おねーさんから好かれるが全員病んでる天与呪縛   作:アストラの直剣

8 / 11
走れ!がむしゃらに!

 走る、走る、走る。

 例の呪術師から離れたい一心で京介はがむしゃらに走っていた。

 

 登校時間に通学路を逆走する行為はとても悪目立ちしていたが、周囲からの目線を考える余裕など今の京介にはなかった。

 

(いったいなぜ──)

 

 理由はただ一つだ。昨夜、命を狙ってきた呪術師が学校の校門前で堂々待ち伏せていたからだ。

 こんなことが起これば誰でも驚く。彼にとって、あの呪術師の立ち姿はもはや死という概念そのものであった。そんなのが当たり前みたいな顔をして日常の光景にぽつんと居座っているのだ。誰だって逃げ出したくもなる。

 

 そういったわけで、生命の危機を感じた京介はその場からの逃走を開始したのだった。

 恐怖からか、喉元をきゅっと掴まれたかのような感覚に陥る。嫌というほど早まる鼓動に伴い、大量の血液が血管へと通い始めた。心臓というポンプをフルに使い、全身の機能を再度活性化させたのだ。

 そんな身体の異常を察知してか、師匠が眠たげな声色で問うた。

 

「いきなりどうした」

「どうしたって、昨日の呪術師ですよ……っ!」

「なんだそんなことか」

 

 と、師匠はなんのことでもないように切り捨てる。

 

「予想していたことだろう。向こうはこちらの命を狙っているのだ、動けるようになればすぐにでも襲い掛かってくる」

「それは、そうですけど……っ」

 

 至極全うな意見に、京介は苦い顔をした。

 師匠の言うことは正しい。ただ京介の考えも仕方がないものであった。

 

 つい先日まで呪術とは無縁の生活を送っていた京介にとって、殺し殺されるのが当たり前の世界そのものが異質なのだ──呪術師という生き物の住む世界がいかに醜悪であるかなど、いくら言葉で教えられても実感など湧くはずもない。

 想像だって、難しい。

 

(一度は死にかけた人間が、こんなにも早く追撃にやって来るとは思わなかった──)

 

 ──それも、学校へ直接。

 校門の前で待機していたのだから、身元が割れたと考えた方がいいのだろうか。

 

「そう考えた方がいいだろうな。家族に被害をもたらしたくないのなら、家へ帰るのは止めた方がいい」

 

 師匠の冷静な声が、ほんの少しではあるが京介に落ち着きを与えた。頼りになる存在がいるのは唯一の救いである。

 京介は走りながらも深く息を吸い、乱れた思考を整えた。

 

「じゃあ、人通りの多いところにっ」

 

 そう考えて、京介はひとまず大通りへ出ることにした。

 

 呪術とは隠匿されるべきものだ、と師匠は言う。

 相手の呪術師がその原則をどの程度守るつもりなのかは分からないが、いくらなんでも白昼堂々、人前で呪術を行使することはないだろう。それに大勢の人がいる場所でなら、いくらでも助けの呼びようがあると思われた。

 

 ……そう考えると、素知らぬ顔で呪術師の隣を素通りし、校門をくぐっても良かった気がする。

 あの呪術師は剣道着を着ていた。なので部活動の生徒として校内まで追いかけてくる可能性はあるだろう。だが外見年齢は明らかに高校生だったから、少なからず警備員に止められていただろう。

 それに校内では京介と同年代の学生が同じ制服を着て過ごしている。彼らの中に紛れ込むことだってできたかもしれない。

 

 驚きのあまり切り捨ててしまった選択肢に、今更ながら後悔にも似た気持ちが浮かんでくる。だが、すぐにその考えは間違えだと思い至った。

 

(けれど……もし学校で呪術を使われて、ツキになにかあったらと考えると、そんなことはできないな)

 

 中学校には義妹であるツキも通っている。

 あの呪術師の目は人殺しをなんとも思っていないような、人でない目つきだった。きっと無関係の人間を殺すことだって、なんの感情もなく行うはずだ。

 我が身可愛さに、あの義妹を危険な目には遭わせたくない。

 

(とにかく大通りに出よう。今は考える時間が欲しい)

 

 話し合うにせよ戦うにせよ、こんな道端では相応しくないだろう。

 今は距離を取りつつ、相手の様子を観察せねば──

 

 大通りに入る手前、京介は呪術師の動向が気になり後ろを振り向いた。

 

「相変わらず早い……!」

 

 呪術師は、その長いポニーテールを乱すことなく、落ち着き払った態度で京介の後を追いかけてきていた。他の人から見れば散歩をしているようにしか見えないだろう──だが、彼女の目だけは確かにこちらを見つめていた。

