「お前、なにが悪いかわかってないな?」
早朝、湖の近くでマルフォイを捕まえた。そしたらこれだ。腕を組み、薄い色の眼を光らせて歯が痛むかのような顔までして。つまりなんだ、ウィスタをこの上ない莫迦だと断じた。
「おいまだなにも言ってな」
「とにかく謝ろうって魂胆が丸わかりだ」
マルフォイはため息を吐く。なんだかウィスタを哀れんでいるようだ。疲れたように草地に腰を下ろす。どこぞのお嬢様よろしくハンカチを敷かずどかっと。純血貴族の御曹司は、服が汚れても構いやしないらしい。
どうしたものかと思い、マルフォイから少し離れた場所に座る。隣にべったりなんて仲ではない。
「お前はまともな生活を送ってなかったらしいからな」
仕方ないのか。
漂う諦めの気配。ウィスタはなにも言えなかった。小さい時から衣食住に困ったこともなく、差別主義ではあるが両親がいる坊ちゃんに言われるのは、かなりイラッとするのだが。
そんなことはない、俺はまともだとも言えない。リーマスが迎えに来るまでは酷い生活をしていた。孤児院から脱出してよくわかった。ウィスタは最低な暮らしをしていた。誰ともまともな関係を作れなかった。今もそうだ。
上から目線だけれど、マルフォイの指摘は当たっているのだ。
「付き合う価値がないと思ったら」
お前なんかとっくに切り捨てている。
「わざわざ泊まりに来いだとかクィディッチ杯の観戦にも誘ってない」
「お前がブラックでリアイスなのはおまけだ」
「だいたいなんでマルフォイ家の僕がお前に取り入る必要があるふざけるなよ。僕が教えてなかったらこっちの常識もあまり知らないくせして」
「ああそうとも頭でっかちのグレンジャーと仲良くしてようが僕は我慢してるんだが!」
勝手に怒りはじめた。ウィスタは心を無にした。つまりこいつはこいつなりに考えてたと。
――なんだかんだで
多少はウィスタに遠慮してたと。友達だから。
友達なあ。この差別主義野郎が。父親が死喰い人らしいこいつが。
ウィスタを利用しようだとかなんか便乗しようとしてるだとかのほうがわかりやすくていいんだが。
かなり困った。こんなクソ野郎なのに。穢れた血とは言わなくなったが。それもウィスタの前だけかもしれないし。どうするよこの状況。
「……あのな」
そーーっと口を挟めば、マルフォイに睨まれた。怒ったときのナルシッサに似ている。つまり怖えぇよ。
「なんだ愚か者」
「へえへえ俺は田舎者ですだ」
「おい」
「お前と俺の間には主義主張の違いがあるのはわかってるのか? 坊ちゃん」
「せっかくそのあたりに! 眼を瞑ってるのにほじくり返すな!」
そんなことを言われても。
「お互い片眼を瞑ってるのは脇に置いてだ」
なんと言ったものか迷う。見ないようにしてきたものはあれこれあるのだろう。
「……将来、」
敵同士になるかもしれないんだぞ。
「そんなわけあるか」
マルフォイは鼻を鳴らす。わざとらしい。
「闇の印が上がったろう」
お前の親父も出かけていったろう、とまでは言わない。
「ただの浮かれたやつらの騒ぎ……」
「浮かれただけで闇の印を出すか?」
あれの印を。
「ただの印だ……偉大な方の、ただの――」
痕跡だ。マルフォイの声が小さくなる。
「あれはどこかにいる。消えてはいない」
「馬鹿なことを」
「戻って来る。なにをしてでも」
「妄想だ!」
マルフォイが悲鳴を上げる。浮かれ騒ぐだけなら楽しい。もういない誰かを持ち上げるだけなら愉快だろう。だが、それが現実になったら?
