おねーさんから好かれるが全員病んでる天与呪縛 作:アストラの直剣
かれこれ一週間。特訓の日々が続いていた。
特訓、といっても武者修行をしているわけじゃない。主に呪術に関する座学を行ったり、呪力の操作に慣れるための初歩的な訓練が多かった。
座学は初級程度だったのでまだつまづいていないが、今後が少し怪しい……。僕のような一般人にも分かるように、噛み砕いた内容を段階ごとに教えられているのだが……休憩中に師匠がポロリと話した呪霊の区分け(仮想怨霊だの特定疾病怨霊だの)は聞き流すので精一杯だった。
ただ呪力の操作は上出来で、実際に身体を動かしながら呪力に触れることで理解度は深まっていった。
生命エネルギー、とでもいうのだろうか──身体の一部分を力んだり、脱力させることで体内にある熱の力場を移動させるような感覚に近かった。
正直、この一週間で師匠に誉められたのはそれくらいだった。なんでも師匠曰く、
「まあマシだな」
だそうだ。普段から素っ気ない物言いが目立つので、師匠なりの褒め言葉なんだろうと思った。
そんな具合で、なにかと評価に厳しい師匠が呪力の操作に関しては珍しく褒めるので、どうやら僕は呪力操作が得意らしいと気付いた。
実際、呪力操作の練習で行き詰まったことはない。指先の細かな点に呪力を集中させたり、あるいは全身に満遍なく呪力を行き渡らせたりと、それらの動作に困難さを感じることはなかった。
また全身を使う激しい運動を行いながらでも、思いのままに呪力を調整できた。
素人の考察ではあるが、格闘技を習っていたのが良いように作用したのではないかと思う。身体を動かし慣れているからこそ、己の人体を深く理解できており、それがきっと良く働いたのだ。
ただ一番困ったというか、なんの発展も見られなかったのは呪力の捻出だった。どうやら僕は呪力を自力で生み出すことが困難らしいのだ。
呪力というのは、言わば力の源だ。RPGでいうところのMPというやつだ。その操作が上手なので術式やら身体強化は燃費良く行えるらしいのだが、僕はMPを消費して魔法を使うという過程がどうやら苦手らしかった。
これができないとなにもできないと師匠は厳しい声色で言っていた。
怒りや悲しみといった感情を火種に呪力を捻出する──言葉では分かっていても、僕には難しいことだった。
師匠もこういったことは初めてだったらしく、原因がよく分からないと言っていた。呪力の素養があれば大なり小なり捻出は可能なはずだとも──師匠に言わせれば、怒りを感じたり悲しみを感じるように呪力というのは捻出できるものなのだそうだが──それが上手くいかないのだ。
「それじゃあ前に遭遇した鳥の呪霊──あれはどうして祓えたのですか。呪力がないと、祓えないじゃないですか」
座学のおかげで“呪霊は呪力のこもった攻撃でないと祓えない”ことを知った僕は、疑問に思って師匠に尋ねた。呪力の捻出が行えない以上、僕の右ストレートはただの拳だったはずだ。
すると師匠は呟くようにこう言った。
「あのときは私が呪力を捻出した。その呪力を無理やりお前の全身に流すことでやり過ごした」
とのことだった。
なるほど。最初から僕は呪力が練れていなかったわけだ。
師匠はこの問題に対し、いくらか悩んだあと、呪力の通り道が上手く機能していないのではないかと考察していた。
ひとまず呪力操作の訓練時には、師匠が代わりに呪力を捻出することでこの問題を解決した。
今後の課題だなと、師匠は冷たく言っていた。
と、このような具合に、訓練の進み具合はバラバラだった。
ただ一つ言っておきたいのは、師匠は教えるのが大変上手だということだ。乱暴な言葉遣いが多々見られるものの、筋道の通った分かりやすい言葉で僕を指導してくれた。それは呪術初心者の僕でも理解に容易いと感じるほどだった。
一週間は短い期間だったが、それだけあれば十分師匠の存在が僕の生活に組み込まれた。それくらい師匠は僕に深く関わるようにしていた。
師弟関係は十分築かれたと言って良いだろう。なんせ僕は、いつの間にか敬語を使っていたのだから。
その日も放課後の時間を目一杯師匠に費やした。一通りの訓練を終え、風呂場で汗を流していると、普段は物静かな師匠が不意に口を開いた。
「京介、お前の呪力総量は人より多い。桁違いと言っていい」
「そうなんですか?」
「ああ、一千年前にもこんなやつはいなかった」
続けて、師匠はこう言った。
「並の呪術師の呪力総量を十としたとき、お前の呪力総量は少なく見積もっても二千以上ある」
「……二千? それにしては、自覚があまりないですけど」
「当たり前だ。呪力の総量は、言わば貯水タンク。お前の場合一つの湖と例えてもいいくらいだが──水を汲むためのコップが小さいと意味がない」
ぐいっ、と勝手に右腕が動いた。師匠はこんなふうに、部位のみであるが身体の主導権を握ることがあった。
師匠は右手で風呂のお湯を掬った。手のひらには少しばかりの水が溜まっていた。
「手のひらだけだと、水は少ししか掬えない。たとえ風呂場でも、海でも、掬える水の量は変わらない」
