【完結】虹彩の奥底   作:扇架

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炎のゴブレット③

 自分の父親が父親らしくないのは、もう諦めるべきなのだろう。ウィスタはそう思うことにした。物心つかないうちに生き分かれたわけだし、一緒に過ごした時間はわずかだし、父はアズカバンに放り込まれ、人間社会から切り離されていたわけだし、まともに父親ができるかと言えばノーである。そもそも、父もウィスタも「まともな父親」を知らない。

 げんなりとため息を吐きつつ、ウィスタは校庭をぶらついていた。第一の課題が終わり、第一次お祭り騒ぎは収束したかと思っていた。ハリーの不正疑惑は綺麗に忘れ去られ、笑ってしまうほど素早い手のひら返しがあり……ほんとにこの学校の連中は手のひらを返す。ハリーは今や英雄で、熱い視線を注がれている、らしい。

 ほんと、城の中は耐えられないくらい熱いのだ。早すぎる夏が来たようだ。それもこれもクソみたいなダンスパーティのせいだ。

 クリスマスダンスパーティ強制参加の布告がされたのは先日のこと――第一の課題が終わってしばらく経ってからだった。そうかパーティね俺はしらねえと余裕をかましていたら、四年生以上は全員出ろらしい。

 パートナーなんて欲しくないのに、ウィスタのもとには申し込みがかなりあった。逃げた。もう逃げた。

――だって

 秘密の部屋事件の時も昨年のシリウス・ブラック脱獄の時も、ウィスタは散々な目に遭った。全員が全員ではないが、むしろスリザリンの連中のほうが擁護してくれていたし、ちゃんと物事を見てくれていた。思想があれなのは眼を瞑って。

 よくもまあしゃあしゃあとパートナーになってくださいだとか言えるな女子ども、である。あいつもそいつもこいつもどいつもウィスタのことを継承者だとか犯人だとかシリウス・ブラックの息子だとか言ってなかったっけ? と思えば返事は冷たくなるわけだ。あとは家柄しか見てませーんな連中にも冷たく返した。せめて取り繕えよ。

 おかげでウィスタは女の子に冷たいクソ野郎というレッテルを貼られている。笑顔の安売りなんてしてられっかよ。それに女子の全部が全部を敵視しているわけではないし、むしろ女子というよりも人間そのものに嫌気が差しつつある。

 マルフォイなんか「強制なんだからパートナーなしで行くか、誰か利害が一致しそうなのと行くか、お前、転換薬飲んで適当な男と行けば?」と完全に他人事感あふれる発言をかましてくれた。転換薬と言った時点で笑い転げたので蹴っておいた。ふざけてやがるあいつ。男も女も嫌いだもう。

 パートナーなしで行くしかないか。いいだろうもう。どうしよう。

 とぼとぼと歩いているうちに、湖まで来てしまった。冬の時期、寒い最中に斬られて落とされてよく無事だったな……とかつてを振り返る。周りからは名門の坊ちゃんと思われているらしいが、まったく恩恵を受けている気がしない。

 利害の一致……ダフネか彼女の妹のアストリアを誘うか? アストリアは二年生で、パーティに行きたくても誰かに誘ってもらわないと無理だ。いいなあと言っていたので連れて行ってもいいんだが。

 ジニーとかハーマイオニーも利害はともかくありだが……いやしかし誘えば逆に迷惑になるかもしれないし。ジニーの兄貴のロンなんて怒りそうだし。なんでだよ。ハーマイオニーはマグル生まれだから、スリザリン生のウィスタとパーティに出たら風当たりが。