マルフォイの悲鳴が答えだ。
あれの復活は悪夢でしかないのだ。
「……お前の家は闇側に近すぎる。取り込まれるし逃げられないだろう」
呟くように言う。マルフォイ家は差別主義だ。マグル生まれのことを認めたくないし、異物だと思っているだろう。だが、死体の山を積み上げて喜ぶ性質ではないのも確かだ。
「亡霊の話はやめろ」
「純血主義でも「あの方」は嫌か」
マルフォイは答えない。
ウィスタは立ち上がる。
「友達どうこうは俺にはわからない。でも、確かなのは」
お前と敵同士になるのは気が進まないってことだよ。
◆
日常らしきものは続いていく。少なくとも、スリザリンは静かだった。
――なんでか
クラムに睨まれているが。
なんで隣に座るクラム。偉大なクィディッチ選手のクラム。代表選手のクラム。年上で、体格もいい。つまり圧がある。ものすごくある。
ウィスタは急いで朝食を掻き込んだ。マルフォイは有名人が近くに座って大喜びだが、ウィスタはたまったもんじゃない。
椅子を蹴るようにして立ち上がり、飛ぶようにしてとある場所に向かった。エリュテイアもついてくる。もちろん従者はウィスタの早食いなんてものともしない。さっと食べてささっとついてくるのだ。もっとゆっくり食べてやればよかった。庶民のウィスタは「お付き」がいる生活に慣れてないのだ。
軽いマラソンを経てたどり着いたのは校長室前。うっかり綺麗さっっぱり忘れていたのだが、オリバンダーに二本目の杖を頼んでいたのだ。オリバンダーは用事があるとかで、ホグワーツにやってきた。ついでにウィスタの杖も納品しようというやつだ。
興奮に眼をギラギラさせたオリバンダーから杖を受取り、オリバンダーにカタコトで礼を言い、見送った。
「な ん で だ よ」
提供した芯はバジリスクの鱗。よりにもよって樹はイチィですって奥さん。
なんとびっくり変態クソ野郎リドルことなんとか卿と一緒!
「私の場合は」
ヴィーラの髪だけど。彼女はそう言って、テーブルの上に杖を置く。ほっそりとした手がそっと杖を撫でた。
「そういう芯は」
一般的と言おうとして、言葉に詰まる。結局「普通なの?」と言い方を変えた。いくら英語とフランス語が似ていようが――なにせ元はラテン語だ――ウィスタは簡単なフランス語しか話せないのだ。話せるだけいいだろうよ。そのせいで、なぜかとてつもない美少女もとい美女の下僕と化しているが。
「祖母がヴィーラなの」
美女ことフラーがさらりと答える。スリザリンのテーブルは静かだった。なるほどね。ヴィーラね。男はころりといくやつだ。そもそも、ヴィーラの末裔がスリザリンのテーブルに押し掛けてくるとは思っていなかったし、つまり心の準備がまーーーったくできていないのだ。貴族の御曹司として育てられた我らがマルフォイ坊ちゃんも固まっている。妙なポーズを 決めないだけマシだろうか。
「……魅了を抑えていてこれ?」
ぽそりと言ってみる。フラーがにやりとした。頬に手を添えられる。青い眼がウィスタを捉える。なんだか身体が熱くなる。
「お、俺で遊んでも楽しくないぞ」
喘ぎ喘ぎ言ってみる。フラーが喉を鳴らした。可憐な妖精フラー・デラクールとほめたたえていたのは誰だったか……どこが可憐だ。
「あなたは大丈夫そうね」
甘い香りとともに、フラーの手が離れた。ほんとにもう。年下をからかうんじゃないよびっくりだよ。
「なんの試験だよ?」
「だってあなたモテるでしょ。私に免疫があるってことは、妙なのにころりといかないでしょう」
「……フラー」
ウィスタ様にはまだ早いかと。ため息混じりに従者ことエリュテイアが言う。ちら、とフラーを挟んで隣にいる従者をみやった。まだお前はお子さまだよ、ということか。
「バカ言いなさいよエリュ。恋で人は輝くのよ」
フラーは笑顔であった。恋なあ……と呟きつつ、エッグベネディクトをフラーのために切り分けてやる。ボーバトンからのお客さんなのだから、多少はもてなすべきだろう。いや、それは建前というやつで、さっさと食べてレイブンクローのテーブルに戻ってほしいだけだが。