「出力、が大事なんでしたっけ」
「そうだ。お前の出力は悪くない。むしろ良い方なのだから、あまり気にするな……この規模の総量を扱える術師など現代にはいないだろうし……ぶわっぷぅ!」
「ああ!」
冷えはじめた右腕にお湯をかけると、溺れるような師匠の断末魔が聞こえた。どうやら主導権を握る際、その部位に口が移動していたようだった。
「す、すみません」
「いや……いい……私の注意不足だ」
ゲホゲホ、と右腕から頬に移った口が咳払いをする(気管とかあるのだろうか)。
師匠は不機嫌そうな低い声のまま話を続けた。
「まあ呪力の節約は考えなくていい。仮に百日間ぶっ続けで呪力を回し続けても底は尽きないだろう。呪力は回復するものだしな」
師匠はしばらく黙ったのち、総括するようにこう言った。
「なんにせよ、飛び抜けた長所があるのは良いことだ。それが扱いきれないものであってもな──“縛り”を加えることで、大きな強みを作ることができる」
ふう、と師匠は息を吐いた。この一週間で気がついたことだが、師匠は風呂好きらしかった。身体の感覚が少なからず共有されているのだろう。
話はそこそこに、僕もゆっくり湯に浸かっていたい気分だったが──一つだけどうしても聞いておきたいことがあった。
「術式はどうなんです」
そう、度々座学の中でも出てくる術式……。
術師は大抵術式を持っていて、呪霊も一部ではあるが術式を持つタイプがいるという。また呪具にも術式が付与されている場合があると、非常に頻繁に出てくる単語なのだが……僕はまだ、自分の術式がどういったものなのか、詳しくは知らされていなかった。
正直、こう言ってしまうとなんだが、僕ぐらいの年頃の男子は必ずそういったものに興味を抱くことだろう。個人個人が持つ特殊な能力……胸が踊る。
そしてどうやら僕にも術式はあるらしいのだが、頑なに師匠はその詳細を教えてはくれないのだった。
なので思い切って聞いてみたのだが、しばらくの間ののちに師匠はこう言った。
「術式は……今は考えない方がいい」
「考えない方がいい、というのは……?」
含みのある物言いに疑問をぶつける。すると師匠は淀みなく答えた。
「術式は厄介だ。呪術の素養がないお前は、基礎を鍛える方が今はいい。基礎が固まるまで、なるべく術式という余計な情報は取り除いた方がいいと判断した」
キッパリとした物言いで答えられた。
こうもハッキリ言われると、納得以外の言葉が浮かばない。
師匠も多少は僕の心うちを理解してくれたのだろうか──付け加えるようにこう言った。
「案ずるな。お前の強みは私という手本にすべき師範が常から側にいることだ……。また今度教えてやろう」
「……ありがとうございます」
ふう、と僕も息を吐いた。話がひと段落したからか、ようやく僕も風呂の心地よさに身を沈めることができた。
風呂場はその日の訓練の振り返りを行う場でもあった。身体を休めながら、その日のことを語るのだ。だが互いに気分が落ち着くと、あとはただ風呂の心地よさを味わう時間に変わった。
こういった落ち着きの時間に、僕はよく考え事をしていた。
最近の考え事というのは、もっぱら街で見かける呪霊のことだった。
この一週間、街を歩いていると呪霊の姿を見かけることが何度もあった。だがそれを主体的に祓おうという動きは一度もなかった。
僕としては、呪霊が人に危害を加える可能性があるのならいち早く祓いたい気持ちだった。だが師匠は「目立つことはしないほうがいい」と僕を止めるのだ。
師匠の言っていることは正しいことだと思う。呪霊を祓おうとしているのはなにも僕だけではない。半人半呪の僕にとって決して味方とは言えない呪術師も同じなのだ。そのため、呪霊のいるところに長居していると呪術師に出会ってしまう可能性が高かった。
だが呪霊を見逃すことは、未然に防げた事件の原因を黙って見なかったことにするのと同じ気持ちだった。
そんなもやもやが心の中にないわけではなかった。考えれば考えるほど、理性と本能の狭間で苦しめられる。
そんな僕の胸の内を察したのか──どうやら師匠は僕の心が分かるらしい──「今は休め」という師匠の言葉が僕の気持ちを落ち着かせた。
そうだ。今は休もう。きっとあの呪霊は、呪術師が祓ってくれているはずなのだから。
師匠の声はバスルームによく響く。低く大人びた声は、なんだか眠たくなる声だった。
……身体の芯まで暖まった頃。風呂場で寝てしまう前に上がった方がいいかと上体を起こしたところで、出入り口に人の気配があるのに気付いた。
コンコン、と誰かが浴室のドアを叩く。
僕の返事を待つよりも早く、ドアはゆったりと開いた。
ドアの隙間から見えたのは小さな丸みを帯びた肌色で──それが義妹の裸であることに気付いたのは、彼女が声を発してからだった。
「義兄さん、私も入っていいかな……?」
言いながら、義妹は内へと入ってきた。しなやかな肢体を浴室に滑り込ませ、濡れたタイルの上を静かに歩く。
僕はどう声をかけたらいいものかと、微睡の中にあった意識を無理やり叩き起こした。