろう?」

 

 僕の言葉には、言外に「なら大丈夫だ」という意味も含まれていた。

 敵が悪い奴なら、正義心を持って戦えると思ったからだ。幼い頃に見たヒーロー像を夢見るわけではないが、そういう正義と悪の単純な対立構造を僕はぼんやり思い浮かべていた。

 

 師匠は一拍おいたあと、「そうだな。人間に害をなすやつがほとんどだ」と言った。

 だが加えてこうも言った。

 

「呪霊は群れる。対してお前は一人だ。誰かが助けてくれるなんて甘えた考えは捨てた方がいい」

「…………」

 

 妙に真剣な言葉遣いに、つい黙ってしまう。

 そして、今日起こった呪霊との戦闘を思い返した。あれはきっと運が良かっただけなのだ──はじめ、鳥の鋭利な爪を避けられなかったら死んでいたかもしれない。決して僕は強いわけじゃないのだと、高揚していた気持ちが静かに沈んでいくのを感じた。

 

「一つ聞いても良いか?」

 

 今日はあれこれ訊いてばかりだなと思いながらも、これだけは訊いておきたいと質問をした。

 

「師匠の目的は何なんだ? 僕を事故から助けた理由は?」 

「私の目的は……生きることだ。お前を助けたのも、現代社会に上手く溶け込むための術にすぎない」

 

 師匠の口ぶりは少し淀んでいた。なにか言葉を選ぶような、迷っているような、そんな気がした。

 

「それって、どういう──」

 

 聞き返そうとした途端、部屋の扉をノックする音が聞こえた。おそらく義妹だろうと思った。

 見れば頬の口は塞がり、すっかりなりを潜めている。

 

「…………、どうした? ツキ」

「義兄さん、邪魔してごめんね。ちょっと宿題で分からないところがあって──」

 

 こういう日常的な会話が、なんだか久しく感じた。

 その日、師匠が口を開くことはなかった。夜中は家全体が静かだから配慮してくれているのだろうか?

 突然の出来事をいまだに信じ切れていない僕は、ベッドの中で頬を擦った。朝になって目が覚めれば、夢から覚めるように何もかもがまやかしとなって消えてくれやしないかと、祈るように眠った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……反応を感知して出向いたら、既に二級相当の呪霊が祓われていた、と」

 

 夜更け頃、補助監督から報告を受けた夜蛾正道はその珍妙な事件にため息をついていた。

 

「残穢が見られなかったので、術式の行使はなかったと真希さんや乙骨くんが言っていました。そのため呪具を用いた可能性が高いものの、真希さんは単純な呪力強化ではないかと考察していました」

「根拠は?」

「呪霊の頭蓋骨が抉り取られていたそうです。呪具で殴ったならもう少し綺麗な断面になるはずだ、と真希さんは話していました」

「真希が言っていたのか……ならそうなのかもしれない」

 

 真希は呪力がない代わりに呪具を使って呪霊を祓う。そのため、呪具を用いた戦闘に関しては他の術師よりも詳しい。

 そんな真希が、これは呪具によるものではないと判断したのだから、きっと違うのだろう。

 

「死骸が残っていたということは、祓われた直後だった。真希たちも相当早く現場に赴いたはずだ。しかし呪霊を祓ったやつはそれよりも早くその場から逃げたことになるな」

 

 困ったな、と夜蛾は思った。

 似たような事例がここ最近増加傾向にあるのだ。

 

 等級の高い呪霊ほど、この街では何者かによって先に祓われているケースが多い。まるで守護者でもいるかのように──だが、そんな都合のいい話はない。そういった事例の発生地点が街全域に渡っているため、組織的に行われているのではないかという考察が主流である。

 

 呪術高専の把握し得ない何者かによる行為であるのは確かである。なおかつ組織的な活動であることを加味すると、新手の呪詛師集団の可能性を考えないわけにはいかなかった。

 

(ただ疑問なのは、目的がはっきりしないことだ。……呪霊操術のように呪霊を取り込む目的があるのなら、呪霊の死骸の痕跡なんて見つかるはずがない)

 

 そう。どの場合においても、呪霊は撃破されているのだ。決して収集が目的ではなく、あくまで祓うことに重点を置いているとしか思えないのである。

 

(困ったな……味方か敵かすら分からない。呪術師に手を出すほど見境ないわけじゃないのが唯一の救いか)

 

 疲れが溜まった目頭を揉みながら夜蛾は考えていた。

 すると補助監督がこう言った。

 

「五条さんは出張中ですが、救援要請を出しておきましょうか。呪霊の数も増加していることですし」

「その必要はない。上から応援が来ている」

「応援?」

「なんでも内閣府お抱えの呪術師部隊だそうだ。……聞いたことあるか?」

「いえ……」

 

 補助監督は首を横に振った。それも仕方がない、夜蛾とて噂に聞く程度の存在なのだから。

 

「街の呪霊の増加率が異様のため、調査を行うとの話だ。随分きな臭いが、調査の大部分はそっちに任せることになる」

 

 いま調査に出張っている生徒は一年が多い。ここ数日、夜中まで苦労をさせている。彼らを休ませたいという気持ちは強くあり、応援が来るのはありがたかった。

 だが、その応援がどうにも怪しいことに、夜蛾は不安を感じずにはいられなかった。

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