 決して勘違いなどではない。確かな意思が京介へと向けられている。

 そして驚いたことに、二人の距離に()()()()()()()。走って逃げる京介に、呪術師は一定の間隔を保って追いついていた。

 

「く……っ!」

 

 大通りから駅までは走って二十分といったところ。夜通し走った体には少々堪えるが、とにかく駅まで京介は走った。

 

 目的の駅前に辿りついたが、相変わらず呪術師が後ろを追いかけてきていた。先と比べ、着実に距離を詰められており、それがより京介に焦りを与えた。

 

「はあ、はあっ……!」

 

 そして夜通し走り切った身体にはとうに限界が訪れていた。手先には強い痺れがあり、頭はうまく回らない。それに加え、夏手前の気候が容赦なく京介の体力を奪っていた。乾ききった喉奥が、愚かなまでに水を欲する。

 変化のない追いかけっこを続ける気力は、とうに尽きている。

 

 京介は朦朧とした意識で建物の陰へ入り、呼吸を整えようと深呼吸を繰り返した。

 すると師匠が眠たげな声でこんなことを言った。

 

「ん……走らないのか?」

「も、もう限界です……」

「まあ、無理もないか」

 

 あくびをするみたいに師匠は言った。

 なんて呑気な……!

 

「し、師匠! あくびなんてしている場合じゃ──」

「ふわあ……んむ、徹夜は堪えるな。夕方まで眠る」

「し、師匠?!」

 

 最後まで眠そうな口調で話していた師匠は、そう言ったきり、本当に口を閉じてしまった。

 

「ああもうっ!」

 

 自分の始末くらい自分でどうにかしろ、ということなのだろう。

 文句を言いたい気持ちがあったが、それを上書きするように「どうにかせねば」という焦りが心の大部分を占めていた。

 

(呪術師は……)

 

 建物の陰からこっそり顔を覗かせる。駅前の歩道は通学通勤途中の人々で溢れかえっていた。様々な人がいるなか、遠くの方に呪術師の顔が見えた。

 この人混みに紛れてどこか近くの店の中に逃げ込むか。それか近くに交番は──

 

 その場しのぎでしかない選択の取捨を行う。ともかくここで留まっていては追いつかれるのは時間の問題だ。顔を引っ込め、一呼吸した。そうして建物の陰から飛び出そうとしたその瞬間、両肩を誰かにグッと掴まれ、もう一度路地裏の暗がりに押し戻された。

 

「やっと掴まえた」

「ッッ…………!」

 

 一呼吸置いた、あの一瞬……ほんの少し目を離した隙に追いつかれた──!

 

 肩を突き飛ばされる。僕は後ろへ倒れるように体勢を崩された。踏ん張ろうにも、さっきまでの逃亡劇のせいで足はまともに動かない。

 

「こっち」

 

 グイっと後ろへ引っ張られる感覚があった。見れば肩を掴む手はいつの間にか腕に回され、なすがままに僕は路地裏の奥へと引き込まれていった。

 深海へ引き込まれるような、そんな恐ろしさ。いくらもがいても、腕を掴む手は僕を離そうとはしなかった。

 

 路地裏は袋小路になっており、僕は腕を掴まれたまま壁際に投げ捨てられた。

 どうにか立ち上がろうとするが、それを圧するように上から声が投げかけられた。

 

 見上げると、冷たい表情が目に入った。感情などない異質な面構えは、それが単なるモノであるかのような錯覚を引き起こす。

 

「わたしを見て逃げたってことは、この顔に見覚えがあるってことでいいのかな」

 

 言って、呪術師は顔を覗き込んできた。

 路地裏という場所もあって辺りは暗く、顔も良く見えない。だが、だからこそ確信が持てた。昨日の夜に見た呪術師は間違いなく彼女だ。爛々と血に飢えた目の輝きこそ今は見られないが、決して忘れられない記憶が一瞬のうちに思い出される。

 

「…………」

 

 僕はかすかに頷いた。

 相手の表情を窺う。向こうも、こちらの様子をつぶさに観察しているようだった。

 随分と余裕だな、と思った。だがそんな態度を取るのも無理はない。僕は見るからに疲れ果てていて、覇気がない。比べて向こうはなんら綻びを見せていないのだから、今は完全に向こうが優位にあると言えるだろう。僕はどう足掻いても無駄だと叫びたくなるほどに追い詰められていた。

 

 ああ、きっと殺される。でも、なぜ?