 いや誰誘っても下手したら迷惑にならないか? 妙に人が群がっているし、嫉妬から相手になにかするバカ女が現れないとも限らない。

 お前は生きているだけで邪魔で迷惑だ、役にも立たない。孤児時代に言われたそれらがふっと頭に浮かぶ。

 親も知らない、どうせ薬漬けのろくでなしから生まれたんだろう。穀潰し。はいつくばって皆に感謝して生きるべきなんだ。

 首を振る。俺はあいつらにあんなことを言われる存在じゃない。

 じわじわと汗が滲む。耳鳴りがした。くそっ、もう孤児時代のことなんて忘れたら……。なかなか治まらないなこの音。

 ふ、と瞬く。耳鳴り? 甲高い金属音は、ウィスタの中ではなく、別のところから聞こえる。

 黒板を爪でひっかいたような、不協和音。対岸から聞こえる。あれはセドリックか。

 ぐるりと回り込むのも面倒だ。ウィスタはひょいと湖に飛び降りる。対岸から声がする。やめろ早まるな! 無視して歩を進める。水はウィスタを捕らえることなくそこにある。一歩、二歩、三歩、と進んでいく。黒々とした湖面に、銀色の綾が現れる。

「え……は!?」

 いやあセドのこんな声初めて聞いた。ぽんぽんぽん、と弾むように歩を進め、対岸に着いた。

「おいウィスタ」

「ジャパンのスイトンを真似したらできた」

「ごめん宇宙語はやめてくれ」

 上級生の狼狽える様を存分に味わい、金属音の元を見る。黄金の卵だ。蓋が開いていて、そこから地獄の協奏曲が生み出されているようだ。

 金属音。なんか……なんかあったよなそういう記述が。なんだっけ。

「ウィスタ……?」

 えーとニュート・スキャマンダー著。マーピープル(セイレーン、セルキー、メロウ)。マーミッシュ語を話す者によると様々な生活様式が……いやこれは基礎の『幻の動物とその生息地』で書かれていたことで……。

「おーい」

 もう少しつっこんだ内容が同じくニュート・スキャマンダー著であった気が。マーミッシュ語が。マーミッシュ……。

 瞬いた。

 手を伸ばす。卵を両手でつかみ、放り出した。湖に向かって。

「なにやってくれてるんだ!」

 落ちる卵。ウィスタはセドリックの背を蹴った。

 よろめき落ちるセドリック。お前も道連れだとばかりに引きずり込まれるウィスタ。

 心臓が止まりそうな冷たい水のなか、声が聞こえた。

 地上では聞こえない、マーピープルの歌声が。

 

「なんで事前に一言ないかな」

 低い声で言われ、ウィスタはそっぽを向いた。監督生用の風呂――の脱衣所だ。備え付けのタオルでざっと頭を拭いていると、無言でタオルを奪い取られ、そりゃあ乱暴に拭われた。雨に濡れた犬のように扱われている。その犬を問答無用で監督生用の風呂に引きずってきたのはセドリックだが。いいのか監督生用の風呂を使わせて、と訊こうとして黙るしかなかった。諦めて風呂に入るしかなかった。幸いだったのは監督生用の風呂は大変広く、ウィスタはプールほどあるその風呂の端っこに避難した。孤児は夏休みのプールやら旅行やら遊園地やらは無縁で、なんとも複雑な気分だった。ついでにセドリックに確実に傷跡まみれのありさまを見られたのも最悪だった。そりゃあ泡風呂にしたし、脱衣所から風呂への道中は、タオルを巻いて――どこかなんて言わなくてもわかるだろう――隠していたので、野郎同士とはいえ、だからこそ見たくもない場所を目にすることはなかったのだけど。なんなのセドリック、背は高いし腹筋軽く割れてるしなんなのあいつ。ウィスタなんてガリッガリからガリガリ、ガリガリ気味、まぁ細身に進化しただけでマッチョメンになれなさそうなのに。

 手早く着替え、ウィスタは唸った。湧き上がるなにかをこらえる。嫉妬なんかじゃない。ああそうとも、完璧野郎めなんて思ってない。

「あれが手っ取り早かった」

 ちら、と棚――積まれたタオルの上に恭しく置かれている『卵』を見る。予想通りの展開だった。『卵』が歌っていたのは水中人の歌、つまり「地上では歌えない」。水の中でこそ彼らの歌声は響く。