あー、ロジャー先輩が悲壮な顔をしている。眼が合った。「ち が う」と口を動かすが、ロジャー先輩ことロジャー・デイビースは聞いちゃいない。まさか年下が好みだったのかと――たぶんそう言っている――大ショックらしい。やめろ誤解だよ。
◆
先祖伝来の何かを芯として提供すればよかった。あるだろうゴドリック・グリフィンドールが飼っていたグリフィンのたてがみとか。ちなみにゴドリックに関してはけっこう謎が多いらしい。祖先なのに。グリフィンを飼っていたかは不明。出自もはっきりしないとか。母親が騎士の家の出だったのではないかとかなんとか。もしかしたら、グリフィンドールというのも彼が名乗り始めた姓なのかもしれない。
――悩んでも意味ないが
第一の課題の会場へ引きずって行かれ、ウィスタは穏和しく観客席に着くしかなかった。
課題はドラゴンを出し抜くこと。頭がおかしいとしか思えない。
ウィスタはため息を吐きながら、ローブのポケットに手を入れる。突っ込んである二本目の杖……バジリスクの杖を撫でた。
いやほんと。スリザリンもおかしければ、そんなスリザリンのバジリスクの鱗を芯に、ヴォルデモートと同じイチィを杖材にしている杖に選ばれたウィスタもおかしいのだ。かなしいかな、強力な呪文もバンバン放てる感触がある。これが露見したらウィスタはおしまいだ。あーあ。
「ハリーの番だ」
ささやきが聞こえる。どんよりとした気分に浸っている間に、四人目の代表選手登場である。ウィスタの周囲は騒がしい。スリザリン生とグリフィンドール生に囲まれているから。
「リアイスを警戒しろよ」
なにをするかわからないんだから。
「おいおい。しないだろうよそんなこと」
「悪戯を仕掛けるなら俺たちのほうが」
「おいウィーズリー狭い」
「おっとすまないな」
「でもリアイスがハリーをはめたんだ」
「できるわけないでしょ」
ぎゅうぎゅうである。ハーマイオニーも近くにいる。
「よかったなリアイス。お前のことを大変評価しているようだぞ」
このバカどもと言わないだけ成長したのだろうかマルフォイは。
「あんたら俺がハリーを助けて選手に選ばれるようにしたのか、事故を期待して選ばれるようにしたのか意見を統一しろよ」
主にグリフィンドール……ああ、ハッフルパフも混ざっているかな? に叫ぶ。めんどくせえ。
「ウィスタはゴブレットを出し抜くようなことしないって」
なんでかチビでぽっちゃりのネビル・ロングボトムがいた。一応擁護らしきものをしてくれているようだ。
こいつになつかれるようことをしたっけな……と首をひねる。ウィスタはいわば不良でロングボトムは鈍くさい坊ちゃんである。水と油である。マグルの世界なら、ウィスタがカツアゲする側で、ロングボトムは泣きながらぴょんぴょん跳んで硬貨の音をちゃりんちゃりんと鳴らしているに違いない。
――なんでもいいから早く終われ
人口密度が高くて心なしか暑い。冬だというのにじっとりと汗まで浮かぶ。
またため息を吐く。ハリーはいつのまにかファイアボルトにまたがり、ドラゴンをあしらっている。巧いもんだ。ふ、と向かい――観客席の、レイブンクローが固まっている場所に眼をやった。
白金の髪が眼に留まる。無理矢理視線を逸らした。恋をすればどうこうと言っていたフラーの言葉が蘇る。
きっと惹かれているのだろうとわかっている。だけど、こんな誤解を受けまくるスリザリン生なんてお呼びじゃないのだ。期待しないほうがいい。
ハリーが急降下する。獲物を見つけた鷹のようだ。まっしぐらにドラゴンの近くへ。そうして急転し、上昇。歓声が上がる。
空に、黄金の光がきらめく。ハリーがドラゴンから卵をかすめとったのだ。
最短記録だ、とバグマンが叫ぶ。グリフィンドールが飛び上がり、口笛が鳴る。
――ハリーはすごい
わかっている。だというのに、素直に喜べない。
父が期待し、心配し……ほめるのは、ハリーに違いないから。
ウィスタではなくて。