 

「……どうして、僕を殺そうとするんですか」

「くだらないことを聞くんだね」

 

 呆れたふうに溜息までついて彼女は答えた。

 

「それが私の任務だったから」

「任務……? 人を、殺すのが?」

「今はね」

 

 彼女はそれが普通のことだとでも言いたげな口調で言葉を返した。

 それがとっても悲しいように聞こえた。彼女自身はそんな悲しみを一欠片だって感じてはいないのだろうが。

 だけどきっとこれは悲しいことだ。高校生くらいの女の子が、人を殺すのが当たり前だと思えてしまうのは。いったいこれまでどんな生き方を強いられてきたのだろうか。

 

 想像して、僕は思わず眉を顰めた。

 

「それより、昨日はどうして私を蘇生したの? あれって反転術式のアウトプットだよね」

「どうしてって……死んでほしくなかったから」

 

 率直な思いを伝えた。嘘をつく必要はないと思った。

 答えを聞いて、彼女はぴくりと眉を動かした。

 

「死んでほしくないって……それは、自分の手で人を殺してしまうのが嫌だったから?」

 

 僕はそれに「違う」と答え、迷いなく理由を告げた。

 

「あんまりにも可哀そうな目をしていたから」

 

 パッ、と彼女は僕から顔を背けた。

 それから数歩下がり、独り言みたいに話し出した。

 

「ふうん……そっかそっか。そうなんだ」

 

 言いながら、呪術師はするりと竹刀袋から刀を抜いた──昨日見た日本刀と同じもののようだった。異なるのは、その刀身である。確かに折ったはずのそれは、湾曲一つない刀身を晒していた。

 

 ……話し合いなんて、はなから無理だったんだ。

 京介は、気力を振り絞り立ち上がった。だが……。

 

「痛ッ」

 

 立ち上がった直後、彼は膝から崩れ落ちた。

 

(なにが起こった……!?)

 

 状況はすぐに分かった。足から感じる鋭利な痛みと、地面に広がる血の跡が、彼の足がすでに使い物にならなくなっていることを示していた。

 どうやら足の腱を斬られたらしい。

 

「ほら、立ってみなよ。……使えるんでしょ? 反転術式」

「ぐ、ぅ……」

 

 眼前へ、切っ先が向けられる。ほんの少し力を込めて、前に押し出されれば、それだけで京介は死ぬだろう。彼の命は完全に彼女の掌の上にあった。

 

 反撃に出ようにも、京介に反転術式は使えない。眼前の呪術師を蘇生したのは師匠の反転術式なのだ。

 そしてその師匠はいま眠っている。

 

 万事休すか──そう思われたとき、ふと意識が外に向いた。それは彼女も同様らしく、二人して上を見上げた。

 

「相変わらず、この街には呪霊が多いね。呪われているんじゃない」

 

 上空、というほど高くはない。けれど僕らの頭上。ビルの壁面にしがみついた呪霊が数体、こちらを見ている。今か今かと、襲いかかるタイミングを計っているようだった。

 

 大きさはバラバラだが、等級自体はさほどのものではないだろうと思われた(直前まで存在に気付かなかったほどなのだから)。だが厄介なのはその数だ。

 都会の呪霊は知性があり、群れる。ただ愚直に攻撃してくるだけの単細胞ではない。

 単体であれば楽に撃破できても、複数から同時に攻撃されると話が変わってくる。そのうえ僕らはいま袋小路にいるのだ。位置的にも不利であると言わざるを得なかった。

 

 僕に向けられた刀の切先は一度下げられ、頭上の呪霊らに向けられた。

 彼女は特別な構えなどは取らなかった。呪詞も唱えず、ただ自然体で刀を構えている。

 

 呪霊はなかなか間合いに入ってこない。彼女もまた、無駄な踏み込みは一切しない。

 

 やがて緊張を保ったまま、彼女は大きく弧を描くようなイメージで刀を振り上げた。

 刀身が太陽光に触れ輝きを放つ。それが合図だった──一斉に飛びかかる呪霊。彼女は微動だにしない。

 

 瞬間、瞬間が、まるでコマ送りのように進んでいく。

 

 いくらなんでも、あの数を相手に切り伏せるのは困難だ──そう思ったのも束の間、勝負は既に決着していた。呪霊は皆胸元に大きな十字な傷を刻まれ、空中で切り落とされていたのだ。

 

「どういう思惑があったのか知らないけれど、助けてくれたことには感謝してる。だから──」

 

 血飛沫の中、彼女は言う。

 

「──だから、昨日の続きがしたいなら今ここでしよっか。殺すならきちんと殺してもらわないと」




※呪術師(彼女〔鯉口〕)」……人称が安定せず申し訳ない。主人公目線で書くと、名前がまだ分からないのでこれが精いっぱい。次話くらいから安定します。
※鯉口は身長170cmちょっとで書いてます。

(お久しぶりです。環境が少し落ち着いて、書けるようになったので、定期的に書くつもりです。毎週土曜の19:00過ぎに出す予定です。お楽しみに)
(追記:休止中も感想くださりありがとうございます!励みになります!)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。