「あとはセドがなんとかしろよ」

 これくらいはいいだろう。水中人が歌う「大切なもの」はわからないけど。第二の課題の舞台は湖、つまり水中。事前に歌を解き明かし、課題に挑む形式だ。第一の課題と違って、持ち物の禁止どうこうはなかったはずなので事前にわかりさえすればなんとかなる確率は上がる。息の確保は泡頭呪文でどうにかできるとして……湖の、おそらく底まで行く手段が厄介だ。だいたい、湖の水深はどれだけあるのか……とまで考えていやーな記憶が蘇る。滅多切りからの沈黙呪文、束縛、湖にドボン。よく生きてたよウィスタは。

「……君、ハリーの友達じゃ?」

 僕にヒントをやってよかったのか。セドリックが灰色の眼を細める。

「友達なのかどうなのか」

 肩をすくめた。どうせならセドリックに勝てほしいなんて思ってないさ。棚からぼたもち(おそらく陰謀オプション付きとばっちり)だとしてもハリーが代表選手なのはどーーなのとか思ってない。いや、ハリーがめちゃくちゃ嫌なやつならよかったのに。少なくともうちの坊ちゃんよりまともだから困る。ああそうとも、うちの坊ちゃんはほぼ確実に、十中八九、マーリンがアーサー王を玉座につける確率と同じく、ウィスタの前では穢れたなんとかと言ってないだけで、知らないところで穢れたなんとか祭りをしてるだろうよ。坊ちゃんと比べたらハリーもかわいそうだけど。

「これで迷路をぐるぐる回る鼠にはならなくて済むだろうおめでとうセド」

「ありがたいけどものすごく微妙な気分だ」

 正直すぎるだろう。

「それで、」

 セドリックがにっこりした。ものすごーーく嫌な予感がした。

「君の宿題がまだ残ってるよね」

「なんの話」

「ダンスパーティのパートナー」

「俺はひとりが好きなの」

「よしわかったなんとかしよう」

 しなくていい。

 おやめになって、と言ったのに、数日後には話が高速で転がっていった。ついていけない。

 闇の魔術に対する防衛術の授業後、なんとなく土臭いマッドアイ(ウィスタだけが嗅ぎ取っているようで、他の生徒は気づいてないようだ)の教室から出ようとしたとき、ふくろうが滑るように飛び込んできて、ウィスタの額を翼でばしっと叩きつつ、手紙を配達した。なんでふくろうに説教されなきゃなの?

 挙げ句に頭に居座られ「早く読めや」という無言の圧力に負け、手紙を開いた。封蝋は薄紫。紋は――。

 ごくんとつばを呑み込む。なんでこんなに緊張してるのか。ラブレターをもらったもてない野郎みたいだ。それか義理チョコを勘違いするアホ野郎のようだ。思い込みは厳禁。

 手紙をまじまじと読みながら、教室を出る。ふらふらと進み、窓に頭をぶつけた。ふくろうがギャーッ! と鳴いた。呻きながら窓から離れる。どうしよう。

 手紙は、こう書かれていた。

 あなた、まだパートナーが決まっていないんですって? 余りものどうし、ご一緒しない?

 余るわけがないだろうあの彼女が! なんの冗談だ。ありえない。もはやなんらかの運命的なあれが捻じ曲げられてウィスタと彼女が「必ず」ダンスパーティに行くことになるみたいじゃないか。

「いや」

 胸元を掴む。

「落ち着け。義理だ義理。勘違い厳禁。俺は不良物件事故物件ノーサンキュー野郎」

 ふくろうがくちばしでウィスタの頭をえぐっている。とんでもねえふくろうだ。

「断ろう」

 パートナーになんてなったらウィスタの心臓が裂けて死ぬ。

 くちばしの五連打に悲鳴を上げる。だらだらと血が流れ、頰を伝った。

「イエスしかないの?」

 ホーッと返された。このままだとウィスタの頭が穴ぼこのハゲだらけになりかねない。ぶるぶると震える手でポケットから羽根ペンを取り出し、手紙の裏にガタガタな文字を連ねた。まるでダイイングメッセージのような、不気味な仕上がりになってしまった。

 書いてしまった。

 クインに、一緒にダンスパーティに行くと書いてしまった。

 返事を書くだけで、ウィスタの寿命は十年縮んだ。

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